ブルゴーニュの菜の花畑

2019.03.06 Wednesday 09:09
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    2014年、ブルゴーニュの小さな町Montbardに1週間滞在したとき

    家主のClaudineが運転する車に乗っていたら、小さな丘を抜けたとたんに、目の前の景色が黄色に染まった。

     

    なんじゃ、こりゃ。

     

    ああ、菜の花だよ、と

    こともなげに彼女は言ったけど、あの一瞬の色がどうしても忘れられずに

     

    その2年後にこの地に3週間滞在して、ブルゴーニュのちいさな村をレンタカーを借りて回った。

     

    ブルゴーニュの田園地帯は、なだらかな丘陵と小さな森と、広大な農地と、小さな村々でできている。

    4月の復活祭が近づくと、菜種油をとるために植えられたColza(菜の花)が一斉に開花をはじめて

    丘陵を抜けて風景が変わるたびに

    視界が一面の菜の花の黄色に染まっていくという

     

    もうなんだか、

    夢のような出来事を

    その年の私は、堪能した。

     

    菜の花畑は見たことがあるけれど

    ここまで、視界のすべてを埋め尽くす黄色い大地が

    何度も何度も、繰り返し現れるという、これまで見たことのない風景を見ながら

     

    ああ、人生の最後に見たい風景はなにかと言われたら

    私はきっと、これだ

     

     

    と思ったんだった。

     

    ちょっと前に、テレビでよく見る司会者さんの妻がガンで余命いくばくとなったとき

    一番行きたいと彼女が言うNYに二人で旅行したのだ、という話を聞いたことがあって、

    私だったら、ここに来る。菜の花の季節に。

    そんなことをぼんやり考えながら車窓の風景を見ていた。

     

     

    昨年、ちょっとつらい検査が続いたとき

    長い待ち時間を狭くて暗い場所で過ごして、パニックになりそうになったとき

    自分の気持を落ち着けるために、なにか安心する風景をイメージしようとしたことがある。

    その時、本当にふいに

     

    眼の前にあの、黄色い菜の花畑が広がった。

    それはもう、見事な。

     

     

     

    それから1時間、私は一面の菜の花と、菜の花の香りの中で過ごして

    しんどかった時間は、しあわせで満ち足りた時間に塗り替わって

    人の脳裏にのこるイメージの力の偉大さを、改めて思った。

     

    それで、ああ

    あの時本当に、行っておいてよかった、と思ったんだった。

     

    写真や映像ではわからない

    すべての五感を伴う風景の記憶って

    すごいな、って思う。

     

    脳裏にそんな記憶を残すのって、あながち無駄なことじゃないような気がします。

    また、行くよ。

     

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    ちょこっと情報(たまには役に立つことも書いてみようと思う)

     

    Montbard へはパリからTGVで1時間ほど。

    小さい町だけれど、世界遺産のフォントネー修道院があるので、市内のホテルやツーリスト・インフォメーションも充実してるよ。

    パリからTERという高速鉄道に乗って小さな町を訪れる選択肢もあるけれど

    フランスの新幹線TGVの最初の停留所Montbardを拠点に、バスや車であちこち行くのも楽しいと思います。

    https://www.ot-montbard.fr/

     

    フランスのもっとも美しい村 に認定されているすごく可愛くて美しい村が、このあたりにはいっぱいあるので

    あてなくドライブしても楽しいよ。

    とにかくどこに行っても美しい。おとぎ話みたい。

     

    フランスのレンタカーはすごく安いんだけど、マニュアル車しかないことがあるので、小さな街で借りるときは要注意なのだった。

    このときもMontbardではマニュアル車のみしかないって。なんだそりゃ。

    AT車を借りるなら、Dijonという隣の大きな街へ。

    フランスでのレンタカーの借り方 https://paris.navi.com/special/5036981

     

    菜の花の季節は4月初頭ごろ。

    フランスの冬は果てしなく寒く、空は灰色でどんよりしているので、タイミングが合わないとちょっと悲しい。

    一度開花するとあとは早くて、一気に春になる。満開の菜の花畑は、そこかしこで見られます。

     

     

     

     

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    「しあわせな写真」というちょっとした試み

    2019.03.04 Monday 01:25
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      2018年11月。

      水戸芸術館に中谷芙二子の霧の彫刻を見に行ったときのこと。

      思いがけず田中泯のパフォーマンスがあると知って、予定を延ばして美術館のカフェに座って時間を潰してた。

      晩秋の晴天の午後。

      少しだけ傾きかけた太陽が、美術館の中庭に差し込んで、逆光になった視界の眩しさに目を細めて芝生の上を行き交う人達を眺めていたら

       

      ちょっとした衝撃のようなその風景に

      動けなくなってしまったんだった。

       

      なんだろう、

      なんというか

       

      「幸福」というものを一枚の風景にしたら

      いま目の前にあるこの一瞬だけで、もう完璧なんじゃないか。

       

      そんな気分になったんだった。

       

      おぼつかない足取りで走り出す幼子を、追いかける父親。

      繰り返し、繰り返し、走っては止まり、転び、笑い、また立ち上がり、走り出す子供を照らす光の輪。

      談笑しながら歩いてくる三世代の女性たち。

      いたずらざかりの男子の、成功しないまま何度も繰り返される横転の練習。

      リードを離れて走り出すプードルと、それを追いかける若い女性。

       

      レクチャーに向かうのだろうか。

      バインダーに挟んだレポート用紙を確認しながら黙々と歩いていく学生たち。

      パンの箱を運ぶカフェの若い女性に声をかける、美術館の学芸員。

       

      中庭にしつらえた中谷芙二子の霧のインスタレーションから流れてくる水蒸気の粒が

      光をシフォンの布に封じ込めたように拡散させて

      すべてが、逆光の光の中で幻のような影になって、動いてた。

      光と、人の動きと、かすかなざわめきと。

       

      ああ、もうこのまま時が終わってもいいや、と思うぐらい

      あのひとときは、無性に「完璧にしあわせな風景だ」と思ったんだった。

      美しかった。

      すべてが完璧で、満ち足りてた。

       

       

      それで思ったんだけど

       

      しあわせのイメージ

       

      って、一体何なんだろう。

      なんだか、とてつもなく不思議な気持ちになって

       

      それで、しばらく「しあわせ」な風景をコレクションしてみようと思ったんだった。

      フランスで撮った写真が多くなると思うけど、また書いてみます。

      今日はそんな気分なのでした。

       

      あ、冒頭の写真は、文中の「完璧に幸せな風景」とは違うものです。

      ほんとうにしあわせだった時、人って写真を撮るのを忘れちゃうのかもしれないです。

       

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      24年目の1月17日と、8年目の3月11日の間で、石巻で「忘れないこと」の意味を考えた

      2019.01.21 Monday 18:11
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        年明け、石巻で復興支援の活動で声をかけていただいて、一緒に東日本大震災のチャリティユニットをしていることちゃんと出かけてきた。

         

        主催はコープこうべ。

        講演依頼が神戸からだったのに、会場が石巻となっていて、当初はタイプミスかと思っていたけど、実際には神戸が東北の復興支援をしているんだった。

         

        24年前の阪神淡路大震災で、たくさん支援をしてもらったから

        こんどは恩返しをしないと、って。

        だから、神戸が、東北を支援。

         

        もうなんか、いろんな意味で、背筋が伸びるというか、頭を垂れるというか(神戸だからこうべを垂れるってわけじゃないけどー)、本当に参加させてもらってよかった! っていう数日間でした。

        なので、ちょっと書いておきたいなーって思う。

         

         

        今回の催しは、東日本大震災のあとに、仮設住宅等の住民の方たちが、地域コミュニティの再生や暮らしの再建のために制作した手作り品を、さまざまな場所の人たちに買ってもらうという活動を続けている石巻のNPO「応援のしっぽ」と、コープこうべのコラボのような形で開催されたもの。

         

        とうほくの人たちが作ったものを、コープが買い上げたり、ノベルティとして発注したり。そんな支援をもう長いこと続けていて、手仕事品のカタログなどもコープ支援で制作されているのだとか。

        この「てしごと」については、本当にいろいろ思うところありなので、また別に書いてみたいなーって思っているんだけど、私が何よりも心をうたれたのは、コープこうべの理事長さんの挨拶の中にあった、こんな言葉だった。

         

        「災害は恐ろしい。でも、本当に恐ろしいのは、忘れられてしまうことです」

         

        阪神淡路大震災があった3年後、何気なくラジオを聞いていたら、こんなやりとりを耳にしたのだそう。

        ーそういえば大きな地震あったよね

        ーあれいつだっけ

        ーいつだっけなあ

         

        たった3年。まだ3年しか経っていないのに、そして、被災地の復興の道のりはまだまだで、震災は「進行形」なのに、あっという間に忘れられていく。もしかしたらそれが、1番恐ろしいことなのではないか、と思った。

         

        だから、絶対に忘れない。

        その意味合いも込めて、支援は続けていく。

         

        もうその言葉聞きながら

        ここ数年、自分の中でいろいろ迷ったり、落とし所がみつからないでいた気持ちが、ストンと腑に落ちたというか。

         

         

         

        2011年

        東日本大震災が起きたとき、被災地に友人も多かったから、いてもたってもいられず

        みなまだ子どもが小さく、家を空けてボランティアに行くわけにもいかず、かといって多額の寄付ができるわけでもなく。

        そんな中でできることを考えて、てしごとを元に同じように子どもを持つ仲間と支援を始めた。

        その時には、その方法しかできない自分がいて、そのことについてはまた改めて書こうと思う。

         

        あれから8年。

         

        東日本の復興が伸び悩む中、次々と多くの災害が起き

        それぞれの場所にそれぞれの被害の現実があって

        熊本が大変なことになって

        大阪がぐちゃぐちゃになり

        北海道が停電で真っ暗になっている中

         

        やっぱり、東日本復興支援とうたっても、最初のころに比べれば人々の関心もどんどん薄まっているし、活動は広がるというよりも先細っていることは否めず。

        結局、現地で地に足のついた支援活動ができているわけではない自分への後ろめたさみたいなものもあって

        同じことを繰り返していていいのかな? こんなにささやかで小さなままでいいのかな? 

        相手に届く支援になっているんだろうか、自分たちの自己満足になっていないか? などと

        それはもう

        何度も何度もいろんなかたちで悩んで、考えて、どうしたらいいのかなーって。そんなことばかり考えて

        支援をやめるわけじゃないけど、形は変えたほうがいいのかな? 等々、悩んでたんだった。

         

         

        石巻での体験は、そんな自分でも

         

        「忘れないでいること」

         

        だけでも意味があることなんだ、って教えてもらった気がして。

        だから、ずっと続けてきたチャリティが

         

        WASURENAI

         

        って名前であることには、最初からちゃんと意味があったんだ、って。

        そう思わせてもらえて、とっても感謝してるー。

         

         

        世の中にはいろんなことが起きて、たくさんの支援を必要としていて。

        次々と起こる災害を前に何もできない自分に悄然とすることもあるけれど

         

        ただひとつだけでも

        自分にとって大きな意味があったことを、ただただ

         

        忘れないでいること

         

        それだけでも続けていくことが、すべての他の道につながっていくのかもしれないって。

        今、そう思えるようになりました。

        お世話になった石巻のみなさんと、神戸のみなさんに心から感謝ですー。

         

        8年前の3月11日を、今年もまた思い出すためにも

        今年も、イベント行います。

         

        2019年 3月9日(土) 10日(日) 11日(月)

         

        何も大きなことができない自分でも、ただ、思い出すことだけでも大きな意味がある。

        そう思えて、また、新たな気持で。同じ気持ちの仲間と一緒に。

         

        そして、今回はなんと、とうほくてしごとグループのみなさんのてしごと作品を

        わたしたちのイベントで売らせていただけることになりました!

        岩手、宮城、福島で仲間を作って手仕事を続けている方たちの商品、ほんとにいいんです!!!

        うれしいよう。

         

        詳細はまたアップしますね。

         

         

         

        石巻での講演のテーマは「アップサイクル」

        てしごとのヒントにしてもらえるよう、いろんなアイデアをご紹介しました。

         

         

        とうほくでのてしごとグループのみなさんと。

         

         

        すごく関心を持ってもらえたのが、布をゼラチンで固めるアイデア

         

         

        NPO応援のしっぽ代表の広部さんと一緒に。

        震災後にボランティアで石巻に入って、そのままこの地に移り住んで今では結婚してお子さんも。

        たくさんのことを教わりました。

        左端はチャリティユニットのことちゃん。一緒に活動しています。

         

         

        こうべのコープの理事長さんと。こういう方がいてくれて続くことってあるんだなあ、と思う。

         

         

         

        てしごとのことについては、また改めて書いてみたいと思います!

         

         

        それではまた

        WASURENAI2019 で!

         

         

         

         

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        したくないことは、しなくていいという意味がきっとあるんだと思う。という人生の不思議なこといろいろ。

        2018.11.17 Saturday 09:41
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          昨日友人に、私はとっても運がよかった、と言われた。

          肺がんはとても発見しずらいという記事を読んだのだって。

          検診でみつけられないまま、死亡してしまったという報道もあったね。

          https://www.asahi.com/articles/ASL7K536SL7KUBQU00H.html

           

          日本でがんの死亡率で一番高いのは肺がんだけど、それはがんとして悪性だからというより、発見しずらいので、みつかった時点でかなり進行しているケースが多いからだという側面もあるらしいです。

          そうかー。

           

          それで、そういう現状の中で私はかなり運がいいよ、ということなのだった。

          早くにみつけてもらえたという意味で。

           

           

          でもね、私もここ数年、特定検診の肺のレントゲンのたびに「影がある」とは言われ続けていたんだよ。

          「まあ、でも古い傷のあととかでしょう」

          「肺の影はわかりにくいから、去年に比べて大きくなっていないから大丈夫」

          ふーん。

           

          うちはがん家系じゃないから危機感なかったし、婦人科系や消化器系は多少気にかけていたけれど、まさか肺とは思わなかったから、完全スルーしていたんだった。

           

          それじゃあ、なぜみつけてもらえたのかというと

          それ、単に

           

          「あー、もう面倒くさいなあ。今日行きたくないなー。会いたくないなー」

           

          というきっかけだったと思い出したんだった。このあたり、前にも書いたけど、また改めて思い出してみてる。

           

           

          LDLコレステロールが高数値で、食生活や運動を改善してもまったく下がる気配がないので、薬を飲むことになった。これが4月ごろ。ところが、飲み始めた薬の副作用で、胃痛や胸焼けがひどいので、薬を変えることになった。これが5月。変えた薬がからだに合っているかどうか、飲んでみて来院してねと1週間後に予約を入れられたんだけど。

           

          処方箋を持って薬局へ行こうとした時に、母からのヘビーな電話があって、気持ちが萎えて帰宅しちゃった。

          あー、もう面倒くさいなあ、薬局なー。

           

          週末はさんで次の週にやっと行ったら、もう処方箋の期限が切れているので薬は出せないと言われる。

          でも病院の予約は4日後だ。

           

          先生にごめんなさいを言って、また処方箋書いてもらうのか。

          なにそれ、めんどくさすぎる。

          予約入れてても並ぶのに。。。。。。。

           

          ということで、やだなー、行きたくないなああ。

          ハブっちゃおうかなー。そうだよなー。別に薬飲まなくてもいいんじゃない?

          めんどくさいしなー。

           

           

          で、行かなかった。

           

           

           

          わたしのがんは

          上記の理由で薬をもらいにいかなかった私が

           

          それでもやっぱりLDLコレステロール値が高いと脳梗塞とか怖くないかー? と不安になり

           

          ちょうど舞い込んできたその病院からの特定健診の案内を見て、まだ前回から半年も経ってないけど、ちょうどいいからこれを口実に病院行って薬も貰おう! とたくらんだ。

          でもこれまでのかかりつけ医の予約をぶっちしているので気が引けて、その先生がいない日を選んで検診を受けたことでみつかった。

           

          ちょうどその日にいたお年寄りの先生がみつけて

          その日のうちに、うちの電話がガンガンと鳴り響き、とにかくすぐ、ちゃんと見てもらってと連絡を何度も入れてくれて、そこからあとは、ぴょんぴょんといろんなことが進んでいったんだった。

           

           

          たぶん、最初に真面目に薬を出してもらったり

          気持ちを奮い立たせて、予約どおりに病院に行っていたら、私のがんはまだみつけられていなかったと思う。

          そもそも、特定健診は毎年12月と決めているので、検診そのものも今の時点では受けていないと思う。

           

          で、例年通り12月に検診を受けたとしたら、主治医のいる日に予約を入れるだろうから、おそらく「影があるけど大丈夫でしょー」で終わっていると思う。

          だって、その先生、こないだコレステロールの薬もらいにいったら

          「本当に○○先生がみつけてくれてよかったー。僕たち、毎日すごくたくさんのレントゲン写真見るから、○○先生みたいに詳細に見ないんだよー。次、はい、次って感じでね。○○先生はすごいんですよ、レントゲン写真を見る目が!」

          って

           

          それ、私喜んでいいところなのか

          怒っていいところなのか

          まるでわからんコメントしてたもん。

           

          まあ、何がどう関係しているのかなんていうのは、本人の思い込みみたいなものもあるけど

           

          でも

           

          やだなー

          行きたくないなー

          会いたくないなー

           

           

          って思いを封じ込めて、あの時頑張らなくてよかったなーって思う。

          たぶん、それ、ちゃんと何か意味があったんだろうから。

          さらに言えば、処方箋握ってた私にヘビーな電話をかけてきた母も、ちゃんと役割は担っていたのかもしれない。

           

          そんな風に

          ちょっとしたことをおもしろがることも、こんなときには大事なんだろうとも思うー。

           

           

           

          そういえば前

          ちょっとしたテレビ出演の話があって

           

          打ち合わせで趣旨などを聞いて帰ってきた時に、私の中では

           

          ものすごくやだなー

          もうあの人達には会いたくないなー

          ってかこれは私がすることじゃないよなー

           

          という負の気持ちが渦巻いていて、そのまま断ろうと思ったのだけれど

          でもその番組がかなり有名で、仕事的には財産になるのかもしれないというすけべ心が働いて

          周囲の人たちにかなり相談したことがあった。

           

          100%の人が受けるべきだ、と答えた。

          でもなあ、やなんだよなー。

          それで決断ができなくて、笑っちゃうけど知り合いの占いの人に見てもらった。

          そしたら、その人も、絶対にやるべき! と答えてきた。

           

          もう、だったらやってみるべかー。意味があるなら。

           

          それでやってみて

          深い深いトラウマみたいな傷や不快感をいまだ私は抱えている。

          最後まで、なにもかも、うまくいかなかったし、やらなければよかったと今も思ってる。

           

           

          最初に心の中に生まれる

          やだなー

          会いたくないなー

           

          って気持ちは、もしかしたらすごく大切なメッセージなのかもしれない。

           

          場所もそう。

           

          なんかあそこ、行きたくないなー。

          あの場所にいると嫌な気持ちになるよー。

           

          そんな風に感じる自分の気持は

          否定して奮い立たせて努力して頑張る! という方向に持っていかなくても

          とっとと離れて

          逃げて

          行かないでおく、やらないでおく、という選択肢を持てるということも

          場合によっては必要なことなのかもしれないなーって、今の私は思ってる。

           

          きっと、なんか意味は、ある。

          怠惰な言い訳のために多用しちゃあかんよ、とは思うけどー

           

          でも、ちゃんと意味があることも、きっとある。

           

           

          そんなことを書いていたら、数年前に

          下北沢の居酒屋で飲んでいた時に、急にとなりのおばちゃんに話しかけられたことも思いだした。

           

          あなたね、輝いているのよね。

          それね、魂の輝きよ。魂のステージが高いの。

          こんなに魂の美しいひとはめったにいないから、大切にしなさいね(と、私の同行者に向けて)。

          (そして、私のうしろあたりをぼやーっと見つめて)

          ああ、だいぶ苦労したのね。大変だったわね。

          それが今のあなたの魂を作ったのね。

          よくわかる。

           

          は。。。。。。

           

          どこかで、水晶を買えとか

          あとは1時間1万円ですとか

           

          言われるのかと戦々恐々身構えたけど、そのままただただ彼女は私を褒めて

          そりゃあ、褒められれば悪い気はしないから

          ちょっとばかりおしゃべりをして

          帰り際に、ありがとねー! と帰ろうとしたら

           

          急に声のトーンを変えて、なんか、慈しむような目で私を見て、そして

           

          「からだには、気をつけてね」

           

           

          と言ったんだった。

           

          え”。

           

           

           

          すっかり忘れていたけど、あの唐突な

          「からだには、気をつけてね」は

          その後もたまに思い出して、あれ、何だったんだろうって思ってたけど。

           

          ちゃんと、そんなことになって、改めてまた思い出してる。

           

          もしかしたら、自分の身に置きていることは、何かの形で

          自分の身の回りにも、ぼやーっと滲み出したり、放出されたり、何かの足跡みたいなものを残しているのかもしれない。

           

           

          やだなー

          この場所居心地悪いなー

           

          って思うときは、気持ちやからだのどこかが

          その場所に漂っているようなものを察知しているってことも

           

          あるように思ったり。

           

           

           

          とまれ、運がよかったねー! って言われて

          いろんなこと思い出して

           

          その運がこれからどんな場所に漂っていくのかはまるでわからないんだけど

           

          自分の気持や勘みたいなものには蓋をせずに

          無理をしないというのが一番いいんじゃないかなーと思う土曜日の朝でした。

           

           

           

           

          あの不思議なおばちゃん

          今どこにいるんだろうなー。

           

           

           

           

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          10月から通常に戻ります。おごらず、人と比べず、面白がって、平気に生きる。そして人生は、バカンスだ!

          2018.10.02 Tuesday 18:34
          0

            今年あと3ヶ月! 毎年同じこと言ってるけど、ほんとに一年は早いですー。

             

            10月になったので、療養は9月末までとして、一応通常に戻ろうと思います。

             

            普通に出かけて、食べて飲んで、仕事もできる状態なので

            お気遣いなく、誘ったり用事を頼んだりしてもらえたらと思います。

             

            なんてことをなぜここに書いているかというと

            先日、頼み事をしてくださった方が

            「あとからブログを見て、無理なことをお願いしたのかもと反省して。。。」とメールくださって。

             

            いや、もうぜんぜん普通にやっているので大丈夫ー、と返信しながら

            そうだよねー、やっぱり様子がわからないと不安だし、どう対応していいかわかんないよねー、と。

            んなもんで、もう普通にやってますよーというご報告でした。

             

            お友達からいただいたお見舞い。優しさをたくさんいただいた二ヶ月でもありました。

             

             

            そういえば、なんだけど

            女優の東てる美さんが私と同じ病気で、ちょうど6月に病名を公表されました。

            年齢は私よりちょっと年上なんだけど、時期が同じだったので気になっていて。

            少し前にネットでニュースを拝見してびっくり。

            手術日が一日違い、退院日が同じ日。病院は違うんだけど、生検結果が出たのも8月中旬で

            まったく同じ時期に、同じ病気で療養していたんだなあ、と。

             

            手術後も麻酔で痛みはぜんぜんなかった! って東さん取材で言ってたけど

            私は罰ゲーム並みの痛さで、

            彼女はちょっと前にライブで唄まで歌ってて

            息切れと咳が残る私は、到底そんなことはできないわー、すごいわーと感心していたんだけど

             

            同じ時期に出た生検結果で、東さんはリンパの転移があったので、10月から抗がん剤治療がはじまるのだそうです。

             

             

            生検の結果が出るまでの、手術後の3週間ほど。

            私はやっぱり不安だった。

            退院後の自分の時間の流れ方は、そこから決まるなあと思っていたので。

             

             

            今はいろんな治療法が進んでいて、今日もニュースは免疫治療の研究のノーベル賞でもちきりだったけれど

            でも、どんな治療でも体と気持ちの負担は大きく、そして何より金銭的な負担もかさんでいく。

            そこと向き合っていくための気力と体力に向き合うのか否かというのは、ものすごく大きなことだから。

             

            とりあえず私は、半年づつの時間を区切りながら

            またいつかそうした時間が流れ始めることも念頭に置いて

             

            今この時は、一段落して普通に暮らしていますよ、と言える今の状況に感謝したいなーと思ってます。

             

             

            東さんは芸能人で、特に病気をテレビの番組で発見したので、その後の病状も逐一公開することになり

            やっぱり「前向き」のメッセージを発していくお役目もあるんだろうなあと思うけど

            いっぱい休んで、いっぱいぼーっとできるといいなあって思います。

            頑張ってくださいー!(読んでないと思うけど。。。)

            あ、円楽師匠も肺がんだって。

            肺がん多いなー。

            見つけにくいと言われていた病気だけど、早めにみつかることが増えてよかった。

             

             

            肺がんは多い分、死亡率もすごく高いので驚いたりびっくりしたりしちゃうんだけど

            でもほんと

            一年ごとの医療の進歩で、肺腺がんは初期に発見されれば完治もある病気になったのだとか。

            私は、治してやる! ガンと戦うなんていう闘争心はまったくないんだけど

            ただ、自分の残りの時間のあいだは、くらい気持ちやネガティブな考えにあまり支配されずに、フラットにいたいなあって思うので

            なので

             

            おごらず、人と比べず、面白がって、平気に生きる

             

             

            っていう樹木希林さんの名言をいただいて、しばらくそんなふうにやっていきたいなー。

             

             

             

            ということで、普通にやってるので、普通にいろいろ遊んだり仕事したり出かけたり。

            遠慮なく声かけてね。

             

             

            とはいえ、メンタルがかなりプー状態になっているので

            (何もしないことで忙しかったり、風船より大事なものなんてあったっけ? 状態)

             

            「復帰しました! 今日から通常営業で、これまでと変わりなく頑張っていきます。

             これからもよろしくお願いします」

             

            なんつー心情ではまったくなく>笑

             

             

            なんかとってもいいもんをこの2月ほどでもらったので

            それ、大事に

            忙しかった時代に体験し忘れていた気持ちのありかたで

            面白がって平気に生きていきたいと思います。

             

            人生はバカンスだ!

             

            そんな気分で。

            なんだ、それ。

             

             

             

            いろんなことに、ありがとうです。

             

             

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            Doing nothing often leads to the very best kind of somethingー何もしないことが、最高のなにかにつながる

            2018.09.25 Tuesday 15:16
            1

            9月もあと数日で終わり。

             

            なんかものすごい転機のような年だったなあ、って改めて。

             

            いろんなことが落ち着いてきて、このところは特に

            フラットな気持ちで過ごせるようになった。

             

            なんつか、嵐みたいな中に突入したときは

            たぶん大事なのはポジティブになることなんかじゃなくて

            フラットでいること。

            それ、今回強く思ったよ。

             

            フラットが大事。

            フラットがいちばん。

            無理して前向きに物事考えちゃあかん。

            ポジティブは危うさと背中合わせだ。

             

             

             

            それでね、なんかもう、ブログに物書くとかそういう指向にメンタルがまったく向いていかず

            お仕事もすっかりおやすみして

             

            体調が万全ではなかった最初の頃はまだしも

            徐々に日常生活を普通にできるようになってきたら、何もしないことが苦痛になりはじめたこともあったけど

            そんな時間の流れ方に慣れてきたら

            何もしないって、なんかものすごいことだー! ってしみじみ思うようになった。

             

            というか、

            就職して結婚して子供持って働いて。

            そんな時間の中で、「何もしない」なんて日々って、まったくなかったんだー! って

            当たり前のようなことに改めて気づいて、もうびっくり。自分で自分にびっくり。

             

            会社に復帰する必要もなく

            なにかに追われることもなく

             

            もう、あとは自分でどう暮らしていくのかを決められる中で

            今の「何もしない」心の状態になれたことは、病気がくれた贈り物だって気がします。

            神様、ありがとう。

             

             

             

            という、そんな心境で、ものすごく久しぶりに一人で映画を観に行って

            そして、タイトルの言葉と出会う。

             

            Doing nothing often leads to the very best kind of something

             

            何もしないことが、最高のなにかにつながる。

             

             

            プーと大人になった僕 の一説だよ。

            もうほんと、プーさんは私の思春期の脳細胞の多くを作った小説なので、もう全編涙腺崩壊だったけど

            頻繁に出てくる

             

            「何もしないこと」

             

            という言葉は、本当に今の自分のキーワードなので頭ぶんぶんうなずきながら帰ってきた。

             

             

            「何もしないをしている」は、原作の中でも秀逸なクリストファーとプーのやりとりのひとつ。

             

            "Where are we going?" said Pooh, hurrying after him.
            "Nowhere," said Christopher Robin.
            So they began going there, 
            and after they had walked a little way 
            Christopher Robin said.
            "What do you like doing best in the world, Pooh?"

            (And of course, what Pooh liked doing best was 
            going to Christopher Robin's house and eating.)

            "I like that too," said Christopher Robin, 
            "but what I like doing best is Nothing."
            "How do you do Nothing?" asked Pooh, 
            after he had wondered for a long time.
            "Well, it's when people call out at you 
            just as you're going off to do it. 
            What are you going to do, Christpher Robin, 
            and you say, Oh, nothing, and then you go and do it."
            "Oh, I see." said Pooh.
            "That is a nothing sort of thing that we're doing now."
            "Oh, I see." said Pooh again.
            "It means just going along, 
            listening to all the things you can't hear, 
            and not bothering."

             

             

            これまでの自分では、

            働いて子育てして家のことをする上では、どうやって無駄な時間を減らして

            時間を効率的に使うかばかり考えてきたから、たぶん「何もしない」はネガティブなことだった。

             

            そんな時

            児童書をたくさん作っていた編集者の叔父が、私にかけてくれた言葉が

             

            「いづみちゃん、ちゃんとぼーっとしてるかい。

             

             ぼーっとしなくちゃだめだよ。

             

             人生の大切なことや、創造的なことは、全部ぼーっとする時間の中から生まれるんだよ」

             

             

            時短の技なんかを本にしていたわたしを見て

            叔父はたぶん、ちょっとした危うさを感じたのかもしれない。

            私は、はっとして、だから、それからなるべくぼーっとする時間を持つようにして、自分がエンデのモモに出てくるような「時間泥棒」の片棒を担がないようにと心に言い聞かせてきたけれど

             

            プーと大人になった僕 の映画を観たとき、叔父の言葉が改めて心に蘇って

            ああ、なんと含蓄のある優しい言葉だったのだろう、としみじみ反芻したんだった。

             

             

            いま、とてもフラットで

            そして、何かになろうとか

            何かを成そうとか

            何者かでいようという、そんな気持ちがきれいに削ぎ落とされて

             

            ただただ、自分がいまここに何もしないでいる、っていう時間がゆるやかに流れていて

             

             

            病気になったことは

            こんな自分に出会うための贈り物だったなあって思って

             

            あー、ほんとにありがたいなあって思う。

            プーにも、叔父にも、ありがとう。

             

            これからは、何者でもない自分と、向き合っていきたいな。

            先日亡くなった樹木希林さんの「私は、私」も、今の自分にぐっとくる映像だった。

             

            やっぱりフリーランスで頑張らなくちゃって思ってた時代は

            自分が何者かである必要があって、何かを成さなくてはって思ってたかもしれない。

             

            もう、何にならなくてもいいんだよ、って思えると

            なんか、すごく楽になって

            そして、なんかとても、自由な気持ちになれる。

             

             

             

            ガンはすぐに死なないで、準備ができるからとてもいい死に方って、教えてくれたのは希林さんだった。

             

            私は、神様にまだ来なくていいよ、と言われたようなので

             

            人世の先人が教えてくれる大切なこと

            ひとつひとつ、なるほど、こういうことだったのか、って発見しながら

            ゆっくりゆっくり

            準備をしていく時間を持ちたいなあ、って思う。

             

            「死」をちゃんと考え出したら、生きることが俄然面白いと思うようになった。

            そんなことを考えてる雨降りの午後です。

            時間が、優しく流れていくよ。

             

            一ヶ月ぶりの、元気でやってます、って近況報告でした。

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

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            2ヶ月、長いのか短いのか。とりあえずの終戦記念日に。

            2018.08.17 Friday 13:02
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              思えば、最初に紹介された病院に行って「限りなくガンに近い影」と言われたのが6月15日だった。

               

              そこから2ヶ月。

              すごーく長かった気もするし

              いったい何だったんだろう、実感がないまま過ぎちゃった、という気もするけど、とりあえず8月15日に、術後検診があって、取った肺の生検の結果はここでわかることになっていて。

              やっぱり、手術が終わっても、その結果次第ではまた治療が始まる可能性があるので、気持ちはちょっと落ち着かなかったんだった。

               

              最初に肺腺がんとわかった時は、かなりのところまで覚悟して、もしものときノートはすべて完成させたし、ネットやブログ類のID等もすべて整理して、何かあったときに息子がわかりやすいように、資料としてまとめたりもした。

              入院前は、捨てるに捨てられなかったようなものはすべて処分して、昔の手紙やビデオなんかも整理しておいたりもしたんだった。

               

              ちょうど髪を切りたいと思っていたのだけれど、術後に抗がん剤で髪の毛が抜けるなんてことがあったら、それこそ染めても切っても無駄じゃんー! とか思ってたぐらいだったけど。

              結果としてはリンパの転移がなかったので、抗がん剤の使用はしなくてよい、ということになった。

              周囲のリンパに転移が出なかったことと、

              腫瘍のサイズがあと1mm大きければ抗がん剤使用の範疇だったと主治医に言われた。

              1mmの差だった。

              いいのか、それで? とも思うけど、その1mmの差は大きいなと思った。

              偶然にみつかったことや、フランス行きを中止して即手術と決めたことは、無駄じゃなかったなあって思った。

               

               

              ということで、

              いまだ息切れや疲れは残っているし、何より元から弱い気管支の炎症があるので咳が辛いんだけど

               

              とりあえずは6月15日からはじまった私の「ガン狂想曲」みたいな時間は

              8月15日をもって、いったん収束ってことになった。

               

               

               

              からだ中がミキサーで粉砕されるような、、、と前の日記で表現したような時間にいたときは

              自分がとんでもない場所に運ばれてきてしまった、と思っていたんだけれど

               

              こうして、とりあえずの収束という場所までたどり着いてみると

              なんか、

               

              ぽかん

               

              としているっていうのが正直な気持ちだったりする。

               

               

               

              なんだったんだ、この2ヶ月。

              あの衝撃、あの痛み、あの不安。

               

               

               

              蓋を開けたら早期発見のステージ1Aで、転移もなく

              今は医療技術が進んでいるから、肺腺がんも初期に外科治療すれば治っちゃうから、って言われたら

              わーいわーい、と喜んでいいところだと思うんだけど、

              で、もちろんよかったなああ、ほっとしたなあ、って思うんだけど

               

              なんか手放しでわーいわーいとは思えない不思議な気持ちの中にいたりする。

               

               

              ぽかん。

              ってか、なにそれ、どういうこと?

               

               

               

              術後はじめて、自分の肺のレントゲンを見たら

              右半分を失った肺は、けなげに元の場所に戻ろうとして、一生懸命膨らんで働いていた。

              前に比べれば容積が減っているけれど、肺も気管支もリンパも切除しても

              ちゃんと生きるために臓器が動いているというのは、なんかもうびっくりぽんの現実だなあと思う。

              人、すごい。

              医療も、すごい。

               

               

              すぐに元には戻れなくても、工夫しながら

              やがて、前と同じように生活できるようになる、と言われて

              にわかに信じられんけど、ほんとならすごいなあ、と思いながら

               

              それでも

               

              この2ヶ月の間に起きたことは一体何だったんだろう? っていうのが、まだ自分の中で消化できないでいる。

               

              病と共存していくんだ、というのでもなく

              でも

              何事もなく元に戻った

              というのでもなく。

               

              何一つ不自由せず、自覚症状もなかった暮らしから突然「ガンがある」と言われ

              あれよあれよという間に苦しい手術と術後の経験をして

              いま、右の肺の半分を失い

               

              それでも、転移もないしとりあえずあとは半年後に来てねー! って医師に言われて

              それでこれから、その自分とどうやってつきあっていくんだろうっていうのが

              ぜんぜんよくわかんない。

              走ってたバイクが急ブレーキ踏んで、前のめりに飛び出しそう、みたいな>笑

              そんで、そんで、それからどうすれば? みたいな。

               

              いま、そんな感じ。

               

               

              退院後にお見舞いに来てくれた友だちが

              「外からは見えないけど、からだの中は大怪我しているんだから、1ヶ月は何もできなくて当たり前」

              「包丁でちょっとだけ指先切っただけで、ものすごく不自由しているのに、肺取ってるんだから苦しくて当たり前」

              っていろいろ励ましてくれて、それほんとにそうだなあって思うんだけど

              やっぱり外から見えない場所のことだから、自分でもよくわかんない。

               

              少しづつ、回復しながら

              少しづつ、そんな自分との折り合いをつけていけるのかな。

               

               

              それで、そんな経過のようなものをこうして書いてしまったことに対しても

              正しかったのかなあ、書かなくてもよかったなあ、とか

              いろんなことが迷いの中に、まだいます。

               

               

              とにかく、こんな渦中にいた間、支えてくれた大切な人たちと

              ブログを読んで応援してくれた方々や、言葉をかけてくれた人たち

              お見舞いに来てくださったり

              退院後にうちに来てごはんを作ってくれたり、気にかけてくれた人たちに対しては

              ほんとにもう、感謝以外の言葉がないです。

               

              私は元から、自己肯定感がとても低くて、なにをやっても自信が持ちにくかったんだけど

              病を通して「大切に思ってもらえている」という宝物のような実感をたくさんもらえて

              それは、今の私に神様がくださった贈り物だったように思います。

               

               

              ということで、とりあえずの終戦記念日に一区切りのご報告でした。

               

              6月15日から今日までの間

              たぶん、今が一番、ものが考えられないです。

              ぼーっと暮らしています。

               

               

              少しづつ、歩いていきたいです。

              category:Dairy Tokyo | by:武蔵野婦人comments(2) | - | -

              「語られない」病(やまい) ということ

              2018.08.05 Sunday 13:46
              0

                ガンになったことを、自分の親に話すのか、話さないのかというのは

                私のようないい年齢の世代にとってはいろんな選択肢があるように思う。

                 

                親の年代、親の性格、関係性でまったく違うと思うのだけれど

                私のまわりでは意外と「話さなかった」という人も結構いて、驚いた。

                驚いたというのは、「普通話すもんでしょ」という意味ではなく

                ああ、私のように「話したくない」と思う人もちゃんといるんだな、という安堵の意味で。

                 

                高齢の親に心配をかけたくないという人もいるし

                私のように「過剰に心配に陥る親を私が心配しなくてはならなくなる」ことへの危惧を感じる人も、ちゃんといるんだと知ってちょっとほっとした。

                 

                子供の頃から、

                日常の些細なことならまだしも、ヘビーな困難を抱えたときには、決して親には話せなかった。

                話したら最後

                「だいじょうぶなの、どうするの、どうなっているの?!」の質問の無限ループで、私のココロは置き去りになり、物事はあらぬ方向に複雑化していき、「どうしたらいいのか一番知りたいのは私なんだけど」と思いつつ、不機嫌になっていく親のご機嫌を取っているうちに私の悩みは違う形に変形してしまい、最後には「私に恥をかかせないでよね」という親の自己保身のお手伝いに奔走するというパターンが目に見えているから

                 

                だったら、話さない。

                簡潔。

                かなりのことは、そうして無言のうちに自力で解決してきた気がする。

                 

                 

                こういう感じが、まったくわからないという人もいると思うけど、私の場合は、なんやかんやと結構サバイバルな少女時代だった。

                 

                 

                 

                誰かを心配するということは、意外と難しいことのように思う。

                親しい関係で、心配でいっぱいになった心を、ちゃんと自分で維持しながら、相手の辛さや悩みに向き合うというのは、かなり高度なこころの力だという気がする。

                 

                ガンを含む、ちょっとやっかいで先が見えにくい病と付き合っていく過程では、家族や身近な人達にもたくさんの葛藤があって、それも含めて、大切な人たちにどこまで自分の直面している現実と、自分の弱さを預けていったらいいのか、悩んでしまうことは、ある。

                大切だからきちんと報告して、一緒に乗り越えていって欲しいという思いと

                大切だからこそ、心配をかけたくないという思いが行き交う中で

                 

                ふくれあがる自分の心配を、ただただ、本当に困っている当人に投げかけ続け、本人よりも先に弱っていき、逆に心配してもらう側にそそくさと入れ替わってしまうタイプの人に対しては、自分の弱さを差し出すのは、とてもむずかしいもんだと思う。

                それはあふれる愛ゆえの行為だということは心底理解していたとしても、やはりしんどい。

                 

                私の親は住んでいる距離もとても近いので、「ちゃんと伝える」という選択をしたけれど、遠い場所に暮らしていたとしたら、おそらく話さないままだったんじゃないかな。

                 

                とはいえ、きちんと伝えられたことで開けた新しい関係性というのもあるわけなので、これからは前向きに捉えていけたらなって思ってる。

                そして、そんなプロセスの中で、自分が抱え続けてきた幼年時代からの親との関係性について、いろんな気持ちの整理がついてきたことも確かだった。

                今回の病の意味みたいなことは、そんなところにもあったのかもしれない。

                 

                昔はガンが不治の病だったこともあり、「本人告知」の是非が問われていたので、こんなことはあまり悩まなかったのかな? 

                 

                私が最初にかかった病院の先生は、最初ひとりで受診したときに「あなたは独立して仕事をしているし、著述が職業ならすべてをありのままに話しますよ。いいよね?」「モノを書く仕事をしているなら、このニュアンスはわかってもらえるよね」等々、丁寧に説明してくれて、本当によかった。

                本人との信頼関係がないと、納得できる決断はできないから。


                父のときはまず、家族が呼ばれて本人告知をするかどうか聞かれ

                それを決めたのは母だった。知るとその対応が大変なので、告知なしでお願いします、と。

                結局父は自分がガンだということを知らないまま、

                っていうか、「抗がん剤どうするか」とか聞かれているんだから、そんくらいわかるはずなのに

                最後まで頑なに「ガンじゃない」と拒否しつづけて、そのまんま15年ほど生きて、ガンは治っちゃって、

                最後は心臓疾患で亡くなった。 

                ものすごくチキンな人(笑)だったから、知らないことで生きる力を得た部分はあるように思う。

                 

                どんな形にしても

                病気は「家族」という形と密接につながっていて

                いやがおうでも「家族」の形や、それとの関わり方をつきつけられるように思う。

                 

                 

                高齢の親を慮って伝えないという人もいれば

                幼い子どもには伝えなかったという人もいるけれど

                 

                私達の世代にとってはアイコンだった松田優作さんは、家族の誰にも伝えないまま逝ってしまった。(ということになっている)

                あの時、あれはかっこいい男のダンディズムみたいな、美談になったけど

                年老いた親でも幼い子供でもなく、配偶者や恋人の立場に対しても「語られない」病について、まだ若かった私はかなり真面目に考えたように思う。

                 

                あれから歳月が経ち、有賀さつきさんが年老いた父親にも、まだ少女である娘さんにも、周囲にも伝えないまま(というように報道はなっていたけど、実際にはわからない)逝ってしまったという報道を見たとき、その心のうちを本当に聞きたかったと思った。

                どんな思いで語らなかったのか。

                どんな思いで逝ってしまったのか。

                 

                 

                「ガンはね、ありがたい病気なんだよ。

                 すぐ死なないから。

                 自分も、家族も、周囲も

                 時間をかけて気持ちの準備をしていくことができる。

                 

                 事故や急病で突然亡くなってしまうよりも

                 みんながゆっくり、準備できるからね」

                 

                終末医療の取材をしていた友達が言っていたけど、自分自身が納得するだけじゃなく、まわりの大切な人たちもどこかで準備ができるということの意味はとても大切だなあ、って思う。

                ほんと、うちの父の世代ぐらいまでは、本人に告知さえしない時代が長かったわけなので、このあたりのスキルはまだまだ、ぜんぜんこなれていないような気もするけど。

                 

                 

                肺のドレーンがはずれて

                あの手術とそのあとの苦しみはいったい何だったのか! ってところまでこれて

                なんだか明日からの日々が前とまったく同じところに戻っていくような安堵感につつまれながら

                 

                でも、これまでとは何かが絶対違う明日に向かっていくんだなあ、と漠然と眠れない夜を過ごしていたことを思い出しながら。

                 

                なかなか息切れや咳の後遺症が収まらず。

                不安な時間がまだこれからいろいろ続くていくのだろうけれど

                 

                少しづつ快復しながら、生い立ちや家族、人間関係や生き方みたいな、自分の根っこの調整をしていく。

                病気ってそんなことをはじめるきっかけだったりするのかなあ、なんて思ったりもしています。

                category:Dairy Tokyo | by:武蔵野婦人comments(0) | - | -

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                • 離婚して一人で子育てをして、しんどくなったことについて。自由に生きることには大きな責任が伴うってことについても。
                  武蔵野夫人
                • 離婚して一人で子育てをして、しんどくなったことについて。自由に生きることには大きな責任が伴うってことについても。
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                • なんでフランスのごはん作りはラクで、日本のごはん作りは面倒だと感じるんじゃろ
                  武蔵野夫人
                • なんでフランスのごはん作りはラクで、日本のごはん作りは面倒だと感じるんじゃろ
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