留学5−2 運河をめぐる

2009.08.31 Monday 21:16
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    7月23日(木)−2

    モンバールは運河の街だ。街を横切るように2つの運河が流れている。そして、この運河沿いにはほどよく整備されたサイクリングロードが完備されている。この運河に沿ってバカンス期間中を自転車で移動する人たちもいるそうだ。私が走っている間にも、何人もツーリング中の人たちとすれ違った。



    La véloroute. とはサイクリングロードの意味。地図を気にせず、ただ運河に沿っていけばいろいろなところに行ける。そんなサイクリングロードのルートを見ているだけでも、なんだかわくわくしてくる。
    私の前にクロディーンのところに滞在していた生徒さんも、きっとこんな風に運河に沿って冒険をしたんだろうな。そりゃ、したくなるよな、これを見れば。

    そもそも自転車自体があまり好きじゃない私なのだけれど、こんな風景の中を走り続けられるなら、そんな旅もいいもんだなあと思う。



    街の中では運河の両岸はていねいに手入れをされて、色とりどりの花が咲き乱れている。整備はされているが、日本の川岸によくあるような人工的な風情はなく、自然と街並みに上手に溶け込んでいるところがとても上手だ。




    3日目の午後にでかけたフォントネー修道院に向かう道の中で、あちこちで目にした真っ白い牡牛たちが目に入る。この白い牛は、フランスでもブルゴーニュのこの地方にだけ見られる特別な牛なのだそうだ。
    帰宅してから「あの白い牛の写真を撮りたかった」なんてクロディーンにもらしていた私だけれど、そんな風景がいま、私が自転車で走っている道のすぐ隣にある。それもところかまわず、あちこちに。
    なんだよ、モンバール。牛だらけじゃん。
    自転車に乗るのだから身軽にしなくては、と望遠レンズを持ってこなかった自分をくやむ。牛たちは実はとても気性が荒いのだそうだが、その表情は穏やかで優しい。



    街中から運河沿いを走り始めて5分も経つと、まわりには何一つ見えなくなってきた。あるのは延々と続く牧草地帯とこんもりとした森だ。
    遠くを車が走る音が時折横切っていくけれど、聞こえるのはただ鳥の鳴き声だけ。そんな田舎の運河で、ぽつんと一人でのんびりと釣りをする人がいる。そしてその脇をゆっくりゆっくり歩きながら散歩している人たちと時折行きかう。

    散歩とはいっても、彼らが歩いてくる方向には緑しか見えない。なーんにもないところからぽっかり歩いてきて、すれ違いざまに「ボンジュール」と声をかけていく。
    途中、10歳ぐらいの男の子が早足で向こうから歩いてくるのに出会った。かなり遠い場所から私の姿をみつけて彼は笑顔になり、自転車でそのまま行こうとした私に「ボンジュール」と言ってすれ違っていった。
    ああ、そうか、ごめんね。
    思春期の男の子を育てている中で、私はこの年齢の男の子はぶっきらぼうなのだと勝手に思っていた。誰かを見て微笑むなんてことが起こるとも思わなかった。東京でこんな年の見知らぬ男の子とすれ違って、こんにちわと声をかけようなんて思ったことが一度でもあっただろうか。そもそも、私は東京ですれ違う人の顔なんて見たこともないのだということに気付く。
    なんなんだろう、これ。

    私が暮らしている日常って、いったい何なんだろう。
    生きるってほんとは、いったいどういことだったんだろう。
    自転車を走らせながら、ずっとずっと、そんな言葉が頭をめぐっている。




    この運河には、途中いくつかのポイントがあって、高低差のある運河を船が行き来しやすいように堰が設けられている。その前にはこんな風に小さくてかわいい小屋が立っていて、船が来るたびにこのポイントの切り替えを行っている。

    そんな風景に偶然であわすことができた。

     

    まず水門の手前で止まり、船の後尾にあたる場所の水門を閉める。これで船は閉ざされたプールのような場所に浮くことになる。後ろの水門を閉めたら、前方にある水門の排水口を開いて、プール状態になった場所の水を排出する。高低差があるから、水は勢いよく流れ出て、やがてプールの水面は前方につながる運河の水面の高さと同じになる。この時点で、前方の水門が開いて船が進むことができる。

    船がいなくなったら、再び前方の水門を閉めて、後方の水門を開ける。高い水位から水が流れ込んで、再び次の船を迎え入れられるようになる。

    そんな行程を、船が来るたびに繰り返す。忙しい都会人ならいてもたってもいられない気持ちになるほど、長い時間がかかる。そんな時間を、乗客も、水門を回す人たちも普通の生活のリズムとしてこなしている。
    こんな風景に自分がなじみだしたのがわかる。ここに来るまでにせかせかとペダルとこいでいた足が、のんびりと動くようになる。あとはもう、風景に溶け込んで移動するだけだ。まわりの風景と、空気と、風とにおいと一体になってしまったような心地いい状態になる。

    水がある風景というのは不思議だ。ただそれだけで、時間が経つのを忘れる。
    ずいぶん遠くまで来てしまったと気付いて、周囲に何も見えなくなった運河の先から自転車の向きを変えて引き返してきたとき、時間はもう4時近くになっていた。
    どうしよう、街はずれにある大きなショッピングセンターにでも足を伸ばしてみようかな。そう思ってさっきの道を通ると、魚釣りのおじいさんは同じ場所で、バケツの中にさっきと同じ、1匹の魚を入れたまま同じ姿勢で水面をぼんやりみつめていた。

    私の木曜日もまた、この魚釣りのおじいさんのように、ぼんやり運河にいるだけで終わろうとしていた。

    「何もしない」
    暮らしの中に、そんな時間を持てること。
    そして、何もしないことを許して、受け入れてくれる自然があること。
    運河の午後はそんな「何もしない」ことの大切さをちょっと教えてくれた。
    そもそも、こんな風景を前にして、何かをしなくてはと考えてしまうことのほうが普通ではないのだと思ったりもする。日がな、レジャーやイベントを探して移動している東京の生活は、どう考えても尋常ではないのだ。
    何もしない時間の中に大切なことがたくさん隠れている。
    ブルゴーニュに来て、こんな風景に出会えて、本当によかった。
    月並みな言葉だけれど、ちょっとばかり、人生が変わったような気になった。
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    留学5−3 クロディーンの真骨頂

    2009.08.31 Monday 21:10
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      7月23日ー3

      自転車に乗ってどこまで行ってきたの?
      白身のお魚を紙で包んでオーブンで蒸し焼きにした料理に、クリームのソースをかけながらクロディーンが聞いてくる。

      「運河をずっと走りました」
      「とても静かでした」
      「おじいさんが釣りをしていました」
      「みなとうもろこしの缶詰を持っていたのですが、ここではとうもろこしで魚を釣るのですか?」

      あらいやだ、そんなことないわよ。とうもろこしじゃ魚は釣れない。
      たぶん、魚のえさを空き缶に入れていただけだと思うわよ。大笑。

      そうか、私が見かけた釣り人のうち、少なくとも3人はとうもろこしの缶を持っていた。モンバールの釣り人はとうもろこしの缶を使うのが好きなのだな、きっと。



      今日の夕食もまた、絶品だ。



      魚のソテーに、押しムギのシリアル、付け合せにある野菜はフヌイユと彼女が言うくせのある野菜だ。フヌイユ? そりゃいったい何なんだろうと聞くと、「明日BIOのマルシェに行くから、その時に教えてあげる」という。

      明日は滞在最後の日だ。私のお願いで、明日の午前は毎週金曜日に開かれるBIOのマルシェにでかけて買い物をして、昼ごはんを一緒に作る約束をしている。レッスンはそれからあとだ。
      レッスンが終わったら、ちょっと遠くの街にでかけてオペラを観る。

      一人ひとりの生徒に、その人に合ったエクスカーションをそんな風にアレンジし続けるエネルギーは半端なものではないように思う。階下にいつも誰かが住んでいて、その人の語学教師をしながら食事の用意をし続けるというのも、どれだけストレスフルなことだろう、と思ってみたりもする。
      でも明らかに彼女はそんな日々を真摯に積み重ねていて、暮らしにはどこか揺るがない芯のようなものがある。

      滞在中、おぼつかないフランス語で私は自分の人生のことをちょっとだけ彼女に話した。離婚をしたこと、思春期の息子を育てていること、この仕事を10年前ぐらいからしていること。来年またフランスに、もう少し長く滞在したいと思っていること。
      クロディーンはどうしてモンバールに住んで今の仕事をしているのだろう。同じく仕事をする女性として、彼女が今のライフスタイルを選んだ理由に興味がある。そんな話も、滞在中に彼女と交わしたりもした。

      なぜ今の場所にいるのか。なぜ今の仕事をしているのか。
      その問いに一言で答えられる人も世の中にはたくさんいるのかもしれない。
      でも、私もクロディーンも、その問いに答えるためにには話しておかなくてはいけないたくさんのプロセスがある。どれを省いても、今ある自分ではなくなってしまう。それは長い長い試行錯誤の歴史でもあるのだけれど、どのプロセスをとっても胸を張って語れる自信があるからこそ、私たちの話は長くなるのだろう。

      会社や組織に属さず、家計に収入を入れる配偶者を持たずに一人でからだを張って生きている女は強いな、と思う。自分を含めて、その強さのようなものに己が負けてしまうことがないように、私たちは日々試行錯誤を繰り返し、人生を楽しみながら、でもきちんと食い扶持を稼いでまっとうに生きようと頑張っている。
      こんな風に、違う国の空の下で、まったく違う生き方をしている一人の女性と数日を過ごして、そこに同じように流れる何かを発見して勇気をもらう。短い滞在だったけれど、彼女を通してそんな体験ができたのも、大きな収穫だった。

      「あなたは来年またフランスに来ると言っていたでしょう。どこに滞在する予定なの?」
      “最初は絶対パリだと思っていました。
       でもここに来て考えが少し変わりました。
       田舎にも滞在してみたいと思います。
       またここにも来たいです“
      「私は、あなたは絶対に田舎に暮らすのがいいと思う。いづみはとても田舎暮らしに向いていると思うのよ」
      “なぜですか”
      「あなたには好奇心があるから」
      “こうきしん?”
      「そうよ、あなたはどんどん自分で何かをみつけて出かけていくことができる。そういう人にとって、フランスの田舎はたくさんの可能性がある場所だと思うの。
      私の生徒さんの中には、自由な時間があっても部屋にこもってしまう人もいるし、街の人と話をしたがらない人もいる。そういう人は都会の便利な場所で過ごすのもいいと思う。でもあなたは違うでしょう?
      好奇心のある人こそ田舎に住むべきよ。絶対にオススメする」

      来年、私はどこで何をしているのだろう。
      またフランスに本当に来れるんだろうか。

      長いこと何もせずに、遠くを眺めているだけでは何も変わらなかったことが、ちょっとだけ踏み出した一歩で突然動き出すことがあるのだと思う。
      私の人生はもうそろそろ半世紀に差しかかろうとしているけれど、この先にもまだまだそんな風に、きっとたくさんの変化があるのだ。
      自分の老後の人生のレールが見えないと不安になってしまう人もいると思うけれど、でも、見据えてしまうことで生まれる不安もあるはずだ。

      何が起こるかわからない。
      どうなっているかわからない。
      そんなわくわくする変化が自分の人生の残り時間にまだまだやってくる。
      わからないからこそ立ち向かえる。わからないからこそ、あきらめずにいられる。


      ここ数日の肩こりはすっかり消えていた。
      久しぶりにゆっくりと本を読みながら眠りにつく。

      明日は最後の滞在日。
      あとちょっと。頑張ろう。
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      留学6−1 ビオのマルシェ

      2009.08.31 Monday 20:57
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        7月24日(金)−1

        今日はBIOの市場に行く日だ。その後も何かと予定がつまっていて忙しい。朝食をちょっと緊張した気分で済ませる。
        さあ、出かけるわよと階上から降りてきたクロディーンも、心なしか活気付いている。

        モンバールには、毎週金曜日の午前中にBIO(有機栽培)のマルシェが立つ。フランスでは、現在このBIOという考え方が広く浸透している。農業大国であり、美食の国であるフランスで「食」の安全性についての関心が高まるのは納得できる。普通のスーパーでもBIOマークのついた食品のコーナーが当たり前のように作られているし、市場でも大きくBIOマークが掲示されている店が多い。



        写真はディジョンの中央市場の風景。「灰色の馬農場」という看板を出したこの店にも、BIOのマークが大きく貼り付けられている。左下の緑色のABというシールだ。
        AはAgliculture(アグリキュルチュール=農業) Bは Biologique(ビオロジック=バイオ、有機)。買い物をするときは、この緑のシールを目印にする人も多い。フランス語で「ビオ」と略して語られるこのフレーズは、今のフランスの食を語るときにはずせない言葉だ。

        そんなBIOのマーケットに私とクロディーンは来ている。
        モンバールでの普段の買い物はスーパーマーケットでも十分事足りるけれど、このマルシェの日には近隣の牧場でささやかにチーズを作るおじさんや、徹底した有機栽培で自分の畑で野菜を育てている人などが、店を出す。
        大規模な流通に乗らない分、安くてうまい。そんな食材を探すために、クロディーンもよく利用するのだという。



        彼女の一番のオススメは、この八百屋さんだ。八百屋さんというより、畑の持ち主といったほうがいいのかもしれない。もう、そこに立っているだけで存在そのものがBIOだ! 
        東京の自然食品屋さんにもこんな人がたまにいるじゃないかー。いいぞ、すごいぞ、期待を裏切らないその存在感。

        アンデスの山奥で座禅を組んで(なぜ?)いても不思議じゃないかもしれないと思うようなこんな彼の作る野菜たちは、荒々しくて豪快だ。



        大きさも形もばらばら。そんな野菜たちが泥付きのまま無造作に木箱に放り込まれている。
        確かに、この風情では流通に乗せることはできないだろうと思う。
        でもどうだろう。放り込まれた紫たまねぎのうまそうなこと。
        こんな野菜が、東京のナチュラルなんちゃらみたいな場所でバカみたいに高い値段をつけられることもなく、お買い得の価格で毎週マルシェに並ぶのなら、私だったら足しげく通ってしまう。
        なんて楽しいんだろう。



        左は日本では生で売っているのを見たことがない赤カブ(ビーツ)。滞在中にこのカブを煮たものや、スープにしたものをクロディーンは作ってくれていた。これがもう、なんというか絶妙にうまいのだ。生の赤カブって、こんなにうまいものだったのかー。
        あまりにうまいので、何度も何度も名前を確かめたので、赤カブだけは名前をすんなり覚えた。フランス語でベトラヴルージュ。いや、覚えたって何の役にも立たないような気はするんだけどね。とにかく、これがそのベトラヴルージュ。



        そして前日に彼女が明日教えてあげると言っていたフヌイユというのはこれ。
        いや、なんか見たことがある。
        というか、前日のこの野菜の味は確かにどこかで食べたことがある味だった。
        帰国して調べて納得。フヌイユとは和名で「ういきょう」のこと。ういきょうの実はお菓子などにたまに使われることがあるし、ディルという名前でスパイスとしても売られている。実際にはディルはまた別の品種らしいのだけれど、このフヌイユを調理したものは、よくフレッシュハーブとして売られているディルの風味にとてもよく似ている。

        どちらにしろ、日本人にはあまりなじみのない、好みがわかれるところの風味を持つ野菜だ。

        市場には肉屋もたくさん出ている。



        フランスの田舎料理を前にして、日本人が固まってしまうことが多いのが、看板の左側に書かれている「うさぎ」の存在だ。
        フランスの料理本などにはよく、毛皮をまとったままダラリと横向きにされたうさぎが、野菜や調味料と一緒に写っていることがある。肉屋では、皮の剥がれたうさぎが首を落とされて、バンザイ状態で並んでいるのが普通に見られる。うさぎは鳥や牛、豚と同じく、フランスではしごくポピュラーな食材なのだ。
        だから、こんな看板にかわいらしくあしらわれたうさぎさんのイラストを見て、和んでいるわけにはいかない。
        看板の文字は左からうさぎ、鳥、たまご、ジビエ。
        隣には馬の肉だけを扱う肉屋も並んでいる。フランスには馬肉専門店も結構多い。

        鶏肉の売り方も完全に趣を異にしている。首から上が羽もトサカもついたままリアルに売られているのは、一目で鳥の種類がわかるようにという配慮なのだと思う。ほかにも、うずらや鴨などの肉がリアルな形でずらりと並んでいる。私はこんな風景が大好きだけれど、苦手な人は肉屋を冷やかして歩くのはしんどいかもしれない。



        でもさ、と私は思う。

        料理というのは結局は、食材の命をいただくというところから生まれたものだ。家畜として飼っていた動物を一匹つぶしたら、その命をもらった分、どんな部分でも無駄を出さずにうまく食べようと考える。そんな生き物への命への敬愛のような気持ちがある場所に、さまざまに工夫されたレシピが生まれてくる。
        魚屋にたこが並んでいたら、新鮮でうまそうだと日本人なら思うだろう。たこの吸盤やイカのくちばしを珍味にして食べ、魚の皮を炙って寿司ネタにし、魚の骨でダシを取る。そんな風に受け継がれた食材の文化の奥深さを思うなら、バンザイをする皮を剥かれたうさぎや、首のついたままの鶏肉はしごくまっとうな風景だ。

        こんなヨーロッパの市場に来ていつもうらやましいと思うのは、鶏肉の種類が豊富なこと。日本でも最近は産地別の鶏肉が多く並ぶようになったけれど、その外観がどうであるかを知る人は誰もいないのだと思う。切り分けられた肉よりも、こんな風に身上がはっきりと分かる形で、さまざまな肉を買い分けられるのは、とてもうらやましい光景だ。



        そして、多くの日本人が垂涎もので「うらやましい」と思うのが、こうしたチーズの店の風景だろう。たくさんの種類のチーズが並んでいる。日本のように真空パックになったり、輸入業者のシールが貼ってある商品はない。全部、国内の近くにある農場や工場で作られたチーズたちだ。
        しかも、このチーズが驚くほど安い。
        握りこぶしほどのシェーブルが1〜2ユーロで売られている。どんなに高くても、5ユーロを超えるチーズはない。そうか、フランスのチーズ文化ってのは、こういう場所に成り立っているんだ。だから、食後に何種類ものチーズを乗せたプレートが普通の家庭で当たり前のように出てくるんだな。
        デパートで千円以上するチーズを何種類も揃えて、日本でいっぱしのワインとチーズ通を名乗って食卓に並べたがる人たちのアホくささを思う。チーズはこういう場所で、食べるべきものなんじゃよ。

        市場の話を始めるときりがない。
        この辺で終えて、クロディーンの料理教室のことを書こう。

        レタスのグラタン

        クロディーンがこの日の私との料理教室のレシピに選んだのは、レタスのグラタン。レタス! レタスだよ。あのレタス。それがグラタンになる。


        レタスのグラタンの作り方は、こちらのブログに書いた。

        http://musashinofujin.cocolog-nifty.com/blog/cat33923160/index.html

        ほかにも、彼女に教わったズッキーニのフラン、にんじんとレンズマメのココットを書いたものもある。細かく作り方を教わっていないものもあるけれど、クロディーンの作る料理はいつもとてもシンプルだけれどおもしろいアイデアに満ちていて、そんな食卓の風景を思い出して見よう見真似で試してみると、なんだかそれらしきものができあがる。



        クロディーンは私のために、日本にはあまりない食材を使ってこんなものも作ってくれた。



        ルバーブのコンフィチュール。ジャムよりずっと糖分を抑えて作る。できたコンフィチュールを、さっき市場で買ったフレッシュチーズにかけて食べる。ルバーブのジャムは、以前ハワイに住む友人が作ってくれたことがある。ふきのような形をした野菜から、こんなものができるのか、という新鮮な驚きがある食材だ。でもコンフィチュールで食べたことはない。
        ふーん、ルバーブのコンフィね。ジャムとどう違うの? ぱくっ。



        あかん! すっぱいーーー! だめ。私ぜんぜんだめ、これだめ。
        すっぱいの苦手なんだもん。えーん。

        日本人になじみのある酢のすっぱさとはぜんぜん違う。レモンの丸かじりとも違う。とてつもなく違う種類の酸味で、口の中が痛い。すっぱくて涙がぽろぽろ出る。クロディーンはいじわるそうに「私は大好きなんだけど?」とこっちを見て笑っている。
        3口ほど泣きながら食べたところで、やっとはちみつのびんを出してくれた。
        「これ、入れる?」

        入れる、入れる。はちみつちょうだいー。あーん、もっといっぱい入れて。

        料理教室はこうして、涙目で終わることになる。
        食材を買うこと、料理を作ることはどうしてこんなに楽しいのだろう。
        ホテルに滞在する旅行者のままでは、こんな風に市場で買い物をして料理を作ることはできない。いつか、あの店に売っていたバンザイうさぎや、首付きの鳥肉を飼って自分のキッチンで料理を作りたい。馬の肉も食べてみたい、赤カブも調理したい。思う存分こんな土地で料理が作れたら、なんと楽しいことだろう。

        料理は楽しい。そんな楽しい料理を予定に組み入れてくれたクロディーン、ありがとう。
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        留学6−2 一週間を振り返る

        2009.08.31 Monday 20:55
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          7月24日(金)−2

          料理教室を終えて、午後はフランス語の最後のレッスンだ。
          1週間を通してどうだった? アパートの居心地は? 食べ物は? イベント、授業の感想は? 私の答えを聞いて、この先のプログラムに役立てていきたいのだそうだ。
          「例えば、このサロンのライトは生徒さんの要望で買ったの。私にとってはこの部屋はちっとも暗くないのだけれど、日本の人にはとても暗いと感じるらしいってことが、彼の一言でやっとわかった。言ってもらうことが私の役に立つのよ。」

          確かに、サロンはとても暗かった。こんな暗い中でどうして文字が読めるのだろうというような場所で、クロディーンは授業を行っていた。食事の準備のときも、食事のときも薄暗い中で平気で作業を続けている。私は逆にそのギャップがおもしろくて、薄暗い中で勉強や食事をすることを楽しんだ。それもまた、よい体験だったのだと思う。
          日本人が暗くて不安になるような場所で、フランス人は平気で過ごしていることがとても多い。照明の明るさひとつとっても、お国柄があるのはおもしろい。

          滞在や食事にまつわることは何一つ不満もなく、改善して欲しいと思うことはなかった。1週間を通じて私が感じたことはただ一つ、「貴重な体験をした」ということだけ。
          そして、滞在の最後になってやっと気付いたことがひとつあった。それは、自分がこれまでやってきたフランス語の勉強方法に大きな間違いがあったことだ。

          滞在中、クロディーンに教わった言い回しや構文を、授業のあとに私はノートの右側に書き出して、その左側に日本語訳を書くという復習を繰り返していた。東京に戻ったら、左側に書かれた日本語を見ながら、フランス語の構文を思い出す。そんな勉強ができるのではないかと思っていた。

          それ、ぜんぜんだめなんだよね。
          ってか、そんなことをやってもほとんど意味はないのだ。
          そんなことに、木曜日になんだかすっとラクになって、フランス語に慣れてきたと思った時点でやっと気付いた。

          それをクロディーンに話した。それ、意味がないことがわかったよ、と。

          「その通り! 日本の学生さんは本当に多くそういう方法で勉強をするの。でも話したいと思うなら、日本語の文章を見てフランス語を思い出す方法は効果的とはいえない。その方法は単語を覚えるときには有効よ。単語はなるべくその方法で多く覚えて語彙を増やすこと。
          でも構文はそれで覚えてはだめ。文章を作るのは常に頭の中で。
          そもそも、文章になったものを丸暗記することに意味はないの。丸暗記した文章をそのまま使う場面なんて、暮らしのなかにはほとんどないんだもの。今までの方法はすぐやめて、常に頭の中で文章を組み立てるくせをつけること。
          そして、フランス語の力を上げたいのなら、週に2回は話す機会を作ること。今までのように週一回教室に通うぐらいでは、1年でレベルを上げていくのは難しい。なるべく話す機会を作って頑張って」

          やっと道筋が見えたところで、レッスンは終わってしまう。
          あとは東京に戻って、また頑張らないと。

          でも。
          改めて思ってみれば、こんな風にフランス語漬けになりながら、数ヶ月でもこの国で過ごせば、私もきっとどこかで何がしかは話せるレベルに到達するんじゃないかとおぼろげに思う。そんな風に思えるようになっただけでも、大きな進歩だ。東京で頑張りながら、またいつかこんな時間を持とう。
          そんな思いで最後の授業を終える。

          長かった。
          疲れた。
          でも、とてもよい体験をした。
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          留学6−3 ベニヤ板の上のキャミソールのカルメン

          2009.08.31 Monday 20:05
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            7月24日(金)−3

            滞在の最後を飾るのは、オペラ「カルメン」だ。
            ヴィトーという村で今夜、カルメンの上演があるのだという。初日にクロディーンはそのチケットを2人分とっていてくれた。カルメンの上演は7時30分からだから、夕食をゆっくりとる時間はない。
            今日は昼をゆっくりたくさん食べたから、夜はサンドイッチを作ってヴィトーにいく途中のどこかで、ピクニックをするのだという。

            クーラーボックスにサンドイッチと飲み物を詰めて、ヴィトーに向かう。再びなだらかに続く牧草地帯を通り抜けた先にあったヴィトーという町は、こんな感じの場所。



            これは街の中心にある観光協会。垂れ幕に「CARMEN」の文字が見える。夏の間の2日間、ここにカルメンがやってくる。
            すごいな、フランスの古い街で上演されるカルメン。いったいどんな風情のあるものなんだろう。観光協会でチケットを受け取り、しばしヴィトーの町を散策する。



            ヴィトーも運河や小川が流れる静かで古い街だ。モンバールよりはずっと小さい。こんな小さな街が、フランスの田舎にはたくさんたくさん存在している。これといった商店もなく、鉄道の駅もないような場所に、人々は固まってこじんまりと住んでいる。老人しかいないのではないかと思いきや、街には子どもたちの姿も多く、私たちの顔を見てはずかしそうに「ボンジュール」と言って通り過ぎたりする。
            なんとも心地いい風景だ。

            カルメンの会場となるらしい場所の手前に、小さなベンチのある広場があったので、私たちはそこでお弁当を広げた。フランスパンで作ったサンドイッチと水。そしてヨーグルト。フランスパンは、とにかく涙が出るほど固い。こんな固いパンを食べるのは、難儀ではないのか? とおそるおそる隣のクロディーンを見ると、涼しい顔をしてがしがしと、しかしゆっくりと咀嚼している。
            必死でかじりついている間に、コツが呑み込めてくる。そうか、こんな風にしっかり噛んで食べると、満足感が増して量を食べ過ぎず、健康にすこぶるよいのではないかということに気付く。
            東京に戻ってから、食卓にフランスパンが登場する機会が増えた。柔らかい白米をかきこむより、固いパンをゆっくりしっかり噛んで食べるほうが、食べ過ぎずに済むし満腹感を得られることがある。限りなく前向きにとらえれば、それはきっとダイエットにもつながるはずだ。あはははは。

            フランスパンと格闘する私たちの上を、足早に雲が移動していく。
            「雲がすごい勢いで流れていますね。流れている? フランス語ではなんというのですか? 雲は“流れる”の?」
            「フランス語では 雲が走っていく というわね」
            へー、違うんだね。おもしろいね。
            走っていく雲の先に、カルメンの会場があるらしい。
            お弁当をしまって、また車に乗る。

            さて。

            到着したオペラの会場は、なんと体育館だった。



            舞台はベニヤ板。椅子はパイプ椅子。
            舞台美術は何一つなく、舞台の後ろには白いキャンバス地のような布が、だらしなーくぶらさがるようにかけられているだけ。照明もほとんど用意されていない。体育館の明かり取りの窓もそのままだ。そんな舞台環境を逆手に取った演出も、どうやらまったくされていない様子だ。
            ??? !!!!
            なんじゃこりゃ。
            ここでカルメン?



            しかし、そんな白布のぶらさがった舞台の前には、本格的なオーケストラ席が準備されて、楽器の音あわせが行われている。
            三々五々と人々が集まり始める。
            ほどよく年を重ねた夫婦連れが多い。そこに混じって、小学生、中高生の姿も多くみられる。近くの席では、10歳ぐらいの女の子が元気よく、カルメンの「闘牛士の歌」を歌っている。

            8時近くになってから舞台が始まった。
            まずノースリーブのシャツにデニムを履いたようなおばちゃんたちが大量に舞台を横切っていく。観客が紛れ込んだのか? と思っていたら、彼女たちが突然舞台でオペラを歌いだした。
            エスカミーリョは闘牛士のはずなのに、立候補をした議員らしくたすきをかけたスーツ姿。カルメンにいたっては、ミニスカートにキャミソール。ドン・ホセの婚約者ミカエラなどは、スニーカーにデイパックをしょって現われる。誰もがユニクロで売っているような服を着て舞台に立っている。
            はてなー。
            なんじゃこれー????

            オペラが終わったとき、時計は12時近くを指していた。
            最初のうちは「地元のかくし芸大会じゃあるまいし」なんて思っていた私は、徐々にこのカルメンのユニットは実はかなり実力のあるプロの集団で、こうした公演を世界の各地で行っていることを知る。
            最後にはすっかり舞台に引き込まれていた。

            田舎の体育館の、ベニヤ板の舞台の上のキャミソールのカルメン。

            休憩時間に、となりでクロディーンがこんなことを言う。
            「驚いたかもしれないけれど、これは実にフランス的だと思う。たぶん、日本の人にとっては体育館であるとか、舞台が質素であるということはマイナスに感じることが多いと思うの。私たちフランス人は、外側のパッケージより中身がよければOKと思う。だから、こんな質素な舞台装置でも、上演される中身がよければ喜んで受け入れる。こんな風な催しが、このあたりではとても多いのよ。
            外見より中身。ブランドも見かけも関係ない。しわがあっても、白髪だらけでも、フランスの女たちはさほど気にせず、中身で勝負しようって考える。そんなこととちょっと通じているかもね」

            いや、フランスにだってパッケージや見かけを気にする人はいっぱいいるじゃろ? とも思う。でも、クロディーンのこんな言葉を、私はまたちょっと違う側面から考えている。

            フランスに来て、なんともハードな最初の数日間を過ごし、木曜日にすっと気持ちが楽になったのだ、と前に書いた。このすっと気持ちが楽になった日、シャワー室の鏡の前で自分の顔を見て、私はちょっと驚いたのだった。

            顔が変わっていた。
            東京で見慣れた自分の顔と、何かがすごく違うのだ。
            たぶん、こんな理由なのだろうと思ってみる。
            言葉が不自由なことが手伝って、私は日常会話でさまざまな言い訳や前置きをすることができずにいた。答えは常に、ウイ か ノン と答えるしかない。
            愛想笑をしながら当たり障りのない話をすることもなかった(って、できなかった>笑)。髪型や化粧を気にして鏡を覗き込んだり、なるべくいい印象を持ってもらおうと相手におもねるという余裕もなかった。

            ウイ もしくは ノン。愛想笑いをしない。言い訳をしない。
            ある種の緊張感の中で、とにかく必死。

            そんな風に数日を過ごすと、顔つきが変わる。おしゃれにも気を使わず、人にどう見られるかもまったく考えていないその顔は、たぶん東京にいたら確実に「いつもよりブス」と思う部類の表情だ。

            でも、私はその自分の顔が嫌いではないと思った。
            できれば、50を過ぎたら私はこんな顔をして生きていきたいと思った。
            それは今まで私が自分自身に対してこうありたいと思ってきた「ほんわかと温和で、年をとってもかわいらしく、ほっとできる存在」なんていうものとはまったく別の場所にある、もっと毅然と確固とした自分の姿で、そんな自分には流行の服も、化粧も、髪を染めるということも必要ないんじゃないか、と思えた。

            化粧も衣装もつけていなくても、カルメンはカルメンだ。その核があれば、ベニヤ板の舞台の上にもちゃんとカルメンの世界を作り出し、人々を感動させることができる。

            50になったら、必要なものと必要でないものの区別をしっかりつけなくちゃいないと切に思う。そして、あの木曜日の夜、すとんと落ち着いた先にあった鏡の中にいた自分の顔で、この先の時間を重ねていきたいなと思う。


            帰り道、真っ暗闇の田舎道を車で走っているとき
            ふと夜空を見上げたら、満点の星空があった。
            満天などという生易しいものではない。そこには、砂糖壷をひっくり返したかのような天の川が横たわっていた。
            「クロディーン、星が! 星がすっごいきれいなんだけど!」
            言い終わらないうちに、星が流れた。
            2つ、3つ。

            「星がー! 星が流れたー!!!  流れる??? 星も流れるでいいの? 星は走るの? 落ちるの?」

            もうなんでもいいのだ。とにかく、満天の星空を流れ星が流れた。
            これまでたくさんの星空を見てきたけれど、このときの空は人生ではじめてみるほどの見事な光景だった。
            神様、最後の夜に大きなプレゼントをありがとう。

            モンバール最後の夜が終わった。
            明日の朝、早起きをして荷造りをしよう。

            ここに来る前までの自分と、明日ここを去る自分。
            何かが確実に、きっとちょっとだけ変わった。
            フランス語を上達させるという目的以上のものを、この場所でたくさん教わったと思う。

            たくさんの人にお世話になった。
            みなさん、本当にありがとうございました。
            category:フランス留学 | by:武蔵野婦人comments(0) | - | -

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