留学1−5  夏の日のパスティス

2009.08.31 Monday 22:13
0
    7月19日(日)−5

    陽射しが強く暑い一日だった。
    7時すぎに家に戻り、彼女はものの30分ほどで夕食を準備して降りてきた。すごいな、どういう魔法を使ったのだろう。

    暑かったから何か冷たいものを飲もうと彼女が言う。たとえばパスティスなんてどう? 夏に私はたまに飲むの。ミントと一緒に合わせるとおもしろいわよ。
    うん、それいただく!
    ……ほんとに? パスティスってどんな味がするか本当に知ってる?
    知ってるもーん!



    知ってるつもりだったパスティス。ミントと合わせるとこりゃまたすごいね。。。。。。
    ちょっとだけ後悔しながら食卓につくと、スープのあとに、マスタードのソースで柔らかくソテーされた豚肉と、クスクス、ラタトゥイユの食事が出てきた。クロディーン、あなたは本当に素晴らしい料理人だと思う。




    おいしく食べて、不思議なパスティスから解放されてブルゴーニュのロゼワインをいただいた時点で、昨日と同様、また強烈な疲れと眠気が襲ってきた。
    とにかく、必死だから昼間は忘れているのだ。
    きっと私の脳みそとからだは、どこかでひどく疲れているのだろうと思う。

    とにかく、また明日から頑張ろう。


    ★モンバールパート2に続く
    category:フランス留学 | by:武蔵野婦人comments(0) | - | -

    留学2−1  止まらず、早く!  早く!

    2009.08.31 Monday 22:09
    0
      7月20日(月)ー1

      死んだように寝て、きっちり朝の7時に目が覚めた。旅行中に時差ぼけになることはほとんどない自分のからだに、こんなときは感謝する。

      さて、2晩をこの家で過ごしたけれど、やはりまだ落ち着かない。今日から朝食は一人だ。パンはどこに入っているんだっけ。このジュースは開けていいのかな。えっと、コーヒーを入れるのはどうすればいいのだっけ。
      ひとつひとつの行動を起こすのに、いちいち躊躇する。気を使わずに自由にやれるように、クロディーンがたくさん気を配って物を配置してくれているのがわかる。でも、誰かの家のものを使わせてもらっているという感覚がまだ抜けない。下手に主婦暦が長いから、「ちゃんとしておかないと、だらしないと思われるかも」とか「どこまで片付けておくべきなのか」なんてことが頭をめぐる。
      食べないとパンが固くなる。昨日の残りの肉を、食べ切ってしまったほうがよくないか。朝からそんなことを考えている自分が、なんだか情けなくもあり愛おしい。
      因果だなあ、主婦業ってのも。



      とりあえず、冷蔵庫の上に山積みになっていたプラムが痛みかけていたので皮を剥き、冷蔵庫からヨーグルトを出して、ジャムを載せてみる。パンを食べるだけの元気はない。胃が弱っているようなので、コーヒーを入れるのもやめにする。食器棚の中にハーブティーが何種類もたくさん詰まった缶をみつけてうれしくなる。
      胃が疲れたときには、モロッコ風のミントティーがよく効く。


      レッスンは9時からだ。

      前日、私のフランス語には以下の問題点があることを彼女に指摘されていた。

      1、 発音はまあまあいい。でも現在形と過去形、未来系の時制がぜんぶごっちゃになっている。
      2、 Le la les といった前置詞が無茶苦茶。

      1週間ではたくさんのことはできないけれど、とりあえずこのあたりから手をつけよう。そのための練習問題をいくつか用意するわね、と言われていたのだった。

      フランス語には、信じられないほど多くの動詞活用がある。過去形だけで行っても、単純過去、複合過去、半過去、大過去の4種類があり、このほかに条件法だの接続法だの、どう区別してよいかわからない活用法を覚えなくてはならない。
      その上、単語には男性と女性の性別が必ずあって、その単数形と複数形で前置詞もすべて変わる。このあたりが私はごちゃごちゃなのだ。
      ってか、ごちゃごちゃで仕方ないでしょ。すっごい複雑なんだからっ。

      ということで「今日はちょっとしたエクササイズを持ってきた」とクロディーン。
      さまざまなシーンがイラストで表現された紙を前に、この風景をフランス語で説明してみて、といわれる。単語の性別をはっきりさせることと、時系列で時制を使い分けることが目的らしい。

      自分のことを説明するのは、ある程度の語彙の用意がある。でも、はじめて見た絵を説明しろといわれると、何一つ言葉が出てこない。
      はしご? ペンキ? ベビーカー? フランス語でなんていうの???? つくづく、語彙の少なさを感じる。もっと若いとき、脳みそが柔らかいときに、たくさん単語を覚えておくのだった。
      3時間というのは、短いようでいてたいそう長い。そんな四苦八苦の授業を3時間。後半は「最近した旅で印象深かったこと」を口頭で話してごらん、と言われる。

      前の日にレッスンを始める前に、私は今回の滞在で何を習得したいのかということを聞かれていた。
      「ヒアリング能力を伸ばしたい、フランス語検定に受かりたい、新聞などが読めるようになりたい、会話をしたい。いろいろな目的があって、それぞれに勉強法はまったく違うの。あなたは何がしたい?」

      私はとにかく、しゃべれるようになりたい。会話ができればいい。そう思ってここに来た。学生時代にフランス文学を専攻したことがあるから、辞書を片手にやさしい本なら読むことはできる。ドリルの練習問題を解くこともできる。
      でも、悲しいかなまったくしゃべれない。
      実際に自分の旅の話をしようとしても、頭の中に単語もフレーズも何も思い浮かばないのだ。言葉というのは、聞くこと、読むこと、話すことによってまったく違う能力を使っているのだということを思い知る。
      できあがった構文を読解することはできても、ゼロから文章を作る能力が今の私にはないのだ。

      「日本語で考えてから、それをフランス語に変えるという方法でしゃべらないこと。日本語はあなたの母国語だから、そこで考えると物事は複雑になっていくでしょう。思い浮かぶ知っているフランス語で伝えられることを、片端から口にしなさい。コミュニケーションはまずはそこから」

      止まらず、早く、早く。
      しゃべるのよ、しゃべり続けなさいっ。
      “はい〜、ひぃ〜”

      脳みそは再びフル回転して、あっという間に芯がしびれたようになっていく。そんな授業を3時間。こんなに頭を使ったのは、繰り返すけれど本当に何年ぶりなんだろう。
      すごいな、自分。やりゃできるじゃん。
      いや、成果はぜんぜん出ているようには思えないんだけど、とにかくやってること自体がえらい。なんだかちょっとだけ、コツがつかめてきたような気がする。自分を褒めてあげよう。
      category:フランス留学 | by:武蔵野婦人comments(0) | - | -

      留学2−2  モンバールを歩く

      2009.08.31 Monday 21:57
      0
        7月20日(月)−2

        レッスン2日目の午後は自由時間だ。午後はゆっくり部屋で休んでもよし、街を散策するのもよし。夕食までゆっくり過ごしてね。できればフランス語の復習の時間も取って欲しいけれど、とりあえず今日はゆっくり休むといいわよ。
        そう言ってクロディーンが用意してくれたのは、ズッキーニのフラン。



        ズッキーニを炒めて、豆乳と生クリームをあわせたソースをかけてチーズを散らしてオーブンで焼く。軽くてうまい。クロディーンの料理はBIO(ビオ 有機栽培のこと)をとても上手に取り入れて、健康的に仕上げている。これは豆乳を使っているところがミソ。すごいなあ、うまいなあ。豆乳でこんなにおいしいフランが作れるのかー。こんなランチが、レッスンの疲れを吹き飛ばしてくれる。

        うまいうまい、とにこにこ食べて、あとは夕食まで自由時間。
        ここまで必死に突っ走ってきた。そろそろガス欠になる頃だと思っていたから、この自由時間に救われる気になる。今朝はきっちり目が覚めたけれど、からだの中に澱のようにたまった疲れは抜けない。肩がばりばりに凝って、目もしょぼしょぼだ。とにかくはじめての場所で緊張しながら、必死に追いついてきたのだ。
        バスルームに体重計があったので計ってみたら3キロやせていた。東京であれだけダイエットしたいと思っていたのに、いざこんな形でやせていくと、どこかわびしい気持ちになる。午後はゆっくり過ごそう。

        ちょっとだけ復習をしてから、ベッドに寝そべってみる。
        いやいや、ぜんぜんだめじゃん。
        緊張が抜けなくて疲れているのだ。神経だけは妙にとがっていて、ちっとも睡魔は襲ってこない。風呂に入ってワインを飲むという選択肢もあったけれど、そんなことをしたら二度と目が覚めないような気もする。
        おりしも、昨日までの冬のような寒さがゆるんで、今日は快晴だ。生来の貧乏性が首をもたげる。もったいない。こんな晴れた日に寝室にうずくまっているなんてー。

        一眼レフと望遠レンズをバッグに詰めて、サロンにあったモンバールの地図を片手に、街の探検に出ることにする。散歩も街歩きも大好きだ。好きなように街を歩いて買い物でもするほうが、疲れが取れるかもしれない。




        モンバールはTGVでパリから一時間の小さな駅だ。取り立てて何があるというわけでもないのだけれど、世界遺産でもあるフォントネーの修道院に行くための入り口となっているため、駅前には小さくてこざっぱりしたホテルがあり、ささやかだけれど何でも揃う商店街もある。



         

        クロディーンの家を出てすぐのところには、街にひとつしかないという信号がある交差点がある。ここは信号がひとつだけの街なのだ。
        小さなアンティークショップには、気軽に手に入るかわいらしい食器や雑貨がひしめいていて、その並びには朝早くから開くおいしいパン屋や、あれこれと惣菜の揃う肉屋、なかなか品揃えのいい本屋にKIOSKのような雑貨屋、オープンエアのカフェなどが一通り揃っている。





        モンバールに到着した日、クロディーンの車にゆられて通り過ぎた街は「何もない田舎町」という印象がぬぐえなかったけれど、実際に自分の足で歩いてみるとなんともいえず居心地のよいチャーミングな街だ。
        そしてこの街を特徴づけている最大の存在が、街を横切る大きな二つの運河。

         

        水と緑と、石畳と青空。街にはひとつしか信号がなく、運河をゆっくり船が横切っていく。のんびり、のんびり。細い坂道の多いこの街を歩いていて目に入るのは、花々で美しく彩られた民家の軒先だ。
        よかった、散歩に出てみて。ばりばりに凝っていた肩が、こんな風景の中でほどけていくのがわかる。吹き抜ける風も、陽射しも、なんともいえずに心地いい。これがフランスの夏だ。長い長い冬の先にある、みんなが待ち焦がれる夏の午後。渡航前から、今は一番よい季節だとたくさんの人に言われてきた。本当だ。この季節に旅をしてない人は、ぜひとも夏にフランスを旅するべきだと心から思う。それも、こんな田舎の街を。




         

        散歩の終わり、駅前にあったCASINOというスーパーマーケットを冷やかすことにした。パリで買い込むつもりだったコンソメのブイヨンや、日本では高くて手の出ないハーブティやスパイスを手に取る。
        ついでに、切れかけていた電子辞書の電池も探してかごに入れる。

        旅は非日常を楽しむものだと思うのだけれど、こんな風に見知らぬ街に来るたびにスーパーマーケットで買い物をしたくなる。日本でいつも買ってるあの食材は、いったいいくらなんだろう。どんな形で売られているのだろう。
        私の知らない食材があるのかな。おいしそうだなあ、食べたいな。
        時には苦痛とも感じる日々の献立や買い物の習慣を、旅先でも確認したくなる。ほんと、主婦ってのは因果な商売だと思うけれど、やっぱりスーパーを覗くのは楽しくてやめられない。

        帰り道、スーパーカジノの前の空き地で、ぼんやり並んでおしゃべりをしている4人組をみつけた。のんびりとしたこの街にふさわしい、のんびりした風情に惹かれてこっそりシャッターを切る。



        この2日後。またこの場所を同じ時間に通りかかった私は、この日とまったく同じ光景を目にすることになる。同じ場所、同じ座り位置。この人たちは毎日、この場所に並んで座ってとりとめのない話をするのだろう。

        年を重ねてから生きるなら、こんな場所がいいのだろうと思ってみる。留学先として長いことパリを考えていたのだけれど、思い切ってここに来てよかった。
        こんな風景の中に、たくさんの大切なものを教えてもらう気になる。そんな散歩を終えて、ちょっと元気になる。散歩に出て正解だった。スーパーの袋を提げて、家に戻ろうっと。
        category:フランス留学 | by:武蔵野婦人comments(0) | - | -

        留学2−3  こんな日は外で食べよう

        2009.08.31 Monday 21:55
        0
          7月20日(月)−1

          約束どおり、8時にクロディーンは夕食を抱えて降りてきた。おかえり、いづみ。今日は何をしたの?

          私のフランス語はちっとも進歩していないのでたどたどしい。
          「今日はモンバールを散歩しました」
          「天気がよくて暑かったです」
          「運河を船が通るのを見ました」
          「駅前のスーパーで買い物をしました」。

          CASINOに行ったのね。何か買った?

          「はい。コンソメとハーブティとスパイスを買いました。
          昨日あなたが言っていたように、いろいろなじゃがいもがあるのを見ました。
          これらのティーバッグはおみやげにするためのものです。
          パリで買うより安かったです。」
          獲物を捕らえて見せびらかす猫のような気分で、スーパーで買ったものをテーブルの上にずらりと並べてみせる。
          「これはいいお土産ね! 軽いしいいアイデアだわ。あら、このBIOのお塩は私も見たことない! どこに売ってた? いくらした? いいわね、次はわたしもこれ買おうっと」

          買い物や料理の話題でつながるときは、女は言葉の壁を軽々と乗り越えるものだと思う。ひとしきり買い物の報告をしたところで
          「さて、今日は天気がいいから外で食べない?」と彼女が言う。

          ここ数日肌寒く霧雨も降るような日が続いていた。今日は久しぶりの晴天だ。夕食の時間になっても、外は昼間のような明るさなのだ。外で食べない手はない。
          わーい、お外でごはんだ。
          準備だ準備だ。なんでもお手伝いしまーす。



          クロディーンのアパートの小さなベランダが、即席のオープンエアカフェになる。食べる場所を変える。たったそれだけで、日々の食事が活気付いてくる。このベランダは、たぶんうちのマンションのベランダよりずっとずっと小さい。それでも、花を飾り、こんな風に外で食べれば気分は高揚する。



          鶏肉のソテー、アンデスのシリアルであるキヌアをアレンジした付け合せ。胃にやさしく、あっさりしていてとてもおいしい。暑かったからビールとりんごジュースをブレンドしたパナシェのびんを開けて、冷たい小さなデザートをいただいた。

          「とてもおいしいです」
          「外で食べるのは気持ちがいいです」
          「これは何ですか」
          「日本でも買えますか」

          そんな会話をしながらぱくぱく食べる。
          やせた分の3キロ、これでちょっと取り戻したかな。。。。

          食べ終わってお皿を洗うころに、ようやく陽が沈んで短い夜が訪れた。明日はレッスンのあとに近隣の村に住むクロディーンの友人を訪ねることになっている。
          シャワーを浴びてとっとと寝よう。
          まだまだ2日目だ。先は長い。

          今日も一日お疲れ様でした。
          category:フランス留学 | by:武蔵野婦人comments(0) | - | -

          留学3−1  寝る・眠る・起きる・目が覚める

          2009.08.31 Monday 21:52
          0
            7月21日(火)−1



            今朝もパンを食べる元気が出ない。昨日の自由時間で多少の元気を取り戻したとはいえ、まだまだ慣れない場所での緊張が続いている。

            冷蔵庫にはクロディーンが作ったあんずのコンフィチュールが残っていて、私はこれがひどく気に入って大事に食べ続けている。今朝はバナナをカットしてヨーグルトをかけたものの上に、このコンフィチュールをかけていただくことにする。

            「おはよう、昨日はよく眠れた?」
            クロディーンがレッスンのために部屋に入ってくる。朝はこんな会話から始まるのだが、たったこれだけのやりとりから、すでに私は四苦八苦だ。

            「はい、よく眠りました」
            「一度も目が覚めませんでした」
            「東京では明け方にトイレに起きるのですが、昨日はそんなこともありませんでした」

            はて。目が覚めると起きるというのは、別の動詞なんだろうか。朝起きるという動詞と、トイレに起きるという動詞は同じものか?
            混乱する私に、クロディーンが「眠る」「ベッドに行く」「うたたねする」「目が覚める」「再び寝る」「朝起きる」といった言葉の違いを丁寧に解説してくれる。

            なるほど、全部違うのか。
            到底覚えきれないぞ。なぜただ寝る、起きるだけではダメなのだ。

            とにかく、よく眠りました。はい。一度も目が覚めませんでした!
            さあ、レッスン始めましょう。

            この日のテーマは「少子化」。
            日本における出生率について書かれた新聞記事を元に、それについてどう思うかをフランス語で言ってみて、と言われる。
            少子化か。
            時事問題だ。
            おのずとあれこれ思いはめぐり、言いたいことは山ほどあるのに、まったく言葉が出てこないという事態に陥る。

            「昨日も言ったでしょ? 日本語で考えずに、知ってる単語をつなぎあわせて話せることをとにかく話してみて。ちゃんと通じるから大丈夫」

            そんな授業を3時間。今日もたっぷり絞られ、たっぷり頭を使い、たっぷり疲れた。
            でも、初日に比べたらちょっとは早くしゃべれるようになっている。語彙や文法が成長しているわけではないけれど、「話す」ことの習慣やコツは着実に身についているのかもしれない。

            それにしても、3時間は長い。
            後半は私の仕事に関連して、フランス語で家事をなんというのかを教えてもらった。
            洗濯をする、洗い物をする、料理をする。そんな単語に混じって「拭き掃除をする」「埃を取る」「さっと汚れを拭う」なんて言葉が出てくる。その3つの何が違う? 雑巾持って拭いているのは同じじゃないの?
            「いや、ぜんぜん違うのよ」

            日本語をフランス語に変換する方法では、こうした語彙を増やすことはなかなかできない。大事なのは、視覚で捉えたものをフランス語で口にする訓練をすることなのだ、ということにやっと気付く。単語帳や会話集を見ながら暗記をしても、とっさの会話にはなかなか役に立たない。埃を取る、さっと汚れを拭うなんていう覚え方をしても仕方がないのだ。そもそも、家事のスタイルそのものが違うのだから。
            とにかく、クロディーンがやってみせてくれるジェスチャーに、単語をかぶせて覚えてみる。

            少しは、コツがつかめてきたのかもしれない。
            category:フランス留学 | by:武蔵野婦人comments(0) | - | -

            留学3−2 プラネーのアニー

            2009.08.31 Monday 21:48
            0
              7月21日(火)−2

              滞在3日目、レッスンのあとに出かけたのは、プラネーという小さな村に住むアーティスト、アニー・シャゾットさんのお宅だ。アニーはイラストレーターであり、さまざまな暮らしの道具のデザインも手がけているのだ、とクロディーヌ。暮らしの本を出している私には興味深いだろうとセッティングしてくれたらしい。
              日本にも何度も来たことがあり、フェリシモというカタログショップのグッズデザインもしているのよ? フェリシモって知ってる?

              おお、知ってる、知ってる。
              有名よ、フェリシモは。へー。
              この時、てっきり私はアニーというのはお皿とかエプロンとか、その他雑多なインテリアグッズのデザイナーさんなのだと思っていた。例えばトールペインティングされたティッシュボックスとか、そんな感じのもの。

              予備知識がまったくないまま誰かの家を訪れる。あとになって、それはもしかしたらたいそう失礼なことだったのかもしれない、と思う。プラネーで私たちを待っていたアニーは、とてつもなく魅力的な絵を描くアーティストだった。




              アニーのアトリエにあった絵は、この地にいるからこそ描かれたのだと思える色彩と、穏やかさに満ちている。そしてアニーの家も。



              アニーの娘さんは、ELLEやVOGUEなどの雑誌を手がけるジャーナリスト。親子でいろいろな活動もされているそうで、この家も多くの雑誌のグラビアを飾っているのだそうだ。
              なんといえばいいのだろう。
              こんな風景は、確かに雑誌で見たことがある。でも、それが突然目前にリアルで現われると、突然現実感を失っていく。海外の雑誌の中に存在する一種のファンタジーのようなものの中に、突然自分が放り込まれてしまったような不思議な感覚だ。ほんとにあるんだ、こんな世界が。

              昨年訪れたモロッコのように、何もかもがはじめてみる風景というカルチャーショックもさることながら、海外の雑誌で何度も眼にしてきたこんな風景が、ほんとの本当に目の前にあるというカルチャーショック。



              撮影用に整えられているわけでもない、普通の日常に突然足を踏み込んだだけなのに、このある種完成した世界。傍若無人にカメラのシャッターを切ることがはばかられて室内の写真は撮らなかったが、室内のインテリアの美しさも素晴らしかった。アニーの家はそんな驚きに満ち溢れていた。

              私たちはこの家の裏手に広がるアニー家の農園でランチを取ることになった。農園には色とりどりの季節の花、無農薬で育てられた野菜やハーブたち、その重みで枝が地面につくほどにしなった黒すぐりやあんずの木がにぎやかにひしめいている。

               

              「ようこそ、彼がこの家とこの農園の管理人よ」
              “そう、彼はひどく腕のいい庭師なの”

              庭の手入れをしていた初老の男性がこちらを振り向く。アニーの夫だ。
              「君たちはここにいていいよ。僕が料理を持ってくるから」
              彼が家の中に引っ込むのと入れ替わりに、女たち3人で庭のテーブルに陣取り、ひとしきり彼女の畑の話を聞く。陽射しは強いけれど、日陰に入れば涼やかな風が吹き過ぎて、そんな風の行き先を追っているうちに、周囲がにぎやかな鳥の声に包まれていることに気付く。ここはなんとゴージャスなレストランなんだろう。



              フランス人は青空の下で食事をするのが好きだ。9時過ぎまで明るい夏の間は、ディナーのためにピクニックをする家族もいる。食物は、太陽がないと何一つ育たない。そんな食材をおいしく食べたいなら、太陽の下が一番美しいに決まっている。ピクニックは、ごはんをおいしく食べるための偉大な方法なのだと思う。

              ほら、さっきそこで取ったアルファルファ。これは日本にもあるでしょう? きゅうりもうちの畑のものよ。



              アルファルファは根がついた状態でただ洗って皿に盛ってあるだけだ。その根の先には、発芽したあとの種の抜け殻がごっそりついている。普段なら避けてしまいたくなるそんな根っこの先は、たった今土の中から抜け出してきた生々しい風情で、太陽の下でぷっくりと宝石のように輝いて見える。
              ただ採りたてのアルファルファを何もつけずに食べたのに、びっくりするほどジューシーで絶品なのだ。あまりにうまそうに食べたらしく、「残りは全部いづみにあげる」と残りの皿が回ってきた。




              ルッコラ、チャイブ、その他いろんな葉物を合えたサラダも、お日さまの下できらきら輝いている。野菜本来の力は、こうしてお日さまの下で発揮されるんだなあ。こんな景色の中にいれば、新鮮なものをシンプルに食べるのが一番の贅沢なのだと思える。どんな照明より、お日さまのちからは偉大なんだ。



              メインはラム肉のローストだ。たくさんの豆や野菜と一緒に蒸し焼きにされている。
               


              フランス料理は量が多くて、バターや生クリームを使ったしつこい料理が多いと思ってきたけれど、家庭料理はこんな優しい味付けの、あっさりしたものが多い。こんなしあわせな料理を、こんなしあわせな風景の中でいただく。時間が、ゆっくりゆっくり流れていく。




              食事の間中、アニー夫妻とクロディーンは絶え間ないおしゃべりに興じている。フランス語でのおしゃべりは、とにかくスピードが速い。そのくぐもったような発音から、フランス人は物静かにしゃべるように思われがちだけれど、実際には多くの人がマシンガントークを繰り広げる。相手の話が終わらないうち、言葉をかぶせるように次の人が話し出し、一体何をそんなに話す中身があるのだと思うほど、延々と絶え間なく会話はつながっていく。
              私は、ランチが始まってからすぐ、そんな会話の連鎖の中に入り込めなくなってしまった。うまいものを食べることに意識が集中している。会話がどこに流れていくかを追いかけているだけの気力も、時間もないのだ。一度意識の集中が途切れると、あとはもう何も聞こえなくなってくる。フランス語はどこか向こうのほうでこだましている雑音のようになっていく。

              「それでね、いづみ。私たちは去年富山を旅したのですよ」
              突然アニーに話しかけられる。!!? へ? あ、はい。富山?
              ういうい。富山ね。ういうい。

              「サクラの季節で、それはそれはきれいだったわ」
              ああ、サクラ。そうね、4月はサクラの季節ですよね。うんうん。
              ういうい、サクラ、ういうい。

              ういういといいながらにこにこしているうち、話題はすぐ次に移っていく。フランス語があまり話せない日本人に向けた話題でなくなったとたん、話されている内容はもう意味がよくわからない。お手上げだ。

              帰宅してからクロディーンにこういわれた。
              「フランス人とのコミュニケーションはスピードが大切だと言ったけれど、もうひとつ大切なことがある。それは質問をするということ。今日、あなたはアニーに富山の話を聞いたでしょう? そういう時は何でもいいから質問をして。たとえば富山のほかにどこに行ったことがある? 日本では何を食べた? 寒かった? 難しい質問じゃなくていいの、当たり障りのないことをとにかく聞く習慣をつけてみて。
              質問があれば、この話題があなたにとって興味を引くものだという確認になるの。今日のあなたのように、にこにこしてうなずくだけでは、これはあなたの興味を引かない話題だったということになり、すぐ次の話に移っていく。フランス人の会話ってそういうものなのよ」

              質問をしないのは無礼にあたる。つまり、この日の私はにこにこ「ういうい」なんて言い続けていたけれど、それはある意味無礼だったということになるのか。
              とにかくなんでもいいから聞け。それが相手への関心の証。これはちょっとした目ウロコのお話。とはいえ、私の語学力ではとっさに質問をすることはとてもハードルが高いのだけれど。

              デザートが出た。



              庭で取れたというフランボワーズで作ったパイを切るアニーは、それだけで一服の絵になるような美しさだ。切り分けられたパイも、海外の雑誌の一こまを見るような色彩で、思わず息を呑む。



              クロディーンとアニーは、しばしパイの作り方のコツについて話に興じている。アニーが何やら言って、クロディーンが爆笑しているが、何を話しているのかはてんでわからない。ぽかんとしていたら、クロディーンが説明してくれた。
              「このフランボワーズはすっぱいからお砂糖をたくさん使った。これを食べると太るわよ。一口食べたら私のこっちのおしり、二口目がこっちのおしりになるってこと」
              自分のおしりをペンペンするアニーはとてもチャーミングだ。

              最後に彼女は自分のアトリエを案内してくれて、そこで次の個展のために準備をしているという絵を私たちに見せてくれた。
              また、彼女はいま永田萌さんと絵本を作っているらしい。そのための一枚目のイラストを昨日仕上げたばかりなのだという。
              「誰かに見せるのは今日が始めて。この絵を見たのはあなたが一番よ」
              彼女が引き出しから取り出したイラストボードには、プラネーの村に日本人の女の子がリュックをしょってやってくるところの絵が色鮮やかに描かれていた。

              いつか、私もこんな風にまたここに来たいと切に思う。そのために、フランス語をもう少ししゃべれるようになりたい。話に迷子になってしまわないぐらいに、ちゃんと質問を返せるようになるぐらいに。

              2時間ほどの滞在を終えてアニーの家を後にした。
              おとぎ話の中のような家の玄関で、おとぎの国の住人のようなアニー夫妻が手を振っている。私たちが角を曲がって見えなくなるまで、ずっと、ずっと。



              私は何か、とてつもなく大切な体験をしているのだ、という気持ちに突然襲われる。この風景を忘れないように、必死にシャッターを切る。二人が見えなくなったところで、クロディーンが口を開く。

              「あのね、いづみ。アニーは料理教室もしてくれるの。ただし、彼女は語学の先生ではないからそれを受けたいならフランス語がある程度できなくちゃだめ。もしあなたがフランス語をちゃんと話せるようになったら、彼女に料理を習うといいわ」

              自分の人生に、そんな選択肢があったのか、と思う。もし実現したら、それはかけがえのないほどの経験になるような気がする。日本の小さな生活の中で見えなかったことが、勇気を出して踏み出した一歩からちょっとづつ広がることがあるのかもしれない、と思ってみる。
              そんなアニーの家での2時間。大切に心のアルバムにしまっておきたい風景に出会えた貴重な2時間だった。
              category:フランス留学 | by:武蔵野婦人comments(0) | - | -

              留学3−3 フォントネー修道院

              2009.08.31 Monday 21:36
              0
                7月21日(火)−3

                アニーの家を出て、世界遺産でもあるフォントネーの修道院に向かう。フォントネーに向かう間は、ブルゴーニュの広大な自然の中を縫うように走るさまざまな風情の道が次々と現われてまったく飽きない。
                ゆるやかに重なり合う牧草地帯の広大な景色が続いた先に、小さな石造りのかわいい村が現われる。林の中を縫うように走る小道の先には、真っ白い牡牛たちが小川のほとりで草を食んでいる。
                「このあたりは、秋になるとよくきのこを採りにくるの」とクロディーンは話ながら、鼻歌まじりで田舎道を運転している。

                フォントネー修道院は、そんな豊かな牧草地と小川にかこまれた自然の中にある。フォントネー修道院とは、シトー派の最古の修道院にあたるもので、1118年に建立されたもの。当時、徐々に聖職者が権力を握って華美になりつつある教会に対して、キリスト教本来の精神にのっとり、「聖ベネディクトの戒律」を厳格に守ることを信条にした派閥を成したのだそうだ。
                ここに住む修道僧たちは厳しい戒律に従って生活していて、世界遺産にも指定されているこの修道院には、その暮らしを彷彿とさせるものがたくさん残っている。モンバールに行くのだと言ったら、多くの人に「フォントネー修道院を見てくるとよい」と言われた。私はちっとも存在を知らなかったのだけれど、ここはどうも、非常に有名なところらしい。



                クロディーンがこの場所にまつわる歴史を説明しながら案内をしてくれた。こんな場所に、何百人もの修道僧が暮らしていた時代があって、彼らは想像を絶するような過酷な労働と宗教儀式に耐えていたのだという。
                シトー派?
                なんだか耳にしたことがあると必死に思い出したのは、ダヴィンチ・コードだ。
                私たちにとってはあまりなじみのないキリスト教の歴史は、時にロマンティックな響きを秘めているけれど、実際にそこにあるものは底知れぬおどろおどろしさを秘めている。
                宗教が華美になっていくことに反発して生まれたシトー派の修道僧たちも、やがてこの地に豊富に眠る鉄をもとにした製鉄業や、敷地内でのさまざまなセカンドビジネスをもとに絶大な権力を持つようになり、やがて内部分裂して衰退していったのだという。
                全盛期には数え切れないほどいた修道士たちも、この場所が明け渡されるようになった最後の時点では3人しか残っていなかった。



                荒廃していく修道院が、朽ち果てたり取り壊されることなく今の状態を維持できたのは、この建物を製紙会社が借り受けて工場として使っていたからなのだそうだ。周囲にたくさんの小川や運河があるこの地は、製紙業にぴったり。広大に広い修道士たちの寝室は紙の倉庫に。製鉄業に使われた釜のある部屋は、乾燥室として使われていた。
                今で言う「居抜き」の買取のようなものなのだな。
                ふーん。不思議なものだ。
                神聖に扱われていた場所を工場にしてしまうなんて罰当たりと思われがちだけれど、だからこそこの場は残ったというのは、ちょっと皮肉だ。



                そんなフォントネー修道院をゆっくりと見学して、家に戻る。今日は本当に盛りだくさんな一日だった。いやはや、部屋に戻って短い昼寝でもしようかな。
                はて。
                そう思ったところでクロディーンのこんな一言。

                「今日はモンバールの広場で夏のマルシェがあるの。バカンスの時期には毎週火曜日がマルシェの日。帰りにちょっと寄っていきましょう」。

                へ、マルシェでっか。
                まだどこかに行くですか。
                しかしマルシェですよね。
                夏季限定、しかも火曜日のみ。
                はいはい、そりゃ行かなくちゃでしょう。行きますとも、行きますよ、はい!

                とりあえず車を家に止めて、モンバールの繁華街へ。道すがら、クロディーンはお気に入りの本屋さんと雑貨店の店主に私を紹介して歩いてくれた。
                いや、元気だな、私たち。
                category:フランス留学 | by:武蔵野婦人comments(0) | - | -

                留学3−4 小さな夏のマルシェ

                2009.08.31 Monday 21:32
                0
                  7月21日(火)−4



                  モンバールの中心、運河のほとりにある小さな駐車場には、三々五々出店が集まりはじめている。入り口には、色とりどりのマカロンを売る店。その隣には、自然素材の香料や天然の石けんを売るお店。アクセサリーを売るお店もある。こんな小さなマルシェが、夏の間は毎週火曜日に開催されるのだという。

                  あ、どこかで見た顔! と思ったら、一昨日のVide Grenierではちみつを売っていたおばちゃん夫婦だ。あら、ここでも会ったわね、と笑顔で挨拶をしあう。そうか、彼女たちはこんな風に近隣の町を移動して歩いているのだな。
                  たった3日いただけで、この街で顔見知りができた気になる。いなかはいいもんだ。



                  ひまわりの種にくるみ、ごまやポピーシードといった種からオイルを絞って売っているおじさんの店で、しばしオイルの味比べをして楽しむ。
                  くるみの油は、口の中ににおいたつように香ばしいくるみの味がひろがっていく。こんなオイルは始めてだ。へー、すごいんだね、おいしいね。
                  うまいうまい、あれもこれも。
                  ろくろ首みたいに、油をなめ続ける私に、おじさんは得意そうにこういう。
                  「あったり前でぇ。このオイルは全部ボクが自分のところで作っているんだよ!」。

                  欲しい。買って帰りたい。でも初日の教訓が頭をよぎる。
                  「イッタイ、ドウヤッテモッテカエルノダ?」



                  どうにもあきらめきれずに、小さなびんが3つ重なったものを買う。それでも結構な重さだ。でも、帰国後に一番楽しんだのは、このオイルだった。こんな香ばしくてうまいオイルがはじめてだった。

                  食べ物がうまい場所には、必ずよい素材がある。オイルや塩やワインがうまければ、おのずと料理はうまくなる。サラダオイルとオリーブオイルだけ使っている日本での日々を思い出して、今度からはオイルにもちゃんと気を使おうと思ってみる。とにかく、このオイルはおいしかったのだ。

                  ひとしきりマルシェを徘徊してから家に戻り、今日も夕食は外で食べようということになる。ほんとに元気だ、私たち。




                  にんじんとレンズ豆のココット。そしてチキンのソテー。



                  真似したくなるようなレシピが毎日続いて、本当に楽しい。そしてうまい。今日も一日ありがとう、クロディーン。

                  しかし私はもう限界です。
                  本当にお疲れ様。
                  おやすみなさい。

                  ★モンバールパート3に続きます
                  category:フランス留学 | by:武蔵野婦人comments(0) | - | -

                  留学4 ディジョン

                  2009.08.31 Monday 21:27
                  0
                    7月22日(水)

                    今日は一日フリーの日だ。たいていの生徒さんは、この日にモンバールの駅から急行列車に乗ってディジョンに行くのだという。ディジョンはここから40分ほどの場所にある古い街で、ディジョンマスタードの名産地としても有名だ。

                    昨日、移動の途中でクロディーンがモンバールの駅に立ち寄ってくれたので、列車の切符はもう買ってある。今日は一人で小旅行。
                    おう、楽しみだなあ。


                    とはいえ、今日はレッスンがないのだと思うと、かろうじてつながっていた緊張の糸が切れる。必死でここまでついてきたけれど、気持ちもからだも疲労が溜まってひどくだるい。しかも、今日は身を切るような寒さの曇天で、冷たい雨が降っている。
                    雨降りに疲れたからだに鞭打って一人旅。がんばれ、自分。負けるな自分。
                    これは義務ではない、お楽しみなのだ。
                    別にしんどかったら行かなくてもいいのだぞ。
                    そう思ってみるが、どう考えても一日家にこもっているよりは、出かけたほうがいいに決まっている。ディジョンなんて、人生で二度と足を運ばない地かもしれないのだから。


                    朝食を食べる気がしないので、食品棚にあったラスク数枚とバナナ、チョコレートと水を朝食がわりにバッグに入れて出かける。RPRと言われる高速列車には指定席がないから、列車が着たらあいている席に座ればいい。切符を買うときに一応時刻の指定をしてあるが、別にその時刻に乗る必要もない。気楽なものだ。のんびりモンバールの駅まで歩いて、列車に乗った。
                    ディジョンには40分もかからず、あっという間に到着した。



                    ディジョンの駅は思ったよりずっと近代的で、田舎に数日いた私にとってはなつかしい賑やかしさに包まれていた。
                    切符に記載されている帰りの列車の時刻を確認する。
                    ここで、私はもうすっかり自信をなくしてしまっている。無理だ。この天気でこの体調。当初手に入れていた復路の切符は午後5時すぎの発車だ。ここに夕方5時すぎまで居る自信がない。もっと早く帰るには何時の列車に乗ればいいんだろう?

                    しばらく構内をうろうろする。そして途方にくれる。
                    時刻表はどこにあるのだろう。日本のような改札口はどこにもなく、時刻表の看板もみつからない。便ごとにプリントアウトしたような小さな紙がべたべたと貼り付けられているインフォメーションボードに人が群がっているが、これはどうやって見ればいいのかがてんでわからない。
                    かろうじて構内の隅っこに数字が羅列した大きなポスターをみつける。どうやらこれが列車の時刻を表しているようなのだが、列車の行き先がばらばらで、どれに乗ればモンバールに止まるのかがよくわからない。
                    かといって窓口を探してモンバールに止まる列車を聞き出す元気も、今の私にはない。

                    しばらくポスターとにらめっこしているうち、停車駅が書かれた場所が見つかった。3時すぎと4時過ぎにモンバールに停車する列車があることを確認して、その時刻を手帳に書きとめる。
                    よかった、とりあえず疲れたら3時に帰ればいいのだ。気が楽になった。
                    それにしても、こんなポスターとにらめっこしていたのは私一人なのだ。他の人はいったいどこで列車の時刻を確認しているのだろう。
                    まだまだ修行が足りないな、と思う。フランスを縦横無尽に歩けるようになるまでは、もうちょっと経験が必要だ。




                    ディジョンは古くて美しい街だ。さほど大きくはないから、半日もあれば十分回れる。日本のガイドブックにはさほど詳しくは載っていないけれど、ディジョン駅のすぐそばにある観光協会に行けば、日本語の詳しいパンフレットも売っている。

                    そして、何より便利なのがこのふくろうちゃんだ。



                    ディジョンの町の石畳には、観光協会からこのふくろうが道順を示して埋められている。ガイドブックがなくても、このふくろうを番号の順番に追いかけていけば、街のみどころをほとんど回ることができる。
                    地図と首っ引きにならずに済むので、これはとても便利なシステム。ちょい元気のない一人旅の私は、このふくろうちゃんの言うとおり、この街を歩かせていただきました。ありがとう、ふくろうちゃん。



                    メインの見所、ノートルダム教会のハサードに埋め込まれたガーゴイルたち。これはとても有名なものらしい。雨降りの中、傘を差しながら望遠レンズを装着して撮影大会を試みる。
                    今回はじめて海外に持ち込んでみたデジタル一眼を、私はまだ使いこなしていない。汗をかきながらカメラを取り回しつつ、果たしてこんな写真を撮って何の意味があるのかな? なんていう元も子もない気分に襲われる。
                    写真を撮ることに熱中すると、それだけで旅の時間は侵食される。こんなことをしないほうが、旅は豊かになるんじゃないかとさえ思う。
                    初日に訪ねたロシュフォール城で、カメラに夢中になっていたのは私だけだったことを思い出す。写真って、いったい何なんだろうなあ。




                    傘とカメラと荷物と格闘しているうちに、青空が顔を覗かせだした。雨から逃れられたのはありがたいが、今度は猛烈な蒸し暑さが襲ってくる。どこかで着込んだ服を脱がなくては。汗をかきかき歩く私を、石畳のふくろうがさまざまな路地に連れていく。まっすぐ立っているのに、地軸がずれたような不思議な気分に襲われる。そして気付く。
                    この街には、まっすぐな建物がないことに。



                    曲がっている、ゆがんでいる。ドイツやアルザス風の木枠の家や、ハンガリーなどの東欧の家のようなタイル模様がある家が混在する不思議な街の中は、どこもどことなくゆがんでいる。そんな中で、観光客や地元の人たちがのんびりとたゆたっている。
                    暑い暑い、汗だくだ。頭がぼーっとしてくる。ゆがんでいるのが自分の視界なのか、建物なのかがよくわからない。だめだ、どこかで休憩しなくては。




                    細い路地をぽっかり抜け出したところに美術館をみつけて、ここに入ることにする。なんといっても、入場無料だ。えらいぞ、ディジョン。
                    美術館の中は静かで涼しい。トイレを借りて汗だくになったシャツを脱ぐ。しばらく展示物を見て歩いたが、寒暖の差が激しい中を歩き回ってへとへとになっていることに気付いて、絵画室の真ん中にあるソファに座っていたら、ついうとうとしてしまった。

                    そうか、こんな風に美術館で休息をするという方法があったのか。友だちと旅をしていたら、疲れたら迷わずカフェに入るだろう。美術館のソファは、作品を鑑賞するためのものだと思っていたが、こんな風にしばしの休憩のために使わせてもらうこともできるのか。
                    ありがたいありがたい。
                    しかも、そんな私の横には優しい顔立ちの天使や、静かな笑みをたたえたマリア像などがひしめいている。
                    さして出番のなかった望遠レンズを装着して、そんな展示物を撮ってみる。日本の美術館や博物館で写真を自由に取れるところはほとんどない。海外に来ていつもうれしいのは、フラッシュを焚かなければ美術館で写真を撮ることができ、スケッチをすることもできることだ。




                    さて、昼をだいぶまわって、そこはかとない空腹感が襲ってきたのだけれど、一人でカフェやレストランに入る気になれない。ひとり分の料理を食べきる元気もなければ、見知らぬ人に混じって込み合ったカフェでお茶を飲むのも気がすすまない。

                    美術館の中庭に小さなベンチがあるのをみつけて、そこに座ってバッグの中のラスクとバナナを食べる。こんなんで、十分だなあと思う。チョコレート持ってきてよかったなあ。なんか私、貧乏旅行中の学生みたいだ。
                    ぽっかりと気分がほどけて、青く晴れ渡った空を眺めてしばしの時間を過ごす。
                    隣を見ると、ガイドブックを持った若いカップルがデリのサラダをベンチでつついている。こういうのも、たまにはいいもんだと思う。




                    結局私は、カフェにもレストランにもはいらないままデイジョンの町をあとにした。いつもならうまいものを食べなければちっとも満足できない私が、ラスクと水で一日を終えるなんて。
                    絶対に買おうと思っていたマスタードの名店、マイユに寄っても何も買わなかった。店内には日本人が溢れて、山ほどのマスタードをかごに入れていたけれど、心の中で「ドウヤッテモッテカエルノダ?」と突っ込みながら、結局私は手ぶらで店を出てきた。
                    それほど、きっと疲れていた。
                    でも、そんな中で旅したディジョンは、かえって鮮明にその存在感を私の中に残しているように思う。

                    電車の時間を待つ間、思いがけずにディジョンの街中にあったデパート、ギャラリーラファイエットの夏物バーゲンを冷やかして、KOOKAIで大判のスカーフを7ユーロで買った。こりゃお買い得だ。
                    ディジョンとは何の関係もないそんな買い物でパワーが復活して、早めの3時発の帰りの電車に元気に乗って帰った。

                    家に戻ったのは4時をまわった頃。そこからシャワーを浴びてベッドに横になったら、すっかり寝込んで夕食の時間まで爆睡した。
                    楽しくて、おもしろくて、毎日が飛ぶように過ぎていく。その楽しさに、からだがちょっとついていっていないのだと痛感する。やっぱりこういうのは、若いときにやっておくべきなのだとも思うけれど、今だからこんなことができるのだとも思う。
                    なんやかんや言ってももう滞在の半分は過ぎてしまった。
                    明日もレッスンを頑張ろう。


                    おやすみなさい。
                    category:フランス留学 | by:武蔵野婦人comments(1) | - | -

                    留学5−1  ストンと落ち着く

                    2009.08.31 Monday 21:18
                    0
                      7月23日(木)−1

                      レッスンも残すところ2日となった。
                      もとはといえば1週間の滞在で、その中で授業のある日は5日しかない。思えば5日勉強したただけで、突然フランス語がしゃべれるようになるはずがないのだよ。ねえ?
                      日々、レッスンがはじまるたびに思うように話せず、「だめだ、ぜんぜんダメだ」思い続けてきた私だけれど、まあ、ダメに決まってるわけだ。たった2,3日の間で変わるのは。

                      とはいえ、一日3時間のレッスン時間のほか、毎日ほぼ1,2時間は一人で復習をし、そのあとの日常に延々とフランス語をしゃべっている。まわりのフランス人が何をしゃべっているのかは相変わらずちんぷんかんぷんだけれど、とりあえずは日本語をしゃべる時間はない。日本語で考える暇もあまりない。ぎっしり濃厚だ。
                      うまいものを食べて楽しい場所に連れていってもらっているから、無我夢中でハイテンションの中で過ごしてきているけれど、気がつけばとても疲れてストレスが溜まって、からだも気持ちも悲鳴をあげかけていた。
                      ひどい肩こりが取れず、3日目の夜にはなれない言葉をしゃべりつづけて顔の筋肉がひくひくしはじめた。だめだ、こりゃまずい。このまま最後まで頑張れるんだろうかと思った翌日。

                      木曜日の朝、つき物が落ちたようにすぅっとラクになった。たぶん、きっとこの場とこの暮らしのリズム、そしてフランス語に慣れたのだということに気付く。
                      考えてみたら、リゾート先でもいつもこうした経験をしていたのだった。

                      東京の暮らしから海や山にリゾート地に出かける。到着日と翌日はなんだか落ち着かないまま、とにかく周辺を調べてどこかに出かけようと考える。もし3泊4日なんていう行程で出かけたら、3日目も忙しく歩き回ることになる。だって、翌日はもう帰らなくちゃいけないのだもの。
                      からだがリゾートの場とリズムに慣れて、「さて、今日は何もせずに過ごそうかな」と思えるようになるのは、やっと4日目あたりからだ。5日目になったら立派にリゾートの人になる。だから、本当にリラックスして休暇を楽しみたいのなら、最短でも1週間の行程を組まなくちゃ。
                      最初の3日はどうやってもあたふたするから、残りの3日をゆっくり過ごすことで、やっと「休む」という意味での休暇の意味が生まれる。だからフランス人のように、3週間ぐらいの休みが取れるのが理想的だ。リゾートとかバカンスというのは、そんな風に最初の3,4日を過ぎたところから始まる状態を言うのであって、日本人がハワイ3泊5日なんていう旅をしても本当の意味でのリゾートは味わえないのだとよく思う。
                      モンバールでの滞在も、同じだったのだと気付く。3日レッスンを頑張って1日一人で小旅行をしたところで、ストンとラクになった。たぶん、フランス語の力が伸びていくのはこれからだ。

                      あれ、でも私が帰るのはあさってじゃん。
                      あらら。
                      だめじゃん。

                      ああ、せめて2週間の行程を組めばよかった。1週間でも、確かにこの数日はとてつもなく大きな経験をして、自分なりに努力をした実感がある。そして、おそらくこの間に私のフランス語のレベルは上がったのだろう。だから1週間でも留学をしてみる価値はおおいにある。
                      でも、このストンとラクになった状態で、あと少しここに滞在してみたいと切に思った。それぐらい、この日の朝の「ストン」と落ち着いた自分の変化は、大きな発見だった。

                      さて、そんな4回目のレッスン。
                      クロディーンの準備したプリントを元にさくさくと進む。フランス語が楽しいと感じる。すごいなあ。人の脳の適応能力というのは、50歳になってもちゃんと稼動するのだ。すごいぞ脳みそ。

                      そんなストンとした日にふさわしく、この日は雲ひとつない晴天の空が広がっている。午後は2回目の自由時間だ。
                      「私の自転車を貸すから、このあたりをサイクリングしてみる? 先日来た生徒さんは2週間滞在したのだけれど、その間ずっと自転車に乗ってあちこちを冒険したみたいよ」

                      ブルゴーニュの夏の晴天の日のさわやかさは、それはそれは特別なものだ。そんな中を、ストンとラクになって自転車に乗るのだ。街の地理もわかってきた。なんだかこの街に住んでいる人のような気分になってくる。

                      さあ、昼食を食べて出発だー。
                      category:フランス留学 | by:武蔵野婦人comments(0) | - | -

                      Calender
                          123
                      45678910
                      11121314151617
                      18192021222324
                      252627282930 
                      << June 2017 >>
                      Selected entry
                      Category
                      Archives
                      Recent comment
                      • なんでフランスのごはん作りはラクで、日本のごはん作りは面倒だと感じるんじゃろ
                        武蔵野夫人
                      • 12時間円柱を描きつづけてはじめてわかったこと。「気づく」までにはたくさんの時間がかかるのに、みんな先に教わってしまうんだね。
                        武蔵野夫人
                      • なんでフランスのごはん作りはラクで、日本のごはん作りは面倒だと感じるんじゃろ
                        美枝
                      • 12時間円柱を描きつづけてはじめてわかったこと。「気づく」までにはたくさんの時間がかかるのに、みんな先に教わってしまうんだね。
                        李英二
                      • 脳内地図とポップアップ現象ー50代からの英語4
                        武蔵野夫人
                      • お客様が神様の日本で、最近仕事で折れることが増えたのは、なんかとっても単純な理由だったことがわかった件
                        武蔵野夫人
                      • お客様が神様の日本で、最近仕事で折れることが増えたのは、なんかとっても単純な理由だったことがわかった件
                        武蔵野夫人
                      • フランスと日本のデッサン教本のヌードの扱いがあまりに違う件。なんで日本は女だけ脱がすんや!?
                        武蔵野夫人
                      • フランスと日本のデッサン教本のヌードの扱いがあまりに違う件。なんで日本は女だけ脱がすんや!?
                        武蔵野夫人
                      • 脳内地図とポップアップ現象ー50代からの英語4
                        まゆ
                      Recommend
                      Link
                      Profile
                      Search
                      Others
                      Mobile
                      qrcode
                      Powered
                      無料ブログ作成サービス JUGEM