炎上騒ぎの後ろにある、今の「伝える仕事」の違い何? ってつらつら考える

2019.05.21 Tuesday 12:30
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    この写真は私がフランスで小さな個展を開いたとき、思いがけず新聞にでっかく載ってびっくりしたよ! という紙面。

    ギャラリーの持ち主が気を聞かせて記者さんにアポ取ってくれていたんだけど、小さな案内記事だと思っていた私は、街を歩いていたら、「日本のアーティストが来て個展を開いている」という大きな見出しの看板がいっぱい貼られていて驚いたんだった。

     

    ありがたい。

     

    が、このめでたい記事には、一つのエピソードが隠れている。

    立派な記事の最期に添えられた情報の、ギャラリーの場所が間違っていたんだよ。

    住所が!

     

    掲載日、浮足立った感じでフランスの友人たちが、「新聞出た出た」と喜んでくれていた中

    突如一人の顔が曇り

    ひそひそ話が始まった。

    ひそひそ声は次第に伝搬し、最後にはなんともいえぬ空気が場を満たしはじめ

    早口のひそひそフランス語が聞き取れない私は、何が起きたのかもわからずポカンとしていた。

     

    気づいた一人が、わかりやすい言葉で説明してくれた。

     

    私が個展をしたギャラリーの持ち主は、以前違う人だった。

    その場所を譲り受けた今の持ち主が私の個展を実現させてくれたのだけれど

    それまでずっと仲が良かったはずの前の持ち主と

    なぜその人が自分と関係を断とうとしているのかわからないまま、

    あるときを境にまったく連絡が取れなくなった。

    以降、関係が途切れたまま。連絡をしてもナシのつぶてで現在に至るのだそうだ。

     

    その人は現在、まったく違う場所にアトリエとギャラリーを構えている。

    私の個展の場所は、その人のギャラリーの住所が書かれていた。

     

    「とても残念。この記事を見てでかけてもそこは違う場所。

     でも彼女は聞かれても知らないって言うに違いない。絶対に私のギャラリーでやってるってことは言わないと思う」

    ………。

     

    取材に来た記者の人は、前の持ち主の頃からその人のこともこのギャラリーもよく知っていて何度も来ていたから、反射的に今のその人の住所を書いてしまったんだろうという結論に、この日は至った。

    ちゃんと今のオーナーに取材をしつつ、場所は前のオーナーと紐づけて記事にしちゃった。なんというフリーダム。

    とはいえ意図的に住所をすり替えたのだとしたら、とっても嫌な気持ちになるはずだから、その解釈は正しいのだと思う。

     

    というわけで、せっかく紙面になったけど、それを読んで来たいと思ってくださったうちの何人かはたどり着けなかったろう、というお話。

     

     

     

    なぜこんなことを思い出したかというと、「伝える」という仕事について、最近もやもやする事があったから。

     

    朝、テレビをつけたら見出しのところに

    「佐藤浩市、首相を揶揄して炎上」と出ていた。

     

    なんのこっちゃと思っているうち、その見出しは一日中テレビに表示され続け

    ネットニュースも「佐藤浩市炎上」で埋め尽くされた。

     

    何をやっちゃったん? と内容を追いかけだしたら、まあなんというか

    それは首相揶揄でも、大々的な炎上でもないじゃんよ、と私には思えることで、

    炎上させている人たちが主語の見出しにもなり得る内容だった。

    中身を精査すればこんな見出しにならないはずなのに、なぜ、こんなおかしなことばかり起きるんだろう。

     

     

    ほんで思ったんぢゃった。

    ああ、そうか。

     

    どっかに書いてあることを拾ってきてつなぎあわせたり、

    どっかで騒ぎになっているよー、誰かがツィッターでこう書いたよー

    って、自動的に大量に記事を生成していくことが仕事という新しい職業がWebの世界では定着してきた今

     

    ほんの数人が炎上コメントの応酬している場面を切り取って

    炎上!

    ってただ書けばよく

     

    別にその背景にある真実を精査する必要もなく、矛盾をみつける必要もなく

    違うでしょ、と言われたら

    あ、そうなの? 自分がそう言ってるんじゃなく、ただそこにそう書いてあっただけで

    現に「炎上」している事実はありますよね?

    でぜんぜんオッケーな世界が、今はテレビにも広がっているわけなのかー

     

    と思ったら妙に納得できたんじゃった。

    事実の裏をきちんと取るとか、表層で見えているもの以外の視点を探るとか

    そういう視線は、「伝える」という仕事の中で過去のものになりつつあるのかな。

     

    ジャーナリズムの世界ではまだそれはきちんと稼働しているところも多いけれど

    それを見たり読む人の数は減っている。

     

    私はコラムニストという仕事をしていて

    それはなにか得意分野の中でテーマを与えられ、それについての情報や、個人の考え方や価値観を書いてよしとされる仕事だ。

    さらにテーマ設定まで自由な、エッセイストという仕事もある。

     

    一方で、ライターと呼ばれる仕事は、与えられたテーマを忠実に取材して文章にして、個人の考えや価値観はオブラートに包む必要がある。そこにはクライアントがいたり、スポンサーがいるから、その意に反した記事は書けない。

     

    ジャーナリストや記者など報道に携わる人達は、クライアントやスポンサーなどの経済軸に左右されず、偏った価値観を持ち込まずに中道の報道をしなくていはいけないのだけれど

     

    でも、クライアントやスポンサーがいない分

    常識や道義や正義はゆがめられることがなく

    与えられたテーマの中だけでなく、隠れたり見えないテーマを探し出すことができるはずの仕事だったんじゃないのかなあ。

     

     

    今の伝える仕事は

     

    クライアント(政権も大きなクライアント様だ)の意向に左右されながら

    道義や正義のフィルター(なんてものがあったのかどうかも今やわからない)なんてものはかけずに、与えられたテーマを伝え

    通りすがりに起こっているネットや別メディアで目にしたことを拾って横流しすることを、「テーマ探し」としつつ

    個人の考えや価値観はなるべく表出させない(なぜなら簡単に炎上するから)

     

    悲しい状態になっとる。

    偉そうに何を言うか、と思う人もいるかもだけど

     

    でも、ほんの片隅だけど「伝える」仕事に携わってきた自分からすると

    とてもとても

    気持ちがもやもやとすることが増えた。

    ぼやいてても仕方ないんだけど。

     

     

    とにかく

    炎上してまっせ、と小学生が先生に言いつけるみたいな報道は

    本当に無くなってほしいと思う今朝なのだった。

    広い世の中で、ほんの一部がぼやいていることを全国区のテレビに流し続けることに何の意味があるんだろう。

    ほんと、かっこ悪い。

     

     

    そしてギャラリーの住所も、ちゃんと取材で確認して掲載しようね。

    (と、最初の写真に戻る)>笑

     

    それでも来てくださって、いろいろ買ってくださったお客さんもいっぱいいた。

    感謝なのだ。

    またフランスでやりたいなーって思ってたら、ちょろりとオファーのようなものがちょうど来て

    ぼやきつつも、気分のよい今日なのでした。

     

    さて、気を取り直して、機嫌よく一日をはじめよう。豪雨だけどね。

     

     

     

     

     

     

     

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    トスカーナのオルチャ渓谷を車で回る冒険

    2019.05.08 Wednesday 10:49
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      ジェノバの空港で友人に車を借りるのを手伝ってもらって、そこからフィレンツェまで。

      イタリアの友人が絶賛オススメしてくれたサン・ジミニャーノ、ピエンツァにに宿泊しつつ、キャンティ街道やオルチャ渓谷を回る旅。

      途中のピサ、シエナ、モンタルチーノといった街も素敵だった。

       

      オルチャ渓谷って、こういうところ

      http://tabit.jp/archives/14110

       

      私は最初名前だけ聞いたとき、日本の発想で両側に岩壁がそそり立つ川辺の風景を思い浮かべたけれど、実際には延々となだらかな麦畑や牧草地帯が広がる広大な大地だった。

      もとは粘土質の土で作物が育たないなにもない荒野だったところを、開墾してこうした場所でも育つ麦を飢え、土砂崩れを防ぐために糸杉を植えたのだそうだ。自然の風景って思いがちだけれど、ここは人の手で作り上げられた世界遺産なんだって。

       

      見事でやんした。

       

      生きてたらいいことある。

       

       

       

      10年ほど前、1週間だけ留学したフランスのブルゴーニュの小さな街で

      オフの日に隣の町のディジョンまで小旅行をしてみようということになり

      モンバールの小さな駅に連れていかれ

      「ほれ、切符を買ってこい」

      と背中を押されて一人

       

      ディジョンまでの切符一枚ください

       

      とつたないフランス語で言ったとたん

      機関銃のように何かをまくしたてられて

       

      もう、尻尾を巻いて逃げて帰ってきた。

      ノミの心臓には無理、無理。

       

      あの頃は、まだネットで列車の切符が発券できなかったり

      ホテルの予約サイトも日本語のものがなかったり

      自力で旅をするには結構スキルが必要で

       

      そんなスキルがなかった自分は、あっちこっちで恥をかいたり

      途方にくれたり、失敗したり。

       

      そんな自分を横目に、世の中にはスイスイと

      「フランスを列車で回ってきました」「トスカーナをドライブしてきました」

      っていう人たちがいて

      そりゃもう、驚愕の尊敬をしてたもんだった。

       

      ネットのシステムが普及した今は、旅をするのはずいぶん楽になったなーって思う。

       

      私は根っこがチキンなので

      行き先を決めないぶらり旅や、宿泊先を当日に探すような旅は全然気持ちが楽しめないので苦手だから

      本当の意味での「何が起こるかわからない冒険の旅」は絶対にできない。

      だから事前の準備の時間がすごくかかるわけだけど

       

      それでも、今回の旅は充分に冒険だった。

       

       

      前に、旅好きの友人の一人に

      「日本で暮らしているのと同じ生活ができないような旅はいやだ」と言われたことがある。

      英語が堪能で留学経験もあって、いろいろなことができる彼女は

      英語が通じないような場所はいやだ、清潔でなければ無理、理不尽なこともだめなのだそうだ。

       

      へー、それじゃあ何のために旅行するんだろうって思ったけど

      そうか、ある程度のことができてしまう自負がある人にとっては、すごい苦労をしたり、途方にくれるようなことは

      おもしろくはないのかもしれないなあ、などと思ったものじゃった。

       

       

      途方にくれるのは、あとから思い出すとすごくおもしろい思い出だ。

      スイスイできたことよりも、途方にくれたことを不思議と思い出す。

       

       

      フランスで、しらないうちに高速道路に入っていたことに気づき

      え”? 高速料金どうやって払うん???? とパニックになったことや

       

      アメリカで駐車違反を取られて、罰金の払い方が意味不明だったときや

       

      パリのレンタカー屋に車を返したときに、ダッシュボードにおいたカメラをお店の人に盗られたこととか

       

      いろいろ素敵におもろ。

      今回も、フィレンツェの空港でレンタカーの返す場所がわからずに

      駐車場を走り回って、結局最後にはシャトルバスの運ちゃんがアイフォンの翻訳機能を使って

      「車に戻り、運転をして俺について来い」と言って走り出すことになり

      息も絶え絶えにあわてて後を追って、

      こんな場所、どうやってたどり着けっていうんじゃい!!!! ってな場所にたどり着いて

       

      結局、戻ってから語り合うのは

      素敵な風景や親切な人々のことと同じぐらい

      いやああ、あれは大変だったねえってことだったりする。

       

       

      毎日の暮らしと異質のものとつきあうのはエネルギーがいるけれど

      そんな小さな冒険に向き合え続けるだけの好奇心やおもしろがれる力みたいなものを

      いくつになっても忘れたくないなあって思った旅だったのでした。

       

       

      なんか単なる備忘録。

      トスカーナバンザイ。

      一緒に楽しんでくれた人、助けてくれた人、みんなありがとう。

       

       

       

       

       

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      がんばっても報われない世界と報われる世界の間で

      2019.04.16 Tuesday 07:42
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        パリのポンピドゥーセンターの横に、ひっそりと小さな建物がある。

        ブランクーシのアトリエ。

        モンパルナスにあった彼のアトリエを再現した場所で、ここはもう随分前から私のお気に入りの場所なんだけど

        そんなあたりをうろうろしてたら、突然こんな写真のような風景が現れた。

         

        ポンピの前の広場は世界中から観光客が集まってくる、華やかな一角だけど

        このおっちゃんはボロボロの手押し車に鳩の餌を積んでよろよろとやってきて

        しかめ面のまま餌をまき、阿鼻叫喚の鳩の群れを作って

        そして去ってった。

        ポケットからiphoneを出して、無我夢中で撮った。

        ほんの数秒の出来事だけれど、恐ろしくドラマチックで、強烈に美しかった。

        お気に入りの写真。

         

         

        東大の入学式の祝辞で、上野千鶴子さんが語った内容が話題になったんだけど。

        https://www.buzzfeed.com/jp/saoriibuki/tokyo-uni?fbclid=IwAR0rF42XsDqyKIkrXJycPo7ofdWUlxwlFKzz-I6EJuMQ43viY2k_tEiznRg

         

        私の周囲では感動を込めて語られたけれど

        冒頭のフェミ系の発言にアレルギー反応を起こした人もいたし

        実際に入学式に参列した人の話だと、学生は「は??」ってな感じでピンと来ない風情だったらしい。

        そりゃそうだ。努力と栄光で勝ち取った場所で、この話は響かないだろうと思う。

        特に後半のあたりの話は、一番聞かせたいのは永田町あたりにうろうろしている人生後半戦の人たちかもしれない。

         

         

         

        私はもしかしたら、がんばったら報われた世界の出身なのだと思う。

         

        地元の子がみな行っていた小学校には行かず、受験をして国立の付属の小学校に入った(というか入れられた)。

        付属だからそのまま大学まで行けるのかと思ったら、待っていたのは熾烈な受験戦争で、根が真面目なので下手に受験を頑張ってしまい(いまの私なら答案を書かずに帰ってくると思う)、東大に大量に合格者を出す高校に入ってしまった。

         

        私はそこからゆるやかにドロップアウトしていったけれど

        おそらく

        そこはがんばったらその分、何がしらかは報われる世界だった。

         

        試験前には、机の中のノートがなくなった。

        誰かのために自分の時間を割いて、損をして、助け合うという発想なんてなかった。

        そうして頑張れば、報われるはずだった。

        熾烈だった。

         

        以前

        同じ高校で一緒だった子と子供連れででかけたら、小学生の息子に

        「お勉強しないと、あのおじさんみたいになっちゃうのよ」というのを聞いた。

        指さしていたのは工事現場のおっちゃんだった。

         

        高校生の子どもの進路の話で

        「うちの子、本当に勉強できなくてバカだから大工になるしかないと思う。

         あ、でも不器用だから大工にさえなれないわ。あははは」

        と話されて、私はムキになって、大工さんはバカじゃない! と反撃したものだった。

        なんだよ、その発想。

        ってか、そんな発言を本当にする人が集まっている場所があって

        がんばったら報われる世界の果てには、そんな人が量産されていたりもした。

         

         

        冒頭のブランクーシのアトリエ前の写真が出てきて

        そんなことを思い出したのだった。

        子どもには、こんなに美しい風景の中に別の価値観を探し出すような人になって欲しくない。

         

         

         

         

        がんばれば報われる世界に育った子たちは

        がんばれば報われると思い続けて生きていく。

         

        大人になって、がんばっても報われない世界の中でもがいたとしても

        自分のこどもには、やっぱりがんばれば報われる世界へのパスポートを与えたいのだと思う。

         

         

        ここ数年

        小学校のとき同じクラスだった子と会う機会が増えたんだけど


        子供時代の楽しくて温かい思い出を語るというより

        私達はちょっと、

        過酷な時間を生き抜いてきた戦友のような話をする。

         

        社会的に完璧に見えている、がんばったら報われる世界の家庭は

        見えない場所で壊れていることも多かった。

        隠されている分、そのおかしさに気づきにくく

        助けも求めにくかった。

         

        幸福は、がんばれば手に入るというものでもないように思う。

        がんばって手に入れたものを、がんばらずに手に入れている人がいたら、嫉妬するしざわつく。

        全然がんばっていない人に、自分の取り分を分けたくないと思うのは仕方ないような気がする。

        だから、がんばりすぎないほうがいいなー。

         

        がんばってる子どもたちには、がんばらなくても手に入るしあわせがたくさん訪れますように。

         

         

        ==================ーー

        ブランクーシのアトリエはポンピドゥー・センターの横の目立たない場所にひっそりとある。

        https://paris.navi.com/miru/293/

         

        14時から18時までしか開いていないので、存在を知らない人も多いけど

        中は超絶に美しい。(と私は思う)。

         

        どんな場所からも、完璧なコンポジションで作品が重なって見えるように

        ブランクーシ本人が厳密に置き場所を決めたのだそうだ。

         

        実際に使っていた工具類もそのまま展示されていて

        工具萌えにもたまらないのでありました。

        大好き。

         

         

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        ブルゴーニュの運河の風景は栃木と同じなんだろか?

        2019.04.04 Thursday 23:08
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          2009年に始めて、ブルゴーニュの運河というものを知った。

          ゆっくりと流れるこの運河を、船を借りて夏の間バカンスで下っていく。途中の街で気が向いたら降りて観光をしながら、あとは日がな船にゆられて読書をするのだ、と家主のClaudineは言った。

          なんぢゃ、その夢のような企画。

           

          私は船は借りられないので、自転車を借りて休日に運河沿いをあてもなく走った。

          往復一時間のゆるりとしたサイクリングの間、会ったのは釣りをする一人のおじさんと、何もない運河の果てから突然現れて歩いてきて、すれ違いざま「ボンジュール、マダム」と微笑んでいった6歳ぐらいの男の子だけだった。

          おじさんはとうもろこしの缶詰の空き缶に餌をいれて釣り糸をたれていたけど、帰り道に覗いたバケツの中には、相変わらず魚は一匹も入っていなかった。

           

          話し声も、音もしない。

          あるのはただ、静寂という音だけ。

          両脇に広がる牧草の丘陵には、この土地にだけいるという白い牛たちがのんびりと草をはんでいた。

           

          私はすっかり

          ブルゴーニュのとりこになった。

           

           

           

          それから何度か同じことを繰り返し

          7年目のある日。

           

          そうだ、ここに友達を呼ぼうと思い立った私は、滞在の後半に古い友達を呼び寄せて、しばしのブルゴーニュの休暇を楽しんだ。

          彼女に一番見せたかったのは、この運河の風景で

          何よりも一緒にしたかったのは、運河のサイクリングだったから

           

          私たちは晴天の初夏のある日、自転車を借りて運河をただただ走った。

          初夏のブルゴーニュの運河を、パニエに水とサンドイッチを入れてのんびり走り、気が向いたら小さな村に寄り道をする。

          完璧だ、と私は思って、興奮気味に「ずっとこんな感じなんだよ、いいでしょう?」と彼女に呼びかけた。

           

          あー、と彼女は答えた。

           

          「うちの田舎の栃木とおんなじ感じね」

           

          え。

           

          栃木?

           

          いや、違うよ、ここ、ブルゴーニュだよ。ブルゴーニュの運河だよ。

           

          「田舎ってどこも同じ風景なんだなーと思って。咲いてる花も同じだし」

           

          草花好きの彼女はそれから、日本にも咲いているという知ってる花を見つけては写真を取り続け

          いたく満足して帰ってきたけれど

          日本とまったく違う風景を見せてあげられると思っていた私は肩透かしをくらったまま、なにかとてつもなく新鮮な体験をしたような気になったもんだった。

           

          ああ、そういえば

          それからパリに移動して、パリが初訪問という彼女に「エッフェル塔と一緒に写真撮ろうか?」と言ったら

          「いい、いい。毎日スカイツリー見てるから」と答えられ

          「セーヌ川のほとり歩かない?」と言ったら、「隅田川と変わらない」と言われて

          さらに、なんだか新鮮きわまりない気分になったのだった。

           

          眼の前に見える景色の中に、知っているものを探すのか、未知のものを探すのか。

          そして、人はやっぱり、自分に興味のあるものにしか関心は向かないのじゃなあ、と。

          もしかしたら私達はものすごく違うのかもしれないけれど

          それでも一緒に過ごした時間は、存分におもしろく楽しかった。

           

          この写真は、そんなことを思い出した一枚。

           

          ブルゴーニュの運河は何度でも行きたい。

          誰もいない運河のほとりを自転車で走っていく。

          思い出すだけで、ごはん3杯ぐらい、いける。

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          ダークサイドからの復活@テキサス

          2019.04.01 Monday 01:29
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            2013年。Austinにあるテキサス大学に通って英語を習った。

            4ヶ月。

             

            この写真は、そんなわけで、50歳過ぎてるのに大学なんか入っちゃったもんで

            授業で完全にダークサイドに落ちてどうしようもなくなったときに

            片っ端から検索して近所でなんか楽しそうなことないかと探して

            車で30分ぐらい走った先にあったアクセサリーのパーツショップで開催されていたワークショップに参加したときのもの。

             

            申込みは電話で、とインフォメーションにあったけど、電話での英語のやりとりに自信がなかったから

            もう、直接飛び込みで申し込みに行った。

            対面なら、ジェスチャーと笑顔で、しゃべれなくてもとりあえずなんとかなる、ってことはなんとなく学んでいたから

            あの頃の私は、なんだかもう、ずっとそんな感じじゃった。

             

            ネイティブの弾丸トークの場の中で、会話についていけず、ただ笑顔でいただけの前半だったけれど

            アクサセリーを作り出したら、場の空気が解けて

            その色はいい、そのビーズはどこにあった? 私の見てよ、、、とどんどん会話がはじまり

            ああ

            手仕事のちからはすごいなあと思ったもんだった。

             

            日本はこの手の講座は平日の昼ばかりだけど

            ここでは多くが夜だった。

            夫が戻ってから、子どもを夫に託してやってくる。

            うしろに立ってるおっちゃんは、奥さんの送り迎えについてきて、時間中楽しそうにみんなの作業を見ていたし

            終わり近くなると夫が迎えに来るという人もいた。

            なんかよかったなー、そんな感じ。

             

            この街の人達はみな本当に明るくて親切で

            滞在中に一度も嫌な思いをしたことがない。

             

            空が抜けるように青くって

            そして、ただただ、夏はすばらしく暑かった。

             

            この場所にはそれから3度ぐらい通って

            そこで会ったアーティストさんが別のアトリエでやっていたワークショップにも2回ほど行ったように思う。

            アクセサリーを作ったり、絵を描いたりすることが好きだと

            なんだか

            世界中どこに行ってもなんとかなっちゃうんだなーって

             

            なんかそれからふっと気持ちが軽くなって

            ダークサイドを無事に脱出できたんだった。

             

            私の英語は、今でもまったく役に立たないポンコツのままだけど

            ヘンなアジア人をニコニコ迎えて、優しくしてくれたこの時の人たちのことや

            私の滞在に力を貸してくれた人たちには

            本当に感謝してるんだ。

             

            今でも、この場所からバイバイと手を振って帰った時のことや、帰り道のあったかい気分が

            昨日のことみたいに思い出せるよ。

            Thank you Austin.

             

            ============================

            Austinってこんなところ

            https://www.austintexas.org/

            ご機嫌さね。

             

             

             

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            笑う

            2019.03.29 Friday 11:07
            0

               

              毎週金曜日に立つBioのマルシェで

              有機野菜を売っているおじちゃんにカメラを向けたら、満面の笑みで答えてくれた。

               

              こんな笑顔ができる年のとり方をしたいなーって

              誰もが思えるお手本のような笑顔だ。

              自分の作る野菜が大好きってこともわかる。

              こんなおいちゃんの作る野菜は、本当においしいのだった。

               

               

              笑顔って、実はすごく難しいもんだ、って最近よく思う。

               

              私は26歳の頃、バブル最盛期の六本木のインテリジェントビルの最上階のショールームに再就職して

              それはもう、最高レベルの「接客研修」を受けた。

              VIP接客のプロ養成だから、それはそれは厳しかった。

              で、最初に受けた洗礼が、「笑顔」だった。

               

              試験に受かった12人の同僚みんなが、手鏡を持たされて、「はい、笑って」と言われる。

              前職で接客をしていたという子は、いつどんな写真を取られても同じ笑顔を作れるというすごい特技があったけれど、図書館などに勤務していた私は、「笑顔」の作り方がよくわからなかった。

               

              広角を上げろ、歯を見せろ。

              言われた通りのことを何度も繰り返して、ようやく世間が「笑顔」と認めるものが作れるようになって

              最後の試験で笑ってみせたら

              「あなた、目が笑ってないです。目も笑うようにして」と言われた。

               

              目も笑え。

              なんだその、さくっと投げられる高度な要求。

               

              それから延々、手鏡を前に目が笑うという修行に勤しんだけれど、結局最後まで何がなんだかわからなかったよ。

               

              今ならよくわかる。

               

              幸福な人の目は、自然と微笑む。

              あの頃の自分の目が、微笑みと無縁だったのは、もう仕方のないことなのだと思う。

               

               

              先日、チャリティでポートレイトを撮る仕事をレフ板持ちながらお手伝いしたのだけれど

              何をしても「ほどけるような笑顔が撮れない」って人がいた。

              写真を撮るときの「笑顔」は、慣れと技術もあるので、

              ちょっとしたサポートがあれば、こぼれる笑顔の一瞬を拾えることがある。

              好きな食べ物や風景を思い浮かべてもらったり、好きな色をイメージしてもらったり、いろいろして

               

              素敵な写真は撮れたけど

              最後に「目が微笑む」のには、なにかこう、笑顔の技術とは別のものが関わっているのだと思う。

               

              年を重ねると、さらに、

              そう思う。

               

               

               

              モンバールのビオのマルシェのこのおいちゃんのように

              とっさに出る笑顔でまわりの人が一瞬で幸せになるような

               

              そんな時間の重ね方がこれから、できたらいいなって思うんだった。

               

              ==================================

              フランスではBioのマルシェがあちこちにあって、みんなBioが大好きで関心もすごく高い。

              BioってAgriculture Biologique(アグリクルチュール ビオロジック)の略のこと。

              日本だとオーガニック野菜とかいろいろ言われてるけど、実は日本は食品添加物の数が先進国でもダントツに高くて、日本食は健康にいいって思ってるけど、そのあたりにはいろんな問題があるわけで

               

              Bioの認定を受けるにはとても高いハードルがあって、その分価格もちょっと高いんだけど

              それを選ぶことで安全を手に入れられるっていう安心感がある。

              パリではモンパルナスの、ラスパイユ通りに立つマルシェ・ラスパイユが有名です。

               

              https://paris.navi.com/shop/5/

               

              毎週日曜日。

              行ってみてー。

               

               

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              ディジョンの天使と、「『死』の受容の嘘っぽさ」

              2019.03.26 Tuesday 13:26
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                暑さと疲労で朦朧となって迷い込んだDijonの美術館で

                汗だくになったシャツを脱いで展示室のソファに座っていたら、いつの間にかうとうと眠りに落ちていた。

                 

                探し当ててたどり着いたわけでもなく、入場料無料という看板を見て、ただふらりと入った。

                そんな場所で、ぼんやりと眠り方覚めた私の前にいたのは

                こんな天使たちだった。なんかもうね、腰が抜けたね。

                 

                美しすぎて

                そして

                静かで。

                 

                 

                昨年、思いがけずみつかった病で入院していた病院のベッドで

                絶え間なく聞こえてくるナースコールの音や、咳やうめき声みたいなものをかき消そうと

                私はネットでみつけたビザンツ聖歌を、ヘッドフォンで聞いていたんだった。

                病と死の同居した空間で、眠りが密やかに押し寄せて

                ぼんやりと意識が遠のきはじめたとき

                 

                聖歌の歌声にのせて

                眼の前に、このディジョンで出会ったような天使が、一斉に集まってくるという不思議な幻視が起きて

                 

                ああ、こんなふうに

                金色の光と、ひたすら天に登っていく天使たちに連れられるように死を迎えられるのなら

                それも、悪くはないな、と思った。

                 

                そんなことを考えて、結局さくりと退院して

                まだまだ天使は当分迎えに来ないという生活に戻ることができた。

                よかった。

                 

                あの時の天使

                ディジョンから来たのかな。

                とにかく、このディジョン美術館でブルゴーニュ大公の巨大な墓ともいえる彫像を守っている天使たちは

                超絶に美しいので、行くことあったらぜひ見てみて。

                 

                 

                さて、そんな風に日常に戻った私の一方で

                天使に連れられて逝ってしまった同級生がいる。

                 

                彼女のは死の間際まで本を書き続けて

                その本が先日出版され、私の手元には彼女の死から3ヶ月後に、彼女の名前で献本が届いた。

                 

                ステージ3Bの膵臓がん発見後、2年半闘病した記録が、天国から届いたのだから

                とにかく最後まで読まなくてはいけないという思いとともに、1ヶ月かけてやっと

                先日読了したんだった。

                 

                ドキュメンタリーや教育番組の映像ディレクターであった彼女らしい

                客観的で、センチメンタリズムに流れない骨太の闘病記録だったけれど

                最後の章のタイトル

                「死の受容の嘘っぽさ」の文末に書かれていた事に、私は今も立ちすくんだままだ。

                 

                =======================

                死はそこにある。

                そして、思わなくていいと、考えなくていいと言われても、考えてしまい、思ってしまう存在なのだと思う。

                だからこそ、怖くて、考えたくなくて、消えてほしい、その存在が消えて欲しい。

                けれども、そこにあるまま、そして、受け入れることができないまま、それでもいいのではないかと思って、最後まで生きるしかないのではないだろうか。

                当たり前のことだけれど、人は死ぬまで生き続ける、だから、死を受け入れてから死ぬのではなくて、ただ死ぬまで生きればいいんだと思う。

                             ー「いのち」とがん 患者となって考えたこと  坂井律子著 岩波新書より引用

                =======================

                 

                 

                 

                もうずいぶん長いこと

                私は、誰もが必ず迎える「死」をどう受容できるのかと思いながら生きてきた。

                でもそうか。

                ただ、死ぬまで生きる。

                受容も、達観も、覚悟もいらない。

                 

                それで

                十分なんじゃないか、って

                べー(友人のニックネーム)が最後に教えてくれたから

                 

                 

                ま、とりあえずは、そんな感じで今日を生きなくちゃって思う。

                 

                たぶん

                きっと最後のときには

                あの日の夜のように

                ディジョンの天使が仲間を連れてラッパを拭きながら、黄金の光のあるほうへ

                私を連れていってくれるのかもしれない。

                だからこの写真は、大事に取っておいて、時々眺めるようにしておきたいな、って思う。

                 

                =============================ー

                ディジョン美術館はこんなとこ

                https://beaux-arts.dijon.fr/

                日本語のサイトは

                http://www.mmm-ginza.org/museum/serialize/backnumber/0909/museum.html

                 

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                過去は変えらるの? 変えられないの?

                2019.03.24 Sunday 16:38
                0

                   

                   

                  土曜日、午後1時

                  メトロ9番線のイエナ駅を降りてすぐの通りに立つマルシェ・プレジデント・ウイルソン横の

                  ガレリアの中庭。

                   

                  このマルシェは水曜日と土曜日に立つ。

                  ガレリアではちょくちょくおもろい展示をしているし

                  対面にあるパリ市立美術館は、入場料がタダじゃ。

                  少し高台になっていて、美術館のバルコニーからはセーヌ川とエッフェル塔が見えたりする。

                   

                  なんでも高いパリのど真ん中で

                  なるべくお金を使わずに気持ちよく長い時間を過ごすのに、いつも居心地がよかったなーって思う。

                   

                  この写真は初夏の午後に、マルシェで買ったパニーニを食べようと寄った、そのガレリア横の中庭で撮った。

                   

                  カップルと小さな子ども。

                  くぐもって聞き取れないフランス語の囁き声。時折交じる笑い声が、土曜日の午後の日差しの中で

                  ゆっくりと、ゆっくりと時計を回して、私もすっぽりとそんな時間の流れ方の中に溶け込んでしまったんだった。

                   

                  私には、子供時代の記憶があまりない。

                   

                  暖かい日差し、幸福なぬくもり、かわされてきた親密な会話。

                  記憶の底から引きずり出そうとしても、そんな記憶の断片がどこにもみつからない。

                   

                  家庭は、緊張と恐怖の場所だった。

                  いや、でも、本当はもっと違ったのかもしれないと思う。

                  幸福な時間はたくさんあった。

                   

                  でも、私が記憶していないんだった。

                  記憶するのを、やめたのかもしれなかった。

                   

                   

                  それで、タイトルに戻るんだけど

                   

                  過去は変えられないけれど、未来は変えられる

                   

                  って言うよね。

                  それは希望の言葉なのかもしれないけれど

                  そこそこ年を重ねてみると

                   

                  それはなんというか

                  ちょっと切ないような気になる。

                  未来を変えられるといえるようなエネルギーや時間が少しづつ減っていく人生の後半戦では

                  私のような子供時代の過去を持つ人間は、もう何の変わりようもないのだと言われているようで。

                   

                  だから私はちょっと前に、脳科学者の人に教わった

                   

                  過去は変えられる

                   

                  って言葉を信じていたりする。

                  人の記憶なんて、その人の脳に刻まれた断片的なものに過ぎなくて

                  そして人の脳は、

                  さして多くのことを記憶はできない。

                   

                  人生の、覚えておきたいことだけを編集してストックしているだけなら

                  編集を変えれば、記憶の見え方が変わって、過去は書き換えられる。

                   

                  もし、編集できる元写真もないようなら

                  自分で新たに、しあわせな記憶を書き加えればいいだけのことなんじゃないか。

                   

                   

                  それ、先日 みうらじゅんが「死ぬ時に人は自分の人生を走馬灯のように思い出すっていうから

                  じゃあ、自分が理想だと思う自分の映像をどんどんインプットすればいいんだ」って。

                  勉強できてもてて、走りが早くて留学やスポーツの華麗な映像をNHKに作らせて

                  「これを何度も見て、頭にたたきこめ」って言ってるの聞いて(笑)、

                  なんか、ぽたんと膝を叩いたんだった。

                   

                  大切な自分の記憶領域をネガティブな記憶で占領してしまうぐらいなら

                  ファンタジーであっても、幸福な風景に塗り替えていけばいいだけのことで

                  それ、別に自分の記憶じゃなくたっていいんじゃね?

                  って

                   

                  そう思えたら、なんだかすっかり気分が楽になったんだった。

                   

                   

                  思い出したくない過去とか

                  辛かった思い出は

                  忘れていたいと思っても、ひょんな場面で突然湧き出してきて

                  頭や心を占領していく。

                  この年になっても、子供時代の苦難は鮮烈に蘇ってしまうことも多い。

                   

                  人の脳にさほどの記憶容量がないというのなら、そんなものが凌駕している場所を

                  別の幸福な記憶の風景で満たしていけばいいだけのことじゃ。

                  しあわせな写真という試みは、そんな気持ちも混じっていて

                  だから

                  最初の一枚のこの写真は

                  たぶん、私の幸福な子供時代の写真なのだと思う。

                   

                   

                  イエナのマルシェは水曜日と土曜日の朝7時から。

                  水曜日は14時すぎにはしまってしまうから、早めにね。

                   

                  https://www.paris.fr/equipements/marche-president-wilson-5510

                   

                   

                   

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                  • 孤独のグルメから「きのう何食べた?」、そしてはるみさんのこと。未来の小さな灯りをさがして、今年もよろしくです
                    武蔵野婦人
                  • 孤独のグルメから「きのう何食べた?」、そしてはるみさんのこと。未来の小さな灯りをさがして、今年もよろしくです
                    武蔵野婦人
                  • 孤独のグルメから「きのう何食べた?」、そしてはるみさんのこと。未来の小さな灯りをさがして、今年もよろしくです
                    ニート男性
                  • 孤独のグルメから「きのう何食べた?」、そしてはるみさんのこと。未来の小さな灯りをさがして、今年もよろしくです
                    あっか
                  • 離婚して一人で子育てをして、しんどくなったことについて。自由に生きることには大きな責任が伴うってことについても。
                    武蔵野夫人
                  • 離婚して一人で子育てをして、しんどくなったことについて。自由に生きることには大きな責任が伴うってことについても。
                    ゆうこ
                  • なんでフランスのごはん作りはラクで、日本のごはん作りは面倒だと感じるんじゃろ
                    武蔵野夫人
                  • なんでフランスのごはん作りはラクで、日本のごはん作りは面倒だと感じるんじゃろ
                    はろ!
                  • 毎年この季節になると服を作っている。大人の手作り服ってどうなの。たまにはそんなこと。
                    武蔵野夫人
                  • なんでフランスのごはん作りはラクで、日本のごはん作りは面倒だと感じるんじゃろ
                    武蔵野夫人
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