離婚したら「家事」はびっくりするほどラクになったんだけど、という個人的な話。ラクじゃないこともある。いろいろだ。

2019.06.28 Friday 10:05
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    表題は、あくまでも私個人の体験ってこと。

    一般論じゃないから、同じ体験をしない人がいっぱいいいて当たり前なので、その前提で読んでね。

     

     

    私に限っていえば、本当に離婚したら家事が楽になった。

    結婚してたときのあれ、何? ってぐらい

    劇的に楽になった。

     

    人手は確かに1人減った。

    でも、いたときからなんの戦力にもなっていなかったので、減ったからといって何の痛手にもならず

    減ったのは、一人分の洗濯物、食事、散らかし跡で

    それによる家事の全体量は、減った。

     

    でも、劇的に楽になったと思ったのは、その1人分の家事量が理由ではないように思う。

    離婚当時、息子は10歳で私はフリーでとても忙しく働いていたから

    仕事と育児と家事の総量はおそらくキャパを十分に超えて、自分の許容量の1.7倍ぐらいにはなっていた。

    (当時の私は朝4時に起きて8時まで仕事して、子供を送り出して家事してまた仕事して、夜9時に寝るという生活をしていた)

    成人男性がひとり減った分の家事量は、許容量が1,5倍になるくらいの差しかなく

     

    夫ひとりが発生させる家事 というのは、実は思いの外大きくないんじゃないかと思ったもんだった。

     

    それじゃ、なぜあんなに楽になったんだろ?

     

     

    それ、ただただ

     

    「もうひとり仕事を負担すべき人間がいる」

     

    という中で仕事をしているのか、ただ

     

    「もうあたし一人しかいないんだから、そこでなんとかするしかないじゃん}

     

    か、その違いだけなんだと思うんだった。

    もうさ、一人しかいないんだから。

    なんとかするしかないのよ。

    で、できないと思ったらもう「しないわ」と自分で決められるわけで

    横から「なぜしないの?」「部屋散らかってない?」などと言われることもなく

    結果は自分で責任を持つという立ち位置で暮らしていけて

     

    そんで、なんとかしなくちゃあかんなあと思うことは

    一人しかいないわと思えば、火事場のアホぢからで、まあ、なんとかなっちゃうんである。

    つくづく、家事の時短とかテーマにしててよかったと思った。

    ほんと、なんとかなっちゃうんである。

     

    この「自分しかいないとなったらもう、なんとかするしかない」というのは

    車の運転で痛感したことがあったなー。

    ATしか運転できなかった私が、結婚したら夫の車はマニュアルで、

    何度か助手席に乗ってもらって手ほどきを受けたけど、

    「うへー、やっぱり無理だよー。無理」って.

     

    何度目かで諦めて、もう二度と運転しなかった。

     

    それが、友人と北海道旅行をしたとき。

    現地の友人が手配してくれていた車がマニュアル車で、すでにAT車は一台もなく

    富良野の広大な風景の中で、免許を持たない友だちと私と、マニュアル車だけがポツネンと残されるという。

     

    運転席に座ったときの、あの絶望感と使命感の入り混じったような決意に満ちた気持ち

    いまでも覚えてるよー。

    そこから、車の少ないロータリーで一人、クラッチの練習をして

    坂道で半クラッチの練習を必死こいてして、それでなんとか北海道を周遊した。

    やれば、できた。

    ただ、これまではやろうとしなかっただけだったってことに気づいたんだった。

     

    アメリカのハイウエイに、ほれ、と車で放り出されたとき。

    フランスの田舎道でAT車で放り出されたとき。

    あの、富良野での出来事を思い出せば、なんとかなるって思えた。

    「無理だから」と視線を向ける誰か(結果的に引き受けてくれる誰か)がいることは、救いであり助けであるけれど、どこかで自分の可能性を減らすことにつながることもある。それまでの自分が「できないや、無理だ」と思ってきたことは、本当はできることがたくさん含まれていたのかもしれない、とも思えた。

     

    話、それた。

    でも、この「一人しかいなけりゃやるしかないから、なんとかなる」ってのは

    あとからもう一度触れたと思うので今書いておくことにする。

     

     

     

    さて、家事の話。

     

    離婚したら劇的に楽になったのは

    家事の量が減ったからではなく

     

    同等に「やるべき」と私が(もしかしたら勝手に)思っている人間がもうひとりいることによる

     

    「なんか私にばかり負担が偏ってね?」 とか

    「ってかこういう時になぜ動かないかね、なぜ気づかないかね」

    「この状況で寝転がってテレビ見ていられる神経が、もうまったくわからないんですけどっ!!!」

     

    と、ブレブレに揺れまくる気持ちの針が

    ゼロ地点にとどまったまま、まったく揺れなくなったことにある。

     

    さらに

    私がこうしたいと思っていること、こうあるべきと想定していることを

    斜め方向からぶち壊されることがなくなり

    いとも心穏やかに家の采配ができるようになった、という部分も大きいかもしれない。

     

     

     

    家事の大変さってね

    物理的な時間や労力の大変さもきちんと大きいけれど、

     

    かなり部分を気持ちの大変さが占めている。

     

    自分の時間がない

    時間配分が自由にならない

    想定外のことが起こる

    些末なことに日々を占領されて終わっていく

     

    そして

    パートナーとの不公平感や承認されないことへの悲しみや不満。

     

     

     

    わかってくれない

     

    って、誰かが横にいたらとても大きなことだけれど

    誰もいなきゃね

    わかろうがわかるまいが、もう関係ないんだよね。

     

    自分がわかってりゃいい。

     

    その中で、似たような境遇の子と、

     

    いやあ、大変だよー

    よく頑張っているよ、私たち

    ごほうびだ、ごほうびだ。

     

    とやってりゃ、それでなんとか辻褄が合う。

     

     

     

    誰かが隣にいてくれることって

     

    大きな大きなちからだけれど

     

    いることで生まれてくる気持ちというのもある。

    家事については、この「誰かがいてくれることで生まれてくる気持ち」が消費していくエネルギーが

    結構大きいんじゃないかなあ、と思うわけなんだった。

     

    それでいくと、極論だけれど

    夫という存在が

    「家事育児は夫の領分ではなく、全面的に妻の仕事」という時代よりも

    「同じように家事や育児に関わりシェアすべき」という前提が刷り込まれている今の時代のほうが

    場合によっては気持ちの扱いが難しいということもあるのかもしれない。

    あくまで、極論だけれども。

     

     

    というわけで、私が家事をしている横で寝転がったり

    余計な一言を言いながら何もしないじゃんかよー! という人がいなくなると

    育ち盛りの子供がいたとしても、家事はなんともまあ、楽になった。

     

    当時息子が10歳というのも大きかった。

    ある程度のことは自分でできるけれど、家事を分担させたいほどの年齢でもない。

     

    ↑それでも息子は結構働いたけどね。

     

    私の母は私が13歳からフルタイムで働きに出たので

    中学生だった私への家事シェア期待度が超絶に多くて、どんなに頑張っても

    やり残された家事を見つけては、いつも不満でブチ切れていた。

    子どもへの家事シェアの期待度も、度を越すことがある。

    あれは、とてつもなく辛かった。家にいるときの母は、いつも怒っていた。

    家事をするのは嫌じゃなかったけど、いつもイラついて怒りを向けられるのが辛かった。

     

     

    10歳の息子と、家事育児仕事の許容量1,5倍ぐらいの二人暮らしは

    忙しくて大変だったけど、家事だけに関していえば、気持ちはずっと楽だった。

    息子が中学生になったとき「おかんっていつも笑ってるよね」と言われて、それが私のココロの勲章にいまでもなってる。

    その気持ちの楽さ加減が、「ああ、家事が楽になったなああ」ってところにつながったんだと思う。

     

     

    いま、家事は夫婦でシェアすべきという考え方がベースになっていて

    (これは私も一生懸命加担してきたので、とても喜ばしいことだと思う)

     

    でも、それでもどこまで行っても平等なシェアなんてところにはなかなか行き着かず

    男女ともに、さまざまなストレスを抱えているように思う。

    たとえば、最近になって生まれてきた

     

    「名もなき家事」

     

    って言葉があるけれど、

    あれも、「私ばっかりやってるじゃん」という気持ちが生まれる環境があるから

    これも家事、あれも家事、たぶん家事、きっと家事♫

    という項目があれこれ出てくる構造になってるんじゃないか。

     

    シャワー浴びててシャンプーが切れてたら、あかん! 補充だ! と買い置きを出して入れ替えるけど

    一人だったらなんの不満も起こらない。ひゃあ、面倒だー! と思うぐらいだ。

    トイレットペーパーがなくなれば、当たり前のように新しいのを入れ替える。

     

    家事には名もなき家事ってのがいっぱいあるんだよ!!!! 大変なんだよ! って思うのは

     

    「もう、詰め替えるひと手間だって、本当に大変なんだから。知らないうちにやってるから気づかないだろうけど!!!」

    とか

    「おのれ、最後にペーパー切れたら新しいの入れとけよ」(軽い殺意)

    「誰のためにやってると思ってんだよ。当たり前と思うんじゃねーぞ」

     

    みたいに>笑、その気持を向けるだれかが家の中にいるからだ。

    結局、家事は「分担」や「シェア」なんて言葉では考えないほうがよく

    それぞれが自分のことができるようにスキルと気づく力を身に着けて

    気づいた人がとっととやっておく、という関係性を作ることにあると思う。

    もしくは私のように一人になる。笑 これは本当にラクなんじゃ。

    (家事だけに関していえばだけどね)

     

    シェア、シェアとこだわっているうちは、気持ちの穏やかさはなかなか生まれない。

    家事はなかなか奥が深い。

    家事、おもろ。

     

    はっ。個人的体験を書いているんだった。

    元に戻る。

     

     

     

    さて、離婚したら家事はラクだ、ラクダと書きまくったので

    一応、ラクじゃないことも書いておきたい。

     

    でもなんだかとてつもなく長くなった気がするので、今日は家事のことだけ。

    前半に書いた「一人しかいないと思えばなんとかなっちゃう」ことについて、言いたいこととか

    それに関連して離婚してぜんぜんラクじゃなくなったことについて、また次に書いてみようと思います。

    (忘れなければ)

     

    両方ないと、不公平じゃよねー>笑

     

     

     

    それでわ!!

     

     

     

     

     

    category:Dairy Tokyo | by:武蔵野婦人comments(4) | - | -

    ヴィーガンと台湾素食は根底が同じのはずなのに、なんだか全然違う気がするのはなぜじゃ

    2019.06.25 Tuesday 14:45
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      台湾の素食が好きなんであります。

       

      素食とは宗教上の理由からベジタリアンを貫く人のための料理。

      乳製品や刺激物まで除去しているので、今ならヴィーガンと自称する人たちの禁忌とほぼ同じなのかもしれない。

      台湾素食は、タイワンスーシー とも呼ばれていて、台北などに行くとたくさん素食のレストランがあるんだけど

      私が学生の頃から、東京にも国立に中一素食店ってのがありまして、ここの料理は特別に楽しい。

       

       

      これが先日食べた定食。

      味付けはほぼ中華料理。お腹いっぱい。

       

      私は乳製品はお腹を下すので、あまり積極的に摂りたくない。

      タピオカミルクティーも流行りに負けて飲んでみたけど、2口で挫折。

      ヨーグルトやチーズ類もあまり得意じゃない。

      食べ過ぎると頭痛や下痢につながるので、パスタやうどん、ピザなどは連続して食べないようにしてる。

      果物や洋菓子は、もしかしたら一生食べなくても生きていける類で、

      料理の種類としてはこじゃれたフランス料理が一番苦手だー>苦笑 食べられないものがたくさんある。

      特にシェフおまかせのような場所で、食べたくもないもの、苦手なものを出されてもまったくうれしくない。

       

      ものすごくくいしんぼで、誰かとおいしいものを食べに行くのが好きで、料理が大好きだけど

      実際には苦手なものや、進んで食べたくないものがたくさんあるんじゃった。

       

      先日も友だちに

      「いづみちゃん、すごく難しいからー」って言われた。

       

      いや、表向きはぜんぜん難しくないんだってば。

      ただ、私生活で食卓に向かうときには、無理してまで苦手なものは食べたくないから

      自然と日常の食事は低糖質で乳製品や肉類が少なく、ゆるいグルテンフリーで、野菜や穀物が中心となるので

      なんとなくこれはヴィーガンとかベジタリアンの路線でもあるのか? と思うこともあるけど

       

       

      でも、やっぱりなんだか

      ベジタリアンはまだしも、ヴィーガンはとてつもなく違和感があるんだった。

       

       

      なんでかなー?

       

       

       

      それで、台湾の素食に行くたびに、なんとなく、その理由が見え隠れする気がするので、それを今日は書いてみようと思った。

       

      もうね、いいのよね、素食(スーシー)。

       

       

      八宝菜。

      上にちょこんとエビが乗ってる。手前には豚肉のようなものが見える。

       

      でもこのエビはこんにゃくでできていて、豚肉は大豆製。

      エビなんて、ご丁寧にきれいに筋がつけられて、ほんのりと赤く着色されて、一見エビにしかみえない。

       

      食べると、うむ。

      エビではない。

      でも、まったく違うものでもない。

       

      エビだ、エビだと念じて食べれば、エビを食べてるような気になったりもする。

      味付けはたぶんオイスターソースだけど、オイスターも動物だから、もどきで作られている。

       

      殺生をしないけど

      肉もエビも魚もみんな食べたいんじゃー!

       

      というわけで、ヴィーガンなどで使うフェイクミートやフェイクベーコンの種類を遥かに超えた

      見た目イカ とか

      見た目エビ、見た目とんかつ、見た目牛肉、豚肉、鶏肉 といった

      涙ぐましい工夫の結果の食材がいっぱいあるんだった。

       

      そして、量が多く、油もいっぱい使われている。

      並べば満腹の中華料理と同じ風景で、よくあるベジ系やヴィーガン系レストランの、妙に寒々しいおされカフェ風の風景とはまったく違って、そして食べ終わったら間違いなく満腹になる。

       

      つまり、普通に禁忌食材を使って作られた食事を食べているのとあまり変わらない気持ちで

      ぱくぱくと食べられるのが台湾素食。

       

      私しゃ別にエビだってイカだって豚だって牛だって、ありがたくどんどん食べるから

      ベジ系であっても、こういう工夫が随所にあると、とてもうれしい。

       

      一方、都内のヴィーガン料理のお店なんて、高額払ってもお腹いっぱいにならんし

      なによりひと目で「ヴィーガンですからっ!」と主張するメニューや盛り付けが多くて

      ぱくぱく食べたい食欲があるときにはとてもじゃないけど、足が向かない。

      こんなんだったら家で作るわい! って思うだけ。

       

      なにかこう、独特な精神状態にするりと自分がはまりこんでしまわない限り、ヴィーガンワールドはなにか性に合わないんだった。

       

      たぶん、素食もヴィーガンも根っこは同じだと思うのに、なんか違うのはなぜなんかなー。


       

      最近ちょろりと思うのは

      素食は動物の殺生を禁じ

      ヴィーガンは動物の搾取に反対しているわけなんだけど

       

      それぞれの人達と話してみると、なんだか視線の向いてる先が違うのかなーって思ったりしてる。

       

       

      先日なんて、ミャンマーから来た人と話してたら

      「日本で一番恐ろしい食べ物は、いくらだ」と言うのだよ。

       

      えー? なんで? と聞いたら

      「いくらは一粒一粒がいのちです。私達は牛を一頭殺したら、それをみなで分けて、皮や内臓まで残すところなくいのちをいただく。

      いくらをスプーン一杯すくって食べたら、何十、何百という命を一度に食べることになる。恐ろしくてできないです」

       

      じゃあ、しらすやたらこも?

       

      「しらす!! 一匹一匹の目が私を見ている。食べられるわけがない!」

       

      と。

      おもろだー。

       

      そうなんだ、動物はいのち。

      いのちは感謝して、無駄なくいただく。

       

      その前提があって、敢えて殺生をしない選択をした人たちが

      「おいしい動物」を一生懸命真似をして、いろんな疑似食材を作り出して、普通と同じ食卓を作ろうとしてる。

      私が素食が好きなのは、たぶんそんなところなんだと思う。

       

       

      ヴィーガンを自称している人たちの中には

      ダイエットだったり、健康視点でアメリカの学者さんがエビデンス出しているとか

      エシカルとか環境保護とか

      あまり根底に一本筋が通ってる安定感がなく

       

      そして、「搾取反対」の哲学を貫く人の視線の先には

      搾取をしている人間や企業への敵意や、否定感が見え隠れすることが多い。

       

      たぶん、その敵意や否定感のようなものが、私は苦手なのだと思う。

      東京で、ヴィーガンで食べようとしたら、おそらく一日中 No と言っていないと成り立たない。

      それだけ、日常が否定形で埋まることに、私はどうしても違和感があるんだろなーって思うんだった。

       

      ま、好きな人はやってくれていいし

      東京で素食視点で貫くのも同じように、まあ、しんどいといえばしんどい。

      結局は、食に過度の制限を持つこと自体が、あまり幸せではないよねえ、ということなんかもしれない。

       

       

      という、なんのとりとめもない話。

      ただ、素食がうまいのよ、という。

       

      デザートもあるよ。うまいよ。これは甘いお豆のスープ。

       

       

      高いお金を払って並ばなくても、マンゴーのかき氷とか普通にあるし。

      中一 、最高。

      https://tabelog.com/tokyo/A1325/A132503/13006007/

       

       

      ちなみに、私にはココナツのアレルギーがあって

      それもヴィーガンに絶対なれない理由のひとつ。

       

      以前

      「ごまクッキー焼きました」と出されて、食べたら数分後にアナフィラキシーになった。

      何を入れましたか? と聞いたら

      キラキラお目目で、

      「バターのかわりに、ココナツオイルを使ったんですよー!」と。

       

      やめて、死ぬから。

       

      お付き合いで入ったヴィーガン料理のお店のランチがココナツ入りだったのでお断りし

      何も食べないのは悪いので、たった一つあった飲み物「チャイ」を頼んだら

      なにか味がおかしい。

      何を入れましたか? と聞いたら

      キラキラおめめで

      「健康を考えてココナツオイルを入れているんですよー!」と。

       

      死ぬから。死ぬ。

       

      会食のデザートがパンナコッタとココナツのアイスクリームだったので

      アイスはやめて、パンナコッタを選んだ(こちらはアーモンドミルクだからね)。

      食べたら具合が悪い。

      あのー、これパンナコッタですよね? と聞いたら

      キラキラおめめで

      「はい! 今日はココナツミルクでパンナコッタをお作りしています」

       

      書いて。せめて。

       

      ほんと、ヴィーガンのお菓子って、バターも牛乳も生クリームも小麦粉も使ってません! って言う割に

      かわりに何を使っているのかの表示がないことがあって、

      それは恐ろしくて、食べられない。

       

      アレルギーに配慮したお菓子って謳い文句のお店で

      ナッツやココナツは普通に使っていることもある。

      ちょっと怖いというか

      なんだろ、この

       

      動物搾取という哲学以前に

       

      乳製品、バター、肉

       

      の悪者感>苦笑

       

      あ、最近はカレー屋さんやカレーうどん屋さんで、隠し味にココナツミルクをこっそり入れているところが多く

      表示もされていないお店もあるので

      (先日は、Campってカレー屋さんでココナツ入っている? って聞いたら

       それは本部に確認を取らないとわかりませんと言われた。ベースは缶詰かレトルトってことだよね、うん)

      知らないお店でカレーを食べるのはとても怖い。

       

       

      というわけで、中一の素食はうまく

      私はココナツアレルギーですというお話でした。

       

      とりとめない。

      またなんか思いついたら書きます。

       

       

       

       

       

      category:Dairy Tokyo | by:武蔵野婦人comments(2) | - | -

      思い通りにならなかったと思ってたことが、実はちゃんとできてたことがわかり泣いた。人生捨てたもんじゃないね。

      2019.06.04 Tuesday 14:51
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        尊敬する人に、大谷翔平くんが書いていたという72アクションのアプリがすごくいいよ、と教えてもらう。

        無理しても全部埋めてみるといいというので、やってみたら、とっちらかって何が何だかわからなくなってしまった。

        行き先の時間がどんどん短くなって、フットワークも悪くなっている私のような年代の人間には、72個も空白を埋めるのは、やることが多すぎて道に迷った。

        ほいでも、やってみた甲斐はあったので、そのことを今日は書いてみる。

         

        書き出してみて、改めてほうほうとわかったのは

         

        まあ、なんというか

        長く生きてきて贅肉や無駄な知恵がついて

         

        自分がいちばん自分ってものをわかっていなんだなあってことじゃった。

        結局、何をしたいかということよりも

        私はいったい何者なのじゃ、というところに焦点が移って

         

        贅肉を削ぎ落とした骨格のところにある「自分」みたいなものを探す作業にいつしかなっていった。

         

         

        制作とかしていると

        ほんと

        知恵と贅肉で動きが鈍って、邪念ばかりが生まれて路頭に迷うことが増える。

        もともと、私って何が好きなんだっけ? とか

        何をしているときがしあわせなんだっけ? とか

        初心に戻って、思うがままに書き出していくのは本当に面白かった。

        いや、書き出すってほんとに大事。

        実際はしごくシンプルなことを、うだうだと悩んでいたり、勝手にオーバーフローしていたりする。

        書き出せば、元の核は豆一粒(真珠一粒、のほうが素敵か)ぐらいのことじゃん、ってことがよくわかる。

         

        それでふと思い出したのが

        私の絵の原点ともいえる2冊の本だった。

         

        これと、これね。

        アマゾンでまだ買えます↑

         

        こちらもまだ買えるよ! すごいなああ、いいなあ。↑

         

        私はこの2冊の本を、自分のイラストのバイブルのように大事に大事に眺めて過ごしていた時期があって

        ここ20年ほどは、ずっとトイレの飾り棚に2冊だけ置いていたんだった。

        本棚の中は見えないけれど、トイレの中ならいつでも目に入る。

         

        20代の頃の私は、こんな絵を描く人になりたかった。

        キッチンの絵や、料理の絵、子どもや動物の絵を色鉛筆と水彩とパステルで描き続けていて

        会社員をやめて独立したあとは、ちょろっとそんな絵でホテルの機関紙に料理や食材の絵を描いたり

        一度はホテルの外壁のバンナーのイラストを任されて、私の絵が都内のホテルの壁にでっかく掲示されていたこともあった。

         

        美大に行ってアートを学ぶことができなかった自分は

        イラストレーターにならなれるんじゃないかと思ってたんだった。

         

        いや、何にでもなれたんだけど、いろいろ無知だったからそんなふうに思って生きていた。

         

         

        結局、紆余曲折を経て思いがけず文章を書く人になり

        まんがみたいな挿絵を描く人になり

         

        当初思ってた夢みたいなところからそれてしまったなあ

        そんで、今ではもうこの本のような画風にはまったく興味がなくなったなあ、ってずっと思っていたけど

         

         

        今日、72個のマス目を埋めながらこの2冊の本を思い出してトイレから持ち出して

        そりゃあもう、ものすごく久しぶりに中を開いて

         

        そんで、なんかわからんけど、ごうごうと泣いてしまったんだった。

         

        一番好きだったこの本の中には

         

        Illsutrated by Angela Barrett

         

        キッチンから見える食卓や外の景色の絵がたくさんあって

        それは先日、東京の台所で大平一枝さんが書いてくださった、自分の子供時代の思い出にきれいに重なった。

         

        https://www.asahi.com/and_w/20190227/123817/

         

        食卓や外界に背を向け続けていた若い頃の私は、たぶん、この本の中の風景を夢見ていたのかもしれないんだった。

         

        もう一冊の本の中にも、そんな風景がたくさんある。

         

        Illsutrated by Leslie Forbes

         

        台所が好きで好きで。

        でも台所にいる自分が辛くて。

         

        イギリスやイタリアのキッチンの風景を、必死で真似して描いていたのかもしれない。

         

        結局、こんな絵を描くイラストレーターにはなれなかったけれど、でも改めて

         

        Illsutrated by Angela Barrett

         

        こんな世界にまつわる家事の本を書いて出版することは、少なくともできたんじゃないか。

         

        本当はもっと、文学的なことや、芸術的なことがしたかったんじゃないかとずっと思っていた。

        世俗的なことに関わり続けることへのコンプレックスを抱いたことも(実は)、あったりした。

        生活コラムニストって、なんだか表層的というか、深さが足りないような

        もっと文学やアーティスティックな世界に生きたかったような、そんな欠落感がどこかにあったんだけど

         

        72個の空白を埋めながら、最後に行き着いたのは

         

        結局自分は、暮らしや生きることにつながる、地に足がついたことが好きなのだ、ということだった。

         

        ちゃんと、ずっと

        好きだったんだ。

         

         

        だから、好きな世界にいられることを、ちゃんと感謝しなくちゃ。

        持っていないものを欲しがる前に、持っているものをちゃんと愛おしまなくちゃ。

        んだんだ。

         

        それでね、もうひとつびっくりしたのが、

         

        ただ絵が好きというだけで買ってきて、中身についてあまり注意を払っていなかったこちらの本は

        改めてみてみたら、題名はトスカーナの食卓 なのだった。

        トスカーナをぐるりと回っていき、フィレンツェに行き着く。

        あれ、そんな旅を、4月にしたばかりじゃなかったか。

        ほら、ここには

         

        Illsutrated by Leslie Forbes

         

        サンジミニャーノの食卓がちゃんと書いてあった。

        このオリーブオイルのボトルや、チーズの包みを

        20代の私はどれだけ真似して描いたことだろう。

         

        買ったときはタイトルをみても何もピンとこなかった土地だったけれど

        何十年も経て、ちゃんとその土地を旅して

        その土地の食べ物を食べて、今ここにいる。

         

        ジェノバからサン・ジミニャーノ、ピエンツァを通ってフィレンツェへ。車の旅@2019

         

         

        トスカーナのオルチャ渓谷をドライブして旅するなんて、20代のころの私は思いもしなかったと思う。

         

         

        「自分の核に何があるのかわからなくなった。

        本来なりたかった自分、したかった仕事とはそれた道を歩いてきた」

         

        そう思い続けてきたけれど

        自分の核にあるものはいくつになっても結局変わらず

         

        違う場所に来てしまったと思っていたことは

        ちゃんと地下の水脈でつながっていた。

        夢なんてかなわなかったと高をくくっていたけれど

        私の夢はちょっと形を変えながらも、ちゃんとすばらしくかなっていたんだと思う。

         

         

        なにものかになりたいと願うより

        ただただ

        愚直に自分自身で居続けること。

        できない自分を奮い立たせるよりも

        ありのままの自分を大事に思って、自分でいるための努力をすること。

         

        なんかそれでいいんだなーって思う今日。

        そしてそんなことが思えるのも、台所の話を書いてもらって、トスカーナを旅したあとの今だからこそで

        そのタイミングで72個のマス目に向き合えたのは、偶然ではないような気がしてる。

         

         

        人生、結構捨てたもんじゃないのかもしれない。

        ちょっと、いい午後だった。

         

         

         

         

         

         

         

        category:Dairy Tokyo | by:武蔵野婦人comments(2) | - | -

        炎上騒ぎの後ろにある、今の「伝える仕事」の違い何? ってつらつら考える

        2019.05.21 Tuesday 12:30
        0

           

          この写真は私がフランスで小さな個展を開いたとき、思いがけず新聞にでっかく載ってびっくりしたよ! という紙面。

          ギャラリーの持ち主が気を聞かせて記者さんにアポ取ってくれていたんだけど、小さな案内記事だと思っていた私は、街を歩いていたら、「日本のアーティストが来て個展を開いている」という大きな見出しの看板がいっぱい貼られていて驚いたんだった。

           

          ありがたい。

           

          が、このめでたい記事には、一つのエピソードが隠れている。

          立派な記事の最期に添えられた情報の、ギャラリーの場所が間違っていたんだよ。

          住所が!

           

          掲載日、浮足立った感じでフランスの友人たちが、「新聞出た出た」と喜んでくれていた中

          突如一人の顔が曇り

          ひそひそ話が始まった。

          ひそひそ声は次第に伝搬し、最後にはなんともいえぬ空気が場を満たしはじめ

          早口のひそひそフランス語が聞き取れない私は、何が起きたのかもわからずポカンとしていた。

           

          気づいた一人が、わかりやすい言葉で説明してくれた。

           

          私が個展をしたギャラリーの持ち主は、以前違う人だった。

          その場所を譲り受けた今の持ち主が私の個展を実現させてくれたのだけれど

          それまでずっと仲が良かったはずの前の持ち主と

          なぜその人が自分と関係を断とうとしているのかわからないまま、

          あるときを境にまったく連絡が取れなくなった。

          以降、関係が途切れたまま。連絡をしてもナシのつぶてで現在に至るのだそうだ。

           

          その人は現在、まったく違う場所にアトリエとギャラリーを構えている。

          私の個展の場所は、その人のギャラリーの住所が書かれていた。

           

          「とても残念。この記事を見てでかけてもそこは違う場所。

           でも彼女は聞かれても知らないって言うに違いない。絶対に私のギャラリーでやってるってことは言わないと思う」

          ………。

           

          取材に来た記者の人は、前の持ち主の頃からその人のこともこのギャラリーもよく知っていて何度も来ていたから、反射的に今のその人の住所を書いてしまったんだろうという結論に、この日は至った。

          ちゃんと今のオーナーに取材をしつつ、場所は前のオーナーと紐づけて記事にしちゃった。なんというフリーダム。

          とはいえ意図的に住所をすり替えたのだとしたら、とっても嫌な気持ちになるはずだから、その解釈は正しいのだと思う。

           

          というわけで、せっかく紙面になったけど、それを読んで来たいと思ってくださったうちの何人かはたどり着けなかったろう、というお話。

           

           

           

          なぜこんなことを思い出したかというと、「伝える」という仕事について、最近もやもやする事があったから。

           

          朝、テレビをつけたら見出しのところに

          「佐藤浩市、首相を揶揄して炎上」と出ていた。

           

          なんのこっちゃと思っているうち、その見出しは一日中テレビに表示され続け

          ネットニュースも「佐藤浩市炎上」で埋め尽くされた。

           

          何をやっちゃったん? と内容を追いかけだしたら、まあなんというか

          それは首相揶揄でも、大々的な炎上でもないじゃんよ、と私には思えることで、

          炎上させている人たちが主語の見出しにもなり得る内容だった。

          中身を精査すればこんな見出しにならないはずなのに、なぜ、こんなおかしなことばかり起きるんだろう。

           

           

          ほんで思ったんぢゃった。

          ああ、そうか。

           

          どっかに書いてあることを拾ってきてつなぎあわせたり、

          どっかで騒ぎになっているよー、誰かがツィッターでこう書いたよー

          って、自動的に大量に記事を生成していくことが仕事という新しい職業がWebの世界では定着してきた今

           

          ほんの数人が炎上コメントの応酬している場面を切り取って

          炎上!

          ってただ書けばよく

           

          別にその背景にある真実を精査する必要もなく、矛盾をみつける必要もなく

          違うでしょ、と言われたら

          あ、そうなの? 自分がそう言ってるんじゃなく、ただそこにそう書いてあっただけで

          現に「炎上」している事実はありますよね?

          でぜんぜんオッケーな世界が、今はテレビにも広がっているわけなのかー

           

          と思ったら妙に納得できたんじゃった。

          事実の裏をきちんと取るとか、表層で見えているもの以外の視点を探るとか

          そういう視線は、「伝える」という仕事の中で過去のものになりつつあるのかな。

           

          ジャーナリズムの世界ではまだそれはきちんと稼働しているところも多いけれど

          それを見たり読む人の数は減っている。

           

          私はコラムニストという仕事をしていて

          それはなにか得意分野の中でテーマを与えられ、それについての情報や、個人の考え方や価値観を書いてよしとされる仕事だ。

          さらにテーマ設定まで自由な、エッセイストという仕事もある。

           

          一方で、ライターと呼ばれる仕事は、与えられたテーマを忠実に取材して文章にして、個人の考えや価値観はオブラートに包む必要がある。そこにはクライアントがいたり、スポンサーがいるから、その意に反した記事は書けない。

           

          ジャーナリストや記者など報道に携わる人達は、クライアントやスポンサーなどの経済軸に左右されず、偏った価値観を持ち込まずに中道の報道をしなくていはいけないのだけれど

           

          でも、クライアントやスポンサーがいない分

          常識や道義や正義はゆがめられることがなく

          与えられたテーマの中だけでなく、隠れたり見えないテーマを探し出すことができるはずの仕事だったんじゃないのかなあ。

           

           

          今の伝える仕事は

           

          クライアント(政権も大きなクライアント様だ)の意向に左右されながら

          道義や正義のフィルター(なんてものがあったのかどうかも今やわからない)なんてものはかけずに、与えられたテーマを伝え

          通りすがりに起こっているネットや別メディアで目にしたことを拾って横流しすることを、「テーマ探し」としつつ

          個人の考えや価値観はなるべく表出させない(なぜなら簡単に炎上するから)

           

          悲しい状態になっとる。

          偉そうに何を言うか、と思う人もいるかもだけど

           

          でも、ほんの片隅だけど「伝える」仕事に携わってきた自分からすると

          とてもとても

          気持ちがもやもやとすることが増えた。

          ぼやいてても仕方ないんだけど。

           

           

          とにかく

          炎上してまっせ、と小学生が先生に言いつけるみたいな報道は

          本当に無くなってほしいと思う今朝なのだった。

          広い世の中で、ほんの一部がぼやいていることを全国区のテレビに流し続けることに何の意味があるんだろう。

          ほんと、かっこ悪い。

           

           

          そしてギャラリーの住所も、ちゃんと取材で確認して掲載しようね。

          (と、最初の写真に戻る)>笑

           

          それでも来てくださって、いろいろ買ってくださったお客さんもいっぱいいた。

          感謝なのだ。

          またフランスでやりたいなーって思ってたら、ちょろりとオファーのようなものがちょうど来て

          ぼやきつつも、気分のよい今日なのでした。

           

          さて、気を取り直して、機嫌よく一日をはじめよう。豪雨だけどね。

           

           

           

           

           

           

           

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          トスカーナのオルチャ渓谷を車で回る冒険

          2019.05.08 Wednesday 10:49
          0

             

            ジェノバの空港で友人に車を借りるのを手伝ってもらって、そこからフィレンツェまで。

            イタリアの友人が絶賛オススメしてくれたサン・ジミニャーノ、ピエンツァにに宿泊しつつ、キャンティ街道やオルチャ渓谷を回る旅。

            途中のピサ、シエナ、モンタルチーノといった街も素敵だった。

             

            オルチャ渓谷って、こういうところ

            http://tabit.jp/archives/14110

             

            私は最初名前だけ聞いたとき、日本の発想で両側に岩壁がそそり立つ川辺の風景を思い浮かべたけれど、実際には延々となだらかな麦畑や牧草地帯が広がる広大な大地だった。

            もとは粘土質の土で作物が育たないなにもない荒野だったところを、開墾してこうした場所でも育つ麦を飢え、土砂崩れを防ぐために糸杉を植えたのだそうだ。自然の風景って思いがちだけれど、ここは人の手で作り上げられた世界遺産なんだって。

             

            見事でやんした。

             

            生きてたらいいことある。

             

             

             

            10年ほど前、1週間だけ留学したフランスのブルゴーニュの小さな街で

            オフの日に隣の町のディジョンまで小旅行をしてみようということになり

            モンバールの小さな駅に連れていかれ

            「ほれ、切符を買ってこい」

            と背中を押されて一人

             

            ディジョンまでの切符一枚ください

             

            とつたないフランス語で言ったとたん

            機関銃のように何かをまくしたてられて

             

            もう、尻尾を巻いて逃げて帰ってきた。

            ノミの心臓には無理、無理。

             

            あの頃は、まだネットで列車の切符が発券できなかったり

            ホテルの予約サイトも日本語のものがなかったり

            自力で旅をするには結構スキルが必要で

             

            そんなスキルがなかった自分は、あっちこっちで恥をかいたり

            途方にくれたり、失敗したり。

             

            そんな自分を横目に、世の中にはスイスイと

            「フランスを列車で回ってきました」「トスカーナをドライブしてきました」

            っていう人たちがいて

            そりゃもう、驚愕の尊敬をしてたもんだった。

             

            ネットのシステムが普及した今は、旅をするのはずいぶん楽になったなーって思う。

             

            私は根っこがチキンなので

            行き先を決めないぶらり旅や、宿泊先を当日に探すような旅は全然気持ちが楽しめないので苦手だから

            本当の意味での「何が起こるかわからない冒険の旅」は絶対にできない。

            だから事前の準備の時間がすごくかかるわけだけど

             

            それでも、今回の旅は充分に冒険だった。

             

             

            前に、旅好きの友人の一人に

            「日本で暮らしているのと同じ生活ができないような旅はいやだ」と言われたことがある。

            英語が堪能で留学経験もあって、いろいろなことができる彼女は

            英語が通じないような場所はいやだ、清潔でなければ無理、理不尽なこともだめなのだそうだ。

             

            へー、それじゃあ何のために旅行するんだろうって思ったけど

            そうか、ある程度のことができてしまう自負がある人にとっては、すごい苦労をしたり、途方にくれるようなことは

            おもしろくはないのかもしれないなあ、などと思ったものじゃった。

             

             

            途方にくれるのは、あとから思い出すとすごくおもしろい思い出だ。

            スイスイできたことよりも、途方にくれたことを不思議と思い出す。

             

             

            フランスで、しらないうちに高速道路に入っていたことに気づき

            え”? 高速料金どうやって払うん???? とパニックになったことや

             

            アメリカで駐車違反を取られて、罰金の払い方が意味不明だったときや

             

            パリのレンタカー屋に車を返したときに、ダッシュボードにおいたカメラをお店の人に盗られたこととか

             

            いろいろ素敵におもろ。

            今回も、フィレンツェの空港でレンタカーの返す場所がわからずに

            駐車場を走り回って、結局最後にはシャトルバスの運ちゃんがアイフォンの翻訳機能を使って

            「車に戻り、運転をして俺について来い」と言って走り出すことになり

            息も絶え絶えにあわてて後を追って、

            こんな場所、どうやってたどり着けっていうんじゃい!!!! ってな場所にたどり着いて

             

            結局、戻ってから語り合うのは

            素敵な風景や親切な人々のことと同じぐらい

            いやああ、あれは大変だったねえってことだったりする。

             

             

            毎日の暮らしと異質のものとつきあうのはエネルギーがいるけれど

            そんな小さな冒険に向き合え続けるだけの好奇心やおもしろがれる力みたいなものを

            いくつになっても忘れたくないなあって思った旅だったのでした。

             

             

            なんか単なる備忘録。

            トスカーナバンザイ。

            一緒に楽しんでくれた人、助けてくれた人、みんなありがとう。

             

             

             

             

             

            category:Photo series | by:武蔵野婦人comments(0) | - | -

            がんばっても報われない世界と報われる世界の間で

            2019.04.16 Tuesday 07:42
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              パリのポンピドゥーセンターの横に、ひっそりと小さな建物がある。

              ブランクーシのアトリエ。

              モンパルナスにあった彼のアトリエを再現した場所で、ここはもう随分前から私のお気に入りの場所なんだけど

              そんなあたりをうろうろしてたら、突然こんな写真のような風景が現れた。

               

              ポンピの前の広場は世界中から観光客が集まってくる、華やかな一角だけど

              このおっちゃんはボロボロの手押し車に鳩の餌を積んでよろよろとやってきて

              しかめ面のまま餌をまき、阿鼻叫喚の鳩の群れを作って

              そして去ってった。

              ポケットからiphoneを出して、無我夢中で撮った。

              ほんの数秒の出来事だけれど、恐ろしくドラマチックで、強烈に美しかった。

              お気に入りの写真。

               

               

              東大の入学式の祝辞で、上野千鶴子さんが語った内容が話題になったんだけど。

              https://www.buzzfeed.com/jp/saoriibuki/tokyo-uni?fbclid=IwAR0rF42XsDqyKIkrXJycPo7ofdWUlxwlFKzz-I6EJuMQ43viY2k_tEiznRg

               

              私の周囲では感動を込めて語られたけれど

              冒頭のフェミ系の発言にアレルギー反応を起こした人もいたし

              実際に入学式に参列した人の話だと、学生は「は??」ってな感じでピンと来ない風情だったらしい。

              そりゃそうだ。努力と栄光で勝ち取った場所で、この話は響かないだろうと思う。

              特に後半のあたりの話は、一番聞かせたいのは永田町あたりにうろうろしている人生後半戦の人たちかもしれない。

               

               

               

              私はもしかしたら、がんばったら報われた世界の出身なのだと思う。

               

              地元の子がみな行っていた小学校には行かず、受験をして国立の付属の小学校に入った(というか入れられた)。

              付属だからそのまま大学まで行けるのかと思ったら、待っていたのは熾烈な受験戦争で、根が真面目なので下手に受験を頑張ってしまい(いまの私なら答案を書かずに帰ってくると思う)、東大に大量に合格者を出す高校に入ってしまった。

               

              私はそこからゆるやかにドロップアウトしていったけれど

              おそらく

              そこはがんばったらその分、何がしらかは報われる世界だった。

               

              試験前には、机の中のノートがなくなった。

              誰かのために自分の時間を割いて、損をして、助け合うという発想なんてなかった。

              そうして頑張れば、報われるはずだった。

              熾烈だった。

               

              以前

              同じ高校で一緒だった子と子供連れででかけたら、小学生の息子に

              「お勉強しないと、あのおじさんみたいになっちゃうのよ」というのを聞いた。

              指さしていたのは工事現場のおっちゃんだった。

               

              高校生の子どもの進路の話で

              「うちの子、本当に勉強できなくてバカだから大工になるしかないと思う。

               あ、でも不器用だから大工にさえなれないわ。あははは」

              と話されて、私はムキになって、大工さんはバカじゃない! と反撃したものだった。

              なんだよ、その発想。

              ってか、そんな発言を本当にする人が集まっている場所があって

              がんばったら報われる世界の果てには、そんな人が量産されていたりもした。

               

               

              冒頭のブランクーシのアトリエ前の写真が出てきて

              そんなことを思い出したのだった。

              子どもには、こんなに美しい風景の中に別の価値観を探し出すような人になって欲しくない。

               

               

               

               

              がんばれば報われる世界に育った子たちは

              がんばれば報われると思い続けて生きていく。

               

              大人になって、がんばっても報われない世界の中でもがいたとしても

              自分のこどもには、やっぱりがんばれば報われる世界へのパスポートを与えたいのだと思う。

               

               

              ここ数年

              小学校のとき同じクラスだった子と会う機会が増えたんだけど


              子供時代の楽しくて温かい思い出を語るというより

              私達はちょっと、

              過酷な時間を生き抜いてきた戦友のような話をする。

               

              社会的に完璧に見えている、がんばったら報われる世界の家庭は

              見えない場所で壊れていることも多かった。

              隠されている分、そのおかしさに気づきにくく

              助けも求めにくかった。

               

              幸福は、がんばれば手に入るというものでもないように思う。

              がんばって手に入れたものを、がんばらずに手に入れている人がいたら、嫉妬するしざわつく。

              全然がんばっていない人に、自分の取り分を分けたくないと思うのは仕方ないような気がする。

              だから、がんばりすぎないほうがいいなー。

               

              がんばってる子どもたちには、がんばらなくても手に入るしあわせがたくさん訪れますように。

               

               

              ==================ーー

              ブランクーシのアトリエはポンピドゥー・センターの横の目立たない場所にひっそりとある。

              https://paris.navi.com/miru/293/

               

              14時から18時までしか開いていないので、存在を知らない人も多いけど

              中は超絶に美しい。(と私は思う)。

               

              どんな場所からも、完璧なコンポジションで作品が重なって見えるように

              ブランクーシ本人が厳密に置き場所を決めたのだそうだ。

               

              実際に使っていた工具類もそのまま展示されていて

              工具萌えにもたまらないのでありました。

              大好き。

               

               

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              ブルゴーニュの運河の風景は栃木と同じなんだろか?

              2019.04.04 Thursday 23:08
              0

                 

                2009年に始めて、ブルゴーニュの運河というものを知った。

                ゆっくりと流れるこの運河を、船を借りて夏の間バカンスで下っていく。途中の街で気が向いたら降りて観光をしながら、あとは日がな船にゆられて読書をするのだ、と家主のClaudineは言った。

                なんぢゃ、その夢のような企画。

                 

                私は船は借りられないので、自転車を借りて休日に運河沿いをあてもなく走った。

                往復一時間のゆるりとしたサイクリングの間、会ったのは釣りをする一人のおじさんと、何もない運河の果てから突然現れて歩いてきて、すれ違いざま「ボンジュール、マダム」と微笑んでいった6歳ぐらいの男の子だけだった。

                おじさんはとうもろこしの缶詰の空き缶に餌をいれて釣り糸をたれていたけど、帰り道に覗いたバケツの中には、相変わらず魚は一匹も入っていなかった。

                 

                話し声も、音もしない。

                あるのはただ、静寂という音だけ。

                両脇に広がる牧草の丘陵には、この土地にだけいるという白い牛たちがのんびりと草をはんでいた。

                 

                私はすっかり

                ブルゴーニュのとりこになった。

                 

                 

                 

                それから何度か同じことを繰り返し

                7年目のある日。

                 

                そうだ、ここに友達を呼ぼうと思い立った私は、滞在の後半に古い友達を呼び寄せて、しばしのブルゴーニュの休暇を楽しんだ。

                彼女に一番見せたかったのは、この運河の風景で

                何よりも一緒にしたかったのは、運河のサイクリングだったから

                 

                私たちは晴天の初夏のある日、自転車を借りて運河をただただ走った。

                初夏のブルゴーニュの運河を、パニエに水とサンドイッチを入れてのんびり走り、気が向いたら小さな村に寄り道をする。

                完璧だ、と私は思って、興奮気味に「ずっとこんな感じなんだよ、いいでしょう?」と彼女に呼びかけた。

                 

                あー、と彼女は答えた。

                 

                「うちの田舎の栃木とおんなじ感じね」

                 

                え。

                 

                栃木?

                 

                いや、違うよ、ここ、ブルゴーニュだよ。ブルゴーニュの運河だよ。

                 

                「田舎ってどこも同じ風景なんだなーと思って。咲いてる花も同じだし」

                 

                草花好きの彼女はそれから、日本にも咲いているという知ってる花を見つけては写真を取り続け

                いたく満足して帰ってきたけれど

                日本とまったく違う風景を見せてあげられると思っていた私は肩透かしをくらったまま、なにかとてつもなく新鮮な体験をしたような気になったもんだった。

                 

                ああ、そういえば

                それからパリに移動して、パリが初訪問という彼女に「エッフェル塔と一緒に写真撮ろうか?」と言ったら

                「いい、いい。毎日スカイツリー見てるから」と答えられ

                「セーヌ川のほとり歩かない?」と言ったら、「隅田川と変わらない」と言われて

                さらに、なんだか新鮮きわまりない気分になったのだった。

                 

                眼の前に見える景色の中に、知っているものを探すのか、未知のものを探すのか。

                そして、人はやっぱり、自分に興味のあるものにしか関心は向かないのじゃなあ、と。

                もしかしたら私達はものすごく違うのかもしれないけれど

                それでも一緒に過ごした時間は、存分におもしろく楽しかった。

                 

                この写真は、そんなことを思い出した一枚。

                 

                ブルゴーニュの運河は何度でも行きたい。

                誰もいない運河のほとりを自転車で走っていく。

                思い出すだけで、ごはん3杯ぐらい、いける。

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                ダークサイドからの復活@テキサス

                2019.04.01 Monday 01:29
                0

                   

                  2013年。Austinにあるテキサス大学に通って英語を習った。

                  4ヶ月。

                   

                  この写真は、そんなわけで、50歳過ぎてるのに大学なんか入っちゃったもんで

                  授業で完全にダークサイドに落ちてどうしようもなくなったときに

                  片っ端から検索して近所でなんか楽しそうなことないかと探して

                  車で30分ぐらい走った先にあったアクセサリーのパーツショップで開催されていたワークショップに参加したときのもの。

                   

                  申込みは電話で、とインフォメーションにあったけど、電話での英語のやりとりに自信がなかったから

                  もう、直接飛び込みで申し込みに行った。

                  対面なら、ジェスチャーと笑顔で、しゃべれなくてもとりあえずなんとかなる、ってことはなんとなく学んでいたから

                  あの頃の私は、なんだかもう、ずっとそんな感じじゃった。

                   

                  ネイティブの弾丸トークの場の中で、会話についていけず、ただ笑顔でいただけの前半だったけれど

                  アクサセリーを作り出したら、場の空気が解けて

                  その色はいい、そのビーズはどこにあった? 私の見てよ、、、とどんどん会話がはじまり

                  ああ

                  手仕事のちからはすごいなあと思ったもんだった。

                   

                  日本はこの手の講座は平日の昼ばかりだけど

                  ここでは多くが夜だった。

                  夫が戻ってから、子どもを夫に託してやってくる。

                  うしろに立ってるおっちゃんは、奥さんの送り迎えについてきて、時間中楽しそうにみんなの作業を見ていたし

                  終わり近くなると夫が迎えに来るという人もいた。

                  なんかよかったなー、そんな感じ。

                   

                  この街の人達はみな本当に明るくて親切で

                  滞在中に一度も嫌な思いをしたことがない。

                   

                  空が抜けるように青くって

                  そして、ただただ、夏はすばらしく暑かった。

                   

                  この場所にはそれから3度ぐらい通って

                  そこで会ったアーティストさんが別のアトリエでやっていたワークショップにも2回ほど行ったように思う。

                  アクセサリーを作ったり、絵を描いたりすることが好きだと

                  なんだか

                  世界中どこに行ってもなんとかなっちゃうんだなーって

                   

                  なんかそれからふっと気持ちが軽くなって

                  ダークサイドを無事に脱出できたんだった。

                   

                  私の英語は、今でもまったく役に立たないポンコツのままだけど

                  ヘンなアジア人をニコニコ迎えて、優しくしてくれたこの時の人たちのことや

                  私の滞在に力を貸してくれた人たちには

                  本当に感謝してるんだ。

                   

                  今でも、この場所からバイバイと手を振って帰った時のことや、帰り道のあったかい気分が

                  昨日のことみたいに思い出せるよ。

                  Thank you Austin.

                   

                  ============================

                  Austinってこんなところ

                  https://www.austintexas.org/

                  ご機嫌さね。

                   

                   

                   

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                  • 離婚して一人で子育てをして、しんどくなったことについて。自由に生きることには大きな責任が伴うってことについても。
                    武蔵野夫人
                  • 離婚して一人で子育てをして、しんどくなったことについて。自由に生きることには大きな責任が伴うってことについても。
                    ゆうこ
                  • なんでフランスのごはん作りはラクで、日本のごはん作りは面倒だと感じるんじゃろ
                    武蔵野夫人
                  • なんでフランスのごはん作りはラクで、日本のごはん作りは面倒だと感じるんじゃろ
                    はろ!
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