母と娘の赤いバラ ー 母子確執による体調不良が娘にだけ残ることの不思議について考える

2020.06.26 Friday 11:00
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    「毒親」という言葉をよく聞くようになったけど

    少なくとも、私が子供時代はこのような発想はなかった。

     

    親の行動がどんなにおかしくても、批判などできるすべもなく、その「なんかおかしいんだけど」「ってか、これ完全アウトでは」という経験や思いは、第三者に話されることも理解されることもなく、鬱積し続けてやがては自分自身のこころや体を蝕んだのでした。

     

    そういう経験は、したことのある人にしか理解できないものでもあるので、今日書こうとしていることも、はてなわけわかめという人や、不快感を持つ人もいると思う。当然だと思う。

     

    ほんでも、最近しみじみ思うのは

    機能不全家庭に育ち、盛大にあっちこっち不具合を発しながらおとなになり、そんでもなんとかそこから抜け出して、上手に消化して生きてきた。。。。。。

    はずの自分が、人生一回りの年齢を迎えてなお、親子関係を根っこにした様々な記憶や問題から逃れられていないのだなあ、哀しいことに、、、ってこと。

     

    薄れるどころか、堆積して逆に、鮮明になっていく部分もあり。

     

    まあ、そんなわけでたまにこういうことも書いて気持ちの整理をしてみようと思うわけです。

    機能不全家庭についてはこちらのチェックリストなどよくできていると思います。

    私などは、まあ、ほぼ当てはまってしまいますがー>笑

    https://cocooru.com/checks/6

     

     

     

    さて、いつもどおり前置き長いけど、今月は私の誕生日でした。

    それも、世の中では赤いちゃんちゃんこを着るらしい、節目の誕生日でありました。

     

    わたしは父を3年前に亡くし、母がうちから徒歩10分にある実家で一人暮らしをしてますが

    まあ、ずっといろいろ問題を抱えた家族をなんとかなだめすかして維持してきたけれど、父の入院から葬式、墓の問題を経たのち、私が大病を患ったのでもうなんつか、卒親していいすか、という感じでかなり努力をして距離を取ってます。

     

    距離取らないと、私がそうして、病気になっちゃう。もうさんざんやってきたから、もういいよね。

    (ちなみに私は一人っ子、シングルなので、ほかに身内が誰もおらず。いずれ必ず面倒みなくてはいけないので

     せめて今だけは穏やかに過ごさせて、というわけです)。

     

    ほんでも、母はなぜ私が疎遠になっているのか、まったくわからない。

    そういうデリケートな感じのところにコロナ騒動で、これは私にとっては怪我の功名というか、会わない正当な理由ができたので、本当に助かっている、申し訳ないけど、救われている。

     

    そんな中の誕生日ですよ。

     

    朝、11時ごろ家に行っていいか、渡したいものがあると連絡がありました。

    いいけど雨が降ってるから駅まで行くよと返事をして、仕事をしていた10時20分。

    駅にいる。家まで行ってもいいんだけど、雨だからあんたが来るまで駅前のスーパーで座ってる、と電話。

    11時じゃなかったのか。

    部屋着すっぴん状態から、あわてまくって準備をして傘をさして家を飛び出したんだけど、考えたら時間を無視したのはあちら。駅まで来れているなら、そのまま7分歩けばうちに着く。なんならタクシーでもいい。

    そのあたりをすっ飛ばして、ただただ

    「どうしよう、どうしよう」と走り出す自分がいる。

     

    ひとり待たせてしまっている罪悪感。

    雨の中家まで歩かせられるわけがないという罪悪感。

     

    それは、愛情や思いやりとはちょっと違ったもので

    掘り起こしていくと、「ママを怒らせちゃう」「不機嫌になったらあとが大変」「ごめんなさい、ごめんなさい」というような感情がごちゃまぜになっているもので、人生の大半に存在していたとても馴染み深いものだったりするわけです。

     

    そんなわけで小走りで駅前のスーパーに行ったら

    母が「誕生日おめでとう」と赤いバラの花束と、金一封のお祝い封筒を手渡してくれた。

    本当は一緒に食事でもしたかったんだけど、、、、、と。

    わざわざ花を持って駅まで。普通なら素敵な母子の風景だし、ありがとうと感謝の気持ちももちろんいっぱいある。

    しばらく会えないけど元気でね、と手を振り別れる。

     

     

    それでね。

     

    そのバラの花束は家に持ち帰られたのち、丸一日玄関に置かれたまま

    家の中に持ち込むことができなかったのでした。

    気持ち悪くなっちゃうんですよ、見るだけで。理性に反して、気持ちと体が拒否る。因果だなあと思う。

     

     

    理由を聞けば、そのくらいのことでというようなことかもしれない。

    でも、こういうことがピラミッド状に蓄積してしまっているから、小さなことも体調を崩す大きな理由になってしまうのが、母子確執の難しいところじゃなあと思う(で、ちなみにこの手の関係性では体調を崩すのは、常に娘のほうでもあるわけですな)。

     

    以下が、母と娘の赤いバラの事の次第。

     

    数年前、突然母に

    「還暦のときあんたに何もしてもらってない」と言われる。

    「Mさん(元夫)は食事に連れていっておごってくれたのに。あんたには何もしてもらえなかった」と口を尖せた。

     

    あれ? そうだっけかなあ。

    母に責められたら、脊髄反射で自分を責める癖がついているので、そんなことあるかなあと思いつつ家に帰る。

     

    数日後、突然思い出した。

    真っ赤なバラを60本、贈ったじゃないか。

    それで、それをいたく喜んだではないか、母は。

     

    後日「贈ったよね」と話すと、「えー!?」と顔を曇らせて、「そうだったかしら」と言うので

    なんだかひどく悲しくなって帰った。

    娘がしたことは何も覚えておらず、その娘を殴ってCT検査で被害届を出しなさいと医者に言われるような(実際には反逆が怖くて出さなかったけど)怪我を負わせた元夫が「食事につれていってくれた」ことは覚えているのか。

    そもそも、その食事会は私が夫に同席をお願いし、店の予約も私がしたものだ。

    私の母親の還暦の誕生日にみんなで食事に行こうと言い出すような人では、なかった。

     

    どんなに頑張っても

    どんなに努力しても

    認めてもらえないどころか、忘れられ

    私を痛めつけた人が美化され

    それを口実に責められるって

     

    まあ、なんかそんなことばっかりじゃったよ。ふん。

    というわけで、真赤なバラ60本というのは、なんともやるせない思い出となった。

     

    その赤いバラを、母は持ってきた。

    理由は「あなたに赤いバラをもらって本当にうれしかったから、あなたにも同じものを」。

    忘れてたくせに>笑。

    でもその本数は、半分の30本だった。理由は

    「高かったから」。

     

    高くてもったいないから、60本買うぐらいだったら、半分は現金で渡すほうが喜ぶと思った、と。

     

     

     

    もうね、なんかうまく整理できない。

     

     

    そもそも赤いバラは母が大好きな花だったから、贈ったのだった。

    たとえ区切りの年齢のシンボルだったとしても、私をよく知っていれば、私は赤いバラの人ではないことぐらい、身近な人なら誰でもわかる。

     

    母はとてもシンプルに、子供っぽい発想でこの花を贈ってきたのだと思うけれど

    ぐちゃぐちゃに殴られて病院から戻った私に「殴られたのはあなたにも原因があるんじゃないの? 私だってたまに話していて感じ悪いと思うことあるから」としれっと言い放ったこととか(母に対して感じ悪くなるのは、母が無謀なことを求めるからなのに。。。)

     

    もともとは忘れ去られていたことが言い訳のように持ち出され、でも数は半分で理由は高いから現金でもらうほうがうれしいだろう、って、

     

    あまりに多くのメッセージが赤いバラにこめられすぎていて

    それを家に持ち込むことさえ辛くて、半日体調を崩したのだった。

     

    あほか、と思う人も多いと思う。

    母との確執がない状態であれば、これはちょっとした笑い話であり

    「なんだかかわいい愛すべきおかあさんね」ということになるわけで、実際母を「愛すべき人」と認定する人も多い。

     

    でも、母子の間に蓄積されてしまったことは、この歳になっても、たまにこうして噴出して心身を苦しめたりするわけで。

     

     

    とりあえず、30本の赤いバラは1日玄関に置かれたのち

    小分けにしてドライフラワーにすることで、なるべく目にすることなく、でもないがしろに捨てたり枯らすことで罪悪感を抱えることもなく、いま平和に家の中にぶらさがっています。

     

     

     

    これが母と娘の赤いバラのお話。

     

     

     

    さて、これには後日談もあり。

     

    数日後。

    はれ? と思い出す。

    還暦だったっけ? 母が還暦の時って、まだ近くに住んでいなかったんじゃなかったっけ。

     

     

    じっくりと記憶をたどって、ぼんやり思い出したのは

    「あんた覚えているかどうかわかんないけど、私今度喜寿だから。そういうときぐらい、何かしてくれったっていいんじゃないの」

    というような電話をもらい(念の為言っておくけど、誕生日は毎年きちんと食事会したりものを贈ったりしている)、

    これはいつもと同じ感じのものでは満足してもらえそうにないと、バラの花を77本贈った、、、、

     

    かもしれない。

     

    もしかしたら、古希だと言われて、70本だったかもしれない。

    この家から注文したのだから、母はとうに60歳を超えていたはずで

    いずれにしても、赤いバラを贈ったのは還暦ではなかったのでした。

     

    還暦は彼女が言うとおり、家族で食事会をしたけれど、赤いものなんて死んでもヤダ! などと言い放ったために特別なものを贈ることはしなかったのだと、いろんなことがぼんやりと思い出されてきて

    まあ、お互い様でどちらも記憶はうろ覚えだ。

    ちゃんちゃん、という顛末なのでした。

     

     

     

    笑い話だけどね。

     

     

    これ書いていて、赤いバラの花束であのとき気持ち悪くなってしまった一番の原因は

     

    私を長年痛めつけた人に「食事連れていってもらった」ことだけを覚えていて(繰り返すがセッティングは私だ)、

    まあ、還暦であろうが古希だろうが喜寿だろうが、これだったら絶対喜んでもらえると頑張ったことは記憶に残らず

    「あんたなんて何もしてくれなかったじゃない」の記憶しかなく

    どこまで頑張っても何をやっても認めてもらえないという幼少からの蓄積が

    ぜんぜん私らしくない赤いバラ30本+30本分の現金封筒をきっかけに、噴き出してしまった、ということなんだろうと思います。

     

    でもね、彼女は彼女なりに私を賢明に育てたし、心を配って愛して、生きることを頑張ったのは確か。

    特に年をとった最近は、素直に私のことを認めて褒めてくれるようにもなった。

    それなのに、過去のさまざまな蓄積に、娘としていまだ苛まれて関係を保てない悲しさ、恐ろしさ。

    親子問題って、なんて底知れないんでしょ。

     

     

    あれ、母これ読むのかなあ。

    昔は知られることが恐ろしくて、だからうちわでの話以外でこの手のことは書かなかったけど。

    もう年も年だから、伝える必要もないし理解して欲しいとも思わない。

    でも、私が公に口にする自由は、そろそろあってもいいかな、と。

     

     

    また、たまに書くかもしれません。

     

    書いたらスッキリしそうなもんだけど、書いたら体調悪くなる。今も背中が鉄板背負ったように重くなっている。

    父の問題は、亡くなったらすっきり解決するかと思っていたら、亡くなったことで「いつかわかり合える」という希望のようなものが絶たれたことで、逆に考えないことで生き延びてきた辛い記憶が鮮烈に蘇ることが増えました。ほんと人の記憶は不思議。

     

    でも、放っておいても昇華には至らないので、ある程度の整理は必要かと思う次第です。

    心の中に鬱積しているものは、少しづつ整理しないとアカン気がしています。

     

    今日はお目汚しでしたね。

    ではまた!

     

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    VUCAな私とレジリエンスらしい時代と。そして未来に思うこと。

    2020.06.10 Wednesday 07:16
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      コロナ以来、東京アラートだのソーシャルディスタンスだの、横文字花盛りのこのごろですが。

      時代は、VUCAなのだそうだ。

       

      Volatility(変動)、Uncertainty(不確実)、Complexity(複雑)、Ambiguity(曖昧)。

       

      もとはアメリカの軍事用語だったらしいが、最近はいろいろな場面でちょろちょろ聞くようになった。

      つまりは、予測不可で何が起こるかわからない時代なので、まあ、そう思って備えたり蓄えたり、発想を転換しましょうということなのだと思う。

       

      んで、そういう時代に必要とされるのが

       

      レジリエンス

       

      ということらしくて、横文字タイトルのビジネス誌あたりでこんな言葉が花盛りっぽくなってきてた。

      レジリエンスって

      なんだそりゃ、と思っていたら、しなやかさとか弾力性のことで、危機的状況やストレスでポッキリと折れてしまわないための心の強さみたいなものを言うのだそうだ。経営面で言ったら、危機管理大事よねってことになのかな。

       

      日本語でぴったりのものがみつからないのかもしれないけど、しなやかな心とか、柔軟な経営とか、そういうんじゃだめなのか。

       

      つまりは、予測できないことがじゃんじゃん起こっちゃうから、頭柔らかくして、柔軟に生きないとねってことで

      そんなのあまりにも当たり前のことだと思うんだけど、まあ、そういう風に時代が変容中なのだ。

       

      (時代が変容しているというのなら、もうこんなわけわかめな横文字で煙に巻くのも、やめりゃいいのにさ)。

       

       

      さて、コロナワールドにもだんだん慣れてきて

      前のブログで入院セット作ったよー! なんて言っていた私も、意味もなく落ち込んだり体調不良に陥ることがなくなった。

      不安は、共存すると日常になる。

      不安という雲が晴れてきたら、なんだか新しい日常が始まっていた。

      今日はそんなことを書いてみようかと、久しぶりに思った。

       

       

      私はといえば、3月頭にフランスから帰国して以来、もう電車に乗っていない。

      (正確には3月11日に、一度だけ4駅分だけ乗った。東日本大震災のあった日だったので、友人と陰膳で一献するために)

      人ともぜんぜん会っていない。

       

      3月に予定していた地方滞在、4月に予定していた地方でのレジデンスはすべてキャンセル。

      講演の仕事は飛び、普段の仕事量も減った。

      秋のフランスでの展示、来年初頭のパリでの展示予定もすべてキャンセルとなり

      本来なら今頃汗水たらし刷っているはずの版画の制作もストップした。

       

      もうなんだか、すべてが、止まった。

       

      すべて止まって、家にいて

       

      最初の2,3週間が不適応で体調もメンタルも不調という時期を過ごし

      (そのプロセスが、前回と前々回のブログでいろいろ書いてある@自分)

      その後はなんだか

      さっぱりした気分で平穏になった。

      本当に不思議だけれど、ストンと平穏になった。

       

      そもそも、動きすぎていたんだ。

       

      1日家にいる日が続いたら、あかん、どこかに出かけなくてはと思っていた。

      仕事が減れば、増やす努力をし

      誰にも合わない日が続けば、会いに行った。

      知らないうちに、心の中にずっとそんな「動」のトリガーみたいなものがうごめいていたんだ、と改めて思った。

       

      たぶん、社会に出てからはじめて

      「動かなくていい」時間を過ごしているのだと思った。

      これは、もうむちゃくちゃ、ラクだ。

      なんでこんなラクなことを今までしてこなかったのかと思うけれど

      それは、周りがみんな動いていたからだ。

      周りの誰も動いていなければ、動かないでいるのはこんなにもラクなものなのか、と思うのだった。

      人って不思議。

       

       

      ただ、シングルでフリーランスの立場は

      動かずに止まってしまったら収入も人間関係もなくなってしまう。

       

      その不安はないのか、と問われて

      冒頭のVUCAの言葉が頭に浮かんだ。

       

      ああ、そうか。

      もう

      自分の人生がこれまであまりにもVUCAだったので

      ずいぶん前からすべてがVUCA仕様だったことに気づいたんだった。

       

      Volatility(変動)する収入

      Uncertainty(不確実)な仕事や契約

      Complexity(複雑)な人間関係と

      Ambiguity(曖昧)な社会での立ち位置

       

      以前、「2年後の旅行」に誘われて、続々と参加者が集まるのを見て

      2年後にその旅行に行けるだけの経済的余裕があるかどうかなんて、今わからない

      とか

      そもそも病気になって入院しているかもしらん

      とか

      親の介護で身動き取れないとか

      ってか、2年後にまだそこに行きたいと自分が思っているのか?

      とか

      そういうことしか頭に浮かばない自分しかおらず

      当たり前のように今の自分の延長線を2年後、3年後に描ける人ってすごいなーと思ってしまったりしたのだった。

       

      つまりは、あまりに先が見えないので

      今日収入が途絶えるとか

      仕事がなくなるとか

      自分や家族が突然病気になったり事故に合うとか

      それ前提で少しづつ、人生整えてきちゃったので

      いま、いろんなものが止まってしまっても、転げ落ちずになんとかやっている。

       

      あとは、もう人生あれもこれもなんでもありな展開満載だったので、予想外のことが起きても、もうあまりびっくりもしない。

      自分にヒビが入ったり浸水したり破れたりはするけれど、貼り直したり時間をかけて乾かすことはなんとかできて、ポッキリ折れたり、割れたりはしない。

      もうこれはね、戦略的にやってるんじゃなくて

      結果的にしかたなく、こうせざるを得ずになんとかやってきたことなのだよ。

       

      いま社会の中には本当に大変な思いをしている人もたくさんいて

      そんな中で「なんとかやっている」というのは、それは本当に幸せなことなんだと思う。

      ただ、その「なんとか」は、これまでのピンチの中で、本格的に転げ落ちてしまわないために地道になんとか積み重ねてきたことでもあったりする。

       

       

      あれ? 結局、レジリエンスってこういうこと?

       

       

       

      でもね

      もしこれが、VUCAな時代のレジリエンス なのだとしたら

      たぶん、これまで私達が生きてきた時代が向いていた方向とは、もうぜんぜん違うことなのだ、というように思う。

      見ている未来も
      とらえている現実も
      そもそも、そのテンションがまるで違う。

      不確定な時代を生きるためのしなやかさ というのは確かに必要だけれど

      それは

      ろくろ回すスタイルのプロフ写真のような人がビジネス目線で語ることではなくて

       

      もうね、そういうんじゃない人たちが

      違う言葉で語りだすことなんじゃないか、と

       

      うまく全然言えないんだけど、思うんだよね。

       

       

       

       

      VUCAから生まれてきたレジリエンス(もう呪文みたいだけど!)には

       

      よくわかんないんだけど

       

       

      その根底に 哀しみが 潜んでいるような気がする。

       

       

       

      これまで未来が語られるときにあった

      希望とか、力とか、発展とか

      権力とか、所有とか

       

      そういうテンションではまったくなくて

      だから

       

      そういう視点でまだ物事を見ている人たちが、コロナの時代を生き抜くためのレジリエンスとか言うのを聞くと、

      なんだか無性に違和感を感じてしまうのかもしれない。

       

       

       

       

      哀しみの視点からは、慈愛が生まれ出る気がするんだー。

       

       

      だから、これからの時代を扱えるのは

      哀しみの場所から生まれた慈愛の視点を持つ人なのだろうと

       

      そんな風に思っている。

       

       

       

      いまリーダーシップを取れているのは女性首相のいる国だという人もいるけれど

      それは彼女たちが女性だからというよりも

      どれだけその生い立ちや視線の中に「哀しみ」を内包してきたか、の違いはあるように思う。

       

       

      自分はもう旅の終盤のVUCAなレジリエンスとして去りゆく心境だけれど

      こんなしょうもない、でもおもしろすぎる世界を

      なんとかこれからも生きていく

      若い世代のレジリエンスたちがどんどん生まれて欲しいなーって思う。

      コロナで生まれた唯一の希望は、そこ。

       

       

      まあもうね

      世代交代なのよ。

      老兵去れ。

      一気に去れ。

       

       

      最後はここか。

       

       

      今日もとりとめなかったです。

      とりあえず、今日も家にいます。

       

       

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      Covit-19とメンタル リスクヘッジと受容、反復作業でこころを守ること

      2020.04.07 Tuesday 14:55
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        ずいぶんと長く対策を引っ張られたことで、こころの体力のメーターが激下がりしだしている人も多いような気がする今日。

         

        まだまだ続くよね。

        ひと踏ん張りじゃね。

         

        さて、前のブログを書いてから数日の間に、やってみたことがある。

        まずは、入院セットを作る、ということ。

         

         

        これはネットの友人から教わった。

        感染が判明したら、ゆっくり入院準備をする時間はたぶん、ない。

        さらに、家族に準備させて病院に届けさせるリスクを考えると、いつ何が起こるかわからないという前提で、準備をしておくほうが安心なのだと思う。

        運次第で、軽症で済むかもしれない。

        その場合、運が良ければ隔離宿泊施設に行くことになり、2週間は帰ってこれない。

        なので、2週間は乗り切れる分のものをバッグにつめて、枕元に置いた。

         

        運がよければ罹患せずにこの事態を乗り切るかもしれない。

        でも、運が尽きれば、この入院セットを持って家を出たまま、もう家に戻ることがないかもしれない

        そこのリスクヘッジまで、考えようと思った。

        このあたりは、昨年がんを患ったときにプロセスを経験しているので

        抵抗なく取り組める。

        最低限の個人情報をまとめて、家族にわかるようにしておく。

         

         

        パソコンのデスクトップにも緊急ファイルを設定して、ブログ類のパスワードの管理もアプリに記憶させている。

        いざとなったら、このファイルを開ければ、とりあえず一通り、なんとかなる。

         

        これは今回のウィルスに限ったことではなく

        たとえば外出先で急に倒れたり事故にあったりしたら

        誰が病院に身の回りのものを届けてくれるのか、というリスクヘッジにも当てはまるよね。

        実際、以前救急車で運ばれてそのまま入院というアクシデントがあった時

        自宅のどこにパジャマや下着があるのか、そのどれを持ってくるのかというあたり。

        まったく指示できない自分がいて、全部新しいものを買ってきてもらったという前例がある。

        んだ。

        まったく持ち物が整理されていないのだった。家の中の。

         

        ということもあるので、ほんと

        いつ何が起こるかわからないという前提で、準備をしておくのは大切なことで

        不思議なことに

        最悪な事態を真面目に想定して、リスクヘッジとして対応策を用意すればするほど

        心は落ち着いてくる。

         

        つまりこれが、人が有事に直面したときの心が

         

        否定と拒否 から、 受容 に移行していくプロセスなのかもしれない。

         

        ・否認

         

        ・怒り

         

        ・取引

         

        ・抑うつ

         

        ・受容

         

        長引く政治的な駆け引きみたいなものの中で、怒りから抑うつの間を行ったり来たりしていた数週間だったように思う。

        そして、それはこれからも続いていくのだと思うけれど、

        どこかで受容しなければ、こころが先に壊れてしまう。

         

        ということで、前のところにも書いたように、睡眠や情報のコントロールをしつつ

         

         

        まあ

        起きてしまったらどうするかといったあたりのリスクヘッジを

        淡々と行っておくというのは大事なことなのかもしれない。

         

        入院セット、おすすめです。

        なるべく前向きに、かわいいパジャマとか、きれいな色のタオルとか。入れてみて。

         

         

        その上で

        日々の暮らしを支える反復作業のようなものも、ひとつあるといいなあと思っている。

         

        私は少し前から、フランス語の問題集を解くようになった。

        いろいろ勉強法などは工夫しないほうがいいこともわかった。

        ただ、ドリルを開く。数ページひたすら解く。

        繰り返す。

        あとはパズル。携帯のゲームみたいなもの。

         

        絵を描くといった創造性が必要なものは、意外とこころのエネルギーを奪っていくので

        こういう時は単純な反復作業がいいのかもしれない。

         

         

        昨年、少しバランスを崩した時に、毎日ただひたすら

        般若心経を写経したことがある。

        一日1時間。お手本を見ながら、ただただ同じものを書いていたら

        数カ月後に、自分が書く筆字がすっかり変わっていて、驚いた。

        毎日ただただ1時間。

        前向きに何かを繰り返していると、数ヶ月後に何かが起こるんだ、と思った。

         

        そんな記憶があるので

        今はただただ1時間

        いま一番できそうなことを繰り返している。

         

         

         

        やっている間、心が落ち着く。

        どこかで運が尽きて自分の時間が途切れてしまうことがあったとしても

        いま、取り組んでいる気持ちが楽しくて心地よければそれでよくて、

         

        さらに

         

        未来に時間がつながったときに

        それは必ず、なにか別の力になっていく。

        これまでと同じ未来を想定していると、できなくなったこと、予定が立たないことにフラストレーションを感じてしまうけれど

        どんな未来がやってきたとしても、その時にちからになるものが、きっとある。

        そんな風に、そこはかとなく未来につながるものに淡々と関わり続けるということも、大切な気がして。

        いまは、そんなことをする時間なのかなあ、なんて思う。

         

         

        ということで、へこたれたり、浮上したりしながら、まだまだでこぼこと生きよう。

        受け入れて、リスクヘッジをしたら、あとは反復作業。

        しばらくはこれで。

         

        また書きます。

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

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        Covit19とメンタル-2 対策まとめと、無理矢理にでも寝る方法について

        2020.04.03 Friday 11:51
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          前回のブログで、covid-19によるメンタル不調が起き始めたら、どうしたらいいんだろうということを書いた。

          こういう時にメンタルをやられがちな人(私。でも多かれ少なかれ、いままったく平気だよんという人は少ないように思う。たまに、いるけど。でもそれもいつ変わってしまうか、わからない)は、今のうちにちゃんと自分に優しくしておかないと、と思ったからだ。

           

          これは欧米で行われているロックダウンによる、自宅閉じ込めへの対処とも通じるかもしれないけれど、日本の場合は明確な示唆がない分、自己判断や自己責任が問われて苦しいという、別の状況もあるように思う。

          コントロールしている政府への信頼度のあたりも、個人的ばらつきがあるので、まあ、メンタルヘルスとしてはとにかく、いろいろ試してみるに越したことはないのかもしれない。

           

           

          ということで、前回書いたのはかいつまんで以下のようなこと。

           

          1,テレビやネットで流れるニュースをシャットアウト

            課題:信頼できる最低限の情報をどこから得るか、ということ

           

          2,友達とZOOM飲み

            これはその日の夜に11人ぐらい集まって、やった。

            しゃべるのは、いい。ラインやチャットなど文字もありだけど、声を出すという行為そのものが、効果あるんだと思う

           

          3,アロマ

            スィートオレンジやベルガモットが効く気がする

           

           

          それで、なにかほかにもいい方法があったら教えてねーと呼びかけたら、いくつかのアドバイスを頂いたので、書き留めておきます。

           

          * からだを適度に疲れさせる

            ウォーキングなど。ジムは閉まっているので、you tubeでいろいろ探すのもいいかもしれない

           

          * 難しいダンスを覚える

            できたときにドーパミンがどばっー

           

          * 自然回帰、土いじり、庭仕事

            東京のマンション住まいではなかなか難しいこともあるけど、これがあるとないとで大きな違いはあると思う。

            私は「火の指」というやつで、料理が好きだが植物はみな枯らすという人間なのだが、これを機に変身できるじゃろか。

           

          * 深呼吸

            これ大事

           

          * ハーブティー

            ほか、漢方薬とかいろいろアドバイスいただきました。自分にあうものをみつけたい

           

          * からだを元気にしてくれる食べ物

            バナナとか。このあたりはいろいろみつけられそう。

            昨日ドンキに行ったら、じいさんが山盛りのR-1を買い占めていた。買い占めは、あかん。

           

          * 笑う、心の底から

            東欧などシビアな歴史を経てきた場所に生まれる、笑いの文化みたいなもの、すごいと思います

            それぞれのツボで笑えるなにか、確保しておきたい

           

          * 規則正しい生活

            家にいたとしても、自己流のスケジュールを作って同じタイムテーブルで過ごす

           

          * 寝る、とにかく、何もしないで寝る

           

           

          みなさん、本当にありがとう。

          引き続き何かあったら教えてね。

           

          再発見は、アロマが効く人にとっては、やはりスィートオレンジやプチグレン、ベルガモットのあたりがとてもよく効くということ。これはまた別途書いてみようと思う。

           

          さて、いろいろアドバイスをもらったので、自分なりに自分にあったことを少しづつ試して行こうかなー。

           

          深呼吸と、頭をあまり使わずに黙々と体を動かせるというのも大切だと思う。

          今日から、単純作業で動けることを試してみようかなという気になっています。

           

          そして、なによりも。なによりも。

           

           

          寝ること。

           

          ただ単に「疲れている」なら、寝られるだけ寝るということもありだけれど

          一度バランスを崩してしまうと、この「寝る」ことが一番むずかしいことになっていってしまうので

          侮らずに、「寝られる」「眠れる」ことの大切さは忘れないようにしたいなあと思う。

           

          とにかく眠れてさえいれば、なんとかなる。そう思う。

           

          ということで、以前にもどこかで書いた「無理矢理にでも寝る方法」について。

          改めて再掲しておきますね。

           

          (私の友人から教えてもらった方法です)。

           

          前準備

          1,寝室の環境を整える。

            枕やシーツ、クッションの手触りや色はとても大事

            湿度、温度を快適に保ち、照明はダウンライトなどを利用して明るくしすぎない

           

          2,寝室は、寝るためにだけ使う

            テレビを見たり読書をするためのしつらえにせず、寝る以外のことに使わない

           

          3,一日の仕事が終わったら、そこからは「寝る」ということを一番の目的として過ごしていく。

            食事も入浴も娯楽も、すべて眠りに向けての準備と思う。

           

          4,気分の上がるパジャマを用意する

            パジャマは「寝るための衣装」なので、寝る直前に着替えること

            決して部屋着をパジャマにしないこと。

           

          帰宅以降

          5,寝る3時間前に食事を済ませる

           

          6,アルコールは控えるか、できれば飲まない

            同時に、カフェインなどの刺激物に弱い人は、これも取らない

           

          7,テレビやネットのニュース、犯罪や事件物などのドラマや映画を見ない

            本も読まない。なるべく脳に刺激を与えない工夫を。

           

          8,お風呂は寝る1時間前には済ませておく

            アロマを垂らしたり、お気に入りの香りのソープを使うなどして、ゆっくりと入浴する

            浴室の照明を暗くしたり、ろうそくを使うのも○

           

          9,ゆっくり爪のお手入れをしたり、マッサージをしたりしてのんびり過ごす

           

          あとは、寝るだけ!

           

          9,寝室にアロマを焚き、薄暗くしておく

            ラベンダー、ゼラニウム、クラリセージなど、安眠を誘う香りを選ぶこと

           

          10,寝る直前にパジャマに着替えて、寝室に。

            このとき、「ああ、これからあの素敵なベッドで寝るんだ。なんて楽しんだろう」と思ってみる

           

          11,寝付きにくい人は、「入眠の音楽」を決めてみるのも効果的

            私はグレゴリオ聖歌を使っている。

            寝室に小さな音で流しながら、目を閉じる。

           

           

          以上です!

           

          ああ、めんどくさいと思う方もいるかもしれないけれど、まあ、しんどいときはこのくらいしないと眠れません。

          寝る前に温かいもの飲むとか、ちょっとした瞑想するとか、その程度ではだめで

          日が暮れたあとはすべて、寝るという大きな目的に向けての準備時間として使うぐらいの意気込みが必要です。

          でも気合を入れられたら、かなりの確率で成功するので、困ったときに試してみてね。

           

           

          特にかわいいパジャマを買って、寝室に入る直前に着替えることと

          寝室を寝る目的以外に使わないこと。

          これ、意外と大きいです。

           

          また、夜の時間を情報収集や娯楽、コミュニケーションに使わず、オイルマッサージとか、爪の手入れとか

          自分を大事にしてあげる技術を身に着けて自分を労る時間にするのも、とても効果があります。

          また、最後の寝る儀式のための音楽を決めておくのも、頭にいろいろな考えが浮かぶことを阻止してくれる効果があります。

           

           

           

          なんかすごく呑気で優雅に見えるようで、私には到底ムリ! という方も多かったのですが

          内情としては死活問題で眠らなくてはいけないときにやる方法です。

          これを教えてもらったことで、本当に、本当に救われた日々がありました。

           

          人それぞれかと思うけど、よかったら試してみてね。

           

          それではまた!

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

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          Covit19で起こるメンタル不調にどう向き合えばいいのか、ってことについて

          2020.04.01 Wednesday 16:38
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            コロナウィルスによる症状悪化は、一瞬に起きて治療が追いつかないのだという。

            多くは軽症だとか、若者はかからないとか、そんな風に思っていた頃とは状況が一変してきた。

             

            それで、自分自身のことでいうと

            微妙な時期のフランスからの帰国(実際には問題ない時期に帰ってこれたし、帰国後1ヶ月近く経って何事も起きないから問題なかったのは確かだとは思うけれど)のあと、一日単位でジェットコースターのようにメンタルの状態が変わっていくので

             

            これはどこかに書いておこうと思った。

            ということでしばらくぶりにブログの画面を開いている。

             

            結論からいうと、この2日間、夜中に目覚めて得も言われぬ不安でさぶいぼ立つような状態になり、なかなか眠れないということが続いていて、日中もたまに、身体中の細胞が泡立つような不調感が襲ってくるようになった。

            先週までは、もうちょっと軽い「漠然とした不安感」だった。

            その前の週は、かなり呑気に暮らしていたので、ここ数日の変化はかなり大きいなと思う。

            おそらく、この状態は気をつけておかないと、あっといういう間に心を蝕む。

            これから長期戦でうまく付き合っていかなければならないような気がして

            それで

            有事のメンタルケアについて、ちょっと考えておかなくちゃいけないと思うようになっている。

             

            有事というのは、今まさに世界が直面していて

            日本があまりに呑気でズブズブな状況の中で崩壊寸前にまで至ってるCovit-19のこと。

             

             

            それで思い出すのが、911のときのアメリカや

            311の東日本大震災とFukushimaの時のことだ。

             

            この時に、メンタルを壊した人も結構多かったのではないか、と思う。

             

             

            私は、311で盛大に壊れた。

            被災もしていないし、そのために誰かを失ったわけでもなく

            ただ、東京で計画停電の暗闇の中で右往左往した。

            そのくらいのことで、なぜ壊れたんだろう。

            壊れていく自分に対して、情けないという気持ちや、何も起きていないのに弱くてみっともないという気持ちもあった。

            何より、被災している人、亡くなった人に申し訳ないという気持ちも大きかった。

            私みたいなレベルのもんが、こんなことを前に、壊れたとか辛いとか言えるわけがない。

            それで、抱え込んだ。

             

            抱え込んだものが、今でもたまに蘇ることがある。

            夕暮れの道を歩いていて、震災関連の報道を見ていて

            理由もわからず胸の奥底から泣きわめきたいような気持ちが湧き上がることが何度もあった。今も、ある。

            ずっとずっと

            もう長いこと封じ込められている、悲しみのような慟哭のような、対処しきれない感情がどこかに眠っているのだと思う。

             

            今回、Covitが起きたあとに、いくつかの理由がちょっとわかった気がしている。

             

            311で私が盛大に壊れた理由は、たぶん次の3つだ。

             

            1,元から場の生み出す不穏感などに同調しやすいHSP(Highly sensitive person)であること

            2,地震が起きた時に自宅にいたので、津波等の中継をリアルタイムで見続けてしまったこと

            3,東北に友人が多数いて、ちょうど1週間前に会いにいったばかりだったことと

              帰京後にその子たちに、ものを送ったり代金をもらうというタスクを抱えた状態だったこと。

             

            1は元からの性質なので仕方ないので、付き合っていくしかないのだけれど

            今回のCovitで自分が壊れ出しているのは、2と3の条件が重なっているからなのかもしれない、と思う。

             

            今回、いろいろな用事がありフランスでの滞在があった。

            2月はまだ、アジア人がフランスでコロナ保菌者として差別されるという話が聞こえてきていたので、大いに情報を収集した。

            そして、フランス滞在。

            向こうにいる間、自粛ムードの日本に比べて、フランスはのんびりしたもので、危機感は少なかった。

            海外からの観光客への対策を求めて、ルーブルが数日休館したけれど、対策終了ということで再開館したし、

            週末はどこのバーもレストランも満杯で、大賑わいだった。

             

            ロックダウンしたのは、そんな状態から1週間後のこと。あっという間だった。

             

            *ロックダウン1週間前のサンミッシェルのレストラン街。特に危機感なく、たくさん人が出歩いていた。今の東京と、同じ。

             

            あの、呑気な街の風景の中に身を置いた記憶と

            その後の急激な変化の様子が、ついこの間あった友人たちのSNSやメールでつながっていく。

            「危機感がないまま、週末に出かけてパーティをしたり

            選挙があってみんな集まったこともいけなかった。

            いま、日に500人近くが死んでいる。医療機関はひどい状態だ。」

            そんな話が毎日入ってくる。

             

            さらに、今回の渡仏で自分のフランス語の力の無さに落胆して、帰国後に集中してフランス語を勉強しだしたのもいけなかった。

            毎朝、フランスのニュースを聞く。

            イタリアの、スペインの、中東の惨状までが、ことこまかに報告されてくる。

             

            もとから敏感なところに

            親密な関わりを持つ人達が多数住んでいることで、皮膚感覚に近い親近感を持つ場所に悲劇が起きて

            それが気になるから映像やニュースや情報に触れ続けてしまう。

             

            加えて、フランスやベルギーのアーティストさんたちとのプロジェクトの最中で

            ちょうどお願いしていたものを送り返してもらうというタスクの進行中でもあった。

            現地と密につながっていること、そしてその間に未完のタスクを抱えていること。

            311のときも、そうだった。

             

            こうしたことが重なって、徐々に気持ちの抵抗力が弱っているのだと思う。

             

             

            でも、今朝のように体中にさぶいぼが立つような身体症状にまで出てしまうのは

            それが徐々に、自分の身に迫ってくるという恐怖によるものなんだろう。

            そして、その恐怖に対して適切なリーダーシップや対応が取られていないということへの

            不安や怒り、焦燥感というのもあるのだと思う。

             

             

            もうね、

            東京のこの呑気な感じよ。

            ライブカメラで世界を見てごらんよ。

            誰も歩いてないってば。ほとんど。

             

            東京は、日本は。

            日常がまだ普通に行われていることが、怖くて仕方がない。

             

            今朝、息子は普通に会社に行った。

            駅前ではマスクを買い求めるための行列が、ぎゅうぎゅうとひしめき合った状態で100人くらいできていた。

            さっき、テレビロケの収録の打診が来た。

            3人で対談して欲しいという雑誌の取材依頼も来た。

            なんなの。

             

            どうなってんの。

             

            フランスも、アメリカも大変だけど

            国が保障してくれれば、店も学校も開けなくて済む。

            どの国も大変だけれど、短期間で道筋を示して保障してもらえたら、あとはウィルスと戦う気持ちが残る。

            実際に、フランスやアメリカの友人からは、大変だけれど連帯して協力しているよというメールが来たりもする。

             

            お金を払いたくないから、自粛という名目でじわじわと長期間、真綿で首を締めるように追い込んでいって

            その先に待っていることは一体なに?

            疲れ切って、自己責任で、私達は何と戦えばいいのだろう。

             

             

            というような

            この国で、自分がどこからも守られていないという絶望感のようなものが

            そういえばたしか、Fukushima のときもあった。

            メルトダウンしてたんだよね。あの日。強い風が吹いて、私が駅前を歩いていた時。

            スーパーで買い占めが起きていたとき。

            そして、本当はする必要もなかった計画停電で、かろうじて持ちこたえていた気持ちのバランスが壊れて

            そのまま、からだのどこかで癒やされないまま残っている。

            9年経った今も、東北は、Fukushimaは、未完のままだ。

             

            日本に生まれたこと、日本人として育ってきたこと。

            自分のアイデンティティに関わることが、また試されている気がして。

            今回のこれは

            たぶん、もっと長く続き

            下手をすれば

            自分にとっては計画停電などというレベルではない

            もっと身近な悲劇を生む可能性もあるから

             

            だから、

            今のうちにちゃんと、

            付き合い方を考えておかなくてはいけない、と思うのだった。

             

             

             

            有事の時のメンタル不調は

            ただ、気持ちを切り替えるとか、おいしいものを食べるとか、気にしないようにするとか

            そういう小手先のものでは乗り切れないと思ってる。

            大切なのはわかってる。でも、それを確保してもなお、不調は訪れちゃうんだから。

            さらに、今回はこれからどんどん人には会えなくなり、出かけられなくなるので

            不調を回避していくのはとても大変なことのように思ってる。

             

            専門家の書いていることをググってみた。

             

            https://www.nhk.or.jp/kenko/atc_1168.html

             

            https://www.counselor.or.jp/covid19/covid19column2/tabid/507/Default.aspx

             

            https://dot.asahi.com/dot/2020031700024.html?page=1

             

            ほかにもいろいろあったけど、多くは睡眠や食事、規則正しい生活って。

            上記では唯一、マインドフルネスの瞑想の習慣はよいかもしれない。

            (ただ、本当に不調になったらこれもまったく効かない。この手のことはあくまでも、ごく初期の段階のみだと実感で)。

             

            なんかどれも似たようなことばかりで、だから結局そこが真理なのかもしれないけど

            もうちょっと即効性がある、わかりやすいものが、ないんだろうか。

             

            何をどうしたらいいのか

            これから少しづつ、ちょっと考えていってみようと思う。

            気が向いたら、書く。

            とりあえず、今日。

             

            1,まずは、2日間不眠が続いたので

            今日はニュース等はすべてシャットアウトした。

            (でもこの状況ではそれもアカンので、どうしたら必要な情報だけを取り込めるのかも模索してる)。

            フランス語のニュースは聞かず、古い参考書を出して勉強するのみとした。しばらくそうする。

             

            2,仲間としゃべったら気が紛れると思い

            今日の夜はZOOMで友達数人とバーチャル飲みをすることにした。

            ただし、政府の対応への不満とか、海外の状況とか、その手のことを話すと寝る前に不安が増すので

            まあ、アホな話をするようにするのがいいんだと思う。

             

            3,こういう時、アロマは想像以上にいいと改めて思った。

            ちょいからだのバランスがおかしいと思ったら、精油のにおいを嗅ぐ。

            いつもはハーバル系が好きだけど、こういうときはスイートオレンジとか、ベルガモットとか

            明るくて甘い、オレンジ色を彷彿とさせる香りがよく効く気がする。アロマすごい。

             

             

            ちなみに、ちょっと前から負担に思っていたTwitterは、もう見るのをやめて生活から追い出すことにした。

            あそこにあるものを「情報」だと思うのはやめた。自分には必要ないものだ。

            Facebookは身内だけなのでやっている。誰かがうれしそうにしていたり、おいしいものを食べていることを知るのはとてもいい。

            少し前まではコロナ関係の情報などをシェアしていたけど、それはなるべく控えることにした。今日からそうする。

             

             

             

            311から、結局快癒できていないのだから

            今回のことを元気に楽しくやり過ごすことなんて、結局はできないのかもしれない。

            盛大に病む人も、これから増えるように思う。

            災害時はメンタルケアは優先されるけれど、猛威を振るうウィルスの前では、健康な人間のメンタルケアの医療は後回しになりそうとも思っている。

             

            それでも、こころを病んだら抵抗力が落ちる。

            健康な人でも、あっという間に、落ちる。

            じわじわと気づかずに、やり過ごしているうちに、突然ドカンと襲ってきて、あれ? と気づいた時には、なかなか元に戻れなくなっていることも多い。

            それは敵の思う壺だ。

             

            なんとか、乗り切ろう。

            あきらめずに。

            少しづつ。

            そしてみんな、自分だけでなく大切な人たちを含めて、生き延びよう。

             

            この災いが去っていった時、何かが大きく変わり、大切なことが残ったと思える未来のために。

            自分の心も、忘れないように守ってあげないと、と思ってる。

            何か素敵な方法があったら、教えてね。

            私もいろいろ、やってみるね。

             

             

            いま世界で戦っている人たちすべてに祈りと愛を。

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

            category:Dairy Tokyo | by:武蔵野婦人comments(2) | - | -

            孤独のグルメから「きのう何食べた?」、そしてはるみさんのこと。未来の小さな灯りをさがして、今年もよろしくです

            2020.01.05 Sunday 10:01
            0

              あけましておめでとうございます。

              気がついたらしばらく更新していなかった。理由はまた改めて。

               

              今年の正月は、風邪でダウンして6時間分の「きのう何食べた?」の録画をイッキ見したのち

              毎年恒例の孤独のグルメを見て、

              で、大好きだったはずの世界が、猛スピードで過去に遠ざかっていくのを感じました。

               

              そんなあたりで、ああ、ああ、時代は令和になったんだなあ、と。

              つらつら思ったのでそんなことを一年のはじめに書いてみることにします。

               

              閉塞感半端ないこのごろ。

              でもさ。

              希望があるよね。

              この先、私達が歩いていく先にあるべき世界について。

              小さな灯りをさがして。

              そんな気持ちで、とにかく今年もよろしくおねがいします。

               

              今年の正月は丸鶏鍋でごわした

               

              ===========================

              先日、友人が

              「改めてスタローンのロッキー1を観て驚愕した。

               エイドリアンへの兄の暴言、ロッキーはストーカーか? 

               それが愛情ってありえない。モラハラ、パワハラの巣窟で気持ち悪くなった。

               私達の若いころって、こんな時代だったのか」 

               

              という趣旨の話をしてて

              おー

              それ、ほんとにな。 と思った。

               

              ロッキー1の公開は1976年。

              この時代に「男」と「女」を生きていた世代が、いま企業の中枢にいたり、政権のあたりにいたりするんだけど

              それは、男が女を力づくで言うことを聞かせて、それを愛と女も思い込んじゃうみたいな。そんな時代だった。

               

               

              そのころ、私は向田邦子が好きだった。

              あこがれの、女性だった。

              なんというか、時代的に「ススンデル」先端の女性なんだと思ってた。

               

               

              ケーブルテレビを契約したとき、その向田邦子のドラマがじゃんじゃん放映されていたので喜んで端から観て

              驚愕した。

               

              なんだ、この女たちは。

              なぜ桃井かおりは男がタバコを出したとたんにライターで火をつけるのか。

              なぜ田中裕子は自分の意見をいつまでたっても口にせず、最後に家族に埋もれ、それで幸せだとひとりごちるのか。

               

              イライラした。

              向田邦子さん本人は素敵な自立した女性だったけど、彼女が描き続けてきたのはこういう女性たちだった。

              時代の閉塞感の中に生まれる、女のキラリとした自我や自由を、情緒豊かに描いたのだと思う。

              でも、何一つ、共感できない40代の自分がいた。

               

               

               

              ま、そんなわけで時代は変わる。変わっていく。

              ってか、変わらなくてはいけない。

               

               

              ということで年末の「きのう何食べた??」を、私はじわじわ涙しながら観て

               

              それで、なんも見るものがなくなったので、ずっと大ファンの井之頭五郎の孤独のグルメに移動して

               

              それで

               

              え?

               

               

               

              なにこれ。

               

              と、途方にくれたんだった。

              大好きだったはずの世界が

              はるか遠くに走り去っていくのが見えた。

               

              これはもう、違うのだな、とはっきりと感じて

              それで、心で小さく

              さようなら、五郎さんとつぶやいた。

               

              時代は明らかに、令和になったんだなあ、と思う。

               

               

              いつもスーツ姿で(それ以外見たことないぞ)

              パソコン片手に飛び回り、大晦日も海外出張しつつ

              それ、全部でカロリーどんだけ? の量の食べたいもんを注文したのち

              それ、全部でいくらだったん? の解答ないまま

              ふらりとアウエイのB級グルメを冷やかして歩く五郎さんと

               

              対して

               

              定時に戻って、スーパーでセール品をゲットし

              毎日恋人のためにせっせとごはんを作り、二人でおいしいおいしいと食べ

              家計簿をちまちまとつけて倹約しつつ

              マイノリティであることの障壁と抗いながら

              塩分とカロリーを押さえて、腹八分目で長生きしようねと

              微笑み合うゲイのカップルの日常を

               

              時代の大きな変化として感じ取れない政治家や企業がいたら、ほんまあかんわと思う。

              LGBTの設定の影に隠れているけれど(そしてそれもとても大事なことだけれど)

              これはやっぱり、変容したしあわせの形がそれぞれのドラマに現れているのだと思う。

               

               

               

              五郎さんは、付加価値のある「モノ」を動かしている独身の独立したビジネスマンで

              それは家族を持った企業のサラリーマンという昭和設定から見たら、十分新しい主人公像だったし

              お酒を飲まないのも新しかった。

              丼飯をおかわりして、味噌汁をズズズ、ズズと音を立ててすすり

              最後は生卵をカチャカチャ盛大な音をたてて混ぜてぶっかけ、スワスワ、くちゃくちゃとかきこむ姿は

              たぶん、「男の子がおいしそうにごはんを食べている姿」として共感を呼んだのかもしれない。

              (私は彼の立てる音がとてもいやなので、絶対に一緒にごはんを食べたくないけれど)。

               

              きのう何食べた? のシロさんとケンジの食べるごはんは

              倹約されながら家で作られていて、めったに外食はしない。

              それを二人は、本当にきれいに食べる。音は立てず、かっこみもせず、おかわりもしない。

              しらすとカブの葉の炒めものひとつに、壮大に喜んだりもする。

              それが、男性二人で演じられていることに、とても大きな意味があるように思う。

              シロさんが料理を作ると、ケンジは必ず説明をつけて「おいしい」と褒めて盛大に喜ぶ。

              ここもとても大事。

               

               

              語りだすとながーくなる(すでに長い)ので、まあ、そんな風に思いましたというあたりで終わりにしようと思うんだけど

               

               

               

              ここで、ちょい待て

              それって昭和の時代の主婦たちがやってきたことでしょ?

              男だから目新しいだけで、やってることは主婦と同じでは。と思う人もいるかもしれないので

               

              最後に栗原はるみさんで締めようと思う。

               

               

               

              はるみさんは今も、女性の憧れの的だ。

              特に美人さんでもなく、彼女の作る料理が特に特徴があるわけでもない。

              根底にあるのはただただ

              「家族の笑顔が見たくって」だ。

               

              料理も掃除もインテリアも、すべて「家族の笑顔が見たくって」。

               

              暫くの間、私はこのフレーズがとても苦手だった。

              そしてそれに群がる女性ファンを、本気で心配したりもした。

              もし、私の笑顔のためだけにはるみさんのやってることを母に家の中でされたら、息が、詰まる。

              料理はある種の支配でもあるので、「家族の笑顔」のために家事をするのは聡明ではない方法だということを

              私は、よーく知っている。

               

              でも

               

              日比谷シャンテのはるみキッチンの店内で

              木漏れ日の中

              白っぽーいテーブルセッティングで健康的で美しい料理をうれしそうに食べている女性たちの一群を見ると

              ああ

              やっぱりはるみさんはアイコンなのだ、と思う。

               

              主婦として家族の食事をていねいに作るというアイコンと思われがちだけど

              決して、そうじゃない。

              はるみさんに影のように寄り添ってきた栗原玲児さんという存在込みで、彼女は価値がある。

               

              彼女を認め、励まし、お膳立てをし、自らの人脈をもって売り込み営業をし

              一人前のアイコンに育て上げてくれた素敵なパートナーの存在を含めて

              女性ははるみさんに憧れるのではないか。

              栗原玲児さんの、はるみさんへの関わり方を知っている人なら、絶対にそう思う。

               

              キャリアを磨いて男社会で生き抜くストレスを引き受けるのは勘弁してほしい。

              でも、ほどほどのよい加減に場所に、自分の立つ場所は誰だって求めている。

              家族の笑顔のためだけに行われる仕事だけでは、それは得られないことは、もう昭和の時代でわかってしまった。

              自分の感じる閉塞感の根っこにあるのは、自分にとっての「栗原玲児さん」の不在という現実なのかもしれない、と

              女性たちはとっくに気づいているのかもしれない。

              マネージャーとして仕事を生むことだけではなく、日々、おいしいね、すごいねと仕事を支え続けてくれることこそが

              彼女の言う「家族の笑顔」だったのではと、栗原玲児さん亡き後、本当にしみじみ心に迫る。

               

              そういえば以前話題になった「逃げ恥」で語られた

              「好きの搾取」も、名言だった。

               

              シロさんとケンジのカップルのように

              それぞれが独立して仕事を持ち

              役割分担はあっても、相手を認め、褒め、喜び、伝え合うことの大切さみたいなものは

              シンプルで簡単そうに見えて、とても稀有なことで

              それを維持するには多大なエネルギーも必要なのだと思う。

               

               

              しあわせの形は社会側からは定義できないものなのに

               

              なにか一つの形に押し込めようとして

               

              それで取りこぼしてきてしまったものに

              私たちはもう、ちゃんと気づいているような気がする。

               

               

              スターウォーズも

              ターミネーターも

               

              リメイクばかりでどうなのよと観に行ったら

              ヒーローはすべて女性に置き換わって

              世界を救うのは女ばかりになってきた。

               

              性別によるイメージで物事を考える時代はもう終わりで

              私達はそろそろ、きちんと自分の足元を見なくちゃいけないよね。

              世界は、そんな方向に動いている。

              きなくさいことがいろいろあっても

              やっぱり、そう信じたい。

               

              日本、頑張ってよ。

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

              category:Dairy Tokyo | by:武蔵野婦人comments(4) | - | -

              手作り週間続く。こんどは浴用剤。手作りはいい、でも買うのもいい。

              2019.07.23 Tuesday 09:26
              0

                服作りについて前回書いたけど、今度は浴用剤を作りました。

                 

                市販の浴用剤の成分を見てもらうとよくわかるんだけど、だいたい以下のものでできています。

                 

                ・基材としての無機塩類:炭酸水素ナトリウム(重曹)、セスキ炭酸ナトリウム、塩化ナトリウム(食塩)、塩化カリウム、硫酸ナトリウム(芒硝)など

                ・お湯のPH値を整えるための有機酸類

                ・生薬類

                ・保湿剤

                ・香料

                 

                 

                これ、家にあるものですべて置き換えられます。

                 

                ・無機塩類=重曹、食塩

                ・生薬類=エッセンシャルオイルやハーブなど

                 

                バブのように発泡するものが欲しければここに

                 

                ・有機酸類=クエン酸。いまは100円ショップでも売ってます。

                 

                ・保湿成分が欲しければグリセリン。薬局で買えます。

                 

                今回は発泡するバスボムを作ったけど、重曹や塩だけでもちゃんと浴用剤になるのだった。

                 

                バスボムについては、子どもの工作としてもあちこちにレシピが掲載されているので、作ったことがある人も多いはず。

                私のレシピは以下です。形の作り方にちょい一工夫しています。

                 

                (と、偉そうに書いている理由は、10年間お風呂を扱う会社で文化活動部署にいたので、入浴方法などについての啓蒙などをずっとしてたからですー。いろいろ学んだのだった)。

                 

                 

                <バスボムの成分>

                • 重曹 100g
                • クエン酸 50g
                • コーンスターチ 50g
                • ミネラル塩 25g (食卓塩などはNG。ミネラルを含む自然塩でね)
                • グリセリン 適量(10滴ぐらいかな。入れすぎると油っぽくなります)
                • 好みのエッセンシャルオイル、アロマオイル、ドライフルーツ、ハーブなど
                • あれば無水エタノール。なければ水のスプレー。

                塩、グリセリンはなくても可

                 

                 

                1. ボウルに重曹、クエン酸、コーンスターチ、塩を入れて混ぜる
                2. ここに好みのエッセンシャルオイルなどを入れて混ぜる。量はお好みで
                3. ハーブやポプリなどを入れるならこの時点で入れて混ぜる
                4. グリセリンを入れて混ぜる。すこししっとりしてくる
                5. 無水エタノールのスプレーを少量づつかけながら、しっとりさせてまとめる。(水のスプレーを使うときは、水分が多すぎるとここで発泡してしまうのでごく少量づつ)

                 

                通常のバスボムはこの時点で丸くおにぎりのようにまとめてラップに包むとか

                型に入れて押し固める というのが定番なのですが、私はこれを使うよ。

                 

                 

                排水溝ネットです。

                これを使うと、中にハーブなどの固形物を入れることができる

                固める際にさほど厳密に水分を調整しなくても、ネットの中で適度にまとまるのでとてもラク。

                 

                プリンカップのようなものにかぶせて、中に作ったバスボムの材料を入れて、容器で押し固めるか、おにぎりのように握り固める。

                口を縛ったら、余分な部分をハサミでカット。

                 

                 

                今回は、スーパーでレモングラスのハーブ(120円ぐらいでした)を買って刻んて入れ、レモングラスのエッセンシャルオイルを入れて、自作のローズポプリを混ぜました。

                 

                バスボムに着色を勧めているところは、食紅などを使っているけど、それも使わないに越したことはないので無色で。

                無色のままだと浴用剤入れているっていう満足感が減るんだけど、こうしてネットにハーブやポプリが残ってぷかぷか浮いていると、満足感大きいです。

                 

                もうひとつ作ったのは100円ショップで買ったアロマオイルを入れてみた。

                 

                 

                まあ、それでも十分。

                こちらはハーブが入らないのでネットに入れずプリンカップに入れて固め、もうカップのままお風呂に入れてしまいます。

                溶けたらカップ浮いてくるから回収すればよし。

                家で作るならこのぐらい適当でオッケ。

                 

                ちなみに夏なので、ハッカ脳を一欠片だけ真ん中に押し込んでます。

                 

                 

                ハッカ脳は一欠片だけでお風呂一回分スースーさせる強烈な破壊力を持っているので使いすぎ危険!

                ハッカ油も危険!

                使うならごく少量で。

                皮膚が焼けるような刺激を受けるので要注意でっせ。

                 

                 

                 

                この手のものは、エッセンシャルオイルなどアロマ効果をうたうものが多いんですが、エッセンシャルオイルは高価なのでいろいろ揃えるのもタイヘンだと思うのね。

                なので、混ぜるのはお料理用のハーブでもいいし、お茶っ葉でもいいのよ。

                 

                このバスボムに紅茶の葉とか少量入れてもいい。緑茶もオッケ。

                 

                さらに言えば、バスボムにする必要もない。

                 

                 

                 

                重曹とか塩とか

                そのまま浴槽に入れるだけで十分浴用剤っす。

                 

                重曹なら50gほど

                塩なら大さじ3杯ほど(食卓塩だめよ、自然塩でね)

                 

                重曹を入れると浴槽の清掃効果もあるので、そうじがラク。

                敏感肌の人は塩はしみることもあるので様子みながら。

                 

                出がらしのお茶を上記の排水溝ネットに入れて浮かべるとか

                りんごの皮とか

                しょうがスライスして干したやつとか。

                昔ながらのだとしょうぶ湯とか干した大根の皮とかね。

                もう、キッチンにあるものはなんでも浴用剤のかわりになるわけなので

                おしゃれにアロマやハーブなどを使わなくても、なんとかなっちゃう。

                 

                排水溝ネットがあると、なんでも入れられるからとってもラク。

                ゆずとかみかんもここに入れて浮かべちゃう。

                 

                あとは賞味期限切れの牛乳 残った日本酒、砂糖あたりも浴用剤がわりになるという知恵もあちこちに。

                保湿成分あり。

                ほんといろいろ試したんだけど

                このあたりは経験上出るときにニオイが残る。

                ミルク臭。酒臭。

                洗い流せばよいんだけど、お風呂が汚れたり臭いが残るので、神経質な人にはオススメしない。

                 

                浴用剤として勧められたものの中で一番失敗したのがローリエ。

                風呂中がシチューの製作中のような臭いになった。

                そして自分も料理のような臭いが残った。煮豚になった気分。

                 

                あかん。

                そんなこんなの体験も実は楽しい。

                 

                というわけで、この手の手作り品は成分が見える分、安心だし安上がりで、そして楽しいので取り入れてみてね。

                 

                 

                 

                という「手作り」案件なんだけど。

                 

                 

                でもね、なんだろう。

                こちらも前回の服作りと同様、「作るの楽しい」部分がかなり大きくて

                本当にリラックスしたかったり、気分転換したい時のための市販品として

                 

                • 入れたら人工色真っ青になっちゃう夏のバスクリンとか
                • 強烈なニオイが家中を凌駕するクナイプのバスソルトとか
                • 4種類のローズの香りがつまったバブとか

                 

                大好きで。

                 

                 

                 

                なにがなんでも手作りでナチュラルがいいというわけじゃないと思ったりもしています。

                 

                人って、毒々しいもので癒やされることもあるわけで。

                 

                 

                 

                毎日ママの手作りおやつでは、実はフラストレーション貯まるわけで

                このあたりはいい塩梅で。

                 

                 

                 

                いろいろごたくを並べようと思っていたけど、最近ごたくや愚痴が増えた反省点も含めて

                今日はこのへんで>笑

                そろそろ梅雨明け。

                シャワーが増えるけど、冷房で冷えたからだは浴用剤でよくあっためてね。

                (と、なんだか変に実用色で今日はお届けしました)

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                category:Dairy Tokyo | by:武蔵野婦人comments(0) | - | -

                毎年この季節になると服を作っている。大人の手作り服ってどうなの。たまにはそんなこと。

                2019.07.12 Friday 13:38
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                  今年もまた、服を作った。

                  夏の服は簡単だし、布地もお安めだからなんだかムラムラと作りたくなるんだと思う。

                   

                  このブログはあまりこの手のこと書いたことなかったんだけど、せっかく作ったんだから写真撮ったので残しておこ、と思った。

                   

                  そんで、もう半世紀生きた大人の女の手作り服ってどうなんかなああ、ってなことについても考えたので終わりのほうでうだうだ書いてみようと思うー。

                  とりあえず、ここ数日服を作っていた。

                   

                  なぜかというと、咳喘息みたいになっちゃって外出できなかったから。

                  3週間前に粘土彫刻を作り出して、その過程でスタイロフォームの粉末やら、有機溶剤のスプレーなどを大量に吸い込んだのがアカンかったと思われる。

                  肺やってるから、咳はアカン。もう彫刻はできないかもしれない。とほほ。

                   

                  ということで3週間とてもおとなしくしていました。

                  つまり、暇なのねえ。

                  で、買いだめていた布で。だだーっと作った。以下成果。

                   

                   

                  とにかく明るい色の大柄プリントのワンピースが一枚欲しくて、ユザワヤでみつけたコットンで作ったノースリーブワンピ。

                  共布のベルトも作った。型紙は図書館でみつけた大人のストンとしたワンピース、みたいな本から。

                   

                   

                   

                  日暮里の繊維街でみつけたなんかようわからんカバ(よく見たらサイだった、角がある)のプリント。1m200円じゃった。3m使ったから600円。

                  1枚目のワンピより袖はフレンチスリーブで胸元はVカット。共布ベルトで隠れてるけど、前立に黒のグログランリボンを裾まで縫い込んでみた。ベルトがないとアッパッパーみたいに着られる。

                   

                   

                   

                  去年買ったワンピースで一番気に入っていたものでそのまま型紙を作ってクローンのようなものを作ってみた。

                  元は薄いグレーのローン生地が2重になっているので、こちらは薄手のブロードをモスグリーンとグレーで重ねてみたんだけど、やっぱりローンのほうが軽くてよかったにゃ。

                  でもこの生地は繊維街でm100円だった。それぞれに4mづつ必要なパターンなので、800円(も)かかった>笑

                   

                   

                   

                  おそらくもう25年ぐらい前に買ったまま、使いみちがなくて眠りに眠り続けていたリネンのレース生地をどうにかせにゃ、ということで、ただ首をくりぬいて、袖下を塗っただけというパネルワンピースみたいのを作った。

                  それだけだとジュディオングみたい(古すぎる)なので、ハトメをあけてリボンを通してみたんだけど、これ着るんだろうか。

                  うしろでリボンを結ぶを最初の写真のようになり、前で結ぶと隣の写真になる。

                  生地はとってもよいものなんだけど、たぶん国分寺のバッタ屋で非常にお安く買い求めた記憶がある。

                   

                   

                   

                  ワンピースばかり作ってこのままではトップが足りない! と思ったんだけど、簡単にできる手作りブラウスはどれもおばさんっぽいかナチュラルまっしぐらっぽくなってしまうので、苦肉の策でTシャツをリメイクした。

                  無印良品でセールで2枚1300円ぐらいで売ってたのを買ってきて、こちらはざっくりと背中を切り取って、2つ目のワンピースの余り布を縫い付けて、リボンでまとめてみた。

                  リボンの縛り方を変えるとなんだかメゾンっぽい雰囲気になる(気がする)。

                  アイデアとしてはよかったように思うけど、これは果たして半世紀おばんでも着れるんだろうか?

                   

                   

                   

                   

                  もうひとつのTシャツは前をざっくり切って、着物の襦袢地のシルクを挟み込み、ループとボタンで止められるようにした。ボタン止めなくてもルーズな感じで行ける気がする。

                  これはたぶん、着る。洗濯後の様子が未知。アイロンいるかしら?

                   

                   

                   

                  調子に乗ってノースリーブのワンピばかり作ってしまったので、一応上にはおるもんも作った。

                  繊維街はすごい。1m100円で結構風合いのよいローン生地があったので、水通ししてシワシワにして作った。

                  70cmでできた。家に眠っていた使いみちのないレース類をふんだんにくっつけてやったら、ちょっと乙女っぽくなってしまった。

                   

                   

                  去年なんだか気に入って買ったプリント柄のローン生地が、測ってみたら1mしかなく、さんざん1mでできるブラウスや矧ぎ合わせを考えたんだけど、何もいいものが思い浮かばないので4隅を三つ折りに縫ってスカーフにしといた。

                  布地と作るものの関係って、本当に難しいもんだと思う。

                   

                  ということで、以上が今年作ったもん。

                  ほぼ1週間、なんだかずっと作っていた。あと3mローン生地が残ってるけど、これは来年に持ち越しかもしれない。

                   

                   

                   

                  それで思い出したんだけど、そういえば去年のちょうど今頃も服を作っていた。

                  病気で退院してきて外出ができず、でも日常生活は遅れるようになって暇をモテあまして、この時は家に眠っていた布地を引っ張り出して作った。今思うと、去年はボトムスがほしかったんだと思う。

                  去年ボトムスを作ったから今年はワンピースばかり作ったのか。脳みそは意外といろんなことを覚えているもんだ。

                   

                   

                  去年のほうが写真のとり方に力が入っている気がする。本当に暇だったんだと思う。

                  気に入って買ったプリントのローン生地で直線裁ちのワンピ。このワンピは去年も今年もとてもよく着た。

                  じゃぶじゃぶ洗えて軽くて着やすいっていうのがよいのだと思う。

                  今年作ったワンピはちょっと重くて気軽さに欠けるなーというのが反省点。

                   

                   

                  数年前から愛用しているパターンのサルエルパンツ。ほどいた着物の生地で作った。シルク製。

                  右は柄と色がすごく気に入って買ったままになっていた布地でラップスカート。
                  止め方を悩んで、Dリングで革ベルトを締める形にしたんだけど、この革ベルトはもう10年以上前にばらした皮のジャケットの余り布。なんでもどこかで使えるもんじゃ。

                   

                   

                   

                  日本刺繍が入ってすごく素敵なんだけど劣化が激しかった羽織は、ほどいてバルーンスカートにした。

                  裏地は羽織の虫食いなどで使えない部分を使ってる。とっても素敵に仕上がったけど、大げさすぎてほとんど履けない。

                  着ると「手作り大好きおばさん」の権化みたいになって、なかなか難しい。

                   

                  右はいつ買ったのかも覚えていないパネル柄の布地でスカート。自分らしくないオーソドックスさ。

                  でも軽くてシワにならないので、これは何度か着ている。「軽い」ということが自分的に一番大事な気がする

                   

                   

                  チャリティで古きものを扱うイベントを毎年していたので、どうすんのこれ? といった着物生地が山積みなので、少しでも消化しようとフレアパンツにした。物としてはよいできになったけど、着るとやっぱりマダム感はんパない。一気に老ける。そして迫力が増す。

                  着物地のリメイクはとってもとっても難しい。そう考えると、着物地というのは、着物のために作られたものだということがほんとによくわかる。着物好きな人が、できれば切り刻まずに着物として再生して欲しいと言うのがとってもよくわかる気がする。

                   

                  右は色落ちするものと一緒に洗ってしまって変なシミがついたTシャツを、息子が捨てるというのでもらって勝手に絵を書いた。

                  おかんアート。

                  「もったいない」を出発点にしたものは、どこか中途半端だ。

                   

                   

                  などなど、去年も今年もほんとによくこの時期に服を作った。

                  同じように体調を壊していたというのも大きいけど、服を作っている時間は、変な使命感に燃えていたりして、不思議な高揚感がある。

                   

                  これは「着るために作っている」というより、作ることに目的があって、無理やり用途を作り出しているという気もする。

                   

                   

                   

                  私の母の時代は、子供の服は母親が手作りするという風潮がまだあって、洋裁を生業にしていた母はとてもよく私の服を作った。

                  私が中学生になって働きだしてからは、時間がなくてめっきり手作りすることも減り、その分潤沢になったお財布を抱えて自分の服も、私の服も、実によく買いに出かけた。

                  手作りの服は節約にもなって素敵だけれど、時間がある人の特権なわけで、潤沢に服が流通してそれを買うお金があるのであれば、「着るため」の服は買うほうが逆にコスパがよいし、ストレスの発散にもなるし、作ったものより結局長く着ることになったりする。

                   

                  今年、ワンピースを作りたいと思ったのは

                  欲しい色やプリント柄がどこを探してもなく、さらにあったとしても目が飛び出るほど高い、という理由によるものだったけれど

                   

                  作ってみて思ったのは、「作る」のはどちらかといえば、着るためよりも作る楽しみに埋没するためだったんだなーってこと。

                   

                   

                  手作りの第一歩でもある布地探しに出かけて、それをほんとに痛感した。

                  私みたいな稚拙な技術では、本当によい素材や高い布地は怖くて買えない。

                  同時に、ファストファッション旺盛な今は、布地だけを買うほうが高くつくこともあって、4m必要なパターンに1万円以上払う勇気がないまま、中途半端な布地を買って帰ってくるということになった。

                   

                  そんな中で日暮里の繊維街に行けば、m100円の生地が林立しているわけで、その中で作れるものをなんか考えるという

                   

                  もうなんか、いったい何が作りたかったのかてんでわからん。。。。。という結果になった。

                  去年の「家に眠ってる布をなんとかせにゃ」というのもそういう結果の産物なわけで、結局「本当に欲しい服」なんて1枚も作れなかったというわけなんじゃった。

                   

                   

                   

                  というわけで

                   

                  プロの縫製技術を持たない人間の服はやっぱり、気に入ったプロの人が作ってくれるものが一番だという気がする。

                  そういうものに出会えて、それを買える財力があるってことが自分の一番の満足なパターンなんだけど

                  財力の部分で挫折するものが多すぎて、なかなか服で満足できることが減った。

                   

                  子供服の手作りはほほえましく、どんどん大きくなる子どもの服をあれこれ工夫するのは「時間させあれば」とっても素敵なことだと思うけど、この歳のおばはんの手作り服については、どんなもんなんかなーといまだ逡巡したままだ。

                  安上がりで簡単に、一番欲しい服が手に入ると考えがちだけれど

                  そこへの道のりはとても険しい気がする。

                  ちょっと個性的な迫力マダムになるか、ナチュラル生成りコットンリネンママになるか。

                  品位と個性と清潔さを兼ね備えたところへ到達するのはなかなかの苦行という気がしている。

                   

                  それじゃ縫製技術をもっと磨いて、ワンランク上の物を作れるようになれば。。。とも思うけど

                  その技術を磨いた先にあるのは、自分の服を作るより、仕事として誰かの服を作るというところにあるような気もする。

                  それはちょっと、料理にも似ている。

                  肉じゃがや野菜炒めの日々でよければ、定食屋に通うより自分で作ったほうが安上がりだし好みに合わせられる。

                  でもちょっと背伸びした専門店の料理が欲しいときは、材料を買い揃えるのも高くつき、技術がないから結局中途半端なものしかできない。

                  じゃあその技術を身につければよいのかというと、そんなことはなく

                  たまに欲しくなる専門店の料理はプロに任せるほうがよく

                  その技術が自分の身についたのなら、仕事として自分だけではない、多くの人に食べてもらうほうがいい。

                   

                  そんな風に考えてみると、私のようなおばんの年齢のファッションには、適度に専門店のプロが必要で

                  素人の手作りばかりでは肉じゃがとか、中途半端にプロをまねたまがい物になってしまうんじゃ?。。。。って思ってるのかもしれない@私は。

                   

                   

                   

                  まあ、それでも楽しいから作るのね。

                  こないだは靴まで作った。

                   

                   

                  家に余って行き場のない革があったので、靴の手作りキットを買ってついに靴を作った。

                   

                   

                   

                   

                  本当に不思議なんだけど

                  自分で作った服や靴を着て出かけるのは、ちょっと緊張する。

                   

                  一緒に繊維街に行ってワンピを手作りしたという友達も、同じことを言っていた。

                   

                  買った服より、作った服は緊張する。

                  なにか粗相がないか、壊れないか、おかしくないか? ってあたりのことなのかしら。

                  出掛けに服を迷ったら、自作のものより既製服を選ぶことのほうが多い。

                  せっかく作ったのに!!!

                  (今年これだけワードローブ増やしておいてどうすんだ!)

                   

                   

                  餅は餅屋。プロの人の技術にちゃんとお金を払うってことも、もしかしたらとても大事なことなのかもしれない。

                   

                  という徒然でした。

                  ほぼ記録。

                  今年はもう作りません(と宣言)。

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                  category:Dairy Tokyo | by:武蔵野婦人comments(2) | - | -

                  離婚して一人で子育てをして、しんどくなったことについて。自由に生きることには大きな責任が伴うってことについても。

                  2019.07.02 Tuesday 13:09
                  0

                    前のブログで「離婚したら家事がすごく楽になった」と書いた

                     

                    さて、その時に「タイヘンになったこともある」と書いたので、今日はその話。

                     

                    離婚して子育てをしていくには、経済的な重圧とか、仕事と家事と育児をひとりで切り盛りせにゃならんってこととか、いまだに残る世間の偏見に加え、子どもにちゃんとした家庭を用意できなかった自分への罪悪感みたいなものもあって、まあ、タイヘンなのではある。

                     

                    でもね、こういうことすべて、なんというか想定内というか

                    私の場合はそんなことは重々承知の上で、それでも離婚しないと! ここから逃げないと、と自分で決めたので

                    突発的に辛いと思っても、なんとなく乗り切ってきたところがある。

                    ありがたいことだと思う。

                     

                    でも、今でもなんだか「しんどいなあ、しんどかったなあ」と思い出すことがある。

                    それは

                     

                    すべての重要な決断を自分一人の頭の中で行わなくてはならない

                     

                    ってこと。

                    子どもが小さい頃は話し相手にもならず

                    お金の話や難しい交渉の相談をする相手がいない中で

                    あれこれ一人で悩みながら物事を決めていくのは、度重なってくるとかなりしんどかった。

                    一人で決断して、一人でその結果の責任を負うことへの重圧みたいな。

                     

                    もちろん、反対意見を言われたり、無関心を装われる配偶者がいないほうが、楽なこともいっぱいある。

                    「無理解な夫がいるくらいなら、いないほうが数倍マシ」というのもほんと。

                    でもね、子どもがいると、その子の暮らしといのちの責任も負ってるわけなので、重圧感が半端なく。

                    フリーランスの不安定な収入で、稼ぎ手が一人しかいないという重圧も大きかったけれど

                    それに加えて、大きな決断が必要なときに「一人で頭の中で考えて決めていく」のは荷が重かった。

                     

                     

                    子どものトラブルや住宅設備の故障といった日常のことに始まり

                    マンションのローンの金利とか保険とか。

                    書類の書き方よいのかな、しておかなくちゃいけないことはこれでいいのかな?

                    みたいなことを、モノローグみたいに自分の頭の中で処理して動いていく必要があった。

                     

                    決断や処理は一人でなんとかできたとしても、その過程で

                    「いいのかなあ、これで」と口に出して同意を得るとか

                    ほんとにもう!」とか「なんとかしてよ!」 って言葉でも投げつけられる相手の不在は

                    しばらくたってから、ボディブローのように効いてきた。

                     

                    つまりそれは

                     

                    責任の折半のようなものなのかもしれない。

                     

                    家事をシェアして欲しいとか、保育園のお迎えを交代して欲しいとか

                    結婚していた時はそんなことを不満に感じたこともあったけれど

                    それでも「子どもの命を預かっている、子どもの人生を背負っている」ことの責任を折半してくれる人はいた。

                     

                    意見が対立したり、理解されないことはあっても

                    家の中にもうひとり大人がいる ということの意味は

                    経済的な部分に加えて、責任のありかという意味で自分の負担を軽減してくれていたのだということが

                    離婚してはじめてわかったんだった。

                     

                    ま、こうして書いてみると当たり前のことだよなーとは思うけど。

                     

                    そんなわけで、たまに

                     

                    「一人で決めていかなくちゃいけないことも多くて、いろいろしんどい」

                    などと言う愚痴をこぼすこともあった。

                     

                    そんな時、相手にこう返されることが、さらにボディブローのように効いてくるんだった。

                     

                    「夫がいたってなんの役にも立たないし、責任感ないし、いてもいなくても同じよ」

                     

                    「夫がいたって、私だって子育てひとりでやってきたし、なんでもひとりで決めてるようなもんよ。

                     夫婦でいたって、結局はどちらかが先に死ぬんだし、最後はひとり。

                     あなたも私も何もかわらないわよ」

                     

                    「ほんとほんと、うちだってほぼ母子家庭状態よ」

                     

                    うん、たぶんそうだよね。

                    きっとそう。

                    でもね

                    なにかが決定的に違う。

                     

                    無理解で手伝わない夫との子育てと

                    一人の子育ては

                     

                    決して同じものじゃない。

                     

                     

                    離婚を後悔していないし

                    ひとりで子育てしてきたことは楽しく、素敵な思い出だったけれど

                    「いたっていなくたって同じようなもんよ」と言う人には

                    じゃあ、本当に一人でやってみてから、「同じだ」と言ってよと思う。

                     

                     

                    まあ、逆に

                    「本当にタイヘンよね、かわいそうに」

                    なんて言われるともっと !!! と思うわけなんで>笑

                    このあたりの感覚はちょっと複雑でめんどくさいもんだと思う。

                     

                     

                    ということで、離婚してタイヘンだったなあって思ったのは、経済的なこともさることながら

                    責任を折半する人がいない中で、「頭の中で一人で考えて、決めて、黙々と処理していく」ことの重圧みたいなもので

                    それはどこか、そこはかとない孤独という感覚に近いものなのかもしれない。

                     

                    離婚は私に自由をもたらしたけれど

                    自由であるということは、同時に大きな責任を背負うことであり

                    やっぱりどこか、ちょっぴり孤独なのだった。

                     

                     

                     

                     

                    私の母は父といつもけんかばかりしていて、家の中が殺伐としていて、子どもの私は大変苦労したんだけど

                    その母はよく口癖のように

                    「あんたがうらやましい。私も離婚して一人暮らしがしたい」と言っていた。

                     

                    ある日

                    「あんた自由でいいわよね、気ままに好きなことして。

                     もうパパのごはん作るのいやだし、心穏やかに晩年は暮らしたいの。 絶対いつか一人暮らしする」というので

                     

                    「あのね、私は一人で自由に生きているように見えるのかもしれない。

                     でも、自分の責任で物事を決めて生きていくのはものすごいエネルギーが必要だし、お金も必要で

                     自由に生きるって、あなたが思うような”好きなことをして生きている”って意味じゃ全然ないんだよ。

                     ママの今の恵まれている部分にも、ちゃんと気づいて」

                     

                    と諭したことがあった。


                    一昨年父が亡くなり

                    一人暮らしがしたいと言っていた母は夢がかなったわけなんだけど

                    「いまやっと、あんたが言ってた意味がわかった」と言う。

                    どんなにけんかばかりしていても、怒鳴ったり怒る相手がいてくれたことで自分がどれだけ生かされていたのか、

                    相手への不満をぶつけ合うことは、どこか生きるエネルギーにもつながっていたのだということを

                    父の死後、母ははじめて気づいたんだそうだ。

                     

                     

                     

                     

                    体験したことのないことはわからない。

                    そういう意味では、世の中には自分が想像もつかない「わからないこと」が、山程あるんだと思う。

                     

                     

                     

                     

                    ちなみに、数年前まで「両親が揃わない家庭」を作ってしまったことの罪悪感みたいなものを私はずっと抱えていたんだけど

                    息子がアメリカに留学した時、留学先のテキサスに行って、真夏の太陽のアスファルトの照り返しを受けながら歩いていた時にした会話で、ひとり親家庭の罪悪感みたいなものは、真っ青なテキサスの青空の中に溶けて消えてしまった。

                     

                     

                    ごめんね、親の都合で両親が揃わない家庭にしてしまって。

                    学校で何かがあったりするたびに、やっぱり母子家庭だからって後ろ指をさされてしまうんじゃないかって罪悪感を感じてた。

                    心の中でいつもびくびくしながら、申し訳ないって思ってきたんだよ。

                     

                    そう話したら、あっけらかんと息子は言ったんだった。

                     

                    え?

                    なにそれ。

                    ぜんぜん気にしたことない。

                    俺のまわり、いっぱい片親の家庭あるよ。

                    でもそいつら、みんな人の痛みがわかるしすげーいいやつがたくさんいる。

                    両親揃っているからちゃんとしてるなんてこと、全然ないよ。

                    見た目いい家庭に育ってるから、そいつがいいやつだなんてことないし。

                    罪悪感なんて感じる必要ないから。

                     

                     

                     

                    それを聞いて、すぅーっと肩のあたりから、何かが抜け出して青い空に溶け込んでいった気がした。

                     

                     

                    たぶん、壊れかけた家庭を必死に守るより

                    あの時、一人になる選択をしたのは絶対に間違っていなかった。

                    だから、まあ、ちょっとぐらいのタイヘンさを引き受けるのは、フェアなことなんだと思う。

                     

                    ただ、子育てが終わりに近づいて

                    なんだかやっとそんな重圧から開放されるかなーと思ってはみても

                    一人っ子で独身の私には、親の問題ってのも関わってくるわけで、

                     

                    父の葬式のあと、一人残った母の今後については

                    まあ、私一人でなんとかせにゃあかんのねえええ。

                     

                    いろいろ先が見えない分、遠く空を仰ぎ見る気になるけれど

                    まあ、なんとかするしかないのだよね。

                     

                    前のブログに書いた

                     

                    「一人しかいなけりゃやるしかないから、なんとかなる」ってお話は

                    ここにつながるわけなのでした。

                    ちゃんちゃん。

                     

                     

                     

                    以上、楽になったことと、タイヘンだったこと総集編でした。

                    今日はこのへんで。

                     

                     

                    category:Dairy Tokyo | by:武蔵野婦人comments(4) | - | -

                    離婚したら「家事」はびっくりするほどラクになったんだけど、という個人的な話。ラクじゃないこともある。いろいろだ。

                    2019.06.28 Friday 10:05
                    0

                      表題は、あくまでも私個人の体験ってこと。

                      一般論じゃないから、同じ体験をしない人がいっぱいいいて当たり前なので、その前提で読んでね。

                       

                       

                      私に限っていえば、本当に離婚したら家事が楽になった。

                      結婚してたときのあれ、何? ってぐらい

                      劇的に楽になった。

                       

                      人手は確かに1人減った。

                      でも、いたときからなんの戦力にもなっていなかったので、減ったからといって何の痛手にもならず

                      減ったのは、一人分の洗濯物、食事、散らかし跡で

                      それによる家事の全体量は、減った。

                       

                      でも、劇的に楽になったと思ったのは、その1人分の家事量が理由ではないように思う。

                      離婚当時、息子は10歳で私はフリーでとても忙しく働いていたから

                      仕事と育児と家事の総量はおそらくキャパを十分に超えて、自分の許容量の1.7倍ぐらいにはなっていた。

                      (当時の私は朝4時に起きて8時まで仕事して、子供を送り出して家事してまた仕事して、夜9時に寝るという生活をしていた)

                      成人男性がひとり減った分の家事量は、許容量が1,5倍になるくらいの差しかなく

                       

                      夫ひとりが発生させる家事 というのは、実は思いの外大きくないんじゃないかと思ったもんだった。

                       

                      それじゃ、なぜあんなに楽になったんだろ?

                       

                       

                      それ、ただただ

                       

                      「もうひとり仕事を負担すべき人間がいる」

                       

                      という中で仕事をしているのか、ただ

                       

                      「もうあたし一人しかいないんだから、そこでなんとかするしかないじゃん}

                       

                      か、その違いだけなんだと思うんだった。

                      もうさ、一人しかいないんだから。

                      なんとかするしかないのよ。

                      で、できないと思ったらもう「しないわ」と自分で決められるわけで

                      横から「なぜしないの?」「部屋散らかってない?」などと言われることもなく

                      結果は自分で責任を持つという立ち位置で暮らしていけて

                       

                      そんで、なんとかしなくちゃあかんなあと思うことは

                      一人しかいないわと思えば、火事場のアホぢからで、まあ、なんとかなっちゃうんである。

                      つくづく、家事の時短とかテーマにしててよかったと思った。

                      ほんと、なんとかなっちゃうんである。

                       

                      この「自分しかいないとなったらもう、なんとかするしかない」というのは

                      車の運転で痛感したことがあったなー。

                      ATしか運転できなかった私が、結婚したら夫の車はマニュアルで、

                      何度か助手席に乗ってもらって手ほどきを受けたけど、

                      「うへー、やっぱり無理だよー。無理」って.

                       

                      何度目かで諦めて、もう二度と運転しなかった。

                       

                      それが、友人と北海道旅行をしたとき。

                      現地の友人が手配してくれていた車がマニュアル車で、すでにAT車は一台もなく

                      富良野の広大な風景の中で、免許を持たない友だちと私と、マニュアル車だけがポツネンと残されるという。

                       

                      運転席に座ったときの、あの絶望感と使命感の入り混じったような決意に満ちた気持ち

                      いまでも覚えてるよー。

                      そこから、車の少ないロータリーで一人、クラッチの練習をして

                      坂道で半クラッチの練習を必死こいてして、それでなんとか北海道を周遊した。

                      やれば、できた。

                      ただ、これまではやろうとしなかっただけだったってことに気づいたんだった。

                       

                      アメリカのハイウエイに、ほれ、と車で放り出されたとき。

                      フランスの田舎道でAT車で放り出されたとき。

                      あの、富良野での出来事を思い出せば、なんとかなるって思えた。

                      「無理だから」と視線を向ける誰か(結果的に引き受けてくれる誰か)がいることは、救いであり助けであるけれど、どこかで自分の可能性を減らすことにつながることもある。それまでの自分が「できないや、無理だ」と思ってきたことは、本当はできることがたくさん含まれていたのかもしれない、とも思えた。

                       

                      話、それた。

                      でも、この「一人しかいなけりゃやるしかないから、なんとかなる」ってのは

                      あとからもう一度触れたと思うので今書いておくことにする。

                       

                       

                       

                      さて、家事の話。

                       

                      離婚したら劇的に楽になったのは

                      家事の量が減ったからではなく

                       

                      同等に「やるべき」と私が(もしかしたら勝手に)思っている人間がもうひとりいることによる

                       

                      「なんか私にばかり負担が偏ってね?」 とか

                      「ってかこういう時になぜ動かないかね、なぜ気づかないかね」

                      「この状況で寝転がってテレビ見ていられる神経が、もうまったくわからないんですけどっ!!!」

                       

                      と、ブレブレに揺れまくる気持ちの針が

                      ゼロ地点にとどまったまま、まったく揺れなくなったことにある。

                       

                      さらに

                      私がこうしたいと思っていること、こうあるべきと想定していることを

                      斜め方向からぶち壊されることがなくなり

                      いとも心穏やかに家の采配ができるようになった、という部分も大きいかもしれない。

                       

                       

                       

                      家事の大変さってね

                      物理的な時間や労力の大変さもきちんと大きいけれど、

                       

                      かなり部分を気持ちの大変さが占めている。

                       

                      自分の時間がない

                      時間配分が自由にならない

                      想定外のことが起こる

                      些末なことに日々を占領されて終わっていく

                       

                      そして

                      パートナーとの不公平感や承認されないことへの悲しみや不満。

                       

                       

                       

                      わかってくれない

                       

                      って、誰かが横にいたらとても大きなことだけれど

                      誰もいなきゃね

                      わかろうがわかるまいが、もう関係ないんだよね。

                       

                      自分がわかってりゃいい。

                       

                      その中で、似たような境遇の子と、

                       

                      いやあ、大変だよー

                      よく頑張っているよ、私たち

                      ごほうびだ、ごほうびだ。

                       

                      とやってりゃ、それでなんとか辻褄が合う。

                       

                       

                       

                      誰かが隣にいてくれることって

                       

                      大きな大きなちからだけれど

                       

                      いることで生まれてくる気持ちというのもある。

                      家事については、この「誰かがいてくれることで生まれてくる気持ち」が消費していくエネルギーが

                      結構大きいんじゃないかなあ、と思うわけなんだった。

                       

                      それでいくと、極論だけれど

                      夫という存在が

                      「家事育児は夫の領分ではなく、全面的に妻の仕事」という時代よりも

                      「同じように家事や育児に関わりシェアすべき」という前提が刷り込まれている今の時代のほうが

                      場合によっては気持ちの扱いが難しいということもあるのかもしれない。

                      あくまで、極論だけれども。

                       

                       

                      というわけで、私が家事をしている横で寝転がったり

                      余計な一言を言いながら何もしないじゃんかよー! という人がいなくなると

                      育ち盛りの子供がいたとしても、家事はなんともまあ、楽になった。

                       

                      当時息子が10歳というのも大きかった。

                      ある程度のことは自分でできるけれど、家事を分担させたいほどの年齢でもない。

                       

                      ↑それでも息子は結構働いたけどね。

                       

                      私の母は私が13歳からフルタイムで働きに出たので

                      中学生だった私への家事シェア期待度が超絶に多くて、どんなに頑張っても

                      やり残された家事を見つけては、いつも不満でブチ切れていた。

                      子どもへの家事シェアの期待度も、度を越すことがある。

                      あれは、とてつもなく辛かった。家にいるときの母は、いつも怒っていた。

                      家事をするのは嫌じゃなかったけど、いつもイラついて怒りを向けられるのが辛かった。

                       

                       

                      10歳の息子と、家事育児仕事の許容量1,5倍ぐらいの二人暮らしは

                      忙しくて大変だったけど、家事だけに関していえば、気持ちはずっと楽だった。

                      息子が中学生になったとき「おかんっていつも笑ってるよね」と言われて、それが私のココロの勲章にいまでもなってる。

                      その気持ちの楽さ加減が、「ああ、家事が楽になったなああ」ってところにつながったんだと思う。

                       

                       

                      いま、家事は夫婦でシェアすべきという考え方がベースになっていて

                      (これは私も一生懸命加担してきたので、とても喜ばしいことだと思う)

                       

                      でも、それでもどこまで行っても平等なシェアなんてところにはなかなか行き着かず

                      男女ともに、さまざまなストレスを抱えているように思う。

                      たとえば、最近になって生まれてきた

                       

                      「名もなき家事」

                       

                      って言葉があるけれど、

                      あれも、「私ばっかりやってるじゃん」という気持ちが生まれる環境があるから

                      これも家事、あれも家事、たぶん家事、きっと家事♫

                      という項目があれこれ出てくる構造になってるんじゃないか。

                       

                      シャワー浴びててシャンプーが切れてたら、あかん! 補充だ! と買い置きを出して入れ替えるけど

                      一人だったらなんの不満も起こらない。ひゃあ、面倒だー! と思うぐらいだ。

                      トイレットペーパーがなくなれば、当たり前のように新しいのを入れ替える。

                       

                      家事には名もなき家事ってのがいっぱいあるんだよ!!!! 大変なんだよ! って思うのは

                       

                      「もう、詰め替えるひと手間だって、本当に大変なんだから。知らないうちにやってるから気づかないだろうけど!!!」

                      とか

                      「おのれ、最後にペーパー切れたら新しいの入れとけよ」(軽い殺意)

                      「誰のためにやってると思ってんだよ。当たり前と思うんじゃねーぞ」

                       

                      みたいに>笑、その気持を向けるだれかが家の中にいるからだ。

                      結局、家事は「分担」や「シェア」なんて言葉では考えないほうがよく

                      それぞれが自分のことができるようにスキルと気づく力を身に着けて

                      気づいた人がとっととやっておく、という関係性を作ることにあると思う。

                      もしくは私のように一人になる。笑 これは本当にラクなんじゃ。

                      (家事だけに関していえばだけどね)

                       

                      シェア、シェアとこだわっているうちは、気持ちの穏やかさはなかなか生まれない。

                      家事はなかなか奥が深い。

                      家事、おもろ。

                       

                      はっ。個人的体験を書いているんだった。

                      元に戻る。

                       

                       

                       

                      さて、離婚したら家事はラクだ、ラクダと書きまくったので

                      一応、ラクじゃないことも書いておきたい。

                       

                      でもなんだかとてつもなく長くなった気がするので、今日は家事のことだけ。

                      前半に書いた「一人しかいないと思えばなんとかなっちゃう」ことについて、言いたいこととか

                      それに関連して離婚してぜんぜんラクじゃなくなったことについて、また次に書いてみようと思います。

                      (忘れなければ)

                       

                      両方ないと、不公平じゃよねー>笑

                       

                       

                       

                      それでわ!!

                       

                       

                       

                       

                       

                      category:Dairy Tokyo | by:武蔵野婦人comments(4) | - | -

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                      • 離婚して一人で子育てをして、しんどくなったことについて。自由に生きることには大きな責任が伴うってことについても。
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