水の合う場所

2008.07.02 Wednesday 11:47
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    私の家系は決して自慢できるような良家の筋ではないけれど、たったひとつ、心の中で「ええじゃろう?」と思っていることがある。
    父方は何代も前から長野に定住する、長野にとても多い苗字を持つ家なのだ。それなのに、これがまた、皆どこからどうみても「アイヌのおじいちゃん」みたいな顔をしているのである。眉毛は長く、目じりまで届く勢いで伸び、額は狭く色濃い顔色に、くっきりと漆黒のまつげが縁取る眼光鋭い目をしているのだ。そうだな、たとえて言えば枯れた銭型警部(ルパン三世の)のような。

    長野には、長野特有の顔つきや表情をした人が結構多い。どちらかといえば、大陸的なのっぺりとした中に、骨太で頑固なまじめさを併せ持った顔。そんな中で、童話に出てくるようなアイヌの顔を持った父の兄弟は明らかにどこか異質で、子ども心に不思議な存在だった。東京に住む自分たちとも、長野に住む長野人たちともなんだか違った顔。



    大人になり、民俗学を多少かじるようになってから、アイヌは日本の先住民族であるという説が強く、北のルートで日本に入ってきた北方民族(モンゴリアン系)が中央政権を作る過程で、各地から北へ、北へと追われていったことを知る。こんな蝦夷征討で北への移動を続ける過程で、アイヌの一部は日本の各地に集落を作って隠れ住んでおり、そんな「アイヌスポット」が各地方に残っているのだという。

    さて、父の生家である長野の松代近辺は見事にめでたく、そんなアイヌの移動ルートの線上にあった有名な隠れスポットなのであったらしい。


    なあんだ。
    じいちゃんもおじちゃんも、アイヌだったのだよ、もとは。

    追われながら隠れ住んだ反骨のアナーキスト。その末裔。
    日本の歴史の暗部と悲劇を持ち合わせた存在の血を引くもの。

    のほほんと意味もなくこの世に生まれてきたんじゃないのか、と斜めな視線でしか物事を見れなかった若い私にとって、脳内で勝手に構築したこの「わが家のルーツの片鱗」はいたく私を興奮させ、意味もなく自分の存在が重大なもののように思えたものだった。
    ま、どれもまったくの推測に成り立ったファンタジーでしかないのだけれど。


    ところで、アイヌの顔を持った父の兄弟には、ひとり、どこからどうみても「モンゴリアン」の顔をした叔父が混じっている。隠れ住んだアイヌ族が、それを追った北方民族とどこかで交わり、次第にどこがなにやらわからなくなって、今がある。
    日本って決して単一民族なんかじゃないってことが、兄弟の顔を見てたってわかるのだな。



    さて、そんな風に勝手なルーツ探しをしていると
    自分の中にはこれだけではない、隠れたルーツが幾多存在しているのではないか、と思う場面にたびたび出会うことになる。「前世」といういかがわしい言葉を信じるのならば、今生以外の場所で、自分は絶対にこのあたりと縁があったはずだ、と思わしめる何かに、旅をしていると頻繁に出会うものだ。
    私がヨーロッパの南の方面に頻繁に行きたがるのは、どこかで「ラテンみたいなもの」に惹かれているからで、だからといって「私はラテン系なの」なんていうこっぱずかしい言い草は決してしたくないのだけれど、それでもどうしようもなく、やっぱり南系のゆるくて、強くて、お行儀のいい享楽さに満ちた空気に触れると、生き返るような気になる。
    (“お行儀がいい享楽 というのがミソで、これがリオ・デジャネイロとかブエノスアイエスといった危険な空気を含んでくると、中途半端な私は尻尾を巻いて逃げるのだ)。

    旅は、だから未知との出会いであると同時に、自分の中に眠る「どこかで知っていたこと」との再び出会うためのもの、というような気もする。

    細胞の記憶にある場所、遺伝子の知る場所。それっぽい怪しげな言い方はいくらでもできるけれど、そんな感覚を一番簡単なしっくりする言葉で言い表すとすると、こうなる。
    「水が合う場所」。

    さて、世界各国でもそんな「水が合う」場所はあれこれあるけれど
    私にとっての一番近い国内の「水が合う」場所はここだ。



    あほでんねん。

    大阪でんねん。

    ここに行くと、落ち着く。とても居心地がいい。そして、水が合う。
    世の中的には「関西人」とひとくくりにされて、時として揶揄の対象にもなりがちな大阪のおっちゃんやおばちゃんが、私は大好きだ。
    私が好きなだけではない。
    大阪の人も、私のことを好きなのだよ(笑)。

    年に何度か仕事で大阪に行くことがあるけれど、たいていこういわれる。
    「武蔵野さん、あんた大阪の人に好かれるでしょ。なんかそんな感じだよ」
    うん、ありがとう。そうなんだよ>笑。



    だいぶ前、テレビで物価高に主婦がどう対抗するかを東西比較していたことがあった。
    東京の主婦は
    「とにかくまずは食費を節約しますね。一番削れる場所ですから」
    と答えた人が多かったのに対して、大阪のおばちゃんは違った。
    「あんた、好きなもんも食べれんようになったら、おしまいやで」
    だから食費は意地でも削らない。
    削るとすれば、光熱費だね。電気消して、お上に払うお金を節約するよ。
    で、商店街でせっせと値切るのだ。
    「にいちゃん、まけてんか?」と。



    そんな大阪の食の中でも、私が愛してやまないのがこの串かつなのよ。

    1本70円、「たまご」と頼んでみぃ。
    でっかいたまごが丸ごとフライになって出てくるで。
    それにソースからませて食べるんや。
    二度付け禁止やで。(えっと、現地の方添削お願いします>笑)

    通天閣下あたりの昼下がりは、ぷはっとビールで串かつにありつく老若男女でいっぱいだ。変なトラ柄のトレーナーを売る店をひやかして、イカ焼きをかじりながらスマートボールをしてほろ酔いで帰る。まだまだお天道様は沈んだばかりだ。
    ぼーっとした視界の隅に、づぼらやのフグが空を泳ぎ、路地の奥では将棋板を挟んで駒を弄びながらにらみ合っているオッサンたちが見える。



    台北に呼ばれ
    大阪にほれる。

    アイヌのルーツを引くはずだった私の今は、必死に北方から逃れて南下しようとしているようにも見える。結局のところ、「あるべきところへ戻ろう」としているのかもしれない、とさえ思う。

    で、そんな自分のルーツが、私は結構好きなのだ。
    だから行きまっせ。また、大阪に。
    category:ヨーロッパ旅歩き | by:武蔵野婦人comments(0) | - | -
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