持たないという美学

2008.05.07 Wednesday 21:38
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     ローマからアウストラーダ(高速道路)でフィレンツェへ。その道程にあるアッシジで昼食がてら足を休める。
     イタリアのアウストラーダは、日本の高速道路をお手本にしたのだという。へー。そりゃ意外だな。

     イタリア郊外をドライブしているというのに、窓外に広がるのは拍子抜けするぐらい、日本のどここかで見慣れた自然の造詣だ。ドイツのアウトバーンや、フランスの平坦な穀物畑の続く風景とはまったく違う、細かい起伏を繰り返して蛇行するイタリアのアウストラーダ。
     里山のある日本の風景と、イタリアの田舎町の風景がどことなく似ていることに、意外な驚きを持って窓外の景色にみとれてしまう。そうか、ここイタリアもまた、細長く南北に伸びる火山の国だった。



     ただ、街の構造は日本と決定的に違う。里山に神が宿ると信じた日本は、山の頂上に社を建て、その山が見下ろす平地に民家を密集させて街を作った。
     イタリアの山の頂上にも教会がある。でもその教会の周りにはぎっしりと石の民家が立ち並び、斜面を埋めている。イタリアの郊外の風景の中に見える小高い丘は、だから緑ではなく石とれんがの色だ。 高い場所から低い場所に流れるに従い民家は減り、平地には乾いた牧草地帯が広がって緑色に変わって行く。
     常に外敵の襲来にさらされていた彼らにとって、一番大切なものは城壁で囲み山の頂上に据えて、周囲に街を作り守る必要もあったのかもしれない。こうしてイタリアの教会にいる神様は街の一番の中心にあり、常に信仰と契約で市民の日常に密接に関与してきた。

     長い歴史と人々の思惑の集積。
     ヨーロッパを旅するときは、キリスト教とどう向き合えばいいのか、と考えてしまう。有名な観光地、美しい異国情緒などと考えてむやみに足を踏み込むと、日本人である私には到底太刀打ちできない世界が広がっていて、立ちすくむことも多い。



     アッシジには、小高い山の中腹に聖フランチェスコ教会があって、小さな田舎町には常に観光バスが頻繁に行き来している。

     聖フランチェスコといえば、映画「ブラザーサン・シスタームン」でつぎはぎだらけのぼろ服をまとって、フランシスコ・ザビエルのようなかっぱ状態のはげ頭で、小鳥に説教をしている姿を思い浮かべる人も多いはずだ。
     清貧を重んじた修道院生活では、ぼろ服の腰に縄のベルトが巻かれ、「清く、貧しく、美しく」を意味する3つの結び目が作られた。映画でも繰り返し語られたこの清貧の美学を期待して、アッシジの聖フランチェスコ教会の門をくぐる。


    「家も、財産も、地位も。所有してしまった人は失うことを恐れるようになる。フランチェスコはすべてを神に捧げ、何も持たないことを身上として生きたのだ」。


     そんなガイドブックの説明を読みながら。
     でも、目の前にある聖フランチェスコ教会の礼拝堂の中はジョット・ジマブエのフレスコ画がぎっしりとひしめき、黄金色に輝いてまばゆい限りだ。
     清貧とは程遠い空気感に満ちあふれたこの教会は、フランチェスコの死後に建て直され、彼の功績をたたえてここまで立派になったのだという。教会の地下には、いまも彼の亡骸が安置されている。




     自分が「人生でいろいろなものを所有しすぎてしまった」と考えるようになったのは、いつごろからだっただろう。
     
     一人前になるために、必要だったさまざまなもの。
     学歴、社会的な居場所、家族、家。心地いい家具、使いやすい食器類、季節に合わせた衣類、化粧品、本、家電。
     私を豊かにしてきてくれたはずの、家いっぱいの持ち物が、今の私をどこかで不自由にしている気持ちになった40歳の春。これだけのものをもってしまったら、私はもうどこにも行けず、どこにも生き方を変えられなくなってしまわないか。

     少しづつ、少しづつ有形無形の持ち物を減らしてきたここ数年。

     これから先の人生は、減らすことだけを考えよう。
     かばん一つでどこにでも行ける老人になろう。
     そして、死のあとに何も残さない人生をまっとうしよう。

     そうか。そんなことを考えるようになったのは、10年前に祖母を亡くしてからかもしれない。

     おおらかで暖かく、やさしかった祖母。そんな祖母は、しかし94才で死を目前にしても、強烈に「死にたくない」と生に執着した。戦前から戦後にかけて波乱の時代を生きた彼女は、同時に「残すこと」を人生の証とした人でもあり、だからこそ最後まで「何一つ手放さない」という強い意志を持って暮らした人でもあった。
     その祖母のDNAを受けついだ娘、つまり私の母は、70歳を超えた今、「私が死んでも絶対に家を処分してはならない。そして決して何一つ捨てないで欲しい」と言いながら老年を迎えている。

     生きた証としての「人生で積み重ねたもの」。
     それを後世に残すという使命感。 
     2世代にわたる女のそんなエネルギーをきちんと受け止めた上で。
     それでも私は「かばん一つで生きられる人になりたい」と願ってしまう。
     それは、豊かな時代を生きたからこそ言える言葉なのかもしれない。

     持たずに、死ぬ。
     そんなことが安易に言えるのは、一度持った経験があったから。
     と、少し皮肉な目で自分を見てみたりもする。


     清貧を貫いたとされる聖フランチェスコの伝説は、実は後世にだいぶ脚色されたものであるとの見方もあるようだ。実際には「清貧の思想を愛した」だけで、彼の出自は裕福な貴族の出であった。「持ちたくても持てない」という体験をしたことがない、豊かだったからこその場所に生まれた、「持たない」という美学。

     その清貧は多くの人の心をひきつけ、アッシジのこの場所を世界的に有名な場所にしたけれど、結局フランチェスコの清貧を愛した人たちは、この場所を金色に輝くフレスコ画で飾り、立派な教会を作って彼の功績を称えている。

     持たずに、死ぬ。
     執着を捨て、生きる。

     それはある意味、一度持ったことのある人間が希求するファンタジーの世界でもあり、持たないと願った人間のあとには、また持ちたいと願う人間が集うのかもしれない。


     アッシジの聖フランチェスコ教会は、清貧と豊穣が同居する不思議な場所だ。唯一、修道院の中庭を抜けて碧い芝生を横切った先に広がっていた、坂道に張り付くように立ち並ぶイタリアの田舎町の風情に、心癒されてシャッターを切る。



     アウストラーダは、この先フィレンツェにつながっていく。
     そんなフィレンツェのお話は、またいつか。






    category:ヨーロッパ旅歩き | by:武蔵野婦人comments(0) | - | -
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