バリ島、置き忘れたもの

2008.05.01 Thursday 10:48
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     まじめに平凡に公務員の仕事を勤め上げた父にとって、海外旅行は人生の選択肢にあったことがなく、彼は定年後に生まれてはじめて飛行機に乗り、日本以外の土を踏んだ。場所はグアム島。「両親を海外に連れていく」という使命に燃えていた私は、碧い海と広い空に父も感動するものと、勝手に思い込んで家族旅行を計画したのだ。

     ところが。このグアム滞在2日目で彼は「もう何もやることがない」と旅を放棄してしまった。
     仕方なく家族がプールサイドや免税店に出かけて戻ってみると、夕陽が見える高級ホテルの部屋のカーテンを締め切り、カウチで囲碁の本を読んでいた。そんな日が4日続いた。
     結局彼のグアムの思いではホテルのカウチと囲碁の本とビールという形で残っただけで終わったようだ。日差しは疲れる、水につかるのも疲れる。俺はバスで観光地を回ってもらうような旅がいい。以降、どんなに誘っても父はグアムには足を向けなかった。

     私の父はフルパックで安全に、なるべく多くの場所を効率よく回ってくれるような旅がいいのだという。「自由に過ごしてよい」と見知らぬ街に放り出されたら、途方にくれてしまうのだ。


     そんな父が70歳になったとき、「一生のうち、もう海外に行くことなんてなかいもしれないよ。みんなで行こう。どこがいい?」と、もう一度海外旅行にいざなった。
     「うーん。ヨーロッパは遠すぎる。ハワイなんて行ってどうする。アメリカには興味がない。」(へ? 行ったことないくせに。。。。。笑)「じゃあ、バリ島は?」「あ、インドネシアなら行ってみたい」。おお。
     かくして、じじばば、娘と孫というユニットのバリ島観光旅行は実現したのでありました。



     成人して、社会人となり、そんな立場から両親を海外旅行に連れて行くというのは、自分にとってどこかで「一人前になった私」の確認作業だったのだ。
     初老で海外、父の希望でもあるパック旅行には「ニッコー・バリ3泊、リッツ・カールトンのヴィラ2泊」のコースを選ぶ。「もう一度来よう」という選択肢が限りなく少なくなっていく老年の旅に、費用を惜しんで何になる。移動にも、宿泊にもなるべくストレスを少なく。散財はしたくないけれど、少しのお金を惜しんで我慢せず、できることはなるべく体験し、行けるところに惜しみなく足を運び、うまいものを食べおみやげを買い、思い残すことがない旅をするぞ!

     家族でバリ島「一生に一度の旅」は、限りなく気合の入った旅だったのだ。

     さて、その中身はこんな風なものだった。

     到着したニッコー・バリのテーブルには山盛りのフルーツバスケットが。バスルームにはバラの花びらが浮かび、翌朝はルームサービスの豪華な朝食が部屋に運ばれた。ホテルには滞在者用のアクティビティがいくつもあり、私たちは海岸線をらくだに乗ってトレッキングし、バスに乗ってスミニャックに工芸品を探しに出かけ、ウブドの山の中でケチャックダンスを見たあと、美しい女性たちが踊って給仕してくれる王宮料理の店に行ってインドネシアの料理を食べた。 



     専用ガイドに頼めば、レギャンの海岸線の屋台にも、バリ島の陶器ジェンガラの工場にも、クタの海岸にもつれていってくれた。
     たぶん、家族で一度しかこないバリ。行き残した場所がないように、地図の中の観光地をくまなく塗りつぶさなくては、と私は燃えた。全部見せてあげたい。全部つれていってあげたい。脳内は完全に添乗員状態だ。



     後半に移動したリッツカールトンのヴィラには、大きな天蓋月のベッドとプライベートプールと、丘にせり出すようにしつらえられたあずま屋があり、ここに身を横たえるとバリ島特有の湿った植物と海のにおいに混じり、遠くからガムランの音が聞こえてくる。夜はこのあずま屋にルームサービスを頼んで、月明かりの下でお酒を飲みながらカードゲームをしてみたりした。何から何までが、快適でゴージャスでロマンティック。これぞ完璧なバリ島の旅だ!!!


     さて、そう思って帰国して数年。
     どうしたことだろう。

     今、バリ島は私の中で、とても希薄な場所として存在している。
    「キュンと胸が締め付けられるような、何気ない風景の記憶」とか、「一瞬の風のにおい」とか、ほかの都市にはたくさん存在するそんな「ノスタルジィ」ではなく、「行った」という事実と達成感が残る街として記憶されているのだ。

     旅をカタログ化してしまったのだ、と思ってみる。
     カタログには余白も行間もない。

     余白も行間もない旅は、私が思っていたこれまでの「旅」とは、ちょっと違うものだったのかもしれない、と今さらながら気づいてみたりもする。

     行くからには、なるべく効率よく全部見てこよう。体験できるものは全部やってこよう。だって、きっと二度と来ることはないのだから。
     日本のパック旅行は、たいていそんな意図のもとに設計されているけれど、それでもそんな風に旅行会社が企画したツアーの工程の中に
    「あのとき入り込めなかった路地の先に、何があったのだろう」とか
    「通り過ぎてしまったあの美しい街に降り立つのは、どういう気分だろう」
    なんて思いがたくさん残るから、旅は深みを増し、「行き残した場所」「知りきれなかった何か」を内包して、ノスタルジィな記憶を残すのだ。


     私はたぶん、そんな余白さえ残さない完璧な計画を作ってしまったのだ。
     そして、バリ島に何一つ忘れ物をしないで帰国してしまったに違いない。

     「もう二度と行かないかもしれない」場所であっても、旅は何か忘れ物をしてきたほうが、きっといい。
     知り得なかった何か、行ききれなかったどこか、という置き忘れたものがあるような気がするから、また行く口実が残る。

     そして、そんな口実がある限り、その場所と自分はつながり続けることができる。



     次にバリに行くことがあったら、ウブドの山に登ってたくさん忘れ物をしてこよう。
     そうじゃないと、なんだかバリ島に申し訳ないような気がするのだ。

     世界中に忘れ物をしたい。
     私にとって、旅とは、きっとそういうようなもの。

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