バルセロナの2つの市場にて

2008.04.16 Wednesday 21:12
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     はじめての国に行ったら、市場に足を運びたくなる。だって、食べることって人間の基本でしょ? その国の人がどんなものを食べ、それはどんな売り方をされて、いくらで売られているのか。食が見えると、その国の色やエネルギーや気質が見えてくるような気がする。市場ほどエキサイティングな場所はない。心からそう思う。


     以前、息子がまだ小学生だったとき。夏休みの自由研究に「世界の料理を食べる」というテーマを掲げてみたことがあった。好き嫌いや食べず嫌いがとても多かった息子。ギリシャのアテネでオリンピックが開催されたこの年、「ギリシャ料理を食べてみようよ」「アフリカの人って何を食べているんだと思う?」。そんな問いかけをしながら、世界の主食や特産物を調べては、これは役徳だと身近にあったレストランに足を運んでは、各国の料理を食べ歩いた。あれは楽しかったなああ。

     そのとき、最初に息子と約束したのが、こんなことだった。
    「どんなものが出てきても、絶対に顔をしかめたり、まずいと言わないこと」
    「どの国の人も、長い時間をかけた知恵でおいしく食べている料理があるのだから、ちゃんと敬意をはらって食べよう!」。
     大嫌いだったナスが、ギリシャ料理のムサカで食べられるようになり、手を触れるのもいやだったピータンの皮をむいて食べ、その翌年にはタイ一匹をおろせるようになっていた息子。食は家のキッチンだけではなく、その先の広い世界とつながっている。世界を知るための手がかりに、食があっていい。食の体験は偉大だ。



     バルセロナの街の中心には、ランブラス通りという大きな通りが貫いている。並木道をはさんだ両側には、劇場やレストラン、ホテルが軒を連ね、夜遅くまでネオンが輝く大繁華街だ。この真ん中に、市民の胃袋ラ・ボケリア市場がある。



     市場の入り口でスカンピを売っているのは、美しくて若い女性たちだ。生々しく赤い色を積み重ねたスカンピの山の向こうには、色とりどりの野菜や果物、生ハムや肉類を扱う個人商店が累々とつながっている。薄暗い市場の中には、スペイン映画の奇才アルモドバル監督の映画のワンシーンを見ているような、鮮やかな情熱を含んだ色彩の洪水が渦巻いていて、息苦しいほどだ。



     スカンピを売る女の子の横では、もくもくと豚の頭をからだから切り離している女性がいる。思わず、足が止まり彼女の動きに魅了される。人間が生きるために殺されていく動物たちの姿は残酷ではあるけれど、一方でなんと美しいのだろう、と思う。街の中心部で、こんな作業を黙々と繰り返す女性の姿は、どこか神々しいほどだ。



     以前、子ども同伴で移動した旅先で、豚の頭や鳥が並ぶ市場を顔をしかめながら「気持ちが悪い、残酷だ、くさい、汚い」と言いながら歩き続けた親子がいた。そうなんだろうか。きれいに処理されたスーパーマーケットの食材だけで、ヒトのいのちなんて維持できるんだろうか。頭も耳も、内臓も血も皮も、その姿を偽ることなくありのままで、残さず食べようと思えるほうが、ずっと正しい命のあり方じゃないの? だから、私はこんな風に市場に胃袋や臓物が並ぶのを見て興奮し、この臓物と格闘する女たちや料理人を想像しては、悦楽に浸ってしまう。
     神様はちゃんとからだの中まで、美しく美しく作っている。いのちって、隅々まで美しいものなんだということを、市場は教えてくれる。



     このラ・ボケリア市場のあるランブラス通りからゴシック地区を抜けて、カタルーニャ音楽堂を目指して歩き始めると、視界の向こうに突然色とりどりにうねるタイルの屋根が見え隠れしはじめる。こちらはサンタ・カテリーナ市場

     この市場は2005年にリニューアルされたばかりだ。タイルや木を基調にした建造物のデザインは、建築家エンリック・ミラーリェスの手によるもので、日本の美術館でも建築模型の展示などもされて注目を集めた。

     建築中に市場の地下から遺跡が発見されて、完成までに長い時間がかかっただけでなく、ミラーリェスは工事半ばで亡くなってしまい、妻のベネデッタ・タグリアブエが一人で完成させたといういわくつきの市場は、さっき迷い込んだばかりのラ・ボケリア市場から徒歩で10分もかからない場所にある。この新旧の2つの市場が、バルセロナっ子の胃袋を支えている。



     豊かな食材に囲まれた街、バルセロナ。巨大な2つの市場と、カフェとバールがひしめき合い、小さな路地の目立たない店にもちゃんと客がいてにぎわっている。 海岸線の新しい開発地区でもあるバルセロネータを散策すれば、目の前の海で採れた魚介類をふんだんに使ったパエリアやブイヤベースの店が軒を連ね、街中が「さあ、食べよう、飲もう、楽しもう」と誘ってくるようだ。



     こんな素直な食欲がある場所が、私はつくづく好きだなあ、と思う。アイスクリームやポテトチップやハンバーガーで太るんじゃなくて、こんな風にいのちに近い食材を新鮮に食べて、笑いながら、愛し合いながらお酒を飲んで太るのなら、それもいいじゃないの? 健康のためにとウエストばっかり測って暮らすより、ずっとしあわせだよって思うのだ。
    category:ヨーロッパ旅歩き | by:武蔵野婦人comments(0) | - | -
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