パリー 地面を確かめたくなる街

2008.04.15 Tuesday 22:31
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     中心を川が貫いている街は、多い。たとえばロンドンのテムズ川、プラハのエルベ川。写真はブダペストのドナウ川。

     ヨーロッパの街歩きに疲れたら、たゆたうように街を横断する川べりを歩きたくなる。それは、歴史と喧騒の時間を積み重ねたヨーロッパの街の濃厚な空気感からひととき逃れるための、いい口実になる。
     川は不思議だ。何世紀も前から変わらずそこにありながら、流れる水はひとときも同じ場所にとどまらない。ゆるゆると流れる水面を見ていると、古いふるい街の歴史と自分が、ほんのひとときつながれるような錯覚に陥る。古い街と川は、だからとても相性がいい。


     そんな川と街の関係の中で、昔むかしから私が愛してやまないのは、月並みだけれどやっぱりパリとセーヌ川の関係だ。もう、パリフリークと言われたっていいの。はずかしくてもOK。だって、私はパリが大好きなんだもの。

     私の大好きな映画のひとつに、「パリ空港の人々」というのがある。ハリウッド映画でトム・ハンクス主演の「ターミナル」の元ネタでもあったこの映画は、わけあってシャルル・ド・ゴール空港から出られなくなってしまった主役のジャン・ロシュフォールが、同じように空港内から出れないまま、国籍も住所もないままに住み着いている人たちとの数日間の交流を描いたもの。
     この映画の中で、空港内の窓もない小さな部屋で、パリにいながら一度もパリの街を見たことのない移民の子どもに、ロシュフォールがテーブルの上にパリの街を再現するシーンがある。おもちゃのエッフェル塔に消しゴム、コーヒーカップでできたパリの街。想像の世界できらきら輝くこのパリの街を作るとき、ロシュフォールが最初にしたのが「テーブルの真ん中にチョークでセーヌ川を描く」ことだった。

     セーヌがなければパリにはならず、パリがなければセーヌもない。パリとセーヌの関係は限りなく濃厚だ。

     そう何度も行けるわけではないけれど、それでもたまに無性にパリに惹かれてホームシック(!?)になる私は、はじめてこの街を訪れた25歳のあの日から、これまで仕事も用事もないのに何度も口実を作ってはパリに足を運んできた。何をしにいくのかと聞かれても、よくわからない。とにかくそこにいたいから、行く。パリにいる自分を確認したいためだけに、12時間の飛行機に、乗る。


     そんなパリ行きを決行したとき、いつも最初にしたいのが「セーヌ河畔を歩く」こと。味気ないといえばそれまでの石畳の河畔を、朝に、昼に、夜に、せっせせっせと歩きたい。たまにはスキップもしたい。その場で飛び跳ねたりもしたい。
     橋をくぐり、橋を渡り、ベンチに座り、シテ島の突端から観光船に乗り、そして映画「ポン・ヌフの恋人たち」でジュリエット・ビノシュが座っていたポン・ヌフ橋のせり出したベンチに身を乗り出し、犬のおしっこくさいわき道を通ってハミングしながら歩き続けたい。そんな風にセーヌ河畔に自分の足跡をしこたま残して、また私はパリの街に戻ってこれるんだよね、って確認したいのかもしれない。



     旅って、ほんとに不思議だなあと思う。時間をかけて遠くの憧れの街について、それでもなお、なぜ自分がここにいるのか、なぜこんなに遠くのあの街に自分が存在しているのかが、実感できずに夢見心地になってしまう。危うげではかなげな、そんな寄る辺ない気持ちに襲われると、私は気がつけば足元を見ている。
     私の足、この街を踏んでるよね。こんな場所に、いま立ってるよね。これって、ほんとなんだよね、って。そう思って、つい地面の写真を撮る。私のスナップショットには、だから地面の写真がとっても多い。


     パリは何度行っても、そんな風に「地面を踏みしめたくなる」街だ。到着すると、無性に懐かしい。いるべき場所に戻ってきたという感触に身を包まれるのに、ちょっと目を離した隙にまた、パリから引き離されてしまうのではないかと、心細い不安感に駆られる。だから私は、パリの街に立ってセーヌを見渡して、本当に来たことを確かめるように河畔をスキップする。たくさん足跡を残して、たくさん地面の感触を自分の細胞に刻みつけて、そしてまたこれますように、って。
     これはおまじないみたいなもの。


     あと何年、あとどれだけ、私は自分の足跡を世界に残せるのだろう。少しづつ少しづつ、一歩づつの足跡を残していくことに、ちっちゃな意味を感じられるような、そんな旅がこれからもできるといいなあ、ってよく思う。

     あああ、それにしても。

     何度行っても、なぜこんなにパリに行きたいんだろう。こんな文章を書きながら、のんびりぼんやり、セーヌ川の風景を思い出しながら、仕事机の下で小さくスキップしてみたりする。冷たくて硬い石畳だけど、なつかしくてあったかい。セーヌはやっぱり素敵だ。きっとまた、行く。いつ、行く?


    category:ヨーロッパ旅歩き | by:武蔵野婦人comments(0) | - | -
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