何もできなかったコロナ3ヶ月のあと、役に立たないことを始めるー世界の都市に疫病を鎮める仏像を48体置いてみた

2020.08.02 Sunday 15:42
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    今年の2月、確か私はフランスにいた。

    今年の11月に予定されていたフランスでの展覧会の準備のためと、一昨年開催された展覧会に行けなかったことで迷惑をかけた現地の人たちに会うために。
     
    一昨年現地のアーティストさんが声をかけてくれて実現した二人展は、偶然みつかってしまった病の手術日が重なったことで、私不在で行われることになった。急遽送った作品はギリギリ会期に間に合ったけれど、展示から開催期間中の接客まで、フランスの友だちに助けてもらうことになり、そのことのお礼がまだできていなかった。
     
    あれから5ヶ月。
     
    いったいどこの誰が、今のような世界を想像できただろう。

     
    私は売れている作家ではないし、展覧会などもあまりやらない。
    それでも、今年ははじめて海外からギャランティの出るオファーがあったことで、少しだけ「やったるで」モードに入っていたところがある。やったるでモードの人は変なオーラが出るのか、帰りに立ち寄ったパリで、ひょんなことからパリのギャラリーでの展示が決まりかけた。帰国後に詳しい内容を決めようというやりとりをしている間に、東京のギャラリーからも問い合わせがあった。

     
    あれ? 来たか?
    来たのか?
     
    なんか、波がやってきたんか?

     
    3月には東北で、4月は愛知で、アートプロジェクトのための小規模なレジデンスもする予定だった。
    長年温めていたことが、一気に開花しそうな。
    2020年は、私にとっては特別な年になるはずだった。

     
    世界がコロナに侵食されて
    秋のフランスの展示は中止となり、パリのギャラリーの案件はなくなり、東北も愛知も行かれなくなって
    制作の細かいスケジュールを書き込んでいた私の手帳は、もう意味をなさなくなってしまったので
    100円ショップで新しく手帳を買った。
    そこに今は、今日食べたものとか
    買い物にでかけた場所とか、見た映画とか
    そんなものを書き込んでいる。
     
    そんな風に世界がひっくり返って
    最初のころ、盛大にメンタルバランスを崩した私は、創作も制作もできなくなってしまった。
     
    必要最小限の仕事をこなしたら
    ただただ、ページをあけたらやることが決まっていて、新しいものを作り出す必要のない語学のドリルを日がなやっていた。
    テレビもネットもシャットダウンして、起きたらドリルをして、食事をつくり
    たまにYou tubeを見ながらヨガや太極拳をして、Netflixに加入してむさぼるように見続けた。
    難しい映画は見られなかった。アホなドラマとリアリティーが、一日ついているような日々だった。

     
    少しづつ、何か作れるかもしれないと思えたのは7月に入ってからだったと思う。
     
    3ヶ月はからだも心も停止していた。
    創れるかもしれない、と感じたけれど
    今年創るつもりだった作品に手をつけることは、まだできていない。
     
    代わりに、世界の都市に仏像を置くというプロジェクトを勝手にはじめた。
    たぶん彼岸の世界に行ってしまった世界と自分を、現実にまた結びつけるために、何かしらのプロセスが必要なのだと思う。
     
    これまで自分が行ったことがある世界の都市から48箇所をピックアップして
    これまで創りためていた仏像の版画を
    小さくカットした桐の板に張り込み
    自分が撮ってきた写真をさかのぼって見ながら
    思い出の場所やモノたちを桐の板の中に描き込んで行った。

     

     
    感謝祭でごった返していたフィレンツェで食べたパスタの味。
    プラハの静まり返った人気のない夜の石畳。
    天文時計やプラハ城。
    マントンの海岸にそそり立つように建っていたジャン・コクトーの要塞美術館。
    町中にあふれるレモンの香り。

     
    銅板を加工して時間をかけて描画し、何度も腐食して刷り上げた銅版画は雁皮に刷る。
    乾いたらそれをまたデザインカッターで細かく切り抜いて、しょうふ糊にCMC糊を混ぜたもので、ジェッソを塗った桐の板に張り込んでいく。色付けは雁皮の裏から。最後にメディウムで補強する。
     
    旅をしてきた時間と
    作品を創るために試行錯誤しながら時間をかけて作り上げてきた工程と
    周りの世界はすべて止まってしまっていたけれど
    それらはすべてちゃんと、自分の中にあって

     
    ああ、そうか。
    新しいことがいまできなくても
    こうして自分の中を掘って、自分の中を旅して
    いまはそれでいいのかなあ、と思えるようになった。
     
    ということで、役に立たないこと、なんの目当てもないことを
    日々、ただただ
    繰り返している。
     
    この
    「繰り返す」ということに、ちょっと救われていたりする。

     
    8月になる前にやっと48体が完成したので
    ポートフォリオにまとめてみました。
    よかったら見てね。
    行ったことのある場所、見たことのある場所があったらうれし。
    (写真をクリックするとサイトに飛びます)
     

     
    ただ描くという作業以上に、いろんな場所の名称の英語表記を調べたり、国の名前のスペルを調べたり>笑
    意外とそんなことで時間がかかって、それもまた楽しかった。
    たぶん、描いている以上にそこにどんな風に時間を使ったのかということが、とても大事なのかもしんない。

     
    古来、疫病が流行れば仏像を建てたという日本から、こんなささやかで小さな創作ではあるけれど
    いつかまた平和に行き来できる日を願って、日々繰り返すということに救われている自分がいる。
     
    どこかで、ああ、物を創れる自分でよかった、と
    改めて思っているコロナの夏でした。
     
    次は森林破壊に向けての創作を、日々繰り返しています。
    また、書きます。
    category:Dairy Tokyo | by:武蔵野婦人comments(0) | - | -
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