断捨離などできやしない、ガラクタに囲まれて生きるのだ

2020.07.25 Saturday 17:35
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    ピンク色のペットボトルをみつけて、3日間迷った末に買ってきた。

    1本140円(+税)。

    同じミネラルウォーターの青いボトルは知っていたけど、ピンクははじめて見た。

    むちゃくちゃ、かわいいじゃないかー。

    絵を描くために水を使うので、頻繁に変えなくていいようにペットボトルに予備の水を入れて使っているのだけれど、そのペットボトルを今日からピンク色に変えてみた。めちゃ気分が上がる。
    たぶん、買うのを3日迷ったというのもよかった。紀伊国屋の前を、行ったり来たり3日したのだ。140円でも、時間をかけて買ったことで幸福度が増した。こうして、私の部屋にはガラクタが増えていく。

     

    息子の誕生日に買ったCHIMAYビールの大瓶についていたコルク留めは、椅子になった。

    記念にあげると息子の部屋に持っていったら、「いらん」と追い返されたので、居間に飾った。

    人生でこんなものを何度も作って、ガラクタは増えた。

    たまに捨てはするけれど、暮らしの折々に生まれていく、役に立たない余計なものが、私は大好きなのだと思う。

     


    今年2月のコロナ前、フランスの美しい村のひとつ、スミュール・アン・ノーソワに住む友人が、もう何年も改装中なのだという親戚の家につれていってくれたことがある。17世紀に立てられ、19世紀の改築を最後に放置され朽ち果てていた物件を購入し、建築家である友人の義兄が家族とともに、コツコツと時間をかけて修復して住んでいた。


    博物館にあってもいいような調度品の数々が部屋のあちこちに散らばる風景と、その時代の様式を残したまま、歴史に忠実に再現しようとしているこだわりを目の前にして、畏敬の気持ちとともに驚きや羨望が入り混じって、しばしぼーっとしてしまった。

    「ほら、ここからここまでが17世紀。大理石の色が違うでしょう。おそらく18世紀にこの部屋は4つの部分に小さく区切られていたことが、天井に残る梁でわかる。あの窓は税金の関係で塗り込められて壁になったいたものを、元の状態にいま戻しているところ。たぶん、別の人がこの家を買ったら、貴重なゴシック時代の階段は壊されていたはず。これだけの幅の石を階段一段に丸ごと使うのはかなり稀なことだから、わからない人が壊してしまわなくてよかったと思っているよ」

     

    フランスでこうした古い朽ちた建物を改修して住んでいる人を何人か知っているけれど、日本との大きな違いは、そのもととなる家の状態だ。

    見事に朽ち果てていることが多い。

    たぶん、日本なら全部壊して新築するしかないと思えるぐらいの状態の家を、買って、直して、住む。

     

    この写真はもう10年ほど前にブルゴーニュで撮影した改修前の建物の写真なのだけれど、この状態を直せると思える感性は私にはない。これ見たらまず「壊すのにいくらかかる」から始めるよね、日本なら。

    石の文化だからできることなのかもしれないけれど、それでも

    この建物についても、小一時間ほどの説明を現地の人から聞いた覚えがある。

    ファサードの形、石の使い方、パン窯の跡や井戸の作り。廃墟と思っていた場所に、あふれるばかりの歴史とエピソードが詰まっていた。自国の歴史と文化にここまで親密に向き合える力って、いつもすごいなあと思う。

     

     

    ぼーっとしながら見事な家を見て回ったら、最後に1階のダイニングキッチンに通されて、コーヒーが出された。

    ここは現代的なシステムキッチンになっていて、エスプレッソマシーンや大型の冷蔵庫もある。

    んでもって、まあ、ありとあらゆるものに溢れているのだった。

    「私達は旅が大好きで、行くたびになにか思い出の品を買ってくる。それが増えていくのを見るのが、すごくうれしいのよね」と教えてくれた女主人が使っている食器棚は、こんな感じ。

     

     

     

     

    棚の中にも、テーブルの上にも、そして天井からもブラブラとたくさんのものがぶらさがっていて、まさに雑貨の海じゃった。

     

    物がいっぱいでも

    なんて心地良い風景なんじゃろ。

     

     


    断捨離が流行ったとき、「棚などに飾ってあるものは9割を捨て、1割を残す」と教わった。

    見える収納はそうじも大変だし、一番無駄なものが多いらしい。

    確かに片付けは大事だし、手放すことも大事だけれど

    でも、この日案内してもらったこの家の棚の中に、捨てていいものなどあるだろか。

     

    世の中は「捨てられない」人から、「捨てられる人」にならなければいけないような風潮だけれど、

    たくさん捨てられたと自慢する人は、単に捨ててもいいものを選んで所有して生きてきたと言えなくもないわけで、

    簡単に「捨てる」という言葉を使う風潮は、あまり好きになれないなあと思う。

     

    ということで、飾り物だらけのわがやの玄関だよ。

    何を捨てろというのか。

     

     

    まったく思いつかないよ。

    category:Dairy Tokyo | by:武蔵野婦人comments(0) | - | -
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