手の混んだ料理が愛情だって、まあ、愛ってずいぶんとイージーなものなのね

2020.07.14 Tuesday 11:17
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    ポテサラ問題がワイドショーネタになった今日。

    ネットでもう一回りしたら、テレビネタになる。

    テレビで一通り流れると、新聞ネタになる。

     

    テレビも新聞も、今の時代はトンデモ遅すぎだ、もうなんか哀しい。

    でも、あら、ポテサラ? と、よせばいいのに見てしまった今朝、思ったこと。

     

    街頭で70代ほどの男性(ジジイ)が、

    「ポテサラなんて茹でて切って、マヨネーズで合えるだけだろ? そんなもんうちのカミさんだって作るよ」

    デェへデェへ(笑)

    という、ツッコミどころ満載のインタビューに答えている映像を見せられたのち

     

    (いまごろ)喧々諤々とポテサラ問題を論じている人たちの発言を聞いて

    なんだかポカンとしてしまった

     

    若い世代が、やはり手の混んだ料理を作ってもらえるのは愛情の現れだと言えば

    僕は子供時代母親が忙しくて惣菜ばかり食べて育ち、、、、と身の上話しが始まり

    結論としてやはり「母親の手料理が食べたかった」と結ぶ。

     

    そうか。

     

    手の混んだ料理は 愛なのか。

     

    まあ、だとしたら、愛ってなんてイージーでわかりやすいものなんでしょ。

     

    *うちの手の混んだ料理。これらのものはたいてい、愛情ではなく趣味の領域

     

     

    弁当とか、手作り品とか、おやつとか。

    どれも決して簡単ではなく、時間も手間もかかり、

    そんなものを親の愛情として社会側から強要されたら、どうやったって反発したくなるけれど

     

    どこかで

     

    そうしておけば愛していることが伝わる

     

    と思うのも間違っている、と私は思う。

    ついでにいえば

     

    そうしておけば愛情深い自分を確認できて安心する

     

    のもなんか違う。

    愛はそんなイージーなものじゃないはずだから。

     

     

     

    日本って、すごく大事な部分はファジーな空白にして言語化することを避け

    「なんとなくそんな感じ」の空気感をみんなで維持しているようなところがあるでしょ。

    「愛」についても、ちゃんと語られたことはあまりなんじゃないのかな。

     

    ただ、「そんな感じ」だけでは不安なので

    そこを「愛情弁当」とか「天然酵母で6時間かけて作った無添加のパン」なんかを配置して、安心したくなる。

     

    なぜって、愛を受けるがわも、与える側も

    本当に愛されているのか、本当に伝わっているのか、愛は十分なのかと

    ただただ、いつも不安で仕方ないのだから。

    私達が日常接している「愛」の定義は、たぶんそんなところにあるように思う。

     

     

     

    愛とか

    正義とか

    義務とか

    権利とか

     

     

    子供の頃からきちんと言葉にして語り合い、定義しつつ、意見の違いを認め合っていくという教育が

    私達には決定的に欠けているんじゃないのかな。

    自分なりの言語化ができて、それを相手に伝えることができれば

     

    愛情の確認は弁当や手の混んだ料理に頼らなくたってできるはずだ。

     

    そして赤の他人に

    ポテサラ作らないなんて母親失格だなんて、くだらない言葉を投げかけることもない。

     

     

    愛は偉大だけれど

    時に束縛し

    支配し

    相手の自由を奪うこともある。

     

    愛という言葉を、簡単な免罪符にしてはいけない。

     

     

    宗教教育のない日本で

    愛 を語るのはとてもむずかしいことだ。

     

    だからこそ、相手を大事に思う気持ちや、自分のできる愛のかたちについて

    子供の頃からちゃんと言葉にして伝えあったり、討論したり、違う意見を受け入れる訓練をすることが

    私達にはとても必要なんじゃないかな、と思う。

     

    ポテサラなんかで愛を語られたくないけれど

    その反論は

    「えー、だってポテサラ作るのすごく大変なのに、わかってない」

    だけでもないような気がした今朝。

     

    ちょい書いてみた。

    ではお昼ご飯。

     

    category:Dairy Tokyo | by:武蔵野婦人comments(0) | - | -
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