母と娘の赤いバラ ー 母子確執による体調不良が娘にだけ残ることの不思議について考える

2020.06.26 Friday 11:00
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    「毒親」という言葉をよく聞くようになったけど

    少なくとも、私が子供時代はこのような発想はなかった。

     

    親の行動がどんなにおかしくても、批判などできるすべもなく、その「なんかおかしいんだけど」「ってか、これ完全アウトでは」という経験や思いは、第三者に話されることも理解されることもなく、鬱積し続けてやがては自分自身のこころや体を蝕んだのでした。

     

    そういう経験は、したことのある人にしか理解できないものでもあるので、今日書こうとしていることも、はてなわけわかめという人や、不快感を持つ人もいると思う。当然だと思う。

     

    ほんでも、最近しみじみ思うのは

    機能不全家庭に育ち、盛大にあっちこっち不具合を発しながらおとなになり、そんでもなんとかそこから抜け出して、上手に消化して生きてきた。。。。。。

    はずの自分が、人生一回りの年齢を迎えてなお、親子関係を根っこにした様々な記憶や問題から逃れられていないのだなあ、哀しいことに、、、ってこと。

     

    薄れるどころか、堆積して逆に、鮮明になっていく部分もあり。

     

    まあ、そんなわけでたまにこういうことも書いて気持ちの整理をしてみようと思うわけです。

    機能不全家庭についてはこちらのチェックリストなどよくできていると思います。

    私などは、まあ、ほぼ当てはまってしまいますがー>笑

    https://cocooru.com/checks/6

     

     

     

    さて、いつもどおり前置き長いけど、今月は私の誕生日でした。

    それも、世の中では赤いちゃんちゃんこを着るらしい、節目の誕生日でありました。

     

    わたしは父を3年前に亡くし、母がうちから徒歩10分にある実家で一人暮らしをしてますが

    まあ、ずっといろいろ問題を抱えた家族をなんとかなだめすかして維持してきたけれど、父の入院から葬式、墓の問題を経たのち、私が大病を患ったのでもうなんつか、卒親していいすか、という感じでかなり努力をして距離を取ってます。

     

    距離取らないと、私がそうして、病気になっちゃう。もうさんざんやってきたから、もういいよね。

    (ちなみに私は一人っ子、シングルなので、ほかに身内が誰もおらず。いずれ必ず面倒みなくてはいけないので

     せめて今だけは穏やかに過ごさせて、というわけです)。

     

    ほんでも、母はなぜ私が疎遠になっているのか、まったくわからない。

    そういうデリケートな感じのところにコロナ騒動で、これは私にとっては怪我の功名というか、会わない正当な理由ができたので、本当に助かっている、申し訳ないけど、救われている。

     

    そんな中の誕生日ですよ。

     

    朝、11時ごろ家に行っていいか、渡したいものがあると連絡がありました。

    いいけど雨が降ってるから駅まで行くよと返事をして、仕事をしていた10時20分。

    駅にいる。家まで行ってもいいんだけど、雨だからあんたが来るまで駅前のスーパーで座ってる、と電話。

    11時じゃなかったのか。

    部屋着すっぴん状態から、あわてまくって準備をして傘をさして家を飛び出したんだけど、考えたら時間を無視したのはあちら。駅まで来れているなら、そのまま7分歩けばうちに着く。なんならタクシーでもいい。

    そのあたりをすっ飛ばして、ただただ

    「どうしよう、どうしよう」と走り出す自分がいる。

     

    ひとり待たせてしまっている罪悪感。

    雨の中家まで歩かせられるわけがないという罪悪感。

     

    それは、愛情や思いやりとはちょっと違ったもので

    掘り起こしていくと、「ママを怒らせちゃう」「不機嫌になったらあとが大変」「ごめんなさい、ごめんなさい」というような感情がごちゃまぜになっているもので、人生の大半に存在していたとても馴染み深いものだったりするわけです。

     

    そんなわけで小走りで駅前のスーパーに行ったら

    母が「誕生日おめでとう」と赤いバラの花束と、金一封のお祝い封筒を手渡してくれた。

    本当は一緒に食事でもしたかったんだけど、、、、、と。

    わざわざ花を持って駅まで。普通なら素敵な母子の風景だし、ありがとうと感謝の気持ちももちろんいっぱいある。

    しばらく会えないけど元気でね、と手を振り別れる。

     

     

    それでね。

     

    そのバラの花束は家に持ち帰られたのち、丸一日玄関に置かれたまま

    家の中に持ち込むことができなかったのでした。

    気持ち悪くなっちゃうんですよ、見るだけで。理性に反して、気持ちと体が拒否る。因果だなあと思う。

     

     

    理由を聞けば、そのくらいのことでというようなことかもしれない。

    でも、こういうことがピラミッド状に蓄積してしまっているから、小さなことも体調を崩す大きな理由になってしまうのが、母子確執の難しいところじゃなあと思う(で、ちなみにこの手の関係性では体調を崩すのは、常に娘のほうでもあるわけですな)。

     

    以下が、母と娘の赤いバラの事の次第。

     

    数年前、突然母に

    「還暦のときあんたに何もしてもらってない」と言われる。

    「Mさん(元夫)は食事に連れていっておごってくれたのに。あんたには何もしてもらえなかった」と口を尖せた。

     

    あれ? そうだっけかなあ。

    母に責められたら、脊髄反射で自分を責める癖がついているので、そんなことあるかなあと思いつつ家に帰る。

     

    数日後、突然思い出した。

    真っ赤なバラを60本、贈ったじゃないか。

    それで、それをいたく喜んだではないか、母は。

     

    後日「贈ったよね」と話すと、「えー!?」と顔を曇らせて、「そうだったかしら」と言うので

    なんだかひどく悲しくなって帰った。

    娘がしたことは何も覚えておらず、その娘を殴ってCT検査で被害届を出しなさいと医者に言われるような(実際には反逆が怖くて出さなかったけど)怪我を負わせた元夫が「食事につれていってくれた」ことは覚えているのか。

    そもそも、その食事会は私が夫に同席をお願いし、店の予約も私がしたものだ。

    私の母親の還暦の誕生日にみんなで食事に行こうと言い出すような人では、なかった。

     

    どんなに頑張っても

    どんなに努力しても

    認めてもらえないどころか、忘れられ

    私を痛めつけた人が美化され

    それを口実に責められるって

     

    まあ、なんかそんなことばっかりじゃったよ。ふん。

    というわけで、真赤なバラ60本というのは、なんともやるせない思い出となった。

     

    その赤いバラを、母は持ってきた。

    理由は「あなたに赤いバラをもらって本当にうれしかったから、あなたにも同じものを」。

    忘れてたくせに>笑。

    でもその本数は、半分の30本だった。理由は

    「高かったから」。

     

    高くてもったいないから、60本買うぐらいだったら、半分は現金で渡すほうが喜ぶと思った、と。

     

     

     

    もうね、なんかうまく整理できない。

     

     

    そもそも赤いバラは母が大好きな花だったから、贈ったのだった。

    たとえ区切りの年齢のシンボルだったとしても、私をよく知っていれば、私は赤いバラの人ではないことぐらい、身近な人なら誰でもわかる。

     

    母はとてもシンプルに、子供っぽい発想でこの花を贈ってきたのだと思うけれど

    ぐちゃぐちゃに殴られて病院から戻った私に「殴られたのはあなたにも原因があるんじゃないの? 私だってたまに話していて感じ悪いと思うことあるから」としれっと言い放ったこととか(母に対して感じ悪くなるのは、母が無謀なことを求めるからなのに。。。)

     

    もともとは忘れ去られていたことが言い訳のように持ち出され、でも数は半分で理由は高いから現金でもらうほうがうれしいだろう、って、

     

    あまりに多くのメッセージが赤いバラにこめられすぎていて

    それを家に持ち込むことさえ辛くて、半日体調を崩したのだった。

     

    あほか、と思う人も多いと思う。

    母との確執がない状態であれば、これはちょっとした笑い話であり

    「なんだかかわいい愛すべきおかあさんね」ということになるわけで、実際母を「愛すべき人」と認定する人も多い。

     

    でも、母子の間に蓄積されてしまったことは、この歳になっても、たまにこうして噴出して心身を苦しめたりするわけで。

     

     

    とりあえず、30本の赤いバラは1日玄関に置かれたのち

    小分けにしてドライフラワーにすることで、なるべく目にすることなく、でもないがしろに捨てたり枯らすことで罪悪感を抱えることもなく、いま平和に家の中にぶらさがっています。

     

     

     

    これが母と娘の赤いバラのお話。

     

     

     

    さて、これには後日談もあり。

     

    数日後。

    はれ? と思い出す。

    還暦だったっけ? 母が還暦の時って、まだ近くに住んでいなかったんじゃなかったっけ。

     

     

    じっくりと記憶をたどって、ぼんやり思い出したのは

    「あんた覚えているかどうかわかんないけど、私今度喜寿だから。そういうときぐらい、何かしてくれったっていいんじゃないの」

    というような電話をもらい(念の為言っておくけど、誕生日は毎年きちんと食事会したりものを贈ったりしている)、

    これはいつもと同じ感じのものでは満足してもらえそうにないと、バラの花を77本贈った、、、、

     

    かもしれない。

     

    もしかしたら、古希だと言われて、70本だったかもしれない。

    この家から注文したのだから、母はとうに60歳を超えていたはずで

    いずれにしても、赤いバラを贈ったのは還暦ではなかったのでした。

     

    還暦は彼女が言うとおり、家族で食事会をしたけれど、赤いものなんて死んでもヤダ! などと言い放ったために特別なものを贈ることはしなかったのだと、いろんなことがぼんやりと思い出されてきて

    まあ、お互い様でどちらも記憶はうろ覚えだ。

    ちゃんちゃん、という顛末なのでした。

     

     

     

    笑い話だけどね。

     

     

    これ書いていて、赤いバラの花束であのとき気持ち悪くなってしまった一番の原因は

     

    私を長年痛めつけた人に「食事連れていってもらった」ことだけを覚えていて(繰り返すがセッティングは私だ)、

    まあ、還暦であろうが古希だろうが喜寿だろうが、これだったら絶対喜んでもらえると頑張ったことは記憶に残らず

    「あんたなんて何もしてくれなかったじゃない」の記憶しかなく

    どこまで頑張っても何をやっても認めてもらえないという幼少からの蓄積が

    ぜんぜん私らしくない赤いバラ30本+30本分の現金封筒をきっかけに、噴き出してしまった、ということなんだろうと思います。

     

    でもね、彼女は彼女なりに私を賢明に育てたし、心を配って愛して、生きることを頑張ったのは確か。

    特に年をとった最近は、素直に私のことを認めて褒めてくれるようにもなった。

    それなのに、過去のさまざまな蓄積に、娘としていまだ苛まれて関係を保てない悲しさ、恐ろしさ。

    親子問題って、なんて底知れないんでしょ。

     

     

    あれ、母これ読むのかなあ。

    昔は知られることが恐ろしくて、だからうちわでの話以外でこの手のことは書かなかったけど。

    もう年も年だから、伝える必要もないし理解して欲しいとも思わない。

    でも、私が公に口にする自由は、そろそろあってもいいかな、と。

     

     

    また、たまに書くかもしれません。

     

    書いたらスッキリしそうなもんだけど、書いたら体調悪くなる。今も背中が鉄板背負ったように重くなっている。

    父の問題は、亡くなったらすっきり解決するかと思っていたら、亡くなったことで「いつかわかり合える」という希望のようなものが絶たれたことで、逆に考えないことで生き延びてきた辛い記憶が鮮烈に蘇ることが増えました。ほんと人の記憶は不思議。

     

    でも、放っておいても昇華には至らないので、ある程度の整理は必要かと思う次第です。

    心の中に鬱積しているものは、少しづつ整理しないとアカン気がしています。

     

    今日はお目汚しでしたね。

    ではまた!

     

    category:Dairy Tokyo | by:武蔵野婦人comments(2) | - | -
    Comment
    お誕生日おめでとうございます。
    今がどうであろうと長年溜まったものは絶対に消えませんよね。毒親の子育ては洗脳のようです。毒親になるのもそれなりの理由があったということが理解出来ても、傷ついた自尊心とどう付き合うか難しいです。そんな中でもまだ優しく接しておられてすごいと思いました。武蔵野夫人さんは深みがあり人間味のある魅力的な歳の取り方をされていますね。
    • あおい
    • 2020/06/30 12:48 AM
    >あおいさま
    コメントありがとうございます! そうそう、毒親である理由がある。その理由を探して探して(娘の方だけが>笑)、やがて理解して起きたことがわかるようになる。でもそれは「わかる」だけで、決して「許す」ことにはつながらないんですよね。なかなか苦しい作業ですね。優しくできているようで、あまり優しくないと思います。兄弟姉妹がいてくれたら、真っ先に逃げ出したいのが本音ですが、一人しかいないので。。>笑
    お誕生日のメッセージもいただきうれしいです。ありがとうございます!!
    • 武蔵野夫人
    • 2020/06/30 9:12 AM








       

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