VUCAな私とレジリエンスらしい時代と。そして未来に思うこと。

2020.06.10 Wednesday 07:16
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    コロナ以来、東京アラートだのソーシャルディスタンスだの、横文字花盛りのこのごろですが。

    時代は、VUCAなのだそうだ。

     

    Volatility(変動)、Uncertainty(不確実)、Complexity(複雑)、Ambiguity(曖昧)。

     

    もとはアメリカの軍事用語だったらしいが、最近はいろいろな場面でちょろちょろ聞くようになった。

    つまりは、予測不可で何が起こるかわからない時代なので、まあ、そう思って備えたり蓄えたり、発想を転換しましょうということなのだと思う。

     

    んで、そういう時代に必要とされるのが

     

    レジリエンス

     

    ということらしくて、横文字タイトルのビジネス誌あたりでこんな言葉が花盛りっぽくなってきてた。

    レジリエンスって

    なんだそりゃ、と思っていたら、しなやかさとか弾力性のことで、危機的状況やストレスでポッキリと折れてしまわないための心の強さみたいなものを言うのだそうだ。経営面で言ったら、危機管理大事よねってことになのかな。

     

    日本語でぴったりのものがみつからないのかもしれないけど、しなやかな心とか、柔軟な経営とか、そういうんじゃだめなのか。

     

    つまりは、予測できないことがじゃんじゃん起こっちゃうから、頭柔らかくして、柔軟に生きないとねってことで

    そんなのあまりにも当たり前のことだと思うんだけど、まあ、そういう風に時代が変容中なのだ。

     

    (時代が変容しているというのなら、もうこんなわけわかめな横文字で煙に巻くのも、やめりゃいいのにさ)。

     

     

    さて、コロナワールドにもだんだん慣れてきて

    前のブログで入院セット作ったよー! なんて言っていた私も、意味もなく落ち込んだり体調不良に陥ることがなくなった。

    不安は、共存すると日常になる。

    不安という雲が晴れてきたら、なんだか新しい日常が始まっていた。

    今日はそんなことを書いてみようかと、久しぶりに思った。

     

     

    私はといえば、3月頭にフランスから帰国して以来、もう電車に乗っていない。

    (正確には3月11日に、一度だけ4駅分だけ乗った。東日本大震災のあった日だったので、友人と陰膳で一献するために)

    人ともぜんぜん会っていない。

     

    3月に予定していた地方滞在、4月に予定していた地方でのレジデンスはすべてキャンセル。

    講演の仕事は飛び、普段の仕事量も減った。

    秋のフランスでの展示、来年初頭のパリでの展示予定もすべてキャンセルとなり

    本来なら今頃汗水たらし刷っているはずの版画の制作もストップした。

     

    もうなんだか、すべてが、止まった。

     

    すべて止まって、家にいて

     

    最初の2,3週間が不適応で体調もメンタルも不調という時期を過ごし

    (そのプロセスが、前回と前々回のブログでいろいろ書いてある@自分)

    その後はなんだか

    さっぱりした気分で平穏になった。

    本当に不思議だけれど、ストンと平穏になった。

     

    そもそも、動きすぎていたんだ。

     

    1日家にいる日が続いたら、あかん、どこかに出かけなくてはと思っていた。

    仕事が減れば、増やす努力をし

    誰にも合わない日が続けば、会いに行った。

    知らないうちに、心の中にずっとそんな「動」のトリガーみたいなものがうごめいていたんだ、と改めて思った。

     

    たぶん、社会に出てからはじめて

    「動かなくていい」時間を過ごしているのだと思った。

    これは、もうむちゃくちゃ、ラクだ。

    なんでこんなラクなことを今までしてこなかったのかと思うけれど

    それは、周りがみんな動いていたからだ。

    周りの誰も動いていなければ、動かないでいるのはこんなにもラクなものなのか、と思うのだった。

    人って不思議。

     

     

    ただ、シングルでフリーランスの立場は

    動かずに止まってしまったら収入も人間関係もなくなってしまう。

     

    その不安はないのか、と問われて

    冒頭のVUCAの言葉が頭に浮かんだ。

     

    ああ、そうか。

    もう

    自分の人生がこれまであまりにもVUCAだったので

    ずいぶん前からすべてがVUCA仕様だったことに気づいたんだった。

     

    Volatility(変動)する収入

    Uncertainty(不確実)な仕事や契約

    Complexity(複雑)な人間関係と

    Ambiguity(曖昧)な社会での立ち位置

     

    以前、「2年後の旅行」に誘われて、続々と参加者が集まるのを見て

    2年後にその旅行に行けるだけの経済的余裕があるかどうかなんて、今わからない

    とか

    そもそも病気になって入院しているかもしらん

    とか

    親の介護で身動き取れないとか

    ってか、2年後にまだそこに行きたいと自分が思っているのか?

    とか

    そういうことしか頭に浮かばない自分しかおらず

    当たり前のように今の自分の延長線を2年後、3年後に描ける人ってすごいなーと思ってしまったりしたのだった。

     

    つまりは、あまりに先が見えないので

    今日収入が途絶えるとか

    仕事がなくなるとか

    自分や家族が突然病気になったり事故に合うとか

    それ前提で少しづつ、人生整えてきちゃったので

    いま、いろんなものが止まってしまっても、転げ落ちずになんとかやっている。

     

    あとは、もう人生あれもこれもなんでもありな展開満載だったので、予想外のことが起きても、もうあまりびっくりもしない。

    自分にヒビが入ったり浸水したり破れたりはするけれど、貼り直したり時間をかけて乾かすことはなんとかできて、ポッキリ折れたり、割れたりはしない。

    もうこれはね、戦略的にやってるんじゃなくて

    結果的にしかたなく、こうせざるを得ずになんとかやってきたことなのだよ。

     

    いま社会の中には本当に大変な思いをしている人もたくさんいて

    そんな中で「なんとかやっている」というのは、それは本当に幸せなことなんだと思う。

    ただ、その「なんとか」は、これまでのピンチの中で、本格的に転げ落ちてしまわないために地道になんとか積み重ねてきたことでもあったりする。

     

     

    あれ? 結局、レジリエンスってこういうこと?

     

     

     

    でもね

    もしこれが、VUCAな時代のレジリエンス なのだとしたら

    たぶん、これまで私達が生きてきた時代が向いていた方向とは、もうぜんぜん違うことなのだ、というように思う。

    見ている未来も
    とらえている現実も
    そもそも、そのテンションがまるで違う。

    不確定な時代を生きるためのしなやかさ というのは確かに必要だけれど

    それは

    ろくろ回すスタイルのプロフ写真のような人がビジネス目線で語ることではなくて

     

    もうね、そういうんじゃない人たちが

    違う言葉で語りだすことなんじゃないか、と

     

    うまく全然言えないんだけど、思うんだよね。

     

     

     

     

    VUCAから生まれてきたレジリエンス(もう呪文みたいだけど!)には

     

    よくわかんないんだけど

     

     

    その根底に 哀しみが 潜んでいるような気がする。

     

     

     

    これまで未来が語られるときにあった

    希望とか、力とか、発展とか

    権力とか、所有とか

     

    そういうテンションではまったくなくて

    だから

     

    そういう視点でまだ物事を見ている人たちが、コロナの時代を生き抜くためのレジリエンスとか言うのを聞くと、

    なんだか無性に違和感を感じてしまうのかもしれない。

     

     

     

     

    哀しみの視点からは、慈愛が生まれ出る気がするんだー。

     

     

    だから、これからの時代を扱えるのは

    哀しみの場所から生まれた慈愛の視点を持つ人なのだろうと

     

    そんな風に思っている。

     

     

     

    いまリーダーシップを取れているのは女性首相のいる国だという人もいるけれど

    それは彼女たちが女性だからというよりも

    どれだけその生い立ちや視線の中に「哀しみ」を内包してきたか、の違いはあるように思う。

     

     

    自分はもう旅の終盤のVUCAなレジリエンスとして去りゆく心境だけれど

    こんなしょうもない、でもおもしろすぎる世界を

    なんとかこれからも生きていく

    若い世代のレジリエンスたちがどんどん生まれて欲しいなーって思う。

    コロナで生まれた唯一の希望は、そこ。

     

     

    まあもうね

    世代交代なのよ。

    老兵去れ。

    一気に去れ。

     

     

    最後はここか。

     

     

    今日もとりとめなかったです。

    とりあえず、今日も家にいます。

     

     

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