過去は変えらるの? 変えられないの?

2019.03.24 Sunday 16:38
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    土曜日、午後1時

    メトロ9番線のイエナ駅を降りてすぐの通りに立つマルシェ・プレジデント・ウイルソン横の

    ガレリアの中庭。

     

    このマルシェは水曜日と土曜日に立つ。

    ガレリアではちょくちょくおもろい展示をしているし

    対面にあるパリ市立美術館は、入場料がタダじゃ。

    少し高台になっていて、美術館のバルコニーからはセーヌ川とエッフェル塔が見えたりする。

     

    なんでも高いパリのど真ん中で

    なるべくお金を使わずに気持ちよく長い時間を過ごすのに、いつも居心地がよかったなーって思う。

     

    この写真は初夏の午後に、マルシェで買ったパニーニを食べようと寄った、そのガレリア横の中庭で撮った。

     

    カップルと小さな子ども。

    くぐもって聞き取れないフランス語の囁き声。時折交じる笑い声が、土曜日の午後の日差しの中で

    ゆっくりと、ゆっくりと時計を回して、私もすっぽりとそんな時間の流れ方の中に溶け込んでしまったんだった。

     

    私には、子供時代の記憶があまりない。

     

    暖かい日差し、幸福なぬくもり、かわされてきた親密な会話。

    記憶の底から引きずり出そうとしても、そんな記憶の断片がどこにもみつからない。

     

    家庭は、緊張と恐怖の場所だった。

    いや、でも、本当はもっと違ったのかもしれないと思う。

    幸福な時間はたくさんあった。

     

    でも、私が記憶していないんだった。

    記憶するのを、やめたのかもしれなかった。

     

     

    それで、タイトルに戻るんだけど

     

    過去は変えられないけれど、未来は変えられる

     

    って言うよね。

    それは希望の言葉なのかもしれないけれど

    そこそこ年を重ねてみると

     

    それはなんというか

    ちょっと切ないような気になる。

    未来を変えられるといえるようなエネルギーや時間が少しづつ減っていく人生の後半戦では

    私のような子供時代の過去を持つ人間は、もう何の変わりようもないのだと言われているようで。

     

    だから私はちょっと前に、脳科学者の人に教わった

     

    過去は変えられる

     

    って言葉を信じていたりする。

    人の記憶なんて、その人の脳に刻まれた断片的なものに過ぎなくて

    そして人の脳は、

    さして多くのことを記憶はできない。

     

    人生の、覚えておきたいことだけを編集してストックしているだけなら

    編集を変えれば、記憶の見え方が変わって、過去は書き換えられる。

     

    もし、編集できる元写真もないようなら

    自分で新たに、しあわせな記憶を書き加えればいいだけのことなんじゃないか。

     

     

    それ、先日 みうらじゅんが「死ぬ時に人は自分の人生を走馬灯のように思い出すっていうから

    じゃあ、自分が理想だと思う自分の映像をどんどんインプットすればいいんだ」って。

    勉強できてもてて、走りが早くて留学やスポーツの華麗な映像をNHKに作らせて

    「これを何度も見て、頭にたたきこめ」って言ってるの聞いて(笑)、

    なんか、ぽたんと膝を叩いたんだった。

     

    大切な自分の記憶領域をネガティブな記憶で占領してしまうぐらいなら

    ファンタジーであっても、幸福な風景に塗り替えていけばいいだけのことで

    それ、別に自分の記憶じゃなくたっていいんじゃね?

    って

     

    そう思えたら、なんだかすっかり気分が楽になったんだった。

     

     

    思い出したくない過去とか

    辛かった思い出は

    忘れていたいと思っても、ひょんな場面で突然湧き出してきて

    頭や心を占領していく。

    この年になっても、子供時代の苦難は鮮烈に蘇ってしまうことも多い。

     

    人の脳にさほどの記憶容量がないというのなら、そんなものが凌駕している場所を

    別の幸福な記憶の風景で満たしていけばいいだけのことじゃ。

    しあわせな写真という試みは、そんな気持ちも混じっていて

    だから

    最初の一枚のこの写真は

    たぶん、私の幸福な子供時代の写真なのだと思う。

     

     

    イエナのマルシェは水曜日と土曜日の朝7時から。

    水曜日は14時すぎにはしまってしまうから、早めにね。

     

    https://www.paris.fr/equipements/marche-president-wilson-5510

     

     

     

    category:Photo series | by:武蔵野婦人comments(2) | - | -
    Comment
    私は過去は変えられないけど、
    現在を変えることで未来は変えられることから、過去のもつ意味合いは変えることが出来ると考えます。
    現在幸せであれば、過去の辛い経験がこのための伏線だったと考えられるからです。
    • あおい
    • 2019/03/28 4:00 PM
    >あおいさん
    コメントありがとうございます。
    そうですね、そのとおりだと思います。「起きたことはすべて正しい」というのも、そういう考え方のひとつですね。
    不思議なことに、すべてそう考えてやってこれた私ですが、「未来」の限りを意識する年齢になって、そして病を得てから、少しづつ物の見え方が変わってきました。思いがけない場所に思いがもっていかれることもあります。書くと長くなっちゃうのでまたブログに書けたらいいなと思っています。
    生きるって、本当におもしろいです!
    • 武蔵野夫人
    • 2019/03/30 12:46 AM








       

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