「語られない」病(やまい) ということ

2018.08.05 Sunday 13:46
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    ガンになったことを、自分の親に話すのか、話さないのかというのは

    私のようないい年齢の世代にとってはいろんな選択肢があるように思う。

     

    親の年代、親の性格、関係性でまったく違うと思うのだけれど

    私のまわりでは意外と「話さなかった」という人も結構いて、驚いた。

    驚いたというのは、「普通話すもんでしょ」という意味ではなく

    ああ、私のように「話したくない」と思う人もちゃんといるんだな、という安堵の意味で。

     

    高齢の親に心配をかけたくないという人もいるし

    私のように「過剰に心配に陥る親を私が心配しなくてはならなくなる」ことへの危惧を感じる人も、ちゃんといるんだと知ってちょっとほっとした。

     

    子供の頃から、

    日常の些細なことならまだしも、ヘビーな困難を抱えたときには、決して親には話せなかった。

    話したら最後

    「だいじょうぶなの、どうするの、どうなっているの?!」の質問の無限ループで、私のココロは置き去りになり、物事はあらぬ方向に複雑化していき、「どうしたらいいのか一番知りたいのは私なんだけど」と思いつつ、不機嫌になっていく親のご機嫌を取っているうちに私の悩みは違う形に変形してしまい、最後には「私に恥をかかせないでよね」という親の自己保身のお手伝いに奔走するというパターンが目に見えているから

     

    だったら、話さない。

    簡潔。

    かなりのことは、そうして無言のうちに自力で解決してきた気がする。

     

     

    こういう感じが、まったくわからないという人もいると思うけど、私の場合は、なんやかんやと結構サバイバルな少女時代だった。

     

     

     

    誰かを心配するということは、意外と難しいことのように思う。

    親しい関係で、心配でいっぱいになった心を、ちゃんと自分で維持しながら、相手の辛さや悩みに向き合うというのは、かなり高度なこころの力だという気がする。

     

    ガンを含む、ちょっとやっかいで先が見えにくい病と付き合っていく過程では、家族や身近な人達にもたくさんの葛藤があって、それも含めて、大切な人たちにどこまで自分の直面している現実と、自分の弱さを預けていったらいいのか、悩んでしまうことは、ある。

    大切だからきちんと報告して、一緒に乗り越えていって欲しいという思いと

    大切だからこそ、心配をかけたくないという思いが行き交う中で

     

    ふくれあがる自分の心配を、ただただ、本当に困っている当人に投げかけ続け、本人よりも先に弱っていき、逆に心配してもらう側にそそくさと入れ替わってしまうタイプの人に対しては、自分の弱さを差し出すのは、とてもむずかしいもんだと思う。

    それはあふれる愛ゆえの行為だということは心底理解していたとしても、やはりしんどい。

     

    私の親は住んでいる距離もとても近いので、「ちゃんと伝える」という選択をしたけれど、遠い場所に暮らしていたとしたら、おそらく話さないままだったんじゃないかな。

     

    とはいえ、きちんと伝えられたことで開けた新しい関係性というのもあるわけなので、これからは前向きに捉えていけたらなって思ってる。

    そして、そんなプロセスの中で、自分が抱え続けてきた幼年時代からの親との関係性について、いろんな気持ちの整理がついてきたことも確かだった。

    今回の病の意味みたいなことは、そんなところにもあったのかもしれない。

     

    昔はガンが不治の病だったこともあり、「本人告知」の是非が問われていたので、こんなことはあまり悩まなかったのかな? 

     

    私が最初にかかった病院の先生は、最初ひとりで受診したときに「あなたは独立して仕事をしているし、著述が職業ならすべてをありのままに話しますよ。いいよね?」「モノを書く仕事をしているなら、このニュアンスはわかってもらえるよね」等々、丁寧に説明してくれて、本当によかった。

    本人との信頼関係がないと、納得できる決断はできないから。


    父のときはまず、家族が呼ばれて本人告知をするかどうか聞かれ

    それを決めたのは母だった。知るとその対応が大変なので、告知なしでお願いします、と。

    結局父は自分がガンだということを知らないまま、

    っていうか、「抗がん剤どうするか」とか聞かれているんだから、そんくらいわかるはずなのに

    最後まで頑なに「ガンじゃない」と拒否しつづけて、そのまんま15年ほど生きて、ガンは治っちゃって、

    最後は心臓疾患で亡くなった。 

    ものすごくチキンな人(笑)だったから、知らないことで生きる力を得た部分はあるように思う。

     

    どんな形にしても

    病気は「家族」という形と密接につながっていて

    いやがおうでも「家族」の形や、それとの関わり方をつきつけられるように思う。

     

     

    高齢の親を慮って伝えないという人もいれば

    幼い子どもには伝えなかったという人もいるけれど

     

    私達の世代にとってはアイコンだった松田優作さんは、家族の誰にも伝えないまま逝ってしまった。(ということになっている)

    あの時、あれはかっこいい男のダンディズムみたいな、美談になったけど

    年老いた親でも幼い子供でもなく、配偶者や恋人の立場に対しても「語られない」病について、まだ若かった私はかなり真面目に考えたように思う。

     

    あれから歳月が経ち、有賀さつきさんが年老いた父親にも、まだ少女である娘さんにも、周囲にも伝えないまま(というように報道はなっていたけど、実際にはわからない)逝ってしまったという報道を見たとき、その心のうちを本当に聞きたかったと思った。

    どんな思いで語らなかったのか。

    どんな思いで逝ってしまったのか。

     

     

    「ガンはね、ありがたい病気なんだよ。

     すぐ死なないから。

     自分も、家族も、周囲も

     時間をかけて気持ちの準備をしていくことができる。

     

     事故や急病で突然亡くなってしまうよりも

     みんながゆっくり、準備できるからね」

     

    終末医療の取材をしていた友達が言っていたけど、自分自身が納得するだけじゃなく、まわりの大切な人たちもどこかで準備ができるということの意味はとても大切だなあ、って思う。

    ほんと、うちの父の世代ぐらいまでは、本人に告知さえしない時代が長かったわけなので、このあたりのスキルはまだまだ、ぜんぜんこなれていないような気もするけど。

     

     

    肺のドレーンがはずれて

    あの手術とそのあとの苦しみはいったい何だったのか! ってところまでこれて

    なんだか明日からの日々が前とまったく同じところに戻っていくような安堵感につつまれながら

     

    でも、これまでとは何かが絶対違う明日に向かっていくんだなあ、と漠然と眠れない夜を過ごしていたことを思い出しながら。

     

    なかなか息切れや咳の後遺症が収まらず。

    不安な時間がまだこれからいろいろ続くていくのだろうけれど

     

    少しづつ快復しながら、生い立ちや家族、人間関係や生き方みたいな、自分の根っこの調整をしていく。

    病気ってそんなことをはじめるきっかけだったりするのかなあ、なんて思ったりもしています。

    category:Dairy Tokyo | by:武蔵野婦人comments(0) | - | -
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