運勢、運命、宿命みたいなもの。人生のシナリオは誰が決めるんだろう、ってことについて。

2018.07.14 Saturday 00:34
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    30代のときに、「宿命大殺界」という細木数子の本を読んでしまい(まさに、読んで”しまい”)、そこで私の宿命大殺界は58歳だということがわかった。

     

    細木大先生によると、人生には12年毎の大殺界があるが、誰にも人生で一度だけ、その中でも一番ダメージの大きい大殺界が来るときがある。それが宿命大殺界。

    これが50歳を過ぎた頃にやってくる場合は

     

    あなた、死ぬわね

     

    ってことだと書いてあった。若いときは乗り切れる苦難も、もうその年になったら乗り切れずに人生が終わる。ま、あきらめてくださいってことらしい。

     

     

    細木数子大先生などまったく信じていなかったけれど、「死ぬわね」と言われたら気になる。

    それで、自分にとってはなんとなく58歳というのは節目だなあと思っていたところがある。いったい何が起こるんだ!? と。

    私の予想では親の介護や死にまつわることだろうなあ、とぼんやり思っていた。うちは親がいろいろ問題を抱えていたので、まあ、そういう面倒なことに巻き込まれるわけかな、と。

     

    もうひとつ。

    ある時から私の手相の生命線の上に、ぽつりと脂肪瘤のような小さなおできができた。

    気になってひっかいたり、むしったりするのだけれど、なくなるどころかどんどん大きくなり、最近にいたってはカッターで削ったりしてみたりもしていた。アホか。

    でも、生命線上のできものは、病気や怪我などによる生命の中断を意味することもあるので(って、手相は多少かじった)、気になるじゃないか。それが、年齢的に宿命大殺界の58歳を示すあたりにできて、生命線を大きく分断しているなら、なおさら。

     

     

    というわけで、私がガンの告知後に不安定になったことの理由は、上記のようなこともあった。

     

     

    終わりかー。

     

    これだったのかー。

     

     

    もうちょっと生きたかったなー。

     

     

     

     

    占い、信じてるわけじゃないのに、なんだか一度聞いてしまったら、こういう符号はダメージになるもんだなー。

     

     

    私の計画では、自分の人生は72歳と決めていたのだった。

    なぜかわからないけど、いろんな運気が周期のように回ってきた人生を振り返ると、次にぐるりと回って戻ってくる72歳っていうのが、店じまいの幕引きにはちょうどいいなあ、と。

    なんかそんな予感のような決意のようなものも、あった。

     

    なので、なおさら、凹んだ。

    まだ14年あるのにー、と。

    早いー! これから少しづつ店じまいの準備をしようと思っていたのにー。

    突然すぎて追いつかないよー! と。

     

     

    なんか、いまさら書いてみると笑い話に聞こえるなー。

    大殺界とか手相とか。

    あほみたい。

     

     

     

    でも、一度聞いてしまったこと、一度気にしてしまったことは

    今回のようなことがあると、なかなかそこから自由にはなれないものだ、と思った。

    迷信や信仰や、その他もろもろ、なんか運勢や運命や宿命みたいな言葉で表されるものの持つ力は、意外と大きいもんだ、と思う。

     

     

     

    さて、そんな前置きから何を話したいかというと、

    今回ガンがみつかって、その後じたばたしていた間にあった、あれこれの不思議なこと。

    なぜ今みつかったんだろう、ってこととか

    神様はどんなシナリオを私に書いているんだろう、ってこととか。

    ほんとに不思議だなあと思うので書いて残しておこうと思う。

     

     

    長くなりそうな予感。

    途中で後編に行くかもしんない。

    読んでくれている人がいるのかどうかもわからないのですが、ほんとすません、勝手に長くなります。

     

     

    ときは5年前にさかのぼる。

    2013年に、いろいろ思うところあって息子とアメリカに滞在した。

    しかも、そこで大学に4ヶ月通った。ビザ取って。

     

    それが、本当の本当に大変だった。

    あそこまでのストレスって、やっぱり人生の中で最大級だったように思う。

    細胞破壊されて、ダークサイドに落ちて、ボロボロになって帰ってきた>笑

    ま、それもいい体験だったけど。

    で、息子はそのままアメリカに残って、いい体験をたくさんしていい青年になった。

    ほんとそれ、よかった。

     

    でも、私はボロ雑巾になった。

     

    で、そんなボロ雑巾で婦人科の検診に行ったら、いつも先生がやめてしまって、新しい若い女医さんが、しれーっと

    「子宮肉腫の疑いがあります」

    とぬかした。

     

    なんすか、それは?

    彼女は私に目を合わせようともせず、ただ

     

    「悪性かどうか調べようがないので、6ヶ月後にまた来てもらって、大きくなってたら検査しましょう、はい終わり」と言った。

     

     

    ようわからんまま帰宅して、

    ネットで「子宮肉腫」と調べて、

    私、文字通り腰が抜けてへたりこんでしまった。

     

    最初に出てきたのは「妻が亡くなりました。頑張りましたがだめでした。子宮肉腫でした」というブログだった。

    へ?

     

    そのあとはぞろぞろと、治癒不能的な情報が羅列され

    読んでいるうちに貧血状態になり、そのままソファに倒れ込んで動けなくなった。

    なにそれ?

    子宮がんとか、子宮頸がんとか、それでもショックなのに、肉腫ってなに?

     

     

    あの衝撃は、すごかった。

    今より、ずっとすごかった。

    なんの予測も準備もなく、ただ突然、自分の人生の終わりを告げられたように思った。

     

    あの日、半泣きで数人の友達に相談し

    うちにすっ飛んできてくれた親友と

    電話でたくさん話しを聞いてくれた大切な友達と

    セカンドオピニオン先を紹介してくれた友達たちのしてくれたこと、私絶対忘れない。

    本当にありがとうございました。助けられた、救われた。

     

     

    結果的に、そんな悪いもんを6ヶ月大きくなるまで何もせずにほっとけという対処が全く納得できなかったので

    友人に紹介してもらった医師に予約を取り

    (普通なら2ヶ月先という予約が、ひょんなことから10日後に取れるという奇跡が起きた)

    あっという間にCT等の検査をして

    「エコーみるだけでわかります、これ、悪性のわけないから」とさらりと笑顔で診断してもらい

    「6ヶ月待って検査ってね、この場所は細胞診なんてできないから、検査ってもう手術のことよ。なのでその診断はまったく現実的じゃないです。大丈夫、CTの結果見ても、なんの心配もなし!」

    「本当に辛い思いをしたね。今日は帰って、美味しいもの食べて、ゆっくり休んでくださいね」と

    神様のような優しい言葉をかけてもらって、この騒動は終わりになった。

    本当にいい先生だった。

     

    重ねて言うなら、なぜその医師を紹介してもらえたのかというと

    その10日ほど前に、友人がその医師の病院に入院して婦人科系の手術をしたのをお見舞いしていたから。

    ホテルのように素晴らしい病院で、私も病気にあったらここに来ようと思った。

    その矢先の婦人科系での告知だったという、タイミングのよさだった。

    そしてこの病院との関わりも、今回のガン告知と微妙につながっている。それはまたあとで。

     

    というわけで、この子宮肉腫事件は

    なんだよ、それ、たちの悪い誤診最悪!!! という笑い話で終わったかのように思ったこの顛末だけれど

     

     

     

    私、最初に肉腫の疑いと言われたとき、強烈に心に渦巻いた気持ちが、忘れられなかったんだ。

     

     

    ”なんで? まだやりたいことがいっぱいあるのに! 行きたいところも、してみたかったことも

    まだまだたくさん、それ、全部できないまま終わるの?”

     

    そして、なんで病気になってしまったのかを考えた。

     

    ”やっぱりアメリカなんか行くんじゃなかった。本当に行きたいところ、したいことをするべきだった。

     私、フランスに行きたかったじゃないか。英語じゃなくてフランス語。勉強じゃなくて美術。

     自分を偽って辛い思いをして、それで病気になっちゃった。そんなのやだ!”

     

     

    ある意味、私の人生、そこから大きく変わったように思う。

     

     

    「いつか」 

    と思うことをやめた。

     

    「役に立つから」「便利だから」「そのほうが都合がいいから」といった言い訳を

    全部やめた。

     

     

    一番したいこと、一番行きたい場所、一番自分らしいことに

    とにかく片っ端から手をつけようと思った。

    いつか、と思っているうちに、人生が突然終わってしまうことがある。

    そんなくやしさ、辛さ、悲しさは味わいたくないと、本気で思ったんだと思う。

     

     

    あれから5年。

    もうね、ほんとやりつくしたよ!

    したいと思ってたことをほぼやり尽くしたら、「いつか」がだんだん人生から減りだして

    そこに浮上してきたのが、前に書いた「メメント・モリ」だったわけで

    店じまいという、「いつかの死」に関心が向くようになってきた、というわけなのだった。

     

    いやあ、ほんとによくやった。いろいろ。

    なので、ある意味、やり残したことってもうないなあと思ったりする。

    まだやりたいことはあるけど、5年前のあの、強烈な慟哭はない。

     

    言い方を変えれば、今回の私が受けた告知はショックで、暗黒星雲をさまよったけれど

    もっともっと強烈な慟哭を体験する人がいっぱいいるんだと思う。

    本当に、すごいことだと思う。

    5年前の私のはほんの数週間で笑い話しになったけれど

    その現実がさらに深く、重く、続いていく人たちがいて

    病と向き合うということに対して、ほんとに深く頭を垂れるしかないなあと思ったりもする。

     

     

    そんな5年間を送ってきたんだった。

     

     

    さて、今回ワタシの肺にみつかったガンは、一応いまはギリでステージ1ということになっているけれど

    それなりに育ってはいて

    主治医がぽろりと言ったセリフによると

     

    ”ここまで育つのにだいたい5年ぐらいかな”

     

    ということらしい。

     

     

    子宮肉腫事件があったのが、5年前。

    5年。

     

    肉腫ではなかったけど、まあ、それなりに何かは起きていたんか、自分の体、と思ったりする。

    ま、違うかもしれん。

    そんなこと考えてもどうしようもないし、すべてのこと後悔もしていないのでいいんだけど

     

    私が検診を受けていた病院では、3年ほど前から

    「なんか肺に影があるけど、石灰化とかだと思うよー。大きくなったら見てみようねー」

    「別に変化ないねー。大丈夫でしょー」

    というやり取りが続いていたのだった。

     

    うむ。

     

    ほいじゃ、3年前にもっと検査してたら、もっと軽くてみつかったのかしら。

     

    っていうか、じゃあ、なぜ今年急に?

     

     

     

    それ、影が大きくなってたわけでも、自覚症状が出てたわけでもぜんぜんないの。

    偶然が重なって、みつかった。

    その偶然のいろいろが、なんだか私の人生のシナリオのような気がして。

    おもろいなあと思うんだー。

     

    それ書き出すとまだまだ長くなるので、前半はここで終わり。

     

    後半につづく。

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