人生で一番しんどかったセクハラについて書いたのを翌日読んで、速攻で消してしまった自分について、改めて考えてみた

2018.04.25 Wednesday 21:41
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    最初の記事「人生で一番しんどかったセクハラについて考えた。言わなかったことより、言ってしまったことの打撃の強さに改めて打ちひしがれたんだった。」を書いてから、読み直して非公開にした。

    逡巡しているうちに、世の中は財務省のセクハラから、TOKIOの高校生キス問題に移行し、いろんなことが頭と心のなかでごったまぜになった。

     

    ごったまぜになったままだけれど、とりあえず今のまままとめておこうと思った。

     

     

    そもそも最初に記事を書いたのは、「報道を見るのが辛い」という女性たちの声が耳に入るようになったからだ。

    財務次官のテレ朝記者に対するセクハラ報道だ。私もその一人。

    なぜって?

     

    蘇るから。

     

    自分がされてきた数々のことが。

    そしてその前で、何もできずに言葉を飲み込んできたことが。

    細胞の奥のあたりで静かに、メンタルをやられている女性は、今の日本にはたくさんいるはずだ。

    それだけ、根深く、激しく、大事なことだと思ったので、ブログを書いた。

    内容は、最初にタイトルにつけたようなこと。

    「人生で一番しんどかったセクハラについて考えた。言わなかったことより、言ってしまったことの打撃の強さに改めて打ちひしがれたんだった。」

     

    かいつまんで言うと、私がこの件で静かにメンタルをやられたのは、過去のセクハラの詳細を思い出したということもあるけれど、もうひとつ大きかったのが、セクハラを報告した後の周囲の「女性たち」の反応が一番トラウマになったこと。当事者にどう扱われたかということより、それを報告した周囲、特に女性たちからどういう目で見られたか、というあたりが一番つらかった。今でも本当に、思い出すだけでしんどい。

     

    思い出したきっかけは、財務次官のセクハラ報道以降、女性記者に対して「売名でしょ」とか「打閣めあてだけだから」と言い出す女性が少なからずいたこと。

     

    どうせ新人の記者でしょ。下心があるからそういう場所に行くんでしょ。だって朝日でしょ。

    そういうこと言う男性は一定数いるんだから、スマートにあしらう術を身につけるべきでしょ、情けない、なんと無粋な世の中か。

    空耳かと思ったけど、たしかに一定数いたのだった。

     

     

    すごいな、と思った。

     

    よほどそうしたことと無縁の幸福な人生を送ってきたか、ねじれた挫折感や諦め感を持っているか、もしくはセクハラの問題と、政局の問題をごっちゃにしているかのどれかだ、と思った。

    人として、当たり前のように根源にあると信じていた倫理観みたいなものが、壊れていく。自分が壊れていくようで、なんかとっても気持ち悪い。でも、考えてみれば私の周りでも、確実に、似たようなことは起きたのだった。

     

     

    単に「セクハラ」という言葉を投げかけられたとしても、記憶も感情も反応も本当にそれぞれ違うのは仕方ないと思う。

    だからこそ

     

    声をあげた人に対して、無理解のまなざしを向けたり、批判したり、ハニートラップだの売名だのいい出すってことは、絶対やっちゃいかんことなんだ、同じ女性なら特に、と強く思った。だから、前の記事を書いた。

    そのあと、TOKIOのキス問題が起きて、さまざまな思いがからまりあってしまい、今に至る。いやもう、ほんと、なんとかして。

     

     

     

    それでも改めてこれを書いているのは、セクハラを詳細に書いてみたら、翌日にもう、速攻で消したくなった(そして実際に消してしまった)のはなぜなんだろう、という気持ちはは書き残しておきたいと思ったから。

     

     

     

    セクハラを言い出しにくいということ

    声を上げたからといって、まったく救われないということ

    そのあたりの心情というのは、つまりはこういうこと(書いてもすぐ消したくなる)なんだろうと思う。

     

    されたこと

    言われたことを報告しているうちに

    もう自分自身が汚されていく感じがする。

    些細なことであっても、確実に、心の何処かにボディブローが効いていて、もうそんなことは、自分の問題として共存したくもないし、向き合いたくもないと思っていく心の不思議。

     

    言い出せずに我慢するしんどさ

    伝えたことで受ける、周囲からの反応

    言わないまましまっていたから気づかなかったけれど、実際に言葉にしていくことで、確実に自分が汚されていく悲しさ。

     

    人生の中でこれまで、なかったことにしてきたことを、公にするということが

    どれだけ複雑でしんどい心のエネルギーを使うことか。

    レイプされたとか、犯罪に巻き込まれたとかそういうことじゃないんだよ。

    「セクハラが犯罪ですか?」とおっしゃる人たちにとっては、本当にたかが抱きつかれたり、おしり触られたり、キスを強要されたりとか(これもセクハラの範疇なのか、今回のTOKIOでよくわからなくなった。自分がセクハラだと思ってきたあれは、犯罪だったのか)、そいういうたぐいのことで、だ。

    そして書いたのも、たかがこんなブログの記事で、だ。

     

    たかがそんなことで、確実にライフがゼロになった。気分的にゲームオーバーだった。

     

     

    ほんまにね、だからこそ

    いい出した人を叩いたり

    それ犯罪じゃないし、とあざ笑うように言ったり

    ほんと、もうやめてほしい。

    されてみろ。

    されたことを誰かに言ってみろ。

    そして、そのあと思いがけない言葉で叩かれてみろ。

     

    ほんと、やってみてから言え。

    そう思う。

     

     

    某大臣が「犯罪じゃない」と言うのは例えばこんなようなことだ。

     

    原稿や写真の受け渡しと称して飲食店に呼び出されて、帰りにホテルに誘われるとか

    (当たり前だが断る)

    打ち上げで飲んでたら耳たぶなめてくるとか、おっぱいおっきいねーとねっとり見られるとか

    はたまた何故か手が膝からミニスカートの中に伸びてくるとか

    (大人の女として「だめですよ!」って対応してきたよ、そんな術が身につくんだよ)

    会食帰りに唐突に手をつないでくるとか

    (本当に意味不明だよ、なんでなんだよ)。

    そして、それを断るだけで、仕事が来なくなったり、プロジェクトから知らない間にはずれていたり、

    つながりのあった場所とやんわりと距離ができるというようなことが起こる。

     

    上記のような話を聞いて、「驚愕に驚いた」「そんなひどいことが本当にこの世の中にあるんですか」という女性がいたけれど、言っておくけど、こんなの当たり前だ。さんざん経験した女性はいくらでもいると、私は思う。

    ただ、やっぱりこの手のことが起こるのは、確実にパワーの上下関係がある場所なんだ。

    どっかのしゃちょーさんにお金目当てでむらがる女性といったパワーの上下関係じゃない。

    もっと複雑なパワーゲームが存在する場所だ。そいう場所にいる男性(場合によっては女性)が、屈折した自己確認のために弱いものにパワーを使う。パワーと性が結びつくと、セクハラになる。

     

    パワーがない場所であれば、「アホか」といなせる。

    アホか、とも、ひどい、とも言えない状況が巧妙に構築されているからこそ、辛いんだ。

    そうした場所にいたことがなければ、遭遇しないこともあるし、笑い飛ばして「男なんてそんなもの」と悪い思い出にならない人もいるかもしれない。だから、被害者を責める言葉を言えるのかもしれない。

     

    二人きりになる場所に行くのが悪い、という人もいた。そんなの軽くいなしていくのが大人の女、という人もいた。

     

    それじゃあれかい? 仕事の打ち合わせと言われても二人はお断りします、と言えとでも?

    なにを勘違いしているんだと言われるのがオチだ。

    大人の女なら、見られても、手をつながれても、仕事を続けたければ、お手てつないで歩いていろということなのかい?

    私みたいなフリーランスは、じゃあ、どうしろと?

     

    てやんでえ。

     

     

    さて、私が前に書いた人生で一番つらかったセクハラの記事は、当時交わされた会話や、周囲の人達のやりとりをかなり詳細に書いたものだった。

     

    それを読み返したら、ひどく辛くなってしまったので、以下はかいつまんで概要だけを書く。

     

    それは、もういまは亡き著名な方に仕事名目で誘われて出かけたら、普通のレストランの個室で迫られてほとほと困り果てたという話なんだが(もうかなり昔のことなので時効ってことで)、

    尊敬していた父親ほどの年の男性から「かわいいなあ、チューしよう」という言葉が出たことに対する呆然とするようなショック状態というのも大きかったけれど

     

    何事もなく(ほんとここ、大事)あわてて逃げて帰ってきたあとの

    勘ぐった家族からのその後の私への扱いやまなざし、

     

    そういうことに悩み果てて相談した友人たちの反応

     

    というのが、やっぱり何より大きかったように思う。

     

    自信過剰な私が取り越し苦労で誤解している、という

    もうなんともしょうもない後味の悪さ。

    誰だって、尊敬する人が若い女に抱きついてキスを強要するなんてことは聞きたくない、信じたくないのだ。

    それが真実であっても、認めてはあかんのだ。自分たちのためにも。

    本人は酔っ払っていて、明るく断られて楽しい思い出ぐらいに考えていたかもしれない。

    だから以来、何事もなかったかのように振る舞ってはきたけれど、私の中では、いろんなことはもう元には戻らなかった。

     

     

    人生の中のセクハラ認定としては、もっとひどいのもあるような気がする。

    でも、ダメージはこの一件が一番大きい。

     

    それはやっぱり、

    このことが、私が自分であるための「尊厳」みたいなものを壊してしまったからなんだと思う。

     

    何もしていないのに、周囲からあたかも、加害者のような目で見られ続けること。

    (加害者は別にいるのに)

    勇気を出して相談した結果、軽蔑されたり、信用されないという悲哀。加害側が信頼やパワーを持っていたら、なおさら。

     

     

     

    今回の事務次官の報道で、私がとても腑に落ちた神奈川新聞の記事がある。

    問題が表面化し、女性にアンケートを取ったら多数の同様の経験者がいることがわかった。

    そのうちの何人かに経験談を取材したら、メールで送ると言う。

    メールではなくて、今話してくれればよいと言うと、「到底口では恥ずかしくて言えない」という答え。

    届いたメールを見て、愕然としたそうだ。これは到底、口に出して言える言葉ではない、と。

    簡単に話せばいいのにと思った自分を反省したという男性記者の記事だった。

     

    セクハラは時に、普段自分の生活の中で到底口にしない言葉、表現を含むことが多い。

    何を言われたの? と聞かれて、同じ言葉を繰り返したくもないという経験は、多くの人がしているはずだ。

     

    恥ずかしいというのでもない。自分がその言葉の対象として扱われたことに対する、屈辱感や嫌悪感が大きい。

    まだ若かった私も、尊敬する紳士から「チューしよう」という言葉が出たこと自体が衝撃で、相談する際にも同じ言葉を仲間に伝えることすら、できなかったと記憶してる。

     

    その言葉に値する人間だとみなされているようで、すごく、自分がないがしろにされている気になるんだよ。

     

    セクハラ被害は、だから実際に言われたこと、行われたこととは別の言葉で報告されることもあるんじゃないか。

     

    余談だけど、これ、ほんとに言われたことあるんだけど(悲哀)

    「パンチィーの色なあに」(口に出しては到底言えない下品な発音だよ)と言われたことがある。

    もちろん黙っていたけれど、今、それを相談できる窓口があったとしても、

    「下着の色を聞かれました」としか言えないんだよ、どうしたって。

    だって、自分が穢れるじゃん。

    ったくもう、なんだよ。書いていて悲しくなったよ。なんでそんな言葉でそんなことを聞くんだよ。

     

    いや、どんどん思い出してくるので、もうそろそろやめるよ。ごめん。

     

     

    最後に、切に切に思うんだけど

    「自分たちが我慢してきちゃったから招いた結果」とか

    「自分たちが行動できなかったから後輩がいまだ同じ目に合っていることへの責任」とか

    そういうことを発言している女性たちがいるんだけど

    そんなん感じなくていいから、女性先輩諸氏って思う。

     

    我慢するしかなかったじゃん。

    行動したらどうなっちゃってたんよ。

    私のささやかな出来事でさえ、いまだ深くトラウマだ。

     

    我慢した自分に非があるなんて言ったら

    加害者の非はどこに行っちゃうの。

    悪いもんは悪い。

    それを悪いと声をあげられずに来たことに、いま、ものが言える時代になった。

     

    男女にかかわらず

    ハラスメントはしちゃだめ。

    性の関係性の根底はお互いへのリスペクト。

    もう、そこだから。

     

    とりあえず書いとく。

    また消すかもしれないけど、これが今の私の思い。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    category:Dairy Tokyo | by:武蔵野婦人comments(2) | - | -
    Comment
    通りすがりでどうしてもコメントしなくなってしまいました。私も同じ体験や思いを感じたことあります。まさに世界で話題の「ME TOO」です。
    嫌だと感じても言い出せずどうしようもなくスルーするしかない状況と、同性に言っても同情すらされずバッシングになるのも、我慢の連続。
    このブログ見ていて自分の事を思い出しながらなぜ、男性に「あなたは今私にセクハラしています」と言えないのか?と思ったら…言ったら最後自分がどうなるか分からず怖いからです。男性におかしいと言えないまま、男性は嫌な思いをさせた事すら知らずに過ぎていく。セクハラがこの世で繰り返されるのも無理ないです。思ったままを態度に出して相手に訴え周りにも広め、それでどうなるか、今後やろうと思いました。目上に向かって「その態度に異議あり!」をしたことなくてどうなるか怖いからその場で何も言えない、でも不快という意思表示をまずは相手に伝えなくては。(上の立場から笑顔で言われたことだから、お酒の席だから、これは冗談だから)と必死で言い訳をつけ自分の中で受け流そうとしていた我慢はもう必要ない。あとは表す勇気です。嫌だと伝えないのに気持ちを察しろと言うのは、ひどいけど都合がいい。心の120%を言葉で表し尽くしても相手に伝わるのはわずか。問題提起をして声を上げる人が増えるのを願います。
    • みー
    • 2018/11/16 9:18 PM
    >みーさん
    読んでくださってありがとうございます!
    セクハラは最近はパワハラとなって、ワイドショーを賑わす話題となっていますが、少しづつ、言えなかったことが言えるようになっているのはいいことですよね。
    先日、友人が男性から「もしかして僕がこれまで君にしてきたことはセクハラだったのですか。テレビを見ていて思いました」とメールをもらい、ああ、やっと気づいてくれたのかと思ったそうです。
    誰かが声をあげれば、気づいてもらえるのは確かな世の中だから、やっぱり伝えるというのはとても大事なことなんですね。
    少しづつ、前に進めるといいなと思います。コメントありがとうございました。
    • 武蔵野夫人
    • 2018/11/17 9:00 AM








       

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    • 12時間円柱を描きつづけてはじめてわかったこと。「気づく」までにはたくさんの時間がかかるのに、みんな先に教わってしまうんだね。
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