「やらなかったこと」について 「やっていればきっとこうだった」と考えることの意味についてー円柱12時間のその後

2017.08.05 Saturday 10:01
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    お久しぶりです。

    絵ばかり描いていたら、頭が文章モードになかなか戻らなくなっていました。人の脳みそは、あまり器用にはできていないのかも。あ、違うのか、自分がただマルチタスクができなくなっているだけか>笑

     

    私は文章を書くのにとても時間がかかるタチ(なんどもなんども推敲してしまうので)なので、ブログで半日終わってしまうことも多く。最近はなんだか、雑多にやることが増えたということなのかもしれない。

     

    さて、そんな言い訳をしている間に、以前のブログの記事にコメントをいただきました。

    それにお答えしようと思ったら、コメント欄で書ききれそうもない内容だったので、記事のほうに持ってきてしまった。

    勝手に題材にしてしまって申し訳ありません。

    でもこれは、なんだか私も折に触れて考えることだったので、ちょっと向き合ってみようと思う。

    質問はこんな内容。

     

    ==================================

    私は子どもに美術系を許さなかった母です。
    (中略)

    持論なのですが、美術とか創作系を志す人は何か「やむにやまれぬもの」を持っており、それはたかだか教師や親に反対されたからと言って、やすやすと手離す物ではない。

    そう思う母の信念を、打ち破る力がわずか16.7の子どもには無かったのかもしれないと思い至ったのは随分後の事で、それ以来、子どもの希望の芽を摘んでしまったと、折に触れて後悔していました。

    とはいえ、本当に志があれば、もし一時その道から外れたとしても、結局はそこに戻ってくる。
    運命なのか、諦めぬ心なのか、それは分からないけれど。
    という思いはやっぱりあって。

    本当にやりたかったら、本人がなんとかして道を探すだろう、と。

    それから、美術大学に行ったからと言ってそちら方面の仕事に就けるとは限らず、かえって行かなかった人の方が、現在活躍してるように思える、というのもあった。(自分の視野内で)

    もちろんそこには、余人の計り知れぬ努力や苦労があったのだとは思うけれど。

    でも、そういう人たち(美大に行かなかった人たち)が系統だって美術を学ぶ場に行けたら、さらに素晴らしい作品を作り上げたり、新たな才能を開花させたりしたのかしら。

    12時間円柱を描き続けることを、10代のうちに大学で学べてたらもっと良かった、と思われますか?
    それとも、人生を経た今だからこそ学び取れた、気づけた、と思われますか?

     

    ===================================

     

    つまりは、私が考えなくてはいけないのはここですね。

     

    12時間円柱を描き続けることを、10代のうちに大学で学べてたらもっと良かった、と思われますか?
    それとも、人生を経た今だからこそ学び取れた、気づけた、と思われますか?

     

    これはすぐに答えられる。

    10代ではなく、今だからこそ学びとれたことだ、と。

     

     

    そして

     

    それから、美術大学に行ったからと言ってそちら方面の仕事に就けるとは限らず、かえって行かなかった人の方が、現在活躍してるように思える、というのもあった。(自分の視野内で)

     

    ということも真実のひとつだと思うし、

     

    でも、そういう人たち(美大に行かなかった人たち)が系統だって美術を学ぶ場に行けたら、さらに素晴らしい作品を作り上げたり、新たな才能を開花させたりしたのかしら。

     

    というのも確かにそうだと思う。

    あれから私は紆余曲折で今の仕事をしているけど、高校のあと美大に行ってたら今よりたいした人間になっていたかどうかは全然わからないし、ってか、ダメだったかもなーって思う。

     

     

    で、それこそが、私が長いこと抱えてきたコンプレックスなのかもしれない。

     

     

    「私は絵が描きたい人間で、その才能もきっとある」

     

    と心のどこかで思いながら、絵を描かずに生きてしまった結果

    あるところからアートに取り組み出すとどういうことになるかというと

     

    「本当は才能なんてまったくなかった」

     

    という自分に直面する恐怖と戦うことになる。だから口実をつけては避けて通ったりする。

    やらないでいれば、「才能なんてなかった」という恐怖の現実に向き合わずに済むから。

     

     

    つまりはそれが、質問者さんの言う

     

    持論なのですが、美術とか創作系を志す人は何か「やむにやまれぬもの」を持っており、それはたかだか教師や親に反対されたからと言って、やすやすと手離す物ではない。

     

    ってことなんだろうと思う。本当に止むに止まれず描く人は、反対されてもやめないし

    やめざるをえなかった自分は、本物ではないってことを、心のどっかで感じてる。

    でもね、だからこそ

     

     

    あとからそんなジクジクと拘泥にはまる前に、とっとと若いうちに取り組んでおきたかったという思いはある。

     

     

    結局、「禁止」されたことで、

    ”何もしていないくせに、何かができるような気になっている”自分が作られ、

     

    そして、そんな「やればきっとできたはず」という後悔のような怨念のようなものが心の中に植え込まれていて

    何かにつけて傷のようにうずいては、私が進路を決めていく中でいろいろな邪念になったように思う。

     

    ま、言い訳っぽいけど。

     

     

     

    まあ、でもね。

     

    そういう悔しさみたいなものをバネに、いろいろ頑張れたというのはあるので

    私は今の自分には満足しているし、誇りも持てているし、

    紆余曲折やってきたけど、悪い人生じゃなかったなーって思う。

     

    だからこそ、いま

    また学べる時間ができたときに、学び直す。

    うんうん、それで十分いいよね!

    って。

     

    まあ、そう思うわけですが。

     

     

     

    でもね。

    再び美大で学び始めてみて

     

     

    やっぱりね

     

     

     

    やっぱり違うんですよね。

    違う。

     

     

     

    自分は経験も積んでスキルも上がってるから

    学ぶ効率は逆に、今の方がよいのではないかとも思う。

    見てきた美術の世界も10代よりは膨大で、世界で本物いっぱい見てるし

    そんな蓄積も絶対大きい。

     

     

     

    それでも。

    違う。

     

     

    「自分」の認識の仕方、「自分」の価値について

    その基盤を作っていく年齢の時期に

    「やりたい」ことができる場所を選んで

    「やりたい」ことが似ている人たちの中で

    「ここにいていいよ」と承認され

    とりあえずは「やりたい」と思えることに夢中で取り組む時間を持つことは

     

    その後の人生のあり方に

    大きく、大きく関わるんじゃないかなあ、違うかなあ。

    それを今やれるかというと、なんだか全く違う世界がそこにあるんじゃないかなあ。

     

     

     

    あ!!! でも私

    美大に行ったわけじゃないので、行ったらどうなったのかは語れないのだった。

     

    そうだそうだ、語れないのだったよ。

     

     

     

     

    というのも

     

     

    大学でフランス文学学び始めた2年目に

    もうほんとにやってらんない、こんな世界にいられない(だって誰とも話が合わない>笑)

    だからといって美大に入り直すこともできない(親の反対半端ない、家出る甲斐性もない)から

    自分で貯めたこずかいで、1年勉強すれば仕事になりそうな学校に勝手に通うことにした。

     

    選んだのはスタイリスト。

     

    それで撮影からスタイリング、メイクにヘアまでいろいろ学んでいよいよ卒業となり

    就職相談になったので、担当の専門学校の先生に

    「大学をやめてスタイリストになる」と伝えた。

    そしたら先生に言われたのだった。

     

     

    なぜ? ちゃんとした大学に通っているのに、やめることないでしょう。卒業してからスタイリストの仕事すれば?

     

     

     

    なので

    「もう辞めます。大学なんて本当に、行っても意味のないところです」と答えた。

    その時の先生の一言、いまも忘れられないよ。

     

     

     

    「ももせさん。意味がないと言えるのは、大学を卒業した人だけですよ。

     卒業もせずに意味がないと言っても、なんの説得力もないですよ」

     

     

     

     

    当時私は、本当の本当に大学って意味がないと思っていたので

    とても素直に、

     

    「そうか、じゃあ、本当に意味がないと言えるように、卒業だけはしよう」と思った>笑

     

     

    そんで、6年もかけて大学を卒業して、今改めてどうかっていうと

    たぶん、意味はあったと思う。

    ある意味では意味がなかったけれど、別の意味では意味があった(呪文みたいだけど)。

    その時の先生には感謝したいと思います。ありがとうございました。

     

    そしてその間、「意味がない」などとほざいてる娘の学費をコツコツと払ってくれた両親にも改めて

    ありがとうございました。

     

     

    まあ、そんなわけで

    経験しなかったことに対して、きっとこうだったはずとか

    こうなったに違いないなんてことを考えることの無意味さについて

    心に強く思うわけなので、

    美大に行ったらきっとそうなってたに違いないなんてことを推測すること自体が無意味なわけなんだと思う。

     

     

     

    「できたはず」を抱え続けるってことは、そんな無意味な妄想で人生のどっかを支配されちゃうから

    とっととやってみて、できるんじゃないかと思うことは、経験しておいたほうがよい、とつくづく思う。

     

     

     

     

    ということで、最初の質問の内容に戻ると、今言えるのは

     

     

    「12時間円柱を書き続けて学んだことは、今だからこそ得られた経験だし

     希望する進路に進めたからといって、よりよい人間になっているとも思わない。

     でも、じゃあ美大に行かなくてもよかったのかというと

     それはやっぱり、やりたいときにちゃんと、やりたいことはやっておくべきだったと今改めて思う。

     なぜなら、同じ体験はもう人生を積み重ねた後からはできなくて

     若いときにきちんと、自分の芯にあるものに向き合っておくことはその後の人生にとても大切なことだ」

     

    ってことになるのかなーって思う。

     

    妄想みたいに頭の中で考えるだけで、実際に手を動かさなかったことの代償は、かなり大きいなと

    最近つくづく思うことが多いです。フランス文学科に行こうと、赤坂でバブル時代の会社員をやろうと

    毎日もっと真剣に描かなくちゃあかんかったんだよ。まあ、頑張るけど。

     

     

     

     

     

    さて、私の美大リベンジには後日談がある。

     

    前のブログで円柱12時間描いたよって書いた記事は、なんかバズってたくさんの人が読んでくださったけど

    あれから1年。

    私は今何をしているかというと

    もう美大には通っていない。

     

    なぜかというと

     

    人生経験も、仕事経験もいっぱい重ねてきてしまった50代の私が

    美大で基礎を学ぼうと考えても

    スタート地点があまりにも違いすぎるということに直面したから。

     

    「美大」でものを学ぶことが、もう今の自分のスケールに合っていない。

    それで、結局それぞれ作家の先生について、今年はやりたいことだけに取り組んでいる。

    それが正しいのかどうかはぜんぜんわからないけど、「できたはず」と抱えてきた妄想は

    この1年ほどで大きく変化して、新しい形になってきたような気がする。

     

    超試行錯誤時代だけど。

     

     

     

    それでも、去年学校に通ったことには、別の大きな意味があったのは確かだった。

     

    ひとつは長くフリーランスで自己采配で1日を過ごしてきた自分が

    「とりあえず通う」場を得て、時間割のある日常を過ごしたこと。

    「場を得る」。

    これはとっても心身の安定につながった。

     

    それともうひとつは

     

    「美大に行かなかった」ことの根元の意味について、ちょっとした気づきがあったことだ。

     

     

     

    私の親子関係はちょっと複雑なところが多く

    仲良し母娘であったがゆえの確執みたいなものも大きかったのだけれど

    昨年、私の誕生日で食事をしている時

    おそらく

    自分が覚えている中で人生ではじめて、といっていいと思うんだけど、母に大きなおねだりをしたのだった。

    ほぼ冗談で。誕生日プレゼント何がいい? と聞かれて

     

     

    「学費、払ってよー」と。

     

     

    私がまだ40代の頃、「美大行きたかったのに大反対したよね」と両親に話したら

    母は機嫌が悪くなって、そんなことを言う私を制止した。

    なんか、全然わかってくれてなかったんだなー、という遺恨もあって、だから言ってみたのだった。

     

     

    「ほんとに行きたかったんだよー、それ忘れられないから今行くことにしたの。

     だからさー、リベンジで学費払ってよー。

     なんちゃってね、ははは、冗談冗談」

     

     

    あ、変なこと言っちゃった。機嫌悪くなるなーと思っていたら

    母は一瞬首を傾げて、それから

     

     

     

    「ほんと、かわいそうなことをしたわね。行かせてあげればよかった。ごめんね」

     

     

     

    と言った。

     

     

    え?

     

    ぽかんとしている私に

     

     

    「でもね、払ってあげたいのは山々だけれど、今はうちは年金が少なくて、いろいろ出入りも多くて余裕がなくて。

     ごめんね」

     

    と頭を下げたのだった。

     

     

    え?

     

    え?

     

     

     

    今何が起きたんだろう。

    常に強気だった母から出た言葉にびっくりして、私はあわてて否定した。

     

    「いやいや、ぜんぜん本気で払ってなんて思ってないから。

     なんか、昔わかってもらえなかったのが悔しくて、だからいじわるで言ってみただけだから。

     貯金もあるし、大丈夫だよ。こっちこそ、ごめんね、変なこと言って」、と。

     

     

     

     

    それから1ヶ月後、息子の誕生日があって、再び私たちは食事会をして

    その席で母は、私の息子である孫に、

    「これは誕生日のお祝い」といって、ちょっとしたお金の入った封筒を渡した。

     

    いつもありがとう、と伝えると、

    彼女は

     

    「これは、あなたに」

     

    ともうひとつの封筒をバッグから出して

     

    「このくらいしかできないけど、でも頑張って」

     

    と言った。

     

     

     

     

     

    中には

     

     

     

     

     

    一年分の学費が入ってた。

     

     

     

     

     

    私、

    もうその場で

    涙が止まらなくなって

     

     

    周りの目も気にならず

    号泣してしまった。

     

     

    あんな風に泣いたのは、ものすごーく久しぶりだったかもしれない。

     

     

    えーんえーん。

    わーんわーん。

    ママありがとう。

    わーん。

    ママうれしい。

    ほんとにありがとう。

     

     

    80歳の母を前に、子供みたいに泣きじゃくった。

     

     

     

    結局ね

    私が「美大に行きたかったのに」と抱き続けて妄想をしてきたことって

    ただ

    これだけのことだったのかもしれないな、とその時思ったんだった。

     

     

     

     

    「わかってほしかった」

     

     

     

    なんで、わかってくれないんだろう。

    なんで、一番好きと言っているものを否定するんだろう。

     

     

     

     

     

    あの時、「行きたい」と言う私に親が「いいよ」と答え

    そのまま美大に行っていたらどうなったのかという答えは

    先にも書いたように語る意味もないのだけれど

     

    美大に行かずに別の道を歩いている間、止むに止まれぬ衝動で描き続けるなんてことをしなかった私であるなら

     

    たぶん

    そこで満足して、その後まったく別の道に進んでいるんじゃないかと思ったりする。

     

     

     

    私が抱えてきたものは

    描きたかったのに、という場所ではなくて

     

    ただ

     

    わかってほしかった、承認してほしかった、

    という場所に長らくあったのかもしれない。

     

     

     

    そんなことに気づいて

     

     

     

    「美大に行きたかったのに」

    という想いは、80歳の母の手から「ごめんね」と渡された封筒の小さな重みで

    すべてが霧が晴れるように昇華してしまったように思う。

     

     

     

    私はありがたく、その封筒の中身を学費に当てて

    一年間学び

    そして、ああ、途中だけれど、私はもうここにいなくていいんだなと思ったので

    学校をやめて、今は毎日絵を描いている。

     

     

    たぶん、遅すぎることはないと

    言い聞かせながら。

     

     

    長くかかったけど、それが私の「美大行かなかったんだけど」のストーリーで

    今いる場所なんだと思います。

     

     

    答えになったのかなー。

    また長くなっちゃった。ここまで読んでくださってありがとう。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    category:Dairy Tokyo | by:武蔵野婦人comments(8) | - | -
    Comment
    お返事をありがとうございます。

    実はあの質問を投げかけた後
    「なんてしょうも無い愚問を投げかけてしまったんだ!」
    と自分をポカポカ殴りたくなって、しばらく悶々としていました。

    過去、あっちの道を選んでいたらどうなっていたと思いますか?

    なんて、尋ねるべき事じゃない。
    そもそも、今を肯定していない方が書く内容じゃないのは、あのエントリを読めば分かるはずなのに。
    失礼な質問をごめんなさい。


    お気づきの通り、私は
    「今だからこそ得たものがありましたよ」
    と言ってほしかったんだと思います。

    許さなかった母として。

    しかしやっぱり、

    同じ志を持つ同世代の人たちと時間や空間を共有しつつ学ぶ(意訳でごめんなさい)

    という重要性も改めて気づかさせていただきました。

    その機会を潰しちゃったんだなあ。
    いや、まだギリギリ間に合うかしら。


    そして、母上の言葉のくだりで、私も大きく頷きながら涙してしまいました。
    ああ、私と同じ気持ちでいらしたんだなあと。

    それを口にできるのに、すごく時間がかかっただけで、ずっと心にあったんだと分かります。

    学費を援助してもらって、
    美大に1年間通われて、
    また新たな気付きがあって、
    次のステージに向かっている、

    というお話を伺うと、私にもひそやかな希望が湧いてきます。

    さらなるご活躍をお祈りしております。

    • ふわ
    • 2017/08/05 1:14 PM
    >ふわさん
    勝手にいただいたコメントをブログの内容にしてしまってすみませんでした。そして、内容的にもふわさんの質問に答えているんだかなんだかわからないような内容で。。。。。
    ぜんぜん失礼な質問ではなかったです。逆に、書くことから遠ざかっていた私に、またブログを書いてみようと思わせてくださった質問でした。ありがとうございました!
    私の場合は母が80代に、私が50代になってからのやり直しだったので、20代とは同じことはもうできないとは思いましたが、形を変えても、今やるべきことがわかったのは大きな収穫でした。
    いくつになっても、遅すぎることはないのだと思います。まだまだ間に合います!!! 
    心のこもったコメントありがとうございました。これからもどうぞ、よろしくお願いいたします。
    • 武蔵野夫人
    • 2017/08/06 9:34 AM
    こんにちは。
    久しぶりにブログをチェックしに来たら、更新されたばかり!わくわくしながら読みました。そして80歳のお母様が封筒を差し出された行涙してしまいました。
    私事ですが、私は今40歳手前の専業主婦で、自分の人生について、あの時こうしていたら、とか色々考えてしまう時期にいまして。親に対しても少し、あの時こうしてくれたら、とか、あれを許してくれてたら、と思ってしまうことがあります。なので自分と重ね合わせて(しまうのは失礼と思いますが)しまって、グッときてしまいました。
    自分で選択を重ねた人生ではありますが、このままの自分ではいたくないなと、正直思っていて…でも答えは出せず、という毎日です。
    なんだか愚痴めいてしまいました。失礼しました。
    • なお
    • 2017/08/08 3:16 PM
    >なおさん コメントありがとうございます!
    人生には、「あのときこうしていれば」とか「ほんとはやりたかったのに」と思うことが少なからずありますよねー! 私は50歳になる2年前に、そう思っていたことを書きだして、かたっぱしからやってみました。題して50歳プロジェクト>笑 たいてい、どれもできちゃいました。残った「どうにもならんこと」は、自分がやったことが正しいのだと思います。それから、自分の人生を愛せるようになりました。そんなこと、またブログに書いてみようかなと思えました。ありがとうございます!! まだまだ時間いっぱいあります。今のありのままの自分が愛せるなおさんでありますように。
    • 武蔵野夫人
    • 2017/08/09 9:49 AM
    はじめまして、何度もこの記事を読ませて頂きました。Blogというものにコメントをするのも初めてで勝手がわかりませんが思い切ってみます^_^
    お暇な時に読んで頂ければ幸いです。

    私は美大に行かなかった(行けなかった)側です。両親の反対が一番の要因です(美術が本当に好きならどこででもできる、そして美術とは趣味の物という考えの両親でした) 幼い頃から両親はどこか他人に感じる存在でしたので彼らの反対はもちろん関係が良くなかったせいもあるかもしれません。

    そして早々に両親とは独立し美術への熱い想いを抱えたまま、ももせさんの様に「何もしてないくせに何かできるような気になっている」感が強くなりいつしか絵が描けなくなり私は長い間美術をする事がトラウマのようになっていました。美大に行った友人と連絡し合う事でさえ傷が疼きました。私のデッサンの下手さ技術の無さに直面するのがとても怖かった。

    それからの私はどこか自分を抑え込んで生きているような感じでした。やはり美術が必要だと気付いたのは最近です。私にとって美術とは自分を解放する方法でデッサン力や技術は関係無いんだと気付くまでに18年近くかかりました。"12時間円柱を描きつづけてはじめてわかったこと"の様な感覚でした。

    そして、ももせさんと同じような無意味な妄想(できたはず)に支配され続けた人生の転機は時間はかかっても必ず現れるんだと思います。(こうして表現できなかった感情や過程をももせさんのBlogで涙モノで発見したり)
    私の"できたはず"の呪縛も結局、両親に「ここにいていいよ」と承認され私の一番好きなものを否定する事なく応援してほしい(私の人生を応援)というものだったんだと思います。
    とてもスッキリしました。お母様とのやりとりの場面は号泣してしまいました。
    そしてとても癒されました。
    ありがとうございます。これからもBlog拝見させて頂きます。

    今は、何の気兼ねもなくまた絵を描けるようになってきました。思うままに描けるのはなんて幸せか。

    読んでくださってありがとうございます。
    記事シェアさせて下さい。
    • I thank you
    • 2017/08/09 10:33 PM
    >I thank youさん
    コメントありがとうございます。そして、その内容が本当に私が経験してきたこととそっくりで、胸がじんとしました。
    美術って、どうしてこんな風に反対されてしまうんでしょうね? 生きていく上で直接経済活動につながらないということのほかに、「才能」というものは育つものではなく、生まれながらに持ち合わせているものだという認識が大きいからなんでしょうか? 医者や弁護士になる才能というのはあまり聞いたことがないのに、不思議です。
    私は、特に父親から「お前に才能なんてない」「あるわけがない」と繰り返し言われ続けたことがとてもトラウマになりました。それも、I thank youさんと同様、途中で怖くてファインアートに近寄れなくなった理由かもしれません。
    今、I thank youさんは思うままにまた絵をかけているとのこと。私もそれを伺ってとてもうれしい気持ちです。私もやっと、自分が好きなものを描ければ、それでいいのだと思えるようになってきました。
    いつかI thank youさんの絵を見てみたいです。これからもどうぞよろしくお願いいたします!
    • 武蔵野夫人
    • 2017/08/10 10:19 AM
    お母様の学費、涙ぐんでしまいました。
    初めまして。
    私は美大ではありませんが、周囲に何を言われてもきかず、自分の希望する進路に進みました(その間、才能のなさゆえ紆余曲折ありました。)
    しかしながら、ブログ主さんと全く同じ思いを抱え続けて苦しみ続けてきました。
    「わかってほしかった、承認してほしかった」という気持ちです。
    何年も受験に失敗した挙句、進学はさせてもらいましたが、就職が難しいために道を断念することを当然のように望まれていました。

    反対されたのに、自分勝手な人生を選んで大きな経済的負担をかけてしまった罪悪感と、自分の選んだ道を理解してもらえない、認めてもらえない哀しみを、ずっとずっと抱えていました。

    のびのびと、周囲に応援されて活躍している(ように思える)天才たちには、どんなに努力しても適いませんでした。いつの間にか、自分の「やりたい」気持ちよりも「親に認められるために結果を出さなくては」という気持ちが勝ってしまったためです。

    嫌な顔をしながらも学費を出してくれていた事実を、本当にありがたかったし認めてくれていたんだと思えるには、数十年を要しました。

    ブログ主さまが今の心境に至るまでの全てのプロセスに意味があったと私は感じます。
    • さつき
    • 2017/11/13 5:14 PM
    >さつきさん

    コメントありがとうございます。
    反対されても自分の道を進む。その過程でもさまざまな葛藤があるんですね。書いてくださったことのすべてが、なんだか心にずっしりと響きました。
    そして、「嫌な顔をしながらも学費を出してくれていた事実を、本当にありがたかったし認めてくれていたんだと思えるには、数十年を要しました。」の部分、私もまさにその通りでした。
    望まない進学先で留年していたにもかかわらず、払い続けてくれていた事実について、当時は「そんなことしなくていいのに」と思っていたことを思い出しました。それを感謝できるようになったのは、ずっと後のことだった、と。
    生きることを振り返ると、さまざまなことが見えてきて、そのすべてのプロセスが愛おしく思えるような気がします。この場でお話できたことのご縁に感謝です。
    • 武蔵野夫人
    • 2017/11/14 7:48 AM








       

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      武蔵野婦人
    • 孤独のグルメから「きのう何食べた?」、そしてはるみさんのこと。未来の小さな灯りをさがして、今年もよろしくです
      武蔵野婦人
    • 孤独のグルメから「きのう何食べた?」、そしてはるみさんのこと。未来の小さな灯りをさがして、今年もよろしくです
      ニート男性
    • 孤独のグルメから「きのう何食べた?」、そしてはるみさんのこと。未来の小さな灯りをさがして、今年もよろしくです
      あっか
    • 離婚して一人で子育てをして、しんどくなったことについて。自由に生きることには大きな責任が伴うってことについても。
      武蔵野夫人
    • 離婚して一人で子育てをして、しんどくなったことについて。自由に生きることには大きな責任が伴うってことについても。
      ゆうこ
    • なんでフランスのごはん作りはラクで、日本のごはん作りは面倒だと感じるんじゃろ
      武蔵野夫人
    • なんでフランスのごはん作りはラクで、日本のごはん作りは面倒だと感じるんじゃろ
      はろ!
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