「とりあえず今日は昨日と同じ日でいて」ー怒るにはエネルギーが必要だったことを知る朝

2017.06.15 Thursday 11:12
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    共謀罪が参院選で通った昨日。

    怒りや不安に向き合うには、ある程度のエネルギーが必要なのだと知った。

     

    前回このブログを更新してから、なんと6ヶ月以上経過してた。

    最後の記事がなんだか後ろ向きな内容だったから、そのまま放置されていたことになり

    それでもその間、こんなブログを取り上げてくれる方もいたりして、アクセスが急に3万4万と跳ね上がる日もあったりで、いろいろ不思議な体験をした。(遡って読んでいただいた方もいらして、ほんとありがとうございます)。

     

    最後に仕事の嘆きみたいのを書いたことで、仕事依頼のメールに

    「ブログにあるようなことがないよう、誠心誠意進めてまいります」という文言を入れてくれた方もいて

    ああ、これは申し訳ない、早くもっと明るい記事に書き換えなくてはあかん、、、、、、

    と思っていたのが1ヶ月前ぐらい。

     

    それでも放置されていたのは、このところの私の状態が、別のところにエネルギーを持っていかれることで

    ポジティブにもネガティブにもなれずにいたからだった。

     

    別のところって何かっていうと

    それ

     

    介護問題。

     

     

    ある日突然、85歳の父が脳梗塞で倒れ、

    集中治療室ののち、ああ、これはもう身体能力の回復なく施設入所か、、、

    と奔走したのち、現代医学のありがたい(というか恐ろしいほどの)恩恵に預かり復活〜!

    したのはいいけれど、いろんな家庭事情のために、まあ書くのも疲れるから書かないけどほんまいろいろあって

    結果的に81歳の母にはキャパオーバーな状態の手のかかるじいさんが実家でいろいろやらかしている。。。。

     

     

    という数ヶ月だったからなのだった。

    っていうか、現在進行形だけれど。

     

     

     

    そこで、介護にまつわる世界の入り口を垣間見た。

    それはまた、機会があったら書く。

     

     

    それでも改めて思ったのは、一番最初に書いたことなのだった。

     

     

     

    怒りや不安に向き合うには、ある程度のエネルギーが必要なのだな、ということ。

    ポジティブでいるのにもエネルギーが必要だけれど、私にとっては怒るという行為のほうが

    よりエネルギーを必要としているような気がする。得意ではない。

     

    それで、体と頭と心からエネルギーがもう、必死なところに向いている時、

    私は何をしていたかというと、ひたすら無心になっていた。

    外からやってくることがあまりに理不尽であったり、想像の斜め上を行っていたり、未来が見えない時

     

    その時々で怒ったり嘆いたり意見したり、喜んだり希望を持ったり、、、なんてことを繰り返していたら

    確実に自分のメンタルバランスが壊れるので

    じゃあ、何をするかというと、無心になるのである。

    なんつか、自分を守るために、感性の何かが麻痺するんだ、ということを知った。

     

    そこでひたすら、ただ願っていたのは、ただひとつ、これ。

     

    「とりあえず今日は昨日と同じ日でいて」

     

     

    明日が同じである確証がない(なぜって、自分の努力や意思とまったく関係ない場所から、理不尽な状況が飛んでくるからだ)

    半年後、1年後なんて何の話だ。

    5年、10年の構想なんてなんの役にも立たない。

     

    だから、とりあえず今日は、昨日と同じに過ごしたい。

    明日のことは、また明日、同じように昨日と同じ今日と考えて過ごしたい。

     

    あんなに大好きだった旅や、海外滞在の予定を立てることも

    3ヶ月先が見えないと勝手に頭が働いて、考えることをやめてしまう。

     

    そして今朝、頭の中心が痺れて麻痺したような状態で、自分のしたことに愕然としたのだった。

    共謀罪参院通過のニュースを流すテレビのチャンネルを、黙って変えた。

    一色になっているツィッターの画面を、閉じた。

     

    なぜって、それは私の心をざわつかせ、不安にさせ、怒りを噴出させるから。

    ほんとはいけないこととわかっているけど、敢えて書けば

    とりあえず私は、今日は昨日と同じ日が送れるはずだから、不安や怒りから自由でいさせて。

    いつも通り、過ごさせて。

     

    旅行の予定をわくわく考えるようなエネルギーも

    理不尽なことに怒りや不安をおぼえるエネルギーも

     

    この数ヶ月ですっかりなくなってた。

    怒るって、すごくエネルギーがいることなんだ、と改めて思った。

     

    (森美術館で見たハルシャの絵。政治と社会、アートの関係についていろいろ考えさせられたインドの現代アーティスト)

     

     

    先日のニュースで、現政権を支持している多くが、老人世代と20代の若者だということを知って驚愕したんだけど

    (特に若者のほうで)

     

     

    今朝の自分の行動を思い返しながら

    ああ、それは

     

    先が見えない日々の中で、希望というものを持つことが逆に自分を傷つけると知った人間が

    少しづつ少しづつ、無心でいるという自己防衛術を身につけて

     

    わくわくすることからも

    怒ることからも距離を置き

     

    とりあえず、昨日と同じ今日が送れればそれでいいのです。

    未来がこんな風になってしまうから、いま、よく考えて反論して、声を上げなければと言われても

    その種類のエネルギーはとっくの前に手放してしまったよ、

     

    ってか、そういうの

    疲れるしうざいから

    やめてくれるかなあ。

     

     

     

    と思ってしまう。

    それは今の若い世代が直面している現実であり

    非正規雇用から抜け出せない社会システムの中にいる人や

     

    同様に、またちょっと別の視点で

    死により近い

    70代、80代の現実でもあるのではないか、と思った。

     

     

     

    昨日と同じ今日、その今日が終わったら、今日と同じ明日1日。

    その「明日」は、あくまでも自分の日常の明日であって

    社会とか、世界とか

    正義とか倫理とか

    とりあえずそういうことはもう、とりあえず置いて見ないことにするという

    まさに今朝の私のような行動が

    次の同じ「今日」を作れない法案や政策をどんどん通過させる土壌になってる。

     

     

     

    怒れよ、と言われても

    その種類のエネルギーから距離を置いていたいと思う気持ち。

    とりあえず、僕の1日が昨日と同じでありますように。

     

     

     

     

    現政権はそんな風潮に支えられている(いや、支えてもいなくて、ただ見過ごされている)。

     

     

     

     

     

    未来にわくわくできて、努力すれば何かが報われるというエネルギーがあれば

    社会に対して怒る、声を上げるというエネルギーも湧いてくるのかなあ、と改めて。

    日本、やばい。

    (いや、おれもやばい、まぢで)。

     

     

     

    さて、そんなやばい日本は4人に1人が65歳以上の老人で

    100歳以上の人口がなんと6万5千人もおる。

    口さがないことを言えば、昨日と同じ僕の、私の今日が過ごせれば

    もうそれでいいです、という人が、それだけいるってこと。

    そういう人たちを支えるために、莫大な税金が使われている。

    その税金を、昨日と同じ今日がすごせればいいんじゃね? という若者が担う。

    ってか、担えるわけないじゃん、これ。

     

    ひとり親で頑張って子育てして、やっと子供が巣立って

    さあ、これから自分のこれからを考えようと思ったら

    日本の老人社会の深い闇のようなものに直面してしまった。

     

    ほんまこれ、何。

     

     

     

     

    ありゃ、ぼやきブログで放置してしまったので

    明るく書き換えようとしたのに、なんだか真っ黒になってしまった。

    怒るエネルギーはないけど、今日1日過ごしているというレベルでは私はとても元気です。

    ちゃんとエネルギーを蓄えるためにも、書いたり、創ったりしなくちゃあかんので

    ぼちぼちマイペースでやっていければと思っています。

     

    そんな中

    年老いて死ぬということは、いったいどういうことなのか、ということについて。

    このところはよく考えるようになった。

    今日は長くなったので、また、来ます。

     

     

     

     

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