ジリジリとただ辛い事を乗り越えられるのは、「好き」の力なんだね。それを河合隼雄さんが「苦楽しい」って言ってたの、思い出した。

2016.05.12 Thursday 15:33
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    ああ、びっくりした。前に書いた記事がバズって。
    もともと覚え書きのように書いているブログなので、急にいろんな人の目に触れるとちょっとドキドキする。

    落ち着いたので、また更新します>笑。

    美大でのデッサンの日記に、たくさんのコメントありがとうございました。
    後日談。

    ほっとかれて、わけわかんないじゃん! と憤って
    でも、その間に自分で「気づいた」ことによる発見はとても大きくて
    その前に教えてもらっちゃったら、こういう気づきはなかったかも。。。。。。というのが
    先日の話しだったのですが。

    この「ほっとかれる」塩梅というのは、結構難しいなと思います。
    あれ、ほんとに意図的なほっときだったのか
    もしくはほんとにほっとかれたのか、そのあたりはようわからんと思う。実は。

    でも、ひとつだけ言い訳をするとすれば
    私が今いるのは、リタイアした人もまじっている各種学校である美術の学校なので
    これから受験をするとか
    美大に入ってこれから未来の芸術家を目指すという人のための教育じゃないわけで

    まあ、ゆるりと進んでいく中で気づくことってのはあるわけです。


    で、毎度言われているのが
    「完成させるな」
    ということ。
    受験デッサンではないのだから、目的は完成させることではなく、そのプロセスであり
    完成を意識したとたんすべてがおざなりになるので気をつけろ、と。

    でもね、これがとても難しい。


    昨日まで、16時間静物を鉛筆でデッサンしてたのですが。
    「今日の2時半から講評入ります」と言われたとたん
    それまでになんとか格好をつけないと! とあせって、最後にまとめようと鉛筆を入れて
    イーゼルにある状態までは、大満足な出来だと思っていたんだけど
    いざ、全員の作品と並べて遠くで見てみたら
    無難にまとめようとした自分の作品が、なんだか一番魅力がなく
    陳腐に見えて、すごく反省した。



    「〆切」

    という言葉に異様に反応してしまう自分を改めて知った。

    ま、仕事ではそれができなくちゃどうしようもないんだけど
    この「結果ではなくプロセス」というのになかなか順応できないでいる。

    木炭を持つのははじめて、鉛筆デッサンもはじめて、という人の作品には
    パースが狂って陰影がうまくつけられていないものもたくさんあるけど
    格闘した時間が内包されていて、見ていて何ともいえない魅力があるものが多いことに
    はじめて気づいた。
    美大受験のデッサンはしたことがあるけど、あの「どこから見ても完璧に見える
    すごくうまいデッサン」とはまったく違う
    もっと
    「受かるという目的」なんかがまったくない所にある
    「生きてるっていうプロセス」みたいなものが見えるものの
    力みたいなものに、ちょっと圧倒されたりする。

    経験がなくてうまく描けない人は、「うまく」描ける人をすごく羨むけれど
    そうではない場所にある魅力みたいなものの力は、真似できないものが多い。
    美大で基礎を確立してから、そいういう魅力のあるものに「崩していく」作業は
    逆に大変だろうなあ、と思ったりもする。


    さて、後日談と書いた割に前置きが長くなったけど
    実は、前回私がほっとかれたけど気づきがあった、と言ってた日。
    別のクラスでは、校長に直談判しに行った人がいたのだそうだ。

    こちらはお金を払って来ている。
    ここまで放置とは、本来の義務を怠っているのではないか。
    きちんと指導教員を配置しろ、と。

    結果、その次からのデッサンでは、前より先生が回ってくるようになった。
    ま、そのほうが助かるし、やる気もでるので、直談判は正しかったのかもしれないけど

    その直談判をしたのは、引退世代の男性で
    まあ、社会的地位があって、仕事体験を重ねて十分に権利意識が確率している人は
    「管理責任」を問う形で、答を求めたがるんじゃないかと感じた。
    こういうこと、子どもたちの学校でも結構起きている気がするし。

    もしかしたら、あとちょっと自由にさせてくれていたら
    こんな体験も、あんな体験もできたのかもしれないけど
    その前に、「管理責任」を理路整然と言われてしまうと
    「空白の時間」みたいなものはどんどんなくなってしまうのかもしれない。

    なんか、ちょっともったいない。



    まあ、そういうわけで
    後日談があったわけですが
    でも、やっぱりデッサンには時間がすごくかかるし
    やっている間には、ただただ自分で対象物と格闘しているわけで
    過剰な指導があるのは、自分の判断が狂ったり、迷いが生じてよくないなあと思うことも増えた。
    ある程度は放っておいてくれないと、自分のコアみたいなところが決まらない。

    そういう格闘の時間を
    このところ存分に楽しんでいるような気がします。


    最初のデッサンのあと
    講評に来た先生は

    「それにしてもみなさん、辛かったでしょう」

    と言った。

    ただ、円柱と立方体を、こんな長い時間かけて描き続けるなんて。
    普通で考えたら、辛いし、いやになっちゃうよねえ。

    と。

    「でも、みんな、絵を描くのが好きだから
     もっとうまくなりたいと思っているから
     途中で投げ出して帰っちゃったりせず、ここまで描き続けられたんでしょ。
     じりじりと本当に辛いと思う時間も、好きだから乗り越えられたんだよね」


    うん。

    そうだなあ。
    その通りだなー。


    もし自分がまだ高校出たぐらいで、ものすごく好きでやりたいわけじゃないけど
    とりあえず勉強しといたほうがいいって言われたから、ここに入っておこうかなーってぐらいで
    最初に12時間円柱書けって言われたら
    まあ、途中でさぼったり
    やんなるなーってお菓子食べたりしてたと思うー。

    ほいでも、おいらたち描いてる間、誰もそんなことせずに
    ただただ、延々とデスケルやはかり棒使って、なんだか不毛にも見えるデッサンをやめる人はいなかった。
    仕事したり子育てしたり
    いろんな時間過ごしてきて、それでもやっぱり絵が描きたいって思うから来たわけだし、みんな。
    だから

    好き

    であることって、すごいなーって思った。
    で、先生が言った

    「じりじりと本当に辛いと思う時間も、好きなら乗り越えられる」

    って言葉に、なんだかじんわりした。




    ってか、辛いことって好きじゃなくちゃ乗り越えられないよな。

    それ、ずっと前
    まだ河合隼雄さんが生きていらした頃
    一緒に山登りしている時に、河合さんが話してた言葉として、すごく残っていることに共通している気がする。

    「ももせさん、人生には 苦楽しい(くるたのしい) という経験があるのですよ。

     楽しさにも2種類あって、ひとつはディズニーランドに行って楽しいなー、というような体験。

     もう一つは、やっている途中はとてつもなく苦しくて、辛いことがいっぱいあるけれど

     でも、その辛さを乗り越えたところで、言いようのない楽しさに変わりうるという体験。

     僕はそれを 苦楽しい と読んでいるの。

     子育てなんかも、それに通じることがあると思うけど

     ただ楽しいという体験はすぐに忘れてしまうものだけれど

     苦楽しい体験は、深く心に刻まれて、糧になるのよ」


    んで、その苦楽しさを乗り越えられるのは
    やっぱり「好き」の力なんだと思う。

    子どもだって、好きだし、愛しているし、可愛いから
    働きながら子育てするっていうような
    あんな筆舌に尽くせんめんどくさくて辛くて苦しいことも、ただただ続けられたんだと思うし。
    (んで、苦楽しさにつながって、数百倍の糧をもらった気がするし)。


    いま私がやっているデッサンという作業は
    描くのが好きな人間にとっては
    まさに

    苦楽しい

    時間なのだと思う。




    ということで後日談でした。

    ただ、「好きだから乗り越えられる」って
    難しいこともあって

    好きというだけで
    乗り越えなくていい時間もあるし
    我慢してはいけないこともある。


    そんな大事なことについて、また時間ができたら書いてみる。
    category:Dairy Tokyo | by:武蔵野婦人comments(4) | - | -
    Comment
    ももせさん。
    いつもハッとさせられる文章、楽しみに読んでおります。この「苦楽い」の感覚、思い返してみると過去の事が多く、というか乗り越えてきたからすべからく過去のことなんですけどね(笑)
     私自身は、食い盛り真っ盛りの息子育てが、あとゆるゆると7,8年は続くという年代ですが、「ただ好きだからやって」みたり、「好きだから乗り越えられる」に敢えてはまりにいったりは、そういう世代以降が味わえる贅沢なのかな、と。
     外からの情報に惑わされず、「ただ好き」に足を踏み入れるというが、まずはの一歩なんですが、そこのところの背中を押してもらった感じがしました。

    「好きというだけで
    乗り越えなくていい時間もあるし
    我慢してはいけないこともある

    そんな大事なこと」

    の記事も、楽しみに待っております。
    • りつやん
    • 2016/06/26 12:24 PM
    >りつやんさん
    せっかくコメントを頂いていたのに、見逃していて、お返事が今頃に。。。。すみません、ブログコメントの構造が少しわかりにくいですわー@Jugem。
    「好きだからできる」というのは、確かにある年代以降の贅沢な時間かと思います。もしくは、学生時代。でも、いまの学生は「好き」なだけでは時間を消費できないところもあり、悩ましいなあとも思います。
    私も子育てまっただ中の時には、今のようなことができるとは思ってもいませんでした。でも、だからといって、自分がやっていることがリタイア後の趣味とも思いたくないというジレンマもあります>苦笑
    これからもいろいろ、考えたり、トライしたり、していきたいなと思っています! 好きだから乗り越えなくていいという話、ちょっと書くのにエネルギーがいるので、また時間ができたら。
    これからもどうぞよろしくお願いいたします。
    • 武蔵野婦人
    • 2016/07/22 5:40 PM
    ももせさん
    こんばんは。ももせさんが有名な方とつゆ知らず、私のような一介のブログに記事を紹介させてほしいなんて、失礼を申し上げました。載せてから焦った次第です。でもとても感銘を受けた記事だったので、このまま載せさせてください。よろしくお願いします。
    河合隼雄さんとも交友があったのですね。河合隼雄さんは大好きで、著作の中でしか存じませんが、あの闇を見据える厳しさと、飄々としてみえる笑顔と、一個の人間として生きているんだなぁと感じます。
    それはさておき、ももせさんの書かれていることをどれだけ理解しているかわからない不躾者ですが、とても楽しく拝見しています。これからまた遡って読ませていただこうと思っています。
    ありがとうございました。
    • piyosuke
    • 2017/08/15 8:30 PM
    piyosukeさん
    コメントありがとうございます。また、ブログでも取り上げていただき、ありがとうございます。私、ぜんぜん有名とか、そんなんじゃないですからー>笑 ひっそりと物書きやってる程度なので、そんなことおっしゃらないでください。
    河合さんの描写、まさにその通りですね。お元気だったときのことが昨日のことのように目に浮かびます。あまり更新されないブログですが、またどうぞよろしくお願いします!
    こちらこそ、ありがとうございました。
    • 武蔵野婦人
    • 2017/08/26 3:55 PM








       

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