「絵本の読み聞かせ」はピロートークってこと

2015.06.22 Monday 18:20
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    子育てしてると、いわゆる「情報」っていうやっかいなものと対峙せざるをえなくなる。
     
    妊娠中はせっせとお腹の中のベビーに話しかけて、ベビーの脳を刺激することで、
    好奇心旺盛になって、夜泣きもしないんだって。

    え、幼児期は夜の7時30分までに就寝させないと脳の発達に影響が?
    子どもの大脳細胞の8割は3歳までに出来上がるって?
     
    そんなもんに右往左往して、独り言を繰り返したあげく、就寝時間に縛られ、
    早期教育に走ってしまうお母さんを、私しゃ責められないなあとよく思います。

    脅かし情報が多すぎるぜ!
     
    そんな中でも、なんだか神話みたいになっているよなあと思うものの一つが、
    「絵本の読み聞かせ」ですわー。

     
     
    えっと、断っておきますけど、私は無類の絵本と児童文学好きで、
    学生時代から家庭文庫や児童図書館で「読み聞かせのおねえちゃん」をしていました。

    本の読み聞かせだけじゃなくて、小部屋に子どもたちを集めて電気を消し、ろうそくに火をつけて、
    「おはなしのろうそく」という、いわゆる読み聞かせじゃなくて子どもの目を見て、
    文字通りの「おはなし」を語るということも、山ほどやってきたです。

     
    だから絵本も読み聞かせも、楽しいものだし、
    子どもも大好きだってのはよおおくわかっとります。

     
    でもね。

    それは文字通り楽しいから子どもたちも集まるのであって、別に情操や脳が発達するから
    やってくるわけでは、ない(もちろんだ、子どもは正直だ)。
    そういう非日常感の中で聞くファンタジーや物語は、また格別なものなのだね。

    で、わたしらライブラリアンは、そういう「非日常」な場をたくさん作って、
    おもろいよー、本おもろいよー、おはなし楽しいよー、いっぱい聞いてね、いっぱい読んでねー! 
    って思うから、まあ、そんなことを続けているわけですわー。

     
    ここで、ネットなどで公開されている、絵本の読み聞かせの効能について、ちょい抜粋してみますと。
     
    “アメリカ人のトッド・リズリーとベティ・ハートの研究(1995)によると、言葉が分からない時期も含めて、幼児期に投げかけられた言葉の数と、成長してからの読解力の試験結果には強い相関がある。子供たちは、言葉を話せるようになるずっと前から、大人からの言葉にとても影響を受けている”
     
    “東京医科歯科大学教授・泰羅雅登先生の研究によると、読み聞かせをしている最中、こどもの脳では、喜怒哀楽を生み出し、その感情に基づいて基本的な行動を決めている大脳辺縁系が活発に働いている。”

     
    だから0歳から読み聞かせはマストだと。

    まあ、こりゃ大変。
     
    で、こういう状態なので、子育て中の真面目なお母さんに、子どもに絵本の読み聞かせをしなくてはならん! という強迫観念みたいなものが生まれてる気がしますなあ。
     


    いやあ、でもそうなん?
     
    ただでさえ、家事も育児も仕事もあって大変なんよ。
    寝る前に本を読み聞かせること、そしてそこに良書を選別しなくちゃいけないことって、そんなにマストなことなんだろうか。
     
    おはなしのお姉さんやってた私だって、読み聞かせは苦痛な時が結構あったよ。いや、ほんと。
     
     
     
    でも子どもがもっと読んで、もっと読んでって言うじゃない。
    だからとても大切なのよ、って言う人もいるんだけど、子どもは絵本も大好きだけど、たぶん、寝る前のその時間に、絵本があればお母さんを独り占めできてベッドの中でくっついていられるってことに、無上の喜びを感じているんじゃないか、って私は思ったりする。
     

    そりゃ、うちの子だって「もけらもけら」とか「ぶーん」とか、大好きな絵本はいっぱいあったさ。読んだらけたけた笑って、そりゃあ可愛いもんだった。
    おっきくなったら、ハリーポッターよりダレンシャンが好きで、まあ、読め読めとうるさかったわ。

     
    でも、じゃあそれでお勉強ができて本が大好きになったかというと、21歳の息子は人生でほとんど本を読まない子に仕上がった。中には本好きな子に育った子もいるだろうけど、それは他の要因もいっぱいからんでおって、読み聞かせをしたから、ではない(きっぱり)。
    親が「こうなるべき」っていう形に、子どもはならないというのが世の常だと私は思うんよ。
     
    それじゃ、あの時間はいったい何だったのかというと、それは親子の究極のピロートークだったんだろうねえ、と。

     
    くっついて、なんかおもろいものを介在しながらいちゃいちゃして、とろーんとして、一日の中でそんなことができる時間なんて、絵本1冊2冊読む間ぐらいのもんで、

    でもだからこそ、子どもは「お話は、お話は」とうるさかったんだろうなあって、今は思う。

     
    お話や絵本介さなければ、かあちゃん忙しくて一緒に並んでがっつり時間共有なんてしてくれないからなー。
    これは、どこの家庭でもそうなんじゃないかなー。
    つまりなぜそこに「絵本」が必要なのかというと、かあちゃんの気持ちがとりあえずは絵本に向かって、どっか別のところに迷い出してしまわないからという理由もあるような気さえ、する。
    (あー、勉強とかでがっつり向き合っちゃうお母さんはいるだろうけど、楽しいことではあまりたくさん時間は割いてくれないもんだからね)

     
     
    私、思うんだけど
    絵本や本を読むことがあまり楽しくないなーって思うなら
    かあちゃん、読み聞かせなんてしなくてもいいんじゃないかなって思う。
     
    子どもの脳の発達とか情操教育とかは置いておいて、
    それより、自分がすっごく楽しいなあって思うことを
    寝る前に子どもと並んで、ぐちゃぐちゃとおしゃべりすりゃいいんじゃないかなあって。
     
     
    私はさ
    仕事やボランティアではさんざん読み聞かせしたくせに
    毎日となると本当に辛くて
    (だってそうでしょ。こっちは立派な大人で、大人頭で暮らしているのにお子様のためにお子様言葉の、お子様ワールドの絵本を、菩薩様のような微笑みで優しい声で読み聞かせるなんてことには、限界がある。
    ありゃ、仕事だからできたのよ。
    日常では、どうやっても無理がある)

     
    で、よくこんなことになっていた。
     
    おかーさん、おかーさん、お話はー? お話してー。してー。
     
    じゃあ、絵本1冊読むよ。それで終わり
     
    (何か一番短いものを読む)
     
    もっとー、もっとー。まだ眠くない。もっと読んでー。
     
    おかあさん疲れたからもう読まない。おしまい。
     
    やだーやだー、もっとお話してー。
     
    わかったよ、じゃあお話するよ。
     
    わーい!
     
    でも、せけんばなしだよ。
     
    えー?
     
    えっとね、今日お母さん仕事に行ったらさー、そこにおもしろいおじさんがいてさー。1時間ぐらいしゃべってたんだけどそのおじさんがね、、、
     
    せけんばなしやだー。おもしろいお話してー。
     
    いいじゃん、お母さんがおもしろかったせけんばなしだよ。今日はせけんばなしの日だよ。
     
    えー(しぶしぶ)。
     
     
    とか。
    あとはもう機械的に言葉が続いてくるバージョン。

     
    今日なっくんはお友達と電車ごっこをしました。
    なっくんの次にはるくん。はるくんの次にのりくん。のりくんの後ろにけんちゃん。けんちゃんのうしろに。。。。。(あと延々。一回りしてなっくんに戻る)
     

    どんだけこれに助けられたかのう。
     
     
    そしてもう、あまりに本読め、読め、とうるさい時には
    私が読んでいてもおもろいと思う本を持ってきて読んだ。
     
    4〜5歳ぐらいのとき、一番役に立ったのは、講談社や小学館から出ていた、週刊世界の美術館みたいなやつ。
     
    子どもはピカソとかマチスとか、絵本にあるような絵が好きかなと勝手に思ったら、息子が一番はまったのはシスティーナ礼拝堂の最後の審判だった。あの、ごちゃごちゃ感がたまらんのだった。間違い探し、宝探しみたいで。
     
    真ん中に人の皮もってる人いるね。これ、ミケランジェロだっていう人がいるんだけど、顔似てるかなー。鍵持ってるおじさんもいるねー。この鍵は天国の鍵。…なんてことを勝手に話した。
     
    目ひんむいて見てた。

     
    私はこりゃあしめたものだと、次から次に画集を見せて、最終的に息子をローマとパリ旅行に連れていくに至った。どう考えてもそんな年の男子にはまったく退屈な旅を、「あの皮むかれたおじさんの絵があるところに行こう」という餌で、成功させたのだった。
     
    いや、だからといって、その後、息子が絵画好きになったり、絵を描き始めたかというとまったくそんなことはなかった。絵は描けない。美術系の素養ゼロ。
    そしてその時の旅行の記憶は、もうほとんど残っていないそうだ。
     
    ほいじゃ、何が残ったのかというと、ただ私の自己満足が残った。
    楽しかったなあ、いい時間過ごせたなぁ。

    かあちゃんがにこにこ楽しくしてたから、息子もきっと楽しかった(断言)。

    その間に介在するのは、別になんでもよかったんじゃないかと思う。



     
    (同様に、ここにバットマンとかMr.ビーンとか、ルパン三世なども介在した。はらぺこ青虫もいないいないばあも素敵だけど、やっぱり大人はそれだけじゃ生きていけないのだ。子どもとかろうじて混じり合う場所にある、大人も楽しいものがあれば、そこにとろーんとしたピロートークの時間は生まれるんじゃないかと私は思ったりする)
     
     
    脳の発達とか、情操教育とか、これをしないとこうなって、いまこうしておくとあとでこうなる、なんてことをずっと考えながら子育てするのは、しんどいなあと思う。

    やらなくちゃならないことは山ほどあるんだから、粛々とそれをこなしながら、子どもとの時間はなるべく楽しいことをして、「今」を大事に過ごしたかったなあって思う。

    かあちゃんがあまり楽しくないのに、無理をして、作り笑いをしながら良書の絵本を読むよりも、とうちゃんやかあちゃんが楽しいなあ、おもしろいなあって思うことを、にこにこお話するだけでも、冒頭に引用した
     
    「幼児期に投げかけられた言葉に大きな影響を受ける」
    「読み聞かせの間に大脳辺縁系が活発に動く」
     
    ってことは十分解決できているんじゃないのか。良書絵本じゃなくっても。
     
    まあ、私は児童書のライブラリアンでもあったので、そりゃ良書の児童書はいっぱい読んで欲しいけど。でもそれ、図書館でおはなしのおばちゃんやお姉さんに非日常の場所でいっぱい教えてもらって読んでもらっても、十分いい影響になると思うよ。
    もうさあ、今は小学校になっても、授業や課外で読み聞かせさんざんあるから。
     
    つまり何がいいたいのかというと、「家庭での絵本の読み聞かせ」ってそんなにマストじゃなくって、ただ寝る前にいちゃいちゃくっついて好きなこと話せたら、それでいいじゃんって思うなーってこと。

     
    一日のどこかで(それは別に、寝る前じゃなくたっていいじゃんとも思う)
    気持ちがどっかに行ってしまわないように
    子どもと並んでくっついて、楽しいこと楽しく話そうよ
    ってことが
    いわゆるちまたの、家庭での「絵本の読み聞かせ」の
    理由のように思う。

    だから、そんなにまじめにやらんでいいよ。
    楽しけりゃ
    それが一番だよ。
     
     
    category:Dairy Tokyo | by:武蔵野婦人comments(0) | - | -
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