家は「私」の容れ物

2014.06.04 Wednesday 10:34
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    昨年滞在していたテキサス州オースティンから、学生のお客さんがごはん食べに、我が家にやってきた。日本の普通の家庭で、普通の家庭料理を食べるという授業の一環なのだそうだ。

    おお、こういう企画はいいねええ。
    私も、海外で一番楽しいのは一般家庭に紛れ込んで、日常生活の一端にすべりこませてもらうこと。それが何よりも、その国を知るということにつながる気がするー。
    企画したせんせ、えらい!

    ということで、20歳の気持ちのいい若者テキサン二人を、我が家に招いてごはんを食べた。
    彼らがどんな土地で、どんな家に住んでどんな暮らしをしているのかを知っているからこそ、気になることはある。
    特にわが家は、気になる。

    何がって、「家の狭さ」が。



    おそらく、テキサスにはこんな小さな食卓はないのではないか。
    キッチンの小ささに、バスルームのせせこましさに、驚くんじゃないか。

    いや、それこそが日本の家庭でごはんを食べるという企画そのものなので、ありのままでオッケーなのだが、日本だってもっと広い家に住んで、大家族で大きな食卓を囲む家もある。
    何も好き好んで我が家の小さなテーブルでごはんを食べなくてもよかったのではないか。。。。。

    なんてことを、考えてしまうのじゃ、やっぱり私は。
    なんだろう、この「狭くてごめんねええ」みたいに刷り込まれた観念は>笑


    なので、鍵を開けながらこんなことを言う。

    「狭いよ、小さいよ。驚かないでね」


    で、やっぱり大柄のテキサンには、わが家のテーブルと椅子は、なんだかとっても窮屈に見えたりする。
    うちは特に、二人暮らしなので、使っているバタフライテーブルは、時に半分に折畳んでも用が足りるぐらいだ。
    なのに、フルに使っても、テキサン二人が座ると、とても小さく見える。

    そういえば、昨年オースティンに住んでいた時、ステイ先の友人が
    「テーブルを替えたい」と盛んに言っていたのを思い出した。
    え? 十分だよ、このサイズでと話すと、
    「よその家に行くと、こんな小さなテーブルで食事をしている家はほとんどないんだよー。
     もっと大きくて立派なテーブルが欲しいなあ。なんかこのテーブルだと、わびしい気持ちになるんだよう」
    と言うんだけど、そこにあるそれは、日本では普通のサイズとして使われている4人がけのダイニングテーブルなのだった。

    確かに部屋のサイズがでかいので、テーブルが小さいと、なんだかわびしいという気持ちはわからなくもない。
    そうして、いろんなものがでっかくなっていくのかもしれないなあ、なんて思ったもんだった。


    そういう場所から来た人たちなので、「狭いよ、小さいよ、ごめんねえ」なんてことを盛んに言ってみるんだけど



    帰り際に
    「どうだった? 日本のアパートは」って聞いたら、意外な答えが返ってきた。


    「アメリカの家は、大きすぎると思います」

    えー、そうかなあ。
    大きい方がいいじゃない、広い方が。

    「日本のほうが、Cozyで、家族が感じられて、居心地がとてもよいです」

    あー、そうか、そういう考えもあるねー。

    「アメリカの家で自分の部屋にいるとき、僕は時々孤独を感じます。広すぎて、とても寂しい」

    彼が言うには、広すぎることにも問題があり、家の中にいても家族が身近に感じられないし、寒いし、なんか孤独な気分になるのだそうだ。
    それに比べて、日本の家は、家族を感じることができて、とても安心する、と。


    言われてみて、あー、そうか。そういう視点を忘れていたなあって思った。
    人って、自分が支配できる相応の空間というのがあるように思うんだ。
    広い家に住みたいという野望はあるけれど、住んだらその空間を支配できない、管理できないと私は思ってしまう。

    この家を選んだ時も、これが一人で家事ができる最大サイズだと思った。
    (ちなみに、私は家が仕事場なので、仕事部屋の確保が必要なのがネックで、
    仕事部屋の確保がいらなければ、もっともっと狭くて十分だと思ってる)
    収納スペースは限りなく少ないけれど、この分量が、自分が管理できる最大級の量だとも思った。
    これ以上になったら、持て余す。
    何より、自分の気が家の隅々まで届かなくなる。

    本当は、もっともっと小さいに家で、もっと持ち物を減らしたい。
    もっと、自分の気の敷衍を減らしたい。
    最後はトランクひとつで、どこでも移動できる暮らしになりたい。

    無理のない自分サイズの容れ物に、自分の暮らしを入れる。
    そこに、家族の暮らしもすっぽり収まる。
    家のサイズって、実は限りなく深い意味があるように思ったりする。

    日本はとにかく家が狭いっていうのが、ほぼみんなの自覚みたいなことになっているけど
    一人頭15〜20平米ぐらいというのが、実はいちばんちょうどいいサイズなのかもしれないなー、なんて思うんだー。
    そのぐらいの広さを、自分で管理する。
    そこに収まる量だけを、持つ。
    そのぐらいの距離感で、家族とつながる。

    果てしない地平線の見える牧場や荒野で、お隣さんははるか彼方というような場所で生きてきた人たちと
    狭い場所にまとまって住み続けてきた私たちとでは、空間把握の仕方が違うのは当たり前で
    そんなところにある家をテレビや映画で見て、うらやましい、あんな家に住みたいと思ったりしたけれど
    もしかしたら、「自己認識」のレベルから違うところにあると思った方がいいのかもしれない。

    私はこのところ、ほぼ毎年フランスに行っていて、向こうでアパートを借りたりもするんだけど、ヨーロッパは古い石造りの家が多いので、日本みたいにすごくコンパクトで小さいアパートは結構多い。
    春に訪れたブルゴーニュの小さな村には、17世紀から立ち続けているアパートがいっぱいあって、そんな家は、想像を絶するほど狭い。階段も細くて小さくて、段差も多くて、キッチンなんて猫の額しかない。
    そんな家も、パリなど都会の人に、とても人気だったりする。なんというか、ちょい不便だけど、とっても居心地はよいのだ。



    狭くてごめんね、うちは狭いのよ。。。。。。。

    人を招くときもそうだけれど、特に仕事柄、取材が入ったりすると
    そんな言葉がつい頭をよぎることが多かったんだけど

    でも考えてみたら、コンパクトであることは、よいこともとても多いのだ。


    テキサスの若者がうちを評した言葉は

    cozy だった。


    そか、cozyって、すごくいい言葉だね。



    戦後の高度成長期に育った私の中には、どこかで自国を卑下する癖がついているように思う。

    狭いことは、よくないことだ、という刷り込みが、どこかにあるのかもしれない。
    それと、やはり家は「所有」と深く結びついているので、
    大きな家を所有していること、地価の高い場所に価値のあるマンションの部屋に住んでいること、
    などの前で、自分はちょいたじろいだりするのかもしれない。

    でも、豊かであるってことは、「大きさ」や「高価」であることとは別の場所にあって、
    身の程の場所の中で、自分らしく生きてりゃそれが一番なんだよね、当たり前のことだけどね。

    小さいけれど、居心地はいいのよ。
    家族の気配がいつも感じられて、とっても気に入ってるの。
    かわいい家でしょう?


    そうやって胸を張って、どこでも言える自分でいいんだな。

    散らかっているのよ、ごめんね、
    そうじしてないの、見逃して
    いつもはもうちょっとちゃんとしてるんだけど。。。。

    なんて言い訳もやめて(笑)
    前向きな言葉で自分の暮らしを人に伝えたいなあ、って思う。

    昨夜は
    大事なことを教わりました。
    どうもありがとう、コナー&オータム。




    ソファで熟睡する犬のいびきが、家のどこにいても聞こえる。
    そのくらいの広さが、ちょうどいいと思う今朝の居間>笑
    (いや、実際は非常にうるさい)
    category:アメリカ留学 | by:武蔵野婦人comments(0) | - | -
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