canの国、Nonの国

2013.08.19 Monday 11:24
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     Austinでの滞在もあと2週間を残すところとなりました。長かったなああ。短かったけど。

    私にとっては初めてのアメリカ長期滞在。テキサス、しかもオースティンだけでアメリカは語れないと思うけれど、ちょっとの間だったけど暮らしてみて、しみじみ感じたことは結構あった気がします。

    ってかさあ、日本って、ずっとずっとアメリカを目指して来たんだよねえ。終戦後、ずっと。今だって、ビジネスや流行の面では、アメリカで起きていることをいかにも最先端のように語る人も多いわけで。

    何よりも、日本はアメリカの植民地だったわけで、実は今だってそうなのだ。

    今の日本を作ったアメリカ。日本人である私達の、どっか根っこのところにがっしり食い込んでいるはずのアメリカ。なのに、何も知らなかったアメリカ。

    終戦記念日をアメリカで過ごしながら、いったい私達はここから何を学んだのだろうと思いをめぐらせ、いまとなっては日本のほうがずっと先進国なのではないか、と、思ってみたり、いやいや、ずっとずっとアメリカが進んでることもあるような、、、と戸惑ってみたり。


    ちょうど今日、日本から来た友人を2人空港まで見送りながら、やはりアメリカに住むってのはものすごく大切で貴重な経験だった、ってことを話していた。ヨーロッパやリゾートなんかを旅するのとはぜんぜん違う。ああ、こんな異文化があるんだ、こんな素敵な建物や風景、人日の暮らしがあるんだ、なんて素直に感動するってのとはまったく違う、「日本人である私達の今を、確実に変えた国」の中に身をおきながら、改めて日本を考えるという、どこか根源的な作業をせざるを得ない体験だったと思う。


    そんな中で、歴史的なことや日本との関わりなどとは別に、個人的にかなり鮮明に感じたアメリカという国の(いや、繰り返して言うけど、たかがオースティンに住んだだけでこんな大げさなことは言えないんだけど、ごめん、でも敢えて)印象は、一言

    「ここは CAN の国だ」

    ということだった。

    ここでやっていくには、「意志(WILL)」がいる。まあ、世界中どこだって意志の力は必要だけど、でも少なくとも、ぼけっとしてたら無視されて取り残されてしまう。常に意思を明確にして、

    「私はこれができます」

    と自分の能力を磨いて主張する必要がある。短い滞在だったけど、これは本当に痛感したこと。
    一見シビアそうに見えるけれど、でも「できる」能力を持ち、「したい」と主張し続ければ、どっかで小さく扉は開く。そんな気がする。


    以前聞いた話だけど、例えばアーティストが自分の作品ファイルを持って雑誌社や広告会社に売り込みに行ったとする。アメリカは、作品ファイルを見て遠慮ない批判をする。時にはこき下ろす。でも、本当にその人に何か光るものがあると思えば、その後に仕事につながることもある。個人の技能だけを武器に飛び込んで来た人に、仕事をさせる機運がある。
    日本は、作品ファイルを見て、「いいじゃない」と褒めるだけ褒めて「何かあったら連絡するね」と言うけど、その後に仕事の連絡が来ることはめったにないのだって。技能だけを武器に個人で行動しても、道は開けない。成功するために必要なのは、もっと別の場所にあって、それはコネだったり慣習だったり義理だったり派閥だったりするのかもしれない。


    Willのちからを持って、Abilityを磨き、Presentationをし続ければ、どこかで何かが起こる。それは、日本ではもうあまり夢として語られなくなってしまったことだから、やっぱりすごく魅力的なんだよなあ、って思う。

    同時に、結婚してるとかしてないとか、離婚したとかステップファミリーだとか、その手の日本だと息苦しくなるような勝手なカテゴライズがない分、「ただしく結婚、出産、幸せな家族」みたいな切り札を持てなかった自分みたいな人間は、非常に居心地はいい。
    根っこの部分には根強い偏見や差別や階層が、日本よりずっと強固にあるくせに、価値観の多様性があるという、不思議な意識構造があるんだなあと思う。



    ほいでもね。


    振り返って考えてみると、アメリカよりずっと自分にとっては近い場所にあるフランスと言う国も、負けず劣らず居心地はいい。

    ただ、なんというか、その居心地のよさの種類は決定的に違う気がする。
    その違いって何なんだろう、って考えていて、ああ、そうかと気がついたのは、フランスは

    Non の国

    なんだってこと。
    つまり、アメリカは肯定形の国で、フランスは否定形の国なんじゃないか。


    アメリカで暮らしていくには、常に「やるよ!」「できるよ!」「うん、それが私は大好きだよ」「得意だよ」って言い続けてる必要がある気がしてて、そういうWillとAbilityのある人は結構重宝される。

    でも、フランスにいる時、私が一番楽に言えるのは、できるとか好きとか、そんな言葉ではなくて、

    「嫌い」
    「やらない」

    (正確には、嫌い=好きじゃない って表現になるんだけどね)
    って言葉。




    この絵の青い色、すごく素敵だよねえ。

    あらそう、私は青は大嫌い。(青は好きじゃない)



    そんなことがさらりと言えて、それを聞いた人も「あ、そう」、で終わり。
    「色と好みは人それぞれ」ってことわざもあるぐらいで、人の好みにとやかく口を出すのはすごくマヌケなことだ、って雰囲気がある。


    ディズニーランドって大嫌いなの。
    スタバ? 私はあそこは嫌いだから入らないなあ。
    サザンオールスターズ? 昔から好きじゃないね。
    あまちゃんってドラマ流行ってるみたいだけど、私は嫌い。


    なんて類のことを集団の会話の中で言い放って、場がしらけさせるやつとか、ひねくれ者だとか、信じられないとかやな感じ、なんてことを誰からも言われない、という、なんというか、限りなく清々しい経験が、フランスにいると、できる。
    (ちなみに、上記の発言は間違いなく、日本では場をしらけさせる。多数派に支持されることに反旗を翻す人は、たいてい嫌がられる。日本で「好み」を言うときは、それが多数派かどうかを吟味しないとならんので、私には非常に面倒くさい。なぜなら多数派に支持されるものが、私はたいてい”嫌い”だから)。

    もうひとつ、

    行かない
    やらない
    食べない
    参加しない

    という意思を

    Non,Merci

    という一言で伝えられて、そういう「やらない」意思みたいなものが、すごく尊重される感じがあって、私はそれがたまらなく好きだな、って思ってる。


    できることができる自由
    やりたいことをやれる自由

    という素敵さの一方で

    嫌いなものを嫌いと言う自由
    やりたくないことをやらない自由

    というのがあって、私のメンタリティはどちらかというと、前者より後者に強く存在している気がする。どちらも目指しているベクトルは同じだけれど、後者のほうがより、個人主義なんじゃないか。
    できることを探すことは、WillとAbilityがあれば、その後は社会的お膳立ての中で道を辿っていくことができるけれど、「嫌い」「やらない」ことがちゃんとわかるには、自分自身をよく知っている必要があって、嫌いだと言える人は、それと同じだけの「好き」という自分なりの価値観を持ってるんじゃないか。それは社会の中で何ができるかを探すのとはちょっと違う、もっと個人的な価値観に根ざした意思なのだと思う。
    うーん、それってただの欲目かな。ようわからんけど。

    誤解のないように言うけど、「嫌い」というのは実は非常に高度な感性だと思っていて

    ”私はそれが嫌い”

    と、きっぱりと言えるかっこ良さってのは、すきすき大好きと言えるかっこ良さとはまったく違う、もっと格別の場所にあるものだと私は思う。日本で「嫌い」をかっこ良く言える人は少ない。それは匿名の世界で有名人や芸能人をあしざまに「嫌いだ」とか、その他の非常に汚い言葉で罵ったり、ただ怠惰に「やだ、やらない、嫌い、面倒」と言いたがるのとは根本的に違うものだ。


    できる と
    好き

    が受け入れられる国と、

    やらない と
    好きじゃない

    が受け入れられる国と。



    それでいくと、日本は何が受け入れられる国なんだろう。
    どちらにしろ、日本では本当に生きにくいと感じることが増えたなあって思う。

    どうしたら、生きやすくなるんだろうな。
    とりあえず、ずっとできます、好きですと言い続けてなんかいられない(やっぱどっかで疲れるんだよ)ので、あとは頑固ばあちゃんの路線で、いやだ、嫌いだ、とあっけらかんと言い続けるという手もあるなあと思う。

    そんなこんな考えながら、9月には日本に帰るのであるよ。





    category:アメリカ留学 | by:武蔵野婦人comments(0) | - | -
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