なぜ外国語を憶えるのか

2013.08.11 Sunday 00:57
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     と、今頃突然こげな根源的なテーマ、何なんだよという感じですが。


    何はともあれ、当初の予定はすべて終わり。
    ほっ。
    で、振り返ってみると、英語は何かの形で上達はしたのだと思うけれど、当初期待したようなことは何も起きなかった。

    高校卒業後に来て、大学に行くために勉強しているって子は、意外と「僕の英語力すごく伸びた!」って言う子が多かったし、実際に、ああ、最初はこの子たどたどしかったんだけど、今すごくいっぱい喋れるようになったねえ、よかったよかった、、、、と思う子も結構いる。
    でも私の通ったクラスと、クッキングクラスで知り合った別のELSの学校の生徒と話をすると、私と同じようなことを話す子がいたりする。

    私だけじゃなかったんだようう。ちょい安心、、、、とも思うけど、中にはこちらにもう6ヶ月通ってずっと勉強しているって人の、あまりの会話のダメっぷりに愕然とすることも何度か。いや、ほんと。えー! 6ヶ月この環境で英語勉強してて、コレですか??? みたいな。特にアジア系の人。シャイだから間違ってると困ると思って小さな声になったり、口をつぐんだり。お国柄ってのも結構大きいんだなあって思ったり。


    そのうちの一人は来期はサンフランシスコに移って、別の学校に行くという。
    「膨大なお金と時間をかけてここに来て、6ヶ月仕事休んだのにこの英語力では納得がいかない。元を取るためにもなんとかしなくては」って。

    もう一人は途中でwithdrawして、カナダの友だちの家に行っちゃった。
    「こんなに血を吐くほど勉強して、週末も宿題をこなすのに精一杯で、6ヶ月いてまったく話せるようにならない。たぶん友人の夫がネイティブなので、そこで普通に生活しながら一緒に暮らして英語をしゃべってもらうほうが、今の自分にはいいと思う」って。


    「大学にいること」「大学に入ること」に意味がある子たちは、十分満足して授業を受けているんだけど、「話せるようにならなくてはならない」と思う人達は、満足していない。つまり

    ”最初に設定している期待値” が違うのだと思う。
    私も、その一人なのかも。



    仕事をして、結構年も重ねていると、費用対効果みたいなものに敏感になるし、時間の貴重さを知っているから、短時間で成果を出したいと考えてしまう。でも、私がここでした経験というのは、そういう費用対効果とか、ようわからんけどエグゼクティブみたいな人たちがよく口にするようなこととは、すごく違う場所にあるんじゃないか、って思うようになった。

    最初に設定したハードル自体が、違う場所だったから
    3ヶ月過ごした時点で「結果がでなかった」って思っているけれど
    実はもっと別の場所に、しっかりと結果が出ているんだと思う。
    今はその「別の場所に出ている結果」が見えないけれど、本当に大切にしなくてはいけないのは、今見えていないそっちのほうの結果なんだと思うから、もうあれこれ「英語ができない」とあがくのはやめにしようと思うー。


    本当にただ、会話を特化して覚えたいなら、たぶん東京に戻って1対1で週2回ほどセッションを続けて(たとえば今回すごくよく面倒を見てくれたチューターさんと、スカイプでセッションをするということだって可能だし)、朝夕の通勤時間にCNNニュースをポッドキャストで聞き、ペーパーバッグを月に数冊は読破するという生活を続けたのち

    いま流行ってるフィリピンあたりで短期集中でやっている英会話スクールに2週間ほど留学すれば、会話力としてはかなりのレベルに行くんじゃないかって思う。

    あー、そんなこと今更私が書かなくたって、東京のビジネスマン、ウーマンさんたちはみなわかってることなんだろうけど。。。。。。




    せっかく英語を勉強して、アメリカに住んだのだから、この経験を無駄にしないように、日本に戻ってからも英語の勉強を続けよう!!!!


    、、、って

    普通はそう思わなくちゃいけないんだろうけど

    でもね
    今の私は


    もう帰ったら英語の勉強はしないよ


    って思ってる>笑
    街に出ていろんな人としゃべって、テレビでドラマやニュース見続けて、新聞読んで本も読んで、(自宅では息子と日本語で生活していたので、それも英語力が伸びなかった大きな要因だけど、それでもかなりの英語漬け生活ではあった)、英語に埋もれて。

    結局わかったのは


    ああ、私はただ

    「英語ができたら便利だ」


    と思ってだだけ、ってことだった。




    なんつか、英語ってできなくちゃだめ、みたいな風潮が世界中であるし
    英語ができれば旅行したりするときも便利だし
    だからせっかく英語を学べる機会があるならやっておいたほうがいい と私は思っていて

    この

    できないとあかん
    便利
    やっといたほうがいい


    という動機って、やっぱり何かを学ぶ時のモチベーションには成り得ないんだよ


    ってことがほんと、こころの底からしみじみとわかった
    というだけでも、今回の経験は無駄じゃなかったなあって思ったり。



    私は48歳になったときに、フランス語の勉強を再開したんだけど、その時に仲の良かった友人が
    「なんでフランス語? フランス語ができてもメリットはあまりない。やるなら英語、もしくは中国語。これから役に立つ言語としては、フランス語はほとんど意味がないでしょう」
    って言うので
    「へ? 言語を選ぶときに、メリットなんて考えたこともなかった」と答えたら
    「じゃあ、何のためにフランス語を勉強したいの?」って言われた。

    何のためなんて考えたこともなかった。
    私はただ、フランス語が話されているのを聞くのが好き。
    音楽みたいだ、きれいだ、いつまでも聞いていたいって思う。
    フランスの街角で、あのくぐもったような音でぼそぼそと話す人達を見ているのも楽しいし、あんな風な音が、自分の口から出てきたらさぞかし素敵だろう、と思う。

    好きな音楽も、好きな小説も、好きな俳優も、みんなフランス語を話しているから、その人達が何を話しているのか、訳を見ないでわかったらすごく素敵だろうと思うし、もしそんなことができたら、思いがけない何かが自分の人生に起こるかもしれない。

    たぶん私は、言葉を通じて、その先にあるものに触れたくて、その場に自分を置きたくて、そんなことができたら楽しいだろうなあって思うんだよ。


    そんなことを彼女に話していた自分を思い出してみたら、そこにあったのは

    好き、きれい、楽しい、素敵、わかりたい、知りたい

    って言葉だった。
    そして、できたからってなんかメリットがあるわけでもなんでもなく、その先には

    なんかわからないけど、思いがけないことが起こるのかも


    っていう、自分では推測できないゴールがあるだけだった。




    なんか、はっとした。

    仕事をすること、生きることの中で、これまでうまくいったのはすべて「やりたいこと」「やっていて楽しいこと」を選択した時だけだった、ってことを思い出して。


    「できたほうがいい」「やっておいたほうが便利」という外側から設定されたゴールを目指して手をつけたものは、たいていうまくいかなかったし、途中で嫌になったり、辛くなって挫折して、おもしろいことに、そういう場所でやり続けたことにはいい縁があまり生まれなかったり、トントン拍子に物事が進むってこともあまりなかった。


    やっぱり、好きで、楽しくないと。



    好きで楽しいってのは、決して東京ディズニーランドみたいな、ウキウキわくわくするだけの経験じゃなくって、時にはすごく辛かったり、試練があったり、面倒なことも山ほどあるんだけど、それでもやり続けられるってことなんだと思う。好きだから乗り越えられることがあって、乗り越えてみたら、それは苦楽しい体験になる。

    苦楽しい体験がどれだけできるかで、その人の人生って豊かになるような気がして。



    今回授業をwitherawした台湾人の友人は、日本語がペラペラだった。

    ”私、日本で日本語学んでたとき、毎日が楽しくて仕方なかった。大学終わったあともみんなで街に出かけたり、小旅行したり、そんな中でいろんな言葉を覚えました。今は毎日が苦しいです。苦しいことを6ヶ月頑張って続けて、こんなに苦しいんだから日本語以上に英語が伸びると思ってた。でも、もうやめます。あとは楽しいことをしながら学びます!

    って、そう行ってカナダに行っちゃった。

    彼女はいろんな経験をしてきた40代だから、若い大学生とは違って、そういう判断をするのはすごく正しいって私は思ったんだー。楽しくないことを続ける苦痛の先にあるものを、見分ける力が大人には備わっている、って気がするから。



    やっぱ、何かを学ぶことの根底には

    学ぶって楽しい

    ってことと、それが好きだって気持ちがないと、がっつりと深く関わることはできないんじゃないかと思う。


    今回私がわかったのは

    ああ、私は本当にフランス語が好き


    ってこと>笑



    勉強のために毎日テレビやラジオをつけていたのだけれど、ニュースや法廷ものドラマなど、オフィシャルな会話は聞いていられたけど、ファミリードラマやリアリティ系の、ネイティブの普通の会話が続く番組は、聞いているのが辛くて辛くて仕方なかった。
    アメリカ英語のイントネーションや、ネイティブの発音、ブロークン系の会話を教わるにつけ、こういう話し方をする自分がぜんぜん好きになれなかった。

    便利でできたほうがいいけど
    あまり好きじゃないんだと思う>笑
    (ごめんなさい)


    日本は英語ができなくちゃ!って風潮で、子どもたちも早期教育で授業が始まっているけど、やっぱり好きだ、楽しいって思えるモチベーションが教育の中にはぜひぜひ必要だなあって思う。詰め込みばかりじゃなくて。

    でもって

    英語はとっても大事だけど

    でも、僕はアラビア語聞いてたらすごーい幸せな気分になる

    とか

    カンボジア語って超おもろ!

    とか。
    そんなことを言い出す子にも、いい機会が与えてあげらえるといいなあって思ったり。
    あとはさあ、言語圏としては何としても英語なんだろうけど、スペイン語圏の多さってものがELS参加して初めてわかったよ。
    スペイン語できたら、世界で仕事できると思うんだけどな。
    かっこいいよな、スペイン語。



    とにかく、その言葉を話している自分が好きで
    その言葉を通じて知りたいこと、つながりたいことがあるって
    やっぱり外国語を学ぶ一番大切なことなんだなあ、ってことがわかった今回の滞在でした。


    ということで、帰ったらまたフランス語の勉強を再開しようと思います。
    (そこかい)


    でもね、言葉以外の場所で、学んだことがたくさんあった。ここにいなければ気づかないことがいっぱい見えたし、この場所で仲良くしてくれた人、街の人達はみな大好きだ(私のあまり好きじゃない、もわもわした発音のアメリカンイングリッシュを話していたとしても、だ>笑)。


    そして何よりも、大好きで楽しいと思えるアート系の分野では、素敵な出会いや発見があった。それも何もかも、やっぱり英語を学んだから。
    そういう今はまだ見えない「結果」みたいなものを、東京に戻ってからちゃんと温めていきたいなって思う。
    その意味では、普通で放っておいたら絶対やらなかったアメリカで英語を学ぶっていう体験ができたことは、私の人生で(あとどのくらいあるんだかわからんが)きっと、苦楽しい経験としてストックされていくんだろうなあ、って思う。

    ありがとう、オースティン。そしてそんな機会をくれた師匠。

    category:アメリカ留学 | by:武蔵野婦人comments(2) | - | -
    Comment
    結局、自分が面白がれなければ何をやっても駄目。面白がれるから、大変なとこも突破出来るって、あるんでしょうねぇ。
    • 石橋 直子
    • 2013/08/11 12:39 PM
    >石橋さん コメントありがとうございます。「面白い」「好き」という気持ちを大事にしたいなあというこのごろ。表面的な楽しさではなく、苦しさを乗り越えられるために必要なモチベーションとして。
    • izoomi
    • 2013/08/14 11:22 PM








       

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