アメリカの嫌いではない話

2013.07.27 Saturday 13:24
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     半生記生きてきて、アメリカはずっと私にとって「苦手な国」でした。いや、嫌いであったとも言う。水が合わないというか。

    昭和生まれだから、音楽も映画もファッションも、アメリカ文化を浴びるように吸収して育ち、自分の中には歴然と「憧れのアメリカ」があるのは確かだけど、それでもやっぱり、水は合わない。

    で、食わず嫌いはよくないじゃろう? ってことで今回アメリカに滞在しているわけですが、いろんな発見があっておもしろくて、すごく自分の世界は広がったと思うけれど、では「いやあ、本当に食わず嫌いだったよ。よくよく見てみたら、本当に大好きになったよ」とはならん。
    最初に思った「水が合わない」という第一印象というのは、結構信用できる第六感なのだと思う。やはり、ここは水が合わない。

    それでも、何度かいろいろ旅してきて、そして今回ちょい住んでみて、ああ、本当にこういうところは嫌いじゃないなあ、好きだよ、と思うことは結構あるわけです。


    今日、大学のセンセイから聞いた話は、こっちに来て聞いた中でも、かなり「好きだ」指数高い。非常にアメリカ的だと思った話。こんなの。

    「こないだ、大学の授業に小さい娘を連れてきた学生がいた。たぶんやむを得ない事情。これは明らかにルール違反なの。授業に出ていいのは、正式に登録をしている生徒だけだから。彼女は事前に娘を連れていっていいかどうかを、聞くべきだったんじゃないかと話したら私の夫(彼も同じく大学のセンセイ)がこう言った。聞けば必ず答えはノーでしょ? 本当に必要なら聞いても仕方ないよ。連れてくればいい、って。確かにそうよ。娘連れの彼女が教室に入ってきたら、追い返せると思う? 仕方ないわね、教室に入りなさいって私は言ったもの。 していいかどうかを尋ねる質問の答えは、たいていネガティブなものが帰ってくるものよ。だったら先に問い合わせる意味がある?」

    みたいな。

    ああ、なんか好きだ、こういう発想。


    遠足にそれ持ってっていいの? 先生に聞いてからにしなさい。
    みんなは何を持っていくの? みんなと同じのにしときなさい。

    そんなことばっかり子どもに言ってた自分を思い出す。
    どんな些細なことでも、先生に聞いてから。学校に確認してから。プリントに書いてある通り。


    「これって、本当にしてもいいことなのかな」と思うことを問い合わせれば、その答えはたいていネガティブ、、、って、確かにそうなのだ。
    で、してもいいの? してもいいの? と尋ねながら、どんどん何もできなくなっていく感じ。

    自分もすっかりはまっているそんな考え方を一蹴されたようで気持ちよかった。
    そうだよ、本当に困っていて必要なら、やってみればいい。やってみてアカンのじゃったら、次はごめんねと言ってやらなければいい。それができるメンタリティと、それを許すメンタリティがあるのか、ないのかって、なんだかすごく大きなことのような気がする。違うのかな。


    アメリカを歩いていて感じた、もうひとつの「嫌いじゃない」と思ったことは、要求が素直にストレートなことだった。

    ベンチに荷物を置いて場所を取って座っている人がいたら、
    「そこ、座りたいから荷物どけてくれない」って、若い子でもカラリと言ってくる。

    一度、NYのH&Mでレジに並んでいたら、一番前に行って「ここ、入ってもいい?」って聞いた子がいた。言われた人は、あっけらかんと「ダメ」と言い、言われた子は「あら、そう」と言って、列の最後に並んだ。
    なんだ、これ?

    微妙に空いている席に気づかない人の前に立って、睨みつけただけで何も言わず、帰宅後に家族に悪態をつくみたいな、そういう無言の「気づけよ」オーラがない。
    逆を言えば、日本にいて感じる「無言の気づけよオーラ」と、同時に、そんなオーラなんてどこにも存在していないのに、自ら「誰かがどこかでそう思っているのではないか」と勝手に想像して行動を規制している自分に気づいたりして、本当に窮屈だと思うこともある。


    欲しいものは、欲しいといい
    どいて欲しい人には、どいてくれない? と言ってみて

    だめだよ、と言われたら
    あら、そう、とあっけなく引き下がる。
    で、本当にやりたければ、別の場所でまた再トライする。

    「ちょっとこの人、一体何を言ってるわけ」と上から下まで舐め回すように見られたり、列の後ろのほうでひそひそ目配せされることがない感じはなんだか本当に楽だなあと思うわけで。

    そういうこところ、なんだか嫌いじゃないんだよなあって本当に思う。


    日本にいると、「みんなと同じ」ことはなんだかとても大事なことなのだなあとよく思う。
    そして「誰かに迷惑をかけない、足並みを揃える」ことも。

    このところ、いくつかのジュエリーのクラスに参加して、このあたりは本当にそうだなあと思った。

    たとえばね。
    日本で「◯◯先生の▲▲(アクセサリーとか手芸とか)を作る講座」に申し込んだとする。
    そこで用意されているのは、たいてい「キット」で、先生が用意したお手本とそっくり同じものを作るというのが多い。多少のアレンジ(土台の形を選ぶとか、色を選ぶとか)はあっても、もしここで「私は大きさを変えたい」とか、「アレンジして別の形にしたい」と言い出す人は、大抵嫌がられる。

    でも、私がこっちで参加したクラスでは、参加者全員がてんでばらばらのことを言い出したりする。
    先生のお手本は、あくまでお手本で、誰もまったく同じというものを作ろうとしない。色も違う、形も変える。そして、先生はその一人一人にコツを教えていく。
    ちょっと変なアレンジを加えると、先生が激しく喜ぶ。

    「もっとやって! アレンジして! クリエイティブを楽しんで」と。


    これはさ、日本のおばちゃまクラスではじぇったいありえないんだよ。
    そんなことに遭遇した試しがない。
    もし、「私、みんなと違う形にしたいのよね」と、足並みを崩し、そのためにクラスの進行が遅れ、先生を独り占めするおばちゃまが一人混じっていたとしたら、明らかにほかのおばちゃまが目配せをする。そして、終了後にスタバなどに集まって、悪口大会になる。目に見えている。

    こっちはてんでばらばらに、みんな自分のペースで、自分が作ってみたいものを作って、ばらばらで途中ヒヤヒヤするんだけど、結果的には大きく逸脱することもあまりなく、着地する。
    で、最後にできるものはすごく面白い。
    そして、先生もそれをすごく楽しんでいる。
    細かくオーガナイズされないものは、途中不安定にあちこちに傾くし、時間も読めず、あれこれハプニングもあったりするけど、だからといって沈没することはないんだ、ってことがよくわかる。人って、それほどアホじゃないから。


    私は東京で、ワイヤージュエリーの講座に通って資格を取ったんだけど、その時のクラスは、すべてがオーガナイズされていて、お手本を作るために必要なビーズの数がすべて小さなビニールの袋に小分けにされていて、ワイヤーは「7センチに切ったのち、7ミリほどの場所から曲げて、次に3センチのところで輪を作り。、。。」という説明があって、参加者は定規を使って2ミリとか3ミリとか測りながら、細かい作業を重ねていた。

    先生が「輪を作って曲げて」と言うと、「何ミリですか」と質問する人ばっかりだった。


    そんなこと言う人、こっちは誰もいねえ。
    なんだ、ミリって。
    「このあたりを曲げる」じゃダメなんか。

    「このあたり」で曲げるだけで作ってるこっちの人の作品、結構いいじょ。



    もうひとつ、嫌いじゃないなあ、いや、すごく好きだよって思うのは
    料理教室にもワイヤーのジュエリー教室にも男性が普通にやってくることだ。

    昨日参加したワイヤーラッピングのクラスには、大学生みたいな男の子が一人参加していた。その子は先生が教えてみんなが作っている足並みを乱しまくり、何一つ言われたとおりに作らず、「そうじゃなくて僕はこっちの向きに使いたい」「いま教えてもらっているのじゃなくて、こういう形を僕は作ってみたい」と質問攻めに先生をしていた。

    私はてっきり、途中から先生はうんざりしてきて、「とりあえずお手本どおりに今日は作って」と言うのかと思ってた。
    ところが、しばらくしてきたら先生は俄然燃えてきた。

    「あなた、本当にクリエイティブマインドの持ち主ね!」と言って、あれもこれもと訪ねてくる彼の隣に最後は座って、彼のアイデアに真剣に耳を傾けていた。



    アイデアとやりたい事が次から次に湧いてきてしまう彼も、周りの人に「すみません、ごめんね」なんてことは一切言わず。最初は「なんじゃらほい、この子は」と思っていた私も、途中から彼と先生の間に生まれてくる、なんつか、ちょい切ないような熱い感じが、なんだか本当にうらやましいなと思った。

    私たちは、こういう風に作られていない。
    たぶん、周りの進行に気を使い、形を逸脱することを恐れ、時間通りに終わることに重きを置いて、結果的にお手本どおりのものが出来上がる。そんな「無言の圧力」みたいなものに、慣れてしまっているんだろうなあ、などと思ったりする。
    クリエイティブマインドの持ち主だと言われた彼も、日本にいたら「足並みを乱す迷惑な子」になってしまうのかもしれない。彼のアイデアも、「そんなことはいいから、お手本通りに」と一蹴されてしまうのかもしれない。

    この違いって、なんだかとても大きなことのような気がする。

    この日、9時で終わるはずのクラスは10時半になっても終わらず、私はさすがに空腹に耐えられずその時間でクラスを後にしたけれど、工房にはまだ2人の生徒が残って、先生も残って、煌々と明かりをつけてワイヤーとプライヤーを手に、ああだこうだと手を動かし続けていた。

    前に参加した別の場所のクラスもそう。
    「もう時間ですから途中でも帰ってください、あとは家でやって」
    なんて、だーれも言わない。



    そういうところ、すっごく好きです。
    アメリカさん、ありがとう。
    category:アメリカ留学 | by:武蔵野婦人comments(9) | - | -
    Comment
    通り一遍の観光じゃなくって、生活するとその国のマインドみたいなものが感じられるんでしょうね。

    ちょっと話が違うけど、この間テレビで今年は外国人の日本への観光客が過去最高なんだって。そして外国人から見た日本の特集というのをやっていました。
    一度日本に来て、もう二度と来たくないと思う人はゼロで、また来たい! とてもよかった! という意見が大多数で、それはなぜかと言うと、街がきれい、安全、ごはんがおいしい、日本人はとても優しい、笑顔がよい、日本のものづくりはどれも素晴らしい、とのことでした。

    日本人の特性の謙虚、きちんとしている、真面目であるというのが評価されてるんでしょうね。それは日本人としてはうれしいけど、
    それが反面、自意識が高すぎる、顔色を伺う、場の空気を読むにつながるのかなぁ、などと読みながら感じました。

    でも、長くその国に滞在するといろいろなものが見えてきて、感じられるんだろうなぁ、と。いい経験してるね。

    いづみちゃんが帰ってきたら、友人が編集したイモトアヤコの「地球7周半」という本をおすすめします。
    面白かったよー!
    • koto
    • 2013/07/27 6:15 PM
    kotoちゃんありがとう! うんうん、日本の評判すごくいいみたいだね、海外で。でもって、こちらでも結構日本に行ったという人がいっぱいいて、すごく興味を持ってくれていて、とてもよかった! ってみんな言ってくれる。そのTVでやってたのとほぼ同じ理由。
    そういうの聞きながら、ああ、そうだなあ。彼らの言う日本の素晴らしいところを維持するために、私たちはおそらく、日常生活で多大な努力をしているんだよ、って改めて気づいた感じ。
    なので、日本の素晴らしいところには胸を張りつつ、でもそれを維持するのって結構体験で、わしら、このところ結構疲れてるよね、そう言うのに。。。。って思ったり。出てみてわかる、自国の形ってあるねえ。
    とにかくごはんは胸を張っていいと思う。世界一である。


    早く戻って一緒にごはん食べたいよー!
    • izoomi
    • 2013/07/28 12:22 AM
    面白くよみました。

    It's easier to ask forgiveness than it is to get permission.

    って言うらしいですね
    • Natsu
    • 2013/07/28 8:54 AM
    Natsuさん、コメントありがとうございます。
    おお、そのセンテンスはなかなか含蓄がありますねー!

    震災のとき、宮城の友人が「アメリカ軍が本当にすごかった」って言ってたんです。がしがしやってきて、その場で即座に判断してやって帰るって。日本は「上の許可を取ってから」が延々と続く(その上の人は、そのまた上の許可が必要で、その先も同じ。。。と)から、いつまでたっても物事が進まないけれど、アメリカ軍は隊長が権限を持っていて、とにかく必要なことをその場で判断してやって帰ってくれたので、本当に助かったと。
    permissionの国なんですね、日本はきっと。(それで維持できてるものもあるんでしょうけれど。。。。)
    • Izoomi
    • 2013/07/28 3:28 PM
    アメリカを一言で申せば「良くも悪くもデリカシーの無い国」ですな。
    おそらく俗説としての血液A型の人はアメリカを嫌うでしょう。腹芸通じないから。
    日本の病根はですね、「寄らば大樹の陰」でして、大樹にとって「枯れないなら何しても平気」と寄生虫が跋扈しやすい環境なんですな。

    現状でも私は日本人特有の腹芸強要という慣習でいろいろ苦しんでまして、
    例えば難聴者なのですが、「あいつは挨拶できない」と上の人が評します。
    聞こえない挨拶はしようがないのですが・・
    また、本来会社の規範に反する行動をしてる人が私を嫌ってますが、
    その人が外面が非常に良い場合、結果的に私は組織で腫れ物にされます。会社にとってよからぬ事をしてるのはあちらであっても、ですな。

    もっとも、私は基本的に天然のアイドル気質であるのに対し、あちらは「裏工作しなければチヤホヤが続かない」ので心底どうでも良いです。ただ、日本はそういう馬鹿馬鹿しいドロドロがまかり通ってるということで。
    • kaiou
    • 2013/07/29 8:39 PM
    kaiouさん、コメントありがとうございます。

    デリカシーのなさというのはまさにそうですよねえ。とはいえ、かなり明文化された「禁忌」は存在しており、例えば相手の年収とか年齢とか、絶対訪ねちゃあかん(それなのに家の値段は結構進んで言いたがるとか)、いろいろお約束事はあったりするんだけど、そのあたりは結構わかりやすいので「これだけ守っておけばいいかな」みたいなものさしは作りやすかったり。フランスに行くとこのあたりが個人で本当に強固に違ったりするので面倒くさい。でも、どれも個人に根ざしているので、集団に属する「腹芸」がないところが、たぶん楽なのだと思います。
    ちょい離れてみるといろんなことが馬鹿らしく思えたり。逆にえらいなあ日本人と思えたり。おもろいものですね。
    • izoomi
    • 2013/07/30 3:02 PM
    アメリカ在住24年になります。おっしゃる事良く分かりますよ。よくアメリカはポジティブ、日本はネガティブという言葉で表現されますが、人間関係においてはそれが顕著ですよね。アメリカは一部の天才が国をリードしていると言われますが、個々の才能を伸ばす天才を作れる環境も大きいと思います。日本は皆が力を合わせてという感じですよね。
    • catnert
    • 2013/08/10 6:21 AM
    度々すみませんw アメリカ人と日本人の違いで思い出した事がありまして。同じく在米で自称霊感のある子が言ってたのですが、アメリカの霊は基本明るいそうです。皆が楽しそうにしているので様子を見に来たり、ただそこにいたりというのが殆どだそうです。しかに日本に帰ると陰湿な霊だらけで、文字通りどろどろとしてて心底怖いそうです。私には霊感はありませんが、もし仮に霊がいるとしたら元は人間ですから納得ですね。
    • catnert
    • 2013/08/10 6:29 AM
    >catnertさん
    コメントありがとうございます!
    24年ですか! 長いですねーー。
    それにしても、霊も違うというのはとてもおもしろいですー。あと、ゾンビみたいな感性って日本にはあまりないかも。でも日本の妖怪は結構おもろくて好きなんですが。。。。
    日本のウエットな感じが居心地がよいと感じるとこと、面倒だなあと感じる時がありますね。私はこちらのサービス業は、日本より明らかにサービスの質は落ちるのかもしれないけれど、南部独特の明るい感じで普通に話しかけてくれて好きです。日本の判で押したようなマニュアルどおりの接客より、数倍気持ちがよいと感じることも増えました。均一であることのよさと、居心地の悪さってあるように思います。
    • izoomi
    • 2013/08/14 3:10 AM








       

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