50代からの英会話

2013.07.14 Sunday 05:51
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     以前、福島で講演をしたあとに地元のシルバーコミュニティを運営している方とお話したとき、70代の男性が話してくれた、こんな話題が印象的でした。
    「あのね、
    なんでも始めるのに遅いことはないけれど
    たくさんの人達といろんな活動してきて思うのは
    新しいことを吸収できるのは、せめて50代前半まで。
    50代の後半から急激に習得効果が落ちてきて
    60代になるとものすごく時間がかかるようになる。
    70代になったらもう同じ事の繰り返し。
    経験上、見てて本当にそう思う」

    うわああ、それはなんだかすごく説得力あり。
    それを聞いてた70代や80代のおばちゃまたちが、笑いながら
    「もうぜんぜんわがんないっぺよー。でも、やってるうちにわがるようになってくるっぺよー。わすれっちゃうげど、でもまたやればええっぺよー」

    と清々しく話しているのを聞きながら
    ああ、何か新しく「習得する」ことは50代前半までに手をつけないとダメなのかもなあ、と思ったわけです。もちろん、そのあと、また覚えればええっぺよー、って笑いながら仲間と一緒に過ごす時間もすごく大事だから、何も諦めるわけじゃないんだけど。
    何事も始めるのに遅いことなんてない! と信じてはいるけど、効率の面ではこれからどんどん衰えていくのは必須。ここは目をそむけることはできないわけで。

    たとえば新しい言語をある程度のレベルまで覚えるというようなことは、おそらく私の年齢ぐらいが限界なんだろうなあ、と思う。これは日々暮らしていて顕著に、思う。
    10覚えたら翌日には9忘れている。
    もし10のうち5覚えていたとしたら、それ以前に知っていたはずのことを、同じく5つ忘れている。それはすごく基本的な日本語のボキャブラリーだったりして、外国語の単語を覚えたことが、結果的に飯を食うための自分の仕事に支障になったりもする。

    「考える」「試行錯誤して作っていく」というような過程と違って、語学の基本は「憶える」ことに立脚しているので、これはもう避けようがない。

    どうして今テキサスにいるんだ、お前は!!! というところの答えは、こんなあたりにあるわけです。とりあえず、時間がないんだよ、私わっ!!!

    えっと、私の英語レベルは本当に中学生のところで終わっており、受験勉強はしたけれど、文法しかやってないので会話は絶望的な状態。さらにその後はフランス文学科に進んでしまったので大学では英語ほとんどせず、ボキャブラリー貧困もいいところ。あ、フランス語もちゃんと話せるところまでは行ってない。ほんま中途半端。そこから30年ほどが経過しているわけです、英語使わないまま。

    もう、ほんと無理な感じ。聞き分けられないし、すごく簡単な会話も不自由している状態でここに来ました。
    ダメ元でもいいからトライしてみるっぺよ。とりあえず。


    ということでテキサス大学にいるんじゃ。
    証拠写真も撮っておいてみた。キャンパスにて。

    おそらく、「英語を勉強する」ということに全身全霊を注いでいる人はいっぱいいるわけなので、今さら私がどうのこうのと偉そうなことは言えないと思うのだけれど、七転八倒しながら感じたことは、書き留めておいてもいいのかなあ、と思うこのごろ。
    たまにちょろりと英語のことなんかも書いて行こうと思います。

    ということで、大学での夏学期の6割が終わりました。
    この間、1週間20時間朝から晩まで英語漬け。宿題の量も半端無く、脳みそ溶けて耳から流れてくるよ、、、、ってなぐらいまで勉強しています。
    ストレスも半端無く。
    若ければもうちょい柔軟なんだろうけど、やっぱり半生記生きると記憶力が衰えるだけでなく、自分のライフスタイルが確定してきているので、「自分の暮らし」から遠くにあることを毎日やってると、とても疲れます。

    ベッドもごはんも違い、仲良く話していた人もおらず、スーパーで売ってるものはなんかようわからんもんばかりで、テレビ番組は英語ばかりで(当たり前だ)、とにかく暮らしの基盤がまったく変わってしまう。
    この状態で早朝に起きて若い子に混じって勉強を1日している。
    正直、かなり大変。

    でね。

    こんな大変な思いしてるんだから、効果があって当たり前と思ってる自分もいるわけです。

    ところがですよ。



    まったく話せるようになっていません。
    これは見事に。

    で、こういうときに「なぜなんだ」と結論を早急に求めようともするわけです。
    ヘタに仕事してきてるから。
    そこで検索とかしてみて、はじめて「2年留学したのにほとんど話せません」とか、「TOEC900点なのにまったく話せない人を知っています」とか絶望的な情報ばかり目に入るようになる。orz.......

    あかんねええ。
    やっぱりね、こういう体験は若いときにとっととしておくといいと思う。柔軟で無垢なうちにね。



    というわけで、なんだか英語はまったく話せるようになっていないんだけど、いくつか「なるほろ」と気づくこともいろいろ。一度に書いても疲れちゃうので、また追々書いてみようと思います。

    とりあえず、4週間は無我夢中で新しい環境の中で、授業についていくことと、宿題を全部やることで過ぎていたんだけど、1ヶ月経過したところでいろいろスタイルを変えたらガクンと楽になりました。

    1,アクティビティに参加してクラスメイトと交流して話せ、友だちを作れと促される→頑張って参加する

    というのを一切やめた。友だちを作らねばと思うとコミュニケーションのストレスのほうが大きいのでアクティビティはすべて欠席。自分に向かないこと、無理なことはやらないと割り切ったら俄然楽に。

    2,クラスメイトととにかくたくさん話せと促される→頑張って多国籍の人たちと会話する

    というのもやめた。英語が話せない者同士で知ってる単語だけつなげて話すのを繰り返していても会話力伸びず。逆にいろんな国のなまりが移って正しい発音がわからなくなる。

    3,家に帰って宿題に追われ、週末は宿題で潰れる。。。。。。

    というのが元気を奪っていくので、宿題は授業が終わったら休み時間にすぐ手をつける。昼ごはんをクラスメイトと食べていたのをやめ、昼休みは一人で食事をしながら宿題をする。ほとんど意味ねえやと思える宿題はズルをして形だけ整えて終わりにする。家でする宿題はなるべく最小限、を理想においたほうが精神衛生が向上。



    上記をやめた代わりに

    1,ネットでアクセサリーや料理など、自分の得意なもので教室をやっているところを探して、「英語よくわかんないんだけどいいか」と伝えてガンガン参加する。得意なことがあれば、コミュニケーションは断然楽になる(モノでつながれるので)。

    2,1みたいなもんに参加して、ネイティブに混じっているほうがずっと英語力は伸びた。インドやサウジアラビアで仕事をするというようなことがない限り、ESLで海外訛りの英語を聞きわけるより、ネイティブの発音を聞き分けるほうがずっと楽。

    3,家では宿題や復習はなるべくせず、予習をする。授業によってテキストの問題を解くことがある場合は、先に全部やっておく。わからないものに追いつこうとするより、多少なりともわかることを確認するほうが授業に出る効果あり(語学の場合ね)。


    んな感じで、来週から7週間目に入ります。
    ほとんど英会話力が伸びていないので、それに対する施策はこれからいろいろトライしていく予定。

    50すぎてからの語学(あまり話せない状態から始める場合だけどね)は、結構ハードル高い。ま、最後までダメダメかもしれないんだけど、とりあえずは多少はなんとかしたいと思うこのごろ。
    最後には成功談にならないかもしれないのですが、とりあえず頑張ってみますです。はい。

    ところで、上記のような状態で「学校の授業が辛い、おもろくない」とこぼしたら、息子がさらっと

    「当たり前じゃん、学校なんだから」と答えてきました。
    なるほど。


    学校に順応しやすい子もいるのかもしれないけど、順応しにくかったうちの息子は、私よりも学校との関わり方を心得ているのかもしれません。
    改めて考えてみると、私が6週間の間に、自分が楽になるために工夫したことが日本の学校生活でも「やめた」と言えることができれば、学ぶというのはちょっと違うことになるような気がします。

    ・行事には参加しなくてよい
    ・クラスメイトと無理して話さなくてよい
    ・家でやらなくてはいけない宿題は最小限(学校の勉強以外のことに向けるエネルギーが残る)
    ・学校の外にある得意なことにどんどん出かけていく

    逆に考えると、行事には楽しく笑顔で参加することを求められ、クラスメイトと仲良くして友だちを作ってうまくやっていかねばならず、宿題に埋もれ、部活も趣味も学校の中で完結してしまうという学生生活ってのは、私には非常に辛いのだ。ああ、だから学校嫌いだったんだ>笑 人って簡単には変わらないのだねえ。

    でも、やっぱり上記は、辛いよ。純粋に「学ぶ」ということとは、すごく違う場所にいる気がする。私は「学びたい」だけ。学ぶ意思はすごくあるのに、なんか違うところでエネルギーを剥奪される感じは、ちょい違うよなあと思ったり。

    楽しくやってる人たちもいっぱいおるので、個人差はありますよね。あくまで「私は」、の話です。同時に、上記のような感じ方をするということこそが、私が「日本人」であることの証なのだと思います。

    んなもん、4週間も悩んで決めなくてよし。最初からやなもんはやめときゃいいの。

    それがわかっただけでもまるもうけかもしれないです。


    また書いてみまーす。




    ということでまあ、がんばるべ。
    category:アメリカ留学 | by:武蔵野婦人comments(0) | - | -
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