留学1−3 ボランティアとベネヴォリズ

2009.08.31 Monday 22:23
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    7月19日(日)−3

    前知識がまったくないままに、とにかく青空マーケットというおもしろいものがあるのだとういう場所に車で移動する。広大に続くブルゴーニュの田園地帯を抜け、小さな石造りの民家が集まる集落を時折通り抜けながら、たどり着いたのは「ロシュフォール城」だ。



    朽ち果てたように見えるが、この城は周辺の住民たちの手によって、長い時間をかけて修復されているのだという。今日のような日、城にはその有志たちが集まって、中を特別公開してガイドをしてくれるらしい。ガイドが始まるのは午後3時からで、それまでは勝手に中に入ることはできない。仕方ないので、入り口の手前にある小さなスペースで、修復の様子をまとめたビデオを見ることにする。

    フランスには、遺棄されて荒れ果ててしまった小さな城がたくさんある。古い建物を維持するのには莫大なお金がかかり、自治体ではとうていまかなえない。この城も、持ち主がこの地を捨てて新しい城に越してしまったのち荒れ放題になっていたところを、地元の有志が少しづつ修復を続けているのだそうだ。フランス人はとにかく、古いものが大好きで、古いものを大切にする。手弁当で集まったこうした人たちのことを、フランス語ではbénevolise という。

    日本でよく使われるボランティアとは、本来は報酬を受け取る仕事のことだ。私は学生時代に長いこと、アメリカ系のキリスト教団体の児童図書館でボランティアで読み聞かせををしていたが、ここでもきちんと毎月報酬をもらった。市井の基準よりはずっと少ないけのだれど、とにかく何がしかは必ず支払われる。
    その会の代表をしていたシスターは「あなたが分けてくれた時間とスキルに対して、きちんと報酬を払うのは当たり前のこと。ボランティアというのは本来そういうものです」と繰り返し言い続けていたことを思い出す。
    その人の特殊技能や貴重な時間を割いてもらうかわりに、きちんと報酬の計画を立てるのがボランティア本来の思想で、その意味では日本の自治体などが体よく呼びかけるボランティア活動というのは、本来の意味を履き違えていると私は思う。予算を計上しなくても都合よく動いてくれる人手という意味で「ボランティア」を美化する役人がいるとしたら、本来の意味のボランティア活動というのを、きちんと体験してきれおくれ、とよく思う。

    このロシュフォール城を直している精神は、だからボランティアではなくて、ベネヴォリズ。ベネヴォリズはあくまで、自主的な行為だ。誰かに要請されるものでも、誰のために行われるものでもない。自分たちが直したいから、直す。
    そんな彼らの修復風景は、見ていても微笑ましくて楽しい。ちょっと何かが直るたびに、お城で仮想をしてパーティを開いてみたり、パン焼き釜を直して、ピザをふるまってみたりする。誰かのためではなく、自分たちが楽しむためにこうした活動をできる彼らは、人生を楽しむ才能を持っているとつくづく思う。こんな風に楽しむ人たちがいて、古いものが修復されていく。ええこっちゃね。

    そんなお城のストーリーはこのHPでも見られます。
    http://les-clefs-de-rochefort.com/index.html


    3時になり、そんなベネヴォリズの一員が私たちを城の中に案内してくれた。
    さて、困った。
    ガイドの兄ちゃんは、語学の先生ではない。

    わからん、ちっともわからん、フランス語がっ! 
    しかも、一箇所で行われる説明の長さが半端ではない。城の歴史、建築様式、この地方で起きた出来事などを延々と説明している(らしい)。あかん。脳みそがさらに壊死寸前じゃ。

    とりあえず、兄ちゃんが延々としゃべった内容を、クロディーンが要約して耳元で伝えてくれる。うむ、それでもようわからん。でも、わからんと彼女に伝える暇もなく兄ちゃんはしゃべり続けている。かくして同時通訳ならぬ、同時要約状態が延々と続くことになる。



    例えば、この井戸はどうやら二つの城の塔をつないでおり、途中にある隠し扉を開けると地下に大きな部屋があるのだということらしい。それは敵が攻めてきたときの避難経路であったかもしれず、一方では気温が安定しているために暖房のない時期は地下で暮らしていた人がいるのではという節もあり、さらには宝を隠していたのではないかとも言われている。ほおお、と30人ほどいる見学者は井戸の中を覗き込む。

    確かにこの手の話はおもしろい。しかし、しかしだよ。

    日本人である私は、ある種の驚きを持ってこの風景を眺めている。30人ほどいる見学者はほとんどが家族連れで、小さな子どももいれば思春期の息子や娘を連れている人もいる。その誰もが、こんな何もない廃墟の前で延々とただ語られているだけの歴史物語に、じっと耳をすませて動かない。



    ふらふらと集団を離れていく人はいない。どこかでうずくまってしまう人もいない。何よりも、思春期にあるような男女がガイドの目を見ながら話を聞いている。取り立てて何でもないような石の塊を前に、あのファザードはゴシック風だがこっちはロマネスク、なんて説明を微動だにせず受け止めて、笑を取るところではちゃんと笑ってみたりもする。

    このガイドツアーが終わって腕時計をみて、さらに驚く。
    5分もあれば回りきれてしまうような広さの中、終わったのは4時30分。つまり、1時間半ガイドがしゃべり続け、人々は立ったまま熱心に聴き続けていたことになるのだよ。信じられる?
    日本だったらさしづめ、子どもはどっかに行ってしまい、そんな子どもを追いかけて「もう帰ろうか」と数枚写真を撮ったところで親も場を去り、思春期の子らはうざったそうにしゃがみこみ、ガイドに敬意を払って目を見てちゃんと話を聴く人なんていうのは、数えるほどしかいないだろう。


    あまりに長いガイドの話を聴くうちにフランス語の読解能力が潰えたので、私は途中から写真を撮ることに熱中しだしてみたのだが、周囲にカメラを構える人はほとんどいない。カシャカシャとシャッター音を響かせているのは私だけで、なんだか恥ずかしい気分になる。

    “みんな写真を撮らないのね”とクロディーンに聴くと、「そうね、日本人は写真を撮りすぎね」と笑う。
    「思うのだけれど、フランス人はバカンスが長くて、何もせずに同じ場所で休暇を過ごす人が多いのよ。日本は休みが少なくて、旅は非日常。その間にたくさんの場所を移動しようとするでしょう? 来たという思い出を残すために、とにかく写真を撮りたくなるのじゃないかしら。その意味ではフランス人はあまり写真を撮らないかもしれないわね。ほら、ここでもカメラをかまえている2人は、いかにもカメラ好きで一眼レフを持ってるおじさまばかりだものね」
    “うん、そして私だね”



    日本人である私は、決して日本が嫌いなわけではない。
    でも、この日の城でのんびりガイドの話を聞いている人たちの、心底くつろいで楽しそうな表情を思い出すたび、今の日本は何かがおかしいんじゃないか、と思ってしまう。
    人生を楽しむってどういうことなのか。今ある自分の暮らしと、自分の国を愛するってどういうことなのか。

    何もない場所で古い建物を前に、ぼんやり楽しく誰かの話を聞いて満足できる。そんな自分でいること、そんな子どもを育てることが、日本でもできるようになりたい。休日の遊園地やショッピングセンターの風景を思い出して、そんなことを思ったロシュフォール城なのでした。
    category:フランス留学 | by:武蔵野婦人comments(0) | - | -
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