留学4 ディジョン

2009.08.31 Monday 21:27
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    7月22日(水)

    今日は一日フリーの日だ。たいていの生徒さんは、この日にモンバールの駅から急行列車に乗ってディジョンに行くのだという。ディジョンはここから40分ほどの場所にある古い街で、ディジョンマスタードの名産地としても有名だ。

    昨日、移動の途中でクロディーンがモンバールの駅に立ち寄ってくれたので、列車の切符はもう買ってある。今日は一人で小旅行。
    おう、楽しみだなあ。


    とはいえ、今日はレッスンがないのだと思うと、かろうじてつながっていた緊張の糸が切れる。必死でここまでついてきたけれど、気持ちもからだも疲労が溜まってひどくだるい。しかも、今日は身を切るような寒さの曇天で、冷たい雨が降っている。
    雨降りに疲れたからだに鞭打って一人旅。がんばれ、自分。負けるな自分。
    これは義務ではない、お楽しみなのだ。
    別にしんどかったら行かなくてもいいのだぞ。
    そう思ってみるが、どう考えても一日家にこもっているよりは、出かけたほうがいいに決まっている。ディジョンなんて、人生で二度と足を運ばない地かもしれないのだから。


    朝食を食べる気がしないので、食品棚にあったラスク数枚とバナナ、チョコレートと水を朝食がわりにバッグに入れて出かける。RPRと言われる高速列車には指定席がないから、列車が着たらあいている席に座ればいい。切符を買うときに一応時刻の指定をしてあるが、別にその時刻に乗る必要もない。気楽なものだ。のんびりモンバールの駅まで歩いて、列車に乗った。
    ディジョンには40分もかからず、あっという間に到着した。



    ディジョンの駅は思ったよりずっと近代的で、田舎に数日いた私にとってはなつかしい賑やかしさに包まれていた。
    切符に記載されている帰りの列車の時刻を確認する。
    ここで、私はもうすっかり自信をなくしてしまっている。無理だ。この天気でこの体調。当初手に入れていた復路の切符は午後5時すぎの発車だ。ここに夕方5時すぎまで居る自信がない。もっと早く帰るには何時の列車に乗ればいいんだろう?

    しばらく構内をうろうろする。そして途方にくれる。
    時刻表はどこにあるのだろう。日本のような改札口はどこにもなく、時刻表の看板もみつからない。便ごとにプリントアウトしたような小さな紙がべたべたと貼り付けられているインフォメーションボードに人が群がっているが、これはどうやって見ればいいのかがてんでわからない。
    かろうじて構内の隅っこに数字が羅列した大きなポスターをみつける。どうやらこれが列車の時刻を表しているようなのだが、列車の行き先がばらばらで、どれに乗ればモンバールに止まるのかがよくわからない。
    かといって窓口を探してモンバールに止まる列車を聞き出す元気も、今の私にはない。

    しばらくポスターとにらめっこしているうち、停車駅が書かれた場所が見つかった。3時すぎと4時過ぎにモンバールに停車する列車があることを確認して、その時刻を手帳に書きとめる。
    よかった、とりあえず疲れたら3時に帰ればいいのだ。気が楽になった。
    それにしても、こんなポスターとにらめっこしていたのは私一人なのだ。他の人はいったいどこで列車の時刻を確認しているのだろう。
    まだまだ修行が足りないな、と思う。フランスを縦横無尽に歩けるようになるまでは、もうちょっと経験が必要だ。




    ディジョンは古くて美しい街だ。さほど大きくはないから、半日もあれば十分回れる。日本のガイドブックにはさほど詳しくは載っていないけれど、ディジョン駅のすぐそばにある観光協会に行けば、日本語の詳しいパンフレットも売っている。

    そして、何より便利なのがこのふくろうちゃんだ。



    ディジョンの町の石畳には、観光協会からこのふくろうが道順を示して埋められている。ガイドブックがなくても、このふくろうを番号の順番に追いかけていけば、街のみどころをほとんど回ることができる。
    地図と首っ引きにならずに済むので、これはとても便利なシステム。ちょい元気のない一人旅の私は、このふくろうちゃんの言うとおり、この街を歩かせていただきました。ありがとう、ふくろうちゃん。



    メインの見所、ノートルダム教会のハサードに埋め込まれたガーゴイルたち。これはとても有名なものらしい。雨降りの中、傘を差しながら望遠レンズを装着して撮影大会を試みる。
    今回はじめて海外に持ち込んでみたデジタル一眼を、私はまだ使いこなしていない。汗をかきながらカメラを取り回しつつ、果たしてこんな写真を撮って何の意味があるのかな? なんていう元も子もない気分に襲われる。
    写真を撮ることに熱中すると、それだけで旅の時間は侵食される。こんなことをしないほうが、旅は豊かになるんじゃないかとさえ思う。
    初日に訪ねたロシュフォール城で、カメラに夢中になっていたのは私だけだったことを思い出す。写真って、いったい何なんだろうなあ。




    傘とカメラと荷物と格闘しているうちに、青空が顔を覗かせだした。雨から逃れられたのはありがたいが、今度は猛烈な蒸し暑さが襲ってくる。どこかで着込んだ服を脱がなくては。汗をかきかき歩く私を、石畳のふくろうがさまざまな路地に連れていく。まっすぐ立っているのに、地軸がずれたような不思議な気分に襲われる。そして気付く。
    この街には、まっすぐな建物がないことに。



    曲がっている、ゆがんでいる。ドイツやアルザス風の木枠の家や、ハンガリーなどの東欧の家のようなタイル模様がある家が混在する不思議な街の中は、どこもどことなくゆがんでいる。そんな中で、観光客や地元の人たちがのんびりとたゆたっている。
    暑い暑い、汗だくだ。頭がぼーっとしてくる。ゆがんでいるのが自分の視界なのか、建物なのかがよくわからない。だめだ、どこかで休憩しなくては。




    細い路地をぽっかり抜け出したところに美術館をみつけて、ここに入ることにする。なんといっても、入場無料だ。えらいぞ、ディジョン。
    美術館の中は静かで涼しい。トイレを借りて汗だくになったシャツを脱ぐ。しばらく展示物を見て歩いたが、寒暖の差が激しい中を歩き回ってへとへとになっていることに気付いて、絵画室の真ん中にあるソファに座っていたら、ついうとうとしてしまった。

    そうか、こんな風に美術館で休息をするという方法があったのか。友だちと旅をしていたら、疲れたら迷わずカフェに入るだろう。美術館のソファは、作品を鑑賞するためのものだと思っていたが、こんな風にしばしの休憩のために使わせてもらうこともできるのか。
    ありがたいありがたい。
    しかも、そんな私の横には優しい顔立ちの天使や、静かな笑みをたたえたマリア像などがひしめいている。
    さして出番のなかった望遠レンズを装着して、そんな展示物を撮ってみる。日本の美術館や博物館で写真を自由に取れるところはほとんどない。海外に来ていつもうれしいのは、フラッシュを焚かなければ美術館で写真を撮ることができ、スケッチをすることもできることだ。




    さて、昼をだいぶまわって、そこはかとない空腹感が襲ってきたのだけれど、一人でカフェやレストランに入る気になれない。ひとり分の料理を食べきる元気もなければ、見知らぬ人に混じって込み合ったカフェでお茶を飲むのも気がすすまない。

    美術館の中庭に小さなベンチがあるのをみつけて、そこに座ってバッグの中のラスクとバナナを食べる。こんなんで、十分だなあと思う。チョコレート持ってきてよかったなあ。なんか私、貧乏旅行中の学生みたいだ。
    ぽっかりと気分がほどけて、青く晴れ渡った空を眺めてしばしの時間を過ごす。
    隣を見ると、ガイドブックを持った若いカップルがデリのサラダをベンチでつついている。こういうのも、たまにはいいもんだと思う。




    結局私は、カフェにもレストランにもはいらないままデイジョンの町をあとにした。いつもならうまいものを食べなければちっとも満足できない私が、ラスクと水で一日を終えるなんて。
    絶対に買おうと思っていたマスタードの名店、マイユに寄っても何も買わなかった。店内には日本人が溢れて、山ほどのマスタードをかごに入れていたけれど、心の中で「ドウヤッテモッテカエルノダ?」と突っ込みながら、結局私は手ぶらで店を出てきた。
    それほど、きっと疲れていた。
    でも、そんな中で旅したディジョンは、かえって鮮明にその存在感を私の中に残しているように思う。

    電車の時間を待つ間、思いがけずにディジョンの街中にあったデパート、ギャラリーラファイエットの夏物バーゲンを冷やかして、KOOKAIで大判のスカーフを7ユーロで買った。こりゃお買い得だ。
    ディジョンとは何の関係もないそんな買い物でパワーが復活して、早めの3時発の帰りの電車に元気に乗って帰った。

    家に戻ったのは4時をまわった頃。そこからシャワーを浴びてベッドに横になったら、すっかり寝込んで夕食の時間まで爆睡した。
    楽しくて、おもしろくて、毎日が飛ぶように過ぎていく。その楽しさに、からだがちょっとついていっていないのだと痛感する。やっぱりこういうのは、若いときにやっておくべきなのだとも思うけれど、今だからこんなことができるのだとも思う。
    なんやかんや言ってももう滞在の半分は過ぎてしまった。
    明日もレッスンを頑張ろう。


    おやすみなさい。
    category:フランス留学 | by:武蔵野婦人comments(1) | - | -
    Comment
    すばらしい写真です!
    ず〜っとどうやって撮影しておられるのか
    と思っていました。

    やっぱり一眼レフだったのですね。
    レンズも交換しておられたのですね。
    文章に彩りが添えられ、感動が詳細に伝わってきます。

    ふくろうちゃんがとっても
    おちゃめなこともよ〜くわかりました。


    ブログを読ませていただいている側としては、
    美しい写真も見せて頂けて、
    大変ありがたいです。

    • れもん
    • 2009/09/05 10:57 PM








       

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