留学6−3 ベニヤ板の上のキャミソールのカルメン

2009.08.31 Monday 20:05
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    7月24日(金)−3

    滞在の最後を飾るのは、オペラ「カルメン」だ。
    ヴィトーという村で今夜、カルメンの上演があるのだという。初日にクロディーンはそのチケットを2人分とっていてくれた。カルメンの上演は7時30分からだから、夕食をゆっくりとる時間はない。
    今日は昼をゆっくりたくさん食べたから、夜はサンドイッチを作ってヴィトーにいく途中のどこかで、ピクニックをするのだという。

    クーラーボックスにサンドイッチと飲み物を詰めて、ヴィトーに向かう。再びなだらかに続く牧草地帯を通り抜けた先にあったヴィトーという町は、こんな感じの場所。



    これは街の中心にある観光協会。垂れ幕に「CARMEN」の文字が見える。夏の間の2日間、ここにカルメンがやってくる。
    すごいな、フランスの古い街で上演されるカルメン。いったいどんな風情のあるものなんだろう。観光協会でチケットを受け取り、しばしヴィトーの町を散策する。



    ヴィトーも運河や小川が流れる静かで古い街だ。モンバールよりはずっと小さい。こんな小さな街が、フランスの田舎にはたくさんたくさん存在している。これといった商店もなく、鉄道の駅もないような場所に、人々は固まってこじんまりと住んでいる。老人しかいないのではないかと思いきや、街には子どもたちの姿も多く、私たちの顔を見てはずかしそうに「ボンジュール」と言って通り過ぎたりする。
    なんとも心地いい風景だ。

    カルメンの会場となるらしい場所の手前に、小さなベンチのある広場があったので、私たちはそこでお弁当を広げた。フランスパンで作ったサンドイッチと水。そしてヨーグルト。フランスパンは、とにかく涙が出るほど固い。こんな固いパンを食べるのは、難儀ではないのか? とおそるおそる隣のクロディーンを見ると、涼しい顔をしてがしがしと、しかしゆっくりと咀嚼している。
    必死でかじりついている間に、コツが呑み込めてくる。そうか、こんな風にしっかり噛んで食べると、満足感が増して量を食べ過ぎず、健康にすこぶるよいのではないかということに気付く。
    東京に戻ってから、食卓にフランスパンが登場する機会が増えた。柔らかい白米をかきこむより、固いパンをゆっくりしっかり噛んで食べるほうが、食べ過ぎずに済むし満腹感を得られることがある。限りなく前向きにとらえれば、それはきっとダイエットにもつながるはずだ。あはははは。

    フランスパンと格闘する私たちの上を、足早に雲が移動していく。
    「雲がすごい勢いで流れていますね。流れている? フランス語ではなんというのですか? 雲は“流れる”の?」
    「フランス語では 雲が走っていく というわね」
    へー、違うんだね。おもしろいね。
    走っていく雲の先に、カルメンの会場があるらしい。
    お弁当をしまって、また車に乗る。

    さて。

    到着したオペラの会場は、なんと体育館だった。



    舞台はベニヤ板。椅子はパイプ椅子。
    舞台美術は何一つなく、舞台の後ろには白いキャンバス地のような布が、だらしなーくぶらさがるようにかけられているだけ。照明もほとんど用意されていない。体育館の明かり取りの窓もそのままだ。そんな舞台環境を逆手に取った演出も、どうやらまったくされていない様子だ。
    ??? !!!!
    なんじゃこりゃ。
    ここでカルメン?



    しかし、そんな白布のぶらさがった舞台の前には、本格的なオーケストラ席が準備されて、楽器の音あわせが行われている。
    三々五々と人々が集まり始める。
    ほどよく年を重ねた夫婦連れが多い。そこに混じって、小学生、中高生の姿も多くみられる。近くの席では、10歳ぐらいの女の子が元気よく、カルメンの「闘牛士の歌」を歌っている。

    8時近くになってから舞台が始まった。
    まずノースリーブのシャツにデニムを履いたようなおばちゃんたちが大量に舞台を横切っていく。観客が紛れ込んだのか? と思っていたら、彼女たちが突然舞台でオペラを歌いだした。
    エスカミーリョは闘牛士のはずなのに、立候補をした議員らしくたすきをかけたスーツ姿。カルメンにいたっては、ミニスカートにキャミソール。ドン・ホセの婚約者ミカエラなどは、スニーカーにデイパックをしょって現われる。誰もがユニクロで売っているような服を着て舞台に立っている。
    はてなー。
    なんじゃこれー????

    オペラが終わったとき、時計は12時近くを指していた。
    最初のうちは「地元のかくし芸大会じゃあるまいし」なんて思っていた私は、徐々にこのカルメンのユニットは実はかなり実力のあるプロの集団で、こうした公演を世界の各地で行っていることを知る。
    最後にはすっかり舞台に引き込まれていた。

    田舎の体育館の、ベニヤ板の舞台の上のキャミソールのカルメン。

    休憩時間に、となりでクロディーンがこんなことを言う。
    「驚いたかもしれないけれど、これは実にフランス的だと思う。たぶん、日本の人にとっては体育館であるとか、舞台が質素であるということはマイナスに感じることが多いと思うの。私たちフランス人は、外側のパッケージより中身がよければOKと思う。だから、こんな質素な舞台装置でも、上演される中身がよければ喜んで受け入れる。こんな風な催しが、このあたりではとても多いのよ。
    外見より中身。ブランドも見かけも関係ない。しわがあっても、白髪だらけでも、フランスの女たちはさほど気にせず、中身で勝負しようって考える。そんなこととちょっと通じているかもね」

    いや、フランスにだってパッケージや見かけを気にする人はいっぱいいるじゃろ? とも思う。でも、クロディーンのこんな言葉を、私はまたちょっと違う側面から考えている。

    フランスに来て、なんともハードな最初の数日間を過ごし、木曜日にすっと気持ちが楽になったのだ、と前に書いた。このすっと気持ちが楽になった日、シャワー室の鏡の前で自分の顔を見て、私はちょっと驚いたのだった。

    顔が変わっていた。
    東京で見慣れた自分の顔と、何かがすごく違うのだ。
    たぶん、こんな理由なのだろうと思ってみる。
    言葉が不自由なことが手伝って、私は日常会話でさまざまな言い訳や前置きをすることができずにいた。答えは常に、ウイ か ノン と答えるしかない。
    愛想笑をしながら当たり障りのない話をすることもなかった(って、できなかった>笑)。髪型や化粧を気にして鏡を覗き込んだり、なるべくいい印象を持ってもらおうと相手におもねるという余裕もなかった。

    ウイ もしくは ノン。愛想笑いをしない。言い訳をしない。
    ある種の緊張感の中で、とにかく必死。

    そんな風に数日を過ごすと、顔つきが変わる。おしゃれにも気を使わず、人にどう見られるかもまったく考えていないその顔は、たぶん東京にいたら確実に「いつもよりブス」と思う部類の表情だ。

    でも、私はその自分の顔が嫌いではないと思った。
    できれば、50を過ぎたら私はこんな顔をして生きていきたいと思った。
    それは今まで私が自分自身に対してこうありたいと思ってきた「ほんわかと温和で、年をとってもかわいらしく、ほっとできる存在」なんていうものとはまったく別の場所にある、もっと毅然と確固とした自分の姿で、そんな自分には流行の服も、化粧も、髪を染めるということも必要ないんじゃないか、と思えた。

    化粧も衣装もつけていなくても、カルメンはカルメンだ。その核があれば、ベニヤ板の舞台の上にもちゃんとカルメンの世界を作り出し、人々を感動させることができる。

    50になったら、必要なものと必要でないものの区別をしっかりつけなくちゃいないと切に思う。そして、あの木曜日の夜、すとんと落ち着いた先にあった鏡の中にいた自分の顔で、この先の時間を重ねていきたいなと思う。


    帰り道、真っ暗闇の田舎道を車で走っているとき
    ふと夜空を見上げたら、満点の星空があった。
    満天などという生易しいものではない。そこには、砂糖壷をひっくり返したかのような天の川が横たわっていた。
    「クロディーン、星が! 星がすっごいきれいなんだけど!」
    言い終わらないうちに、星が流れた。
    2つ、3つ。

    「星がー! 星が流れたー!!!  流れる??? 星も流れるでいいの? 星は走るの? 落ちるの?」

    もうなんでもいいのだ。とにかく、満天の星空を流れ星が流れた。
    これまでたくさんの星空を見てきたけれど、このときの空は人生ではじめてみるほどの見事な光景だった。
    神様、最後の夜に大きなプレゼントをありがとう。

    モンバール最後の夜が終わった。
    明日の朝、早起きをして荷造りをしよう。

    ここに来る前までの自分と、明日ここを去る自分。
    何かが確実に、きっとちょっとだけ変わった。
    フランス語を上達させるという目的以上のものを、この場所でたくさん教わったと思う。

    たくさんの人にお世話になった。
    みなさん、本当にありがとうございました。
    category:フランス留学 | by:武蔵野婦人comments(0) | - | -
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