何もできなかったコロナ3ヶ月のあと、役に立たないことを始めるー世界の都市に疫病を鎮める仏像を48体置いてみた

2020.08.02 Sunday 15:42
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    今年の2月、確か私はフランスにいた。

    今年の11月に予定されていたフランスでの展覧会の準備のためと、一昨年開催された展覧会に行けなかったことで迷惑をかけた現地の人たちに会うために。
     
    一昨年現地のアーティストさんが声をかけてくれて実現した二人展は、偶然みつかってしまった病の手術日が重なったことで、私不在で行われることになった。急遽送った作品はギリギリ会期に間に合ったけれど、展示から開催期間中の接客まで、フランスの友だちに助けてもらうことになり、そのことのお礼がまだできていなかった。
     
    あれから5ヶ月。
     
    いったいどこの誰が、今のような世界を想像できただろう。

     
    私は売れている作家ではないし、展覧会などもあまりやらない。
    それでも、今年ははじめて海外からギャランティの出るオファーがあったことで、少しだけ「やったるで」モードに入っていたところがある。やったるでモードの人は変なオーラが出るのか、帰りに立ち寄ったパリで、ひょんなことからパリのギャラリーでの展示が決まりかけた。帰国後に詳しい内容を決めようというやりとりをしている間に、東京のギャラリーからも問い合わせがあった。

     
    あれ? 来たか?
    来たのか?
     
    なんか、波がやってきたんか?

     
    3月には東北で、4月は愛知で、アートプロジェクトのための小規模なレジデンスもする予定だった。
    長年温めていたことが、一気に開花しそうな。
    2020年は、私にとっては特別な年になるはずだった。

     
    世界がコロナに侵食されて
    秋のフランスの展示は中止となり、パリのギャラリーの案件はなくなり、東北も愛知も行かれなくなって
    制作の細かいスケジュールを書き込んでいた私の手帳は、もう意味をなさなくなってしまったので
    100円ショップで新しく手帳を買った。
    そこに今は、今日食べたものとか
    買い物にでかけた場所とか、見た映画とか
    そんなものを書き込んでいる。
     
    そんな風に世界がひっくり返って
    最初のころ、盛大にメンタルバランスを崩した私は、創作も制作もできなくなってしまった。
     
    必要最小限の仕事をこなしたら
    ただただ、ページをあけたらやることが決まっていて、新しいものを作り出す必要のない語学のドリルを日がなやっていた。
    テレビもネットもシャットダウンして、起きたらドリルをして、食事をつくり
    たまにYou tubeを見ながらヨガや太極拳をして、Netflixに加入してむさぼるように見続けた。
    難しい映画は見られなかった。アホなドラマとリアリティーが、一日ついているような日々だった。

     
    少しづつ、何か作れるかもしれないと思えたのは7月に入ってからだったと思う。
     
    3ヶ月はからだも心も停止していた。
    創れるかもしれない、と感じたけれど
    今年創るつもりだった作品に手をつけることは、まだできていない。
     
    代わりに、世界の都市に仏像を置くというプロジェクトを勝手にはじめた。
    たぶん彼岸の世界に行ってしまった世界と自分を、現実にまた結びつけるために、何かしらのプロセスが必要なのだと思う。
     
    これまで自分が行ったことがある世界の都市から48箇所をピックアップして
    これまで創りためていた仏像の版画を
    小さくカットした桐の板に張り込み
    自分が撮ってきた写真をさかのぼって見ながら
    思い出の場所やモノたちを桐の板の中に描き込んで行った。

     

     
    感謝祭でごった返していたフィレンツェで食べたパスタの味。
    プラハの静まり返った人気のない夜の石畳。
    天文時計やプラハ城。
    マントンの海岸にそそり立つように建っていたジャン・コクトーの要塞美術館。
    町中にあふれるレモンの香り。

     
    銅板を加工して時間をかけて描画し、何度も腐食して刷り上げた銅版画は雁皮に刷る。
    乾いたらそれをまたデザインカッターで細かく切り抜いて、しょうふ糊にCMC糊を混ぜたもので、ジェッソを塗った桐の板に張り込んでいく。色付けは雁皮の裏から。最後にメディウムで補強する。
     
    旅をしてきた時間と
    作品を創るために試行錯誤しながら時間をかけて作り上げてきた工程と
    周りの世界はすべて止まってしまっていたけれど
    それらはすべてちゃんと、自分の中にあって

     
    ああ、そうか。
    新しいことがいまできなくても
    こうして自分の中を掘って、自分の中を旅して
    いまはそれでいいのかなあ、と思えるようになった。
     
    ということで、役に立たないこと、なんの目当てもないことを
    日々、ただただ
    繰り返している。
     
    この
    「繰り返す」ということに、ちょっと救われていたりする。

     
    8月になる前にやっと48体が完成したので
    ポートフォリオにまとめてみました。
    よかったら見てね。
    行ったことのある場所、見たことのある場所があったらうれし。
    (写真をクリックするとサイトに飛びます)
     

     
    ただ描くという作業以上に、いろんな場所の名称の英語表記を調べたり、国の名前のスペルを調べたり>笑
    意外とそんなことで時間がかかって、それもまた楽しかった。
    たぶん、描いている以上にそこにどんな風に時間を使ったのかということが、とても大事なのかもしんない。

     
    古来、疫病が流行れば仏像を建てたという日本から、こんなささやかで小さな創作ではあるけれど
    いつかまた平和に行き来できる日を願って、日々繰り返すということに救われている自分がいる。
     
    どこかで、ああ、物を創れる自分でよかった、と
    改めて思っているコロナの夏でした。
     
    次は森林破壊に向けての創作を、日々繰り返しています。
    また、書きます。
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    捨てる予定の服を切ってつないでリメイクしてみた。想像以上に楽しかった。

    2020.07.29 Wednesday 15:29
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      これまで何度か登場している手作り服系話題。

      コロナで外出自粛となった3月以降、クロゼットの整理にはげむという予定調和的行動に出た結果、もう着ない服を大量に処分した。

      処分したといっても、捨てるのではなくて、まず着ていただける人にもらっていただいた。

      片っ端から写真を撮って、着てくれる人いますかと内輪のSNSにアップすると、送料着払いでもらってくださる方がいる。ありがたいー。

       

      それでも残った服があった。

      シミがついたり、毛玉があって差し上げるには申し訳ない服。

      あとは「もしかしたらまた着るかもしれない」という執着が捨てきれなかった服だ。

      多くは「気に入っていた」ことに加えて「高かった」ことも手放せなくなる理由だった。

      そんな風に残ってしまった服が、3月から作業場に山積みになってしまい、片付けたのか散らかしたのかわからない状態になっていたので、やっとこ7月も終わりになって、重い腰を上げたのであります。

       

      そのままではもう絶対に着ないので、別のものに作り変えるプロジェクト。

      一から縫うと、裁断や裾の始末などが面倒くさいこと極まりないのだけれど

      すでに服の形になっているものを、切ったりつないだりするのは簡単だ。

      そんな感じで、この3日ほどでどさーっと作ってみた。

       

      まずはもとの服。

       

      カシミアのワンピ、レザーのミニワンピ。これをなんとかしたいので

      捨てる予定だったハイネックの綿の長袖シャツと組み合わせてみることにした。
      ポケットの位置がちょいおかしいけど>笑
      革のミニワンピをジャキっと切ってTシャツとただつなげただけ。
      Tシャツはもう古びてるけど、だめになったらまた別のとつなげればいいようにも思う。
      ミニワンピが膝下ワンピになったので、これならまだ着れそうー。
      切り落とした上身頃は捨てようかと思ったけど、なんかもったいない気がして
      引き出しに眠っていたタイシルクを輪にして縫い付けてみた。
      タイシルクはもともとマルチパーパスクロスだったみたいで、四隅の始末がついていたので、輪っかにするだけでよかった。
      簡単じゃった。いつの季節に着るんだろうって疑問は残るけど、とりあえず捨てるよりはよかった。
      もう一枚のカシミアのワンピは、上身頃がきつくて腕が前に出なくなっていたので(悲哀)
      胸から下を切り落として、もともと湾曲していた裾を、両方の隅20センチだけ残して縫い合わせ
      上にゴムを入れてサルエルパンツにした。
      透け感があるので、レギンスと重ねて履いたらちょいおしゃれかもしれん。
      ウエスト部分は、革のワンピとつなげたTシャツの切り落とした裾をそのまま縫い付けてゴムを入れた。
      手作りパンツのウエスト部分の始末は結構面倒なので、この用途のために色物のTシャツは捨てずにとっておくことも多い。
      大物2つをやっつけたので、軽いものへ。
      綿ネルと麻のシャツの、それぞれくたびれてしまった部分を切り落として合体してみた。
      麻のシャツは胸元で切ったので、つないだらワンピになった。
      あれれ、意外と大人っぽい。思いがけず、これ着るかもしれない。
      色がよく合ってた。
      あと、襟元に経年劣化が起きがちな白いシャツ。素材違いで何枚も持っているので綿と麻の2枚を処分しようとして、ハタと思いついた。
      同じく毛玉で古びてしまったけど、ラインが気に入ってよく着ていたユニクロのセーターに合体させては、と。
      セーターはそのままの形で、裾にシャツ2枚分の身頃を縫い付けてワンピースにしてみた。
      それぞれ前身頃だけ使ったのだけれど、そのまま前と後ろに使うのでは面白くないので
      右が綿、左が麻でボタンをかけあっているデザインにした。同じ無印良品のシャツだから、ボタンの位置も同じでうまくつながった。
      素材の違いがわかるように、後ろも前身頃でボタンをかけあってるデザインにした。後ろ姿も、ちょっといい感じになった。
      これはちょい渾身の出来栄えじゃった。たぶん、これは今年の秋にたくさん着ると思う。
      ユニクロと無印の合体。
      セーターは毛玉やシミでくたびれていたので、思い切って裏返した。
      縫い目をワンポイントにするために、白い刺繍糸でかがってデザインの一部に。新品みたいに見えるよ。
      胸元には以前レーザーカッターで作った革のボタンをブローチにしてつけてみた。
      もう一枚、ロメオ・ジリのメンズシャツを、色がとても素敵なので引っ越しを手伝ったときにもらってきたんだけど
      やっぱりパターンがメンズなのでそのままではなかなか出番がなく。
      ちょい思いついて裾を切って、シルクの羽織裏でつないでみた。
      Tシャツの上なんかにちょろりと羽織るのなら、おしゃれに着れそうになった。
      アイロンかければよかった。しわしわですません。
      袖の部分がカフスで長すぎたので、これも切り落としてバイアステープでくるんで女性っぽく改良。
      この羽織裏はおかめの模様でなかなかキュートなのだった。
      最後に、ウエストが入らなくなってしまったデニム、膝のあたりが擦り切れてしまったビロードのパンツ、捨てようと3本重ねておいたものを、何かにできないかとジャキジャキ切り開いてみたら、つないだらスカートになるのではないかと思いついた。
      ウエストを作るのが面倒なので、ウエストはデニム1本をそのままに、脇だけ切り開いてグログランリボンで幅を増やしたら、ちょうどいい太さになっちゃった。
      こういうテイストの服はおばちゃんっぽくなりがちだから気をつけないとアカンのだけど
      普段買うことはないデザインだから、まあ、試しに着てみてもいいかなと思ってます。
      ということで切ったつないだの服のリメイク完了。
      これで片付くと思ったら、なんと去年日暮里のトマトでメートル100円で買ってきた生地がそのまんま山積みになっておった。。。。。しかも3mづつもあるじゃんよ。
      というわけで、残りの時間でじゃかじゃかと直線縫いタイム。
      アラジンパンツですよー!
      もうこのパターンで夏も冬も何枚作ったかわからない。簡単で着やすくてやめられんー。
      私はすごくいい柄だと思って買ってきたんだけど、息子に見せたら
      「おばさん道まっしぐらだな」と言われた。そうか? そうなのか?
      まっしぐらついでに、かなりの量が残ったのでこっちも作った。
      よくいえばワンピース。
      別名あっぱっぱ。
      これは着る。確実に、着る。
      もいっちょ、透ける薄い綿ローン3メートルは、昔ジャーナルスタンダートLuxe(もう今はない)で買ってとても気に入って着ている麻の羽織ものからパターンを起こして、同じカタチに作ってみた。といっても全部直線なので簡単。
      個人的には今回の縫い物狂想曲プロジェクトでの、一番の出来栄えはこちらかと思う。
      めちゃ好みのができた。うれしいー。
      さて、こうして山積みの古着と布地がすべて整理できて、アトリエもスッキリ。
      ほんとに気分いいわ〜と思ったんだけど、クロゼットはまたパンパンになった。
      なんのためのクロゼット整理だったんだっけ。
      ま、所詮そんなもんですね、手作りって。
      無駄をなくすために手作りして、ごみを増やすみたいな>笑
      というわけで、数日間出しっぱなしだったミシンとロックミシンはこれにてお役御免で片付けました。
      出ている間に、手作りマスクも1,2枚。
      ほんと、縫い物がおっくうなのはこれを出す手間があるからなんですよね。
      今回もよく働いてくれました。
      さて、日常に戻ります。仕事しなきゃ。
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      断捨離などできやしない、ガラクタに囲まれて生きるのだ

      2020.07.25 Saturday 17:35
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        ピンク色のペットボトルをみつけて、3日間迷った末に買ってきた。

        1本140円(+税)。

        同じミネラルウォーターの青いボトルは知っていたけど、ピンクははじめて見た。

        むちゃくちゃ、かわいいじゃないかー。

        絵を描くために水を使うので、頻繁に変えなくていいようにペットボトルに予備の水を入れて使っているのだけれど、そのペットボトルを今日からピンク色に変えてみた。めちゃ気分が上がる。
        たぶん、買うのを3日迷ったというのもよかった。紀伊国屋の前を、行ったり来たり3日したのだ。140円でも、時間をかけて買ったことで幸福度が増した。こうして、私の部屋にはガラクタが増えていく。

         

        息子の誕生日に買ったCHIMAYビールの大瓶についていたコルク留めは、椅子になった。

        記念にあげると息子の部屋に持っていったら、「いらん」と追い返されたので、居間に飾った。

        人生でこんなものを何度も作って、ガラクタは増えた。

        たまに捨てはするけれど、暮らしの折々に生まれていく、役に立たない余計なものが、私は大好きなのだと思う。

         


        今年2月のコロナ前、フランスの美しい村のひとつ、スミュール・アン・ノーソワに住む友人が、もう何年も改装中なのだという親戚の家につれていってくれたことがある。17世紀に立てられ、19世紀の改築を最後に放置され朽ち果てていた物件を購入し、建築家である友人の義兄が家族とともに、コツコツと時間をかけて修復して住んでいた。


        博物館にあってもいいような調度品の数々が部屋のあちこちに散らばる風景と、その時代の様式を残したまま、歴史に忠実に再現しようとしているこだわりを目の前にして、畏敬の気持ちとともに驚きや羨望が入り混じって、しばしぼーっとしてしまった。

        「ほら、ここからここまでが17世紀。大理石の色が違うでしょう。おそらく18世紀にこの部屋は4つの部分に小さく区切られていたことが、天井に残る梁でわかる。あの窓は税金の関係で塗り込められて壁になったいたものを、元の状態にいま戻しているところ。たぶん、別の人がこの家を買ったら、貴重なゴシック時代の階段は壊されていたはず。これだけの幅の石を階段一段に丸ごと使うのはかなり稀なことだから、わからない人が壊してしまわなくてよかったと思っているよ」

         

        フランスでこうした古い朽ちた建物を改修して住んでいる人を何人か知っているけれど、日本との大きな違いは、そのもととなる家の状態だ。

        見事に朽ち果てていることが多い。

        たぶん、日本なら全部壊して新築するしかないと思えるぐらいの状態の家を、買って、直して、住む。

         

        この写真はもう10年ほど前にブルゴーニュで撮影した改修前の建物の写真なのだけれど、この状態を直せると思える感性は私にはない。これ見たらまず「壊すのにいくらかかる」から始めるよね、日本なら。

        石の文化だからできることなのかもしれないけれど、それでも

        この建物についても、小一時間ほどの説明を現地の人から聞いた覚えがある。

        ファサードの形、石の使い方、パン窯の跡や井戸の作り。廃墟と思っていた場所に、あふれるばかりの歴史とエピソードが詰まっていた。自国の歴史と文化にここまで親密に向き合える力って、いつもすごいなあと思う。

         

         

        ぼーっとしながら見事な家を見て回ったら、最後に1階のダイニングキッチンに通されて、コーヒーが出された。

        ここは現代的なシステムキッチンになっていて、エスプレッソマシーンや大型の冷蔵庫もある。

        んでもって、まあ、ありとあらゆるものに溢れているのだった。

        「私達は旅が大好きで、行くたびになにか思い出の品を買ってくる。それが増えていくのを見るのが、すごくうれしいのよね」と教えてくれた女主人が使っている食器棚は、こんな感じ。

         

         

         

         

        棚の中にも、テーブルの上にも、そして天井からもブラブラとたくさんのものがぶらさがっていて、まさに雑貨の海じゃった。

         

        物がいっぱいでも

        なんて心地良い風景なんじゃろ。

         

         


        断捨離が流行ったとき、「棚などに飾ってあるものは9割を捨て、1割を残す」と教わった。

        見える収納はそうじも大変だし、一番無駄なものが多いらしい。

        確かに片付けは大事だし、手放すことも大事だけれど

        でも、この日案内してもらったこの家の棚の中に、捨てていいものなどあるだろか。

         

        世の中は「捨てられない」人から、「捨てられる人」にならなければいけないような風潮だけれど、

        たくさん捨てられたと自慢する人は、単に捨ててもいいものを選んで所有して生きてきたと言えなくもないわけで、

        簡単に「捨てる」という言葉を使う風潮は、あまり好きになれないなあと思う。

         

        ということで、飾り物だらけのわがやの玄関だよ。

        何を捨てろというのか。

         

         

        まったく思いつかないよ。

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        手の混んだ料理が愛情だって、まあ、愛ってずいぶんとイージーなものなのね

        2020.07.14 Tuesday 11:17
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          ポテサラ問題がワイドショーネタになった今日。

          ネットでもう一回りしたら、テレビネタになる。

          テレビで一通り流れると、新聞ネタになる。

           

          テレビも新聞も、今の時代はトンデモ遅すぎだ、もうなんか哀しい。

          でも、あら、ポテサラ? と、よせばいいのに見てしまった今朝、思ったこと。

           

          街頭で70代ほどの男性(ジジイ)が、

          「ポテサラなんて茹でて切って、マヨネーズで合えるだけだろ? そんなもんうちのカミさんだって作るよ」

          デェへデェへ(笑)

          という、ツッコミどころ満載のインタビューに答えている映像を見せられたのち

           

          (いまごろ)喧々諤々とポテサラ問題を論じている人たちの発言を聞いて

          なんだかポカンとしてしまった

           

          若い世代が、やはり手の混んだ料理を作ってもらえるのは愛情の現れだと言えば

          僕は子供時代母親が忙しくて惣菜ばかり食べて育ち、、、、と身の上話しが始まり

          結論としてやはり「母親の手料理が食べたかった」と結ぶ。

           

          そうか。

           

          手の混んだ料理は 愛なのか。

           

          まあ、だとしたら、愛ってなんてイージーでわかりやすいものなんでしょ。

           

          *うちの手の混んだ料理。これらのものはたいてい、愛情ではなく趣味の領域

           

           

          弁当とか、手作り品とか、おやつとか。

          どれも決して簡単ではなく、時間も手間もかかり、

          そんなものを親の愛情として社会側から強要されたら、どうやったって反発したくなるけれど

           

          どこかで

           

          そうしておけば愛していることが伝わる

           

          と思うのも間違っている、と私は思う。

          ついでにいえば

           

          そうしておけば愛情深い自分を確認できて安心する

           

          のもなんか違う。

          愛はそんなイージーなものじゃないはずだから。

           

           

           

          日本って、すごく大事な部分はファジーな空白にして言語化することを避け

          「なんとなくそんな感じ」の空気感をみんなで維持しているようなところがあるでしょ。

          「愛」についても、ちゃんと語られたことはあまりなんじゃないのかな。

           

          ただ、「そんな感じ」だけでは不安なので

          そこを「愛情弁当」とか「天然酵母で6時間かけて作った無添加のパン」なんかを配置して、安心したくなる。

           

          なぜって、愛を受けるがわも、与える側も

          本当に愛されているのか、本当に伝わっているのか、愛は十分なのかと

          ただただ、いつも不安で仕方ないのだから。

          私達が日常接している「愛」の定義は、たぶんそんなところにあるように思う。

           

           

           

          愛とか

          正義とか

          義務とか

          権利とか

           

           

          子供の頃からきちんと言葉にして語り合い、定義しつつ、意見の違いを認め合っていくという教育が

          私達には決定的に欠けているんじゃないのかな。

          自分なりの言語化ができて、それを相手に伝えることができれば

           

          愛情の確認は弁当や手の混んだ料理に頼らなくたってできるはずだ。

           

          そして赤の他人に

          ポテサラ作らないなんて母親失格だなんて、くだらない言葉を投げかけることもない。

           

           

          愛は偉大だけれど

          時に束縛し

          支配し

          相手の自由を奪うこともある。

           

          愛という言葉を、簡単な免罪符にしてはいけない。

           

           

          宗教教育のない日本で

          愛 を語るのはとてもむずかしいことだ。

           

          だからこそ、相手を大事に思う気持ちや、自分のできる愛のかたちについて

          子供の頃からちゃんと言葉にして伝えあったり、討論したり、違う意見を受け入れる訓練をすることが

          私達にはとても必要なんじゃないかな、と思う。

           

          ポテサラなんかで愛を語られたくないけれど

          その反論は

          「えー、だってポテサラ作るのすごく大変なのに、わかってない」

          だけでもないような気がした今朝。

           

          ちょい書いてみた。

          ではお昼ご飯。

           

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          母と娘の赤いバラ ー 母子確執による体調不良が娘にだけ残ることの不思議について考える

          2020.06.26 Friday 11:00
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            「毒親」という言葉をよく聞くようになったけど

            少なくとも、私が子供時代はこのような発想はなかった。

             

            親の行動がどんなにおかしくても、批判などできるすべもなく、その「なんかおかしいんだけど」「ってか、これ完全アウトでは」という経験や思いは、第三者に話されることも理解されることもなく、鬱積し続けてやがては自分自身のこころや体を蝕んだのでした。

             

            そういう経験は、したことのある人にしか理解できないものでもあるので、今日書こうとしていることも、はてなわけわかめという人や、不快感を持つ人もいると思う。当然だと思う。

             

            ほんでも、最近しみじみ思うのは

            機能不全家庭に育ち、盛大にあっちこっち不具合を発しながらおとなになり、そんでもなんとかそこから抜け出して、上手に消化して生きてきた。。。。。。

            はずの自分が、人生一回りの年齢を迎えてなお、親子関係を根っこにした様々な記憶や問題から逃れられていないのだなあ、哀しいことに、、、ってこと。

             

            薄れるどころか、堆積して逆に、鮮明になっていく部分もあり。

             

            まあ、そんなわけでたまにこういうことも書いて気持ちの整理をしてみようと思うわけです。

            機能不全家庭についてはこちらのチェックリストなどよくできていると思います。

            私などは、まあ、ほぼ当てはまってしまいますがー>笑

            https://cocooru.com/checks/6

             

             

             

            さて、いつもどおり前置き長いけど、今月は私の誕生日でした。

            それも、世の中では赤いちゃんちゃんこを着るらしい、節目の誕生日でありました。

             

            わたしは父を3年前に亡くし、母がうちから徒歩10分にある実家で一人暮らしをしてますが

            まあ、ずっといろいろ問題を抱えた家族をなんとかなだめすかして維持してきたけれど、父の入院から葬式、墓の問題を経たのち、私が大病を患ったのでもうなんつか、卒親していいすか、という感じでかなり努力をして距離を取ってます。

             

            距離取らないと、私がそうして、病気になっちゃう。もうさんざんやってきたから、もういいよね。

            (ちなみに私は一人っ子、シングルなので、ほかに身内が誰もおらず。いずれ必ず面倒みなくてはいけないので

             せめて今だけは穏やかに過ごさせて、というわけです)。

             

            ほんでも、母はなぜ私が疎遠になっているのか、まったくわからない。

            そういうデリケートな感じのところにコロナ騒動で、これは私にとっては怪我の功名というか、会わない正当な理由ができたので、本当に助かっている、申し訳ないけど、救われている。

             

            そんな中の誕生日ですよ。

             

            朝、11時ごろ家に行っていいか、渡したいものがあると連絡がありました。

            いいけど雨が降ってるから駅まで行くよと返事をして、仕事をしていた10時20分。

            駅にいる。家まで行ってもいいんだけど、雨だからあんたが来るまで駅前のスーパーで座ってる、と電話。

            11時じゃなかったのか。

            部屋着すっぴん状態から、あわてまくって準備をして傘をさして家を飛び出したんだけど、考えたら時間を無視したのはあちら。駅まで来れているなら、そのまま7分歩けばうちに着く。なんならタクシーでもいい。

            そのあたりをすっ飛ばして、ただただ

            「どうしよう、どうしよう」と走り出す自分がいる。

             

            ひとり待たせてしまっている罪悪感。

            雨の中家まで歩かせられるわけがないという罪悪感。

             

            それは、愛情や思いやりとはちょっと違ったもので

            掘り起こしていくと、「ママを怒らせちゃう」「不機嫌になったらあとが大変」「ごめんなさい、ごめんなさい」というような感情がごちゃまぜになっているもので、人生の大半に存在していたとても馴染み深いものだったりするわけです。

             

            そんなわけで小走りで駅前のスーパーに行ったら

            母が「誕生日おめでとう」と赤いバラの花束と、金一封のお祝い封筒を手渡してくれた。

            本当は一緒に食事でもしたかったんだけど、、、、、と。

            わざわざ花を持って駅まで。普通なら素敵な母子の風景だし、ありがとうと感謝の気持ちももちろんいっぱいある。

            しばらく会えないけど元気でね、と手を振り別れる。

             

             

            それでね。

             

            そのバラの花束は家に持ち帰られたのち、丸一日玄関に置かれたまま

            家の中に持ち込むことができなかったのでした。

            気持ち悪くなっちゃうんですよ、見るだけで。理性に反して、気持ちと体が拒否る。因果だなあと思う。

             

             

            理由を聞けば、そのくらいのことでというようなことかもしれない。

            でも、こういうことがピラミッド状に蓄積してしまっているから、小さなことも体調を崩す大きな理由になってしまうのが、母子確執の難しいところじゃなあと思う(で、ちなみにこの手の関係性では体調を崩すのは、常に娘のほうでもあるわけですな)。

             

            以下が、母と娘の赤いバラの事の次第。

             

            数年前、突然母に

            「還暦のときあんたに何もしてもらってない」と言われる。

            「Mさん(元夫)は食事に連れていっておごってくれたのに。あんたには何もしてもらえなかった」と口を尖せた。

             

            あれ? そうだっけかなあ。

            母に責められたら、脊髄反射で自分を責める癖がついているので、そんなことあるかなあと思いつつ家に帰る。

             

            数日後、突然思い出した。

            真っ赤なバラを60本、贈ったじゃないか。

            それで、それをいたく喜んだではないか、母は。

             

            後日「贈ったよね」と話すと、「えー!?」と顔を曇らせて、「そうだったかしら」と言うので

            なんだかひどく悲しくなって帰った。

            娘がしたことは何も覚えておらず、その娘を殴ってCT検査で被害届を出しなさいと医者に言われるような(実際には反逆が怖くて出さなかったけど)怪我を負わせた元夫が「食事につれていってくれた」ことは覚えているのか。

            そもそも、その食事会は私が夫に同席をお願いし、店の予約も私がしたものだ。

            私の母親の還暦の誕生日にみんなで食事に行こうと言い出すような人では、なかった。

             

            どんなに頑張っても

            どんなに努力しても

            認めてもらえないどころか、忘れられ

            私を痛めつけた人が美化され

            それを口実に責められるって

             

            まあ、なんかそんなことばっかりじゃったよ。ふん。

            というわけで、真赤なバラ60本というのは、なんともやるせない思い出となった。

             

            その赤いバラを、母は持ってきた。

            理由は「あなたに赤いバラをもらって本当にうれしかったから、あなたにも同じものを」。

            忘れてたくせに>笑。

            でもその本数は、半分の30本だった。理由は

            「高かったから」。

             

            高くてもったいないから、60本買うぐらいだったら、半分は現金で渡すほうが喜ぶと思った、と。

             

             

             

            もうね、なんかうまく整理できない。

             

             

            そもそも赤いバラは母が大好きな花だったから、贈ったのだった。

            たとえ区切りの年齢のシンボルだったとしても、私をよく知っていれば、私は赤いバラの人ではないことぐらい、身近な人なら誰でもわかる。

             

            母はとてもシンプルに、子供っぽい発想でこの花を贈ってきたのだと思うけれど

            ぐちゃぐちゃに殴られて病院から戻った私に「殴られたのはあなたにも原因があるんじゃないの? 私だってたまに話していて感じ悪いと思うことあるから」としれっと言い放ったこととか(母に対して感じ悪くなるのは、母が無謀なことを求めるからなのに。。。)

             

            もともとは忘れ去られていたことが言い訳のように持ち出され、でも数は半分で理由は高いから現金でもらうほうがうれしいだろう、って、

             

            あまりに多くのメッセージが赤いバラにこめられすぎていて

            それを家に持ち込むことさえ辛くて、半日体調を崩したのだった。

             

            あほか、と思う人も多いと思う。

            母との確執がない状態であれば、これはちょっとした笑い話であり

            「なんだかかわいい愛すべきおかあさんね」ということになるわけで、実際母を「愛すべき人」と認定する人も多い。

             

            でも、母子の間に蓄積されてしまったことは、この歳になっても、たまにこうして噴出して心身を苦しめたりするわけで。

             

             

            とりあえず、30本の赤いバラは1日玄関に置かれたのち

            小分けにしてドライフラワーにすることで、なるべく目にすることなく、でもないがしろに捨てたり枯らすことで罪悪感を抱えることもなく、いま平和に家の中にぶらさがっています。

             

             

             

            これが母と娘の赤いバラのお話。

             

             

             

            さて、これには後日談もあり。

             

            数日後。

            はれ? と思い出す。

            還暦だったっけ? 母が還暦の時って、まだ近くに住んでいなかったんじゃなかったっけ。

             

             

            じっくりと記憶をたどって、ぼんやり思い出したのは

            「あんた覚えているかどうかわかんないけど、私今度喜寿だから。そういうときぐらい、何かしてくれったっていいんじゃないの」

            というような電話をもらい(念の為言っておくけど、誕生日は毎年きちんと食事会したりものを贈ったりしている)、

            これはいつもと同じ感じのものでは満足してもらえそうにないと、バラの花を77本贈った、、、、

             

            かもしれない。

             

            もしかしたら、古希だと言われて、70本だったかもしれない。

            この家から注文したのだから、母はとうに60歳を超えていたはずで

            いずれにしても、赤いバラを贈ったのは還暦ではなかったのでした。

             

            還暦は彼女が言うとおり、家族で食事会をしたけれど、赤いものなんて死んでもヤダ! などと言い放ったために特別なものを贈ることはしなかったのだと、いろんなことがぼんやりと思い出されてきて

            まあ、お互い様でどちらも記憶はうろ覚えだ。

            ちゃんちゃん、という顛末なのでした。

             

             

             

            笑い話だけどね。

             

             

            これ書いていて、赤いバラの花束であのとき気持ち悪くなってしまった一番の原因は

             

            私を長年痛めつけた人に「食事連れていってもらった」ことだけを覚えていて(繰り返すがセッティングは私だ)、

            まあ、還暦であろうが古希だろうが喜寿だろうが、これだったら絶対喜んでもらえると頑張ったことは記憶に残らず

            「あんたなんて何もしてくれなかったじゃない」の記憶しかなく

            どこまで頑張っても何をやっても認めてもらえないという幼少からの蓄積が

            ぜんぜん私らしくない赤いバラ30本+30本分の現金封筒をきっかけに、噴き出してしまった、ということなんだろうと思います。

             

            でもね、彼女は彼女なりに私を賢明に育てたし、心を配って愛して、生きることを頑張ったのは確か。

            特に年をとった最近は、素直に私のことを認めて褒めてくれるようにもなった。

            それなのに、過去のさまざまな蓄積に、娘としていまだ苛まれて関係を保てない悲しさ、恐ろしさ。

            親子問題って、なんて底知れないんでしょ。

             

             

            あれ、母これ読むのかなあ。

            昔は知られることが恐ろしくて、だからうちわでの話以外でこの手のことは書かなかったけど。

            もう年も年だから、伝える必要もないし理解して欲しいとも思わない。

            でも、私が公に口にする自由は、そろそろあってもいいかな、と。

             

             

            また、たまに書くかもしれません。

             

            書いたらスッキリしそうなもんだけど、書いたら体調悪くなる。今も背中が鉄板背負ったように重くなっている。

            父の問題は、亡くなったらすっきり解決するかと思っていたら、亡くなったことで「いつかわかり合える」という希望のようなものが絶たれたことで、逆に考えないことで生き延びてきた辛い記憶が鮮烈に蘇ることが増えました。ほんと人の記憶は不思議。

             

            でも、放っておいても昇華には至らないので、ある程度の整理は必要かと思う次第です。

            心の中に鬱積しているものは、少しづつ整理しないとアカン気がしています。

             

            今日はお目汚しでしたね。

            ではまた!

             

            category:Dairy Tokyo | by:武蔵野婦人comments(2) | - | -

            VUCAな私とレジリエンスらしい時代と。そして未来に思うこと。

            2020.06.10 Wednesday 07:16
            0

              コロナ以来、東京アラートだのソーシャルディスタンスだの、横文字花盛りのこのごろですが。

              時代は、VUCAなのだそうだ。

               

              Volatility(変動)、Uncertainty(不確実)、Complexity(複雑)、Ambiguity(曖昧)。

               

              もとはアメリカの軍事用語だったらしいが、最近はいろいろな場面でちょろちょろ聞くようになった。

              つまりは、予測不可で何が起こるかわからない時代なので、まあ、そう思って備えたり蓄えたり、発想を転換しましょうということなのだと思う。

               

              んで、そういう時代に必要とされるのが

               

              レジリエンス

               

              ということらしくて、横文字タイトルのビジネス誌あたりでこんな言葉が花盛りっぽくなってきてた。

              レジリエンスって

              なんだそりゃ、と思っていたら、しなやかさとか弾力性のことで、危機的状況やストレスでポッキリと折れてしまわないための心の強さみたいなものを言うのだそうだ。経営面で言ったら、危機管理大事よねってことになのかな。

               

              日本語でぴったりのものがみつからないのかもしれないけど、しなやかな心とか、柔軟な経営とか、そういうんじゃだめなのか。

               

              つまりは、予測できないことがじゃんじゃん起こっちゃうから、頭柔らかくして、柔軟に生きないとねってことで

              そんなのあまりにも当たり前のことだと思うんだけど、まあ、そういう風に時代が変容中なのだ。

               

              (時代が変容しているというのなら、もうこんなわけわかめな横文字で煙に巻くのも、やめりゃいいのにさ)。

               

               

              さて、コロナワールドにもだんだん慣れてきて

              前のブログで入院セット作ったよー! なんて言っていた私も、意味もなく落ち込んだり体調不良に陥ることがなくなった。

              不安は、共存すると日常になる。

              不安という雲が晴れてきたら、なんだか新しい日常が始まっていた。

              今日はそんなことを書いてみようかと、久しぶりに思った。

               

               

              私はといえば、3月頭にフランスから帰国して以来、もう電車に乗っていない。

              (正確には3月11日に、一度だけ4駅分だけ乗った。東日本大震災のあった日だったので、友人と陰膳で一献するために)

              人ともぜんぜん会っていない。

               

              3月に予定していた地方滞在、4月に予定していた地方でのレジデンスはすべてキャンセル。

              講演の仕事は飛び、普段の仕事量も減った。

              秋のフランスでの展示、来年初頭のパリでの展示予定もすべてキャンセルとなり

              本来なら今頃汗水たらし刷っているはずの版画の制作もストップした。

               

              もうなんだか、すべてが、止まった。

               

              すべて止まって、家にいて

               

              最初の2,3週間が不適応で体調もメンタルも不調という時期を過ごし

              (そのプロセスが、前回と前々回のブログでいろいろ書いてある@自分)

              その後はなんだか

              さっぱりした気分で平穏になった。

              本当に不思議だけれど、ストンと平穏になった。

               

              そもそも、動きすぎていたんだ。

               

              1日家にいる日が続いたら、あかん、どこかに出かけなくてはと思っていた。

              仕事が減れば、増やす努力をし

              誰にも合わない日が続けば、会いに行った。

              知らないうちに、心の中にずっとそんな「動」のトリガーみたいなものがうごめいていたんだ、と改めて思った。

               

              たぶん、社会に出てからはじめて

              「動かなくていい」時間を過ごしているのだと思った。

              これは、もうむちゃくちゃ、ラクだ。

              なんでこんなラクなことを今までしてこなかったのかと思うけれど

              それは、周りがみんな動いていたからだ。

              周りの誰も動いていなければ、動かないでいるのはこんなにもラクなものなのか、と思うのだった。

              人って不思議。

               

               

              ただ、シングルでフリーランスの立場は

              動かずに止まってしまったら収入も人間関係もなくなってしまう。

               

              その不安はないのか、と問われて

              冒頭のVUCAの言葉が頭に浮かんだ。

               

              ああ、そうか。

              もう

              自分の人生がこれまであまりにもVUCAだったので

              ずいぶん前からすべてがVUCA仕様だったことに気づいたんだった。

               

              Volatility(変動)する収入

              Uncertainty(不確実)な仕事や契約

              Complexity(複雑)な人間関係と

              Ambiguity(曖昧)な社会での立ち位置

               

              以前、「2年後の旅行」に誘われて、続々と参加者が集まるのを見て

              2年後にその旅行に行けるだけの経済的余裕があるかどうかなんて、今わからない

              とか

              そもそも病気になって入院しているかもしらん

              とか

              親の介護で身動き取れないとか

              ってか、2年後にまだそこに行きたいと自分が思っているのか?

              とか

              そういうことしか頭に浮かばない自分しかおらず

              当たり前のように今の自分の延長線を2年後、3年後に描ける人ってすごいなーと思ってしまったりしたのだった。

               

              つまりは、あまりに先が見えないので

              今日収入が途絶えるとか

              仕事がなくなるとか

              自分や家族が突然病気になったり事故に合うとか

              それ前提で少しづつ、人生整えてきちゃったので

              いま、いろんなものが止まってしまっても、転げ落ちずになんとかやっている。

               

              あとは、もう人生あれもこれもなんでもありな展開満載だったので、予想外のことが起きても、もうあまりびっくりもしない。

              自分にヒビが入ったり浸水したり破れたりはするけれど、貼り直したり時間をかけて乾かすことはなんとかできて、ポッキリ折れたり、割れたりはしない。

              もうこれはね、戦略的にやってるんじゃなくて

              結果的にしかたなく、こうせざるを得ずになんとかやってきたことなのだよ。

               

              いま社会の中には本当に大変な思いをしている人もたくさんいて

              そんな中で「なんとかやっている」というのは、それは本当に幸せなことなんだと思う。

              ただ、その「なんとか」は、これまでのピンチの中で、本格的に転げ落ちてしまわないために地道になんとか積み重ねてきたことでもあったりする。

               

               

              あれ? 結局、レジリエンスってこういうこと?

               

               

               

              でもね

              もしこれが、VUCAな時代のレジリエンス なのだとしたら

              たぶん、これまで私達が生きてきた時代が向いていた方向とは、もうぜんぜん違うことなのだ、というように思う。

              見ている未来も
              とらえている現実も
              そもそも、そのテンションがまるで違う。

              不確定な時代を生きるためのしなやかさ というのは確かに必要だけれど

              それは

              ろくろ回すスタイルのプロフ写真のような人がビジネス目線で語ることではなくて

               

              もうね、そういうんじゃない人たちが

              違う言葉で語りだすことなんじゃないか、と

               

              うまく全然言えないんだけど、思うんだよね。

               

               

               

               

              VUCAから生まれてきたレジリエンス(もう呪文みたいだけど!)には

               

              よくわかんないんだけど

               

               

              その根底に 哀しみが 潜んでいるような気がする。

               

               

               

              これまで未来が語られるときにあった

              希望とか、力とか、発展とか

              権力とか、所有とか

               

              そういうテンションではまったくなくて

              だから

               

              そういう視点でまだ物事を見ている人たちが、コロナの時代を生き抜くためのレジリエンスとか言うのを聞くと、

              なんだか無性に違和感を感じてしまうのかもしれない。

               

               

               

               

              哀しみの視点からは、慈愛が生まれ出る気がするんだー。

               

               

              だから、これからの時代を扱えるのは

              哀しみの場所から生まれた慈愛の視点を持つ人なのだろうと

               

              そんな風に思っている。

               

               

               

              いまリーダーシップを取れているのは女性首相のいる国だという人もいるけれど

              それは彼女たちが女性だからというよりも

              どれだけその生い立ちや視線の中に「哀しみ」を内包してきたか、の違いはあるように思う。

               

               

              自分はもう旅の終盤のVUCAなレジリエンスとして去りゆく心境だけれど

              こんなしょうもない、でもおもしろすぎる世界を

              なんとかこれからも生きていく

              若い世代のレジリエンスたちがどんどん生まれて欲しいなーって思う。

              コロナで生まれた唯一の希望は、そこ。

               

               

              まあもうね

              世代交代なのよ。

              老兵去れ。

              一気に去れ。

               

               

              最後はここか。

               

               

              今日もとりとめなかったです。

              とりあえず、今日も家にいます。

               

               

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              Covit-19とメンタル リスクヘッジと受容、反復作業でこころを守ること

              2020.04.07 Tuesday 14:55
              0

                ずいぶんと長く対策を引っ張られたことで、こころの体力のメーターが激下がりしだしている人も多いような気がする今日。

                 

                まだまだ続くよね。

                ひと踏ん張りじゃね。

                 

                さて、前のブログを書いてから数日の間に、やってみたことがある。

                まずは、入院セットを作る、ということ。

                 

                 

                これはネットの友人から教わった。

                感染が判明したら、ゆっくり入院準備をする時間はたぶん、ない。

                さらに、家族に準備させて病院に届けさせるリスクを考えると、いつ何が起こるかわからないという前提で、準備をしておくほうが安心なのだと思う。

                運次第で、軽症で済むかもしれない。

                その場合、運が良ければ隔離宿泊施設に行くことになり、2週間は帰ってこれない。

                なので、2週間は乗り切れる分のものをバッグにつめて、枕元に置いた。

                 

                運がよければ罹患せずにこの事態を乗り切るかもしれない。

                でも、運が尽きれば、この入院セットを持って家を出たまま、もう家に戻ることがないかもしれない

                そこのリスクヘッジまで、考えようと思った。

                このあたりは、昨年がんを患ったときにプロセスを経験しているので

                抵抗なく取り組める。

                最低限の個人情報をまとめて、家族にわかるようにしておく。

                 

                 

                パソコンのデスクトップにも緊急ファイルを設定して、ブログ類のパスワードの管理もアプリに記憶させている。

                いざとなったら、このファイルを開ければ、とりあえず一通り、なんとかなる。

                 

                これは今回のウィルスに限ったことではなく

                たとえば外出先で急に倒れたり事故にあったりしたら

                誰が病院に身の回りのものを届けてくれるのか、というリスクヘッジにも当てはまるよね。

                実際、以前救急車で運ばれてそのまま入院というアクシデントがあった時

                自宅のどこにパジャマや下着があるのか、そのどれを持ってくるのかというあたり。

                まったく指示できない自分がいて、全部新しいものを買ってきてもらったという前例がある。

                んだ。

                まったく持ち物が整理されていないのだった。家の中の。

                 

                ということもあるので、ほんと

                いつ何が起こるかわからないという前提で、準備をしておくのは大切なことで

                不思議なことに

                最悪な事態を真面目に想定して、リスクヘッジとして対応策を用意すればするほど

                心は落ち着いてくる。

                 

                つまりこれが、人が有事に直面したときの心が

                 

                否定と拒否 から、 受容 に移行していくプロセスなのかもしれない。

                 

                ・否認

                 

                ・怒り

                 

                ・取引

                 

                ・抑うつ

                 

                ・受容

                 

                長引く政治的な駆け引きみたいなものの中で、怒りから抑うつの間を行ったり来たりしていた数週間だったように思う。

                そして、それはこれからも続いていくのだと思うけれど、

                どこかで受容しなければ、こころが先に壊れてしまう。

                 

                ということで、前のところにも書いたように、睡眠や情報のコントロールをしつつ

                 

                 

                まあ

                起きてしまったらどうするかといったあたりのリスクヘッジを

                淡々と行っておくというのは大事なことなのかもしれない。

                 

                入院セット、おすすめです。

                なるべく前向きに、かわいいパジャマとか、きれいな色のタオルとか。入れてみて。

                 

                 

                その上で

                日々の暮らしを支える反復作業のようなものも、ひとつあるといいなあと思っている。

                 

                私は少し前から、フランス語の問題集を解くようになった。

                いろいろ勉強法などは工夫しないほうがいいこともわかった。

                ただ、ドリルを開く。数ページひたすら解く。

                繰り返す。

                あとはパズル。携帯のゲームみたいなもの。

                 

                絵を描くといった創造性が必要なものは、意外とこころのエネルギーを奪っていくので

                こういう時は単純な反復作業がいいのかもしれない。

                 

                 

                昨年、少しバランスを崩した時に、毎日ただひたすら

                般若心経を写経したことがある。

                一日1時間。お手本を見ながら、ただただ同じものを書いていたら

                数カ月後に、自分が書く筆字がすっかり変わっていて、驚いた。

                毎日ただただ1時間。

                前向きに何かを繰り返していると、数ヶ月後に何かが起こるんだ、と思った。

                 

                そんな記憶があるので

                今はただただ1時間

                いま一番できそうなことを繰り返している。

                 

                 

                 

                やっている間、心が落ち着く。

                どこかで運が尽きて自分の時間が途切れてしまうことがあったとしても

                いま、取り組んでいる気持ちが楽しくて心地よければそれでよくて、

                 

                さらに

                 

                未来に時間がつながったときに

                それは必ず、なにか別の力になっていく。

                これまでと同じ未来を想定していると、できなくなったこと、予定が立たないことにフラストレーションを感じてしまうけれど

                どんな未来がやってきたとしても、その時にちからになるものが、きっとある。

                そんな風に、そこはかとなく未来につながるものに淡々と関わり続けるということも、大切な気がして。

                いまは、そんなことをする時間なのかなあ、なんて思う。

                 

                 

                ということで、へこたれたり、浮上したりしながら、まだまだでこぼこと生きよう。

                受け入れて、リスクヘッジをしたら、あとは反復作業。

                しばらくはこれで。

                 

                また書きます。

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

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                Covit19とメンタル-2 対策まとめと、無理矢理にでも寝る方法について

                2020.04.03 Friday 11:51
                0

                  前回のブログで、covid-19によるメンタル不調が起き始めたら、どうしたらいいんだろうということを書いた。

                  こういう時にメンタルをやられがちな人(私。でも多かれ少なかれ、いままったく平気だよんという人は少ないように思う。たまに、いるけど。でもそれもいつ変わってしまうか、わからない)は、今のうちにちゃんと自分に優しくしておかないと、と思ったからだ。

                   

                  これは欧米で行われているロックダウンによる、自宅閉じ込めへの対処とも通じるかもしれないけれど、日本の場合は明確な示唆がない分、自己判断や自己責任が問われて苦しいという、別の状況もあるように思う。

                  コントロールしている政府への信頼度のあたりも、個人的ばらつきがあるので、まあ、メンタルヘルスとしてはとにかく、いろいろ試してみるに越したことはないのかもしれない。

                   

                   

                  ということで、前回書いたのはかいつまんで以下のようなこと。

                   

                  1,テレビやネットで流れるニュースをシャットアウト

                    課題:信頼できる最低限の情報をどこから得るか、ということ

                   

                  2,友達とZOOM飲み

                    これはその日の夜に11人ぐらい集まって、やった。

                    しゃべるのは、いい。ラインやチャットなど文字もありだけど、声を出すという行為そのものが、効果あるんだと思う

                   

                  3,アロマ

                    スィートオレンジやベルガモットが効く気がする

                   

                   

                  それで、なにかほかにもいい方法があったら教えてねーと呼びかけたら、いくつかのアドバイスを頂いたので、書き留めておきます。

                   

                  * からだを適度に疲れさせる

                    ウォーキングなど。ジムは閉まっているので、you tubeでいろいろ探すのもいいかもしれない

                   

                  * 難しいダンスを覚える

                    できたときにドーパミンがどばっー

                   

                  * 自然回帰、土いじり、庭仕事

                    東京のマンション住まいではなかなか難しいこともあるけど、これがあるとないとで大きな違いはあると思う。

                    私は「火の指」というやつで、料理が好きだが植物はみな枯らすという人間なのだが、これを機に変身できるじゃろか。

                   

                  * 深呼吸

                    これ大事

                   

                  * ハーブティー

                    ほか、漢方薬とかいろいろアドバイスいただきました。自分にあうものをみつけたい

                   

                  * からだを元気にしてくれる食べ物

                    バナナとか。このあたりはいろいろみつけられそう。

                    昨日ドンキに行ったら、じいさんが山盛りのR-1を買い占めていた。買い占めは、あかん。

                   

                  * 笑う、心の底から

                    東欧などシビアな歴史を経てきた場所に生まれる、笑いの文化みたいなもの、すごいと思います

                    それぞれのツボで笑えるなにか、確保しておきたい

                   

                  * 規則正しい生活

                    家にいたとしても、自己流のスケジュールを作って同じタイムテーブルで過ごす

                   

                  * 寝る、とにかく、何もしないで寝る

                   

                   

                  みなさん、本当にありがとう。

                  引き続き何かあったら教えてね。

                   

                  再発見は、アロマが効く人にとっては、やはりスィートオレンジやプチグレン、ベルガモットのあたりがとてもよく効くということ。これはまた別途書いてみようと思う。

                   

                  さて、いろいろアドバイスをもらったので、自分なりに自分にあったことを少しづつ試して行こうかなー。

                   

                  深呼吸と、頭をあまり使わずに黙々と体を動かせるというのも大切だと思う。

                  今日から、単純作業で動けることを試してみようかなという気になっています。

                   

                  そして、なによりも。なによりも。

                   

                   

                  寝ること。

                   

                  ただ単に「疲れている」なら、寝られるだけ寝るということもありだけれど

                  一度バランスを崩してしまうと、この「寝る」ことが一番むずかしいことになっていってしまうので

                  侮らずに、「寝られる」「眠れる」ことの大切さは忘れないようにしたいなあと思う。

                   

                  とにかく眠れてさえいれば、なんとかなる。そう思う。

                   

                  ということで、以前にもどこかで書いた「無理矢理にでも寝る方法」について。

                  改めて再掲しておきますね。

                   

                  (私の友人から教えてもらった方法です)。

                   

                  前準備

                  1,寝室の環境を整える。

                    枕やシーツ、クッションの手触りや色はとても大事

                    湿度、温度を快適に保ち、照明はダウンライトなどを利用して明るくしすぎない

                   

                  2,寝室は、寝るためにだけ使う

                    テレビを見たり読書をするためのしつらえにせず、寝る以外のことに使わない

                   

                  3,一日の仕事が終わったら、そこからは「寝る」ということを一番の目的として過ごしていく。

                    食事も入浴も娯楽も、すべて眠りに向けての準備と思う。

                   

                  4,気分の上がるパジャマを用意する

                    パジャマは「寝るための衣装」なので、寝る直前に着替えること

                    決して部屋着をパジャマにしないこと。

                   

                  帰宅以降

                  5,寝る3時間前に食事を済ませる

                   

                  6,アルコールは控えるか、できれば飲まない

                    同時に、カフェインなどの刺激物に弱い人は、これも取らない

                   

                  7,テレビやネットのニュース、犯罪や事件物などのドラマや映画を見ない

                    本も読まない。なるべく脳に刺激を与えない工夫を。

                   

                  8,お風呂は寝る1時間前には済ませておく

                    アロマを垂らしたり、お気に入りの香りのソープを使うなどして、ゆっくりと入浴する

                    浴室の照明を暗くしたり、ろうそくを使うのも○

                   

                  9,ゆっくり爪のお手入れをしたり、マッサージをしたりしてのんびり過ごす

                   

                  あとは、寝るだけ!

                   

                  9,寝室にアロマを焚き、薄暗くしておく

                    ラベンダー、ゼラニウム、クラリセージなど、安眠を誘う香りを選ぶこと

                   

                  10,寝る直前にパジャマに着替えて、寝室に。

                    このとき、「ああ、これからあの素敵なベッドで寝るんだ。なんて楽しんだろう」と思ってみる

                   

                  11,寝付きにくい人は、「入眠の音楽」を決めてみるのも効果的

                    私はグレゴリオ聖歌を使っている。

                    寝室に小さな音で流しながら、目を閉じる。

                   

                   

                  以上です!

                   

                  ああ、めんどくさいと思う方もいるかもしれないけれど、まあ、しんどいときはこのくらいしないと眠れません。

                  寝る前に温かいもの飲むとか、ちょっとした瞑想するとか、その程度ではだめで

                  日が暮れたあとはすべて、寝るという大きな目的に向けての準備時間として使うぐらいの意気込みが必要です。

                  でも気合を入れられたら、かなりの確率で成功するので、困ったときに試してみてね。

                   

                   

                  特にかわいいパジャマを買って、寝室に入る直前に着替えることと

                  寝室を寝る目的以外に使わないこと。

                  これ、意外と大きいです。

                   

                  また、夜の時間を情報収集や娯楽、コミュニケーションに使わず、オイルマッサージとか、爪の手入れとか

                  自分を大事にしてあげる技術を身に着けて自分を労る時間にするのも、とても効果があります。

                  また、最後の寝る儀式のための音楽を決めておくのも、頭にいろいろな考えが浮かぶことを阻止してくれる効果があります。

                   

                   

                   

                  なんかすごく呑気で優雅に見えるようで、私には到底ムリ! という方も多かったのですが

                  内情としては死活問題で眠らなくてはいけないときにやる方法です。

                  これを教えてもらったことで、本当に、本当に救われた日々がありました。

                   

                  人それぞれかと思うけど、よかったら試してみてね。

                   

                  それではまた!

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                  category:Dairy Tokyo | by:武蔵野婦人comments(0) | - | -

                  Covit19で起こるメンタル不調にどう向き合えばいいのか、ってことについて

                  2020.04.01 Wednesday 16:38
                  0

                    コロナウィルスによる症状悪化は、一瞬に起きて治療が追いつかないのだという。

                    多くは軽症だとか、若者はかからないとか、そんな風に思っていた頃とは状況が一変してきた。

                     

                    それで、自分自身のことでいうと

                    微妙な時期のフランスからの帰国(実際には問題ない時期に帰ってこれたし、帰国後1ヶ月近く経って何事も起きないから問題なかったのは確かだとは思うけれど)のあと、一日単位でジェットコースターのようにメンタルの状態が変わっていくので

                     

                    これはどこかに書いておこうと思った。

                    ということでしばらくぶりにブログの画面を開いている。

                     

                    結論からいうと、この2日間、夜中に目覚めて得も言われぬ不安でさぶいぼ立つような状態になり、なかなか眠れないということが続いていて、日中もたまに、身体中の細胞が泡立つような不調感が襲ってくるようになった。

                    先週までは、もうちょっと軽い「漠然とした不安感」だった。

                    その前の週は、かなり呑気に暮らしていたので、ここ数日の変化はかなり大きいなと思う。

                    おそらく、この状態は気をつけておかないと、あっといういう間に心を蝕む。

                    これから長期戦でうまく付き合っていかなければならないような気がして

                    それで

                    有事のメンタルケアについて、ちょっと考えておかなくちゃいけないと思うようになっている。

                     

                    有事というのは、今まさに世界が直面していて

                    日本があまりに呑気でズブズブな状況の中で崩壊寸前にまで至ってるCovit-19のこと。

                     

                     

                    それで思い出すのが、911のときのアメリカや

                    311の東日本大震災とFukushimaの時のことだ。

                     

                    この時に、メンタルを壊した人も結構多かったのではないか、と思う。

                     

                     

                    私は、311で盛大に壊れた。

                    被災もしていないし、そのために誰かを失ったわけでもなく

                    ただ、東京で計画停電の暗闇の中で右往左往した。

                    そのくらいのことで、なぜ壊れたんだろう。

                    壊れていく自分に対して、情けないという気持ちや、何も起きていないのに弱くてみっともないという気持ちもあった。

                    何より、被災している人、亡くなった人に申し訳ないという気持ちも大きかった。

                    私みたいなレベルのもんが、こんなことを前に、壊れたとか辛いとか言えるわけがない。

                    それで、抱え込んだ。

                     

                    抱え込んだものが、今でもたまに蘇ることがある。

                    夕暮れの道を歩いていて、震災関連の報道を見ていて

                    理由もわからず胸の奥底から泣きわめきたいような気持ちが湧き上がることが何度もあった。今も、ある。

                    ずっとずっと

                    もう長いこと封じ込められている、悲しみのような慟哭のような、対処しきれない感情がどこかに眠っているのだと思う。

                     

                    今回、Covitが起きたあとに、いくつかの理由がちょっとわかった気がしている。

                     

                    311で私が盛大に壊れた理由は、たぶん次の3つだ。

                     

                    1,元から場の生み出す不穏感などに同調しやすいHSP(Highly sensitive person)であること

                    2,地震が起きた時に自宅にいたので、津波等の中継をリアルタイムで見続けてしまったこと

                    3,東北に友人が多数いて、ちょうど1週間前に会いにいったばかりだったことと

                      帰京後にその子たちに、ものを送ったり代金をもらうというタスクを抱えた状態だったこと。

                     

                    1は元からの性質なので仕方ないので、付き合っていくしかないのだけれど

                    今回のCovitで自分が壊れ出しているのは、2と3の条件が重なっているからなのかもしれない、と思う。

                     

                    今回、いろいろな用事がありフランスでの滞在があった。

                    2月はまだ、アジア人がフランスでコロナ保菌者として差別されるという話が聞こえてきていたので、大いに情報を収集した。

                    そして、フランス滞在。

                    向こうにいる間、自粛ムードの日本に比べて、フランスはのんびりしたもので、危機感は少なかった。

                    海外からの観光客への対策を求めて、ルーブルが数日休館したけれど、対策終了ということで再開館したし、

                    週末はどこのバーもレストランも満杯で、大賑わいだった。

                     

                    ロックダウンしたのは、そんな状態から1週間後のこと。あっという間だった。

                     

                    *ロックダウン1週間前のサンミッシェルのレストラン街。特に危機感なく、たくさん人が出歩いていた。今の東京と、同じ。

                     

                    あの、呑気な街の風景の中に身を置いた記憶と

                    その後の急激な変化の様子が、ついこの間あった友人たちのSNSやメールでつながっていく。

                    「危機感がないまま、週末に出かけてパーティをしたり

                    選挙があってみんな集まったこともいけなかった。

                    いま、日に500人近くが死んでいる。医療機関はひどい状態だ。」

                    そんな話が毎日入ってくる。

                     

                    さらに、今回の渡仏で自分のフランス語の力の無さに落胆して、帰国後に集中してフランス語を勉強しだしたのもいけなかった。

                    毎朝、フランスのニュースを聞く。

                    イタリアの、スペインの、中東の惨状までが、ことこまかに報告されてくる。

                     

                    もとから敏感なところに

                    親密な関わりを持つ人達が多数住んでいることで、皮膚感覚に近い親近感を持つ場所に悲劇が起きて

                    それが気になるから映像やニュースや情報に触れ続けてしまう。

                     

                    加えて、フランスやベルギーのアーティストさんたちとのプロジェクトの最中で

                    ちょうどお願いしていたものを送り返してもらうというタスクの進行中でもあった。

                    現地と密につながっていること、そしてその間に未完のタスクを抱えていること。

                    311のときも、そうだった。

                     

                    こうしたことが重なって、徐々に気持ちの抵抗力が弱っているのだと思う。

                     

                     

                    でも、今朝のように体中にさぶいぼが立つような身体症状にまで出てしまうのは

                    それが徐々に、自分の身に迫ってくるという恐怖によるものなんだろう。

                    そして、その恐怖に対して適切なリーダーシップや対応が取られていないということへの

                    不安や怒り、焦燥感というのもあるのだと思う。

                     

                     

                    もうね、

                    東京のこの呑気な感じよ。

                    ライブカメラで世界を見てごらんよ。

                    誰も歩いてないってば。ほとんど。

                     

                    東京は、日本は。

                    日常がまだ普通に行われていることが、怖くて仕方がない。

                     

                    今朝、息子は普通に会社に行った。

                    駅前ではマスクを買い求めるための行列が、ぎゅうぎゅうとひしめき合った状態で100人くらいできていた。

                    さっき、テレビロケの収録の打診が来た。

                    3人で対談して欲しいという雑誌の取材依頼も来た。

                    なんなの。

                     

                    どうなってんの。

                     

                    フランスも、アメリカも大変だけど

                    国が保障してくれれば、店も学校も開けなくて済む。

                    どの国も大変だけれど、短期間で道筋を示して保障してもらえたら、あとはウィルスと戦う気持ちが残る。

                    実際に、フランスやアメリカの友人からは、大変だけれど連帯して協力しているよというメールが来たりもする。

                     

                    お金を払いたくないから、自粛という名目でじわじわと長期間、真綿で首を締めるように追い込んでいって

                    その先に待っていることは一体なに?

                    疲れ切って、自己責任で、私達は何と戦えばいいのだろう。

                     

                     

                    というような

                    この国で、自分がどこからも守られていないという絶望感のようなものが

                    そういえばたしか、Fukushima のときもあった。

                    メルトダウンしてたんだよね。あの日。強い風が吹いて、私が駅前を歩いていた時。

                    スーパーで買い占めが起きていたとき。

                    そして、本当はする必要もなかった計画停電で、かろうじて持ちこたえていた気持ちのバランスが壊れて

                    そのまま、からだのどこかで癒やされないまま残っている。

                    9年経った今も、東北は、Fukushimaは、未完のままだ。

                     

                    日本に生まれたこと、日本人として育ってきたこと。

                    自分のアイデンティティに関わることが、また試されている気がして。

                    今回のこれは

                    たぶん、もっと長く続き

                    下手をすれば

                    自分にとっては計画停電などというレベルではない

                    もっと身近な悲劇を生む可能性もあるから

                     

                    だから、

                    今のうちにちゃんと、

                    付き合い方を考えておかなくてはいけない、と思うのだった。

                     

                     

                     

                    有事の時のメンタル不調は

                    ただ、気持ちを切り替えるとか、おいしいものを食べるとか、気にしないようにするとか

                    そういう小手先のものでは乗り切れないと思ってる。

                    大切なのはわかってる。でも、それを確保してもなお、不調は訪れちゃうんだから。

                    さらに、今回はこれからどんどん人には会えなくなり、出かけられなくなるので

                    不調を回避していくのはとても大変なことのように思ってる。

                     

                    専門家の書いていることをググってみた。

                     

                    https://www.nhk.or.jp/kenko/atc_1168.html

                     

                    https://www.counselor.or.jp/covid19/covid19column2/tabid/507/Default.aspx

                     

                    https://dot.asahi.com/dot/2020031700024.html?page=1

                     

                    ほかにもいろいろあったけど、多くは睡眠や食事、規則正しい生活って。

                    上記では唯一、マインドフルネスの瞑想の習慣はよいかもしれない。

                    (ただ、本当に不調になったらこれもまったく効かない。この手のことはあくまでも、ごく初期の段階のみだと実感で)。

                     

                    なんかどれも似たようなことばかりで、だから結局そこが真理なのかもしれないけど

                    もうちょっと即効性がある、わかりやすいものが、ないんだろうか。

                     

                    何をどうしたらいいのか

                    これから少しづつ、ちょっと考えていってみようと思う。

                    気が向いたら、書く。

                    とりあえず、今日。

                     

                    1,まずは、2日間不眠が続いたので

                    今日はニュース等はすべてシャットアウトした。

                    (でもこの状況ではそれもアカンので、どうしたら必要な情報だけを取り込めるのかも模索してる)。

                    フランス語のニュースは聞かず、古い参考書を出して勉強するのみとした。しばらくそうする。

                     

                    2,仲間としゃべったら気が紛れると思い

                    今日の夜はZOOMで友達数人とバーチャル飲みをすることにした。

                    ただし、政府の対応への不満とか、海外の状況とか、その手のことを話すと寝る前に不安が増すので

                    まあ、アホな話をするようにするのがいいんだと思う。

                     

                    3,こういう時、アロマは想像以上にいいと改めて思った。

                    ちょいからだのバランスがおかしいと思ったら、精油のにおいを嗅ぐ。

                    いつもはハーバル系が好きだけど、こういうときはスイートオレンジとか、ベルガモットとか

                    明るくて甘い、オレンジ色を彷彿とさせる香りがよく効く気がする。アロマすごい。

                     

                     

                    ちなみに、ちょっと前から負担に思っていたTwitterは、もう見るのをやめて生活から追い出すことにした。

                    あそこにあるものを「情報」だと思うのはやめた。自分には必要ないものだ。

                    Facebookは身内だけなのでやっている。誰かがうれしそうにしていたり、おいしいものを食べていることを知るのはとてもいい。

                    少し前まではコロナ関係の情報などをシェアしていたけど、それはなるべく控えることにした。今日からそうする。

                     

                     

                     

                    311から、結局快癒できていないのだから

                    今回のことを元気に楽しくやり過ごすことなんて、結局はできないのかもしれない。

                    盛大に病む人も、これから増えるように思う。

                    災害時はメンタルケアは優先されるけれど、猛威を振るうウィルスの前では、健康な人間のメンタルケアの医療は後回しになりそうとも思っている。

                     

                    それでも、こころを病んだら抵抗力が落ちる。

                    健康な人でも、あっという間に、落ちる。

                    じわじわと気づかずに、やり過ごしているうちに、突然ドカンと襲ってきて、あれ? と気づいた時には、なかなか元に戻れなくなっていることも多い。

                    それは敵の思う壺だ。

                     

                    なんとか、乗り切ろう。

                    あきらめずに。

                    少しづつ。

                    そしてみんな、自分だけでなく大切な人たちを含めて、生き延びよう。

                     

                    この災いが去っていった時、何かが大きく変わり、大切なことが残ったと思える未来のために。

                    自分の心も、忘れないように守ってあげないと、と思ってる。

                    何か素敵な方法があったら、教えてね。

                    私もいろいろ、やってみるね。

                     

                     

                    いま世界で戦っている人たちすべてに祈りと愛を。

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                    category:Dairy Tokyo | by:武蔵野婦人comments(2) | - | -

                    孤独のグルメから「きのう何食べた?」、そしてはるみさんのこと。未来の小さな灯りをさがして、今年もよろしくです

                    2020.01.05 Sunday 10:01
                    0

                      あけましておめでとうございます。

                      気がついたらしばらく更新していなかった。理由はまた改めて。

                       

                      今年の正月は、風邪でダウンして6時間分の「きのう何食べた?」の録画をイッキ見したのち

                      毎年恒例の孤独のグルメを見て、

                      で、大好きだったはずの世界が、猛スピードで過去に遠ざかっていくのを感じました。

                       

                      そんなあたりで、ああ、ああ、時代は令和になったんだなあ、と。

                      つらつら思ったのでそんなことを一年のはじめに書いてみることにします。

                       

                      閉塞感半端ないこのごろ。

                      でもさ。

                      希望があるよね。

                      この先、私達が歩いていく先にあるべき世界について。

                      小さな灯りをさがして。

                      そんな気持ちで、とにかく今年もよろしくおねがいします。

                       

                      今年の正月は丸鶏鍋でごわした

                       

                      ===========================

                      先日、友人が

                      「改めてスタローンのロッキー1を観て驚愕した。

                       エイドリアンへの兄の暴言、ロッキーはストーカーか? 

                       それが愛情ってありえない。モラハラ、パワハラの巣窟で気持ち悪くなった。

                       私達の若いころって、こんな時代だったのか」 

                       

                      という趣旨の話をしてて

                      おー

                      それ、ほんとにな。 と思った。

                       

                      ロッキー1の公開は1976年。

                      この時代に「男」と「女」を生きていた世代が、いま企業の中枢にいたり、政権のあたりにいたりするんだけど

                      それは、男が女を力づくで言うことを聞かせて、それを愛と女も思い込んじゃうみたいな。そんな時代だった。

                       

                       

                      そのころ、私は向田邦子が好きだった。

                      あこがれの、女性だった。

                      なんというか、時代的に「ススンデル」先端の女性なんだと思ってた。

                       

                       

                      ケーブルテレビを契約したとき、その向田邦子のドラマがじゃんじゃん放映されていたので喜んで端から観て

                      驚愕した。

                       

                      なんだ、この女たちは。

                      なぜ桃井かおりは男がタバコを出したとたんにライターで火をつけるのか。

                      なぜ田中裕子は自分の意見をいつまでたっても口にせず、最後に家族に埋もれ、それで幸せだとひとりごちるのか。

                       

                      イライラした。

                      向田邦子さん本人は素敵な自立した女性だったけど、彼女が描き続けてきたのはこういう女性たちだった。

                      時代の閉塞感の中に生まれる、女のキラリとした自我や自由を、情緒豊かに描いたのだと思う。

                      でも、何一つ、共感できない40代の自分がいた。

                       

                       

                       

                      ま、そんなわけで時代は変わる。変わっていく。

                      ってか、変わらなくてはいけない。

                       

                       

                      ということで年末の「きのう何食べた??」を、私はじわじわ涙しながら観て

                       

                      それで、なんも見るものがなくなったので、ずっと大ファンの井之頭五郎の孤独のグルメに移動して

                       

                      それで

                       

                      え?

                       

                       

                       

                      なにこれ。

                       

                      と、途方にくれたんだった。

                      大好きだったはずの世界が

                      はるか遠くに走り去っていくのが見えた。

                       

                      これはもう、違うのだな、とはっきりと感じて

                      それで、心で小さく

                      さようなら、五郎さんとつぶやいた。

                       

                      時代は明らかに、令和になったんだなあ、と思う。

                       

                       

                      いつもスーツ姿で(それ以外見たことないぞ)

                      パソコン片手に飛び回り、大晦日も海外出張しつつ

                      それ、全部でカロリーどんだけ? の量の食べたいもんを注文したのち

                      それ、全部でいくらだったん? の解答ないまま

                      ふらりとアウエイのB級グルメを冷やかして歩く五郎さんと

                       

                      対して

                       

                      定時に戻って、スーパーでセール品をゲットし

                      毎日恋人のためにせっせとごはんを作り、二人でおいしいおいしいと食べ

                      家計簿をちまちまとつけて倹約しつつ

                      マイノリティであることの障壁と抗いながら

                      塩分とカロリーを押さえて、腹八分目で長生きしようねと

                      微笑み合うゲイのカップルの日常を

                       

                      時代の大きな変化として感じ取れない政治家や企業がいたら、ほんまあかんわと思う。

                      LGBTの設定の影に隠れているけれど(そしてそれもとても大事なことだけれど)

                      これはやっぱり、変容したしあわせの形がそれぞれのドラマに現れているのだと思う。

                       

                       

                       

                      五郎さんは、付加価値のある「モノ」を動かしている独身の独立したビジネスマンで

                      それは家族を持った企業のサラリーマンという昭和設定から見たら、十分新しい主人公像だったし

                      お酒を飲まないのも新しかった。

                      丼飯をおかわりして、味噌汁をズズズ、ズズと音を立ててすすり

                      最後は生卵をカチャカチャ盛大な音をたてて混ぜてぶっかけ、スワスワ、くちゃくちゃとかきこむ姿は

                      たぶん、「男の子がおいしそうにごはんを食べている姿」として共感を呼んだのかもしれない。

                      (私は彼の立てる音がとてもいやなので、絶対に一緒にごはんを食べたくないけれど)。

                       

                      きのう何食べた? のシロさんとケンジの食べるごはんは

                      倹約されながら家で作られていて、めったに外食はしない。

                      それを二人は、本当にきれいに食べる。音は立てず、かっこみもせず、おかわりもしない。

                      しらすとカブの葉の炒めものひとつに、壮大に喜んだりもする。

                      それが、男性二人で演じられていることに、とても大きな意味があるように思う。

                      シロさんが料理を作ると、ケンジは必ず説明をつけて「おいしい」と褒めて盛大に喜ぶ。

                      ここもとても大事。

                       

                       

                      語りだすとながーくなる(すでに長い)ので、まあ、そんな風に思いましたというあたりで終わりにしようと思うんだけど

                       

                       

                       

                      ここで、ちょい待て

                      それって昭和の時代の主婦たちがやってきたことでしょ?

                      男だから目新しいだけで、やってることは主婦と同じでは。と思う人もいるかもしれないので

                       

                      最後に栗原はるみさんで締めようと思う。

                       

                       

                       

                      はるみさんは今も、女性の憧れの的だ。

                      特に美人さんでもなく、彼女の作る料理が特に特徴があるわけでもない。

                      根底にあるのはただただ

                      「家族の笑顔が見たくって」だ。

                       

                      料理も掃除もインテリアも、すべて「家族の笑顔が見たくって」。

                       

                      暫くの間、私はこのフレーズがとても苦手だった。

                      そしてそれに群がる女性ファンを、本気で心配したりもした。

                      もし、私の笑顔のためだけにはるみさんのやってることを母に家の中でされたら、息が、詰まる。

                      料理はある種の支配でもあるので、「家族の笑顔」のために家事をするのは聡明ではない方法だということを

                      私は、よーく知っている。

                       

                      でも

                       

                      日比谷シャンテのはるみキッチンの店内で

                      木漏れ日の中

                      白っぽーいテーブルセッティングで健康的で美しい料理をうれしそうに食べている女性たちの一群を見ると

                      ああ

                      やっぱりはるみさんはアイコンなのだ、と思う。

                       

                      主婦として家族の食事をていねいに作るというアイコンと思われがちだけど

                      決して、そうじゃない。

                      はるみさんに影のように寄り添ってきた栗原玲児さんという存在込みで、彼女は価値がある。

                       

                      彼女を認め、励まし、お膳立てをし、自らの人脈をもって売り込み営業をし

                      一人前のアイコンに育て上げてくれた素敵なパートナーの存在を含めて

                      女性ははるみさんに憧れるのではないか。

                      栗原玲児さんの、はるみさんへの関わり方を知っている人なら、絶対にそう思う。

                       

                      キャリアを磨いて男社会で生き抜くストレスを引き受けるのは勘弁してほしい。

                      でも、ほどほどのよい加減に場所に、自分の立つ場所は誰だって求めている。

                      家族の笑顔のためだけに行われる仕事だけでは、それは得られないことは、もう昭和の時代でわかってしまった。

                      自分の感じる閉塞感の根っこにあるのは、自分にとっての「栗原玲児さん」の不在という現実なのかもしれない、と

                      女性たちはとっくに気づいているのかもしれない。

                      マネージャーとして仕事を生むことだけではなく、日々、おいしいね、すごいねと仕事を支え続けてくれることこそが

                      彼女の言う「家族の笑顔」だったのではと、栗原玲児さん亡き後、本当にしみじみ心に迫る。

                       

                      そういえば以前話題になった「逃げ恥」で語られた

                      「好きの搾取」も、名言だった。

                       

                      シロさんとケンジのカップルのように

                      それぞれが独立して仕事を持ち

                      役割分担はあっても、相手を認め、褒め、喜び、伝え合うことの大切さみたいなものは

                      シンプルで簡単そうに見えて、とても稀有なことで

                      それを維持するには多大なエネルギーも必要なのだと思う。

                       

                       

                      しあわせの形は社会側からは定義できないものなのに

                       

                      なにか一つの形に押し込めようとして

                       

                      それで取りこぼしてきてしまったものに

                      私たちはもう、ちゃんと気づいているような気がする。

                       

                       

                      スターウォーズも

                      ターミネーターも

                       

                      リメイクばかりでどうなのよと観に行ったら

                      ヒーローはすべて女性に置き換わって

                      世界を救うのは女ばかりになってきた。

                       

                      性別によるイメージで物事を考える時代はもう終わりで

                      私達はそろそろ、きちんと自分の足元を見なくちゃいけないよね。

                      世界は、そんな方向に動いている。

                      きなくさいことがいろいろあっても

                      やっぱり、そう信じたい。

                       

                      日本、頑張ってよ。

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

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                      • 12時間円柱を描きつづけてはじめてわかったこと。「気づく」までにはたくさんの時間がかかるのに、みんな先に教わってしまうんだね。
                        macohime
                      • 12時間円柱を描きつづけてはじめてわかったこと。「気づく」までにはたくさんの時間がかかるのに、みんな先に教わってしまうんだね。
                        ワンチン
                      • 12時間円柱を描きつづけてはじめてわかったこと。「気づく」までにはたくさんの時間がかかるのに、みんな先に教わってしまうんだね。
                        武蔵野夫人
                      • 12時間円柱を描きつづけてはじめてわかったこと。「気づく」までにはたくさんの時間がかかるのに、みんな先に教わってしまうんだね。
                        CORB
                      • 日本ではあまりウケない子がなぜこちらでもてるのか、というあたりがちょっとわかる気がしてきた
                        武蔵野夫人
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                        no name
                      • 母と娘の赤いバラ ー 母子確執による体調不良が娘にだけ残ることの不思議について考える
                        武蔵野夫人
                      • 母と娘の赤いバラ ー 母子確執による体調不良が娘にだけ残ることの不思議について考える
                        あおい
                      • Covit19で起こるメンタル不調にどう向き合えばいいのか、ってことについて
                        武蔵野夫人
                      • Covit19で起こるメンタル不調にどう向き合えばいいのか、ってことについて
                        キョウコ
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