習い事をする、ということ

2014.08.18 Monday 14:02
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    先日、ちょっとしたマルシェのようなものに参加して、自分の作った作品を並べていたときのこと。私にとって、こういう場所に作ったものを並べるのははじめてなので、勝手がよくわからずにいたんだけれど、お客さんにかけられたこの一言が、ずっとずっと気になって仕方なかった。彼女は、私がアメリカでアーティストの女性に教えてもらった方法を取り入れた作品を見て、こう言った。

    「あ、知ってますよ、これね。新色よね?」

    新色?



    最初なんのことかぜんぜんわからなかったんだけど、どうやら使ったワイヤーの色を言っているようだ。
    ワイヤーワークに使うワイヤーは、ほとんどがアメリカからの輸入で結構高い。日本では手作り主婦の聖地ともなっている貴和製作所やビーズショップなどのパーツショップでは、少なくとも3〜4年前まではほんの少しのスペースで一部のワイヤーを扱っていただけだったが、最近なんだかブームになったようで、一気に取り扱いスペースが広がった。
    言われてみれば、ピンクゴールドのワイヤーは、以前は売っていなかったと記憶しているので、どうやら最近日本での扱いが始まったということなんだろう。

    ”さあ、そうなんですか? 私はアメリカから直接買っているので、わからないんですけど” 

    と答えたら、一緒にいる連れの人に

    「こういうのね、私この前作り方教わったの。今度作ってみるわ」

    そう言って満足げにうなずいて、去っていってしまった。
    それから、ずっとその一言が気になって仕方ない。
    「あ、知ってますよ、これね。新色よね?」

    とてもうちひしがれたような、複雑な気分になった。
    なぜこんなに気になるんだろう、という理由がずっとわからずにいたんだけど、先日、ちょっと見えた気がした。

    彼女はきっと教室で先生にワイヤーワークを習っていて、そこで新色が出たということを知ったのだろう。
    知ってるものがあったから、新色だということと、作り方を知っていることを私に告げただけ。
    でも、私にはそれは、以下のような受け取り方をしてしまう内容だったんだと思う。

    例えば私が画家で、鳥を描いた絵を飾っている。
    そこにやってきた人が

    「あ、私この絵の具知ってるわ。ホルバインの新色でしょう?」という。

    そして連れの人に
    「この前ね、鳥の描き方をお教室で先生に教わったのよ。帰ったら描いてみるわ」

    と言って帰っていく。
    そんな感じ。
    なんというか、いる場所が違うんだな、という違和感。

    これまで、いろんな習い事やお教室に通ったことはあって、特にビーズとかワイヤーとか、その手のアクセサリーを教える教室で行われていることは、だいたいわかる。人間関係とか、師弟関係とか。
    で、私はそれがとっても苦手なので、自分で教える側に回りたいと思ったことはほとんどないんだけど
    (イベントなどでワークショップやるのは楽しいけどねー)

    あ、そうか。

    この手の習い事の多くは

    「どうやって作るか」 を教わる場所で

    「何を作るか」 を考える場所とはちょっと違うんだな、ってことにやっとこ気づいたよう。



    アメリカに居た時、とにかく繰り返し言われたのが
    「Creative mind」がいかに大切かということ。
    お手本の通りではなく、どうやって個性を入れてアレンジをするか、ということに
    教える側も教わる側も夢中になってた。

    ああいう感じが、日本ではあまり遭遇できなくって
    たとえばかなり前に私が教える資格を取った学校では、同じく講師の資格を取った女性が
    私が作ったネックレスを見て

    「オリジナルのデザイン? どうしてそんなものが考えられるの? すごいすごい」
    というので
    じゃあ何を作るの? と聞いたら、お手本がなければ何を作っていいのかわからない、と答えてびっくりしたことがある。

    その団体では、そういう女性達を対象に、日々、先生が作ったお手本キットを量産して
    それを講師資格を取った女性に売って、女性達はそういうキットを買って、生徒を集めて受講料を取って教える。
    そんなビジネスだということがわかって、すっかり萎えてやめてしまったけど
    市井で講師という教える場所にいる人の中には、そういう人も多いんだなあと、かなり驚いた。

    女性を対象にした習い事では、教わっている間は、自分の作品を作って売ってはならないという取り決めがあったりとか
    型紙やパターンの真似をしたものが出回ると、すぐ通達されてしまうとか
    結構面倒なこともとても多い。

    デザインの剽窃は、もちろん言語道断だけれど
    師弟関係があるうちは、教わった技術で自分なりのデザインを考えて何かを作ることも
    結構制限されてしまうこともある。

    そのくせ、何かが流行ると一斉に、みな同じ物を量産したりして
    どうにも手作り系、アクセサリー系の世界は妙な気分になることがとても多い。


    一方で、このところ私が技術を教えてもらっている銅版画や彫金では
    どんどん自分のブランドを作って売り出していけ、個展もやってやって、という雰囲気が強くあって
    教わっているのはあくまで技術なのだから、そこから何を生み出すかというのは、こちら側にゆだねられている。
    逆に言えば、生み出したいものがなければ
    技術を教わっても何の意味もないってことだ。
    (逆も真で、技術がなければ、イメージが形にならないわけで、これは相互関係にある)


    たぶん、私は後者のようなことをしたくて、手段のひとつとしてワイヤーの技術を身につけたんだと思う。
    でも、そうやってやっていることが、結局は前者のような見え方をされていることに
    ちょっとがっかりしてしまったんだろうな、きっと。
    自分が何一つクリエイティブなことができておらず、ただ「先生に作り方を教わった」としか見えないものを
    並べているんだということを、心底恥じたというのも正しいかもしんない。

    自分がいる場所は、自分で考えろ
    中途半端なことをしちゃあかん。

    かなり真剣に反省したのでありました。


    敷衍して考えてるんだけど
    そういえば、子どもが小さいころ、○○音楽教室ってところに連れていって、激しく落胆して
    こんな場所に連れていかないほうがよいと痛感したことを思い出した。
    チューリップの唄を歌いながら、折り紙でチューリップを折りましょうといわれて、
    青と銀色でチューリップを折った息子に、先生は
    「どうしたの? 青いお花はありません。葉っぱは銀ではなく緑です。折り直しましょうね」
    と、赤と緑の折り紙を渡した。

    青と銀色のチューリップ、私はうっとりして眺めていたのに。
    というか、チューリップを歌いながら、チューリップを折らなくてはいけない筋合いなどどこにもないのだ。

    何を生み出すかではなく
    手本どおりの技術を学ぶ。
    手本をはずれると、正される。

    子ども達の習い事にも、そんなセオリーがあるようで、とても息苦しいなあと思うことがある。
    Creative Mind を引き出すということに
    あまりにも無頓着なんじゃないかと思ったりする。


    「あ、知ってますよ、これね。新色よね?」

    居心地の悪い一言が、ちっともCreativeでなかった自分を教えてくれたから
    だから、そのあともずっとずっと、気になっていたんだと思う。
    プライドを傷つけられた気になっていたけど
    実際のところは足りない自分をつきつけられたことの、ざわつき感だったんだ、あれは。

    http://logmi.jp/19098
    「学ぶことを今すぐやめよう」

    ↑ 彼はアスペルガーだから、根っこのところはぜんぜん違う立場にいるけれど

    みなさんが何かを考えるとき、自分自身の創造的な方法で考えなければならない、すでに目の前にあるすべての物をただ受け入れるだけではいけない、ということです。

    という言葉に激しく同意した。
    日本の教育は、ただ受け入れることだけを要求してるような気がするよ。

    ということで、気持ちを入れ替えて、物作りをしようと思ったこのところでした。

    大事なのはCreative Mindよ! って繰り返し教えてくれたアメリカの人たちに感謝。
    そういうこと、子ども達にも伝えていきたいよなあ。



     
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    家は「私」の容れ物

    2014.06.04 Wednesday 10:34
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      昨年滞在していたテキサス州オースティンから、学生のお客さんがごはん食べに、我が家にやってきた。日本の普通の家庭で、普通の家庭料理を食べるという授業の一環なのだそうだ。

      おお、こういう企画はいいねええ。
      私も、海外で一番楽しいのは一般家庭に紛れ込んで、日常生活の一端にすべりこませてもらうこと。それが何よりも、その国を知るということにつながる気がするー。
      企画したせんせ、えらい!

      ということで、20歳の気持ちのいい若者テキサン二人を、我が家に招いてごはんを食べた。
      彼らがどんな土地で、どんな家に住んでどんな暮らしをしているのかを知っているからこそ、気になることはある。
      特にわが家は、気になる。

      何がって、「家の狭さ」が。



      おそらく、テキサスにはこんな小さな食卓はないのではないか。
      キッチンの小ささに、バスルームのせせこましさに、驚くんじゃないか。

      いや、それこそが日本の家庭でごはんを食べるという企画そのものなので、ありのままでオッケーなのだが、日本だってもっと広い家に住んで、大家族で大きな食卓を囲む家もある。
      何も好き好んで我が家の小さなテーブルでごはんを食べなくてもよかったのではないか。。。。。

      なんてことを、考えてしまうのじゃ、やっぱり私は。
      なんだろう、この「狭くてごめんねええ」みたいに刷り込まれた観念は>笑


      なので、鍵を開けながらこんなことを言う。

      「狭いよ、小さいよ。驚かないでね」


      で、やっぱり大柄のテキサンには、わが家のテーブルと椅子は、なんだかとっても窮屈に見えたりする。
      うちは特に、二人暮らしなので、使っているバタフライテーブルは、時に半分に折畳んでも用が足りるぐらいだ。
      なのに、フルに使っても、テキサン二人が座ると、とても小さく見える。

      そういえば、昨年オースティンに住んでいた時、ステイ先の友人が
      「テーブルを替えたい」と盛んに言っていたのを思い出した。
      え? 十分だよ、このサイズでと話すと、
      「よその家に行くと、こんな小さなテーブルで食事をしている家はほとんどないんだよー。
       もっと大きくて立派なテーブルが欲しいなあ。なんかこのテーブルだと、わびしい気持ちになるんだよう」
      と言うんだけど、そこにあるそれは、日本では普通のサイズとして使われている4人がけのダイニングテーブルなのだった。

      確かに部屋のサイズがでかいので、テーブルが小さいと、なんだかわびしいという気持ちはわからなくもない。
      そうして、いろんなものがでっかくなっていくのかもしれないなあ、なんて思ったもんだった。


      そういう場所から来た人たちなので、「狭いよ、小さいよ、ごめんねえ」なんてことを盛んに言ってみるんだけど



      帰り際に
      「どうだった? 日本のアパートは」って聞いたら、意外な答えが返ってきた。


      「アメリカの家は、大きすぎると思います」

      えー、そうかなあ。
      大きい方がいいじゃない、広い方が。

      「日本のほうが、Cozyで、家族が感じられて、居心地がとてもよいです」

      あー、そうか、そういう考えもあるねー。

      「アメリカの家で自分の部屋にいるとき、僕は時々孤独を感じます。広すぎて、とても寂しい」

      彼が言うには、広すぎることにも問題があり、家の中にいても家族が身近に感じられないし、寒いし、なんか孤独な気分になるのだそうだ。
      それに比べて、日本の家は、家族を感じることができて、とても安心する、と。


      言われてみて、あー、そうか。そういう視点を忘れていたなあって思った。
      人って、自分が支配できる相応の空間というのがあるように思うんだ。
      広い家に住みたいという野望はあるけれど、住んだらその空間を支配できない、管理できないと私は思ってしまう。

      この家を選んだ時も、これが一人で家事ができる最大サイズだと思った。
      (ちなみに、私は家が仕事場なので、仕事部屋の確保が必要なのがネックで、
      仕事部屋の確保がいらなければ、もっともっと狭くて十分だと思ってる)
      収納スペースは限りなく少ないけれど、この分量が、自分が管理できる最大級の量だとも思った。
      これ以上になったら、持て余す。
      何より、自分の気が家の隅々まで届かなくなる。

      本当は、もっともっと小さいに家で、もっと持ち物を減らしたい。
      もっと、自分の気の敷衍を減らしたい。
      最後はトランクひとつで、どこでも移動できる暮らしになりたい。

      無理のない自分サイズの容れ物に、自分の暮らしを入れる。
      そこに、家族の暮らしもすっぽり収まる。
      家のサイズって、実は限りなく深い意味があるように思ったりする。

      日本はとにかく家が狭いっていうのが、ほぼみんなの自覚みたいなことになっているけど
      一人頭15〜20平米ぐらいというのが、実はいちばんちょうどいいサイズなのかもしれないなー、なんて思うんだー。
      そのぐらいの広さを、自分で管理する。
      そこに収まる量だけを、持つ。
      そのぐらいの距離感で、家族とつながる。

      果てしない地平線の見える牧場や荒野で、お隣さんははるか彼方というような場所で生きてきた人たちと
      狭い場所にまとまって住み続けてきた私たちとでは、空間把握の仕方が違うのは当たり前で
      そんなところにある家をテレビや映画で見て、うらやましい、あんな家に住みたいと思ったりしたけれど
      もしかしたら、「自己認識」のレベルから違うところにあると思った方がいいのかもしれない。

      私はこのところ、ほぼ毎年フランスに行っていて、向こうでアパートを借りたりもするんだけど、ヨーロッパは古い石造りの家が多いので、日本みたいにすごくコンパクトで小さいアパートは結構多い。
      春に訪れたブルゴーニュの小さな村には、17世紀から立ち続けているアパートがいっぱいあって、そんな家は、想像を絶するほど狭い。階段も細くて小さくて、段差も多くて、キッチンなんて猫の額しかない。
      そんな家も、パリなど都会の人に、とても人気だったりする。なんというか、ちょい不便だけど、とっても居心地はよいのだ。



      狭くてごめんね、うちは狭いのよ。。。。。。。

      人を招くときもそうだけれど、特に仕事柄、取材が入ったりすると
      そんな言葉がつい頭をよぎることが多かったんだけど

      でも考えてみたら、コンパクトであることは、よいこともとても多いのだ。


      テキサスの若者がうちを評した言葉は

      cozy だった。


      そか、cozyって、すごくいい言葉だね。



      戦後の高度成長期に育った私の中には、どこかで自国を卑下する癖がついているように思う。

      狭いことは、よくないことだ、という刷り込みが、どこかにあるのかもしれない。
      それと、やはり家は「所有」と深く結びついているので、
      大きな家を所有していること、地価の高い場所に価値のあるマンションの部屋に住んでいること、
      などの前で、自分はちょいたじろいだりするのかもしれない。

      でも、豊かであるってことは、「大きさ」や「高価」であることとは別の場所にあって、
      身の程の場所の中で、自分らしく生きてりゃそれが一番なんだよね、当たり前のことだけどね。

      小さいけれど、居心地はいいのよ。
      家族の気配がいつも感じられて、とっても気に入ってるの。
      かわいい家でしょう?


      そうやって胸を張って、どこでも言える自分でいいんだな。

      散らかっているのよ、ごめんね、
      そうじしてないの、見逃して
      いつもはもうちょっとちゃんとしてるんだけど。。。。

      なんて言い訳もやめて(笑)
      前向きな言葉で自分の暮らしを人に伝えたいなあ、って思う。

      昨夜は
      大事なことを教わりました。
      どうもありがとう、コナー&オータム。




      ソファで熟睡する犬のいびきが、家のどこにいても聞こえる。
      そのくらいの広さが、ちょうどいいと思う今朝の居間>笑
      (いや、実際は非常にうるさい)
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      東京の街で、笑っているお母さんが少ないということ

      2014.02.18 Tuesday 11:08
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        今朝、こんなブログを読んだ。
        http://www.huffingtonpost.jp/osamu-sakai/baby-japan_b_4648685.html
        「赤ちゃんに厳しい国で、赤ちゃんが増えるはずがない」


        それで、ずっとずっと書きたかったことを今日、ここに書こうと思った。

        オースティンから帰ってもう半年。
        4ヶ月に満たない滞在だったけれど、あれから再び、これまでとはちょっと違った目で日本の暮らしを送る中、何か、とてつもなく風景が違う場所があることに、気がついた。

        東京の街で、笑っているお母さんが少ない、ということだ。


        アメリカでは、家族連れのお母さんは、ガハガハと大きな口を開けてよく笑っていた。
        まわりの人も、子どもを見れば笑っていた。
        レストランで親子で大笑いしながら話し込む親子連れを、たくさん、たくさん見かけた。

        あの風景を、東京では見かけないんだ、と気づいたとき
        この国はなんと、子どもを育てにくい場所なのだろうと思った。
        そんな思いが、前述のブログの記事の中にもたくさん散りばめられていて
        読んでいてなんだか、泣きたくなったよ。


        子育ては、母親が一人でするもんじゃない。
        そんなの誰でもわかっていることなのに、ここでは多くの母親が、子育てを一人で背負い込んでいる。
        日本の男性の家事と子育ての時間分担は、先進国の中でも「まぢか?」と目を疑うほど少ない。
        http://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/h19/gaiyou/html/zuhyo/G_13.html

        最近は「イクメン」(好きな言葉じゃないけど)が増えてるって言うけど
        それは全体が底上げされているというより、両極化しているという人もいる。
        いろんなことが前進しているけど、それでも日本のメンタリティとしては、子育てはやはり「母親」が主体で行うものだ。
        主体で行うべき人に、だから社会は責任を問う。

        なんといっても、政策決めている場所にいる人たちは、いまだNHKの朝ドラの主人公のように、割烹着を着ておふくろの味を作り続けるお母ちゃん像を念頭に置いて、家族の形を考えていたりする。あの時代にあったコミュニティやメンタリティがすべて欠落している現代で、かっぽう着のおかあちゃんだけ欲しがったって無理に決まってるってことに、なんで気づかないんやろ。
        年齢のせいだけじゃないんだと思う。
        二世議員や、両親が知識人や有名人で、生まれながら高学歴高収入の恵まれた世界だけで育った人たちが、大臣や諮問委員をしてるだけじゃ、家族の多様性なんてわかるわけがない。夫婦別姓が家族を壊すとか、婚外子に相続権を認めるなとか、女性は子を産んだら家にいろとか、死別と違って離婚は本人のわがままなのだから、母子手当ての額は違って当然とか、そういうことしか発想できない人たちを、私は心から、寂しい人たちだなと思ってる。


        でも一方で
        そんな「社会の側」にある都合だけではなく
        母親の中にも、子育てを辛くしてしまう種のようなものが、粛々と眠っているような気が私はしてる。


        先日、葉山に絵を見に行ったときのこと。


        海の見える気持ちのいいレストランで昼食を取るために席についたら
        隣の席には生後8ヶ月ほどの赤ちゃんをベビーカーで連れてきた若い夫婦が座っていた。

        この月齢の赤ちゃんは、何をしてもかわいい。
        こんな天気のよい日に、海の見えるレストランで、おいしいランチを食べながら過ごすなんて、素敵だよ。
        いい家族だなって思って、しばらく赤ちゃんを見てた。

        でも、ここで気づいた。
        この夫婦はランチを食べに来ているわけじゃなくて、テーブルにあるのは紅茶とケーキのセットがひとつだけだ。

        で、とにかくせわしなく二人ともずっと動いている。
        何をしているかというと、赤ちゃんに離乳食を食べさせている。
        お母さんのママバッグからは、次から次へとありとあらゆるものが出てきた。
        スタイ、タオル、密閉容器に入った離乳食、市販の箱に入った離乳食、スプーン、お茶の入ったマグマグ、食べ物を切るためのはさみみたいなものから、ビニール袋まで。
        そうだそうだ、この月齢のころ、私もこんな風に大量の道具を携帯していた。ママバッグは満杯だった。

        お母さんからお父さんに指示が飛ぶ。
        お父さんは黙々と食べさせる。
        途中でお母さんと交代する。
        その間にお父さんはせわしなくケーキをつつく。
        赤ちゃんがこぼす。
        赤ちゃんが大きな声を出してはしゃぐ。

        叱る。
        また食べさせる。
        食べ終わったらスタイを変え、道具をすべてしまい、お茶を飲ませ、服を整え、コートを着せ
        残った紅茶をすすってから身支度をして、お母さんが支払いをしている間にお父さんが赤ちゃんを連れ
        せわしなく店を出て、海を背景に写真を撮って、帰っていった。

        この間
        二人とも、一度も笑わなかった。

        食べさせること、着替えさせること、騒いではいけないと叱ること以外
        おしゃべりをすることもなかった。


        そうだそうだ。
        私の時も、こんなことがよくあった。

        子育ては「しなくてはいけないこと」の無限の繰り返しなのだ。
        この若い夫婦は、この海辺のレストランで、この日の午後に「しなくてはいけないこと」をして帰った。
        たぶん、しなくてはいけないことがあったから、ここに寄ったのかもしれない。
        離乳食を、○時までに食べさせなければ、と思えばケーキセットを一つ頼んで寒さをしのいでこの場所に座るのは、とてもいい選択肢だったのかもしれない。

        しなくてはいけないことをしている時、きっと私も笑っていなかったんだと思う。
        帰宅後も、そんなTO DOは果てしなく続き、そうして常にやるべきことに追いかけられながら
        妙にハイテンションな緊張状態が続き
        街の中で舌打ちが聞こえると、自分に向けられているのではと思い
        子どもが騒げば周囲を気にして防御態勢となり
        一番テンパッていた時期は、幸せだったけれど、なんだか無理やり楽しいと思い込んでいたような記憶もある。


        なんかさ。
        子育ってって、そんなに「やらなくちゃいけないこと」がたくさんあるものだったのかな。

        離乳食は手作りのものを家から密閉容器に詰めて、専用のスプーンもケースに入れて持参して
        おてふきだのおしりふきだのスタイだの着替えだのを準備して
        ○時までに食べさせなくてはならないとか
        ○を食べさせてはならないとか
        ○時までには昼寝をさせなくてはとか
        この場所では写真を撮らなくてはとか。

        夜は○時までに寝かせなければ脳の発達が遅れるだの
        ○歳までにはおむつを取らないと情操教育上悪いだの
        毎日笑顔で話しかけながら授乳しろだの

        あれ、いったい何だったんだろうな。
        無限の「しなくちゃいけない」ことって、思い返せば誰かに強要されていたわけでも
        ものすごく必要に迫られていたわけでもなく
        ただ、私が自分で決めて「やらねば」と思っていただけだったのかもしれない、と
        アメリカで暮らしている中で、そう思ったんだー。


        アメリカだって、お母さんはいろいろ大変で、アメリカならではの子育ての悩みはいっぱいある。
        それでも
        手作りの離乳食を専用のスプーンで食べさせることよりも
        おせんべみたいなものをかじらせておきながら
        おしゃべりするほうが楽しいよね、って思える空気感が、あの場所にはあったなって思う。

        毎日「やらなくちゃ」と決めてしまったことが、もう少し減って
        ああ、こんなぐらいでちょうどいいなあ
        適当にやっておいてもOK
        なんとかなるよって思えたら
        気持ちがふっと楽になって

        無理やり笑顔を作って赤ちゃん言葉で子どもに話しかけるんじゃなくって
        夫婦で大人の笑顔でおしゃべりしながら
        自然体で子育てを楽しめるようになれるといいのに、って思う。


        私の友達はアメリカで子どもを産んで育てて
        その中で、日本とのあまりの違いに目がぱちくりしたことがあるんだって。

        産後に手にしたワーキングマザーのための雑誌のコラム。
        そこにはこんな一節があったのだと。

        ”あなたは、いま、人生で最高の時間を過ごしているはずよ。
        街を歩けば、みなあなたのために道を譲る。
        あなたのベビーを見て、みながあなたたちにほほえみ、言葉をかけ、愛情を注いでくれているでしょう?
        でも、そんな夢の様な時間はそろそろおしまい。
        人生で最高の時間に別れをつげて、そろそろ復職の準備をはじめましょう。
        あなたにはもうひとつの役目があるのだから”


        赤ん坊を連れてあるけば、世界が微笑み、愛情のこもったまなざしでみつめてくれる。
        子育って、ほんとはそういうことなんだと思う。

        ときに泣き喚き、おしっこやうんちのにおいをさせて、走り回る子を連れて歩いているこの私が
        「そのままのあなたたち親子でOKだよ」って。

        そう思わせてくれる場所にいられるかどうかって
        すごく
        すごく違うことだって思うんだー。


        日本がダメってことなんじゃないと思う。
        東京は人が多すぎて、ベビーカーに場所を譲るゆとりもない電車で、時間のゆとりもない人たちがひしめきあっていて。
        そんな場所で自信を失い、笑顔を失ってしまう。
        でもね、「そのままのあなたたち親子でOKだよ」って笑顔を向けてくれる地域は、日本にだっていっぱいあると思うんだよ。

        やらなくちゃ

        って思うことを、少し手放す。


        まわりは、お母さんがやるべきって思うことを、もうすっかり手放してやる。


        日本のお母さんに、笑顔が増えるといいなって思う。
        だから専門家のみなさんは、お母さんがやるべきってことを、もうあんまり増やさないでね、って思います。


        最近、思っていることでした。


         
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        canの国、Nonの国

        2013.08.19 Monday 11:24
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           Austinでの滞在もあと2週間を残すところとなりました。長かったなああ。短かったけど。

          私にとっては初めてのアメリカ長期滞在。テキサス、しかもオースティンだけでアメリカは語れないと思うけれど、ちょっとの間だったけど暮らしてみて、しみじみ感じたことは結構あった気がします。

          ってかさあ、日本って、ずっとずっとアメリカを目指して来たんだよねえ。終戦後、ずっと。今だって、ビジネスや流行の面では、アメリカで起きていることをいかにも最先端のように語る人も多いわけで。

          何よりも、日本はアメリカの植民地だったわけで、実は今だってそうなのだ。

          今の日本を作ったアメリカ。日本人である私達の、どっか根っこのところにがっしり食い込んでいるはずのアメリカ。なのに、何も知らなかったアメリカ。

          終戦記念日をアメリカで過ごしながら、いったい私達はここから何を学んだのだろうと思いをめぐらせ、いまとなっては日本のほうがずっと先進国なのではないか、と、思ってみたり、いやいや、ずっとずっとアメリカが進んでることもあるような、、、と戸惑ってみたり。


          ちょうど今日、日本から来た友人を2人空港まで見送りながら、やはりアメリカに住むってのはものすごく大切で貴重な経験だった、ってことを話していた。ヨーロッパやリゾートなんかを旅するのとはぜんぜん違う。ああ、こんな異文化があるんだ、こんな素敵な建物や風景、人日の暮らしがあるんだ、なんて素直に感動するってのとはまったく違う、「日本人である私達の今を、確実に変えた国」の中に身をおきながら、改めて日本を考えるという、どこか根源的な作業をせざるを得ない体験だったと思う。


          そんな中で、歴史的なことや日本との関わりなどとは別に、個人的にかなり鮮明に感じたアメリカという国の(いや、繰り返して言うけど、たかがオースティンに住んだだけでこんな大げさなことは言えないんだけど、ごめん、でも敢えて)印象は、一言

          「ここは CAN の国だ」

          ということだった。

          ここでやっていくには、「意志(WILL)」がいる。まあ、世界中どこだって意志の力は必要だけど、でも少なくとも、ぼけっとしてたら無視されて取り残されてしまう。常に意思を明確にして、

          「私はこれができます」

          と自分の能力を磨いて主張する必要がある。短い滞在だったけど、これは本当に痛感したこと。
          一見シビアそうに見えるけれど、でも「できる」能力を持ち、「したい」と主張し続ければ、どっかで小さく扉は開く。そんな気がする。


          以前聞いた話だけど、例えばアーティストが自分の作品ファイルを持って雑誌社や広告会社に売り込みに行ったとする。アメリカは、作品ファイルを見て遠慮ない批判をする。時にはこき下ろす。でも、本当にその人に何か光るものがあると思えば、その後に仕事につながることもある。個人の技能だけを武器に飛び込んで来た人に、仕事をさせる機運がある。
          日本は、作品ファイルを見て、「いいじゃない」と褒めるだけ褒めて「何かあったら連絡するね」と言うけど、その後に仕事の連絡が来ることはめったにないのだって。技能だけを武器に個人で行動しても、道は開けない。成功するために必要なのは、もっと別の場所にあって、それはコネだったり慣習だったり義理だったり派閥だったりするのかもしれない。


          Willのちからを持って、Abilityを磨き、Presentationをし続ければ、どこかで何かが起こる。それは、日本ではもうあまり夢として語られなくなってしまったことだから、やっぱりすごく魅力的なんだよなあ、って思う。

          同時に、結婚してるとかしてないとか、離婚したとかステップファミリーだとか、その手の日本だと息苦しくなるような勝手なカテゴライズがない分、「ただしく結婚、出産、幸せな家族」みたいな切り札を持てなかった自分みたいな人間は、非常に居心地はいい。
          根っこの部分には根強い偏見や差別や階層が、日本よりずっと強固にあるくせに、価値観の多様性があるという、不思議な意識構造があるんだなあと思う。



          ほいでもね。


          振り返って考えてみると、アメリカよりずっと自分にとっては近い場所にあるフランスと言う国も、負けず劣らず居心地はいい。

          ただ、なんというか、その居心地のよさの種類は決定的に違う気がする。
          その違いって何なんだろう、って考えていて、ああ、そうかと気がついたのは、フランスは

          Non の国

          なんだってこと。
          つまり、アメリカは肯定形の国で、フランスは否定形の国なんじゃないか。


          アメリカで暮らしていくには、常に「やるよ!」「できるよ!」「うん、それが私は大好きだよ」「得意だよ」って言い続けてる必要がある気がしてて、そういうWillとAbilityのある人は結構重宝される。

          でも、フランスにいる時、私が一番楽に言えるのは、できるとか好きとか、そんな言葉ではなくて、

          「嫌い」
          「やらない」

          (正確には、嫌い=好きじゃない って表現になるんだけどね)
          って言葉。




          この絵の青い色、すごく素敵だよねえ。

          あらそう、私は青は大嫌い。(青は好きじゃない)



          そんなことがさらりと言えて、それを聞いた人も「あ、そう」、で終わり。
          「色と好みは人それぞれ」ってことわざもあるぐらいで、人の好みにとやかく口を出すのはすごくマヌケなことだ、って雰囲気がある。


          ディズニーランドって大嫌いなの。
          スタバ? 私はあそこは嫌いだから入らないなあ。
          サザンオールスターズ? 昔から好きじゃないね。
          あまちゃんってドラマ流行ってるみたいだけど、私は嫌い。


          なんて類のことを集団の会話の中で言い放って、場がしらけさせるやつとか、ひねくれ者だとか、信じられないとかやな感じ、なんてことを誰からも言われない、という、なんというか、限りなく清々しい経験が、フランスにいると、できる。
          (ちなみに、上記の発言は間違いなく、日本では場をしらけさせる。多数派に支持されることに反旗を翻す人は、たいてい嫌がられる。日本で「好み」を言うときは、それが多数派かどうかを吟味しないとならんので、私には非常に面倒くさい。なぜなら多数派に支持されるものが、私はたいてい”嫌い”だから)。

          もうひとつ、

          行かない
          やらない
          食べない
          参加しない

          という意思を

          Non,Merci

          という一言で伝えられて、そういう「やらない」意思みたいなものが、すごく尊重される感じがあって、私はそれがたまらなく好きだな、って思ってる。


          できることができる自由
          やりたいことをやれる自由

          という素敵さの一方で

          嫌いなものを嫌いと言う自由
          やりたくないことをやらない自由

          というのがあって、私のメンタリティはどちらかというと、前者より後者に強く存在している気がする。どちらも目指しているベクトルは同じだけれど、後者のほうがより、個人主義なんじゃないか。
          できることを探すことは、WillとAbilityがあれば、その後は社会的お膳立ての中で道を辿っていくことができるけれど、「嫌い」「やらない」ことがちゃんとわかるには、自分自身をよく知っている必要があって、嫌いだと言える人は、それと同じだけの「好き」という自分なりの価値観を持ってるんじゃないか。それは社会の中で何ができるかを探すのとはちょっと違う、もっと個人的な価値観に根ざした意思なのだと思う。
          うーん、それってただの欲目かな。ようわからんけど。

          誤解のないように言うけど、「嫌い」というのは実は非常に高度な感性だと思っていて

          ”私はそれが嫌い”

          と、きっぱりと言えるかっこ良さってのは、すきすき大好きと言えるかっこ良さとはまったく違う、もっと格別の場所にあるものだと私は思う。日本で「嫌い」をかっこ良く言える人は少ない。それは匿名の世界で有名人や芸能人をあしざまに「嫌いだ」とか、その他の非常に汚い言葉で罵ったり、ただ怠惰に「やだ、やらない、嫌い、面倒」と言いたがるのとは根本的に違うものだ。


          できる と
          好き

          が受け入れられる国と、

          やらない と
          好きじゃない

          が受け入れられる国と。



          それでいくと、日本は何が受け入れられる国なんだろう。
          どちらにしろ、日本では本当に生きにくいと感じることが増えたなあって思う。

          どうしたら、生きやすくなるんだろうな。
          とりあえず、ずっとできます、好きですと言い続けてなんかいられない(やっぱどっかで疲れるんだよ)ので、あとは頑固ばあちゃんの路線で、いやだ、嫌いだ、とあっけらかんと言い続けるという手もあるなあと思う。

          そんなこんな考えながら、9月には日本に帰るのであるよ。





          category:アメリカ留学 | by:武蔵野婦人comments(0) | - | -

          なぜ外国語を憶えるのか

          2013.08.11 Sunday 00:57
          0
             と、今頃突然こげな根源的なテーマ、何なんだよという感じですが。


            何はともあれ、当初の予定はすべて終わり。
            ほっ。
            で、振り返ってみると、英語は何かの形で上達はしたのだと思うけれど、当初期待したようなことは何も起きなかった。

            高校卒業後に来て、大学に行くために勉強しているって子は、意外と「僕の英語力すごく伸びた!」って言う子が多かったし、実際に、ああ、最初はこの子たどたどしかったんだけど、今すごくいっぱい喋れるようになったねえ、よかったよかった、、、、と思う子も結構いる。
            でも私の通ったクラスと、クッキングクラスで知り合った別のELSの学校の生徒と話をすると、私と同じようなことを話す子がいたりする。

            私だけじゃなかったんだようう。ちょい安心、、、、とも思うけど、中にはこちらにもう6ヶ月通ってずっと勉強しているって人の、あまりの会話のダメっぷりに愕然とすることも何度か。いや、ほんと。えー! 6ヶ月この環境で英語勉強してて、コレですか??? みたいな。特にアジア系の人。シャイだから間違ってると困ると思って小さな声になったり、口をつぐんだり。お国柄ってのも結構大きいんだなあって思ったり。


            そのうちの一人は来期はサンフランシスコに移って、別の学校に行くという。
            「膨大なお金と時間をかけてここに来て、6ヶ月仕事休んだのにこの英語力では納得がいかない。元を取るためにもなんとかしなくては」って。

            もう一人は途中でwithdrawして、カナダの友だちの家に行っちゃった。
            「こんなに血を吐くほど勉強して、週末も宿題をこなすのに精一杯で、6ヶ月いてまったく話せるようにならない。たぶん友人の夫がネイティブなので、そこで普通に生活しながら一緒に暮らして英語をしゃべってもらうほうが、今の自分にはいいと思う」って。


            「大学にいること」「大学に入ること」に意味がある子たちは、十分満足して授業を受けているんだけど、「話せるようにならなくてはならない」と思う人達は、満足していない。つまり

            ”最初に設定している期待値” が違うのだと思う。
            私も、その一人なのかも。



            仕事をして、結構年も重ねていると、費用対効果みたいなものに敏感になるし、時間の貴重さを知っているから、短時間で成果を出したいと考えてしまう。でも、私がここでした経験というのは、そういう費用対効果とか、ようわからんけどエグゼクティブみたいな人たちがよく口にするようなこととは、すごく違う場所にあるんじゃないか、って思うようになった。

            最初に設定したハードル自体が、違う場所だったから
            3ヶ月過ごした時点で「結果がでなかった」って思っているけれど
            実はもっと別の場所に、しっかりと結果が出ているんだと思う。
            今はその「別の場所に出ている結果」が見えないけれど、本当に大切にしなくてはいけないのは、今見えていないそっちのほうの結果なんだと思うから、もうあれこれ「英語ができない」とあがくのはやめにしようと思うー。


            本当にただ、会話を特化して覚えたいなら、たぶん東京に戻って1対1で週2回ほどセッションを続けて(たとえば今回すごくよく面倒を見てくれたチューターさんと、スカイプでセッションをするということだって可能だし)、朝夕の通勤時間にCNNニュースをポッドキャストで聞き、ペーパーバッグを月に数冊は読破するという生活を続けたのち

            いま流行ってるフィリピンあたりで短期集中でやっている英会話スクールに2週間ほど留学すれば、会話力としてはかなりのレベルに行くんじゃないかって思う。

            あー、そんなこと今更私が書かなくたって、東京のビジネスマン、ウーマンさんたちはみなわかってることなんだろうけど。。。。。。




            せっかく英語を勉強して、アメリカに住んだのだから、この経験を無駄にしないように、日本に戻ってからも英語の勉強を続けよう!!!!


            、、、って

            普通はそう思わなくちゃいけないんだろうけど

            でもね
            今の私は


            もう帰ったら英語の勉強はしないよ


            って思ってる>笑
            街に出ていろんな人としゃべって、テレビでドラマやニュース見続けて、新聞読んで本も読んで、(自宅では息子と日本語で生活していたので、それも英語力が伸びなかった大きな要因だけど、それでもかなりの英語漬け生活ではあった)、英語に埋もれて。

            結局わかったのは


            ああ、私はただ

            「英語ができたら便利だ」


            と思ってだだけ、ってことだった。




            なんつか、英語ってできなくちゃだめ、みたいな風潮が世界中であるし
            英語ができれば旅行したりするときも便利だし
            だからせっかく英語を学べる機会があるならやっておいたほうがいい と私は思っていて

            この

            できないとあかん
            便利
            やっといたほうがいい


            という動機って、やっぱり何かを学ぶ時のモチベーションには成り得ないんだよ


            ってことがほんと、こころの底からしみじみとわかった
            というだけでも、今回の経験は無駄じゃなかったなあって思ったり。



            私は48歳になったときに、フランス語の勉強を再開したんだけど、その時に仲の良かった友人が
            「なんでフランス語? フランス語ができてもメリットはあまりない。やるなら英語、もしくは中国語。これから役に立つ言語としては、フランス語はほとんど意味がないでしょう」
            って言うので
            「へ? 言語を選ぶときに、メリットなんて考えたこともなかった」と答えたら
            「じゃあ、何のためにフランス語を勉強したいの?」って言われた。

            何のためなんて考えたこともなかった。
            私はただ、フランス語が話されているのを聞くのが好き。
            音楽みたいだ、きれいだ、いつまでも聞いていたいって思う。
            フランスの街角で、あのくぐもったような音でぼそぼそと話す人達を見ているのも楽しいし、あんな風な音が、自分の口から出てきたらさぞかし素敵だろう、と思う。

            好きな音楽も、好きな小説も、好きな俳優も、みんなフランス語を話しているから、その人達が何を話しているのか、訳を見ないでわかったらすごく素敵だろうと思うし、もしそんなことができたら、思いがけない何かが自分の人生に起こるかもしれない。

            たぶん私は、言葉を通じて、その先にあるものに触れたくて、その場に自分を置きたくて、そんなことができたら楽しいだろうなあって思うんだよ。


            そんなことを彼女に話していた自分を思い出してみたら、そこにあったのは

            好き、きれい、楽しい、素敵、わかりたい、知りたい

            って言葉だった。
            そして、できたからってなんかメリットがあるわけでもなんでもなく、その先には

            なんかわからないけど、思いがけないことが起こるのかも


            っていう、自分では推測できないゴールがあるだけだった。




            なんか、はっとした。

            仕事をすること、生きることの中で、これまでうまくいったのはすべて「やりたいこと」「やっていて楽しいこと」を選択した時だけだった、ってことを思い出して。


            「できたほうがいい」「やっておいたほうが便利」という外側から設定されたゴールを目指して手をつけたものは、たいていうまくいかなかったし、途中で嫌になったり、辛くなって挫折して、おもしろいことに、そういう場所でやり続けたことにはいい縁があまり生まれなかったり、トントン拍子に物事が進むってこともあまりなかった。


            やっぱり、好きで、楽しくないと。



            好きで楽しいってのは、決して東京ディズニーランドみたいな、ウキウキわくわくするだけの経験じゃなくって、時にはすごく辛かったり、試練があったり、面倒なことも山ほどあるんだけど、それでもやり続けられるってことなんだと思う。好きだから乗り越えられることがあって、乗り越えてみたら、それは苦楽しい体験になる。

            苦楽しい体験がどれだけできるかで、その人の人生って豊かになるような気がして。



            今回授業をwitherawした台湾人の友人は、日本語がペラペラだった。

            ”私、日本で日本語学んでたとき、毎日が楽しくて仕方なかった。大学終わったあともみんなで街に出かけたり、小旅行したり、そんな中でいろんな言葉を覚えました。今は毎日が苦しいです。苦しいことを6ヶ月頑張って続けて、こんなに苦しいんだから日本語以上に英語が伸びると思ってた。でも、もうやめます。あとは楽しいことをしながら学びます!

            って、そう行ってカナダに行っちゃった。

            彼女はいろんな経験をしてきた40代だから、若い大学生とは違って、そういう判断をするのはすごく正しいって私は思ったんだー。楽しくないことを続ける苦痛の先にあるものを、見分ける力が大人には備わっている、って気がするから。



            やっぱ、何かを学ぶことの根底には

            学ぶって楽しい

            ってことと、それが好きだって気持ちがないと、がっつりと深く関わることはできないんじゃないかと思う。


            今回私がわかったのは

            ああ、私は本当にフランス語が好き


            ってこと>笑



            勉強のために毎日テレビやラジオをつけていたのだけれど、ニュースや法廷ものドラマなど、オフィシャルな会話は聞いていられたけど、ファミリードラマやリアリティ系の、ネイティブの普通の会話が続く番組は、聞いているのが辛くて辛くて仕方なかった。
            アメリカ英語のイントネーションや、ネイティブの発音、ブロークン系の会話を教わるにつけ、こういう話し方をする自分がぜんぜん好きになれなかった。

            便利でできたほうがいいけど
            あまり好きじゃないんだと思う>笑
            (ごめんなさい)


            日本は英語ができなくちゃ!って風潮で、子どもたちも早期教育で授業が始まっているけど、やっぱり好きだ、楽しいって思えるモチベーションが教育の中にはぜひぜひ必要だなあって思う。詰め込みばかりじゃなくて。

            でもって

            英語はとっても大事だけど

            でも、僕はアラビア語聞いてたらすごーい幸せな気分になる

            とか

            カンボジア語って超おもろ!

            とか。
            そんなことを言い出す子にも、いい機会が与えてあげらえるといいなあって思ったり。
            あとはさあ、言語圏としては何としても英語なんだろうけど、スペイン語圏の多さってものがELS参加して初めてわかったよ。
            スペイン語できたら、世界で仕事できると思うんだけどな。
            かっこいいよな、スペイン語。



            とにかく、その言葉を話している自分が好きで
            その言葉を通じて知りたいこと、つながりたいことがあるって
            やっぱり外国語を学ぶ一番大切なことなんだなあ、ってことがわかった今回の滞在でした。


            ということで、帰ったらまたフランス語の勉強を再開しようと思います。
            (そこかい)


            でもね、言葉以外の場所で、学んだことがたくさんあった。ここにいなければ気づかないことがいっぱい見えたし、この場所で仲良くしてくれた人、街の人達はみな大好きだ(私のあまり好きじゃない、もわもわした発音のアメリカンイングリッシュを話していたとしても、だ>笑)。


            そして何よりも、大好きで楽しいと思えるアート系の分野では、素敵な出会いや発見があった。それも何もかも、やっぱり英語を学んだから。
            そういう今はまだ見えない「結果」みたいなものを、東京に戻ってからちゃんと温めていきたいなって思う。
            その意味では、普通で放っておいたら絶対やらなかったアメリカで英語を学ぶっていう体験ができたことは、私の人生で(あとどのくらいあるんだかわからんが)きっと、苦楽しい経験としてストックされていくんだろうなあ、って思う。

            ありがとう、オースティン。そしてそんな機会をくれた師匠。

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            ミッション終了

            2013.08.06 Tuesday 09:45
            0
               テキサス大学のESLプログラム、夏のセメスター(学期)は10週間です。月・水・金は朝9時から午後3時30分まで、3コマの授業(ライテイング・グラマー・リスニング&スピーキング)、火・木は午後1時から3時15分まで、休憩を挟んだちょい長めの授業が1コマ。計1周間で16時間の授業を10週間受けることではじめて、学生ビザであるF-1ビザが降ります。

              それぞれの授業では出席日数、毎日出る宿題の提出成果、毎週行われるテストの点数、その他先生ごとに設定された課題の成果によって細かくスコアがつけられて、このスコアが基準値に達しない場合は、次のセメスターを続けることができません。
              なので、次学期も残りたい学生は必死に授業に出て、宿題もして勉強します。
              このスコアはビザにも直結しているので、もし授業をさぼってスコアを落としたら、即ビザが失効して帰国せよということにもなってしまうので、みな必死。

              私も学期の途中で、リーディングの授業があまりにも苦痛で(おもろくない&つまらんのにテストは多く、発言して参加しなくてはいけない状態がストレスフル)、授業中に顔面神経痛出るかも、、、、ぐらいの状態になったため、withdraw(放棄)してもええ? と先生にネゴしてトライしたものの、それをしたら即Visaが失効して日本に強制送還じゃよという返答がオフィスから来たため、泣く泣く授業に戻るというアホな経験をしました。

              私はやわな日本の私大で青春を送ったんだけど、ほんま、授業さぼりまくってたなああ。大学に対する印象って、あの時の感じでFIXしているので、こっちに来てあまりの厳しさにしばし呆然状態が続く。


              実はこちらに来て最初の段階で、ちょいとした手違いがあり。英語をノンキに学びたいと想って登録した先が、アカデミックイングリッシュのAEPというグループだった(これはちょっとした行き違いが原因)ため、クラスメイト全員がアメリカで院に進んだり、Phdを目指す人ばかり。授業も自ずとアメリカで大学や院に進むために必要な勉強が中心で、ことあるごとに「あなたの専攻は何?」と授業で聞かれまくり。

              えっと、。。。。。私はただの日本のライターで、息子の留学に乗じてノンキに英語を習いに来ただけなんですが。。。。。というエクスキューズは当然通じず。
              ディベートせよ、論文書け、ディスカッションせよ、発表せよという無情なオーダーの連続にメンタル壊れかけたので、オフィスに「手違いだと思うので、コースを変更してくれ」というオファーを投げ続けるも、「満員だから動けない」という返答が続く。。。。。。

              という、人生でもこんだけストレスフルな状況は数えるほどしかなかったのではないかい?
               という状況に放り込まれて1週間。


              たった1週間だったけど、これはホントの本当に、とてつもなく消耗しました。授業受けながら涙が出てきた。顔面神経痛も出た。こんなに追い込まれたのははじめてだった。中学英語で自己紹介ぐらいしかできない状態で、自然保護と環境問題についてクラスメイトとディベートしろといわれる。えっとお、えっとお、と言ってる間に、サウジアラビアだのエクアドルだのから来た学生が、ああだこうだとしゃべって、期待を込めたまなざして私を凝視する。えっとお、えっとお。。。。。。。涙。ほいでも、そこまで追い込まれるように勉強するって、すごい体験だったなあって今では思えるけど。。。。。

              つたない英語で、「プリーズチェンジ」とオフィスに毎日訴え続け、最後には私の友だちが長文のメールをオフィスに送ってくれ。
              やっとこその状況をどうにか抜けだして、通常のELPクラスに変更してもろて、2週間目からなんとか新しいクラスに馴染もうと努力して、無我夢中で勉強して8週間。そしてやっと今日が最後の週の月曜日でした。

              あがいていた8週間。思い起こしてみれば、以前ジャズシンガー綾戸智絵さんがインタビューで言ってた言葉がよみがえるなあと思います。

              「あのな、溺れかけてる人は悩んだりせえへんのよ。悩んでる間に溺れるから。とにかく溺れんようにあがくので精一杯。せやから、悩めるっていうのは、ある意味贅沢なことなんや」


              私、この数週間本当にこういう感じだったんじゃないか、って思います。悩んでなんかおれんのよ。毎日死活問題で>笑 勉強だけじゃなくって、テキサスでごはん食べて、暮らして、もろもろ降り掛かってくるあれこれのタスクを乗り切ることで、もう精一杯で。

              それが、今日で最後の週のはじまりです。はああ。
              なんかね、やっと今、言える気がするんです。

              私、頑張ったんでね?
              そうだよね、頑張ったよねえ、って。
              なんかやっと今、これまでのことをほっと一息、振り返れるような気がしています。


              といことで
              夏のセメスター、ほぼ終わり。振り返って、もともと、なぜお前はテキサス大学なぞに来たのじゃ? という原点に戻ってみようかな、と。



              もとは、息子の進路が理由でした。
              日本の学校に馴染めて、集団生活に順応して、親の期待するような将来像を描きながら、それなりの成果を出して、部活や課外活動などにも積極的でそれなりの成績を取り、自分から日本社会でなんとかやっていけそうな将来像を選択する、。。。。

              というようなタイプの子どもだったら、おそらく私はもっとノンキで、同時に子どもに対して厳しい眼差しを向けていたのかも、と思うことがあります。
              ずっとずっと自分の子供をも見守り続けてきて、悩んで苦しんで葛藤して。私はこの子はとってもいい感性を持っていて、うまくいけば素敵な未来が待っていて。それでも、今いる日本の学校社会の中でどうしても適応しずらい感じの彼を見ながら、どこかで、広い世界を見て欲しいとずっと切望してきたんだと思うのです。

              世界は広い。
              東京のたったひとつの学校の中で起きていることを、世界だと思わないで欲しい、と。



              黙っていても「こうしたい」という将来像が学校の中で探せる子だったら、そのまま彼の言うとおりにしていたと思うけど、どこまでいっても「どうしたら?」という疑問符が続く彼を前にして、私にできたことは、とにかく広い世界を見ておいで、ということぐらいしか思い浮かばなかった。

              人生は長い。
              18歳ぐらいの時点で、生来の職業なんて、決められなくて当然だと私は想っていて、そんなのは甘い親だと言われてしまうのかもしれないけれど、進路相談で常に「何になりたいのか」と問われ続けるたびに、「そんなのわかるわけないじゃん、18歳で」と私は想っていた。
              だって、50歳すぎたって、何になりたいのかなんて何もわかってないんだから、私は。



              親として、やりたいことなんて10代で見えるはずはない、悩めるところまで悩んで、迷走して、トライ&エラーを繰り返してみれと思う一方、そんな甘いことを親が言ってはいけないのではないかという思いも交錯し。


              当初は単身で海外に放り込もうと想って、周囲にも相談して歩き。結果的に一番信頼している人に、「子どもにもいろんなタイプがある。一人で放り出してよい結果が出る子と、プレッシャーに負けて戻ってきてしまう子と。すごく繊細なこの子の場合は、おそらく後者で、放り出したところでメンタルがやられてすぐ戻ってくる。その経験が役に立つ場合と、後々尾を引く人がいて、彼の場合は後者。大変だと思うけど、あとちょっとのサポートが必要だと思う」というアドバイスを聞いて、私自信も思うところあり。



              ああ、だったら。
              私が人生でやり残したと思ったいたこと。
              「海外に留学して勉強する」
              という大きな夢だったことを、息子の夢を借りて実現させてもらおうかな、と思った。



              というのが、今回のテキサス入りの大きな理由だったのでした。



              テキサスという場所を選んだのは、私がずっとずっと尊敬している友人の存在があったから。彼女を頼って、テキサスへ。
              ちょうど、彼女の家族が海外に出て不在の時期に、彼女の家に滞在させてもらって、親子で大学生をやってみる、というのが今回のプロジェクトだったわけです。
              夏のセメスターが終わったら彼女たちが帰ってくるので、息子を託して私は帰る。その間の2ヶ月半の助走期間に、私にとっての未完の夢を叶えさせてもらおうかな、と。

              だってそうでしょ。
              息子のために一緒に海外についてきて、ごはんを作ってパンツを洗って家で待ってる、なんてかあちゃんはいないほうがマシなのです。
              私はただ、私が英語を学びたいから来た。
              私が、大学に通いたかったから、来た。
              たまたま、それが息子と同じ大学だった。
              それだけのこと。




              9週間が過ぎて。
              本当にたくさんのことを学ばせてもらいました。

              英語をいくらやったって、全然話せる用にならないじゃんよ!!!とか。
              アメリカってほんと、変でおもろい国じゃん! とか。
              ごはんがどうしても合わん、なんとかならんの???? とか。

              勝手気ままにあれこれ書いてきたけれど、結局はすべて
              「私が来たいから、来た」
              ことだし
              「私が学びたいから、学んできた」
              こと。そう想って、頑張って頑張って、大学も休まず通い続けて、膨大な量の宿題をこなし、わけわけめの会話に必死についていき。

              同時に、毎日の食事を作り、それだけでは頭がおかしくなりそうなので、必死におもろそうなことを探し、友だちを作り、アクティビティを探して息子とでかけ、こちらの人と交流し。



              9週間たって、今日。


              なんかね


              ああ、ミッション終了でいいんじゃないかな、って。



              そう思ったんです。
              もう、ここまででいいよね。私、頑張ったよね?

              って。
              本来ならすべての授業が終わり、フェアウェルパーティがある時点で、すべてを終えた達成感でそう思えるのが一番なんだと思うけど。
              でも、もうあとはいいや。今日が最後って。

              そう思った。



              今週は授業が最後の週なので、授業も自ずとエンディングを目指して構成され始めます。
              ずっとずっと退屈だった文法のクラスは、今日は「映画を観る」でした。
              授業の最終日は、この映画を見てピックアップした例文をみんなで発表しあって終わり、ということらしいです。

              見始めた映画は、戦争映画でした。
              戦闘機の爆音と、爆撃で死んだ人の顔のアップ。人種差別がテーマなので、黒人のブロークンイングリッシュが続き、アメリカ空軍の話題が延々と。
              ごめん、もう勘弁してと心が叫び始めます。爆音も戦争も、死んだ人の映像も見たくない。この手の映画は、人生で避けて避けて通ってきたもので、教室にいるのも辛い。
              ほいでも、先生も生徒も、夢中で映画に釘付け。

              ああ、もう次の授業は出なくていいや、と思う。



              スピーキングのクラスはジョークでした。
              アメリカンジョークを披露しあう。
              そして、最終日はお楽しみの「マフィアクイズ」で幕を引くと言います。
              若いほかの学生たちは、楽しい楽しいと言い合っているけど、私はごめんなさい、これは私の感性と対極あるもので、1mmも楽しめない。


              頑張って頑張って9週間。
              だってそれは、息子のためでもなんでもなく、ただ私がやりたかったから。

              そう言い聞かせて、「悩む」ゆとりもなくとにかく追いつくことで精一杯でやってきた日々だったけど、なんとはなく今日、


              ああ、もうミッション終了でいいですか?


              ってストンと思えました。


              今日、セメスターが終わってあちこちに散っていく学生たちにまじり、息子は友だちのアパートで開かれるピザパーティに一人車で出かけていき、それを見送って一人家に残ったところで、何か自分の堰が切れて、


              もういいよね
              これでお役御免でいいよね
              私、すごく自分と違う場所で、頑張ったよ。
              頑張った。
              自分で自分を褒めるよ。


              って思った。

              東京にいたとき、もう子育ては終わり、手を引くよっって思って、でも結局は子どもは家に住み、私に頼って甘えて本当の自立とは程遠いところにあって、現実と思いの乖離の中でどうしたらいいんだろうって思っていたけど

              ああ、これでもう私
              この子を残して一人で帰って、東京で一人で暮らしていけるな、って。
              なんだか、ストンと割り切れた気がします。


              で、こちらに来たときに時差ボケで眠れなかった時に買ってそのままだったバーボンを、ソーダで割って、夕食の代わりにドーナツをかじって、ほいでもってテレビつけてベッドに寝そべったら、とめどなく涙が溢れてきました。
              センチメンタルとか、そういうんじゃないんです。
              とにかく、疲れた。ほんとに、疲れた。

              ミッション終了。





              やっぱり、どっか無理をしていたのかも、とも思います。
              でも
              かけがえのない体験をさせてもらえた、とも思います。


              とりあえず、残りの授業はもう出ないと決めました。
              戦争映画の感想を言い合って、セメスターの終了を祝い会うのも
              ジョークとマフィアクイズをして盛り上がるのも、
              もともとの私とは激しく違う場所にあるのは確かで、
              そういうことにもう、無理して合わせなくていいよね、ってはじめて思えた今日。



              唯一、作文の授業のみ、書き残したことがあるのであさっては授業に出て
              それで私のミッションは終わり、って思うことにしました。
              自分が終わりだと思えた時点で終われるのが、大人の特権のはず。きっと。


              ほいでも、こんな風に無理矢理な感じで新しい体験ができたのも
              子どもがいてくれたおかげと思えば
              なんだかそれはすばらしいことだなあって思います。
              ほんとにほんとに、ありがとう。
              息子にも
              テキサスのYukoちゃんにも
              そして仲良くしてくれたオースティンの人たちにも
              心の底からお礼が言いたいです。

              だって、そうじゃなくちゃこんな体験できなかったもん。こんな写真も、こんな笑顔も、撮れなかった。世界は本当に広く、私は何も知らなかったまま50年生きていたんだってことが、改めてわかった。


              大学だけじゃ辛いなあって思って、ネットで必死に探して参加した料理教室と現地のアクセサリーのクラス。ここで出会えた人たちも、かけがえのないものでした。

              英語を学ぶクッキングクラスで。


              英語話せないけどいい? って勇気を振り絞って参加してみた、地元のアクセサリー教室。そこでかけがえのない出会いをしたなあって思う、アーティストのAyannaと。


              (スタイルいいなあ、Ayanna....)

              日本ですごく仲良くしてもらってる友だちの後輩が、どういうわけかAustin在住のアメリカ人と結婚して住んでるよー、と紹介してもらって知り合ったNorikoちゃん。おうちに招いていただいたり、ダーリンのGigに何度も誘ってもらって、本当にお世話になりました。音楽の街、Austinの滞在を楽しくしてもらえたのは彼女のおかげ。


              そして、クラスメートの台湾から来たPinちゃん。ごはん行ったり買い物したり、楽しかった! 本当にいろいろありがとう。こんな友だちができただけでも、本当の本当に幸せだなあって思う。



              ほかにも、チューターをしてくれたJimさん、着いたばかりで戸惑っていた私をイベントに誘ってくれたVicky、Austinをあちこち案内してくれたAnna, Shuan,Gahart(ホストファミリーであるYukoちゃんが申し送りしていってくれた人たち。何よりもYukoちゃんに感謝)、みんなほんとにありがとう。10週間で、あり余るほどの体験をさせてもらいました。

              こうしてかあちゃんがじたばたしている間に
              息子はここでいろんなことを学んでいて
              昨日来てくれたチューターさんによると
              「彼の英語はすごい進化してるよ!」ってことらしいし
              コミュニティを作ってでかけていく様子を見るにつけ


              かあちゃんはもう日本に帰るね。
              いろいろ経験させてもろて、ほんまありがと。
              って。


              素直にそう想って
              ほいでもってバーボンを飲んでいる今日でした。

              お疲れ様、私。
              さて
              そろそろ自分に戻るよ。


              笑。




              category:アメリカ留学 | by:武蔵野婦人comments(6) | - | -

              老いた脳みそで単語を憶えるにはー50代からの英語5

              2013.08.05 Monday 05:01
              0
                 まだ続いていた勝手連載、50代からの英語>笑 どう考えても絶望的に脳細胞破壊が進行中の脳みそで新しい言葉をどう憶えるのか、ってのはもう、若い世代とはまったく別の考え方をしないと無理なんじゃないか、というのがわかったというのが今回の一番の成果といってもいい。‥ってほど、もうほんとに単語やイディオム、例文が覚えられません。いや、もう笑い事ではなく、これは死活問題でした。

                だって、外国語を習うって、ほぼ「憶える」ことがキホンなんだから。それが憶えられないのであれば、中学英語以上のレベルにはなかなか到達しないのは目に見えているわけで。

                で、この勝手連載3にも書いたように、55歳からもう「新しいことを憶える」という能力は死滅に近くなるという話を聞いたので、残った数年でなんとかすべ、と思ったのですが、なんとかなるわけでもなく。仕方ないよね、もう数年しかないんだから>笑


                という状況の中で頑張ってみたよ、というお話です。
                念の為に言っておくけど、これは50代からという特例状況下なので、若い学生たちは別の方法でガンガン覚えて欲しいと思う。とにかく、私が今使えている単語はほとんどが中学から大学までの間に覚えたものなので、この期間はぜひ無駄にしないでくれ>息子よ。


                さて、学期がはじまってしばらくしてから、韓国人の18歳の男子に、「その日に授業に出た新しい単語はすべて単語帳に書いてから、iphoneに自分の声で録音し、翌日学校に行くまでの道すがらで繰り返し聞きながら通学する」という方法を教わりました。

                韓国はとにかく「単語の詰め込み」教育が英語では盛んに行われているらしく、この単語帳と録音繰り返し方法は結構な学生が実践している模様。
                録音というのは非常にいい方法なんじゃろうなあ。うむ。
                さっそくやってみよう、、、、、と思ったのですが、これはまったくうまくいきませんでした。

                なぜでしょう。



                はい、理由は簡単です。50代の私にとっては


                「教科書の内容なんて、まったくおもろくもなんともねーや」


                だから。


                もう、授業で精一杯で枯れ果てているのに、さらにおもろくもなんともないテキストブックの例文なんて、宿題する以外にもう見たくもないわけです。
                結果的に、単語を覚えるという作業は苦痛以外の何者でもなく。
                数日やってみたけど、あえなく挫折。

                無垢な心、純真な気持ちで、真摯に「勉強するんだ!」っていう志を持った10代の子ならこの方法はとても効果あると思う(だから、息子よ、やってくれ、たのむから>笑)
                でも、人生酸いも甘いも乗り越えて、おもろい本いっぱい読んで、本なんかよりもずっとおもろいねえ、人生は、、、、なんてことを思ってる私には、「学校で使うテキストをキホンに考えていく」のは絶対に無理だと思ったこの一件。

                やはり10代や20代の勉強と、50代の勉強は何かが決定的に違うのではないか、と思い始める。


                というわけでこういう単語帳というのは最初の数日使ってみたけど、二度と使わなかった。


                単語帳のもうひとつの欠点は、

                「前後のつながりがない」

                ということでした。単語やイディオムが単独で存在しているものを力技で一枚づつめくりながら見ても、翌日にはほとんど忘れています。つまり、「単語」「イディオム」として脳細胞に力技で植えつけていく方法はもう50代の脳みそには無理ということがわかる。
                何か、経験とかストーリーとか、とにかく自分と関連付けた経験の中で覚えないと、次にもう出てこない。逆に、経験につながっていると、あ、あの単語は何だっけ? と思ったときに、視覚や感情や状況を思い出して、逆引きのような感じで単語が蘇ることがある。(あくまでも”あることがある”。ほとんどは忘れます>笑)。

                とにかく、受験勉強でやったような単語の覚え方はもう無理だと、この時点であきらめることにしました。


                同様に、大学の授業で繰り返しやらされたこの方法もほぼ意味がなかった。


                これはReadingのクラスで毎週行われていたテストのための、プリントです。
                このクラスでは1冊の課題図書を読み進め、その中に出てくる単語とイディオムを、とにかく覚えていく。先生がピックアップした単語が、次の週にテストとして出題されて、その回答数が卒業時のスコアに直接反映されます。

                なので、スコアを維持しないと次のセメスターに進めないため、生徒たちはみなすごく頑張って単語を憶える。で、この場合は脈絡なく覚えているのではなく、一応読んでる小説に関連づいているので、覚えやすいというわけ。


                でも、私にはこれもまったくダメでした。

                だってさあ、課題図書中国の歴史小説だよ。三国志に関連付けた。


                なんで Dynasty とか Barbarian とか calma とか覚えなくちゃあかんのよ。(いや、覚えてるんだから意味あったんじゃろうけど)。ほいでも、テストで100点撮り続けましたが、読み返してみたらもう覚えている単語はほとんどありませんでした。
                とてつもないプレッシャーで気持ち悪くなるような状態で覚えてましたが、結果的に意味なかったです(きっぱり)。

                同時に、これも繰り返し言われ続けた「英英辞典以外使うな」というのも、私自身にはあまり意味がなかったです。理由はあとでも書きますが、この「単語を覚える」際に、意味を英語でしか確認しない方法は、とてつもなく効率が悪かった。
                なぜかというと、「意味ですよ」と書かれている英文の中に、知らない単語があるからです。

                で、それだけでは意味がわからず頭に定着しないから、またその単語を調べる。どこまで言っても「ああ、そういう感覚かあ。そういう意味かあ」と納得できないまま覚えるから、結果的に定着しない。50年以上日本語で自分の微細な感覚や状況を表現しつづけてしまってきているので、ストンと感覚的な納得ができないと使い方もわからないままなわけです。
                ある程度は、和英辞典のお世話にならなければ、この「ストンと納得」にたどり着かない。

                ということで、結果的には 和英辞典ー英英辞典ー英語の類語辞典 の3段階で引き続けるというのが、自分にとっては一番の方法でした。


                なので、電子辞書は途中でもうほとんど使わなくなった。
                使ったのはネットの辞書です。
                ネットで複数の訳と例文を表示させて、一番納得できるもので確認する。
                その後、英英の類語サイトで同義語や反意語を見て、意味をアジャストする。

                その作業の繰り返し。これが一番納得できたかも。



                ということで、50代の私には、単語の詰め込みプラス、英英辞典だけで勉強しよう! というのもほとんど効果はありませんでした。はい。


                では、逆にどんなことをしたら多少なりとも効果があったなあと思えたのか。

                自分なりに今回、一番効果があったのはこれでした。




                10週間、とにかくぼろぼろになるまで使い込んだのが、このOffice Depot で2ドルぐらいで買った手のひらサイズのメモ帳。

                何に使っていたのかというと、このメモとペンを片手に、

                「NCIS の字幕付きの放送をとにかく見続ける」こと。



                こちらに来て、すぐにやってもらったのが自宅のテレビに英字幕が出る設定をしてもらうこと。で、アメリカのドラマで一番好きで、何度見ても飽きない(つまり、好きなキャラがいっぱい出ている)ものを選んで、それを見ながら「ここは何を言ってるんじゃろうなあ」とか「この単語なんだろー」って思うものを、とにかくメモりながら観る。

                こっちのはほんとにCMが長いので、その間に単語を調べる。

                できたら番組は録画して、最初はメモりながら一回見て
                次は意味を調べたあとにもう一回見て、ああ、そういう意味だったのかー、と確認して
                最後は、なるべく字幕を見ないで通して見てみる。

                「新しい単語が頭に入る」

                という意味では、これにまさる方法はほかになかったです。

                あー、ただしこれ、事件ものなので単語がすごく偏ってますが>笑
                でも、このメモには授業や普段生活していて気になった単語も書き留めるようにしてみたら、1冊が滞在中の凝縮のようになって、ちょい宝物状態になっとます。
                元手は2ドル。なんつー安上がり。


                一度、「フレンズ」というドラマでこれをやるとすごくいいと聞いて、探してみたらネットにもたくさんこの方法が出ていたのですが、確かにいいんだけど、「フレンズ」は私には話題が恋愛ばかりで、見てるうちに結構嫌になってきちゃう>笑
                50代には青すぎてつまんないのです。
                その意味で、とにかく何度見ても飽きない、大好きと思えるドラマがあったら、そっちのほうが単語が偏ってるにしても、まだ効果はあるんじゃないかと思うこのごろ。

                日本ではこの「字幕が出る」設定ができないものがほとんどなので、こっちにいるうちにこういうことはやっておきたいなあと思ったり。


                この「好きなドラマで憶える」ことの効果は、単語が映像でインプットされるためと思われます。あー、この言葉、あの場面でギブスが行ってたー! とか。
                そうそう、この単語ってダッキーの口癖で、いつもイギリス英語訛りで言うんだよねー、とか。そうやって思い出す単語はほぼ忘れない。すごいぞ。笑

                結局、映像と経験がくっつかないと、もう新しい言葉ってのは定着しないんだなあと痛感中。

                その意味で、今回大学の授業で一番効果があったのは、Writingの先生が毎週やってくれた、この作業でした。


                タイムライティング。

                30分でその日にはじめてお題をもらって、パラグラフを書き、その場でアップロードして帰るという練習です。

                テーマはその日までわからないので、準備はできない。
                その場で考えをまとめて作文していくわけですが、最初はすごく辛かったこの作業、10週間後には逆に楽しみになるようになりました。なんたって、私しゃ書くのが商売なので>笑 書くのは楽しい。

                で、次の授業までに先生が上記のように赤を入れてくれる。

                これを自分で確認しながら直して、またアップロードしたところで、スコアがつきます。


                この作業で一番効果があったのは、「表現したい気持ちを英語でなんというのかを、ひたすら探す」作業ができたことです。この時に、私は和英辞典を多用しました。

                自分の友だちのことを書く、旅行の経験を書く、一番好きな場所のことを書く。
                その中で、自分の経験と感情にすごく近い場所にあることを、英語で書こうと努力する。結果的に和英辞典と例文を多読して、フィットする英語表現をみつける。

                今回の滞在で私のボキャブラリーが増えたとしたら、ほぼこの作業の中で身につけたものといっても過言でないほど、これは役に立ちました。
                大事なのは、その作業の最後に

                先生がちゃんと添削してくれること。

                自力だけだと意味がなく、ちゃんと直してもらえることがすごく役立ったです。



                それで思ったのだけれど、この「言いたいことに一番フィットする英語を探して、”これが言いたい”と思った場所で解決していく」ことが、会話でもできたら、本当に役立つのではないか、と今思ってます。

                私は、ネイティブのチューターさんについてもらったので、「こういう時はなんていったらいいの?」と会話のサポートをしてもらうことができます。
                でも、完全なネイティブさんには、「こういう時」がどういうことなのかを、伝えられないということが、やってみて改めてわかる、当たり前だけど>笑。努力はするけど、最終的に伝わらず、「ま、いいや。そこは飛ばして、次の話題に行くとね」と先送りにする。

                会話の中で先送りされたものは、あとから思い出せないことがすごく多いので、わからないまま放置されて、いつまでたっても表現方法が広がらないわけです。

                なんかね、その意味ではフランスにいたときに個人教授してくれていた先生みたいに、ちょっと日本語がわかる人と、1対1で現地で教えてもらうというのが、実は一番最短距離なのではないかと思い始めています。

                なるべく日本語は使わないで過ごす。
                でも、本当に知りたい表現は、「◯◯って言いたいときはどうしたら?」とその場で聞いて解決する。


                10週間こんだけ勉強しても会話力がほとんど伸びていないことの理由のひとつは、この「こういう時なんて言えばいいの?」がすべて先送りされたまま、解決されていないからなのだと思います。


                えっと、若い学生さんはいいのだよ。紆余曲折したことが、ちゃんと蓄積してあとから力になる。これは絶対そうだと思う。
                ただわしらはもう時間がないのでね>笑


                ということで、大学もあと3日で終わりです!!!
                わーいわーい。

                残った日々は、ひたすらNCISを観る、でいいかなーって思うこのごろ。

                あとは日本に帰ったあとに、日本語がわかるネイティブさんに個人教授してもらうってぐらいでいいような気がしてきました。

                でも、本当はもう、英語じゃなくてフランス語の勉強に戻りたいー! って思ってるのも本音>笑 このあたりはまた書くよー(勝手に)。


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                アメリカの嫌いではない話

                2013.07.27 Saturday 13:24
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                   半生記生きてきて、アメリカはずっと私にとって「苦手な国」でした。いや、嫌いであったとも言う。水が合わないというか。

                  昭和生まれだから、音楽も映画もファッションも、アメリカ文化を浴びるように吸収して育ち、自分の中には歴然と「憧れのアメリカ」があるのは確かだけど、それでもやっぱり、水は合わない。

                  で、食わず嫌いはよくないじゃろう? ってことで今回アメリカに滞在しているわけですが、いろんな発見があっておもしろくて、すごく自分の世界は広がったと思うけれど、では「いやあ、本当に食わず嫌いだったよ。よくよく見てみたら、本当に大好きになったよ」とはならん。
                  最初に思った「水が合わない」という第一印象というのは、結構信用できる第六感なのだと思う。やはり、ここは水が合わない。

                  それでも、何度かいろいろ旅してきて、そして今回ちょい住んでみて、ああ、本当にこういうところは嫌いじゃないなあ、好きだよ、と思うことは結構あるわけです。


                  今日、大学のセンセイから聞いた話は、こっちに来て聞いた中でも、かなり「好きだ」指数高い。非常にアメリカ的だと思った話。こんなの。

                  「こないだ、大学の授業に小さい娘を連れてきた学生がいた。たぶんやむを得ない事情。これは明らかにルール違反なの。授業に出ていいのは、正式に登録をしている生徒だけだから。彼女は事前に娘を連れていっていいかどうかを、聞くべきだったんじゃないかと話したら私の夫(彼も同じく大学のセンセイ)がこう言った。聞けば必ず答えはノーでしょ? 本当に必要なら聞いても仕方ないよ。連れてくればいい、って。確かにそうよ。娘連れの彼女が教室に入ってきたら、追い返せると思う? 仕方ないわね、教室に入りなさいって私は言ったもの。 していいかどうかを尋ねる質問の答えは、たいていネガティブなものが帰ってくるものよ。だったら先に問い合わせる意味がある?」

                  みたいな。

                  ああ、なんか好きだ、こういう発想。


                  遠足にそれ持ってっていいの? 先生に聞いてからにしなさい。
                  みんなは何を持っていくの? みんなと同じのにしときなさい。

                  そんなことばっかり子どもに言ってた自分を思い出す。
                  どんな些細なことでも、先生に聞いてから。学校に確認してから。プリントに書いてある通り。


                  「これって、本当にしてもいいことなのかな」と思うことを問い合わせれば、その答えはたいていネガティブ、、、って、確かにそうなのだ。
                  で、してもいいの? してもいいの? と尋ねながら、どんどん何もできなくなっていく感じ。

                  自分もすっかりはまっているそんな考え方を一蹴されたようで気持ちよかった。
                  そうだよ、本当に困っていて必要なら、やってみればいい。やってみてアカンのじゃったら、次はごめんねと言ってやらなければいい。それができるメンタリティと、それを許すメンタリティがあるのか、ないのかって、なんだかすごく大きなことのような気がする。違うのかな。


                  アメリカを歩いていて感じた、もうひとつの「嫌いじゃない」と思ったことは、要求が素直にストレートなことだった。

                  ベンチに荷物を置いて場所を取って座っている人がいたら、
                  「そこ、座りたいから荷物どけてくれない」って、若い子でもカラリと言ってくる。

                  一度、NYのH&Mでレジに並んでいたら、一番前に行って「ここ、入ってもいい?」って聞いた子がいた。言われた人は、あっけらかんと「ダメ」と言い、言われた子は「あら、そう」と言って、列の最後に並んだ。
                  なんだ、これ?

                  微妙に空いている席に気づかない人の前に立って、睨みつけただけで何も言わず、帰宅後に家族に悪態をつくみたいな、そういう無言の「気づけよ」オーラがない。
                  逆を言えば、日本にいて感じる「無言の気づけよオーラ」と、同時に、そんなオーラなんてどこにも存在していないのに、自ら「誰かがどこかでそう思っているのではないか」と勝手に想像して行動を規制している自分に気づいたりして、本当に窮屈だと思うこともある。


                  欲しいものは、欲しいといい
                  どいて欲しい人には、どいてくれない? と言ってみて

                  だめだよ、と言われたら
                  あら、そう、とあっけなく引き下がる。
                  で、本当にやりたければ、別の場所でまた再トライする。

                  「ちょっとこの人、一体何を言ってるわけ」と上から下まで舐め回すように見られたり、列の後ろのほうでひそひそ目配せされることがない感じはなんだか本当に楽だなあと思うわけで。

                  そういうこところ、なんだか嫌いじゃないんだよなあって本当に思う。


                  日本にいると、「みんなと同じ」ことはなんだかとても大事なことなのだなあとよく思う。
                  そして「誰かに迷惑をかけない、足並みを揃える」ことも。

                  このところ、いくつかのジュエリーのクラスに参加して、このあたりは本当にそうだなあと思った。

                  たとえばね。
                  日本で「◯◯先生の▲▲(アクセサリーとか手芸とか)を作る講座」に申し込んだとする。
                  そこで用意されているのは、たいてい「キット」で、先生が用意したお手本とそっくり同じものを作るというのが多い。多少のアレンジ(土台の形を選ぶとか、色を選ぶとか)はあっても、もしここで「私は大きさを変えたい」とか、「アレンジして別の形にしたい」と言い出す人は、大抵嫌がられる。

                  でも、私がこっちで参加したクラスでは、参加者全員がてんでばらばらのことを言い出したりする。
                  先生のお手本は、あくまでお手本で、誰もまったく同じというものを作ろうとしない。色も違う、形も変える。そして、先生はその一人一人にコツを教えていく。
                  ちょっと変なアレンジを加えると、先生が激しく喜ぶ。

                  「もっとやって! アレンジして! クリエイティブを楽しんで」と。


                  これはさ、日本のおばちゃまクラスではじぇったいありえないんだよ。
                  そんなことに遭遇した試しがない。
                  もし、「私、みんなと違う形にしたいのよね」と、足並みを崩し、そのためにクラスの進行が遅れ、先生を独り占めするおばちゃまが一人混じっていたとしたら、明らかにほかのおばちゃまが目配せをする。そして、終了後にスタバなどに集まって、悪口大会になる。目に見えている。

                  こっちはてんでばらばらに、みんな自分のペースで、自分が作ってみたいものを作って、ばらばらで途中ヒヤヒヤするんだけど、結果的には大きく逸脱することもあまりなく、着地する。
                  で、最後にできるものはすごく面白い。
                  そして、先生もそれをすごく楽しんでいる。
                  細かくオーガナイズされないものは、途中不安定にあちこちに傾くし、時間も読めず、あれこれハプニングもあったりするけど、だからといって沈没することはないんだ、ってことがよくわかる。人って、それほどアホじゃないから。


                  私は東京で、ワイヤージュエリーの講座に通って資格を取ったんだけど、その時のクラスは、すべてがオーガナイズされていて、お手本を作るために必要なビーズの数がすべて小さなビニールの袋に小分けにされていて、ワイヤーは「7センチに切ったのち、7ミリほどの場所から曲げて、次に3センチのところで輪を作り。、。。」という説明があって、参加者は定規を使って2ミリとか3ミリとか測りながら、細かい作業を重ねていた。

                  先生が「輪を作って曲げて」と言うと、「何ミリですか」と質問する人ばっかりだった。


                  そんなこと言う人、こっちは誰もいねえ。
                  なんだ、ミリって。
                  「このあたりを曲げる」じゃダメなんか。

                  「このあたり」で曲げるだけで作ってるこっちの人の作品、結構いいじょ。



                  もうひとつ、嫌いじゃないなあ、いや、すごく好きだよって思うのは
                  料理教室にもワイヤーのジュエリー教室にも男性が普通にやってくることだ。

                  昨日参加したワイヤーラッピングのクラスには、大学生みたいな男の子が一人参加していた。その子は先生が教えてみんなが作っている足並みを乱しまくり、何一つ言われたとおりに作らず、「そうじゃなくて僕はこっちの向きに使いたい」「いま教えてもらっているのじゃなくて、こういう形を僕は作ってみたい」と質問攻めに先生をしていた。

                  私はてっきり、途中から先生はうんざりしてきて、「とりあえずお手本どおりに今日は作って」と言うのかと思ってた。
                  ところが、しばらくしてきたら先生は俄然燃えてきた。

                  「あなた、本当にクリエイティブマインドの持ち主ね!」と言って、あれもこれもと訪ねてくる彼の隣に最後は座って、彼のアイデアに真剣に耳を傾けていた。



                  アイデアとやりたい事が次から次に湧いてきてしまう彼も、周りの人に「すみません、ごめんね」なんてことは一切言わず。最初は「なんじゃらほい、この子は」と思っていた私も、途中から彼と先生の間に生まれてくる、なんつか、ちょい切ないような熱い感じが、なんだか本当にうらやましいなと思った。

                  私たちは、こういう風に作られていない。
                  たぶん、周りの進行に気を使い、形を逸脱することを恐れ、時間通りに終わることに重きを置いて、結果的にお手本どおりのものが出来上がる。そんな「無言の圧力」みたいなものに、慣れてしまっているんだろうなあ、などと思ったりする。
                  クリエイティブマインドの持ち主だと言われた彼も、日本にいたら「足並みを乱す迷惑な子」になってしまうのかもしれない。彼のアイデアも、「そんなことはいいから、お手本通りに」と一蹴されてしまうのかもしれない。

                  この違いって、なんだかとても大きなことのような気がする。

                  この日、9時で終わるはずのクラスは10時半になっても終わらず、私はさすがに空腹に耐えられずその時間でクラスを後にしたけれど、工房にはまだ2人の生徒が残って、先生も残って、煌々と明かりをつけてワイヤーとプライヤーを手に、ああだこうだと手を動かし続けていた。

                  前に参加した別の場所のクラスもそう。
                  「もう時間ですから途中でも帰ってください、あとは家でやって」
                  なんて、だーれも言わない。



                  そういうところ、すっごく好きです。
                  アメリカさん、ありがとう。
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                  脳内地図とポップアップ現象ー50代からの英語4

                  2013.07.23 Tuesday 21:59
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                     以前、脳科学の先生に「天才型の人は、物を教えるのが苦手」と教わりました。素質があって生来の能力が備わっていると、「できない」というジレンマを克服するプロセスがあまりないので、それをなかなか論理的に説明できないのだそうです。
                    子供時代から普通に片づけができた人は、なぜできないの? こんな簡単なことが。。。。となり、片付ける道筋を論理的に解析できないから、教えられないということらしい。

                    逆に、すごーく苦労して片付けれるようになった、というタイプの人は、道筋がわかるので、人に伝えることができるんだよ、と。ももせさんはそっちのタイプの人でしょ? と笑顔で言われた。笑

                    ほんとにそうだよ。大学時代まで、私の部屋は魑魅魍魎の世界だった。ひどかった。
                    実家に住んでる限り、たぶんずっとそうだったと思う。それが変わったのはやはり環境が変わったから。スパルタ式のデザイン事務所で鍛えられたところはすごく大きい。
                    そして今でもすごく片付けられるわけではない。だから、片付けられない人の気持ちが痛いほどよくわかったりする。片付けられなくて何が悪いの、いいじゃないのとも思ってる。

                    「できないんだよお」というところから必死でもがいて抜けていくプロセスというのは、論理的に見ていくとかなりおもろいのだと思います。

                    人というのは本当に勝手なもので、抜けてしまうとそれは当たり前のことになり、「だいじょうぶだいじょうぶ、簡単だから」と言うようになる。

                    なんか言語習得もこのあたりとちょい似ているのかなあ、と思ったりしています。

                    もとから言語能力に優れた人の「こうすればいいよ」というのは、レベルが高すぎてピンとこなかったりする。それができないから苦労してるんだよ! とか思ったり>笑
                    で、乗り越えてきた人たちは、「まあ、気長にやるしかないよ。大丈夫だから」となる。

                    その前で、「だって、わかんないんだよう。しくしく」と悶える。
                    ワーキングマザー初心者のときは、あんなに苦労したのに、今となっては「だいじょうぶだって」と思っていたりするのに似ている>ごめん

                    なぜこんなことを書いているのかというと、ワーキングマザー初心者でわかんねえよう、、、と悶えたときに書き続けたことが結果的に大きく今の自分を助けているので、こっちに来て日々悶えたことはちゃんと書き留めておくかね、と。
                    まあ、そんな言い訳みたいなものです。笑

                    できてしまっている人にはあまり意味がなく、ちょっと滑稽にも見えるかもしれないけど、とりあえず備忘録ということで。


                    さて、今朝ベッドから起き抜けに、突然頭に中に

                    in case of

                    という英語がポップアップしました。
                    はて、なんじゃろう、これは。

                    行動に関係しているわけではない。授業や勉強で覚えたわけでも、単語集や本にあったわけでもない。どこからやってきたのかわからないけれど、突然思い浮かぶ。不思議。
                    この

                    ポップアップ

                    というところに、英語圏で英語を憶えるということの、なんかおもろい秘密があるのでは。。。。と考えていて、すごく腑に落ちたことがあるので書いてみます。



                    新しい言語を憶えるというのは、ちょい、スーパーでの買い物に似ているのでは、と思うわけです。

                    たとえば、知らない街の行ったことのないスーパーに行くと、卵はどこにあるんじゃろう? 豆腐は? え、洗剤は2階なの? いったいどこよ????
                    ということになり、買い物がえらく面倒になりませんかの。

                    そう考えると、行き慣れたスーパーは、何度も足を運んで店内をくまなく歩きまわっているうちに、買ったことがないものでも、あのあたりの棚のこのへんにある、、、、という脳内地図や脳内映像がぱっと頭のなかに思い浮かぶ。

                    話すということは、瞬時に頭の中で「卵ートマトービール」の場所を脳内地図からピックアップしてつなぎあわせるということに似ていて、非常に三次元的なものなのではないか、と思ったりする。


                    この脳内地図や映像ができるようになるまでには、やはり何度もスーパーに足を運び、「ああ、アメリカではパンはこう売ってるのね。半分は冷凍かなあ。わさびはあるの? ないか。。。この缶詰は一体何? もうわけわかんない冷凍食品だらけだけど、ナニコレ」なんてことを考えながら歩きまわる体験が必要なわけです。つまり

                    自分と関連付けしながら選択すること

                    と同時に

                    能動的に選択はしないけれど、大量に存在する一見無駄な情報の中を繰り返し通る

                    という体験をスーパーの買物で同時にしていることになる。

                    なんとなく今私は、この作業をしているように思えてならないわけです。
                    特に後者のあたりが、英語圏に住んで英語を習うことの醍醐味かなあ、と。海外では並ぶ商品も名前も料理法も違うから、時間もかかるし路頭に迷うけれど、ただテキストや教材を手に能動的に「勉強する」だけでは、この「歩き回っているうちにできる脳内地図」がなかなか形成されないのも確かなのだと思います。


                    さて、そんな脳内地図ですが、私は料理をするので、スーパーに何が売られているのか、それがだいたいどんなカテゴリーなのかということがわかります。
                    これはつまり、

                    学校で単語と文法をある程度勉強した

                    ってあたりとつながる気がする。
                    これは卵でオムレツや目玉焼きになるとか、缶詰は野菜売り場には売っていないなんてことはとりあえずはわかっているわけです。

                    サイレントピリオドの項で書いた「ずっと無言だったのに突然話始める」という経験談は、たいてい子どもなんだけれど、彼らは文法や文字を習っていないので、おそらく巨大なスーパーで、名前もカテゴリーも使い方もわからない大量の物の中に放り込まれる、という経験をしているんじゃないだろうか。

                    大人は「オムレツ作るから卵がいる」なんてところから始めるから「卵はどこですか?」なんてことは聞けるけど、子どもは「オムレツ」という概念もないところからだから、無言になる。
                    でもその分、無意識化での脳内地図の形成をコツコツとしているので、ある日突然3次元の全体像が見えて、瞬時にピックアップして文章を形成しはじめる。

                    大人は「オムレツの作り方」なんていう例文をたくさん憶えるんだけど、全体の脳内地図がないから、とっさにピックアップができない。そんな感じ。


                    その意味では、歩きまわって歩きまわって、見て聞いて経験がストックされて、スーパーに並んでる食材がとっさに三次元的に脳内映像みたいなものになるための、時間と経験が必要なんだろうなあ、と思うわけです。



                    で、私に話を戻すと、ここのところの大きなジレンマは

                    「すみません、海苔はどこに売っていますか。寿司を作りたいんです。まぐろはどこですか。酢はどこですか。寿司なんて簡単につくれるはずじゃん、普通は」

                    と、新しいでっかいスーパーをうろうろと徘徊し、店員さんに聞くも要領を得ず、もうさ、誰かなんとかしてよ!!! ごはん作れないよ! 

                    と苛ついている、、、、という状況にたいへんよく似ている、と>笑
                    寿司食べたい、普通に食べたい、さっさと作りたい。早く作りたいんだから、誰か教えてくれるべきだよね。いや、どっかに案内地図やガイド本はないの? なぜないの???
                    そんな思考回路に陥っている。



                    いや、できないです。
                    無理だよ、脳内地図がないんだから。

                    そしてその脳内地図を作るためには、やはりかなりの量の時間と経験が必要

                    ということがやっとわかりはじめる。


                    大事なのは、料理を憶えなくちゃと焦る前に、何を作るのか何を買うのかようわからんがとにかく繰り返し

                    スーパーを何度も何度も歩きまわること(とにかく英語の中を泳ぎまわる)

                    自分に関連付けて商品を見て触ること(がんがんネイテイブと直接話す)


                    なのだなあ、おそらく。

                    ただし、やはり「商品の名前と用途を憶える(単語)」ことと「料理方法を憶える(文法)」ことも同時にしなければ、脳内地図が広がらず、組み合わせもできない。
                    どっちが欠けても、ダメってことなんじゃと思います。このあたりはもう、聞き飽きるほど言い尽くされていて、どっかで耳にしたことはあるんだけど、「だからなに」ぐらいにしか思ってなかった。わかってるよ! みたいな。

                    ほでも、今朝とっさに感じた「脳内地図」(実際にスーパーの映像がありありと思い浮かんだ>笑)の三次元的な感覚を体験すると、ああ、話せ話せ、とにかく街にでろと言われ続けていたのは、その体験の繰り返しがこの脳内地図をゆっくりと作っていくからなのだな、とすごく実感しました。

                    今、私の頭の中は、論理的に整理されていない映像とか音になった言語というものがごちゃまぜになって蓄積されつつあり、それが今朝のような不思議なポップアップ現象を引き起こすのではないか。


                    そんなことを思う今日。



                    この

                    ポップアップ

                    みたいなことが起こりはじめると、論理的に作文しなくても勝手に口からなんか思い浮かんだ言葉が出るようになってくるのだと思います。いまそんな感じ。
                    すごいじゃん、それは進化だよねと思うかもしれませんが、今のプロセスは「間違った言葉(しかもすっごく原始的な中学生レベルのもの)がポップアップしてくて口をついて出る」という状態。

                    昨日はアインシュタインベーグルでスムージーを注文したところ、一部品切れのものがあり。わかった、じゃあこのストロベリーのでいいやと伝えたところ

                    「2つ?」 と聞かれました。
                    いや、ひとつだよ。一人だし。
                    なんでじゃろうと思ったら、とっさに口をついて

                    「We take it」

                    と言ってたのであった。WEだから2つだと思われたんだろうが、なぜ自分がWEと言ったのか意味不明。


                    私はフランスに長期滞在したことはないので、私のフランス語は例文を覚えたり、単語を覚えたりひたすら繰り返して練習する、という作業の先にで構成されたものです。なので、話す時はかなり意識的に言葉を構築していて、こういうポップアップの体験がありません。

                    おそらく今は、実際に住んで歩きまわって、勉強するかたわらで、無意識化で日常に大量に流れこんできている英語が、頭の中で静かに、少しづつ蓄積しているんじゃなかろうかと思います(50代なので蓄積速度ははなはだしく遅い)。これがむやみやたらな感じでポップアップをはじめ、間違っても使い続けていると、そのうち体系化してくるのではないか、と。
                    いや、ほんと希望的憶測だけど。


                    ここまでで2ヶ月。
                    まだまだぜんぜん話せないし聞き取れないわけですが、なんとなく、ああ、こうして脳内地図を構築することって、言語習得ですごく大切なんだろうなあ、と思い始めました。
                    スーパーになぞってみたら腑に落ちたというあたりが、ほんま主婦っぽくてすまん。


                    でもおそらく、地元のこぶりなスーパーの脳内地図の次には、どでかいCostcoみたいなスーパーがあって、ああ、やっとここでなんとかいろいろわかるようになったなあ、えらかったなあ、なんて思っていると

                    その次には10階建てのデパートがあり、突然時計売り場やメガネ売り場が出没して路頭に迷い、さらに次は高層ビルの上のほうに医療専門の階や経済専門の階があり。
                    一つをクリアすると果てしなく次の売り場が出没するため、英語十分できるじゃん! と思っているような人でも、ずっとずっと英語を勉強しているんだろうなあ、などと思う今日。


                    とりあえずOKストアレベルでいいので、脳内地図ができるといいなあと思います。

                    また書きます。




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                    サイレントピリオド−50代からの英語3

                    2013.07.19 Friday 10:56
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                       前の投稿で、中学生や高校生が泣きながらアメリカの学校通っていたけど、ある日突然はじけたように英語を話しだした、という経験談をいくつか書きましたが、こういうのは「サイレントピリオド」という表現で説明できるのだそうです。

                      昨日、夏の学期で参加しているBook Clubのミーティングで先生のEllenとちょっと話しました。

                      「本当に私達もなぜなのかはまったくわからないのだけれど、サイレントピリオドというものが確かに存在するのよ。2週間という人もいれば、半年経ってもその時期がやってこない人もいる。でも、どこかの時点である日突然、英語が口をついて出るようになり、話している内容がわかる日が来るの。とても不思議」

                      それはたぶん、私が周りの人からいろいろ聞いているのと同じ話ですね? でも2週間から半年以上というタイムラグがあるんだ。個人差があるってこと?

                      「そう。特に年齢は関係しているわね。若ければ若いだけ、サイレントピリオドが終わる時期は早くなる。それでも個人差があるのは、性格にもよるし脳の個性にもよるわねえ」

                      うーむ。ってことは私のような年齢になると、サイレントピリオドの時期はものすごーく長くなるってことなのね?

                      「うん、そうね」



                      ‥うん、そうね(きっぱり)だと。
                      そんなにきっぱりと言わなくても。



                      もうさ、私は8月末で日本に帰らなくちゃならないから、暮らしながらサイレントピリオドが終わるのを待ってる時間はないんだよねえ。今一番困っているのは、街に出て買い物をしたり食事をしても、お店の人の言ってる言葉がぜんぜんわからないこと。あと一部の先生の発音もぜんぜん聞き取れない。もにょもにょってなると。
                      教材でリスニングの勉強したけど、あんな風にしゃべる人だれもいないし。。。。。
                      と泣きついてみる。

                      「みんなすごく早口で話すものねえ。私たち教師はね、クラスにいるときは話し方を変えているの。私生活に戻れば違う話し方になる。クリアに話す先生の言葉は聞き取れても、早口で不明瞭な発音の先生は聞き取りにくいし、街にでるとわからないというのはみんながよく言うことよ」

                      そうなのそうなの。ほんとにもうさあ、実生活は違うよねえ。教材とは。とほほ。

                      「普段テレビとかつけて見てる?」

                      あー、私、日本にいるときは朝から晩までアメリカのドラマをずっとつけてBGM代わりにしてたの。でも、何を言っているのかわからなければ、どんなに聴いても何の意味もなかった。ただ聞き流して耳を慣らすってことには、何の意味もないのだなあと思ったんだよねえ。

                      「それはそう。相手がいて話さない限り会話力は伸びないの。質問して答える、相手の反応が見える。その繰り返しがない限り、上達はしないのよねえ」


                      やはりそうか。

                      「でも、なるべくたくさんネイティブの話していることを聞くことは大事よ。だからテレビやラジオなんかもつけてみて」

                      あー、もう私NSCIのギブスの大ファンだから、それだけでもうれしくて毎日つけてます!! と変な所で胸を張ってみる。

                      とりあえず、こちらに来てからドラマに英語字幕が出るようになったので、ああ、この発音でこの言葉を言っていたのか、ってことがわかってきて、飛躍的にリスニング力は伸びたと思う。どんなに何度繰り返し聴いてもわからなかった、名探偵モンクの主題歌の歌詞が、こっちで字幕を見たとたんに解決したのには感動したし。
                      で、一度わかると、似たような発言が次から次へとわかってきたり。

                      これは以前NYに赴任していた友達を尋ねたときに、言われたことだった。
                      彼女は普通に英語が流暢に話せてビジネスでも成功を収めているのに、日々英語は鍛錬しないとダメで、まだまだ勉強が必要なんだと言っていた(えー。そんなに話せるのに? って驚いたもんだ)。
                      で、その彼女が「こっちに来たらテレビに英字幕が出るから、それ見て聴いてるとすっごく勉強になるんだよね」と言ってたのを思い出し、とにかくこっちに来てからすぐにテレビに字幕が出る設定にしてもらったのじゃった。


                      日本では英語字幕つきの映画やドラマは激しく高い教材として売られているので、つい身構えてしまうけれど、この日常のドラマに英字幕が出てくるってのは本当にすっごくいいんだなあ。日本に戻ったら、Huluとかでいくつかあるらしいから探してみよっかなあ。


                      などなどとりとめなくなっちゃったけど、とにかくサイレントピリオドってのがあって、勉強しながらそれを待つしかないらしいんだが、それは高校生でも6ヶ月かかったりもするらしいので、私のようなものが夏の学期だけでどっかまでのレベルに行こうとしていること自体が、無謀なことなのだな、ということを認識する。


                      先生たちは、いろんな学生たちを見て経験上わかっているから、あれこれあせってしまう私のようなもんを見ても、「とにかく話してね」「トークタイムに参加してね」としか言わないのだと思う。

                      いや、参加してもなんの意味もない気がするんだよ。それより、具体的になんか勉強法を教えてよ、と焦って匍匐前進しようとするんだけど、もしかしたらそんなにガツガツせずに、いろんなことを「楽しいなあ」と思いながらのんびりじっくり暮らしていけば、いつかサイレントピリオドが終わって、はじけるように英語を話せるようになるのかもしれない。



                      ‥って、いったい誰がそんな風にずっとアメリカで暮らせるってんでい、この年で。

                      ということで、サイレントピリオドが何かはわかったけど、おそらく私にとっては何の解決策にもなっていないので、とりあえず自分なりに工夫していることを次回書きます。
                      秋以降も残る息子にとっては、この話は非常に前向きに受け止めてよい話だと思います。

                      今日はここまで。

                      写真は、大学のどの教室にもなぜか設置されている鉛筆削りの図。
                      教室のうしろに、板に打ち付けられた鉛筆削りがこんな風に釘で貼り付けられていて、その下にはゴミ箱がただ置いてある、というある意味シュールな風景。ほとんどの教室にあり。


                      いまどき削る鉛筆を使ってるのがいる? と思うんだけど、いる。

                      とにかくアメリカの文具のレベルの残念さには驚くばかりなんだけど、ノートとか筆記具使ってる人自体があまりいないので、そのあたりは学力とかにはあまり関係ないのかも? とさえ思ってしまうこの頃。こんな話もまたいつか。
                      category:アメリカ留学 | by:武蔵野婦人comments(0) | - | -

                      Calender
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