一汁一菜の雑誌記事見てひっくり返った&日本のごはんはどこから複雑化したのかについて考えた

2017.10.15 Sunday 11:12
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    さて、賛否両論多いごはんネタだよ。

     

    今回のテーマは「一汁一菜」。

     

    最近大いに語られることが増えた一汁一菜。私は土井善晴さんの本に感激した。

    ありがとう、そう言ってくれてありがとう。そうだよ、それで十分。なぜいままでそうならなかった?

     

    ただ、あの提案がこの時代にすんなり受け入れられたことに対する、なぜ? という気持ちもあった。

    だって、まあ、こんなちっぽけな存在ではあるけれど

    私もずっとずっと、

    ごはん頑張らんでいいでしょ?

    毎日同じものでもいいでしょ?

    みたいなことを考えて続けていて

     

    そういうことは海外に出ると本当に強く、しみじみと思うわけなので

    (だって、毎日こんな複雑な食事を主婦が作っている国に行ったことがない>笑)

    そんなことをブログに書いたりすると

    一定数の「そうだよねー」というコメントと一緒に

    いや、和食のすばらしさは世界に誇るものだ とか

    パンじゃなくてごはんじゃないと無理だ とか

    和食より洋食がおしゃれに見えるだけなんだろう とか

     

    そういうちょっとした反発感というか

    抵抗感というか

     

    そういう感情が引き出されて来る、ということを何度か経験してきたから。

     

    まあ、私がフランスに行くことが多くて、向こうの食事が楽だと考えたり

    アメリカで毎日同じメニューでも大丈夫となったらものすごく楽になったとか

    その手のことを書くので

     

    だからそういう言い方が反感を買うんだよ

     

    と言われたこともあり、

    ああ、そうなのか。海外のことを引き合いに出したらいけないのだな。

    テレビ見てたりするとさかんに

     

    日本人でよかった

    日本に生まれてよかった

     

    と和食を食べながらコメントする場面が出てくるし

    いずれにせよ

    食事と、食事作り(ここ大事。外食文化と、家庭でごはんを作るという話題は別のものなんだよね)って

    ものすごくいろんな感情を引き出してくるんだなあ、と思うことが多かった。

     

    だから、土井善晴さんの一汁一菜を読んだとき

    これがなぜ受け入れられたんだろうというと

     

    彼が男性だから

     

    そして彼は料理のプロで、しかも伝統的和食のサラブレッドだから

     

    その上で、一汁一菜であってもごはんを丁寧に炊き、だしを取り、素材の美味しさに気を配って

    「愛情をこめて」つくればそれでいいのだ

     

    ということを基本においているからなのだ、と改めて思ったのだった。

     

     

    「フランスの食卓楽だよ、

    そういうこと、日本のごはんだってできるんじゃない?

    朝は炊飯器でタイマーごはん炊いて、納豆や佃煮をトレーに乗せて冷蔵庫に入れておけば

    あとは誰かがそれを出して、それぞれ自分でよそって好きに食べていけばいい。味噌汁インスタントだっていいし」

     

    なんて言い方ではだめで

     

     

    日本の食はすばらしい伝統があるからそこに立ち返り

    丁寧においしく炊いたごはんがあれば、そこに具沢山の味噌汁を加えてあげるだけでいいんです。

    愛情をこめて作れば、一汁一菜でも十分ですよ、みな忙しいんですから。

     

     

    と、和食のプロの男性が言うことの

     

    なんかすばらしく大きな違いがあるなあ、と思ったのだったよ。

     

     

     

    タイマーごはんでインスタント味噌汁

    なんか1品つけとけ、納豆でもめかぶでも。市販品でいいから

     

    ではやっぱり誰も納得しないのだと思う。

     

    そこに横たわっている、なにか大きな「精神性」みたいなものというのが

    日本の家庭ごはんの形に、いろんな影響を与えているんだなあというのが、最近の関心事なのだった。

     

    でも本当にありがとう。

    土井善晴先生。

    どんだけの人の気持ちが救われたか。

     

    ごはんと味噌汁だけの食卓でいいよ。

    それが逆に今はおしゃれで流行よ。

    栄養価だって満たされているから安心して。

     

     

    救われる。

     

     

     

     

     

     

     

    すごくいいなあと思う気持ちでいたところ

     

    先日こんな雑誌の特集を見て、なんだかひっくり返ってしまった

     

     

    ごはんづくりに”疲れたら” 一汁一菜でもいいらしい。

     

    表紙の写真、一汁一菜なん?

     

     

     

    めくってもめくっても

    出て来るのは

     

    ごはんと味噌汁とおかず という写真で

     

    しかもそのおかずには

     

     

    たとえばお肉を炒めたようなものの横に千切りのキャベツのようなものが添えられて、プチトマトが彩りに。。。。

    みたいな(具体的によく覚えていないけど、いわゆるそういう風景。大戸屋の定食みたいな)一皿で

     

    なんか

     

     

    土井さんの提案は、ごはんと具沢山の味噌汁 を一汁一菜と考えていいですよ というはずだったのが

     

    「ごはんづくりに疲れたら一汁一菜ごはんでもいいですよ」と提案されているのは

     

    ごはんと

    味噌汁と

    おかず

     

    に増やされていて

    さらにそのおかずは

     

    一菜 ではなくて、主菜に2つぐらいもう、副菜が盛りあわされているという、

    もうてんでらくちんでもなんでもないものになっていた。

     

     

    それで、ネットで一汁一菜ごはんと画像検索してみたら

    出て来るのは、やっぱり、立派なごはんと味噌汁とおかず(副菜盛り合わせ)というようなもので

     

     

    ああ、そうか。

     

     

     

    一汁一菜というのは、もとは土井さんがいうようなごはんと汁物ではなくて

    ごはんと汁ものとおかずだったんだっけ、と改めて思い出したのだった。

     

    そんじゃ、なぜ、ここまで立派な食卓なのに、それを「ごはんづくりに疲れたら、こんな一汁一菜の食卓だってぜんぜんかまわないんですよ」なんてことを言ってもらわなくてはならないのか(ってか、これすごい状態だと思うよ。ここまでやっても、従来はダメだったってことなんだから。それを”いいですよ”って言ってもらわないと楽になれないってことなんだから>ふえー)

    その前提には

     

     

    一汁三菜

     

     

    という家庭料理の基本のようなものが存在しているからで

    それ

    改めてグーグルで「一汁三菜」で画像検索してみて、さらにひっくりかえった。

     

    すんばらしい。

    並んだ画像に圧倒された。やってみて。

     

    結局、日本の家庭料理の基本として私達が叩き込まれてきたのはこういう風景だったんだなあと改めて。

     

    https://www.yamaki.co.jp/knowledge/dashi/recipe.html

     

    勝手に画像ひっぱってきてはいけないので、リンクで。

    ありがとうございます、かつおぶしのヤマキさん。

     

    あと、ふたりぶんの素朴な朝食という画像もみつかった。

    https://amanaimages.com/info/infoRM.aspx?SearchKey=20027004616&GroupCD=0&no=96&brandrm=True&brandrf=True

     

    素朴だそうだ。

    皿数すごい。

     

     

     

    それで思い出したんだけど

    ちょっと前に、ある団体が出している媒体に土井さんの本を引用して「一汁一菜」が話題ですよね、という記事を書いた。

    ちょっとした工夫で、炊きたてごはんさえあれば準備は簡単でいい、と。

     

    そしたらそれはボツになった。

     

     

     

    なぜかというと

     

     

    「わたしどもは家庭料理は”一汁三菜”を基本に常々情報を発信しておりますので、一汁一菜は困ります」

     

    ということなのだった。

     

     

     

    こうしたちょっとした媒体や

    病院でもらうパンフレットや

    日々目にするいろんな料理レシピや

     

    まあ、そんな場所から、どうやら気づかないうちに私らは一汁三菜を指導されてきたかもしれない。

    理念として勉強しなくても、日々目に入って来る視覚記憶のイメージみたいなものも大きいし

    あとは

    育ってきた家庭で見てきた食卓の風景を基本に考えていることも多いのかもしれない。

     

     

    ごはんとおかずを出したら

    「これだけ?」と夫に言われたとか

     

    ワンプレートだと手抜きに感じるとか

     

    いろんな場面での「視覚の記憶」みたいのは結構大きいからね。

     

     

     

     

    そういうの、習慣的にごはんを作っていたら当たり前になっていることも多いけど

    考えてみたらすごいことだなあ、と本当に思うのだった。

     

    主菜のお肉や魚の横にも、なにかしら付け合わせをつけて

     

    そのほかに小鉢を2種類ほど作って

    そのすべて調理法が違ったりするから、いろんな味付けや調理法を繰り返して

    皿数を増やしていくってことになるわけで

    簡単に済ませようと思えばそれもちゃんとできるけど

    手をかけようと思ったらもう、再現なく手をかけることもできちゃう。

     

     

    日本食が一番だと、日本礼賛される方からみたら、またそれか、お前は、と思われるかもだけど

     

     

    フランスで誰かの家で普通に夕食を食べようというとき

    作り手が作るのは、ほぼ1種類の調理だけということが多い。

    肉煮る、焼く、みたいな。

     

    あとは指示がとんで

    「レタスあらってボウル入れてオリーブオイルとバルサミコかけて出しておいて」とか

    「パン切って」

    「チーズ出して」

    「皿とフォーク出して、あとワイングラス」

     

    みたいなことでたいてい済んでしまう。

     

    3種類以上の調理が必要な料理がずらりと並ぶことはあまりないし

    それをさらに一人づつに小分けにして出すこともあまりない。

     

    ある日のフランス友人宅の夕ご飯。作ったのはこれ一皿、ふたりぶん。これで終わり。

     

    そんで、欧米に移り住んでいる友人たちと話をしていても、たいてい聞こえて来るのは

    「日本の主婦すごすぎる」という話ばかりで

    海外でもごはんや日本食を作って食べてはいるけど、日本にいたときのような作り方はしない、

    ごはんの横に肉じゃがのっけて一皿で終わり、という形でもぜんぜんみんな喜ぶみたいなことをいう人が多い。

     

     

    だから日本の家庭料理はすごいな、えらいな

     

    ってことかもしれないけど

    そのすごさって

    ほんとにそこまで必要なのかなあって私は思ってしまう。

    いや、苦もなくやれて、やりたい人はどんどんやればいいんだけど。

     

    (と、かくいう私もひとりでもいろいろ調理好きで作ったりしているので、ほんと

     やりたいひとはどんどんやればいい。ただ、それを規範としなくていいんじゃないの? ってだけで)

     

     

     

     

    んで、

    どうしてこの一汁三菜ということになってきたんだっけ?

     

     

    というあたりを遡っていくと

     

     

     

    結局一汁三菜というのは、おもてなしの懐石料理の基本形態なのだよね。

     

    華美なもてなしをシンプルにミニマムにしていく提案としての、ひとつの膳に乗せたもてなし料理。

    これは利休が提案したりもしてて、当時としては斬新だったんだろうと思う。

     

    これが、高度成長期の専業主婦人口がいちばん多かった時期に

    家庭料理の完成形みたいな形で、料理研究家たちがこぞって取り上げて、なんだか

    「日本の伝統的な家庭料理」の形と混同されるようになってしまった。

     

    なんつか、

     

    伝統に基づいて日本人がずっと維持してきた家庭の食文化

     

     

    というよりは

     

     

     

    もてなしの懐石料理をヒントにあとから作られた理想形

     

     

     

    が規範とされてしまっているので

    まあ、そりゃあ現実と少々乖離していて

    ハードル高くて作るのは大変でしょう? と本当に思う。

     

    で、それを基本に立ち返って

    ごはんと汁ものだけでもいいですよ、そこにつけものでもひとつ足せば立派なごはん

     

     

    といくら提案されても

     

     

     

    グラビアとして視覚に訴えようと思う場所では

    それでは絵にならんので

    料理のプロの専門家や撮影の専門家は

    いろいろ足して、絵になるものにして複雑化してしまうのかもしれない。

     

    そうやって

    私たちの習慣や精神性って

    普段なにげに目にするイメージや資格の記憶にも大きく左右されているのかも、って思う。

     

     

     

     

    ということで

     

    一汁三菜

     

    これもう幻想だから>笑

     

    気にしなくていいと思う。

    (と言うとまたいろいろ言われそうだけど>笑 私はそう思うので仕方ない)

     

    おいしく食べられれば一番。

    ただそれを規範に作りたい人は作ればいいし、忙しくて苦手な人は、毎日同じようなメニューでもいいし

    ごはんと具沢山の味噌汁とつけものでもいいし

    なんか1品市販品や総菜屋で買ってきたもんがくっついてりゃそれでなんとかなる。

     

     

    それだけじゃ豊かさがないという人は

    週末にごちそうを作って、家族や友達と一緒に楽しめばいい。

    (フランスはそんな感じ。普段は質素だけど、週末はなんかおいしいものを揃えてピクニックをしたり、友達を呼んだりする)

     

     

    前から同じ様なことばかり言ってるなあと思って昔のブログを久しぶりに見たら、

    ほんと、同じこと言ってた>笑

     

    ▪毎日同じメニューを食べるということ

     アメリカで

     

    ▪夕ご飯より昼ごはんがごちそう

     フランスで

     

    外から眺めてみると、なんか自分が拘泥していたことに気づいたりする。

    外の世界が日本よりいいと言いたいわけじゃぜんぜんない。

    ただ、気づくことがある、ということ。

     

     

    ごはん話題、ほんとおもしろい。

     

    最近よく見る、和食が一番

    ってあたりの精神性についても、またこんど時間があったら書いてみたいなーって思ってること。

     

    その一方で、テレビや雑誌から見えてくる美しい理想形の食卓とは乖離した

    食の崩壊の問題も大きい。このあたりは家庭料理という切り口とはまた別の目でみなくちゃいけないこと。

     

    食は本当に奥が深いです。

     

    長くなったのでこの辺で。

     

     

     

     

     

     

     

    category:Dairy Tokyo | by:武蔵野婦人comments(0) | - | -

    フランスで2週間掃除せず、寝間着も洗わなかった。んで、日本の家事時間、英米の倍らしいのは何故なのか考えてみたよ

    2017.10.10 Tuesday 07:30
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      以前マンションの間取り等を決めるプロジェクトの助言役みたいのになって、ターゲット顧客へのアンケートで、掃除の頻度や掃除道具の収納場所などについて調査をしたことがある。

       

      戻ってきた答えみて、なんだかびっくりしたんだよね。

      7−8割近い人が「毎日掃除機をかける」と回答してきた。

       

      え、ほんと?

       

      みんな、そんなに毎日掃除機動かしているの?

       

       

       

      ま、確か6−7千万円代物件だったと思うので、家事もベテランとなった時間的余裕のあるファミリー層ってターゲットなのかもしれないけど。うーん。

       

      アンケートの罠というのはあって、設問に選択肢があれば、「そうしている」ことを選ぶようでいて、「そうありたい」もしくは「そうあるように努力している」回答を選んでしまうことは、よくある。

       

      毎日掃除機はかけたいですね。はい、○。(という自己理想)

       

      という人も含めて、多くの人が毎日掃除機をかけているという前提で、マンションの間取りや収納は考えられることになる。

       

       

       

      そういう意味では、家事には、「きちんとやるべき」という見えない呪縛のようなものが歴然と存在していて、手抜き(と判断されるもの)を「さぼり」や「ズボラ」と称して、誰かが見てるわけでもないのに自己懲罰したがる風潮があるような気がする。

       

      このところちょいネットで評判になった、これ。

      マイクロズボラ

       

       

      よく言ってくれた、心が軽くなった、私もよくやっちゃう。。。なんて声がネットで垣間見られてイイネボタンがたくさん押されていたけれど、私はこれを見て、なんだかぐったり泣きたくなっちゃった。

       

      これ、ズボラなの? たとえマイクロであっても。

       

      やらないほうがいい、と認識されているからこそ、やってもいいんだよ(ほっ、よかった)って声になるってことだよね。

      でも別にやっていいんだよ、なんて言われるまでもないことばかりで@私。

       

      そんで、なんで全部女性なんだろ。

      家の仕事のマイクロズボラは、みんな女性のカテゴリーのことなんか。

       

      チョコレートは男だって食べるしさ。男が塩を袋から直接使ってたっていいじゃん

      (ってか、それがズボラだということにさえ、私は気がつかなかった。何がいけないのかよくわからない)。

      ま、そんなこといちいちうるせーなと思う人もいるだろうから、この辺にしとく。

      (ロバート秋山は好きだから、これはCMそのものを批判しているわけじゃないよ。

      なんかこんな世界に住んでるんだなーってことに泣きたくなっただけ)。

       

       

       

      そんで、いまフランスにいて

      たぶん、この国でこの動画ほぼ意味不明だろうなあと思うわけですわ。

      ほんとよ、私にも意味不明だけど(笑)背景はちょっとわかったりする。

      でも、もう背景もわからんだろ、これわ。と思うわけです。

       

       

      私がよく講演で使うデータがあって、世界の主婦の家事時間ってやつなんだけど、それでいくと日本は1日4時間半ぐらいの家事時間なのに比べて、中国は2時間以下だし、アメリカやイギリスも2時間ちょいという結果が出て、とりあえず日本の主婦はそのあたりの人たちの2倍以上の時間、家事をしているということになるらしい。

       

      それ、なんでだろうなあとよく思うんだけど、

      ひとつにはこの「マイクロズボラ」に見られるような、自己懲罰的に自分で自分のハードル上げちゃって、用事を増やしているという部分と

       

      それともう一つ、やっぱり暮らしのシステムそのものが、家事を生み出す形になっているなあと思うことがたくさんある。

       

       

      一番実感するのは、床の違いだ。

       

      欧米でも、そのまま土足でドカドカ家に入らず、入り口で室内用の靴に履き替える人たちはたくさんいる。

      でも、アメリカは多くが絨毯敷きだし、フランスに至っては、もうもとの家が古い建物を使用しているから、床が石だったり古い板張りだったり、色もくすんでいて、埃もゴミもなんかもう、ぜんぜん目立たないから、「掃除しなくちゃスイッチ」がまったく入らないまま、毎日暮らしていける。

       

      私、今回この家に2週間暮らして、今日はじめてほうきをかけてちりとりでゴミ集めて捨てた。

      でも、ゴミほとんど集まらなかったよ。毎日朝から晩までここで過ごして2週間掃除しなかったけど、別になんの支障もないし、不快感もなかった。

      ここまで見事に「掃除しなくちゃスイッチ」と無縁の家の作りって、私はとっても好きなんだけど、日本だと不潔ってことになるんだろうか。

       

      ほんとにね、日本の過度に清潔な暮らしが家事を増やしているのは仕方ないことなんだろうと思う。

       

      日本の家は素足で暮らすし、さらにようわからんツルツルのフローリングが流行っちゃったので、この環境でリビングに隣接した日本間あたりで布団の上げ下ろしなんてしたら最後、朝掃除機をかけても、確実にまた夜には埃のダンスが鑑賞できる仕組みになっている。

       

      テレビ画面につく埃や、窓から入り込む埃とか。特にマンションの内装を構成している素材は、敢えて掃除を生み出す仕組みを作り出しているように見えて仕方ない。

      さらにそういう環境下で、「こうしてお手入れをすべき」という専門家があちこちで情報を提供してくるので(あれ、すまん。時々私もその役割をすることがある。謝っとく)、時には這いつくばって、綿棒でフローリングの溝にたまったほこりをきれいに取ることが推奨されたりする。(子供のアレルギーの原因になるんだから、責任重大! みたいな感じで。アンビリバボー)。

       

      なんかもう慣れちゃったからそんなもん、って思ってはいるけど、これ、素材を変えるだけで家事めっちゃ楽になるのになあ、って思うことはよくあるよ。

       

      うちは床をコルクタイルにした途端、埃のダンス消えたし。家具も古いアンティークもんにしたら、埃とか気にならない。

      もう機会はないかもだけど、いつか自由に家を作れたら、室内犬と一緒に室内ばきで暮らせて、ベランダや庭と直接つながっている、古いタイルや板張りのこっちの家みたいのを建てたいなとよく思う。だってそうじ楽だもん、そのほうが。

       

       

      あともうひとつ、これは不便だけど逆に楽だと思う、こっちのキッチンの排水口。あの変なバスケットみたいなやつ、フランスはついてない家のほうが多い。穴あるだけだよ。

       

       

      アメリカはディスポーザーだったけど、どちらにしても、あのどろーんとなりがちな排水バスケットというのは、実はなくてもなんとかなっちゃって、ゴミを排水に流さないような配慮とか、生ゴミの処理を楽にするとか、前向きに検討してくださった結果、逆にお手入れをする箇所を増やしてしまったのではないかとさえ、思う。

       

      そんで、講演でよく「2つバスケット買って交互に使えば、汚れなくなって楽ですよ」とお話しすると、必ず誰かが「それでは細かいゴミが流れてしまう。バスケットにネットを被せないといけない」と言って、本当に、細やかにいろんなことを考えて家事をしている方が多いんだなあと感心する。

       

      それ、すごく素敵なことだけど、でもやっぱりいろんな細やかな配慮が、家事の時間を増やしていることに変わりはないような気がする。(実際には細かな目のバスケットを選べば、ストッキングみたいなネットはかぶせなくても支障はないです、はい)。

       

       

      もいっこ、こっちはバスタブがないか、湯をためて使うことが少なくてシャワーだけってのも大きいし(風呂掃除って、ほんとなんの罰ゲームかって思う、これに慣れると)、湿度が低いから、洗濯物の頻度も少なくてぜんぜんオッケという背景もあるので、もう、暮らしの仕組みそのものが、日本は家事を多く必要としているんだなあ、と改めて思う。

      調理もね。(これは語り出すと長くなるし、また別の価値観カテゴリーなので今回はしない)。

       

      それで、もう一つ面白いことがあって、いまレジデンスをしている家に洗濯機がなく、下着類は自分でちょこまか洗っていたんだけど(手絞りでも部屋干しで一晩で乾く。楽チン)、厚手のトレーナー生地の寝巻きは、別に暑くて汗かくわけじゃないし、いけるところまで行こうかなーと思って、洗わずに着続けた。

       

      2週間目に、なんか困ったことない? って言われて

      そういえば寝間着洗ってもらっていい? って友人に頼んで洗ってもらった。

       

      でも、そういうもんだと思ってしまえば、それまで特に、不快感もなく、当たり前のように2週間着てなんともない自分に、ちょいびっくりしたのだった。

       

       

      私、日本だとほぼ毎日寝間着洗うから。(冬は続けて着ることもあるけど)。

       

      夏は汗をかいて不快な臭いがするから洗うけど、汗をかかない季節でも、汚れたから洗うというよりは、着たから洗う、という習慣で洗っている。

      下着もタオルもすべて、身につけたから、使ったから洗う。

      もうこれは習慣みたいになっているから、一人暮らしでも洗濯は頻繁にすることになる。

       

      でも別に洗わないって思えば、2週間同じ寝間着を着てたってなんも不便なかった。あれ、いいじゃん、これで。なんであんなに洗ってたんだろう。

       

       

      私の友人のジャーナリストの子が、子供がまだ小さい時にバックパッカーになってスペインを旅行したことを本に書いたことがあるんだけど、その時彼女も同じようなことを言っていた。

      1日になんども肌着を変え、毎日風呂に入れ、常に赤ちゃんは清潔にしていたけど、旅に出たら気がついたら風呂に入らない日も多く、同じ下着で数日暮らしていることもあり。

      それでも何も困ったことはなく、子供は元気で意外と風呂に入らなくても臭わず病気にもならず。なんだ、これでもいいんだ、日本で私は何をしていたんだろうって思ったって。

       

      こう言ってる私も日本に戻れば、絶対毎日寝間着は洗うし、馴染んだ家事を元どおりに続けるんだと思うんだけど、やっぱり場所が変わると、当たり前と思ってやっていたことが、ふとほどけて、違う風景に見えることがあって面白い。

       

      マイクロズボラしてもいいんだよ、って言われて楽になったという人が

       

      掃除なんて月に一度でいいくらいかも

      寝間着? 2週間以上着れるよ、まだまだいけそう

       

      と言われても、まあ、ぜんぜん楽にはならないんだろうと思うけど>笑

       

      その間のどこかに、「ここまではちゃんとやらないと」と思うゾーンみたいなものがあって、暮らし方そのものがそのゾーンを高めているのと同時に、その設定レベルが高い人が日本には多いのかもしれない。

      そんでも、なんか欧米の2倍の時間の家事を必要としてしまう暮らしの仕組みと気持ちの仕組みは、どこかで変えられることができるんじゃないかと。

      そんなことを考える今日なのでした。

       

      ちなみに男性の家事時間がアメリカやドイツイギリスが約1時間、日本は25分。25分!! 4分の1! なので、女性が2倍家事をして、男性が4分の1しか家事をしないという状況は、きちんとみんな考えたほうがいいんじゃないか、と私は思うわけです。世の中よく男性にシェアしようというけど、女性がもっとやらんでいいよ、ってどんどん手放していくことも大事だよ。違うかな。どう考えても家事の総量が多すぎないか、と海外に出るとほんとに思うから。

       

       

      あー、手をかけ時間をかけることに価値があるとか、家事はZENに通じる大切な営みだとか、ま、そういうものの見方もあるけど、私が取り上げているのはあくまでも、家族がいて毎日の家事が無限に生み出され続ける(そしてそれが少なからず苦痛と感じたり、夫婦間での不公平感につながってしまったりする状況にある)人たちにとっての、家事です。

      じっくりたくさん取り組みたい人は、もうどんどん取り組んで語ってもらっていいと思う。それを隣人への規範としなければ。

       

      そんな感じで。

       

      やっぱり長くなる。

      今日はこの辺で。

      category:アートと暮らし en France | by:武蔵野婦人comments(0) | - | -

      大きな願いがかなった時はぼんやりしてしまい、小さな願いがかなうほうがなんだかうれしいという不思議

      2017.10.04 Wednesday 06:19
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        現在、願いごと手帖の作り方の本の新版が出ることになり、その校正中です。

        10年目の新版! 

        ありがたいことであります。

         

        いろいろ手を入れたんですが、一番楽しかったのは、今回脳科学に基づいた願いごとがかなうメカニズムについて、取材させてもらって内容を盛り込んだこと。

        脳科学者の篠原菊紀センセに(以前別の仕事でちょろりとお話したとき、願いごと手帖のことすごく面白がってくださってとても示唆に富む指摘を頂いて、どうしても今回お話が聞きたかったのですー)いろいろ伺って、ほんとに楽しかった!!!

         

        内容は新版を見ていただくとして(出し惜しみ>笑)

         

         

        でも、人が持ってるメカニズムみたいな、神秘的な力みたいな

        とにかく、内側でいろいろ起きていることって、本当に面白いな! と思ったわけです。

         

         

        そのひとつの体験を、まさに先日したなあ、と思ったのでここに書くことにする。

         

         

        前の記事から書いていますが、現在フランスで個展を開いています。

         

        昨年、フランスでグループ展に数点出品させてもらうという体験はしたけれど

        個展を開くのは初めて。

        今回はレジデンスを目的としていたので、とにかく住む場所を変えて、その場にインスパイアされる形で何かまとまった作品作りをしたい、。。。。という当初の目的だったのですが、思いがけずそのまま、作った作品で展覧会を開けることになりました。

         

        小さく、小さく。積み重ねながら。

        いろんな人とのつながりを経て

         

        何かを強く強く願って目指したり

        ものすごーい努力をするというようなプロセスなしで

         

        でも

         

        心の中でしっかりと思い続けてきたことが

         

         

        なんだかふわりと

         

         

         

        かなってしまったという。

         

         

        あれ? いまかなっちゃってる?

        ほんとに?

        という感じで。

         

         

        それ、ちゃんと数年前に

        「フランスで個展を開く」

        と願いごと手帖には書いてあったわけで、願いごと手帖すごいな、万歳! なわけなんですが

        なんつか、こんな風にかなってしまっていいのかなああ。すごいなあ、ありがたいなあ。

         

        そしてさらに、貸してもらったアトリエが夢のようにすばらしい場所で、おしゃれでかわいくて。

        まわりでいろいろ尽力してくれたフランスの人たちもすばらしく親切でかわいくて、いい人で。

        展覧会でもちゃんと絵を買ってくださった方がいて、お話も楽しくて。

        なんだよう、こんな幸せでいいのかなあ、おれ。

         

        とそんな感じで、今とても楽しくて貴重な経験をしています。

        ありがたいよう。

         

         

         

         

        さて、そんな、まさに

        夢みていたことが夢のようにかなってしまった。。。。。。。。

         

         

         

         

        という時。

         

        人はなんか

         

         

        ぽかーん

         

         

         

        とするもんなんだなあ、ということを改めて思っているわけです。

         

        なんかね、ぜんぜん実感ないのね。

        ほか、ちょっとしたオファーも頂いていたりして、そういうあたりもぜんぜん実感ない。

         

         

        ほわーん

        ぽっかーん

         

         

        としている。

        で、なんかよるべない感じで、とらえどころのない気持ちで過ごしているのであります。

        こんなラッキーでしあわせなのに

        ぜんぜん実感なし。

        ぽかーん。

        ぽよーん。

         

         

         

         

        そんなほわーんとぽかーんとして個展の初日を過ごしたわけですが。

         

        週末だったので19時までギャラリーを開け。

        お客さんの波も引いてきて、制作と展示の疲れもあって、はあ、疲れたなあなんて思っていたとき。

        19時の教会の鐘が鳴ったわけですわ。

        ぼーん、ぼーん、と。

         

         

        その時のね。

        もう。

         

        えも言われぬ幸福感。

         

        「終わり終わり! 今日は終わりだー! ギャラリー閉めてごはん食べよっと」

         

         

        そんで、うきうきと鍵を閉めて電気を消して

        るんるん気分でキッチンに戻って冷蔵庫を開け

        わーい、何作ろうかなーって鼻歌を歌いながら

        もう幸せで幸せで。

         

        ビールをしゅぽっと開けて

        くいっと飲んで。

         

         

        はー、終わった終わった。疲れた疲れた。わーい、今日はもうおしまい!

         

        ってにこにこ言ってる自分を発見して

        なんか、はっとした。

        たぶん、この日の夜19時のギャラリーの鍵を閉めにスキップしていた時の自分って

        ここ数年の中でも、最上級に近い幸福感を感じていたんだと思うんです。

        そりゃもう、本当に幸せ100%という。

         

         

        フランスで個展開くって、ずっと夢だったことがかなったのに

        かなえたことをしている最中はずっとぽかーんとして実感ゼロで。

         

        せっかくかなえた夢の1日が終わって、冷蔵庫を覗いてるってことのほうが

        こんなに幸せって、一体なに??????

         

         

         

         

        それで、自分で書いた原稿のことを思いだした。

        人って、やっぱり幸せの予測システムみたいなものを積み重ねているんだなあ、と。

         

         

        ここでこうしたら、きっといいことがある。

        これがかなったら、こんな素敵な気分になる。

         

        そういう小さな「できた!』という成功体験を日々に積み重ねていくことで

        何かを成し遂げる前から快楽物質みたいなものが自分の中に準備万端になっていって

        幸福感って生まれてくるんだろうなあ、と。

         

         

        自分にとって、身に覚えがあって

        たくさん「幸せだー!」と体験を積み重ねてきたことのほうが

        ぼわーっと身体中に幸福感を湧き上がらせるんだなあ、って

        この日の小さな体験で、しみじみ思ったのでした。

         

        ずっと思い続けてきたとしても、これまで体験したことのないことは

        即座には心やからだに幸福感を呼び起こすことがなくって

        それはもっとあとから、じわりじわりとやってくるものなんだろうな、と思います。

        予測システムが、稼働していないというか。

         

         

        私にとっては、仕事が終わったー! とか

        冷蔵庫に何入ってるかなーとか、ビールのもっ! とか。

        そっちのほうが身近で、何度もなんども体験している分、幸福感を呼び起こしやすいんだなー、きっと。

        その意味では

        毎日、小さなことを喜んで、何度もなんども幸福感を味わっていくことは

        幸せでいるための大きな要素なんだろうと改めて思ったのでした。

         

         

         

        以前、篠原先生にお話を伺ったとき

         

        小さな幸福を積み重ねていくことの大切さと同時に

         

        でも、

        どこかで大きな願いも並行して持ち続けることも大事って言われて、

         

         

         

        その2つが

        今回の渡仏でしみじみと実感できたなあと思った体験でした。

         

        小さな幸せで自分に自信と満足感を蓄えていくと

        大きな願いに挑戦できるし

        夢がかなうような土壌を、自分と自分の周りに作り上げていってくれるのかもしれないです。

         

        これ、両方大事。

        なんか、せっかくの大きな夢も、ちゃんと幸福感を蓄えられずにいると

        かなったとたんに鈍化して、うれしさをちゃんと実感しないうちに

        もっとこうなればいいのにとか、もっとこうしたかったとか

        なんか人間ってどんどん強欲なことを考え出したりしちゃいそうで。

         

        だから、ビールうまいなあとか

        今日はあったかくていい日で、にこにこ過ごせてしあわせだったなあ、とか。

        そういう幸福感を忘れずに、やっていけたらいいな、と思うのでした。

         

         

        ってなことで、なぜか今日はですます調だ。

        なぜなんだ。

         

        ま、いいや。

         

        とりあえず、ぽかーんとしながら過ごしています。

        そして、ビールだビールだ、肉だ、バターだ、パンがうまい!

        という幸せに満ちた時間も積み重ねている今回の渡仏でした。

         

        またがんばるよー。

        次はかなえた夢に少し幸せの予測システムができて

        少しづつ前に進めるような気がする。

         

         

        そんな「願いごと手帖の作り方ー新版」は、11月30日の発売予定です。

        書店にはたぶん、今月末ぐらいから並ぶ。

        ありゃ、最後は宣伝かい。

         

        笑。

        個展、残り3日となりました。

        夢のような幸福を、ちゃんと幸福として実感して帰りたいと思います。

         

        それではおやすみなさい。

         

        category:アートと暮らし en France | by:武蔵野婦人comments(0) | - | -

        質問と意見がどんだけたくさん盛り込めるか、ということがどうやら大切らしいフランスでの会話について

        2017.10.02 Monday 00:53
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          以前どこかで書いたと思うのだけれど、東京でフランス語を習っている時に、映画が好きだと話したら

          「好きな監督は誰?」と聞かれ
           
          「アルモドバルが好きだ」と答えたら
          「彼の映画のどういうところが好きなのか」と言うので
          まだつたなかったフランス語で
          「んーっと、色彩がとても鮮やかなところ」と答え、これで話は終わりかと思ったら
          「鮮やかというけれど、日本にも色彩が鮮やかな監督はいるわ。例えば大島渚とか。
           あなたはアルモドバルの色彩について、どういう印象を持っているの」と食い下がられ
           
          うわー、うわー
          これは本当に困ったと思う一方で
           
          こういう食い下がり方をしてくる人が日本ではあまりいないので
          なんて楽しんだろう、とワクワクしたことを覚えている。

           
          それで今、フランスでありがたいことに個展を開かせてもらっていて
          さして大きな街ではないので、さほどお客さんが多いわけではないけれど
          それでも覗きに来てくれた人にお礼を言うと
          たいてい皆が何か話して帰っていってくれる。
           
          ーこれはあなたが創造したパーソナリティ? いいわね、あなたはこれを何年ぐらいモチーフにしているの?
          ーすごく繊細でデリケートな作風だけれど、どういう画材で描いているの?
          ーあなたはこれをこの街の気配だと言うけれど、なぜこの色を使ったの? そしてなぜ、これはこんなに力強いの?
          ーこっちには少し光が見える気がする。でもこちらはすごく暗い。この違いは何?
          ーこれが気に入ったから買おうと思うんだけど、あなたはこれをどの向きで置くつもりで作った?
          (いや、買ってくれるあなたが好きなように置いてくれていい、と言うと)
          ーあなたがどう置きたくて作ったのかを知りたいの。この向きね、わかった、そう置く。

           
          まず見てくれた人の解釈で、ありきたりではない(すごいわね、いいわね、素敵ねとかではなく)
          独自の解釈を言葉にしてくれて
           
          そして、そのあとに必ず質問がくっついてくる。なので、何かしら答えなくてはならない。
           
          ーそうですね、ここ4年ぐらいです(考えたこともなかった! たぶんそんくらいだろう)
          ー柿渋と墨と自然の土を使っていて(以下、作風についてはフランス語で説明できる準備が必要)
          ー丘の上のブドウ畑に立ったとき、この地のえもいわれぬ力強いエネルギーを感じたので(言われて初めてそう思った)
          ーそれは夕暮れと朝日のイメージを表現してみた(んだったかわからんけど、なんかそんな気がしてきた)
          ーこっち向きに置くつもりで作った(ってことを今初めて考えたよ)


           
          みたいな感じで、大抵答えを用意していないものが多いんだけど
          問われて初めて、自分の中での答え探しが始まって
          それが思いがけず、とても楽しい作業になるもんなのである。
           
          作品の意図を説明せよ、と言われて準備した自分の解説を延々と話すよりも
          予期せぬ質問をどんどん投げかけられるほうが、格段に自分の世界が外に広がっていく。
          この開け放たれ感というか、ちょっと苦難だけれどM的に喜びに満ちてくる感じが
          私の世代で東京で体験できる機会があまり多くないので、とても好きだ。
           
          ほいでも、なんでもかんでもすぐ答えられるわけではないので
          うーん、と返答に詰まることもある。
          沈黙で会話が途切れるとちょっと気詰まりな雰囲気になってしまうので
          そう言う時は、
           
          「それはちょっと答えるのに難しい質問だ、だから考えさせて」と前置きして
          「あなたはどう思うの?」
          とまた質問を返していけば
          とりあえず会話は詰まらずにつながっていくことになる。

           
          絵巻物がなんだか人気です。
           
          その
          「とにかく質問」

           
          っていうのが、私がフランス語の会話をフランスで習い始めた時に、最初に言われたことだった。

           
          もう、なんでもいいの
          なんか聞け、と。

           
          とりあえず、なんか言われたら、はいと言って答えるだけじゃなくて
          相手にも必ず質問を返せ、と。
           
          そうじゃないと、そこで会話は終わってしまうし
          質問が戻らなければ、あなたはこの話題に興味があまりなかったと判断されて
          相手はどんどん次の話題に移っていってしまうから
          フランス人と話すときはとにかく質問をしなさい、そうすれば会話が続くから、と。
           
          もう、口を酸っぱくして言われ続けたのだった。

           
          ーなんでそう思ったの?
          ーそれのどこが好き?
          ー今起きているこのことについて、どう思う?
          ー日本ではこれについてどういう意見がある?

           
          質問を投げかけ続ける。
           
          これは、最初は全く慣れない作業で戸惑ったけれど
          ちょっとコツがわかってくれば、質問をするというのは
          コミュニケーションの上でも
          また、質問されることで呼び出される自分の新たな面に気づくという意味でも
          とても意味があることなんだ、ということがわかってきたように思う。

           
          ということで、こちらで展覧会をしていたら
          いろんな解釈の言葉をもらって楽しかったし
          思いもかけない質問もたくさん飛びだして、すごくうれしかった。
           
          なんつーか。
           
          日本では自分を意見をガンガン言う女とか>笑
          当たり障りのない範囲を逸脱したことを話し出す女とか>笑
           
          たいてい敬遠されるということを経験上知っている(ような気になっている)ので
          そういうスイッチをなるべく入れないようにしているんだなあと自分で気づいたりもした。
          (ほんで、時々こういうブログに書きなぐったりするのだ、好き勝手な意見を)。

           
          ここ数日で
          Fukushimaの現状であるとか、日本文化もかなり難しい局面にあるんじゃないの? とか
          日本の右傾化などについてもよく質問された。
           
          ほんで昨日は作品の話から流れ出して、日本は過去2回も原爆の被害に遭っている上に
          福島の事故もある国なのに、原発の抑止が進まないことについても意見を求められた。
           
          東京の急速な都市化についてとか、一方でフランスでもパリ市街が拡大して景観が崩れていることとか
          海洋のプラスチック問題とか

           
          私のようなつたないフランス語でも、「話さなくていけない」のではなく
          「話したくて仕方がない」質問がどんどん投げかけられれば、身を乗り出して話したくなる。
          そんな会話のキャッチボールみたいなもんが、フランスでの会話の面白さなんだと思う。
           
          日本で普段私がしている会話とは、これはかなり違っていて
          日本語では当たり障りのない会話、みたいなものに多くの時間を割いているような気がするので>笑
          こちらでは下手くそなフランス語でも、話すのは、かなり楽しい。

           
          ただ、やっぱりその会話を楽しむためには
          何かしら投げ返せる意見を持っていないといけない気がする。

           
          なんだろう。
           
          日本だと、雑学とか情報とか、いろんなことを知っていたり、いろんな体験談みたいなものを話せるのが重宝で
          聞き役は上手にウンウン、と聞いて相槌を打てる人が重宝がられるけど
          (さすがですね、知りませんでした、すごい!、センスいいですね、そうなんですかー! のさしすせそ技術みたいな>笑)
           
          とにかく質問され続けるので
          何かしら自分の意見を言わないと先に進まないことになり
          知識や体験も大事だけど、「こう思う」みたいな解釈がすごく求められる場面が多いのが
          日本での会話との違いかなー、と、まあ、ほんとつたないフランス語体験なんだけど
          私はそう思うことが多い。

           
          こっちで、
          あーそうなんだ、うんうん、へー、すごいね。わあ、すてき。
          なんてことばかり言ってたら
          まあ、たいていすぐつまんねーと話を振ってもらえなくなるから>笑

           
          地元の新聞のジャーナリストさんの取材。こちらの質問は早口すぎてほぼお手上げ>笑

           
          前にブルゴーニュに滞在していた時
          何度か私を面倒みてくれたクロディーンは
          「いづみと話すのは楽しい」とよく言ってくれた。
          話すというか、フランス語だとdiscuter 議論するという意味だけど。
           
          日本の少子化問題についてとか、農産物の話とか、なんかしら投げかけられたら
          もうなんでもいいから知ってる単語つなぎあわせて前のめりに喋りたくなる。
          どうでもいいような日常の話題でも、私はこう思うんだけど、ってどんどん話していいんだとわかったら
          意見を言うのが楽しくて仕方ない。

          日常ではどこかで、こんな意見を持っているなんてやっかいだ思われないかとか
          難しい、面倒な女だと思われないかみたいなことが気になって
          かなりの部分をオブラートにつつんでいるんだと思う>笑


           
          やっかいなことを話せば話すほど面白がられるというのは、なんと楽しいんじゃろう!!



           
          先日のことだけれど、彼女のところに来ていた生徒さんが
          様々な場所で
          「何をしているの?」と聞かれて(これはものすごくよく聞かれる)
          主婦です、と答えたのだそうだ。
           
          相手の多くが「??」という反応をした。
          Femme au foyer って何?
          意味がわからないんだけど。。。。。。。

           
          そして、そこで会話は終わってしまうことが多く
          その生徒さんはしばらく、なんだか落ち込んでしまった。
          主婦って言うと、なんだかつまんないと思われるみたいなんです、と。
           
          フランスでは多くの女性が働いているから、主婦と言われても次に投げかける質問が思い浮かばない。
          なんでもいいから、前にしていた仕事を答えたらいいよ、
          今は主婦をしていますが、前は銀行で働いていましたとか
          もうなんでもいいから話せば、会話がつながるから、と話した。
           
          えー、でもそれ、もう何年も前のことだから話したらおかしいです、というので
           
          いいんだよ、だってそれがあなたなんだから、昔の仕事を話したって構わないよ。
          あとは別に仕事でなくてもいい、ボランティアとかでもいいから地域でこんな活動をしているとか
          今は家の改装に専念しているとか、とにかく自分を説明できることをなんか言えば
          それで相手はあなたを知るとっかかりができて、そこから質問ができるから、と。
          そんな風にアドバイスしてみたのだけれど。

           
          でも、なかなかコツがつかめずに
          なぜ? と聞かれて反射的に理由を言うという習慣がなくて
          なんとなくそうしたい、とか、わからないけど好きとか、そういう答えになってしまって会話がつながらず困っていた。

          家族以外の人間に、即座に自分の意見を返す。
          それ、特に日本で専業主婦を長くやっていると、後退していく技能なのかもしれないなあ、なんて思ったりもした。

           
          何に属しているか、という答えが必要とされて
          それを聞いたら安心するという文化と
           
          何をしているか、という答えが必要とされて
          それを聞いたら次の質問が思い浮かんで会話がつながっていくという文化と
           
          パーソナリティのありかは会話のあり方でも違ってくるんだなあ、なんて思うこのごろだったりする。


           
          別にフランスが良くて日本が良くないなんてことが言いたいんじゃなくて
          (だってフランス人めんどくさいし、頑固でエゴイストだし>笑 会話もしんどいことも多い)

           
          コミュニケーションのあり方ひとつでも
          お国柄があって面白いなーって思う。
           
          そんで、たまにいつも自分が埋没している形のようなものを抜け出して
          別のスタイルの中に身を置いてみると
          いろんな発見やワクワクがあって、新たな自分の側面が見えて、すごく面白いなと思う。

           
          ということで、質問文化の中で
          面白い体験をしています。

           
          さきほど作品がひとつ、売れました。

           
          たくさん質問されて、たくさん答えて、そんなやりとりの中で売れていくというのは
          なんと幸せなことなんだー、とすごく思っています。

           
          ありがたいです。
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          子供の頃アートをどう習ったんだっけ? と改めて考えてみている件

          2017.09.28 Thursday 06:46
          0

            フランスで1週間ぐらい制作して発表して帰る。

            そう思ってきたんだけど、思いがけず展示の開始日が土曜日となり。

            金曜日の午後から展示の準備があってプレ来客もあるというので、気がついたら制作日が3日半っていう、もうなにそれってぐらい突貫工事の展覧会に向けてなんか作ってます。

             

            無理だろうと思うけど

            まあ、なんとかなっちゃうことを信じて。

             

            そんな最中に、ちょっと考えることがあったので書いてみることにする。

            (試験の前にまんが読み出したりしちゃうという、あれですな)

             

             

             

            先週Montbardで数日過ごしていたとき

            私が何度か語学の先生をお願いしていたクロディーンと話していて、こんなことを言われた。

             

            いづみ、日本の人はなぜ、答えのないものに答えるのが不得意なのかしら。

            フランス語の勉強をするのに、私はよくいろんなシーンを描いたイラストを使うのよ。

            外で男女が話しているとか、その横でペンキを塗っている人がいるとか、その類のもの。

            で、それを見て、このシーンを説明してというと

            日本人の多くの人は固まってしまう。

             

            この男女は夫婦ですか?

            それとも友達ですか?

            ここはレストラン? それとも誰かの家?

             

            そんな風に答えを欲しがるの。

            でもこのイラストには答えはないので、もうあなたの好きなように想像して答えていいのよと言うんだけど

            小さなヒントからそれぞれにイメージを広げて行くのが、不得意な人が多いなあと感じる。

            フランス人やアメリカ人とか、もうそれは好き勝手に話し出すわよ。

            この二人は不倫中で隠れてバカンスにやってきたんだけど云々、、、、って>笑

             

             

             

             

            あああ、もうね。

            なんかそれ、私もそうだったからわかる気がするね。

            私もその絵見せられたことあるもの。

            で、あまりにヒントが少なすぎて、どう説明していいかわからなかった。

            これだけの情景で、説明できるわけないじゃん! と思ったけど

            勝手にどんどん解釈して自分でストーリーを作っちゃえばよかったんだな。あれは。

             

             

            ま、その話は横に置いておいて。

             

             

             

            今年もブルゴーニュの小さな街で開催されている催しにいくつか行って

            またいつものような感想を持った。

             

            アートが本当に自由。

             

             

            まあ、パリの有名ギャラリーとかなら別だろうけど

            ほぼ、誰も立派な額になんて絵を入れていない。

            展示の仕方が本当にユニークで、すごく参考になる。

            クリップで止めただけの人。映写用のスクリーンにつけている人、スチロールに貼ってるだけの人、ただピンで止めただけの人。

             

            画布や素材も、かなり独特で安上がりなものを使っている人も多い。

            そして、題材が本当に多種多様で面白い。

             

            とにかく一番うれしいのは

             

            風景画と静物画と花の絵とか人物画 が一切ないことだ!!!!

            (ふんがっ!!!!)

            (もう、日本だとあれなんで? いや、いんだけどさ、描きたい気持ちが大切だから。でも、ほんと、フランスであの手の絵に遭遇したことない。これは本当に不思議だ。技術じゃなくて創造性と個性のほうが重視されると、この手の絵は減っていくのかもしれない)

             

            そんでもいっこすがすがしいのは

            誰もプロフィールなんてずらずら書いたものを展示していないってことだ。

            作家名だけ。

            いいじゃん、それで。

             

            日本だと、作品を見るだけでは評価しずらくて

            プロフィールや経歴で判断してはじめて、作品の価値が見えて来るってことなんだと思う。

            ブランドというか。自分以外の誰かが評価してくれているものに、安心するというか。

            ま、私もそういうところはあるから偉そうなことは言えない。

             

             

            展示を見るSemurに住むお友達。

             

             

            今回見たのは小さな町の公会堂みたいなところでやっているアートの展示だけど

            クオリティは高いし

            そして何より

            見に来た人たちが本当にそれぞれに、作品について延々と語ったり批評しあっているのが楽しかった。

             

            私はこちらの友達と、そしてクロディーンと一緒に2回行ったけど

            都度呼び止められて「あれ見た? あれいいよ」「これはおもしろいでしょ」と声をかけられる。

             

            「私はこの写真が一番好きよ。これは見ていったほうがいい。ものすごく力強い。この人、ウクライナから来た写真家よ」

             

            そう言われて見に行った写真が素晴らしくて、同行のクロディーンに今の人は? と効いたら

             

            「あ、彼女はいづみもよく知ってる、ビオのマルシェで野菜を売ってる人の奥さん」

            と言われた。

             

            そのあと、声をかけられてまた、いい作品があるよと言っていったのは

            郵便配達のおばちゃんだった。

             

            そして、このぺらっとしたもんが、300ユーロ? みたいなもんが

            親戚でも友達でもない人に、ちゃんと買われていくということも知った。

             

            日本では、なかなかこういうことには遭遇しないなあと思う。

             

            それで、その展示の一部屋では、子供達が先生と作家と一緒に、インスタレーションを見ながら授業をしていたんだけど

            そのインスタレーションっていうのがさ、もう、学園祭の出し物みたいなちょいチープな代物で。

            どうやっても、これを前に何を語るのだろうと思っていたら、

            ずらずらとぶらさがっているおばけみたいなモチーフの一つ一つを

            「あれはなんだと思う?」と子供たちに答えさせているのだった。

             

            あれはマスク

            あれは人の顔

            あれは動物かも

            あれは影?

             

            そしてそのすべてが正解で、とにかく一番大事なのは、見たものに対して自分の感じたこと、解釈、意見を言うことなのだ、ということらしい。

            フランスではどんな美術館でもたいてい子供達が床に座って先生と絵を見に来ていて、延々と長い時間、先生が説明もしているけど、子供達もなんだか勝手に意見を言っている。

             

             

            それで思い出そうとしたんだけど

            私たちは学校で、いったいどんな美術教育を受けていたんだっけなあ。

            ゴッホがアルルの家で描いたゴーギャンの椅子を見て

            どんな気持ちだったんだろうと考えたりとか、その絵を見て自分がどんな気持ちになるとか

            そんなことをだらだらじっくり、話したりしたこととか、あまりないような気もするけど、実際はどうなんだろう。

            忘れちゃった。

             

            たとえそれが有名な人の作品でなくても

            自分が好きだなと思ったものの前で、自分なりの解釈をして意見を言い合い、作家がいれば制作の意図や技法を聞き

            ああ、そりゃいいねと思えば作品を買う。

            日本でなかなかそういうことが起こらないのは、やっぱり「答えのないものに自分の解釈をつけていく」ということに対する訓練が、圧倒的に足りないせいなのかもしれない、とも思ってみたりする。今はどうなの?

             

             

             

             

            物事には、答えが必要なものと

            答えがなくていいものがあって。

             

            私が受けてきた教育は、答えがなくていいものにも答えが用意されていたり

            それぞれが独自の解釈をしたときに、それを面白がったり、批判しあったりする土壌があまりなかったなあ、とも思う。

             

            批判(クリティーク)というのは相手を否定することでよくないことで

            それぞれが自分なりに正しい答えを持っている状態で、意見のやりとりをするという訓練があまりできていないんだと思う。

             

             

             

            それで思いだしたけど

            私が小学生の時

             

            もう原型は忘れてしまったけれど、誰かの俳句を読んで、それがどういう風景を表しているのかと先生が問うたことがある。

            私はその俳句を読んだら

            雨上がりの風景がぱーっと目の前に浮かんできて、手をあげて

            「雨が上がって日の光が差してきて、その時大きな木の下にいたら風が吹いて、一斉に葉っぱの水が落ちてきて。その水が太陽の光を反射してきらきら光って、宝石が落ちてきたみたいにきれいに見えた」

            と答えた。

             

            そしたら、先生は

             

            「は? なんですか、それは。ぜんぜん違います」

             

            と言って、他の人が答えた

            「木の下で木漏れ日がゆれている」という答えに

             

            「それが正解です」 と言った。

             

             

            私はずっと釈然としなくって、

            たぶん、それが正解なのかもしれないけど

            私はその時、その美しい風景が確かに見えて、それはとっても素敵じゃないかと思ったのだった。

            その自分のイメージの美しさを、「ぜんぜん違います」と言われたことに、なんだか腹がたつような傷ついたような不思議な思いをしたこと、今でも覚えてる。

             

             

            あ、大学の時のこんな話もある。単位をとるために短大の図書館学の授業を一コマとったら、病院でのいわゆる感動もののドキュメンタリー作品みたいなものを見せられて、それで教室中で女子大生がぐずぐずと感動して泣き出すという場面があった。

            んで、感想を聞かれたので正直に

            「これはどこまでがノンフィクションで、どこの部分が再構成なんですか?」と聞いたら

            教授もまわりの学生もびっくりした顔をして

            「そんなことをこれまで言った学生はいない。君には物事に感動するという心はないのか」と言われてびっくらいこいた。

             

            いや、だって、主人公のおばあちゃん、俳優さんでしょ? 最後死んじゃったし、台詞回しが役者さん。

            でも介護してた子は障がい者で、役者さんには見えなかった。

            このエピソードに関して、誰が本物で誰が配役なの?

            そういうことも勘案せずに、感動ものにはただ泣けと?

            批判したわけでもなんでもないのに、なんで怒られるんだか。

             

             

            なんかいろいろわかんない。

             

            たぶん作者は雨あがりの風景を描いたのではないと思うけれど、

            そういう解釈もあるんだね、美しい風景をイメージしたね。

             

            ドキュメンタリーの手法として、この方法がどういう効果を生むのかを一緒に考えてみよう。

             

             

            そういう風に語り合えたらよかったのになーって思う。

             

             

            とりとめなくなっちゃったけど。

            最後に。

             

             

             

            私が書いた原稿がさ、

            どっかの大学の入学試験に使われたのよ。

            それがその後送られてきて。

             

            「作者は下線の部分で、何を言いたかったのでしょう」 って設問になってて

             

             

            え? エ?

            私この部分でなんか言いたかったことなんてあったの? って思って答えを見て

             

            へー。

            私こんなことを言いたかったんだ、とびっくりしたよ。

            本人考えてもないことが書いてあった。

             

             

            「正解」なんてそんなもん。

             

             

            たった一つの答えなんて、あるわけがないんじゃないのかな。

             

             

             

            アートは想像力を広げてくれるもの。

            日本でその教育時間がどんどん減っているというのは

            とてもとても、寂しいことだと思う。

             

            フランスに来ると、さらに、そう思う。

             

            あー、でもね、と追記。

             

             

            若い世代は自由にアートを楽しんでるなあとほんとによく思うの。

            そういう空気、どんどん広げていってほしいなと思う。

             

            窮屈にしているのは私たちの世代。

            想像力がない人たちが動かしている大人の世界。

            未来は素敵でありますように。

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            フランスで「こけし」の説明をしたらなんだか大変なことになってしまったお話

            2017.09.26 Tuesday 15:15
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              フランスにアートレジデンスに来ています。

              なんでそうなったんかというあたりは長くなるのでまた改めて。

               

              それで、こないだこっちのアーティストさんたちとごはん食べてたときにした話について、書く。

              「こけし」がテーマ。

               

              レジデンスするアトリエを借りる前日にJoignyというパリから1時間ほどの街に到着して

              こちらに住んでいるフランスの友人の家に1泊させてもらいました。

              彼女はパリから移り住んできた脚本家&画家の女性。私よりずっと若くてとってもきれいで、ほんまええ子なんよ。

              (突然関西弁)。

               

              彼女の家には、ポーランドからやってきた写真家の、これまたかっこいい女の子が

              この街に住めないかと家と仕事を探すために一時的に滞在していて、朝おしゃべりをしていて、こんな話になった。

               

              私が日本から持参した、七福神の絵が描いてある九谷のぐい飲みを、前の夜にそれぞれの人にあげたんだけど

              それがすごく気に入ったからここに飾った! とクレールが言う(画家の女の子)。

               

              ーうん! 私も! ほんとうれしいよ、ありがとう、とウルスラ(ポーランドの写真家の子)も言う。

               

              すると、その横に日本のとても古い小さなこけし人形が飾ってあって

              そういえば、とウルスラが話し出した。

               

              ーそれって、やっぱり日本のものでしょう?

               私前に友達にもらっんだ。

               それは身を守ってくれる幸福のお守りなのよね? だから片時も離さず持ち歩いているんだけど。

               

               

               

              あれ、こけしってそうだっけ?

               

               

              なんか適当にうなずいておけばよかったんだけど

              ついつい調子に乗ってこんなことを言ってしまった。

               

              あー、そうだね。でも日本では持ち歩くお守りというのではないかも。。。。。。。

               

              ーえ、じゃあどういうものなの?

               

              「こけし」というのは日本語で「消えた子供」という意味にもなるんだよ

               

              ーえ!?

               (一同蒼ざめる)

               

              いやいや、いろんな解釈があるんだけどね。ただ、昔日本の農村はとっても貧しくて、子供が生まれてしまっても育てられないということも多くて、やむなく生まれたばかりの子供を処分したりもしたの。その時、その子供の代わりにこけしを飾ったという人もいる。

               

              ー!!!! じゃあ、これは死んだ子供の身代わりなの?

               

              ここで家主のクレールが、あわてて飾り棚からこけしをどけて、ウルスラに返しながら

              ー前にも言ったけど、私これ、好きじゃなかったの。だからこれはもう置きたくない。あなたが持っていって。

               

              ウルスラも震えながら

              ーなんてことなの! 私はこれは私の身を守ってくれると言われたから、世界を旅していたここ2年の間、ひと時も離さずに身につけて、寝るときは寝室に飾って、ずっと持ち歩いていたの。幸福のシンボルと思っていたものが、殺された子供の身代わりだったの?

               

               

               

              もう、私はすごく慌ててしまって、なんとか話を元に戻そうとこう言った。

              いやいや、民俗学としてそういう解釈もあるっていうことで、こけしは日本の多くの観光地で作られて売られているし、たくさんの人が買って飾ってるよ。

               

              ー待って。どうして殺した子供の代わりに人形を飾るの?

               

              えっと、その子が家を守ってくれると考えたんだと思う(しどろもどろ)

               

              ーなぜ殺した子が家を守るの????

               

              ひえー。

              ちょっと待って。ちゃんとした由来を説明するから。。。。。

               

              、、、とあわててwikiを出して、フランス語での説明を試みる。

               

              あくまでもそういう解釈があるってことで、本来は神様が降りてくる場所だったり、子供のおもちゃだったり、とにかく日本の地方でよく作られているんだってばー。

               

               

               

               

              がしかし、時はすでに遅く。

               

              ウルスラはこけしを手のひらの中に収めながら、何やらすごく深刻な状態になってしまった。

              私は一生懸命、大切な人にもらったお守りとして持っていればいいと言ったけど

               

              ーでも、この人形にはダブルミーニングがあるってことよね

               

              というので、

              うーん。でも日本人はそんなことは今は気にしていないし、あくまでも昔の話で、そういう人もいるってぐらいのことで。。。。

               

              といっても全然だめぽ。

              困ったな。申し訳ない。変なこと言っちゃって。ごめんねー。

               

               

              私はひたすら謝っていたんだけど、

              彼女がそこで深く物思いにふけってしまったのには、どうやら別の理由があったようだった。

               

              しばらく彼女はクレールと早口のフランス語で何か話し続けていて、小さな声で早く話されるフランス語が聞き取れない私は、申し訳ない気持ちいっぱいで佇んでいたんだけど。

              それからおもむろに、私に向けてわかりやすく説明をはじめた。

               

               

              彼女が住んでいたポーランドでは、さまざまは歴史の繰り返しがあって

              先日彼女の家のすぐそばで、無縁仏(という表現かどうかわからないけど、とにかく身元不詳の人たちがまとめて埋葬されている場所)のお墓がみつかったのだそうだ。

              そこには誰のものかもうわからない骨が混じり合っていたので、DNA鑑定が行われることになった。

              そこで、そのうちのひとつが、血縁としては彼女の叔父にあたるものであることが判明して、その子は生まれてすぐに亡くなっていることがわかった。でも、そのことについて、彼女の身内は誰一人知らされていなかったし、生まれてすぐに死んだ子供がいるということが、その時はじめてわかったのだそうだ。

               

              彼女の身内は、その生まれてすぐ亡くなった子供のためのお葬式を、つい先日済ませたばかりだ、と。

               

               

              ーこのこけしは、私たちがその死んだ子供のことを知る前に、私の手元に来たの。

               それからずっと、私はこの人形と一緒に旅を続けてきた。この子はずっと私と一緒にいたんだよ。

               この間、私たちはお葬式をして、誰にも知られずに死んでしまった小さな子供を見送った。

               

               今日ここに、日本からいづみが来て、その話を聞いて

               なんだかすべてがつながっているんだと思った。

               

               この人形は、きっと私たちのその小さな子どもの代わりに、私の手元に来てその存在を教えてくれて

               旅の間私を守ってくれた。でも、お葬式を済ませて私たちがその子を見送ることができたから

               これはもう、私が手放していいということなんだと思う。

               

              え? え? そうかな。そうなのかな。

               

              ーいづみ、あなたの国では、死んだ人をどうやってとむらうの?

               

              えっと、焼いて埋める。

               

              ー埋めるのね?

               

              あー、うん、埋める(もう説明がうまくできない)

               

              その日、私は朝食を食べたら家の裏にあるぶどう畑の丘に登って、制作の足しになるような写真とか石ころとかを集めて歩く予定だった。ウルスラは家で仕事をしているから、いつでも寄っていいよと言ってくれていたんだけど

               

              ー私、今日の予定を変えることにした。

               これからいづみと一緒に、ぶどう畑の丘に登る。そして、この人形を埋めておとむらいをする。

               ちょっと待ってて、すぐ着替えてくるから!

               

               

               

              あー、えっと。うーんと。

              ごめんごめん、変なこと言っちゃってごめん。

              持っていても大丈夫なんだよ、不吉なものじゃぜんぜんないんだよ。

               

               

              ー違うのよ、今、私はいづみに心から感謝してるの。

               その話を教えてもらって。

               私にとって、今の話はものすごく大切なことで、とても心を打たれたし、こうすることが私にとても重要なの。

               

               

               

               

              ということで、私たちは丘に登り

              森の中の古い古い2つの木に挟まれた場所に穴を掘って

              日本の古い、小さなこけしを埋めた。

               

              ー日本では、お墓をお参りするときに何を飾るの?

               

              というので、花を飾って、お墓には水をかけて清めたりする、と話したので

              彼女はこけしにたくさんの花をもたせて、ペットボトルに入れた水を最後に墓石に見立てた石の上にかけて、お祈りをした。

               

              ポーランドのやり方と

              日本のやり方で。

               

               

              彼女は祈りの言葉を唱えたけど

              日本では手を合わせて、声は出さずに心の中で思いを伝えるんだ、と話したら

              じっと手を合わせて目をつむっていた。

               

               

               

              なんだろう。

              私、悪いことをしたのか

              いいことをしたのか

              よくわからなくなってしまったけれど

               

              これはこれで、

              なんだか不思議な体験だったんじゃないかなあと思う。

               

               

               

               

              それから彼女はぶどう畑の真ん中で、丘の上から街を見下ろしながら

              しばらく座禅を組んで瞑想をしてから帰るといって、その場に残った。

               

              戻って来た彼女と、クレールと、クレールの男友達が加わって昼食をすることになり

              話は当然、そのことになり

               

              どうやら彼女は、その帰り道で誰からのものともわからない携帯のメッセージ入り続けて

              すごく怖い思いをしたらしい。怪奇現象というか、霊障というか。わかんないけど、そんなものじゃないかと思っているようで

               

               

              その彼女に対して、加わった男友達が一生懸命アドバイスをしているのも、また不思議な体験だった。

               

              おかしな状態になった時には、大きな声で「ストップ!」と叫ぶのも効果がある、とか。

              仏教では声明を唱えるとか

              そして突然 南妙法蓮華経 を唱えだすとか

               

              とにかくもう、いろいろ面白い。

              というか、こちらの割と知的な人たちは、たぶん、私たちよりずっとよく

              仏教とか禅について知っているし

               

              レイキとかホメオパシーとか

              日本では、勘弁して、胡散臭いと思うような内容のことも(ごめんなさい)

              とても真剣に取り組んでやっている。

              ほんと、面白い。

               

               

              で、やっぱりフランスでも、ちょっとおかしなことがあったら

              塩を撒くんだそうです。

               

              日本だけかと思ってたけど。

               

              肩越しに塩を撒く。

              おばあちゃんちでもよくやってた、って言ってたよ。

               

               

               

               

               

               

              最終的に、ウルスラはミントの葉を両手に握って

              木の下で瞑想していました。

               

              いづみは大丈夫? って言われたけど

              私は何事もなく、大丈夫です。

               

              という、こけしから始まるお話でした。

               

              category:アートと暮らし en France | by:武蔵野婦人comments(0) | - | -

              「やらなかったこと」について 「やっていればきっとこうだった」と考えることの意味についてー円柱12時間のその後

              2017.08.05 Saturday 10:01
              0

                お久しぶりです。

                絵ばかり描いていたら、頭が文章モードになかなか戻らなくなっていました。人の脳みそは、あまり器用にはできていないのかも。あ、違うのか、自分がただマルチタスクができなくなっているだけか>笑

                 

                私は文章を書くのにとても時間がかかるタチ(なんどもなんども推敲してしまうので)なので、ブログで半日終わってしまうことも多く。最近はなんだか、雑多にやることが増えたということなのかもしれない。

                 

                さて、そんな言い訳をしている間に、以前のブログの記事にコメントをいただきました。

                それにお答えしようと思ったら、コメント欄で書ききれそうもない内容だったので、記事のほうに持ってきてしまった。

                勝手に題材にしてしまって申し訳ありません。

                でもこれは、なんだか私も折に触れて考えることだったので、ちょっと向き合ってみようと思う。

                質問はこんな内容。

                 

                ==================================

                私は子どもに美術系を許さなかった母です。
                (中略)

                持論なのですが、美術とか創作系を志す人は何か「やむにやまれぬもの」を持っており、それはたかだか教師や親に反対されたからと言って、やすやすと手離す物ではない。

                そう思う母の信念を、打ち破る力がわずか16.7の子どもには無かったのかもしれないと思い至ったのは随分後の事で、それ以来、子どもの希望の芽を摘んでしまったと、折に触れて後悔していました。

                とはいえ、本当に志があれば、もし一時その道から外れたとしても、結局はそこに戻ってくる。
                運命なのか、諦めぬ心なのか、それは分からないけれど。
                という思いはやっぱりあって。

                本当にやりたかったら、本人がなんとかして道を探すだろう、と。

                それから、美術大学に行ったからと言ってそちら方面の仕事に就けるとは限らず、かえって行かなかった人の方が、現在活躍してるように思える、というのもあった。(自分の視野内で)

                もちろんそこには、余人の計り知れぬ努力や苦労があったのだとは思うけれど。

                でも、そういう人たち(美大に行かなかった人たち)が系統だって美術を学ぶ場に行けたら、さらに素晴らしい作品を作り上げたり、新たな才能を開花させたりしたのかしら。

                12時間円柱を描き続けることを、10代のうちに大学で学べてたらもっと良かった、と思われますか?
                それとも、人生を経た今だからこそ学び取れた、気づけた、と思われますか?

                 

                ===================================

                 

                つまりは、私が考えなくてはいけないのはここですね。

                 

                12時間円柱を描き続けることを、10代のうちに大学で学べてたらもっと良かった、と思われますか?
                それとも、人生を経た今だからこそ学び取れた、気づけた、と思われますか?

                 

                これはすぐに答えられる。

                10代ではなく、今だからこそ学びとれたことだ、と。

                 

                 

                そして

                 

                それから、美術大学に行ったからと言ってそちら方面の仕事に就けるとは限らず、かえって行かなかった人の方が、現在活躍してるように思える、というのもあった。(自分の視野内で)

                 

                ということも真実のひとつだと思うし、

                 

                でも、そういう人たち(美大に行かなかった人たち)が系統だって美術を学ぶ場に行けたら、さらに素晴らしい作品を作り上げたり、新たな才能を開花させたりしたのかしら。

                 

                というのも確かにそうだと思う。

                あれから私は紆余曲折で今の仕事をしているけど、高校のあと美大に行ってたら今よりたいした人間になっていたかどうかは全然わからないし、ってか、ダメだったかもなーって思う。

                 

                 

                で、それこそが、私が長いこと抱えてきたコンプレックスなのかもしれない。

                 

                 

                「私は絵が描きたい人間で、その才能もきっとある」

                 

                と心のどこかで思いながら、絵を描かずに生きてしまった結果

                あるところからアートに取り組み出すとどういうことになるかというと

                 

                「本当は才能なんてまったくなかった」

                 

                という自分に直面する恐怖と戦うことになる。だから口実をつけては避けて通ったりする。

                やらないでいれば、「才能なんてなかった」という恐怖の現実に向き合わずに済むから。

                 

                 

                つまりはそれが、質問者さんの言う

                 

                持論なのですが、美術とか創作系を志す人は何か「やむにやまれぬもの」を持っており、それはたかだか教師や親に反対されたからと言って、やすやすと手離す物ではない。

                 

                ってことなんだろうと思う。本当に止むに止まれず描く人は、反対されてもやめないし

                やめざるをえなかった自分は、本物ではないってことを、心のどっかで感じてる。

                でもね、だからこそ

                 

                 

                あとからそんなジクジクと拘泥にはまる前に、とっとと若いうちに取り組んでおきたかったという思いはある。

                 

                 

                結局、「禁止」されたことで、

                ”何もしていないくせに、何かができるような気になっている”自分が作られ、

                 

                そして、そんな「やればきっとできたはず」という後悔のような怨念のようなものが心の中に植え込まれていて

                何かにつけて傷のようにうずいては、私が進路を決めていく中でいろいろな邪念になったように思う。

                 

                ま、言い訳っぽいけど。

                 

                 

                 

                まあ、でもね。

                 

                そういう悔しさみたいなものをバネに、いろいろ頑張れたというのはあるので

                私は今の自分には満足しているし、誇りも持てているし、

                紆余曲折やってきたけど、悪い人生じゃなかったなーって思う。

                 

                だからこそ、いま

                また学べる時間ができたときに、学び直す。

                うんうん、それで十分いいよね!

                って。

                 

                まあ、そう思うわけですが。

                 

                 

                 

                でもね。

                再び美大で学び始めてみて

                 

                 

                やっぱりね

                 

                 

                 

                やっぱり違うんですよね。

                違う。

                 

                 

                 

                自分は経験も積んでスキルも上がってるから

                学ぶ効率は逆に、今の方がよいのではないかとも思う。

                見てきた美術の世界も10代よりは膨大で、世界で本物いっぱい見てるし

                そんな蓄積も絶対大きい。

                 

                 

                 

                それでも。

                違う。

                 

                 

                「自分」の認識の仕方、「自分」の価値について

                その基盤を作っていく年齢の時期に

                「やりたい」ことができる場所を選んで

                「やりたい」ことが似ている人たちの中で

                「ここにいていいよ」と承認され

                とりあえずは「やりたい」と思えることに夢中で取り組む時間を持つことは

                 

                その後の人生のあり方に

                大きく、大きく関わるんじゃないかなあ、違うかなあ。

                それを今やれるかというと、なんだか全く違う世界がそこにあるんじゃないかなあ。

                 

                 

                 

                あ!!! でも私

                美大に行ったわけじゃないので、行ったらどうなったのかは語れないのだった。

                 

                そうだそうだ、語れないのだったよ。

                 

                 

                 

                 

                というのも

                 

                 

                大学でフランス文学学び始めた2年目に

                もうほんとにやってらんない、こんな世界にいられない(だって誰とも話が合わない>笑)

                だからといって美大に入り直すこともできない(親の反対半端ない、家出る甲斐性もない)から

                自分で貯めたこずかいで、1年勉強すれば仕事になりそうな学校に勝手に通うことにした。

                 

                選んだのはスタイリスト。

                 

                それで撮影からスタイリング、メイクにヘアまでいろいろ学んでいよいよ卒業となり

                就職相談になったので、担当の専門学校の先生に

                「大学をやめてスタイリストになる」と伝えた。

                そしたら先生に言われたのだった。

                 

                 

                なぜ? ちゃんとした大学に通っているのに、やめることないでしょう。卒業してからスタイリストの仕事すれば?

                 

                 

                 

                なので

                「もう辞めます。大学なんて本当に、行っても意味のないところです」と答えた。

                その時の先生の一言、いまも忘れられないよ。

                 

                 

                 

                「ももせさん。意味がないと言えるのは、大学を卒業した人だけですよ。

                 卒業もせずに意味がないと言っても、なんの説得力もないですよ」

                 

                 

                 

                 

                当時私は、本当の本当に大学って意味がないと思っていたので

                とても素直に、

                 

                「そうか、じゃあ、本当に意味がないと言えるように、卒業だけはしよう」と思った>笑

                 

                 

                そんで、6年もかけて大学を卒業して、今改めてどうかっていうと

                たぶん、意味はあったと思う。

                ある意味では意味がなかったけれど、別の意味では意味があった(呪文みたいだけど)。

                その時の先生には感謝したいと思います。ありがとうございました。

                 

                そしてその間、「意味がない」などとほざいてる娘の学費をコツコツと払ってくれた両親にも改めて

                ありがとうございました。

                 

                 

                まあ、そんなわけで

                経験しなかったことに対して、きっとこうだったはずとか

                こうなったに違いないなんてことを考えることの無意味さについて

                心に強く思うわけなので、

                美大に行ったらきっとそうなってたに違いないなんてことを推測すること自体が無意味なわけなんだと思う。

                 

                 

                 

                「できたはず」を抱え続けるってことは、そんな無意味な妄想で人生のどっかを支配されちゃうから

                とっととやってみて、できるんじゃないかと思うことは、経験しておいたほうがよい、とつくづく思う。

                 

                 

                 

                 

                ということで、最初の質問の内容に戻ると、今言えるのは

                 

                 

                「12時間円柱を書き続けて学んだことは、今だからこそ得られた経験だし

                 希望する進路に進めたからといって、よりよい人間になっているとも思わない。

                 でも、じゃあ美大に行かなくてもよかったのかというと

                 それはやっぱり、やりたいときにちゃんと、やりたいことはやっておくべきだったと今改めて思う。

                 なぜなら、同じ体験はもう人生を積み重ねた後からはできなくて

                 若いときにきちんと、自分の芯にあるものに向き合っておくことはその後の人生にとても大切なことだ」

                 

                ってことになるのかなーって思う。

                 

                妄想みたいに頭の中で考えるだけで、実際に手を動かさなかったことの代償は、かなり大きいなと

                最近つくづく思うことが多いです。フランス文学科に行こうと、赤坂でバブル時代の会社員をやろうと

                毎日もっと真剣に描かなくちゃあかんかったんだよ。まあ、頑張るけど。

                 

                 

                 

                 

                 

                さて、私の美大リベンジには後日談がある。

                 

                前のブログで円柱12時間描いたよって書いた記事は、なんかバズってたくさんの人が読んでくださったけど

                あれから1年。

                私は今何をしているかというと

                もう美大には通っていない。

                 

                なぜかというと

                 

                人生経験も、仕事経験もいっぱい重ねてきてしまった50代の私が

                美大で基礎を学ぼうと考えても

                スタート地点があまりにも違いすぎるということに直面したから。

                 

                「美大」でものを学ぶことが、もう今の自分のスケールに合っていない。

                それで、結局それぞれ作家の先生について、今年はやりたいことだけに取り組んでいる。

                それが正しいのかどうかはぜんぜんわからないけど、「できたはず」と抱えてきた妄想は

                この1年ほどで大きく変化して、新しい形になってきたような気がする。

                 

                超試行錯誤時代だけど。

                 

                 

                 

                それでも、去年学校に通ったことには、別の大きな意味があったのは確かだった。

                 

                ひとつは長くフリーランスで自己采配で1日を過ごしてきた自分が

                「とりあえず通う」場を得て、時間割のある日常を過ごしたこと。

                「場を得る」。

                これはとっても心身の安定につながった。

                 

                それともうひとつは

                 

                「美大に行かなかった」ことの根元の意味について、ちょっとした気づきがあったことだ。

                 

                 

                 

                私の親子関係はちょっと複雑なところが多く

                仲良し母娘であったがゆえの確執みたいなものも大きかったのだけれど

                昨年、私の誕生日で食事をしている時

                おそらく

                自分が覚えている中で人生ではじめて、といっていいと思うんだけど、母に大きなおねだりをしたのだった。

                ほぼ冗談で。誕生日プレゼント何がいい? と聞かれて

                 

                 

                「学費、払ってよー」と。

                 

                 

                私がまだ40代の頃、「美大行きたかったのに大反対したよね」と両親に話したら

                母は機嫌が悪くなって、そんなことを言う私を制止した。

                なんか、全然わかってくれてなかったんだなー、という遺恨もあって、だから言ってみたのだった。

                 

                 

                「ほんとに行きたかったんだよー、それ忘れられないから今行くことにしたの。

                 だからさー、リベンジで学費払ってよー。

                 なんちゃってね、ははは、冗談冗談」

                 

                 

                あ、変なこと言っちゃった。機嫌悪くなるなーと思っていたら

                母は一瞬首を傾げて、それから

                 

                 

                 

                「ほんと、かわいそうなことをしたわね。行かせてあげればよかった。ごめんね」

                 

                 

                 

                と言った。

                 

                 

                え?

                 

                ぽかんとしている私に

                 

                 

                「でもね、払ってあげたいのは山々だけれど、今はうちは年金が少なくて、いろいろ出入りも多くて余裕がなくて。

                 ごめんね」

                 

                と頭を下げたのだった。

                 

                 

                え?

                 

                え?

                 

                 

                 

                今何が起きたんだろう。

                常に強気だった母から出た言葉にびっくりして、私はあわてて否定した。

                 

                「いやいや、ぜんぜん本気で払ってなんて思ってないから。

                 なんか、昔わかってもらえなかったのが悔しくて、だからいじわるで言ってみただけだから。

                 貯金もあるし、大丈夫だよ。こっちこそ、ごめんね、変なこと言って」、と。

                 

                 

                 

                 

                それから1ヶ月後、息子の誕生日があって、再び私たちは食事会をして

                その席で母は、私の息子である孫に、

                「これは誕生日のお祝い」といって、ちょっとしたお金の入った封筒を渡した。

                 

                いつもありがとう、と伝えると、

                彼女は

                 

                「これは、あなたに」

                 

                ともうひとつの封筒をバッグから出して

                 

                「このくらいしかできないけど、でも頑張って」

                 

                と言った。

                 

                 

                 

                 

                 

                中には

                 

                 

                 

                 

                 

                一年分の学費が入ってた。

                 

                 

                 

                 

                 

                私、

                もうその場で

                涙が止まらなくなって

                 

                 

                周りの目も気にならず

                号泣してしまった。

                 

                 

                あんな風に泣いたのは、ものすごーく久しぶりだったかもしれない。

                 

                 

                えーんえーん。

                わーんわーん。

                ママありがとう。

                わーん。

                ママうれしい。

                ほんとにありがとう。

                 

                 

                80歳の母を前に、子供みたいに泣きじゃくった。

                 

                 

                 

                結局ね

                私が「美大に行きたかったのに」と抱き続けて妄想をしてきたことって

                ただ

                これだけのことだったのかもしれないな、とその時思ったんだった。

                 

                 

                 

                 

                「わかってほしかった」

                 

                 

                 

                なんで、わかってくれないんだろう。

                なんで、一番好きと言っているものを否定するんだろう。

                 

                 

                 

                 

                 

                あの時、「行きたい」と言う私に親が「いいよ」と答え

                そのまま美大に行っていたらどうなったのかという答えは

                先にも書いたように語る意味もないのだけれど

                 

                美大に行かずに別の道を歩いている間、止むに止まれぬ衝動で描き続けるなんてことをしなかった私であるなら

                 

                たぶん

                そこで満足して、その後まったく別の道に進んでいるんじゃないかと思ったりする。

                 

                 

                 

                私が抱えてきたものは

                描きたかったのに、という場所ではなくて

                 

                ただ

                 

                わかってほしかった、承認してほしかった、

                という場所に長らくあったのかもしれない。

                 

                 

                 

                そんなことに気づいて

                 

                 

                 

                「美大に行きたかったのに」

                という想いは、80歳の母の手から「ごめんね」と渡された封筒の小さな重みで

                すべてが霧が晴れるように昇華してしまったように思う。

                 

                 

                 

                私はありがたく、その封筒の中身を学費に当てて

                一年間学び

                そして、ああ、途中だけれど、私はもうここにいなくていいんだなと思ったので

                学校をやめて、今は毎日絵を描いている。

                 

                 

                たぶん、遅すぎることはないと

                言い聞かせながら。

                 

                 

                長くかかったけど、それが私の「美大行かなかったんだけど」のストーリーで

                今いる場所なんだと思います。

                 

                 

                答えになったのかなー。

                また長くなっちゃった。ここまで読んでくださってありがとう。

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                category:Dairy Tokyo | by:武蔵野婦人comments(6) | - | -

                「とりあえず今日は昨日と同じ日でいて」ー怒るにはエネルギーが必要だったことを知る朝

                2017.06.15 Thursday 11:12
                0

                  共謀罪が参院選で通った昨日。

                  怒りや不安に向き合うには、ある程度のエネルギーが必要なのだと知った。

                   

                  前回このブログを更新してから、なんと6ヶ月以上経過してた。

                  最後の記事がなんだか後ろ向きな内容だったから、そのまま放置されていたことになり

                  それでもその間、こんなブログを取り上げてくれる方もいたりして、アクセスが急に3万4万と跳ね上がる日もあったりで、いろいろ不思議な体験をした。(遡って読んでいただいた方もいらして、ほんとありがとうございます)。

                   

                  最後に仕事の嘆きみたいのを書いたことで、仕事依頼のメールに

                  「ブログにあるようなことがないよう、誠心誠意進めてまいります」という文言を入れてくれた方もいて

                  ああ、これは申し訳ない、早くもっと明るい記事に書き換えなくてはあかん、、、、、、

                  と思っていたのが1ヶ月前ぐらい。

                   

                  それでも放置されていたのは、このところの私の状態が、別のところにエネルギーを持っていかれることで

                  ポジティブにもネガティブにもなれずにいたからだった。

                   

                  別のところって何かっていうと

                  それ

                   

                  介護問題。

                   

                   

                  ある日突然、85歳の父が脳梗塞で倒れ、

                  集中治療室ののち、ああ、これはもう身体能力の回復なく施設入所か、、、

                  と奔走したのち、現代医学のありがたい(というか恐ろしいほどの)恩恵に預かり復活〜!

                  したのはいいけれど、いろんな家庭事情のために、まあ書くのも疲れるから書かないけどほんまいろいろあって

                  結果的に81歳の母にはキャパオーバーな状態の手のかかるじいさんが実家でいろいろやらかしている。。。。

                   

                   

                  という数ヶ月だったからなのだった。

                  っていうか、現在進行形だけれど。

                   

                   

                   

                  そこで、介護にまつわる世界の入り口を垣間見た。

                  それはまた、機会があったら書く。

                   

                   

                  それでも改めて思ったのは、一番最初に書いたことなのだった。

                   

                   

                   

                  怒りや不安に向き合うには、ある程度のエネルギーが必要なのだな、ということ。

                  ポジティブでいるのにもエネルギーが必要だけれど、私にとっては怒るという行為のほうが

                  よりエネルギーを必要としているような気がする。得意ではない。

                   

                  それで、体と頭と心からエネルギーがもう、必死なところに向いている時、

                  私は何をしていたかというと、ひたすら無心になっていた。

                  外からやってくることがあまりに理不尽であったり、想像の斜め上を行っていたり、未来が見えない時

                   

                  その時々で怒ったり嘆いたり意見したり、喜んだり希望を持ったり、、、なんてことを繰り返していたら

                  確実に自分のメンタルバランスが壊れるので

                  じゃあ、何をするかというと、無心になるのである。

                  なんつか、自分を守るために、感性の何かが麻痺するんだ、ということを知った。

                   

                  そこでひたすら、ただ願っていたのは、ただひとつ、これ。

                   

                  「とりあえず今日は昨日と同じ日でいて」

                   

                   

                  明日が同じである確証がない(なぜって、自分の努力や意思とまったく関係ない場所から、理不尽な状況が飛んでくるからだ)

                  半年後、1年後なんて何の話だ。

                  5年、10年の構想なんてなんの役にも立たない。

                   

                  だから、とりあえず今日は、昨日と同じに過ごしたい。

                  明日のことは、また明日、同じように昨日と同じ今日と考えて過ごしたい。

                   

                  あんなに大好きだった旅や、海外滞在の予定を立てることも

                  3ヶ月先が見えないと勝手に頭が働いて、考えることをやめてしまう。

                   

                  そして今朝、頭の中心が痺れて麻痺したような状態で、自分のしたことに愕然としたのだった。

                  共謀罪参院通過のニュースを流すテレビのチャンネルを、黙って変えた。

                  一色になっているツィッターの画面を、閉じた。

                   

                  なぜって、それは私の心をざわつかせ、不安にさせ、怒りを噴出させるから。

                  ほんとはいけないこととわかっているけど、敢えて書けば

                  とりあえず私は、今日は昨日と同じ日が送れるはずだから、不安や怒りから自由でいさせて。

                  いつも通り、過ごさせて。

                   

                  旅行の予定をわくわく考えるようなエネルギーも

                  理不尽なことに怒りや不安をおぼえるエネルギーも

                   

                  この数ヶ月ですっかりなくなってた。

                  怒るって、すごくエネルギーがいることなんだ、と改めて思った。

                   

                  (森美術館で見たハルシャの絵。政治と社会、アートの関係についていろいろ考えさせられたインドの現代アーティスト)

                   

                   

                  先日のニュースで、現政権を支持している多くが、老人世代と20代の若者だということを知って驚愕したんだけど

                  (特に若者のほうで)

                   

                   

                  今朝の自分の行動を思い返しながら

                  ああ、それは

                   

                  先が見えない日々の中で、希望というものを持つことが逆に自分を傷つけると知った人間が

                  少しづつ少しづつ、無心でいるという自己防衛術を身につけて

                   

                  わくわくすることからも

                  怒ることからも距離を置き

                   

                  とりあえず、昨日と同じ今日が送れればそれでいいのです。

                  未来がこんな風になってしまうから、いま、よく考えて反論して、声を上げなければと言われても

                  その種類のエネルギーはとっくの前に手放してしまったよ、

                   

                  ってか、そういうの

                  疲れるしうざいから

                  やめてくれるかなあ。

                   

                   

                   

                  と思ってしまう。

                  それは今の若い世代が直面している現実であり

                  非正規雇用から抜け出せない社会システムの中にいる人や

                   

                  同様に、またちょっと別の視点で

                  死により近い

                  70代、80代の現実でもあるのではないか、と思った。

                   

                   

                   

                  昨日と同じ今日、その今日が終わったら、今日と同じ明日1日。

                  その「明日」は、あくまでも自分の日常の明日であって

                  社会とか、世界とか

                  正義とか倫理とか

                  とりあえずそういうことはもう、とりあえず置いて見ないことにするという

                  まさに今朝の私のような行動が

                  次の同じ「今日」を作れない法案や政策をどんどん通過させる土壌になってる。

                   

                   

                   

                  怒れよ、と言われても

                  その種類のエネルギーから距離を置いていたいと思う気持ち。

                  とりあえず、僕の1日が昨日と同じでありますように。

                   

                   

                   

                   

                  現政権はそんな風潮に支えられている(いや、支えてもいなくて、ただ見過ごされている)。

                   

                   

                   

                   

                   

                  未来にわくわくできて、努力すれば何かが報われるというエネルギーがあれば

                  社会に対して怒る、声を上げるというエネルギーも湧いてくるのかなあ、と改めて。

                  日本、やばい。

                  (いや、おれもやばい、まぢで)。

                   

                   

                   

                  さて、そんなやばい日本は4人に1人が65歳以上の老人で

                  100歳以上の人口がなんと6万5千人もおる。

                  口さがないことを言えば、昨日と同じ僕の、私の今日が過ごせれば

                  もうそれでいいです、という人が、それだけいるってこと。

                  そういう人たちを支えるために、莫大な税金が使われている。

                  その税金を、昨日と同じ今日がすごせればいいんじゃね? という若者が担う。

                  ってか、担えるわけないじゃん、これ。

                   

                  ひとり親で頑張って子育てして、やっと子供が巣立って

                  さあ、これから自分のこれからを考えようと思ったら

                  日本の老人社会の深い闇のようなものに直面してしまった。

                   

                  ほんまこれ、何。

                   

                   

                   

                   

                  ありゃ、ぼやきブログで放置してしまったので

                  明るく書き換えようとしたのに、なんだか真っ黒になってしまった。

                  怒るエネルギーはないけど、今日1日過ごしているというレベルでは私はとても元気です。

                  ちゃんとエネルギーを蓄えるためにも、書いたり、創ったりしなくちゃあかんので

                  ぼちぼちマイペースでやっていければと思っています。

                   

                  そんな中

                  年老いて死ぬということは、いったいどういうことなのか、ということについて。

                  このところはよく考えるようになった。

                  今日は長くなったので、また、来ます。

                   

                   

                   

                   

                  category:Dairy Tokyo | by:武蔵野婦人comments(0) | - | -

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                  • 12時間円柱を描きつづけてはじめてわかったこと。「気づく」までにはたくさんの時間がかかるのに、みんな先に教わってしまうんだね。
                    武蔵婦夫人
                  • 12時間円柱を描きつづけてはじめてわかったこと。「気づく」までにはたくさんの時間がかかるのに、みんな先に教わってしまうんだね。
                    ちゃたろう
                  • ジリジリとただ辛い事を乗り越えられるのは、「好き」の力なんだね。それを河合隼雄さんが「苦楽しい」って言ってたの、思い出した。
                    武蔵野婦人
                  • 分類好き
                    武蔵野夫人
                  • ジリジリとただ辛い事を乗り越えられるのは、「好き」の力なんだね。それを河合隼雄さんが「苦楽しい」って言ってたの、思い出した。
                    piyosuke
                  • 「あの人ちょっと変わってるよね」はフランス語でどう表現するのか。個性、オリジナリティという言葉はどういう時に使われるのか、日本人の価値感のあり方を改めて考えた。
                    piyosuke
                  • 「あの人ちょっと変わってるよね」はフランス語でどう表現するのか。個性、オリジナリティという言葉はどういう時に使われるのか、日本人の価値感のあり方を改めて考えた。
                    武蔵野夫人
                  • 「それはよい趣味ですね」と言われたけど、趣味って何? フランス語には「趣味」って単語ないみたいだよ。
                    武蔵野夫人
                  • 「あの人ちょっと変わってるよね」はフランス語でどう表現するのか。個性、オリジナリティという言葉はどういう時に使われるのか、日本人の価値感のあり方を改めて考えた。
                    piyosuke
                  • 「やらなかったこと」について 「やっていればきっとこうだった」と考えることの意味についてー円柱12時間のその後
                    武蔵野夫人
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